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日本婦道記
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【この小説が収録されている参考書籍】
日本婦道記の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.57pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全51件 1~20 1/3ページ
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中古本なのですから古いのは想定していました。しかし想定をはるかに越えた古さにビックリしました。頁は日焼けで茶色です。 その本を開いたままボー然としましたがどんな人達が読みどんな年月を超えて来たのかなと思うとむしろ感動しました。 読み始めるとなかなか読み応えあります。 | ||||
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非常に良い | ||||
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高校の時家庭科の先生が「読んで感想を書くように」と言った(方向性を強いられることはなかった)その時から違和感のある小説だったが、山本周五郎作品を知るたびに違和感は募り、嫌悪感になった。 周五郎自身は、「女性だけが犠牲になる話ではない」と言っているようだが、男性も忠義やお家の犠牲になり、女性は男性よりさらに一段低く、権利も何もないから、さらにひどい犠牲になる。それが美しいと思わされていた時代。自分の意志で犠牲になるのは勝手だが、家族も当然のごとく巻き込まれる。どう言いつくろっても、この小説は、自分の意志を曲げられ、納得させられる女性たちの話ばかり。その犠牲の強要は戦前の抑圧につながっていくと考える。最近この小説が復刊されたことに意図がないか、恐ろしいものすら感じる。 | ||||
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自分の誕生と同時に父が買い求め、12の誕生日に贈られた宝物の一冊。 (当時の価格はなんと110円。装丁も地味な紺の縞紬で渋くてクール!) 一方で母はこの本を嫌っていた。 女だけに一方的に犠牲と忍従を強いた家父長的社会の価値観を美談として押し付ける物語、と考えていたらしい。 どっこいこの小説はそのような浅薄な解釈を当時小学生だった自分でも「それは違うだろ」と断言させるパワーに満ちている。 市井の名もなき女性達のそれぞれの凛とした生き方、思慮深さ、忍耐と強固な意志に基づく愛情の海の如し深さ。 その珠玉のような一遍一遍はもはや女のハードボイルドだ。 そのハードボイルドの美学の貫かれた物語の一番最後にトドメとばかりに「二十三年」の「おかや」が現れる。 「おかや」自身が自分の二十三年にも及ぶ献身の結末を悲劇と捉えていたのか悔いなしと捉えていたのか周五郎は一切語らない。 ただ強烈な現実をカウンターパンチのように読者の横っ面に叩きつける。 なんてカッコイイ小説だろう、と何度読んでも思う。 山本周五郎がこの作品での直木賞受賞を辞退したことはあまりにも有名な事実だが、その謎の解はこの「二十三年」に結実していると考える。 戦時中「銃後の婦女かくあるべし」の物語としての賞賛など筆者にとっては冗談どころか生理的嫌悪をもよおす事態だったのかもしれない。とっとと逃げ出して正解だ。 戦時中の検閲を逃れてギリギリのラインで「二十三年」を書いていた周五郎の気概と気迫を当時の文壇は気づいていたのかいないのか。 「白痴」になっているのはどっちだ? 「啞」になっているのはどっちだ? 「おかよ」の悲劇はその後の日本の悲劇に重なる。 村岡花子のコメントが書かれたのは1958年。(なんと60年前) この版でも現存するか不明ですが思いあたる節のある殿方はご自戒をv | ||||
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さすが山本周五郎作品です。素晴らしいです!購入して良かったです。 | ||||
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すばらしいの一言。 このような女性が存在したのでは、と思わせる山周の筆致、発想がいい。 やはり特筆は{松の花」小生も妻の手をじっくりと見た。 | ||||
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アマゾンで買った本のみレビューしています。物語・作り話が好きなので小説しか読みません。リアリテイー等は関係ありません。事実と違うなどと言ってる人がいますが、なぜ事実じゃないと知っているのでしょうか?学者が書いているから?不思議で仕方がありません。物語では信長は本能寺で死ななくてもいいのです。面白いか面白くないかのみが判断基準です。それではよろしくお願いします。 | ||||
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ここに山本周五郎がいる。日本の鑑と言ってもいい婦女の姿を記した短編集で、私たちはそこに失われてしまった過去の女性の美しさを見るのである。忍耐と愛と工夫と美しさを書いた周五郎は素晴らしい。 | ||||
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人とは、一途とは、人の幸せとはをもう一度根本から考えさせてくれる本。 | ||||
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現代にはあまりそぐわない「望まれる女性像」に少々疲れましたが、色々な人生を興味深く読みました。 | ||||
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私の地元の短編もあり、興味深く読ませて頂きました。ありがとうございました。 | ||||
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珠玉のような。短編11作品、中でも。自分は、{風鈴}が好きだ。 | ||||
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日本人は決して、女性蔑視でなかった。明治天皇の発した教育勅語には、「夫婦相和し」と書いてあるが、「妻は夫に従え」とは書いていない。 | ||||
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日本婦動記のタイトルの基に昭和十七年六月から二十一年にかけて書かれた31編の中から、昭和三十三年に山本周五郎氏が選んだ11編を収めた一冊で、武家に仕える女性を中心に、忠実であるが、しかし控えめに表には出さない美しい女性達が描かれている。また、それに気が付かない夫も対照的だ。 「松の花」 佐野藤右衛門の妻やすが亡くなった。藤右衛門は枕元へ座り唇に末期の水をとってあげた。その時夜具の外に手が少しこぼれ出しているのを見つけ、中に入れてやろうと思い手を握った。が。あまりにも皮膚が荒れているのを感じて意外に思うのだ。妻やすの形見分けをしようと箪笥の抽斗から着物類を取り出してみると、あまりの粗末さに驚いてしまう。夫に悟られぬ様家計を遣り繰りしていた苦労を、初めて知ることになった藤右衛門は自ら恥じ入る思いになる。 「箭竹」 三代家光を父にもつ家綱は、弓を引き放った時、その矢はまるで光の糸を張った様に飛び、こころ良い音を立てて的に突き立った。この時、また、あの矢だ!と感じた。家綱は矢を調べさせたところ、筈巻の下の処に「大願」と銘が彫り付けてあった。それを印していたのは奉公半ばで無念の死を遂げた夫の命を引き継ぎ主君に忠誠し、息子安之助を立派な武士に育て上げた妻女みよだった。二十年微塵も揺るがぬ一心を貫きとおした壮烈さは世に稀な武士の妻としての生き様だった。 「梅咲きぬ」 加代は歌の習いで寒夜の梅という題を出され、とうとう夜を明かして考えてしまった。腕前も師から衣鉢を継ぐ者と言われるほど上達していたが、母のかなに、もうその辺で止めて次は薙刀でも習いなさいと言われてしまう。かなは移り気な性質で茶の湯、華、琴、鼓などの家芸を随分習い、生れつきの才もありすぐ上達したが、どれも末を遂げるものなく捨ててしまい次の習い事を始めてしまうのだ。そんな母だったから加代は理不尽な思いだった。あくる朝、庭の梅が良く咲いているから見に来なさいと言われ加代はかなの部屋に行くのだが、何故、末遂げず終わらせるのかを知り、武家として夫に使える気持ちを知らされる事になる。嫁のため肩蒲団を作る姑の姿が美しい。 「不断草」 妻菊枝は嫁して百五十日あまり夫の登野村三郎兵衛は口数の少ない静かな人だと信じていた。ところがある日を境に、言葉つきは切り口上になり態度は冷たくよそよそしいものになった。姑は両目が不自由で起きて寝るまで菊枝の介添えが必要だったが、姑まで菊枝に同情が無くなった。とうとう離縁の話まで起こり出し、納得いかないまま菊枝は実家に帰る事になった。だが、その後、夫の三郎兵衛は御主君に仲間と連袂して強要した事件を起こし退身した事を聞く。姑が隠居所に入った事を知り菊枝は家を勘当されても姑の面倒をみたいと訴える。眼が見えぬ姑に菊枝だと悟られぬ様一所懸命身の回りの世話をする。だが両目の見えぬ姑は何もかも分かっていて、離縁せざるを得なかった事を話す。姑が菊枝を信じ愛していた事が十分に伝わってくる。 「藪の影」 由紀の夫となる安倍休之助は二百石あまりのお納戸役で謹直に勤めており温和な事にも定評があり少しの不安も無かった。そんな祝言の日、安倍の家に着いた由紀は輿入れの荷を運び込み綿帽子を被って夫の帰りを待った。遅くなっても勤めから帰らぬ休之助に周りの者も心配していたが、大藪の処で倒れているのを見つけられ大怪我をして担ぎ込まれて着た。その状態を見た老母なみは由紀に実家に帰るよう言うが、安倍の門を潜った以上祝言は上げなくとも安倍家の人間だと固辞し綿帽子をとり打掛を着替え安之助の手当を手伝う。少し話が出来る様になった安之助は由紀に、少し失策した八十金用意してもらいたいと言う。由紀は実家から持ってきた荷物を古着あきんどに売り、足りない分は実家に用立ててもらった。暫くして瀬沼新十郎と名乗る客が表れ全ての事情を知る事になるが、安之助の深い心の思いやり、心の広さを知り夫の為に尽くそうと考える姿が美しい。 「糸車」 夕食後お高は糸繰りの仕事をしていると、父依田啓七郎に肩を揉んでくれと頼まれる。お高は信濃の国松本藩に仕える西村金太夫とお梶との間に生まれた子だったが、当時金太夫は身分も軽く困窮しており養育するにも欠くあまり依田啓七郎に遣ったのだった。啓七郎は松本のお梶がかなり思い病気だから四五日のつもりで松本へ行く様にいった。松本から迎えにきた者達に導かれ二〇里の道を松本の城下へ入った。お高を依田に遣った後金太夫は不思議な幸運に恵まれ五五〇石の身分にまで出世しており屋敷の調度品も贅を凝らしたものばかりだった。元気な姿で迎えに出た生みの親お梶と会った時、この話は拵え物だとすぐ気が付いた。出世し経済的に余裕が出てきたからお高を引き取りたいと言うお梶だが、お高は貧しいながら啓七郎や弟と一緒に暮らした一八年の生活の方が幸せだったのだ。幸せってそれに気が付かないのが幸せなんだ。 「風鈴」 父が世を去った時、加内弥生は一五、次女小松は一一、三女津留が九才だった。それより数年前に母が亡くなっていたので、家政の事や二人の妹の世話は弥生の肩にかかっていた。その加内の家に婿に入った三右衛門は勘定所へ勤め上納係として働いた。扶持は一五石あまりで楽な暮らしとは言えなかった。小松と津留は良家へ嫁いでいき二五〇~三〇〇石の華美な恵まれた生活をしていた。そんな妹達を見て弥生も、このまま地味に生涯を終える事に疑問を持つ様になる。小松と津留が質素に暮らす姉弥生を哀れに思い勘定所からの役替えをすすめ、岡田庄兵衛に奉行所への斡旋を頼む事にする。岡田は三右衛門を訪れ役替えの話を持ち出す。が、三右衛門の現職に留まる信念を聞き、改めて三右衛門の職に対する拘りが強い事を知る事になる。人間の欲望は際限が無く、それを見極め現状に留まれる人間の立派な姿が表れている。 「尾花川」 近江の国の老臣戸田五左衛門の五男に生まれた太宰は三十才の時、園城寺家の池田家に養嗣子として入った。妻の幸子はその時三十二才で口数の少ない暖かい包容力を持った婦人だった。舟で小魚を売りに来る弥五という老漁夫が魚籠の中を見せ良い魚が獲れたからと勧めるが、幸子は鮒なら貰いますと言って残りは返してしまった。太宰はこの頃何処となく様子が変わってきた幸子の姿が気になる。客が有っても酒宴では以前の様に下物の品数が揃わないし琵琶湖の鮮をひかえた住まいなのに干魚とか漬菜など質素なものが多くなってきた。堪り兼ねた太宰は妻に問い質すが、主君の思わぬ困窮を聞かされ、下賤の身が酒肴に贅を尽くす事が如何に僭上で有るかを聞かされる。武士として過剰な遊蕩に耽る事を戒めている 「桃の井戸」 保持琴は父忠太夫に三人の兄を持ち長女として生まれた。見目良く生れつかず悲しい自覚もあり書物を読んだり物を書いたりするのを楽しみにしていた。和歌の道を伺う様になり湖月亭の師に添削を頂く様になっていた。運悪く忠太夫は勤を解かれお国詰めと決まった。国許へ立つ日が決まってから湖月亭の師へ別れの挨拶に伺うが国許には長橋千鶴と言う人がいるはずだから是非訪ねる様に言われる。越後に帰って三年、御側勘定役を勤める萩原直弥の後添いにと言う話が出るが、直弥は一年前妻と死別し後に七才になる欣之助と四才になる貞二郎と言う二人の子があった。琴は長橋の処へ意見を伺いにあがる。荻原へ行って三年目の冬、琴は康三郎を生み男子だったので誇りたい気持ちでいっぱいだった。だが継嗣との実子に対する愛情の違いを心配し再び長橋を訪れる。本章は長橋の葬儀の場面から始まり書簡型で書かれたものだが、長橋が如何に琴に良い答えを与えたかが読みどころ。 「墨丸」 両親を亡くしたお石が鈴木家へ引き取られた。器量こそ良くないが、はきはきした明るい子だった。取り分け目を引いたのは肌の色の黒さだった。その為、他の者はお黒どのとか烏丸とか綽名を呼び、自身も墨丸と名乗った。屋敷の暮らしにも慣れ数年すると、何でも用を達せてまめまめしく働き、料理は特に巧みであった。丙之丞は十七になったお石の姿を見て以前と違う美しさを感じた。以前の色の黒いみっともない子の印象が無くなり、体の内側から溢れ出てきたような美しさがあった。丙之丞は両親にお石を嫁に貰う事を認めてもらうが、お石は頑なに拒んだ。丙之丞を好いてはいるが、父親の死の理由を知っているお石は、一緒にならずとも一人愛し続けていこうという姿が美しい。 「二十三年」 新沼靱負は会津藩蒲生家の家臣で御蔵奉行に属し食禄二〇〇石あまりの槍刀預という役に勤めていた。しかし主家は嗣子の無い事が原因で会津六十万石は取潰しとなってしまった。蒲生家に仕えたいと思う靱負は、伊予の国松山に主家の弟にあたる中務大輔忠知がいるのを知り松山へ退転する事にする。下女のおかやは妻の亡き後も家事を全て執り行い、乳呑み児の牧二郎の世話も良くしてくれて新沼家には無くてはならない存在だったが嫁頃の才でもあり松山へ連れて行く事は出来ないと考え、おかやに暇をだす事にする。だが、おかやは付いて行くと言って聞かない、なんとか説得して旅立とうとした時、おかやが大怪我をして運ばれてきた。医者に見せたが状態は悪く、脳の傷みが酷く白痴の様な啞者となってしまった。靱負は放っておけず自分の責任だと感じ松山へ一緒に連れて行く事にする。啞者の振りをしても主人に仕えようとする忠実さが表れていて、それに気が付き、おかやには隠居の待遇を与えようとする牧二郎の気持ちも美しく感動。 時代の背景が今と違うから現代の女性像とは胃なものが有るが、当時代に遡って山本周五郎氏が綿密に描き上げた女性達は、皆美しく、素晴らしく、光って見えました。31篇の中から山本周五郎氏が選んだ11篇と言う事もあり、甲乙付けがたく、どれも秀作でした。 | ||||
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かつての日本女性の素晴らしい姿が表してある内容だと思いました。 | ||||
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中身が古い こんな女の人は今は昔 昔もいたでしょうかね 全く共感できませんでした | ||||
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バリューブックスの評価は適正で、購入していつも満足しています。 | ||||
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これは、教科書に載せたい。と同時に忘れていた日本女性の奥ゆかしさを感じた。 大好きな本になりそうです。 | ||||
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知人から紹介を受け購入し読みましたが、大変感動しました。 このあと、他の人にも紹介をしました。 | ||||
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商品の到着も予定どおりに到着しました。商品の状態も納得できるもので、とても良かった。 | ||||
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