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平場の月
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平場の月の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.04pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全112件 21~40 2/6ページ
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| 若い頃あのあたりのマンションに住んでいたので懐かしかった。名作です。 | ||||
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| 注文から受け取りまで迅速に進めてくれて満足です。品物もきれいでとてもお安い値段で購入できました。次回も利用したいと思います。 | ||||
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| ぼくは朝日、が某有名中学の入試問題に出たときに、印象に残った作家さんなので読んでみました。 今の自分に心打たれる作品でした。「ぼくは朝日」のときに気になっていたあの”なにか”の直感が正しかったんだなと改めて思いました。 自分の人生の後半を見つめさせられました。衝撃です。 | ||||
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| 2回読みました。1回目は仕事の合間に途切れ途切れに。そして今回の2回目は精読でした。 2回とも須藤の死は衝撃的でしたが、やはり今回精読したことで、じっくりと「何故須藤は青砥に自分の病状、死期が近いことを言わなかったのだろう」と考えました。 当然ながら、「答え」はありません。 「同級生だから、お互いを呼び捨ての姓で呼び合ってる間柄だから言えなかったのか」 「同情して欲しくなかった」からなのか、いや、文章を読むと、彼女は言おうとした。しかし、その時、求婚されたから、自分の病状を彼に言ったら、彼は強引に結婚しようとすると思ったからなのか、そうすると、彼に迷惑がかかると思ったからなのか、等といろいろ考えます。 いずれにしても、須藤は亡くなってしまい、60を過ぎた私自身、毎日、「死」というものに向き合い、人生を一日一日大切に生きることをしなければと考えさせられました。 今まで生涯、読んだ小説の中で最も読後、どうしようもなく「せつない」感情が湧いた作品であります。それゆえ、最も心に残る作品の一つになりました。 | ||||
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| 私も、どうやって死んで行くんだろうと、不安になった。 | ||||
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| 凄く共感できる、という訳ではないのだが、なんとなく気になって2回読んだ。 主人公もヒロインも貧乏くさくてせせこましい。二人とも50歳ということだけど 枯れてる雰囲気はなんだか貧困老人のルポみたい。人生100年時代で、まだ半分生きただけなのに この未来のない感じ。これが平場ということなのか。それだけにヒロインの死もすんなり入ってくる。 夭逝という感じがせず人生を全て終えきった感じがするもの。 脇役に、主人公の同僚でヤッソさんという老人が出てくるのだがこの人物が実に良い味を出している。 頑迷で人間性が曲がっていて、でも人情味がある。主人公も嫌いになれず酒にしばしば付き合う。 狭い視野で地味な人生を生きる庶民の象徴のような人物である。 主人公がこの人物を見ている目線が、読者が主人公を見る目と同じで、入れ子構造になってるんだな と思った。貧乏くさくて惨めでも、なんとなく嫌いになれないのだ。 | ||||
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| 中高年という年代に差し掛かった人間同士の恋愛がどう描かれるのか興味をもって手にとった。 期待以上、というか、期待を良い意味で裏切られた。恋愛小説でもあるが、晩年というものが視野に入りはじめる年代の人々がそれぞれに抱える来し方行く末、人と人の間で生きていくについて描かれているように思えた。 | ||||
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| 恋愛と病気という内容ですが、結論は中江有里の解説に結論が見え出せました。 | ||||
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| 久々に感動しました。 悲しいではなく、人間の『強さ』を感じました。 | ||||
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| ここに出てくる人々は50代です。これまでがあり、これからを迎えていく男女の話しです。50年生きてきているから見えてくるものを感じました。 とても静謐な物語です。 | ||||
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| 青砥(あおと)は50過ぎの男。地元の総合病院に患者として来院した。そこで中学の同級生の女子、須藤と出会う。須藤葉子(あだ名はハコ)ともう一人の同級生、ウミちゃんは売店で働いていた。青砥は体内に腫瘍が見つかったので、検査を受けるために来たのだ。 中学3年の時、青砥の友人である江口が須藤に告白した。しかし、きっぱりと断られた。少し後に青砥も告白したのだが、これも断られた。須藤とはそんな思い出がある。 再会して、2人はLINEを交換し、無駄話をすることになる。青砥の須藤に対する印象は、相撲の横綱みたいに「なんか太い」というものだ。 2人とも、今は配偶者がいない。須藤は大手証券会社に勤めていて、結婚退職したのだが、41歳で夫が亡くなった。子どもはいない。 青砥は結婚していて2人の息子もいたのだが、妻が自分ではなく他人に、それも必ず男性に自分の家のことを相談するのを認められず、離婚することになった。 2人は焼き鳥屋でだらだらしゃべった。 2回目に会った時は店が開いておらず、須藤の家に誘われる。最初はそれはまずい、と言った青砥だったが、結局家に行くことになる。 青砥が離婚してアル中になりかけ、そこから脱した話をすれば、須藤は男に貢いで金がなくなった話をした。そんな中で2人は関係を持った。 青砥の検査結果は「異常なし」だった。須藤の検査の結果は陽性だった。進行性の大腸がんだったのだ。人工肛門までつけるというから、かなり進んでいる。明るい結末にはなりそうもない。 タイトルである「平場の月」の平場は、自分たちは平たい地面でもぞもぞ動く、ザッツ・庶民だという意味である。 私も父を大腸がんで亡くしているので、その大変さは少し分かる。平場とはいえ、そこにはいろいろな事件もあり、生きている当人は大変なのだ。読後、そんなことを思わずにはいられなかった。 | ||||
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| 強い女性像 | ||||
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| 大人のごく身近に感じられる恋愛をリアルに表現されていた。 | ||||
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| 結局、癌という病気のことでなく、人の思いは良いとか悪いとかはさておいて「どうしようもない」ということに気づかされる。 物語は青砥の思いを中心にして進んでゆくのだけど、目次タイトルは全て須藤の言葉で示されている。序章の「夢みたいなことをちょっと」と最終章の「合わせる顔がないんだよ」の言葉で須藤の気持ちが伝わってくる。切ないね。行き着こうとしているところは同じなのにね。東京周辺都市の町の片隅でのつつましやかな五十才の男女の思いの物語。恋愛小説として、かなり以前に読んだ姫野カオル子さんの「ツ・イ・ラ・ク」も拾いものの(失礼)一冊でこの本もそんな感じでした。 | ||||
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| 主人公がなにも言わずいってしまったのは、悲しかった。あまりにも潔すぎた。 | ||||
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| 出だしから時間・空間の錯綜があり、戸惑いがありましたが、これも著者のテクニックと思って読み進めました。50歳位と私より少し若い年齢の男女のゆっくりとした友情のような恋愛、変に格好よく描いてなくて好感が持てました。 ヒロイン須藤の言葉使い、少々違和感がありましたが、映画化されてセリフとして聴けば案外気にならないものかと思います。 内容詳細は他の方のレビューに譲りますが、靑砥が須藤の妹から聞かされた須藤の最期の言葉「靑砥検査に行ったかな」、この言葉に須藤の靑砥を想う気持ちのすべてが詰まっているような気がして何回読んでも涙が溢れます。 私事ですが、二年ほど前まで東上線沿線に住んでおり、単行本出版当時買うかどうか迷ったものの、結果的に文庫化まで待ってしまい転居後の先日購入して読みました。 やはり当時住んでいた近場の「空気感」を感じて読むべきだったと後悔しています。 映画化決定とのことで今度は後悔しないよう映画館で観ようと想います。 キャスト、私としては須藤役は永作博美、一択。 | ||||
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| せつないです。若かったら頼れたかもしれない。 「合わせる顔がないんだよ」わかりすぎるほどわかります。 大人って不器用になってしまうんです。 自分もそうです。 | ||||
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| 50代同志の恋愛というのは、とっつきにくい。自分がそこに達していないというのがあるし、既婚であるので離婚しない限りは、永遠に分からないともいえる。 読んでいる間中考えるのは、姉のことである。独身であり、主人公たちに近い年齢である。 裕福でもないし、成功していないし、子供もいない。でも、淡々と日常を過ごしている。 余計なお世話だが、寂しさをどうしているのだろうか?と、たまに考える。 かなり傲慢であるが、やっぱり考えてしまうのだ。 本書の登場人物たちも、寂しさを持て余しているわけでもない。 独り身の50代になり、ふとした余白に好きだなと思える人ができただけである。 結局は、幸せというのは、余白が少ないことではないだろうか。 若い時の余白は、いい。そこに何を埋めるかワクワクするからである。 しかし、妙齢になると、余白の存在はとても心もとない。 周りの人間も、その余白を勝手に寂しさとなずけてしまう。 なんだかんだ、他人の余白の中に自分が存在する。これが、やっぱり幸せなのではなかろうか。 そんな小難しいことを考えながら、読み終えた。 少し悲しい終わり方だが、しみじみとした切なさを残す良い物語であった。 | ||||
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| コテコテの恋愛小説とは一線を画す大人の恋愛小説、好きだからこそ控えめな愛情表現に留めつつ彼女にはちゃんと気持ちが伝わっていて、読後感としてほのぼのとした気持ちと切ない気持ちが交錯する。中年を過ぎた読者の心を打つ名作だと思います。 | ||||
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| 綺麗な状態の本でした。 | ||||
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