■スポンサードリンク
(短編集)
どんどん橋、落ちた
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
どんどん橋、落ちたの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.16pt |
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全14件 1~14 1/1ページ
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
初刊1999年。「本格ミステリ」という呼称が、漠然とした修辞なのではなくて、特定のジャンルを指すものであるということ、さらにその下位範疇としての「犯人当て」というのが、文学や小説というよりも、むしろ人工的なルールによって限定されたゲームに近いものであるということ、「本格ミステリ」作家は小説家というよりもパズル作家に近いのかもしれないということ、を本書によって知った。 制限された状況だからこそ「あくまでもその枠内で、論理的な結論を導き出すこと」(p340)ができる、純粋な知的遊戯としての面白さがその醍醐味なのであり、全く別の分野ではあるがクロースアップ・マジックの面白さと通じるものがあるように個人的には思う。 純粋に論理的な要素のみで謎解きができるために要請されるいくつかの前提、則ち『読者に知らない手がかりによって解決してはいけない』、『すべての手がかりは、明白に記述されていなくてはならない』、『三人称の地の文に虚偽の記述があってはならない』(p341-342)などが、「犯人当て」ゲームにおいてどのように効いてくるのかを、実地で味わうことができた。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
フィクションの猫殺し如きで"作者に対して"カッカするような人は読まない方が良いと思います。 実際に起こった事件ならドン引きですが、フィクションだからこそ書き得る加虐性が受け入れられないならば、そもそもこういった本を読むべきでは無いでしょう。ミステリーやサスペンスなんて、なおさら。 読了後、砂を噛んでいるような気分になりました。不気味な感じが私的にはピッタリでしたし、伊園家の話なんかは残虐性を極めすぎてていっそ清々しいほどでした。そういう点では大変好みなのですが。 如何せん、「推理もの」と呼ぶ雰囲気の本では無いような気が…。U君と綾辻行人の会話然り、井坂南哲と綾辻行人の会話然り。 世にも奇妙な物語にありそうな…。「推理もの」として読んだので、星3かな。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
綾辻作品は9割程度読みました、その上で思ったのはちょっとやり過ぎじゃないかと・・・ 綾辻さんの本を読んだ中で、唯一若干の苦痛を覚えました。 もし最初に読んだ綾辻作品がこの本だったら、私はこの1冊だけで綾辻さんの本を読むのをやめてしまったでしょう。 最初に読んだのが十角館で本当に良かったと思います。 ある程度綾辻さんの作品を読んだ後なら遊び心盛んで済むんですけどね。 ひいき目のおまけ付きで★3です。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
短編集?です。十角館を読もうと思ってて、まず手始めにと手に取りましたが、綾辻作品の中でこれから読んだのは間違いだったのかも。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
レビューをいろいろ読んでいて、自己破壊的なパロディだという意見に強く同意した。 著者が新本格という波乱万丈な歴史の先頭に立ってきたことを知らないと、 おそらくこの本の楽しさ、いや、哀しさは理解できないだろう。 どうして哀しいのか。自分でもよく分からない。 京極氏や森氏なども笑いを狙った作品を書いているが、 彼らの場合、してやったりという自信に満ちた顔が浮かぶのに対し、 綾辻氏の場合には、どこか物憂げで自虐的な表情しか想像できない。 それこそまったくの個人的な感想ではあるけれど……。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
新本格についての論争はよく知らないが、全5編の短編のそこかしこに、鬱屈したもを垣間見てしまう。作者にいろいろあった時なのだろうが、穿った見方をついついしてしまって、その点では純粋に楽しむことができなかった。 某国民的アニメのパロディは、秀逸だが、ばかばかしさに徹するとか、大ぼらを吹きまくるとか、開き直りとか、潔いよさがあればなぁと思う。 全く犯人はわからなかったんで、見事に騙されたことになるんだろうが、問題編、解答編の犯人当ての構成が、○分間ミステリのようなチープな感じがしないこともない。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
この作品集は、「超難問犯人当て作品集」と銘打っているのだが、その真の意味というか、作者の意図は、冒頭の「どんどん橋、落ちた」を読み終えた段階で、「そういうことだったのか」と、はっきりとわかる。 この段階で、はなから犯人当て、トリック当ては諦めて、作者がどのように読者の読みを外しているのか、その手並みを味わおうと気楽に読むのか、あるいは、真面目に読んで、その外し方に、「それはないよ」と、腹を立てたり、馬鹿馬鹿しいと感じるのか、読者の反応は、はっきりと二つに分かれると思う。私の場合は、前者の読み方に徹することにしたのだが、そうなると、今度は、こうした類いの作品には、詳細な情景描写は無用の長物と思えてしまうので、作品によっては、長過ぎて、冗長と感じるものもあったことは否めない。 ところで、「どんどん橋、落ちた」と「ぼうぼう森、燃えた」での作中作への作者の批判や、作者のあとがき、篠原美也子氏の解説を読んでみると、作者が、「人間を描けていない」という自身に対する批評を、かなり気にしていることがわかる。たしかに、「人間を描けていない」というのは、奇抜なトリックで勝負する本格派ミステリ作家に共通する欠点であり、私も、作者に対するそうした批評は、的を射ていると思っている。たとえば、人間を描けるだけの筆力のある東野圭吾などは、本格派ミステリには飽き足らず、芸域を広めていっているだけに、本格派ミステリ作家には、何がしかのコンプレックス、悩みがあるのだろう。 この作品集は、そんな作者が、まさに、人間を描くことを一切放棄して、読者の推理を外すためだけを目的に書いたものといっても過言ではなく、「人間を描けていない」という批評に対して、居直ってみせたとも、自虐的に書いたともいえる作品集だ。「どんどん橋、落ちた」と「ぼうぼう森、燃えた」などは、それを、究極まで突き詰めてみせた作品といってもいいだろう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
この作品集は、「超難問犯人当て作品集」と銘打っているのだが、その真の意味というか、作者の意図は、冒頭の「どんどん橋、落ちた」を読み終えた段階で、「そういうことだったのか」と、はっきりとわかる。 この段階で、はなから犯人当て、トリック当ては諦めて、作者がどのように読者の読みを外しているのか、その手並みを味わおうと気楽に読むのか、あるいは、真面目に読んで、その外し方に、「それはないよ」と、腹を立てたり、馬鹿馬鹿しいと感じるのか、読者の反応は、はっきりと二つに分かれると思う。私の場合は、前者の読み方に徹することにしたのだが、そうなると、今度は、こうした類いの作品には、詳細な情景描写は無用の長物と思えてしまうので、作品によっては、長過ぎて、冗長と感じるものもあったことは否めない。 ところで、「どんどん橋、落ちた」と「ぼうぼう森、燃えた」での作中作への作者の批判や、作者のあとがき、篠原美也子氏の解説を読んでみると、作者が、「人間を描けていない」という自身に対する批評を、かなり気にしていることがわかる。たしかに、「人間を描けていない」というのは、奇抜なトリックで勝負する本格派ミステリ作家に共通する欠点であり、私も、作者に対するそうした批評は、的を射ていると思っている。たとえば、人間を描けるだけの筆力のある東野圭吾などは、本格派ミステリには飽き足らず、芸域を広めていっているだけに、本格派ミステリ作家には、何がしかのコンプレックス、悩みがあるのだろう。 この作品集は、そんな作者が、まさに、人間を描くことを一切放棄して、読者の推理を外すためだけを目的に書いたものといっても過言ではなく、「人間を描けていない」という批評に対して、居直ってみせたとも、自虐的に書いたともいえる作品集だ。「どんどん橋、落ちた」と「ぼうぼう森、燃えた」などは、それを、究極まで突き詰めてみせた作品といってもいいだろう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
本格派推理ミステリーと思い手に取る。確かに予想を裏切る「犯人」が出てきて面白いとは思いますが、奇抜すぎるように思いました。もう少しまともな推理を読みたいというのが読者の心理ではないでしょうか。タイトルであったりシチュエーションは大変良いのですが・・・。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
綾辻行人ファンのための短編集です。 広く一般の推理小説ファンを対象にはしていません。 作者自ら言っているように、人間性を廃したパズルみたいな小説です。 この手の小説を読み込んでる人には、作中にヒントがちりばめられているので 作者のトリックに気が付くかも知れません。 でも、それ以外の人が読んだら、「ふざけんなコノヤロー!」と思うでしょうね。 確かに良く出来ていて、それなりに面白いんだけど、やってる事は 「楽屋落ち」に「パロディー」と、才能の枯渇し始めたギャグ漫画家みたいです。 本当にファンが望んでいるものとは違うような気もします。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
綾辻行人の作品を読むのは10年ぶりくらい。久しぶりに新本格っぽいものに触れて、懐かしかった。 90年代に書かれた5つの短篇を収めた作品集。短篇であるがゆえに余計な部分(登場人物、情景描写、レッド・へリングなど)が削ぎ落とされ、謎そのものの魅力が前面に押し出されている。すべての手がかりは提示され、読者には真相を見抜く機会が与えられる。理論的には。実際には読者の度肝を抜くような(あるいは常識では考えられないような)真相が用意されており、たいていの場合は正解にたどり着くことが出来ないようになっている。しかし、ここで怒ってはいけない。アンフェアだとか反論してはいけない。ありえないようなどんでん返しを楽しむのが、綾辻作品の正しい読み方なのだ。想像を超える無茶苦茶さを味わえるようにならなければ駄目だ。 このレベルに達すれば、綾辻作品のすごさが理解できるようになる。頑張って欲しい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
どれを読んでも「なんだこりゃ」と言いたくなるようなトリックの数々で、「異色作」ってのはこういったものを言うのだなぁと。一番マトモといわれている「伊園家の崩壊」は読んでて不快になった。これを書いていた時期の綾辻先生の精神状態を伺ってみたくなる。色々疲れていたんだろうか。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
僕は本格派が特に好きなわけでもなく、あまり読んだことはありません。しかし、この本を読んで思ったには、「本格派ってこういうものなのね」という感じ。本格派を知らない人も、上手くいけばハマれる作品…ただ、やはりマニアウケの雰囲気が如実に流れており、普通の推理小説を読む感覚とはカナリかけ離れてる(笑)すぐ読めて、トリックはまずわからないので、それなりに楽しく読める作品だと思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
本格ミステリーで、時折、みかける、読者への挑戦のある短編が、5つほど収められています。形式的には、本格ものなのですが、そんなのアリ?、と思わせられるものが多く、一種のパロディものになってるような気もします。しかし、パロディものとして読むには、ちょっと、後味の悪い部分も、結構、あって、読む人を、選びそうな一冊だと思いました。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!