■スポンサードリンク


iisan さんのレビュー一覧

iisanさんのページへ

レビュー数1167

全1167件 281~300 15/59ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.887: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

美し過ぎる悪女には、誰も逆らえない?

「そしてミランダを殺す」のスワンソンの第4長編。父親の事故死に疑問を抱いた息子・ハリーに対し美しい継母・アリスは話をはぐらかすばかりで、ハリーはアリスが関与しているのではないかと疑い、真相を探り出そうとするという心理サスペンス・ミステリーである。
父親が崖から転落死したという知らせを受けて実家に戻ったハリーは、警察から父親は転落する前に頭を殴られていたと知らされる。父に敵はいなかったのか、不審な出来事はなかったのかと、残された継母・アリスに聞きただすのだが、アリスは事件について話したがらなかった。美しいアリスについて父の再婚相手という以外、自分は何も知らないことに気がついたハリーだが、アリスの身辺からは父の死に関連するようなものは何も見つからなかった。しかし、葬儀に現れた謎の美女・グレイスが殺害されたことからハリーは、父とアリス、それぞれの隠された実像を暴いていくことになる…。
物語はハリーが父の死の真相を探る現在と、アリスの少女時代からの歩みを追う過去とが交互に描かれている。従って、父の事件の謎解きが進むにつれてアリスの人格形成の異常さが明らかになり、読者はアリスの言動にゾワゾワし、落ち着かなくなる。まさにスワンソンならではの心理サスペンスである。大筋、予想通りの展開の物語だが、最後の場面はなかなかのインパクトだった。
「そしてミランダを殺す」には及ばないものの、十分に楽しめる心理サスペンス・ミステリーとしてオススメできる。
アリスが語らないことは (創元推理文庫)
No.886: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

懸賞金ハンターというより敵討ち物語

懸賞金ハンター「コルター・ショウ」シリーズ三部作の完結編。前2作で仄めかされていた家族の秘密が明らかになると共に、父を殺した組織に復讐するアクション・サスペンスである。
サンフランシスコの父が残した隠れ家にコルターが戻ったのは、父の殺害理由を解明する手がかりとなる謎の文書「エンドゲーム・サンクション」を探すためだった。「エンドゲーム・サンクション」の行方を示唆するものは父が残した地図だけで、乏しい情報を元に動き出したコルターだったが、父を襲った企業「ブラックブリッジ」に執拗に命を狙われ、絶体絶命の窮地に追い込まれた。その時、助けの手を差し伸べてきたのは、思いもよらぬ人物だった…。
本来の仕事である懸賞金ハンターの要素も多少はあるのだが、あくまで添え物で、メインは父の復習のために大企業の陰謀を暴くというサスペンス・アクションである。そこに、謎に包まれていたショウ家族の物語が加えられている。もちろん、ディーヴァーお得意のどんでん返しはたっぷり、さらに意表をつく仕掛けも盛りだくさんで、ディーヴァー・ファンの期待を裏切らない。三部作で完結するはずが、好評につき?近々第4作が発表されるという。
ディーヴァー・ファンにはオススメです。
ファイナル・ツイスト
No.885: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ディーヴァーは短編の方が面白いかも?

米国では一冊で発刊されたディーヴァーの第三短編集「トラブル・イン・マインド」を分冊にしたうちの上巻。短編6本と著者まえがき付き。キャサリン・ダンス、リンカーン・ライムなどお馴染みの主人公ものから単独作品までヴァラエティ豊かで、どれもひとひねりがあって楽しめる。
分冊の上巻「死亡告示」のレビューでも書いたが、短編だとディーヴァー得意のどんでん返しが何度も繰り返されることがないのでうるさくなく、まさに「twisted」の魅力を楽しめる。ミステリーファンなら、好きなジャンルを問わずどなたにもオススメしたい。
フルスロットル トラブル・イン・マインドI (文春文庫)
No.884: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

日本のハードボイルドではトップレベル

著者が得意とする警察ハードボイルド「狩人」シリーズの第5作。ストーリー構成、アクション描写、キャラクター設定など全てにおいて日本のハードボイルドとしてはトップレベルのエンターテイメント作品である。
3年前に起きた未解決事件の重要参考人で行方をくらませていた阿部佳奈が捜査を担当する県警に連絡してきた。出頭して説明すると言うのだが、その条件として警視庁新宿署の佐江刑事の護衛を要求してきた。事件で殺害された弁護士の秘書で、まだ若い女性である阿部佳奈が、なぜ札付きのマル暴刑事を指名するのか? 疑問を持ちながらも県警は条件を飲み、新米刑事の川村に佐江と阿部の監視を命じた。休職中だった佐江は自分が指名された理由に全く覚えはないものの、否応なく事件捜査に絡んでいくことになる。
型破りのベテラン刑事と実直な新米刑事という、よくあるパターンのバディものだが、正体不明の重要参考人が複雑なスパイスを加え、スリリングなサスペンス・ミステリーとなっている。事件の背景となる企業の闇はどこかで読んだような中身なのだが、物語のメインは警察ハードボイルドだと考えれば、さほど気にはならない。本シリーズは初読だが、機会があればシリーズの前作も読んでみたいと思った。
日本のハードボイルドとしては秀作であり。多くの方にオススメしたい。
冬の狩人
大沢在昌冬の狩人 についてのレビュー
No.883: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

フロスト警部に近づいた? だんだん面白くなってきた第3作。

スウェーデンを代表するミステリー作家の「ベックストレーム警部」シリーズの第3作。全く関係がないような3つの事件が奇妙につながり、複雑に絡み合うのだが、ベックストレームが独自の勘と欲得とで事件を終わらせてしまう、ユーモア警察ミステリーである。
犯罪組織の弁護士として悪名高い男が鈍器で激しく殴られて死んでいるのが発見された。さらに飼い犬まで殺害されていたのだが、奇妙なことに、犬は主人が死んでから4時間ほど経ってから殺されたようだった。犯人はなぜわざわざ現場に戻ってきたのか? ベックストレームたち捜査部は頭を悩ませていたのだが、そこにさらに、老婦人がウサギを多頭飼育して放棄したとして告発された事件、王室に連なる男爵がオークション・カタログで殴られたという事件まで持ち込まれ、捜査陣はてんやわんやになってしまう。トラブルを避けることが信条のベックストレームはあれこれと言い訳を捻り出しては業務を部下に任せ、優雅なランチタイムと昼寝に精を出し、金の匂いがした時だけ真剣に頭を働かせるのだったが、なぜか事件の真相に辿り着くのだった。
シリーズも3作目になり脂が乗ってきたというか、話の展開、ベックストレームのキャラが切れ味良く、第1作のような凡庸でどんよりした雰囲気が無くなった。事件のミステリー要素も明確になり、ユーモアとミステリーのバランスが取れてきた。このジャンルの傑作「フロスト警部」シリーズにはまだ及ばないものの、満足できるレベルになっている。
ユーモアミステリー、ほら話的ミステリーが嫌いじゃなければ、オススメできる。
悪い弁護士は死んだ 下 (創元推理文庫)
No.882: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

犯人、動機の意外性はインパクト大

医学ミステリー作家として人気の著者が「完全犯罪」と家族のドラマに挑んだ長編作品。犯行の動機、手順、解明に医学的知見が重要な役割を果たしている、典型的な医療ミステリーである。
大学の教授選に候補者として名乗りを挙げていた父親が手術中に死亡した。簡単なはずの手術なのに、なぜ事故が起きたのか。手術に立ち会っていた息子で医師の裕也は、医学的な視点から真相を探ろうとする。すると、教授選で父のライバルだった医師が通り魔に襲われて死亡していた。さらに、何者かが裕也自身と妹の身辺を探っていたことも分かってきた。この不可解な事態の背景には何があるのか? 裕也の調査は、隠されていた悲劇を暴き出すことになる…。
事件の真相はかなりのインパクトがあり、医療ミステリーとしては成功している。本作のもう一つのテーマである家族のドラマの部分は平板でパターン化されており、やや物足りない。
医学ミステリーのファンにオススメする。
螺旋の手術室
No.881: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ビール好きのためのコージーミステリー

ビールで有名なワシントン州レブンワースを舞台にした「ビール職人」シリーズの第3作。選挙戦中に候補者が殺される事件が起き、クラフト・ビール職人が本業の片手間に次々に挙げられる容疑者候補の中から真犯人を探す、フーダニット・ミステリーである。
冬のイベント時期を控えたレブンワースで行われる選挙に、なんと禁酒政策を掲げて出馬していた候補者が殺害された。禁酒政策が当然のことながら街中の人々から反感を買っていただけに、犯人の候補は数えきれず、次々と怪しい人物が名指しされた。ビール職人のスローンは容疑者の一人であるエイプリルに頼まれ、警察署長と連携して街中で聞き込みをすることになった。
本筋は犯人探しなのだが、それはまあ舞台設定状の必要性にとどまり、話のメインはスローンが勤めるマイクロブリューワリーの新商品開発とプチホテル化のための改装、さらにスローンの生い立ちにまつわる謎の勃発である。さまざまなクラフトビールの開発、美味しそうな料理のレシピが本作の最大の魅力で、謎解きは言ってみれば付け合わせと言える。また、シリーズものの常として、主要人物たちの人間ドラマにも力が注がれている。
ミステリーというより、クラフトビーズ好きのためのガイドとしてオススメする。
ビール職人の秘密と推理 (創元推理文庫)
No.880: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

負のブラックホールみたいな人物ばかり・・・

ドイツの国民的人気ミステリー作家の2015年の作品。著者得意のイギリスを舞台にした、犯人探しの警察ミステリーである。
ロンドン警視庁の刑事ケイトが休暇をとって故郷に帰ったのは、分身のように敬愛する父親が惨殺された事件の真相を知るためだった。名警部だった父が殺されたのは、刑務所送りにした犯罪者の報復ではないかというのが、地元警察の読み筋だった。だが犯人探しは遅々として進まず、苛立ちを募らせたケイトは管轄外であることを承知の上で、自分でも捜査を進めようとし、地元警察と軋轢を生んでしまう。そんな中ケイトが、父親について話したいという女性から電話をもらい、自宅を訪ねたところ、その女性は無惨に殺害されていた。そのため、地元警察とケイトの関係はさらに悪化する。同じ頃、電話も通じない人里離れた農家で休暇を過ごしていたシナリオ作家の家族の元に、養子である5歳の息子の産みの母親が恋人という男と現われたのだが、その男は警察が必死に探している元犯罪者だった…。
父親と女性の連続殺人の犯人探しがメイン・ストーリーで、シナリオ作家家族と犯罪者たちの監禁事件が重要なサブ・ストーリーとして絡んでくる。さらに、二つの事件の意外な関係性が明らかになると、物語は一気に緊迫し、スリリングになる。ということで、謎解きミステリーとしては一級品と言える。だが、いかんせんケイトをはじめとする主要人物が負のオーラを纏ったキャラばかりで、物語全体がどんよりした空気のまま進み、真相が明らかになる最後に至ってもスッキリすることがないのが残念。まあ、それが好きという読者が多いのでベストセラーになっているのだろうが。
前作のレビューでも書いたが、湊かなえ作品がお好きな人にはオススメする。
裏切り 上 (創元推理文庫)
シャルロッテ・リンク裏切り についてのレビュー
No.879:
(8pt)

ネイトの分まで大暴れする、怒りのジョー・ピケット

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第15作。娘エイプリルを傷付けた犯人に報いを受けさせるため、ジョーがこれまでにはない実力行使を見せる、アクション・サスペンスである。
過去に少女暴行に関わった噂があるロディオ・カウボーイのダラスと駆け落ちしたエイプリルが頭を殴られ、意識不明の状態で側溝に捨てられているのが発見された。怒りに駆られたジョーはダラスを逮捕しようとするのだが、ダラスの両親から「息子はエイプリルとは別れていたし、ロディオで大怪我を負っていたので犯人であるわけがない」と言われる。さらに、エイプリルの持ち物が陰謀論者でとかくの噂がある男の住居で発見された。犯人はダラスではないのか、疑問を持ちながらジョーは真相解明のために調査を進めていた。その頃、FBIとの取引で釈放されたネイトは鷹匠のビジネスを始めたのだが、依頼主のところで襲撃され瀕死状態で病院に運ばれた。強力無比の相棒の助けが得られない中、ジョーは一人で戦いを進めることになった…。
いつもは暴力担当として危機を救ってくれるネイトがいないどころか、ネイトの恋人まで危機に陥り、ジョーが孤軍奮闘するのが、これまでのシリーズ作品にはない新鮮さである。さらに、常に事件の背景に社会的な問題を置いてきた本シリーズでは珍しく、個人的な報復感情が前面に出ているのも面白い。それでも、ジョーはあくまでも正義感と責任感の塊、融通が効かない男で、それを優しく包み込むファミリーの物語も心温まる。
シリーズ愛読者は文句なしに必読。シリーズ未読であっても、本書からジョーのファンになれること請け合いの傑作アクション・サスペンスとしてオススメする。
嵐の地平 (創元推理文庫)
C・J・ボックス嵐の地平 についてのレビュー
No.878: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

文句なしに面白い!

米国では一冊で発刊されたディーヴァーの第三短編集「トラブル・イン・マインド」を分冊にしたうちの下巻。なので、サブタイトルが「トラブル・イン・マインド Ⅱ」。収録された5本の短編と1本の中編は、どれも甲乙つけ難い傑作揃いである。
唯一の中編「永遠」は並の警察ミステリーなら一冊分の内容が詰まっており、他の短編もみんな起承転結がきちんとした構成で、最後にあっと言わせるのはさすが。というより、長編では鼻につくこともある「どんでん返しの魔術師」の技の連続がない分、どんでん返しを素直に楽しめた。
オススメです。
死亡告示 トラブル・イン・マインドII (文春文庫)
No.877: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

巨匠90歳での遺作は、実に見事なスパイ小説なり

言わずと知れたスパイ小説の巨匠の90歳での遺作。冷戦下から冷戦後もイギリス情報部のために働いたスパイと情報機関の重苦しい関係を描いた、従来とは異なるパターンの傑作である。
不機嫌な若い女性がイギリス情報機関の国内保安責任者に、「母からあなたに直接渡せと言われた」という手紙を渡すところから始まる物語は、イギリス情報機関内部の綻びを見せながら、スパイとなる人物たちの心の奥深くに分け入っていく。これまでのル・カレ作品の中心だった、非情で知性だけを頼りに生きている辣腕スパイたちが火花を散らす謀略戦とは異なり、一人のスパイが抱える心の闇と悲哀が切ない。それでも、ル・カレならではの純粋なスパイ小説であり、傑作と言える。
ル・カレの遺作という以上に良質なスパイ小説として、全てのスパイ小説ファンにオススメしたい。
シルバービュー荘にて (ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ル・カレシルバービュー荘にて についてのレビュー
No.876: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

主人公が二人で、ややまとまりが悪い

東池袋署刑事・夏目信人シリーズの第2作にして初長編。首吊り状態で発見されたエリート医師の死をめぐり、警察と検察が二つのアプローチで謎を解いていく捜査ミステリーである。
外科医の須賀が死体で発見されたのは家族にも職場にも知られていなかった雑居ビルの一室で、しかも部屋中に鏡が置かれていた。須賀は一週間ほど前に電車内での痴漢容疑で逮捕されたのだが不起訴となり釈放されたばかりだったこともあり、自殺とされたのだが、現場を見た志藤検事は他殺と直感し、東池袋署にも再捜査を指示した。同じ頃、夏目は三人の若者による暴行事件に疑問を感じ、一人で独自の捜査を進めていた。この暴行事件の被害者・浅川は医大を目指す浪人生だったのだが、事件の後、予備校にも行かず行方をくらましてしまい、心配した従姉妹の沙紀が東池袋署に捜索願いを出そうとしたことから夏目の捜査は、志藤検事の捜査に繋がっていった。
二つの事件がなぜ、どうやって繋がるのか? 同じことを二つの視点から見通して、多面的に推理していくのが本筋、物語のキーポイントなのだが、夏目と志藤検事の両方のキャラを生かそうとしているため印象が散漫になり、ミステリーとしての緊張感、サスペンスに欠けるのが残念。事件の背景と動機もちょっと期待はずれ。
夏目と志藤検事、どちらかをメインに据えた作品であれば…と期待したい。
その鏡は嘘をつく (講談社文庫)
薬丸岳その鏡は嘘をつく についてのレビュー
No.875: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

くそ正義のためにくそ暴走するくそハードボイルド

北アイルランドの刑事ショーン・ダフィ・シリーズの第6作。麻薬密売人殺害事件を追ったショーンが事件の背景にある政治の闇に直面し、持ち前の突破力で解決してしまう警察ハードボイルドである。
麻薬密売人がボウガンで殺されるという奇妙な時間が発生した。麻薬密売人を処刑していた武装自警団のテロかと思われたのだが、自警団からの犯行声明はなく、しかも近隣の都市でも麻薬密売人が同様の手口で負傷させられていた。何かを隠しているらしい被害者の妻は何も語らず、警察の取調べを受けた後、失踪してしまった。捜査中に命を狙われる事態に遭遇したショーンは、カソリックである出自を生かして昔の友人たちを訪ねて情報を得ようとするが、身内である警察内部からはIRAの協力者ではないかと疑われてしまう。四面楚歌に陥ったショーンは信頼する部下のグラビー、ローソンの助けを借りて起死回生の大芝居を仕掛けるのだった…。
単純な殺人事件捜査のはずが、北アイルランドならではの政治的混乱に巻き込まれ右往左往するショーンのドタバタと、組織の論理を無視して突っ走るハードボイルドな捜査活動が両輪となり、物語のテイストが激しくドライブする作品である。前半はややスピード感にかけるのだが、それも事件の背景をしっかり描写するためのもので、激しく変化するクライマックスへのプロセスが理解しやすくなっている。
シリーズ作品だが本作だけでも十分に楽しめるので、警察ハードボイルドのファンには安心してオススメしたい。
ポリス・アット・ザ・ステーション (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.874: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

人種差別への怒りの熱量がひしひしと

アフリカ系アメリカ人女性の初ミステリー。2021年度アメリカ探偵作家クラブの最優秀ペーパーバック賞などを受賞した、シニカルでファンタジックなミステリーである。
結婚生活に失敗して生まれ故郷のブルックリンに戻ってきた黒人女性シドニーは、昔からの住民が新住民と入れ替わり、古き良き街が失われていくのに気が付いた。シドニーが街の良さを再発見する歴史探訪ツアーを企画すると、新住民の白人男性セオが手伝いに名乗りを上げた。二人が街の歴史を調べ始めると、親しかった住民の中から行方が分からなくなっている人が何人もいて、不穏なことが起きているのではないかと思われた。調べを進める二人だったのだが、実は二人ともそれぞれの秘密を抱えていて、お互いの関係も手探りで進めるしかなかった…。
黒人女性と白人男性のバディものかと思わせて、それほど単純な話ではない。背景になるのは奴隷制時代にまでさかのぼる差別と略奪の歴史で、今の時代にまでつながっている白人優越主義への嫌悪である。自らの民族的基盤に根差す怒りを隠さず、それでもファンタジーやホラーの要素をまぶすことでエンターテイメント作品として成功させている。表紙のイラストや表4の惹句から謎解きミステリーを期待すると裏切られるが、ブルックリンという街の魅力を生かした現代ミステリーとして楽しめる。
予備知識なしで読むことをオススメする。
ブルックリンの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アリッサ・コールブルックリンの死 についてのレビュー
No.873: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

悩める男・ボッシュの本質が分かる

ハリー・ボッシュ・シリーズの第3作。4年前、連続殺人犯・ドールメイカーを逮捕する際に射殺してしまったボッシュに対し、犯人の妻が夫は無実だったとして告訴してきた。しかも、原告に付いた弁護士は辣腕で知られる切れ者チャンドラーで、ボッシュは激烈な法廷闘争に巻き込まれる。というのが、本筋。そこに、ドールメイカーと同じ手口で殺害された死体が見つかり、真犯人はほかにいるのではないかという疑惑が加えられ、しかも暗い過去が残したボッシュの精神的な傷痕の疼きまで加わって、警察ミステリー、ハードボイルド、リーガルものという複雑な構成で、読み応えのある作品である。
特に、裁判開始の直前に同じ手口の殺人が発見され、ボッシュ自身まで誤認逮捕だったのではないかと動揺し、さらにそれが裁判の行方を左右するという展開は実にスリリング。また、恋人となったシルヴィアとの仲が深まったり、ぎこちなくなったりするところも、シリーズものならではの面白さである。
単なる警察ヒーロー物語ではない、味わい深いハードボイルド・ミステリーとして多くの方にオススメしたい。
ブラック・ハート〈上〉 (扶桑社ミステリー)
マイクル・コナリーブラック・ハート についてのレビュー
No.872: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読むほどに深まる謎とサスペンス、第一級のエンタメだ!

ハリー・ボッシュ・シリーズの第8作。散歩中の犬がくわえてきた古い骨から始まった事件捜査が公私にわたってボッシュを揺さぶる、シリーズのカギとなる作品である。
犬がくわえてきた骨を鑑定した結果、12歳ぐらいの少年のもので20年ほど前に鈍器で殴られて死亡したらしいことが判明した。しかも、少年は生前に激しい虐待を受けていたと思われ、ボッシュとエドガーのコンビは絶対に犯人を逮捕すると決心したのだが物証、証言ともに乏しく、捜査は難航する。さらに、現場近くに住み、小児性愛事件を起こした過去を持つ男性を取り調べていることがマスコミに漏洩し、男性が自殺する事態となり、ボッシュは警察内部からも厳しく批判された。そんな中、一本の通報電話から身元解明へのきっかけをつかんだボッシュは寝食を忘れて事件の真相を探っていく…。
20年も埋もれていた骨がボッシュの刑事魂を激しく揺さぶる。怒涛の警察ハードボイルドである。上層部からにらまれながら、なぜボッシュは真相解明に突き進むのか、ボッシュの熱さがメインテーマと言っても過言ではない。古い骨の鑑定という地味なスタートだが、被害者の身元が判明してからはスピーディーで緊張感あふれる捜査が展開され、どんどん引き込まれていった。
シリーズの転機となる作品であり、ボッシュ・ファンは必読。しっかりした構成のサスペンス・ミステリーを読みたいという読者にも自信をもっておススメしたい。
シティ・オブ・ボーンズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.871: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

これもまた、逃げ場がないけど逃げ出すお話

2019年から21年にかけて雑誌連載された長編小説。地方から出てきて東京で底辺の暮らしをする若い女性が自分が持つ最後の武器「子宮」を頼って人生を逆転させようとする、限りなくリアルな社会派ファンタジーである。
派遣の病院の事務職として働くリキは同僚のテルに「卵子提供」のアルバイトに誘われる。一回50万という高額に引かれて面接を受けたリキは代理母になることを提案される。10円単位で切り詰める生活に嫌気がさしていたリキが紹介されたのは、人工授精を試みながら結果が得られていない裕福な夫婦で、面談の結果、リキは代理母を受諾し、一千万の成功報酬を約束される。金のために自分の最後の武器を使うことを決心したリキだったが、いざ具体的なプロセスが始まると精神的に不安定になる。それでも妊娠に成功したリキは母になるのか、子を産む機械になるのか、悩みながら出産予定日を迎えることになる…。
地縁も血縁もバックアップもない都会で生きる若い女性の物質的な苦しさ、そこに否応なく生まれてくる精神的な苦境。大傑作「OUT」から続く、虐げられた女性たちの物語は、読むのがつらくなるほど重苦しい。底なし沼に捕らわれたような絶望感が漂うストーリーで、ヒロイン・リキの逃げ場のなさが痛々しい。その背景には、桐野夏生の激しい怒りが見えてくる。
最近は観念的すぎる作品が続いていた桐野夏生だが本作は情と熱を感じる傑作エンターテイメントであり、多くの方におススメしたい。
燕は戻ってこない (集英社文庫)
桐野夏生燕は戻ってこない についてのレビュー
No.870: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

アイデアは秀逸だが、ちょっと読みづらかった

映画「イミテーション・ゲーム」でアカデミー脚本賞を受賞した脚本家で、ミステリー作家でもあるムーアのリーガル・ミステリー。10年前に大富豪の娘の誘拐・殺人事件で無罪判決を出した陪審員たちが、事件を再検討する番組企画のためにホテルに集められた夜、無罪を覆す新証拠を見つけたと語っていた男が殺害された。新たな事件の真相は、いかに?
大富豪の15歳の娘・ジェシカが行方不明になり、ジェシカと“不適切な関係”を持っていた黒人教師・ボビーが裁判にかけられた。ジェシカの死体は発見されておらず、確固たる証拠はなかったが世間はボビーが犯人だと決めつけていた。そんな状況の裁判で11人の陪審員が有罪としたのだが、マヤ・シールだけは無罪を主張して延々と論議を続け、最後には無罪の評決を出した。裁判後、陪審員たちは世間から激しいバッシングに会い、厳しい目を向けられた。さらに陪審員の一人だった黒人青年・リックは判決が誤りだったとして謝罪し、マヤをバッシングするようになり、裁判期間中は恋人関係になっていたマヤとリックだったが、裁判後は別々の道を歩んでいた。そして10年後、刑事弁護士になっていたマヤは事件を再検証する番組制作に参加するためにホテルに行き、昔の陪審員仲間と再会した。その夜、ボビーの有罪の証拠をつかんだというリックがマヤの部屋で殺害され、警察はマヤを容疑者として逮捕した。自らの潔白を証明するためにマヤは、10年前の事件を再度、解明することになった。
10年前の死体なき殺人、現在のリック殺害事件という、二つの事件の謎解きをメインに、陪審員制度の問題点、法と正義の対立、真実解明の難しさなど、リーガルものに必要な要素がてんこ盛りで非常に面白のだが、読み進めるのに苦労した。テーマとエピソードをもっと絞り込めば傑作リーガル・ミステリーになっていたと思う。
陪審員制度に興味がある方、アメリカのリーガル・ミステリーのファンにオススメする。
評決の代償 (ハヤカワ・ミステリ 1969)
グレアム・ムーア評決の代償 についてのレビュー
No.869: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

現在と過去、二つの事件の関りが秀逸

現代フランス・ミステリーを代表する一人であるミニエの「セルヴァズ警部(警部補)」シリーズの第5作。新人時代に遭遇した事件に関連すると思われる殺人事件に直面したセルヴァズが複雑に絡み合った事件の謎を解くパワフルな警察ミステリーである。
1993年、刑事になったばかりのセルヴァズは美人大学生姉妹の惨殺事件に遭遇する。その奇妙な犯行は人気ミステリーの内容を模倣したようで、しかも被害者二人とミステリー作家ラングは知り合いだった。警察はラングを有力容疑者として追求したのだが、想定外の犯人が見つかり事件は幕引きされた。その25年後、こんどはラングの妻が殺害され、その殺害現場は25年前の事件を想起させた。セルヴァズは二つの事件を切り離して考えることができず、両方の謎を解くべくもつれにもつれた人間関係を解きほぐしていくのだった…。
前半では奇妙な事件の捜査を通じて新人刑事のセルヴァズが成長していく姿が丁寧に描かれ、後半では実力ナンバーワン刑事になったセルヴァズが優れた推理力と行動力を発揮する王道の警察ミステリーとなっている。さらに、セルヴァズの人物像の背景となるエピソードがあるのが、シリーズ読者にはうれしい。700ページ近い長編だが謎解き、ヒューマンドラマの両面とも完成度が高く、中だるみすることもない。
シリーズ愛読者は必読。セルヴァズの刑事人生の原点が描かれているので、本作から読み始めても全く問題なし。警察ミステリーの傑作としてオススメする。
姉妹殺し (ハーパーBOOKS)
ベルナール・ミニエ姉妹殺し についてのレビュー
No.868: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

簡単に判りそうで、最後まで迷わせる犯人像が面白い

アイスランドのベストセラー「エーレンデュル」シリーズの第6作。首吊り自殺した女性の背景をエーレンデュルが一人で探っていく、私立探偵的ミステリーである。
湖のそばのサマーハウスで首をつっているのが見つかったマリアは、2年前に母親が病死してから精神的に不安定だったとの証言があり、自殺として処理された。しかし、自殺説に疑問を持つマリアの友人が警察を訪れ、マリアが霊媒師と会話しているテープを提出し、捜査するように依頼した。霊媒師など信じないエーレンデュルだったが、内容に驚き、強い違和感を抱き、違和感の正体を解明すべく、組織としてではなく個人として背景を探ろうとする。警察の捜査ではなく、あくまで個人的な調査としてマリアの関係者を訪ね歩き、様々な証言を積み重ねるうちに、マリアの父親の事故死、家族の関係に深い闇が隠されていることに気付いていく。そしてたどり着いたのは、エーレンデュルが裁ききれない人間性の悲しみだった…。
典型的な北欧警察ミステリーとして続いてきた「エーレンデュル」シリーズだが、本作は警察捜査ではなくエーレンデュルの個人の調査が主体で、それに伴いエーレンデュルの家族関係、人間観などが重要な要素になっている。もちろん、犯人捜しの面白さも十分に楽しめることは間違いない。
シリーズのファン、北欧ミステリーのファンにオススメする。
印 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン についてのレビュー