世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドの評価:

4.24/5点 レビュー 267件。 B ランク

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平均点4.24pt

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全295件 101〜120 6/15ページ
No.195
(4pt)

失われた記憶(らしきもの)の探求、2つの世界で

【ネタバレ】
1983年(←10月2日が日曜日)東京を舞台にしたサイバースリラー(ハードボイルドワンダーランド)と、時代と場所は不明だがどことなく中世ヨーロッパを思わせるル=グウィン風ファンタジー(世界の終り)が並行に進む。やがて「世界の終り」は、「ワンダーランド」の主人公「私」の思考システムがコンピュータ処理され更に映像化されて生まれ、そして「私」の脳の核に埋め込まれた世界であることが判明。両ストーリーの進行と共に、「私」の脳に埋め込まれた機器の不具合により、「私」の意識が、記憶を失い「世界の終り」に「僕」として入り込み生きていることが、読者に対し判明する。

2つのストーリーは、最終的には相互補完して完結するが、それまではそれぞれ独立しても面白く、読者を引き込む。この一見まったく無関係な2つの物語がどう接合するのか、そこへの推理も読者を更に引きつける(2つ以上のストーリーを並行させたり時系列をシャッフルさせる手法は、これ以降アメリカ映画などでも急速に広まるが、本作の影響が大きいように思える)

両主人公ともに失われた記憶(あるいはそのようなもの)をつかみどころなくたぐり寄せようとする中、(読者に)両者の関係性が明らかになった時、「ワンダーランド」の「私」の「何か遠いものに手が届きそうで届かない」孤独な心象が強烈に伝わってきた。その後、「世界の終り」の「僕」の、失われた以前の自分への回帰欲求、犠牲の上に成り立つ安定した世界への懐疑(ヒント:オメラス)、図書館の女の子への感情、それらの間を揺れ動く葛藤も、痛いほど伝わってきた。これだけ複雑な感情を、読者にダイレクトに感じさせる文学作品は稀。この点では大傑作だ。

ワンダーランドでの「組織(システム)/計算士」対「工場(ファクトリー)/記号士」対立の構図は、その後の実世界でのセキュリティ対ハッカーを予見。本書の僅か前に原書が出版された『ニューロマンサー』からの影響は明瞭と思う(蛇足だが、「組織」や「工場」に「システム」や「ファクトリー」のルビをふるのは、その黒丸尚の邦訳に通ずるが、この邦訳の出版は本書刊行の少し後。何か影響関係はあるのだろうか?)

欠点。「ワンダーランド」が量的に多くアンバランス、冗長感もある。これは、「ワンダーランド」ではイベントが多い一方、「世界の終り」ではその世界の説明的描写が中心でそれほどイベントが無いため。「ワンダーランド」からは非現実な地下世界部分を、そこの住民「やみくろ」共々、削ぎ落とした方が、現実の東京の物語である印象を強め、「世界の終り」のファンタジー性との対照もくっきりしてよかったと思う(ディテールに様々な意味がこめられているだろうことを留意しつつ、あえて)。文体は前作『羊』に比べると、まどろっこしい比喩が少なくなり、読みやすくなったが、相変わらずの音楽映画文学その他の記号羅列は中2。飲酒喫煙シーンの多さも辟易、飲酒運転はもってのほかだ怒

最後の疑問:カバー/上巻表紙裏折込みページのイラストは何か?
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.194
(5pt)

20年以上前の作品なのに・・

村上春樹の作品は好きでほとんど読んでます。その中でも、この本は何回も読んでしまいます。学生のときに読んで、物語の面白さと重厚さにひき込まれ、30過ぎて読み返してみると学生のころとは違うところや、別の角度から感じ入ってしまう作品です。題の「ハードボイルド・ワンダーランド」の間にある点が意外と重要なのかなと最近思いました。何度も読んで内容もほぼ正確に覚えていますが、知ってても読みたくなる文章の気持ちよさが村上作品の魅力だとおもっております。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.193
(5pt)

どんどん脳の内側に向かう物語

自分の脳のなかに、
どんどん深く入り込んでゆく
奥の奥を覗いてみる。
自分がなんなのかわからなくなってくる。
不思議な気持ちにさせてくれます。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.192
(5pt)

生きる人間への深い愛

2つの世界の異なったストーリーが淡々と進んで行く…ように見えて、風を切って疾走していく。
精巧にできたパズルをひとつひとつ合わせてゆくのだが、ピタリピタリとピースを当てはめていくときの、この哀しさはどうだろう。
物語の世界から読者が抜け出せなくなる頃、「銀座線」「ポールスチュアートのジャケット」といった単語、即ち"日常"の破片によって、彼が残して行くものの大きさを知り、自分(読者)が生きた人間であることを思い知る。
彼が壁の中の街に留まることを選び、最後のピースが完結する。

自分に落とし前をつける、その事を”品格”と呼んでも良いような気がした。

数年おきにこの作品を読むと、その時の自分の年齢によって「心」への影響が変わってくる。
その時、その人の 壁の街が存在するのでしょう。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.191
(5pt)

装丁ちゃうけど、、、

長野県上田市の本屋で これを購入し、

その後タリーズ・コーヒーで

宇治金時を食うてたら、

となりに座ったのが若く美しく太った女。

モンモンとしながら八分立ちの状態で

この本を開いたら、

そこには 若く美しく太った女についての記述があった。

そんなことが起こるのが村上春樹大明神の

本の奥ゆかしさである(?)。

世界の終わりの描写が詩的で美しいなあ、、、

あと、、、今から見ると子どもっぽい感じもあるが、

笑いのセンスは幼児性を前提とする(千原ジュニア)って話なんだろうなあ。

ああ、下巻をゲットできる盆休みが待ちきれない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.190
(3pt)

夢の中の世界

これは村上春樹がバドワイザーかなんかを飲み過ぎて酔っ払って、ベッドの中で見た夢をもとに小説に書いたものだろう。
夢の中だから誰ひとりとして名前がない。
あれだけ危機を共にしたというのに最後まで「ピンクの服の太った女」だし、何度も寝たというのに最後まで「図書館の女」でしかない。
ケイコだのハルミだのという名前があってはいけないのだ。

確かにおもしろい、夢の中の心と命の物語だから。
長いけど一気に読むことができた。
縦横無尽の空想力を駆使して、何でもかんでも書きたいように書けばいいんだから。
でも正直な感想は、わかんね~よ、だ。
科学小説でも哲学小説でも宗教小説でもない。
どんなに好意的に考えてもつじつまが合っているとは思えない。
筋を追えばほとんどデタラメと言って言えないこともない。
そのデタラメなストーリーに難解な生死と人間の心の世界をこれでもかと理屈っぽく織り交ぜて書いてゆく。
なんだかよくわからないユーモアつきで。
大方の素直な読者はダマサれる。
村上春樹ってすごいんだな、人間ってものを知ってるんだろうな、たいしたもんだな、と。

村上春樹は「なんだかよくわかんない小説を書いたからみんなそのわかんない不思議な世界を楽しんでよ」と言っているだけだろうと思う。
決して人間の精神世界を解き明かす、なんてことは考えてはいない。
ワンダーランドを書いただけなんだ。
まともな常識的神経で読んだら腹がたつかもしれない。
勝手なことばっかり書きやがってフザケルナ!という人だっているだろう。
不思議な世界を直感力みたいなものだけを使って読める人だけがこの小説を楽しめるのだ。
この小説を傑作だなんて言ってる人も、すべてを理解しているわけじゃない。
だってわかるようにはできていないのだから。
作者はダンボールの中のガラクタをぶちまけるように物語を書いて、さあみんなで好きなように考えてと言っているだけだ。
読者は自分なりに作者の意図を考えて、たぶんこういうことなんだろうと思っているのだ。
そしてこの作品の風景や空気みたいなものを感じて「すばらしい」と言っているのだと思う。
で、結局どうなったの?と誰もが思っているはずなんだけど。

それにしても村上春樹はこれでも本当に日本人かね。
出てくる食べ物、酒、服、音楽、小説、なにもかも全部洋物だ。
主人公は大量にビールばかり飲んでいるが、場所は東京だっていうのにキリンやアサヒを飲んだためしがない。
何もかもが横文字の西洋モノだ。
そうでもしないとなかなかノーベル賞にひっかることはできないんだろうな。

海辺のカフカほか5作ほど読んだけど、もう村上春樹はよくわかった、これが最後だ。
良くも悪くも唯一無二の小説家だな。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)より
4101001359
No.189
(5pt)

Ecclesの「脳の二元論」仮説を物語として表現

1963年にノーベル生理学・医学賞をもらったエックルスは、1982年の論文で、現実の物理的世界(脳:膨大な神経細胞の精緻な装置)と心(意識)が、別々に存在すると言わざるを得ない、という実験事実に直面してしまい、「脳の二元論」仮説を、最晩年になって提唱しました(現在でも、すべての脳研究者が直面する問題です)。

「脳の二元論」仮説では、頭骨の中にあるのが、コンピュターをはるかに凌ぐ “超複雑な装置:システム” であり、頭骨の周りに、物理的実態のない靄(もや)のような “心(意識)” が漂っている、というイメージです。

私は、エックルスが提唱した「脳の二元論」仮説には与しませんが、村上春樹は、生理学者エックルスやシェリントンの唱える「脳の二元論」を文学的手法で表現しております。 「世界の終わり」が、実体を持つ、我々の物理世界、すなわち、脳のシステムとしての概要・全体機能を表現しているのに対して、「ハードボイルド・ワンダーランド」は、脳システムに対する、心(自我、意識)のポジションを文学的に表現しております。ふたつの並列する物語の中で、「世界の終わり」では<影>が、「ハードボイルド・ワンダーランド」では<私>という表現が “心の実体(核)” である、即ち、<影=私>、というようなフレームワークで物語が構成されております。

村上春樹の作品は、総じて、いわゆる小説というより、小説の名を借りた哲学書、あるいは、心理学書と言えるのかもしれません。確かに、読むと癖になる、麻薬のような性質があると思います。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.188
(4pt)

難解な2つの世界

世界の終り、そしてハードボイルドワンダーランド。2つの世界は、最終的には隔てていた壁をすり抜けて繋がるというか、共存するというか、僕にはそのように感じた。
なんとなく「主人公が作り出した虚像の世界」のような意味深な文章が世界の終りには読み取れた。ハードボイルドワンダーランドは、太った娘の存在がキーである。彼女と主人公のやりとりは、村上春樹らしい独特な言い回しの会話といった感じで、春樹氏のファンはそれだけで楽しめる。
それにしてもテーマがよく分からないのだ。春樹氏の長編小説は読後にどこか青春を思い出させる、美しい哀しみや切なさを思わせるのだが、今回僕の読後の感想は、あまりにも難解だ。と頭がどこか混乱したのだ。
きっとこの物語の本質を知るには、行間や意図から、想像し、さらに創造し、読み取らなければ、本当の答えは見つからないのだろう。
やれやれ。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.187
(3pt)

うーん、なんとも言えないこの感じ

村上春樹歴的には、1Q84を4年前に読んだだけで、そのときは、なん
だかよくわからないけどもぐいぐい引き込まれる!と思いました。
面白いっちゃ面白いなーと思いました。

そして、時を経て、評価の高そうなこの世界の終わりと~を読んで
みました。
なんだか、斬新な小説だなー、、という感想。
面白いような気はするんだけど、いまいち素直に入り込めないこの感じ。

まー面白かったような気がするけど、読まなくてもよかったかなー、という
なんとも言えない読後感。

村上春樹のこの独特な雰囲気が好きな人には面白いんだと思いますが、
個人的には、池井戸潤のわかりやすくてスカッとする作品を読んだ方が
面白いし、元気が出ると思います。
(余談かもしれませんが、普通にそう思いました。)
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.186
(5pt)

村上さん特有の世界

村上さんお得意のルートが二つある物語です。
暴力的な世界と童話のような世界が同時進行していくお話です。
世界が交差するかしないかで話がうやむやになったのが心残りです。
村上作品は毎回この続きはどうなったのだろうと気になってしまいます。
自分はカフカとこの本をお勧めします。
ノルウェイの森はちょっと肌にあいませんでした。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.185
(5pt)

何故ならそれが――その失いつづける人生が――私自身だからだ

しかしもう一度、私が私の人生をやり直せるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという気がした。何故ならそれが――その失いつづける人生が――私自身だからだ。

 「世界の終り」で人々は、自分の「影」を死なせることにより、感情を消滅させ、喜びもないかわりに苦しみもない、穏やかな世界に暮らしている。そこには義務も寿命も時間もなく、存在することはとても楽だ。しかし、心はどこへ行くのだろう。心を失って生きることが、果たして生きることになるのだろうか。
 村上春樹はあまり好きでないのですが、この作品だけは宝石箱のようにすばらしいと思います。どのページを開いても、その言葉や文章のひとつひとつに、啓示のようなものを感じます。主人公の男性はある理由から、自分の意識の中に閉じ込められることになりました。そこは「世界の終り」であり、心を捨てた人々が、苦しみも悲しみも争いもなく、穏やかに暮らしています。しかし彼は気付きます。人々が捨てた自我は、「獣(一角獣)」が引き受けていることを、そして彼らが人々の代わりに苦しみ、やがて自我の重みで死んでゆくということを。
 生きることは心を持つこと。苦しみ、悲しみ、あるいは喜ぶこと。ユートピアなんてない、幸せにはなれないかもしれない、それでも心をもつことだけが、ただ唯一生きている証である。大学生のときにこの本に出会い、私は自分の心が救われるような気がしました。
 一番好きな一節を冒頭に引用しました。確かに人生とは失うことのような気がします。それでも自分は自分にしかなれないと、村上春樹は言いますが、それは決して絶望するようなことではなく、逆に希望や安心なのだと思います。自分が自分であることが生きる価値であり、自分は自分以外にならなくて良いからです。
 すべての感情は心の作用(あるいは脳の電気信号)なので、あまりに大きな苦しみ・悲しみに直面した際、いっそ心を捨ててしまえたらと思うかもしれません。しかし、心を捨ててしまえば、生きることも死ぬこともできなくなってしまいます。不条理な世の中で、辛いことのほうが多いくらいですが、それでも、心をもって生きて行かねばなりません。それが生きることの価値だから。人間にとって最も大切な真実が、この作品の中にあります。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)より
4101001359
No.184
(5pt)

春樹に入るならこの1冊から

村上春樹は現実的な世界を舞台にした小説といわゆる奇妙な人物が絡み現実がどこかでねじれたような
奇妙なファンタジーの作品の2つの流れがある
本作は2つの物語を平行に進めているということもあってか、この2つのイメージがほどほどのところで
バランスがとれていて、しかも長くない(長編連作のようなクドさがない)ということで村上春樹を一冊読んでみよう
村上春樹はどれから読めばいいか、と悩んでいる人に自信をもってお薦めできる一作

どこか達観した主人公、洒落た(スカした)会話、癖のあるヒロイン
抽象的な世界観、奇妙な登場人物、日常が非日常へと緩やかに変化するミステリー的エギミック
前半の要素がアンチを生む要因にもなっていると言われますが、それでも支持が厚いのはそれらの要素がスパイスになって
より後者の要素が際立って魅力的に描写されているからでしょう。
平坦な文章ゆえ読み手を選ばないというのも大きいのかも。
個人的にはデヴィット・リンチと近い要素があるんですよね。特徴が被るというか。
主人公像だけはけっこうかけ離れてる気もするけど・・・。なんにせよ入門編としてお薦めです
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.183
(4pt)

村上春樹の現代文明に対する痛烈なメッセージ

正直言って私は村上春樹の作品は好きではない。ナルシスト気味な主人公に、やけに鼻につく比喩表現。抽象的でとらえどころがなく、現実離れした村上ワールドはどうしても好きになれない。
しかし、本作に限っては別である。前述の村上春樹らしさがありながらも、この小説は現代人に充てた力強いメッセージがちりばめられている。詩的な芸術と恋愛、ミステリー、そして反抗というあらゆる要素を併せ持つ小説を村上春樹は創りあげている。
私はこの小説のテーマは、大量消費社会に疑問と不満を持った文明社会への反抗ではないかと思う。その理由として、まず「世界の終り」が反物質主義的な理想郷で、その反対に「ハードボイルド・ワンダーランド」は物に囲まれた〈私〉の物語になっている。
物や情報が飽和しているかのように見えるこの世界で、同時に人の心も満たされているとはいえない。それは「ハードボイルド〜」の世界から読みとることができる。逆に「世界の終り」には豊かさを求める心がない。どっちが幸せなのだろうか。「世界の終り」の〈僕〉は影の誘いを断って街にとどまることを決断する。この選択こそ人間がどうあるべきかを示しているのではないか。物に支配されていた〈私〉は解放されて、自分が創りあげた世界にいる〈僕〉へと変わっていくのだ。消費社会を批判することをテーマに、自然への回帰、より物に支配されない生き方をするべきだと言っているのではないだろうか。
独特の世界観に合う、合わないはあるだろうし、ご都合主義な点も多々あるが、真剣に本書の痛烈なメッセージと向き合ってみる価値はある。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.182
(5pt)

影と心

「世界の終わり」の住人たちのほとんどは、自分自身の影を持っておらず、また心も持たない。

一方、「世界の終わり」に住みだした「僕」は、そこに住む代償として自身の影を切り離されたものの、完全に影も心も失ったわけではない。

このことは、「影」が心そのものではなく、心の投影であることを示唆している。

実際、図書館で「僕」の夢読みを手伝う女の子は、自身の影を失っているにもかかわらず、心を取り戻す可能性を感じさせる。

それは心そのものを失っていないからにほかならない。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)より
4101001359
No.181
(3pt)

話題の村上作品を初めて読んでみた

世間で評判の村上作品。
気にはなっていたので読んでみました。

どの作品にするか迷いましたが、ピースの又吉さんがオ
ススメの一つにあげていたので本作品にしました。

感想。
自分には人気の理由がいまひとつ分かりませんでした。
10代の頃によく読んだ眉村卓や星新一のSF小説を思
い出しました。
あのころであれば、自分もハマった気がします。

藤沢周平作品などの簡潔明瞭な文章になじんでいるため
か、文章がスーっとはいってきませんでした。

しばらくしてまた読み直したら、かわってくるかもしれ
ません。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)より
4101001359
No.180
(2pt)

わたしにとってもワンダーランドでした。

なかなか読むのが難しい。
ファンタジーなのかもとおもいました。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)より
4101001359
No.179
(5pt)

二つの世界

二つの世界がを表現しながら、主人公は誠実に課題に挑戦していく。村上春樹の作品の登場人物は誠実なのがいい。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)より
4101001359
No.178
(5pt)

心のない世界と心のある世界の共通点

心のない世界である「世界の終わり」は、

対照的に心を持つ我々の住む「現実」世界の尊さを教えてくれる。

勝つ歓び、負ける悔しさ、至福、そして絶望といった心の変化はまさに世界をバラエティに富ます。

心がなければ機械のように単調な作業が毎日同じように繰り返されるばかりだ。

「世界の終わり」にはこのような欠陥があるのだが、

本作品はそのことを問題点として提起しつつも、

全面的にそれを否定することはなく、

むしろ心のある現実世界との共通点が導き出される。

そこに本作品の意義深さの一つがある。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.177
(3pt)

ただ巻き込まれただけの主人公?

今まで村上春樹作品を食わず嫌いをしておりましたが
これ程話題になっているのに読まないのは勿体無いと思い
代表作とも呼ばれている本作を手にとりました。

やはり評判になるだけはあり、読みやすい文章、引き込まれる展開、
巧みな描写表現はさすがとしか言えませんでした。

ただ結局主人公は何のために動いていたのでしょう。
ところどころに書き込まれる主人公の主観的風景。そして有名なSEX描写。
ストーリーと関係が無い無駄な動きをする中で、彼の世界が終ってしまうと言われても
主人公は指示されたことをするだけ、受け身的に流されるだけでした。
周囲に何が起きても彼自身は頑なに日常を送り続け、
何かが解決されたり改善されることも無く話は終わってしまいます。

そしてラストは「世界の終り」と「ハードボイルドワンダーランド」という二つの平行するが
漸近し、交わるかと思った瞬間に話が終ってしまいました。
お互い主人公達は何のために、何を行って、どうなったのかも分からないままにです。

また何度も引用される難しい言葉や知らない音楽は読んでいて辛かったです。
これは発売された世代が違うのが問題だと思いますし、私自身の知識不足もあるかと思います。
ただ大半が知らないものなので全く共感できませんでした。
この本を楽しめる人は、そういう難しい言葉を最初から知っている人であり
後から難しい言葉の意味を調べて知ったところで多分楽しめないのだろうと思います。
それは格好良い人の服装だけを真似して、中身が伴わないようなものなのでしょう。
そういった意味では私にはこの本の面白みを感じることはまだ難しかったようです。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340
No.176
(5pt)

人生観を変えてしまうかもしれない

完全な世界は存在するはずがない、だがその完全な世界であっても影をとどめておくことはできず逃がしてしまう。それはさながら世界のほうから影を逃がしてやるかのようだ。この小説が素晴らしいのは、二つの物語が展開すると同時に、その二つをつなぐもう一つの物語、影の物語をも浮かび上がらせているということ。伏線が展開されずに残っているように見えるのはそのためか。様々な主題を詰め込んでごちゃ混ぜにした、コラージュとして読むこともできるだろう、だがごちゃ混ぜにしてはずいぶん整理が行き届いている。この小説が書かれたことをぼくたちがどう受け止めるべきか、そうしたことを本気で考えてしまう……そんな渋みのある作品かもしれない。それは通常の意味での渋みとは違っていて、それまで読み手の中でぶれてしまった世界に揺さぶりをかけ、読み手にとっての「完全な世界」に留まることを要求するものなのだ。こんなにハードボイルドな本はそれまであり得なかったろう。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)より
4101001340