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モンマルトルのメグレ



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モンマルトルのメグレの評価: 4.50/5点 レビュー 4件。 -ランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.50pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(3pt)

街警察刑事ロニョンに捧ぐる挽歌

メグレもの中期のこの一作ですが、わりと評価されていたのは、性風俗の汚濁のなかでほんのひととき、夢想花のように咲いて無残に散った純愛が、ちょっと胸迫るものがあったからかもしれません。ストリッパーで売春する淫蕩放縦な娘は、そうとは知らないのだがじつはパリ司法警察本部の刑事である、一途な若者の真摯の求愛をうけて、あるかなきかの善に駆られたかのようにとある殺人計画を密告しようとします。酔いが醒めてみればお笑いぐさとじぶんでもわかるその行為でしたが、娘は殺されてしまう。娘の身分偽った、華やかで放恣でそして荒みきった人生を決定的に支配した謎の男の影がしだいにあきらかになってきます。モンマルトル界隈に居つきながら、住人の範疇からも、犯罪者の分類からものがれて、だれからもしかと察知されていないこの男はいったいいかなるものなのか。メグレは卑猥な写真を私領してしまうし、ちょっとだけ迷って昼間からブランデーをきこしめし、ストリップバーを捜査本部にすえるなど、かなり逸脱した行為に耽るあたり、シムノンの筆は確信的にやっているともおもうのですが、それがいつもながらのメグレの人間味、人間観察眼、捜査方法といえばそうともいえる。いやメグレはその犯罪現場の時空、関係者のまとう雰囲気、街の空気、天候とよりそい、ときに一体化したなにものかになって、犯人にただつきまとい、あるいは刑事をつきまとわせ、みずから法を犯すことも辞さない、というよりほとんど常習犯のような自然さ、巧みさでそれをやってのけてしまうという捜査術からすれば、確信もなにもないというべきなんでしょう。初期傑作『男の首』では脱獄を幇助し、同『サン・フォリアン寺院の首吊り男』では置き引きをやる。
 残念なのは、シムノンが書いたおそらくもっとも極悪人といってよい謎の男が、その過去はいつもながらにきっちり明かされるとはいえ、モンマルトルの豪華な隠れ家、その屋内でも二重生活をしているらしい、おそろしく孤独なその相貌が結局のところ、具体的に描写されていないところです。なぜかれは周囲の目にみえなかったのか(わたしには『男の首』の、あたかも『罪と罰』のラスコリーニコフに匹敵したその犯人像を越えるものと、ちょっと期待させられました。ちなみに『サン・フォリアン』はドストエフスキーでいえば『悪霊』です。シムノンは自覚的にやっているでしょう)。そしてなぜ娘の密告沙汰をすばやく知ることができたのか。ミステリーとして一編の核となるこの謎を、シムノンはあっけらかんと省略してしまうのです。
 とはいえ、わたしにとってこの作品がいまでも強く印象ぶかくあるのは、いわば本庁刑事らにたいする、所轄の街警察のいち刑事の人間描写がじつにみごとだから。いつも本庁のメグレに殺人事件を取りあげられて、もちまえの沈痛な顔つきに不遇の屈託をかくしている所轄の刑事ロニョンがそれです。

《(メグレも本庁刑事の)同僚たちも、もっとロニョンに親切にしてやってもよさそうなものだが、こればかりはどうにもならない面がある。いつも破局のにおいを追いかけているような、彼の悲痛な表情を目にすると、ついつい肩をすくめてやりすごすか、ニヤリとしてしまいたくなるのだ。彼がいつのまにか悪運と不機嫌にたいする嗜好を持ちはじめているのではないかと、メグレは心ひそかに憂慮していた。それがいつとはしれず悪癖となってしまい、たとえば老人が愚痴のたねにするために気管支カタルを温存するように、後生大事に、その悪癖をかかえこんでしまっているのではないか。》

 メグレがその一因を、ロニョンの細君が「彼の生活を愉快なものにする内助の役に立っていない」からだと思案したりするわけですが、だからといってなにか忠告したりするわけでははない。ただしメグレの認識では、ロニョンとじぶんとの決定的な差異は、内助にある(だけ)としていることです。こういうシムノンの眼には、どくとくに酷薄で親身なものがあります。そしてこの作品を忘れがたくする決定打がラストの一文です。モンマルトルの街角で小雨に濡れそぼって寒さに凍えるその姿が、悲痛げで滑稽で。

モンマルトルのメグレ (河出文庫 504B)Amazon書評・レビュー:モンマルトルのメグレ (河出文庫 504B)より
4309460054

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