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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数608件
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かつて「死ねばいなくなる」として刊行された短編集が、文庫化に際して改題されたもの。収録されているのは、「探偵はバーにいる」(1992年)でデビューする前の作品5点と書き下ろしの1点。つまり、本格的な作家として認められる前の作品が中心なのだが、どの作品もきわめて完成度が高いのに驚かされる。さらに、作品のジャンルというか、作品傾向が「ススキノ探偵シリーズ」の軽快なハードボイルドにとどまらず、コミック系、シュール系、SFとか幻想とかに区分されそうなものなどなど、非常に幅広く、しかも読み応え十分なことに舌を巻いた。
ススキノ探偵ファンはもちろんのこと、軽妙な短編集ファンにもオススメしたい。 |
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お馴染の道警シリーズの第6弾。今回は、警察内部の腐敗を追求するのではなく、人質事件を通して、官僚機構と政治家の腐敗を描いている。
えん罪で4年間の服役をしいられて出所した中島が、逮捕当時の県警本部長(現在は、警察庁の刑事局長)の妻、娘、娘婿、孫を監禁し、刑事局長に「人間として謝ってもらいたい」と要求する。中島の仲間として、支援者を自称する刑務所仲間が加わっていた。現場は札幌郊外のワインバーで、そこにたまたまシリーズの登場人物、小島百合巡査部長が居合わせたことから、おなじみのメンバーが事件解決に奮闘する・・・。 一方、北海道を地盤にする国会議員の下に脅迫状が届き、絶対に表に出せない金の所在を指摘し、三億円を払うように要求された。単なるいたずらとして片付けようとした議員、秘書たちだったが、いたずらとは言えない事実が判明し、追い込まれて行く。 監禁事件の膠着状態が続く内に、関係なく見えた二つの事件がつながり、事件の構図が逆転し始めて行く。 これまでの道警シリーズに比べると、ストーリーがやや緊迫感に欠けるし、組織対正義派のぴりぴりしたエピソードが無くて、ちょっと物足りない感じは残るが、物語の構図のユニークさで十分に楽しむことが出来た。 |
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冒険小説界の大型新人と言われるトム・ウッドの第二作は、前作に続く暗殺者ヴィクターの冒険アクション小説だ。前作「パーフェクト・ハンター」が大ヒットしたということで(未読)、同じ路線で、緊迫感とアクションをさらに高めたということのようだ。
CIAから世界的な兵器密売買の大物ディーラーに絡む暗殺を依頼されたヴィクターは、様々な困難な状況に直面しながら持ち前の技術、体力、知力を総動員して仕事を遂行して行く。そして、これが終れば自由の身になるという確約の下に最後のターゲットを指示されるが、そのターゲットは思いもかけない人物だった。それでも着実に仕事をこなして行くヴィクターの周りに謎の組織が出没し、行く手を阻もうとする。果たして、ヴィクターは最後の任務を無事に果たして自由の身になれるのか? 最初から最後まで、ヴィクターの超人的な暗殺者ぶり、スナイパーぶりに圧倒される。いわば、ゴルゴ13とランボーを合わせたような活躍ぶりなのだ。 暗殺と国際的な陰謀を絡めたサスペンス・アクションといっても、フォーサイス「ジャッカルの日」よりラドラム作品の方が好き、という方にオススメしたい。 |
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ハリー・ボッシュでもなく、リンカーン弁護士でもなく、新聞記者・ジャック・マカヴォイが主役のサイコ・ミステリー。
LAタイムズからレイオフを宣告され、新人への引き継ぎのため最後の2週間を勤めることになったマカヴォイは、殺人で逮捕された黒人少年の祖母から「息子はやっていない。あんたの記事はデタラメだ」という電話を受け、とりあえず取材を始めた。すると、思いもかけない連続殺人の疑惑に遭遇し、最後の特ダネとして真剣に取材し始めたことから、ネットを駆使する天才的な殺人鬼から命を狙われることになる。 マカヴォイが、優秀なプロファイラーでFBI捜査官のレイチェル・ウォリングと組んで犯人の正体を暴き、追いつめるのがストーリーの中心ではあるが、実は真犯人は最初から読者には分かっている。それでもなおかつ、犯人追求のサイコ・ミステリーとして非常に面白く読めるところは、さすがマイクル・コナリー! 謎解きでもなく、アクションでもなく、人間心理を描くことで良質なエンターテイメントに仕上げて楽しませてくれた。 本編が終ったあとに、「作者質疑応答」という付録があって、マイクル・コナリーが新聞業界の行方についての懸念を率直に語っているのが興味深かった。ここで取り上げられている問題は、まさに今、日本の新聞業界が直面している課題でもあると思った。 |
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イタリア版「羊たちの沈黙」としてヨーロッパで大人気を呼んだサイコ・ミステリー。さすがにマカロニ・ウェスタンを生み出した文化背景の産物というべきか、被害者の少女たちは全員左腕を切断されるわ、捜査官は自傷傾向があって、捜査に行き詰まると自らを傷つけるわで、全編血まみれ、味の濃いスパゲッティ・ナポリタンのような(笑)作品だった。
森で発見された6本の左腕が、連続少女誘拐事件として捜査中の事件の被害者のものだと判明する。ところが、被害者として分かっているのは5人だけ。では、6人目の少女は誰なのか? 左腕をなくした被害者の死体が発見されるたびに、捜査が大きく動き、犯人と思われる人物に迫っていく。だが、犯人と思われた人物が実は真犯人ではなかったことが分かってくる。どんでん返しに次ぐどんでん返しでサスペンスが高まり、最後のクライマックスが待ち遠しくなってくる・・・。天才的な連続殺人鬼対美人捜査官という構図も本家「羊たちの沈黙」にそっくりで、犯罪の発覚から犯人の解明までのプロセス、捜査陣の人間関係の緊張感もスリリングで、非常に読み応えのあるストーリーだった、全体の3/4ぐらいまでは・・・。 連続殺人の全容がほぼ明らかにされ、犯罪心理面から殺人鬼に迫っていくという一番重要なところで描かれる、どんでん返しのための仕掛けがかなりチープ(捜査の一環として、死の床にある富豪から霊能力者が重要な証言を引き出したり、きわめて重要なシーンで捜査官が簡単に騙されたり)で、ちょっと白ける部分があったのが残念。これがなければ、8点か9点でも良かったのだが。 |
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ボストンの私立探偵、パトリック&アンジー・シリーズの第5作。今回は、アンジーと別れてひとりで営業していたパトリックにストーカー被害を受けている女性からの依頼があり、盟友ブッパの手助けを得て一件落着。簡単なケースだったと思っていたのだが、半年後、依頼人の女性が全裸で飛び降り自殺を図ってしまう。しかも、自殺の前に、パトリックに「連絡がほしい」と言う電話があったのに、パトリックは電話するのを忘れてしまっていた。自責の念に駆られたパトリックが、誰に頼まれたのでもなく自殺の背景を探り始ると、裕福な一家に隠された意外な事情が浮かび上がってきた・・・。
本作で目を引くのは、何と言っても犯人の残虐さ。シリーズ史上、最も悪辣な犯人と言えるだろう。さらに、真犯人が判明するまでのプロットが二転、三転、複雑に入れ替わるところはジェフリー・ディーヴァー並のジェットコースター展開で読者を引っ張っていく。 今回はアンジーと同等以上にブッパの登場部分や役割が大きく、シリーズに新味が加わったと言える。 作者は、本作を終えて「二人を少し休ませてやりたい」と言っているそうだが、最強の悪人を相手に心身ともに深く傷ついた二人には、しばらく休養が必要だろうと納得できる。 |
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1990年に「パソコン通信殺人事件」として刊行された作品に加筆修正して、1997年に文庫化された作品。ここで刊行年代を明記したのは、急速に変化してきたネット世界の大衆化の第一段階だったパソコン通信(今は死語、SNSというべきか)が舞台になっているためである。「パソコンで会話ができるらしい」、「知らない人と仲良くなれるんだって」という話が、パソコンの専門家や理系の学生以外の普通の人の会話に出始めたころの話であることに留意して読む必要があるだろう。
主人公の小田切薫は三浪中で、目下の一番の楽しみは深夜のパソコン通信の世界で遊ぶこと。そこでは「KAHORU姫」として仲間の中心になり(女性になっているのは、通信の仲間が勘違いしただけで、彼がネカマになろうとした訳ではない)、時間を忘れて会話を楽むことができる。受験勉強のプレッシャーとも、半ば引きこもり状態の孤独感とも無縁でいられる夢の世界だった。ところが、「KAHORU姫」に恋をして、現実に会うために上京した男性が次々に殺される事件が発生する。犯人は小田切薫なのか、それとも他の誰かなのか? 真犯人が判明するプロセスや犯行動機などに多少の物足りなさを感じるが、浪人という中途半端な状況とネットの仮想社会との間で揺れ動く若者の心理描写には、「さすが、乃南アサ」と思わせる力量が現れている。ミステリーとしてはいまいちだったが、テーマの先見性で評価したい。 |
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「禿鷹シリーズ」の最初の作品。久し振りに「人がいっぱい殺される日本の作品を読んだ」というのが最大の感想。船戸与一作品以来かな?
渋谷を縄張りとするやくざ組織が、南米マフィアから派遣されて親分を狙う凄腕の殺し屋と死闘を繰り返す。そこに、やくざ側の強力な助っ人として登場するのが、禿鷹こと、刑事・禿富鷹秋。しかし、この刑事は一筋縄ではとられられない、とんでもないハードボイルド刑事だった・・・。 主人公のキャラクターも、ストーリーも刑事物の枠を大きく外れており、そのテイストは「マカロニ・ウェスタン」に近いと言えば、分かりやすいだろうか? 渋谷が舞台とはいえ、和風なところは皆無で、ラテンや東南アジアのテイストといった方がよいだろう。 同じ刑事が主役の小説といっても「百舌シリーズ」とはまったく異なる、劇画風ハードボイルドで、これは好みが相当分かれる作品だと思う。 |
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リンカーン・ライム・シリーズの9作目は、電気を武器にするテロという、これまでにはない犯人との知恵比べが展開される。目には見えないが、我々の周囲には必ずある電気を使ってニューヨークを人質にとろうとする犯人の狙いは何か? 地球環境破壊につながる化石燃料発電を止めさせようとする環境保護団体のテロなのか? 東日本大震災を経験した日本人には身につまされるような電力と人命や環境との対立というジレンマを背景に、意外な犯人像が浮かび上がってくる。だがしかし、最後の最後で、さらに驚愕の犯人が登場する・・・。
物語の冒頭から読者を引きつけ、ハラハラドキドキのジェットコースター展開で楽しませる巨匠の腕は、本作でも遺憾なく発揮されている。また、チーム・リンカーンともいうべき仲間たちが、それぞれの魅力を発揮して物語に味わい深さを加えて、シリーズ作品ならではの楽しみも用意されている。 ただ今回は、微細証拠物件から犯人を割り出して行く「科学的捜査」の側面より、心理や人間関係から犯人像を描いて行く「プロファイリング」的な側面が強くなり、通常の警察小説に近くなったような気がした。 犯人逮捕後のエピローグ部分で、シリーズの今後を予測不可能にするような展開があるのも、リンカーン・ライムファンには気になるところだろう。 |
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3部作、それぞれが700ページを超える超大作で登場人物も多いが、人物関係が複雑ではないので、意外と楽に読むことができた。
クリスマスイブの深夜、校舎屋上から落ちて死んだ同級生の事故?、自殺?、事件?をめぐって、学校や親や警察を信じきれなかった中学三年生たちが、自分たちの手で真実を見極めるために法廷を開く・・・。まず、舞台設定で驚かせてくれる。しかも、主要な役割の人物はスーパー中学生というか、大人顔負けの論理的な論陣を張ってくる。「こんな中学生、いるわけないじゃん」と思った時点で、この作品はまったく面白くなくなるだろうが、そこはそれ、フィクションの面白さと思えれば、楽しめる青春小説を言えるだろう。 同級生は自殺したのか、だれかに殺されたのかという謎解きミステリーとして読むと、特別なトリックや驚くほどの動機や犯行形態があるわけではなく、さほど面白くはない。また、最後にどんでん返しがあるわけでもない(むしろ、勘のいい人なら途中で結末が予想できる?)。だれもが通ってきた道を振り返る、中学生の青春ドラマとして読むのが正解だろう。 |
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高村薫の最新作は、合田雄一郎シリーズの新作だけに、「晴子情歌」から前作まで続いてきた読みづらさが薄らぎ、エンターテイメントとして楽しめる作品だ。ただ、警察小説、ミステリーを期待していると裏切られる結果になるだろう。
物語は、実際の事件(いまだ未解決だが)を想起させる「歯科医一家4人殺し」の事件発生から裁判、死刑執行までを追うもので、犯人、被害者の背景描写から捜査の在り様、裁判過程における関係者の言動まで、いかにも高村薫らしい緻密な描写(ことに、犯人の歯痛、歯科治療の詳細さと言ったら・・・)で展開される。しかし、すべてが明らかにされたようでありながら、犯人の実像、心理、犯行動機などは、すべて霧の中での手探りの記録でしかなかったという茫漠さが最後に残り、きわめて微妙な読後感に悩まされることになる。作者は、合田雄一郎と読者を真実と虚偽が絡み合って延々と続く、広漠な精神世界に放り出すことを狙っているに違いない。 そこが高村ワールドであり、好悪が分かれるところだろう。 |
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引退した捜査官が断りきれない事情から再度、捜査現場に戻って活躍するというのはよくあるパターンだが、主人公が60歳近い女性と言うのは初めて読んだ気がする(すでにあるのかもしれないが)。しかも、本筋はサイコパスを追いかける異常心理ものなのに、犯人の心理や行動の描写は少なく、ヒロインの心理描写の部分が多いのも異色だ。
女性対象の性犯罪者を捕らえるための囮捜査のプロとして活躍していたFBI捜査官ブリジッドが、若い女性の囮の役目を果たせなくなり、後継者として育てたFBI捜査官が殺された「ルート66連続殺人事件」は、犯人を逮捕できないまま7年が経ち、ブリジッドは引退して新婚生活を送っていた。そこに、犯人逮捕の報が届くが、担当の女性捜査官コールマンは犯人の自白に疑問を持ち、真犯人かどうかの確認のためにブリジッドに協力を要請する・・・。 捜査権限がない立場での厳しい捜査に、果敢に立ち向かう中年女性。体力、気力とも現役に負けないのだが、いかんせん警察力を駆使できない弱みがあり、非常に苦しい戦いとなり、自分自身はもちろん、最愛の夫までも苦しめる展開になってゆく。 若い女性の役ができなくなった中年女性が、老嬢専門の連続殺人鬼に遭遇するところからスタートするストーリーは、異色と言えば相当に異色で、問題解決までの道のりにややご都合主義的なところもあるが、最後まで犯人が分からず面白く読めた。 主人公のキャラが独特過ぎて、シリーズにするのはちょっと難しいかなと思うが、次回作はあるかどうか? その点も興味深い。 |
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1931年生まれのジョン・ル・カレが2010年に発表した最新作。御年79歳での作品とは思えない、みずみずしい作品だ。
ロシアの新興マフィアのマネーロンダリングの第一人者が、犯罪組織を裏切って英国への亡命を希望し、イギリス人の若いカップルに英国情報部との架け橋を依頼したことから物語がスタート。果たして亡命は成功するのか? 最後まで先が読めないスリリングなストーリーが展開される。 本作品の最大の特徴は、登場人物がきわめて緻密に描かれていて、まさに生きて動いていることだろう。大学講師と弁護士のカップル、亡命しようとするマフィアとその家族、情報部のスタッフなど、主要な人物はすべて個性的で、その心理や行動に読者はリアルな共感や反発を覚えずにはいられない。ル・カレのスパイ小説には欠かせない神経をすり減らす情報戦の要素はやや薄いといえるが、それを補って余りある人間ドラマとしての面白さが光る。 ル・カレの本領ともいえる冷戦時のスパイ小説とはやや趣が異なるものの、人間観察の鋭さと人物造形の上手さで、スパイ小説ファン以外の読者にとっても読みごたえがある作品と言えるだろう。 |
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宮部みゆきの長編デビュー作。プロローグでの伏線の張り方から主人公の設定、周辺のキャラクター、事件の背景まで、実に巧みな設定で、さすがに宮部みゆき、栴檀は双葉より芳ばしである。ただ、最後の詰めが後々の長編作に比べると多少甘く、評価を減点せざるを得なかった。
まず、主人公が元警察犬・マサで、犬の視点からの一人称語りというのが、なんとも人を食っていて面白い。また、マサの飼い主である探偵事務所のスタッフや、一緒に真相究明に当たる被害者の弟などのキャラクターが青春小説っぽいところも、殺人の様相や事件の背景が凄惨であるにもかかわらず読後の印象がどろどろしない要因となっている。 ミステリーとしては物足りない部分も多いが、宮部みゆきの才能の芽が随所に感じられる佳作といえる。 |
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それぞれの時代性が重要なスパイもので、しかも25年以上昔の作品なのに、文句無く楽しめるスパイアクション。アメリカがロシアからアラスカを買い取った時の協定には、実は買い戻し条項があった! という、史実と虚構を大胆に組み合わせた“ホラ話”で最後までハラハラドキドキが楽しめる、アーチャーの名人芸が堪能できる良質なエンターテイメント作品だ。
ロシア革命時、皇帝ニコライ二世が条約書をイコンの裏にかくして国外に持ち出したことを確信したソ連指導部は、1966年5月19日、イコンの発見と奪還をKGBに命じ、最も優秀で非情な情報部員ロマノフが調査を開始する。定められた期限は1966年6月20日。そのころ、イコンはナチス・ドイツの高官が偽名で預けたままスイスの銀行に眠っていた。 そのイコンを受け取る正当な権利(必要な書類)は、父親の遺産としてイギリスの退役軍人、アダム・スコットに引き継がれ、スコットは中身の詳細を知らないまま、遺産を受取に行く。そこに待っていたのは・・・。 知力、体力、行動力をぶつけ合い、逆転に継ぐ逆転で突っ走るというストーリー展開はまさにスパイ小説の王道だ。さらに主人公が、アメリカでもロシア(ソ連)でもなく、第三国のイギリス人の退役軍人ということから巧みなユーモアも加味されており、アクション一本槍ではない面白さがある。 |
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前作「秘密」から4年ぶり、御年91歳で発表したP.D.ジェイムズの新作は、1813年に書かれたジェーン・オースティンの「高慢と偏見」の後日譚! 名作の誉れ高い「高慢と偏見」を受けてミステリーを書く、という、ある種、無謀とも思える挑戦を果たしたP.D.ジェイムズの創作意欲に、称賛の拍手を送りたい。
物語は、18世紀初めのイギリスの田舎貴族の生活に飛び込んできた殺人事件が引き起こす、さまざまな人間模様。犯人探し、動機解明のミステリーとしても読ませるが、それ以上に封建制度下の人々の生き方、とりわけ女性の生き方にまつわる話が面白い。 本家「高慢と偏見」を読んでいるに越したことはないが、「高慢と偏見」の世界はプロローグで簡潔にまとめて紹介されているので、原作を未読の人にもオススメできる。 |
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“サーファー・ときどき探偵”のブーン・シリーズの第二弾。物語の舞台、主要登場人物は前作の流れを継承し、シリーズものとして確立しつつある。前作に比べてミステリーの要素が強まり、謎解きの部分が格段に面白くなった。それでもまだ“サーフィン小説”の部分が色濃く、サーフィン好き、格闘技好きには大受けだろうが、個人的には(なんといっても、ウィンズロウだから)いまいちの印象だった。
ブーンが依頼されたのは、サーフィン仲間の富豪の妻の浮気調査。意に染まないまま調査を開始したブーンはさらに、友達以上、恋人未満のぺトラから殺人容疑で逮捕されている少年の弁護のための調査を依頼される。この殺人事件の被害者は地元で敬愛されていた“伝説のサーファー”だっただけに、殺人犯側についたブーンはサーフィン仲間を始め地元全体を敵に回すことになる。少年の容疑に疑問を持ったブーンは、いつもは手助けしてくれる仲間から見放されながらも真実を追求し、ついにはサンディエゴを揺るがす巨大なスキャンダルを掘り起こすことになる…。 あくまでもノー天気なサーファーの世界の向こうには、金と欲望にまみれた現実が隠されている。それでもというか、だからこそというか、ブーンはサーフィンに生涯をささげる決心をする。次作もありそうなエンディングだった。 |
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「神は銃弾」で鮮烈なデビューを果たし、「音もなく少女は」で再注目されたボストン・テランの新作は、これまでの暴力性に「赦し」がプラスされ、前記2作とは異なる色合いの作品だ。
舞台となるのは、1910年のメキシコ。革命前夜の不穏な空気に包まれたメキシコにアメリカから、武器密輸の囮操作のために武器を満載したトラックと一緒に送り込まれるのが、若き捜査官・ルルドと殺人犯のローボーンの二人。実は、この二人は親子だった。 ストーリーは、武器を満載したトラックをメキシコに密入国させ、密輸組織を暴き出し、さらにアメリカに逃げ帰るまでの必死の冒険譚が中心。というか、それに尽きていて、話としては単純。それを補っているのが、親子である二人の微妙な心理劇で、幼い頃に捨てられた子供・ルルドはローボーンが父親であることに瞬時に気がつくが、ローボーンはまったく気付かず、ローボーンがいつ気付くのか、気付いたあとどう変わるのかが読者を引きつける。さらに、ルルドと耳の聞こえないメキシコ人少女との淡い恋物語が、ハートウォーミングな彩りを添えている。 “暴力の詩人”といわれるボストン・テランを想像して読むと、やや肩透かしを食らうかも知れないが、新しいボストン・テランを発見できるとも言えるだろう。 訳者あとがきによれば映画化の話が進んでいるとのことだが、いかにも映画になりそうなアクションや戦闘シーンが多く、またホロリとさせる場面もあり、映画化されればヒットするだろうと思う。ただ、そのときはタイトルを変更した方がベターではないかと思った。 |
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現在のドイツ・ミステリーの巨匠と目されているフォルカー・クッチャーの日本デビュー作。ラート警部を主人公にした全8作のシリーズの第一作である。
1929年のベルリンを舞台に、ある事情でケルンから左遷?され、意に沿わない風紀課に配属されたてきたラート警部が思いがけなく殺人事件に遭遇し、希望する殺人課への異動のチャンスとばかりに独自の捜査を開始する。 第一次世界大戦の痛手から回復し、建設ラッシュに沸くベルリンでは共産勢力と民族派、台頭し始めたナチスが勢力争いを繰り広げ、そこに亡命ロシア人が絡んで、複雑で暴力的な謀略が渦巻いていた。誰が敵で、誰が味方なのか? はぐれ刑事のラートは疑心暗鬼に陥りながら鋭い推理で事件の解明を進め、やがて巨大な悪の存在に気づき、必殺の大芝居を打つ。時代が時代だけに、捜査手法は科学的な捜査より、聞き込みと推理が中心で、オーソドックスな警察小説の展開だが、途中で禁じ手ではないかというエピソードもあり、なかなか波乱にとんだ展開で飽きさせない。 警察小説ではあるが、舞台がワイマール時代のベルリンということで、史実と虚構が入り混じった歴史小説という側面も強い。好みが分かれるところだが、私としては現在のドイツを描いたネレ・ノイハウスの方が好みと言える。 |
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東直己作品はけっこう読んでいるつもりだったのだが、探偵法間シリーズは知らなかった。
本作は雑誌の連作を集めた短編集で、さまざまに趣向を凝らしたお世辞の話芸が楽しめる。なにせ主人公は風采が上がらない、金がない、体力がない探偵で、唯一の取柄・武器がお世辞という、かなり情けないヒーローだけに、サスペンスやアクションとは全く無縁。ただひたすら口先だけで問題を解決していくのだから、これはこれで、凄い! 東直己氏のアイディアと文章力、独特の皮肉が効いた美学に、ただただ感心していれば楽しい時間が過ごせること、間違いなし。 |
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