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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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「刑事ヴァランダー・シリーズ」でお馴染の現代スウェーデンを代表するミステリー作家、ヘニング・マンケルのノンシリーズ作品。上下巻の表紙裏扉の惹句が「北欧ミステリの帝王ヘニング・マンケルの集大成的大作」、「現代の予言者マンケルによる、ミステリを超えた金字塔的作品」とあって、読む前から期待が高まること間違い無しだったのだが・・・。
2006年の1月、スウェーデン北部の寒村で、村のほぼ全員が殺された。ほとんどが老人の被害者達が鋭利な刃物で滅多斬りにされるという惨劇は、狂人の犯行なのか? 犯人が狂人ではないとしたら、何の動機、目的があったのだろうか? 被害者の中に、いまは亡き自分の母親の養父母が含まれていたことを知った女性裁判官ビルギッタは、自身が休暇中だということもあって現場に赴き、現地警察に疎まれながらも事件の真相を探り始める。すると、謎の中国人が浮かび上がってきた。 ここから話は一気に、1863年の中国・広東に飛び、極貧の村から逃げ出したものの広東で悪人につかまり、奴隷労働のために売られてアメリカに連れて行かれる貧しい兄弟が登場する。大陸横断鉄道敷設現場で過酷な労働を強いらながら何とか生き延び、再び中国に戻った青年・サンは、その労苦を刻んだ日記を残していた。そして、再び2006年、サンの子孫は中国経済を牛耳る大物として、これからの中国の進む道を決定しようとしていた。 村全体を虐殺するというド派手な幕開けで始まったストーリーは現代と19世紀後半、スウェーデンと中国、アメリカを自由に往来し、どんどんスケールアップして行く。ただし、ミステリーとしては、オープニングに比べて結末がちょっとしょぼくて、やや羊頭狗肉の感があった。本作品は、毛沢東の文化大革命の洗礼を受けた世代が、現在の中国をどう評価するかを問う、社会性の強い作品として読む方が正解だと思う。 |
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1986年に発表され、直木賞と日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を受賞した逢坂剛の代表作とも言える作品だが、著者自身による「文庫新装版あとがき」によると、実は作家デビュー前の1977に書いた処女作だという。著者も言う通り「処女作の持つ熱気」があふれた、粗削りで力強い恋愛ハードボイルド作品である。
小さなPR会社を経営する漆田は、最大のクライアントである日野楽器からスペインの有名なギター製作者ラモスの日本招聘関連の業務を受注した。その中で、二十年前にラモスを訪ねてきた日本人のフラメンコギタリストでサントスと名乗った人物を探して欲しいという依頼を受けた。日本のフラメンコ業界を中心に人捜しを始めた漆田だったが、楽器業界のライバル社や過激派組織などが登場し、思いも掛けない事件に巻き込まれることになった。さらに、ラモスがサントスを探している理由が、「カディスの赤い星」といういわく付きのギターを取り戻すことだったことが判明する。「カディスの赤い星」がスペインに持ち込まれたことを突き止めた漆田はスペインに渡るが、そこで待ちかまえていたのはフランコ独裁体制の終盤を迎えて対立が激化していた複雑な政治情勢だった。 前半は日本の楽器業界を舞台にしたハードボイルドだが、後半になると一気に国際冒険小説風味で派手なアクションと謀略戦が繰り広げられ、最後は過去に葬られた男女の欲望や悲しみがあらわになり、新たな悲喜劇を生むことになる。 確かに粗削りな部分やご都合主義な部分もあるが、スペインへの愛があふれた、情熱的なハードボイルド作品である。 |
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稀代の悪徳刑事・禿鷹シリーズの第2弾。やくざ同士の縄張り争いに悪徳警官同士の勢力争いが加わって、今回も壮絶な暴力の応酬が繰り広げられていく。
渋谷の小さなバー「みはる」に、新宿を根城にする南米マフィア・マスダの幹部・宇和島がちょっかいを出し、ママの世津子を脅迫した。そこに現れた禿鷹は宇和島を痛めつけて放り出したが、その夜、禿鷹は3人組に襲われてしたたかに痛めつけられた。実はこの3人は、宇和島とつながりのある悪徳警官グループだった。絶対にやられっぱなしにはしない禿鷹は、さまざまな策を講じて悪徳警官たちに次々に落とし前をつけていく。 個人も組織も、時には付合っている女性さえ「とかげのように無表情な目」で冷徹に見極め、徹底的に自分の損得で行動するアンチヒーロー・禿鷹。好きと嫌いがはっきり別れるキャラクターだが、もっと読みたくなることは間違いない。日本のハードボイルドにビターな味が欲しいと思っていた読者にはオススメだ。 |
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1995年に発表された作品だが、ミステリーとしての本筋とは別に、16年後の原発事故を予感していたようなリアリティのある話にぞくぞくした。
自衛隊から受注した大型ヘリ「ビッグB」が、最後のテストの日、遠隔操縦装置を駆使する何者かに奪われて無人のまま飛び立ち、高速増殖炉「新陽」の真上でホバリング状態になり、犯人からは「すべての原発を使用不能にすること。ただし、新陽は運転を停止させないこと」という要求が届いた。要求が聞き入れられなければ、ヘリを墜落させるという。原発が人質に取られたのである。ところが、犯人は知らなかったのだが、ビッグBには小学生の男の子がひとり入り込んでいた。子供の救出と原発の事故防止、二つの難題を解決するために、前例の無い危機管理活動が展開されることになる。 子供の救出作戦、犯人探しという本筋のストーリーの完成度の高さもさることながら、本作品では「原発は必要なのか?」という裏のテーマの重さが、読者の心に迫ってくる。原発を推進する政府、電力会社、原発メーカー、誘致する自治体、原発労働者、反対運動を進める人々・・・さまざまな視点から原発を捉え直し、「沈黙する群衆」の責任を問うてくる。 福島第一原発事故の前であれば、「原発は必要か」の部分が多少鬱陶しく感じただろうが、あの事故を経験した今では、こちらにこそ本質があるような気さえしてくる。そうした重い問い掛けを含みながら、エンターテイメントとしても優れた作品であり、多くの方にオススメしたい。 |
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悪徳刑事・禿鷹シリーズの第3作。禿鷹の凶悪さ、傍若無人はとどまるところを知らない。
渋谷への進出を狙う南米マフィア・マスダが渋谷の古参組織・敷島組の幹部を拉致殺害し、渋谷で対抗するヤクザ渋六興業のシマに放置するという事件が起こった。マスダ、敷島組、渋六興業の三つ巴の抗争に発展しそうな事態を引き起こしたのは、禿鷹だった。禿鷹は何のために、事態を複雑にして渋谷に波風を立てようとするのか? 警察も暴力団も関係なく、組織の論理を嘲笑って身勝手な言動を繰り返す禿鷹は、誠実な社会人である一般読者にとって、実に憎たらしい存在であると同時に、日頃のうっぷんを一気に晴らすような、妙に痛快な思いを味あわせてくれるアウトローでもある。 最後にびっくりする結末が待っていたが、まだまだシリーズは終わらない。ということは、禿鷹の凶暴さがさらにとんでもない地点にまで行ってしまうということだろうか。主人公に対する好き嫌いで、かなり評価が別れる作品だが、ノワール系がお好きな方にはオススメできる。 |
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禿鷹シリーズ四部作の完結編(のはずが、禿鷹外伝が誕生したため、シリーズ第4弾になった)。禿鷹の傍若無人が最高潮に達し、極めて緊迫感のあるハードボイルド作品である。
ルールも倫理も一切意に介さず、ヤクザも南米マフィアも警察組織も手玉にとって悪行の限りを尽くす禿鷹を抹殺する密命を帯びて、警察上層部から送り込まれた刺客は、禿鷹以上に凶悪な女警部・岩動寿満子だった。渋谷を縄張りとするヤクザ渋六興業と禿鷹との癒着を暴くため、岩動は権謀術策を巡らせ、さまざまな罠を仕掛けてきた。知恵と度胸で岩動に対抗してきた禿鷹だったが、権力と悪知恵で締めつけてくる岩動に、さすがの禿鷹も追い詰められ、壮絶なラストへと突っ走る。 本作ではなんといっても、禿鷹を追い詰める岩動のキャラクターが際立つところが特筆もの。ハードボイルド、ミステリーはやっぱり悪役(もっとも、禿鷹も悪役なのだが)がインパクトがあるほど面白いことを実証する作品だった。 継続性が強いシリーズなので順番に読むことをお薦めするが、本作だけでも十分満足できるだろう。 |
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女子プロレスが舞台のヒーロー物といえば、いちばん分かりやすいだろうか。
主人公は、女子プロレスのスター選手・火渡の付き人で、本人は連戦連敗でいまだに未勝利の近田選手。ある試合で、火渡が対戦した外人選手ジェーンが試合放棄しリングから逃走してしまった。後日、ジェーンと年格好が似た死体が発見され、ジェーンが殺されたのではないかと疑問を抱いた火渡は、近田、プロレス雑誌の編集者松原とともに真相を探るべく行動を開始する。 ストーリーの筋は、ストイックなまでにリングにかける火渡の荒ぶる魂、初勝利をめざす近田の成長物語、女子プロレスの周辺に生息する怪しげな奴等の陰謀、という3つがあり、相互に絡み合いながら進行していく。 ミステリーの要素はきわめて薄く、作者「あとがき」にあるように「女にも荒ぶる魂がある」ということを証明するための女子プロレスへのオマージュと言える。 |
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1914年の夏、大西洋上で爆発炎上した大型客船から下ろされた救命ボートには、乗客と船員を合わせて39名が乗っていた。大混乱の現場から離れ、沈没する船から逃れたボートだったが、用意された水や食糧は乏しく、さらに乗船可能な定員が実際には30名ほどだったことが判明する。定員オーバーの船は海が荒れればたちまち海水が浸入し、沈没する恐れがある。いつ来るのか分からない救助を待つには、「積み荷」を減らさなければならない・・・。積み荷を減らすための手段は? 減らす積み荷を誰が選別するのか? 極限状態に置かれた人間集団にとって、善と悪はどこで線引きされるのかという厳しい問いが投げかけられる。
物語は、主人公である22歳の女性・グレースが裁判のためにまとめた回想記として進められているが、実はグレースはボート内で起きた出来事について起訴されている立場であり、いわば被告人の弁明のための主観的な記述でしかない。従って読者は、書かれている内容を完全に信用することが難しく、常に緊張感をもって読まなくてはいけなくなる。 遭難サバイバル物語というより、「羅生門」などと同じ「薮の中の物語」と言えるだろう。作者はこれがデビュー作ということだが、じわじわとくるサスペンスの盛り上げ方をみると、かなりの技巧の持ち主である。 アン・ハサウェイ主演で映画化されるということで、これも楽しみだ。 |
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裁判員に選ばれたとき、「あなたは責務を果たせると思いますか?」というテーマのシミュレーションゲーム、ガイドブックである。
現実にありそうな12のケースについて、先に小説家が状況説明のフィクションを提供し、すぐに法律家が刑法での考え方を解説するというユニークな構成で、エンターテイメントと実用の二兎を追って成功している。 刑法の説明のためという縛りがあるので、あまりに荒唐無稽な話は出来ない(「事実は小説より奇なり」ではあるが)ため、小説部分はかなりの制約を受けただろうと思うが、それにしては12編とも面白いストーリーになっていて感心させられた。それ以上に、罪と罰に関する法律の考え方の解説が面白く、今後の事件記事を読むのに大いに役立ちそうである。 |
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13秒間の時空の歪みで、別世界の東京に移動してしまった13人のサバイバル物語。ミステリーというより、小集団が生き延びるために何を成したか、人はどう行動するのかを描いた群像小説だ。
建物や植物は残されているのに人間や動物が消えてしまった東京で出会った、年齢も職業も性別も様々な13人。大地震や破壊的な豪雨が襲う廃虚の東京で、ばらばらだった人々が共通の目標のために協力関係を築き力を合わせて生き延びようとする。だが、先が見えない状況に人々の心は乱れ、さまざまな軋轢が生じてくる。生き延びるために優先すべきは、エゴか、共助か、倫理か、本能か? なぜパラレルワールドが出現したのかとか、元にもどれる方法はあるのかとか、SF的な読み方をするより、無人島もの、難破船もの、山岳遭難もの的な読み方をした方が楽しめる。パニック映画の原作としても使えるだろう。 |
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「六人目の少女」でデビューしたイタリアのミステリー作家ドナート・カッリージの第2作。宗教風味豊かなオカルト陰謀ミステリーである。
ヴァチカンの秘密組織に属する神父マルクスは、連続誘拐殺人事件の新たな被害者の可能性があるローマの女子学生の捜索に乗り出す。一方、ミラノ警察の写真分析官サンドラは、5ヵ月前に事故死した報道カメラマンの夫が殺されたのではないかという情報を得て、単身、ローマに乗り込み独自の捜査を始める。古都ローマの歴史の闇の中で二人の捜査が交差したとき、キリスト教の永遠のテーマ「善と悪」の境界が揺らぎ始める・・・。 誘拐された女子学生の捜査とカメラマン殺害の捜査、それぞれにしっかりした構図を持っていて、どちらも読み応えがある。さらに、両方の捜査を影で動かす謎の「ハンター」が登場し、何層にも重なり合った犯人探しが楽しめる。また、カソリックの「告解」の奥の深さが物語に奥行きを与えていて、530ページの長編になったのもうなずける。 ただ個人的には、バチカンの神父も写真分析官も安易に家宅侵入を繰り返し、さらにそれが簡単に成功するところが興趣を削いだ。「イタリアの警察、あまりにも無能じゃないかい?」ということで、マイナス1点。さらに、まったく別の人物に成り替る「生物変移体」がキーになっているところで、マイナス1点。 「生物変移体」系の話が好きな人には絶対のオススメだ。 |
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チャンドラーの「プレイバック」には2作品がある。1958年発表の小説版(清水俊二訳)と、1948年に完成していた映画シナリオ(本書、小鷹信光訳)である。本作「過去ある女-プレイバック」は映画オリジナルとして書かれたシナリオ版だが結局映画化はされず、また本作品にはフィリップ・マーロウは登場しない。
舞台は第二次世界大戦が終了して間もない時期のカナダ・ヴァンクーヴァーの名門ホテル。ニューヨーク出身という謎の美女ベティが、彼女につきまとうジゴロのミッチェルと一緒に現れる。そのホテルには、ミッチェルの愛人、その愛人のパトロンの老紳士、ペントハウスに住む独身で大金持ちの紳士が滞在していた。ベティが到着した日の夜、ペントハウスでは恒例のパーティーが開かれ、関係者の間でさまざまな小さなトラブルが発生した。雷鳴が響く深夜、ベティの部屋のバルコニーにはミッチェルの射殺体が横たわっていた。 ミッチェル殺しの犯人は誰か、謎の美女ベティにはどんな過去が隠されているのか、ヴァンクーヴァー警察のキレイン警視が捜査を進めると、虚無的で悲しい世界があらわになってきた。 映画のシナリオということで、小説とは違って非常に分かりやすい。そこが、ハードボイルドファン、ミステリーファンには物足りないかもしれないが、40年代後半のフィルム・ノワールの雰囲気がたっぷり楽しめる傑作である。 |
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フィンランドでは大人気の「マリア・カッリオ」シリーズの邦訳第三弾(本国ではシリーズ6作目)。警部に昇進し、エスポー警察暴力課を率いることになったマリア警部、相変わらずエネルギッシュです。
一年間の出産休暇を終えるにあたり、マリアは夫のアンティ、娘のイーダの三人でヨットで小さな島を訪れる。かつては要塞だったこの島は、船舶塗料メーカーのメリヴァーラ社が所有し、一般に公開していた。マリアがこの島を訪れたかったのは、かつて付き合いがあった鳥類学者ハッリが、一年前にこの島の断崖から落ちて死亡したためだった。島ではメリヴァーラ一家と出会い、面識を得る。 休暇を終えて出勤したマリアは、早速、昇進争いのライバル・ストレム警部がらみの組織内問題に悩まされることになる。さらに、メリヴァーラ家の長男は過激な動物愛護団体のメンバーとしてデモに参加し、警察沙汰になる。しかも、一年前にハッリが死んだのと同じ日に、同じ場所で、メリヴァーラ家の当主が同じように滑落死しているのが発見された。これは、偶然の出来事だろうか、それとも・・・。 前作では妊娠中にも関わらず激しいアクションを繰り広げて読者をハラハラさせたマリア。今回はアクションこそ大人しいものの、心理的には公私共に息を継ぐヒマもなく難題が降りかかってきて大奮闘を見せる。いやいや、並みの男では太刀打ちできないタフな警部です。 二つの死の真相解明というメインストーリーは、まあありがちな動機とプロセスで、さほど新鮮味はない。ただ、さまざまなエピソードの背景となるフィンランド社会、フィンランドの自然が印象的で興味深かった。 前作を読んでいる人はもちろん、本作が初めての人でも十分に楽しめる警察物ミステリーといえる。 |
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フォーサイスの最新作は、ネット上でイスラム聖戦を呼びかける「説教師」を狩り出す、サイバーテロリスト・ハンティングの物語。広大なサイバー空間に身を隠した「説教師」を追いかけるのは、米国政府の秘密軍事組織の一員で「追跡者」と呼ばれる男。米国、英国の秘密情報機関に加えて、天才ハッカーの協力を得ながら、じりじりとその正体に迫っていく。
現実の世界でもたびたび起こっている、国際的なテロ組織とは無関係な、西欧諸国で生まれ育ったテロリストによる犯行を題材にした、フォーサイスお得意のマンハント小説で、安定したレベルのエンターテイメントに仕上がっている。ただ同時に、それが弱点というか、人間的な側面が削がれた薄っぺらいドラマになっているところが不満といえば不満。あくまでも、情報技術を駆使したスパイ作戦の高度化に驚くだけで、人と人の駆け引きを楽しむル・カレの味わい深さは期待できない。 |
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リーバス警部シリーズで有名なイアン・ランキンの新シリーズ「警部補マルコム・フォックス」の登場作。今回も舞台はエジンバラ、主人公は警部補なのだが、警察官とはいいながら警官を監視する職業倫理班所属という点が、リーバス警部シリーズとは大きく異なっている。
同じ警官仲間からは「イヌ」と蔑まれ、忌み嫌われながら仕事を遂行するマルコムは、私生活でも過去のアルコール依存症と離婚歴、金のかかる介護施設にいる老いた父親、DV被害にあっている妹など、さまざまな問題を抱えていた。 新たな任務として、児童ポルノ犯罪を手がける部署から「児童ポルノのオンライン取引にかかわっている疑い」のある警官ブレックの調査を依頼された。ところが、妹に暴力をふるっていた同棲相手が死体で発見される事件が発生し、ブレックが捜査を担当することになる。さらに、その捜査過程で、妹を守るためにマルコムが殺したのではないかという容疑が浮上した。 「警官の犯罪」をテーマにしたミステリーは数多くあるが、本作品がユニークなのは、警官の不正を捜査する警部補自身も捜査対象となることだろう。児童ポルノ容疑のブレック、殺人容疑のマルコム、二つの事件は相互に絡み合って、予想も出来なかったきわめて複雑な展開をみせていく。 700ページを越える長さで、最後にはエジンバラの古い体質に起因する陰謀も絡んできて、読み終えるにはかなりの力技が必要だった。正直、もう少し簡略な方が好みではある。 本シリーズはすでに4作目まで発表されており、しかも3、4作目ではリーバス警部も登場するという。今後に期待したい。 |
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2010年に刊行された連作短編集に、伊坂幸太郎氏へのロングインタビューをプラスした文庫で読了。
二股ならぬ五股を掛けてきた男が、止むを得ない事情で別れを告げるために、婚約者(実は、男を監視するために某組織から送り込まれた怖い女)と一緒に五人の恋人を訪れる5つの物語と、男と婚約者との物語を合わせた、全6編。設定も、エピソードも、キャラクターもぶっ飛んでいて面白い。ただ、ミステリーではないので、このサイトの採点としては低くした。 |
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ミネソタの保安官、コーク・オコナーシリーズの第7作。もっとも、本作ではコークは保安官を辞めて私立探偵のライセンスを取っているので、私立探偵コークシリーズと呼ぶべきかもしれないが。
今回は、これまでシリーズの重要なサブキャラクターを務めてきた、オジブワ族のまじない師メルーが病に倒れ、いまわの際の願いとして「まだ見ぬ息子を探して欲しい」と依頼するのが、メインストーリー。70年以上前に、生まれる前に別れた息子が、カナダのオンタリオ州にいるらしい。手がかりは、年齢、母親の名前、母親の写真が入った金時計だけだという。コークは、メルーの話に合致する男を探し出すが、その男はカナダ有数の大企業を育て上げ、現在は社会的なつながりを一切断って隠遁生活を送っている奇人だという。コークはメルーの願いに応えるために単身カナダに乗り込むが・・・。 メルーは、なぜ、今ごろになって息子に会いたがるのか? メルーと息子の間には、どんな事情があったのか? メルーがコークに語ったのは、70年前のインディアンが置かれていた過酷な社会状況だった。 さらに、家族を再建するために保安官を辞めたコークだったが、現実の家庭は彼が夢見たような平穏無事なものではなかった。 物語は三部構成になっており、全体を貫くテーマとして家族とは、父親とは何かという問いが設定されている。家族思いでありながら武骨な中年男コークの不器用で懐の深い生き方が、ミネソタからカナダまで広がる厳しくて優しい大自然の情景と相まって、厳しくても清々しい共感を呼び起こす。 シリーズファンはもちろん、初読の人にもオススメだ。 |
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1989〜92年に書かれた10編の連作小説。テーマはいわゆる「劇場型犯罪」だが、ストーリーを進めるのが「各編の主役が持っている財布!」という設定で読者を驚かせる。そして、その奇抜なアイデアが素晴らしい効果を上げている。
事件は、轢き逃げされた会社員に巨額の保険金が掛けられていたことからスタートする。受取人になる妻が疑われるのだが、彼女には完璧なアリバイがあった。捜査を担当する老刑事はやがて、彼女の不倫相手を探り出し、その男の周辺で奇妙な事故が起きているのに遭遇する。保険金目当ての相互殺人ではないかという疑惑が深まり、メディアの報道が過熱していく一方で、捜査陣は決定的な証拠を発見することが出来ず、メディアを利用して冤罪を訴える二人に振り回されることになる。 という、まあ、どこかで見たようなお話なのだが、10のエピソードを10個の財布が一人称で語るうちに全体のストーリーが展開し、完結するという構成が秀逸。財布の視点からの語りでありながら、それぞれの財布の持ち主の性格や行動が見事に描き出されており、その上手さには舌を巻く。アイデア、テクニックともに、「さすがは、宮部みゆき」と脱帽させられた。 |
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イギリスの片田舎の町で長年閉ざされていた教会が再開されることになり、新任の司祭・ハリーが赴任した。ある日、教会に隣接する墓地と隣の一家との境の塀が崩落し、塀際にあった少女の墓が暴れてみると、そこには三体の子供の遺体が埋められていた。しかも、その内の二体は最近埋められたもののようで、いずれも頭がい骨に深い傷を負っていた。遺体は、誰なのか? また、何のためにここに埋められたのか?
一方、隣家の子供たちは正体不明の誰かが一家に接してくるのを感じており、ハリーも、教会の中で誰かに見られている気配を感じていた。この教会には、あるいはこの古い町には、どんな因縁が隠されているのだろうか? 前半はゴシック的というか、オカルト的というか、「ひょっとして幻想小説?」と思わせるのだが、途中からは地縁・血縁に縛られた閉鎖的な社会が作り出す、不気味で切ない物語へと変わっていき、最後には読者を驚かせる秘密が明かされる。 犯人探し、動機探しのミステリーとしてはちょっと物足りなく感じるが、ホラー風味のミステリーとしてはストーリーがしっかりしていて面白い。 |
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タイトル通り、結婚詐欺事件をテーマにしたエンターテイメント小説。文庫の裏表紙には「傑作サスペンス」とあるが、サスペンスではない。また、ミステリーというには、謎解き部分が重視されてはおらず、刑事物、人情物に分類されるジャンルだろうか。
ストーリーは、プロの結婚詐欺師がターゲットを次々に見つけ、見事に金を引き出す詐欺の話と、事件を扱うことになった、平凡な刑事の必死の捜査が並行して進められる。ターゲット(詐欺被害者)の一人が刑事と昔わけありの女性だったことから、単純な犯人追跡だけではすまない愛憎劇の様相を呈してくる。果たして、警察は詐欺師を検挙、起訴できるのだろうか? 刑事を主役として読めば詐欺師を追いつめる捜査物であるが、詐欺師を主役として読めば男女間のコンゲーム小説である。事実、文庫の最後には新潮文庫編集部による「詐欺師のくどき文句『つかみ』の研究」という付録がついている。読む人の好みで、どちらで読んでも満足できるところが、この作品の魅力といえる。 |
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