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草原の椅子
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草原の椅子の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.23pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全53件 21~40 2/3ページ
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映画を見てからの読書でしたが、 作品に出てくる登場人物の真面目さがとても好きになれました。 言葉がとても良く、座右にしたいと思ったので、Kindleで買いました。 今、下を読んでいます。 | ||||
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上下巻ものはなかなか読み進まずですが、映画化されて映画を見てしまうと原作は読むことはない、そう思い映画より原作を優先しました。 大人たちのメルヘンでしょう。とても良い空気が漂う小説です。 優しい人たちがいっぱいいて、どうしようもない人たちが振り回す。振り回されながら「善き人たち」は集って生きようとする。そういう仲間になりたくなった。宮本輝さんは初めてですが、とても読みやすい文章です。 | ||||
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その草原に椅子を置き、写真を撮る…子供っぽい発想から大人のおとぎ話が始まる。人が生きて受ける傷は、不可抗力の者がほとんどで幼い子供から年老いた人まで様々な人の心の傷がその人の目線で感じられ、大人の小説を読ませてもらったというのが読後の思いです。 内容は、ぜひお読みください・・・ということにしておきます。 私は下巻に入り、この小説の世界からさよならするのが嫌でゆっくりと読みました。本当に優しくてお人好しな人ばかりが出てきて翻弄されつつも、大人としての生き方をしっかりとキープしている、ほぼ同世代の心の奥が見え隠れして久々に読んで感動をした、作品です。 | ||||
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単に、50歳という、自分と同じ主人公に惹かれて購入したが、読み進むにつれ話に引き込まれ、あっとゆうまに読み切ってしまった。 | ||||
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読み進むうちに、頭の中に画像が浮かんできて、自分が主人になったみたいに錯覚し、最後には涙していました。良かったです。 | ||||
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「これからは親友だ」「そうしましょう」ではなく、親友の契りの経緯について、もっと自然な工夫がほしかった。 他にも日本についてのダメ出しがこれでもかと出てくるのだが、作者がこのとき心に溜めていたことなんだろうな、とは感じるんだけど、物語上の脈絡に乏しく、強引にセリフに突っ込んだ感を拭えない。 おっさん二人がここまで「日本はダメ」と思うに至った説明が不足していて、居酒屋でのウダ話以上の説得力を持たない。 特に震災を機に「日本はダメだ」と思ったという憲太郎の叙述は唐突。作者自身、被災者だからこその実感があるとは思うが、読者をそこに導く説明もエピソードもなく、ただダイレクトに感情を吐いているように感じられて、居心地が悪かった。 物語の全体像からはやや宙ぶらりんの印象がある袴田知作の事件よりは、このあたりのエピソードが必要だったように思う。 とはいえ、後半あたりから作者の経験や人間的な厚みがじわじわと感じられ、当初うっとうしく感じられた感情の吐き出しが、次第に魅力へ転じる。 作者が旅先で感じたのであろう「宗教的感覚」や「希望」は、憲太郎と富樫の友情や、圭輔という虐待を受けてきた幼い子供を通して、感動的な情景として描かれる。 そして物語の技巧を超えた「熱」は、どろどろとした日本に対する呪詛に埋もれながらも、「それでも生きる」というポジティブなエネルギーとして、胸に伝わってくる。 | ||||
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圭輔のトーマに対する子どもとしての思いが伝わってきて、胸が痛みました。主人公の、相手の心を自然に溶かす力が本当に羨ましいと思っています。 | ||||
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50歳を迎えてから出来た「親友」との関係にシミジミ。 自分もこんな50歳になりたい、と読み進めながら思いました。 | ||||
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こんな社会にしたのは、間違いなく私たち大人(作者も含む)である。読み終わっつてから何かスツキリしないのは、作者に対する自分のイメージが違ったせいかも知れない。 | ||||
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中年男性の友情をからめ、彼らに夢や安らぎを与えるのではないかと思いました。 特にサラリーマンの方々に。 タクラマカン砂漠は未知の世界。 でもこういった旅も人生には必要かもしれないと思いました。 | ||||
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先日の新聞で、本書が映画化されるという宮本輝さんと成島出監督の対談を読み、興味を覚え、文庫本を買ってきました。 物語に引き込まれ、一気に読んでしまったので、初めて投稿してみます。 「大人の童話」というのが、わたしの第一印象です。 連載小説(毎日新聞)だったせいでしょうか、ある程度まで読み進めてゆくと、俄然テンポがよくなり、ぐいぐい物語に引き込まれてしまいます。食事の準備も忘れて・・・。 中年男性ふたりの友情がメインです。 そこに、主人公が思いを寄せる骨董品店の美人のオーナー、母親に虐待されて育った小さな男の子がからんでくると、一気に面白くなります。 その4人が、ある種の「癒し」を求めて、「世界最後の桃源郷」と呼ばれるフンザ(パキスタン)の大自然へと旅します。 そのラスト・シーンはとっても感動的でした。 「だれが日本をだめにしたんだ?」「官僚と政治家が悪いんや」といった類のセリフが繰り返し出てくるのが「なんだか紋切型」と感じられて、ちょっと辟易しました。 でも、この小説が書かれたのが、あの阪神大震災の後だったと知ると、減点も少なくなります。 阪神大震災では、著者の宮本さんご自身、壊滅的な被害を受けられたそうですし、昨年の東日本大震災に際しても「政治家が悪いんや」と感じた人は多いでしょうから・・・。 そうしたことは別にして、人の「エゴ」や「優しさ」や「苦悩」やらが、あまりどぎつくなく描かれていて、楽しめました。 映画も現在、フンザでロケを行なっているようです。 こちらのほうも、完成が楽しみです。 | ||||
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彼の小説の中でもかなり説教くさい部類に入ると思います。 同じこと何回言うんだってぐらいしつこいです。もう許してください。 しかし心に響く名言が山ほどあります。それだけでも読む価値ありです。 | ||||
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主人公と親友がよく言う台詞に 「だれが日本をだめにしたんや?」「官僚と政治家が悪いんや」 というようなものがあります。 果たしてそうなのでしょうか? 日本は高度成長期も終えて、為替も極端な円高にずっと進んでいます。 日本はいままでの楽な状況から厳しい状況に外的な変化から置かれたものだと考えています。 とにかく官僚と政治が日本をだめにしたという朝日新聞の読者のような主人公にまったく共感できません。 主人公が生きている人物とは思えません。 さらに親友は日本でも大きな小売のカメラのチェーン店を経営しているそうです。 こういう人がこういう発想をするのがあまりにも理解不能です。 日本経済の状況などを勉強しない経営者がいるのでしょうか? 宮本さんの初期の作品は好きだったので残念としかいえません。 いい小説はさまざまな知識がないと書けないということがよくわかりました。 あと高速道路で女の子を拾ったり、友達がホテルまで追いかけられたエピソードも話を盛り上げるためにしか存在して内容におもいました。 ちなみにこれ朝日新聞連載だったみたいです。 こういう発想を持った団塊世代の人がいる限り日本人は幸福になれないでしょう。 | ||||
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いいねェとしか言葉が出てこないけど、富樫と憲太郎、 この二人のような関係がいいんだよなぁ、羨ましい、 この小説のような友達がほしいなぁ、とつくづく思った いろいろ教えられ、考えさせられ、発見させられる。 いずれまた、何度か読み返してみたくなる小説ですね。 | ||||
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不景気、生活苦、少子高齢化、老老介護、予期せぬ災害・・・どんな世の中であろうと「おとな」がいればいつしか歪みは正され、失望は希望へと一転する。 作者は「おとな」とは・・・幾多の経験を積み、人を許すことができ、言ってはならないことは決して口にせず、人間の振る舞いを知悉していて、品性とユーモアと忍耐力を持つ偉大な楽天家でもある。・・・とあとがきで述べている。私自身「おとな」ではない。反省を促し「おとな」になる決意と希望を与えてくれる作品である。 | ||||
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これぞ、「小説」と言った作品だ。 殺人もセックスも全く無く、初老のおっさん二人のお話なのだが、 この二人の究極とも言っていい、素晴らしき人間性によって、 人生の尊さ、生きていく理由を伝えてくれた。 | ||||
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中年の入り口に立った自分のような人間には、とても心に滲みた作品でした。こんな小説を書いてくれた宮本輝さんに感謝したいと思います。 | ||||
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上巻の中盤くらいまでは、なんで読み始めちゃったかなぁ…とつまらなく感じてました。山場もなく、とにかく展開がスロー。まだ読むには年齢が追い付いてなかったかな?と。しかし、中盤が過ぎ始めたあたりから物語の温度も展開のペースも変わってないのに引き込まれ、物語の深さに感動し始めました。未熟者の私自身が世の中を語るにはまだ早いですが(若くもないですが)大人と呼ばれる人は是非読んで欲しい一冊だと思います。また、若い人も読んで欲しいです。色々考えさせられ、穏やかだけど強烈な刺激が与えられました。 | ||||
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毎日新聞に連載されていた当時(1997〜1998年)、宮本輝は 憲太郎や重蔵と同じく五十歳であった。 孔子にして「天命を知る」五十歳は人生の後半を強く意識し始める頃。 圭輔の出現によって憲太郎は自らの星である使命を知る。 重蔵は自らの会社の再編を決断し、自らを宇宙と呼ぶ。 男たちは真剣に人生と向き合い、関わる人たちを慈しむ。 本作の中で憲太郎も重蔵もことあるごとに日本という国を嘆く。 あとがきの中で作者自身が「一種異常なほどの「この国への憎悪」」を 感じながらそこに生きる「人間力のあるおとな」を描いたという。 この作品が発表されてから十年、日本は何も変わってはいない。 一般人が起こす凶悪事件は残虐さを増し、 その背景には驚くほど自己中心的な理由しか存在しない。 だからといって私たちは投げやりに生きているわけではない。 将来に不安は抱えながらも、この国で幸せに生きていくために 毎日を懸命に生きている。 もう少しだけ、あとほんの少しだけ他者への気遣いが増えれば ひとりひとりがその気持ちを心掛ければ 日本は良い国に再生できる。それは政治でも経済でもない。 ここに住む私たちの気持ちの問題なのだ。 希望と再生を考えるきっかけになった。宮本作品の本質である。 | ||||
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「人情のかけらもないものは、どんなに理屈が通ってても正義やおまへん」 物語の序盤に富樫重蔵の言葉を思い出すシーンがある。 孔子の言葉を富樫が自分の言葉として咀嚼した名言である。 私たちは生きていくうえで理屈ではわかっていても 納得のいかない出来事にいくつも直面する。 そこにほんのわずかでも人の情が垣間見れたのであれば 私たちはその納得のいかない出来事に対して少しは心を許すことができる。 人間の機微がわかるほど自分はまだ年齢を重ねてはいない。 だからこそ憲太郎や重蔵のように、人の痛みを分かち合える そうして自分の気持ちや欲望を抑制できる、いや抑制ではなく 品のある大人として自分を律することができる男になりたいと感じた。 何のために働くのか、などと考えるのは青臭いのか。 自分を大切にし、家族を大切にすることで仕事を大切にする。 そして自分に与えられた人生の使命を遂げていくのだ。 壮大なテーマなようであるが、一人一人の人生を もっともっと真剣に向き合おうと考えさせてくれる物語。 10年後、20年後、また違った気持ちで読み返すことができる作品である。 | ||||
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