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夜は短し歩けよ乙女
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夜は短し歩けよ乙女の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.87pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全121件 61~80 4/7ページ
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| これ、面白いですか? 私は、あまり引き込まれませんでした・・・。 話題になっている本なので買ってみたのですが、がっかりです。 主人公の男性大学生にも、女性にも共感できるものがありませんでした。 特に女性は、リアリティーのないキャラクターだと思います。 他の方が書いているレビューどおり、無駄におしゃれ感出しだ文体も読みにくいし、鯉が降ってきたり 宙に浮かんだりするファンタジー要素など、何故?が多いですが、伏線でもなく、収拾されないままなので 世界観を作りたいだけに感じてしまいます。 | ||||
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| 今まで読んだ本で1番つまらなかった。最初から最後までつまらない。読み手を選ぶ本です。 | ||||
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| 登場人物がアニメのキャラクターかラノベヒロインって 感じで、全体的にキモかった。こんな女も人間もいないと思う。 最初の方で意味不明に下ネタが多くて嫌悪感。もったいぶった言い回しも 若くない読者には微妙だった。 表紙は素敵なのにな。中途で挫折しました、、 | ||||
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| よめねー 面白くありませんでした。 独特すぎる、喋り方、考え方、複雑すぎる流れが逆に読む気を阻害。 | ||||
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| さっぱり訳の分からない内容でした。正直私にはつまらなかった。読みつずけても一向にワクワク感や共感出来る所がなく暇つぶしに読むにも値しなかったような感じです。唯一偽電気ブランについては調べるきっかけになりました。 | ||||
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| 私はキライじゃないけど… 主人公の恋は大学生のリアルな恋愛感情かもしれないが、書いているのは大学生じゃないはずだ。大人の男性だと認識している。京大卒の大人が書くんだから、大学生の冴えない男子の恋の向こうに人間のリアルな姿を描いてほしかったなあ。 女の子も、女を知らない男が都合よく幻想を押し付けているだけとしか思えない。女はこんなに不思議ちゃんでもバカでもないよ。ふわふわしているようでも、しっかり考えて生きてるよ。おっさんに胸揉まれて許す女はいないよ。 幻想はいいとして、この小説には一つもリアリズムがない。ガルシア・マルケスでもミヒャエル・エンデでも幻想の軸には哲学と人間に対するリアリズムがあるのだ。 この小説にリアリズムがあるとすれば、冴えないヘタレ男の片想いである。それも非常に表層的。もっと悪夢のような片想いをしてほしい。恋愛は苦しいから文学になる。 冴えない男子学生は喜ぶかも。でも、女の私には物足りませんでした。 | ||||
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| こんなに熟語って必要かというほど熟語が出る。 ちょっと違和感。 熟語で極まった文章を読ませるのが目的?若者の間ではこういうのが流行ってるのかーという感想。 アニメっぽい内容。 熟語に負けた。 | ||||
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| ファンタジーだったのですね。 確かに、表紙の挿絵通りの印象の乙女の話。 論理的におかしい、などという感想を持ってはいけない作品です。 10代や30代前半までに読めばまた感想は異なったのかも知れません。 ただ、好きな人は好きなんだろうな、という文体ですし、サンプルを読んでみるのが一番良いと思います。 後半面白くなる、とうことでもないんので、サンプルで違和感を感じる方はやめたほうがいいです。 最初から気になる、と思った方は是非読み進めてください。 | ||||
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| 初めての作家さんでした。 そのうち面白く感じるほだろうと読み進めていきましたが、辛くて途中棄権しました。 全体を通した独特の妖しさが魅力ではあります。 また私自身は、こちらの土地勘もあるのですが奇想天外過ぎて話についていけませんでした。 おしゃれなイラストから簡単に読めるような気がしますが、読者を選ぶと思います。 | ||||
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| 森見作品で最初に読んだ本です。 正直世界観がわからなかったです…。 面白さがわからない…。 | ||||
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| 面白かったというレビューも少なくないが、自分にはまったくそのよさがわからない。 読み始めて38ページでギブアップ。もう少し読み進めれば面白くなったかもしれない が、読みたい本が他にもある状況では時間の無駄と判断。 過去にさまざまな小説を何百冊も読んできたが、途中で挫折したのはこの本が 初めてである。 | ||||
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| 何が面白いのか全くわからない。 こんなに読み進めるのが苦痛な作品は初めてです。 どんなにつまらない作品でも、頑張って読む方ですが、これに関しては無理でした。 無理してちゃんと読んだのは1章の途中まで。 文体も癖がありすぎるし、何の盛り上がりもありません。買わなきゃよかった。 | ||||
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| 本屋大賞第2位ということなので、大衆向けての作品だとは思っていました。それなりに覚悟して、またかなり我慢して半分近くまで読みましたが、さすがに読み切れませんでした。あまりの、ひどさに。 20歳のある女性が、ある本を指して、「これは事実に基づいた本ですか?」と訊かれたことがあります。その時、ちょっと不思議な想いをしたのですが、「事実に基づいているかどうかが大切なのではなく、書かれた内容が問題だと思います」と答えたことがあります。今、考えると、あの女性が質問された気持ちが十分に分かりました。真摯に生きようとする彼女には、この種の小説を〈読む〉ことは無意味だったのです。 また、米原万里さんが、ソ連時代からロシアになると、人々の読書傾向が変わったと書かれていたのを思い出しました。確か、意味するところは、大衆は易きに流れるということでした。もちろん、わたしも大衆の一人です。ですから、この言葉を常に肝に銘じています。易きに流れると、ひどい結果になるからです。 そこで、本屋大賞ということも考えさせられました。まぁ、昔言われた通俗小説ということで、◯◯な娯楽小説の大賞ということなのでしょう。それは、指標となるものを見れば、分かることですが……。 さて、本書を途中まで読んだ感想としては、この書き方に、作者の戦略を感じました。あくまでも大衆を対象とし、その見返りを得ることが目的。ですから、この作品には、人間と社会への真摯な想いはなく、あくまでも、お金もうけの道具と化した観があります。とにかく、内容は大衆が理解できる程度のもので、大衆がおもしろく感じるものを書く。それが、すべて、といった印象を受けました。〈本を読む〉こととは何か?を、ある意味では、もう一度教えてくれた本かもしれません。もちろん、反面教師の意味で、ですが。 この作者は、きっとフウイヌム国にいる、あの生き物が進化したものではないか、と思ったりしたものです。そして、もちろん、読み終えられなかった本は、しかるべき場所に処理しました。 時間は、ムダに使わぬことです。読まなければならない本は、たくさんありますから。 【追加 8/7】 十分に感想を書ききれていなかったので追加しておきます。 もちろん、読み切ったものではないので、なぜ、わたしは読み終えることができなかったか、を探った個人的な感想です。 読書の途中で、この小説の仕掛けが気になりました。 まず、祗園などといった古都のイメージをもつ京都らしさを素材にして、それに若者の恋愛を加味する、そのことで、読者の関心事は2つになる。それから、それまでの古都のイメージに荒唐無稽なものを持ち込む、それで、たとえば祗園のイメージを変容させる。これまでの既知の京都から異界の京都へと、読者をひきずり込む――つもりだったのでしょう。ですから、主人公は、ほとんど、その世界を展開させるための役割を果たすにすぎない存在です。不幸なことに、本書を読むわたしの中には、森見氏が意図した異界の京都ではなく、まずい書き割りに、マリオネットがあるだけでした。(これは、わたしが読んだところまでの印象です)。 ところで、一般に、良書というものは、読者との静かな対話を求めるものだと思います。中には、ついつい徹夜してまで読んでしまった、という本もあります。それは読者の心を何処へ連れ去ってしまうからでしょう。しかし、良書は、読み終えてしばらく時間がたつと、そのいた場所をそっと教えてくれます。しかし、森見氏の本書は、何処へ連れていくのでしょうか? この小説は、読者をある種の渦の中に巻き込むだけではないでしょうか?(再度書きますが、わたしが読んだところまでの印象です)。こんなことを考えさせられている、わたしには、ハンス・ペーター・リヒターの『あのころはフリードリッヒがいた』が思い起こされました。リヒターの物語に少し触れてみます。 この物語は、ご存知の方が多いと思いますが、ヒトラー政権下でのユダヤ人差別・虐待などを描いたものです。その物語の中にある「ポグロム」の章が、わたしに浮かんだのです。 この物語の主人公は、学校からの帰り途(みち)にユダヤ人の見習い工の寮へ向かう人たちに出会います。そして、物見高い人たちも、おおぜい、その後からついていくことになります。はじめは、寮の前にただ突っ立っていただけの人たちが、しだいに声高になっていく。「開けろ!」 そして、誰かがののしり始める。ついにはドアを突き破ろうとする。ドアに身体をぶつける人間の数が増えていき、主人公も、いつのまにかドアを突き破ろうとする人々の中にいる。ドアが破られると、建物の中に人々がなだれ込み、破壊が始まるのです。 この主人公の少年も、渦に巻き込まれるように、金槌をもって次から次へと物を壊していきます。ガラス、いすの脚、ひっくりかえった戸棚……、そして、大きな黒板。 「ぼくは思わず身がまえると、金槌を黒板めがけて投げつけた。金槌は黒板のまん中に当たって、頭がのめりこんでひっかかった。……突然、ぼくはつかれを感じ、吐き気を催した。ぼくは家に走って帰った」 わたしは、この主人公と同じように、森見氏のこの本から離れました。もちろん、吐き気を催したりはしませんでしたが、一種の疲れをもたらす違和感を感じました。実のない象徴となる名前など――たとえば、李白という名前で提示した存在――を操って、森見氏ひとりが、こどものように走りまわっている世界に……。 もちろん、ポグロムのような陰惨な事件と、森見氏のこの小説が同じだというのではありません。しかし、わたしの中では、この森見氏の小説の渦と、『あのころはフリードリッヒがいた』の「ポグロム」の渦は重なったのです。さらに言えば、森見氏のこの作品の渦の底には、人間の存在の意味を探るコトバではなく、現代の資本主義社会が求めさせるモノを得るための、本当にたんなる道具と化したコトバが堆積しているにすぎませんでした。 言い換えれば、森見氏のこの小説は、一種のゲームとして――今の多くのゲームの制作意図と同じで――作られたものに感じられてなりませんでした。そして、現代の資本主義社会のシステムにのっとり、このゲームに勝者が誕生した。その勝者にもたらされたものは……、言うまでもないことですね。 それにしても、この森見氏の小説から、リヒターの『あのころはフリードリッヒがいた』ばかりでなく、オルダス・ ハクスリーの『すばらしい新世界』の騒然とした中での結末をも想起させられました。 そう感じると、わたしは、なんのためらいもなく、読書を止めたのです。 ところで、古典と言われる小説を読むと、あまりにも主知主義的に〈本を読む〉ことの大切さが説かれることがあります。主知主義がいやな感じを催させる時もあります、しかし、〈本を読む〉大切さがくどく説かれるのは、やはり、〈人は、いかに生きるべきか?〉〈人は、どうあるべきか?〉という問題に答えようとした先人の切実な想いを汲み取っていたからではないでしょうか。 そして、わたしは、エンターテイメントのものを、むやみに否定するわけではありません。フイリップ・ロスの『素晴らしいアメリカ野球』(ちょっと下品ですが)、ジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』などは、ひねりの利いた作品です。しかし、その〈ひねり〉の中に、やはり、かれらの人間を見る厳しい眼差しを感じさせられます。 いや、探偵小説だっていいと思うものがあります。いかにエンターテイメントといえども、しっかりとした作家は、社会と対峙して、自ら作家としての責任を意識しているものではないでしょうか。 現代の大衆社会、民主主義などは、〈現在〉をくいつぶす行為の中から生まれたのではなく、より多くの人のために〈現在〉を変革していこうとする想いと行為の中から生まれたものだと思うのです。そう思うと、わたしには、〈本を読む〉大切さを説く古典作家の切実な願いが感じられます。そして、今や、大衆向けの小説を書く作家は、現代が大衆社会であるだけに、その社会的責任は大きいのではないかと思います。平成22年5月18日に、憲法改正国民投票法が施行された今では。 森見氏のこの作品傾向は、他のものにも見られるもので、なにも森見氏ひとりの問題ではないと思います。しかし、このような小説群のなかで、なんとか踏みとどまっている作家もいる。たとえば、角田光代さん。(わたしが読んだ現代作家のなかで、ということですが)。 本書を読んで高い評価をされている方は、エンターテイメントの作品として、それなりに割り切って読まれたのだと思います。しかし、中には、書き手と正面から向き合う読書を求める人がいます。そのような読者には、森見氏のこの作品は読みきることのできないものだと思います。あまりにも……で。 | ||||
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| 友人に貸りて読みました。 書店で頻繁に見かけた本なのでよく売れていて面白いのかなと思っていました。 実際読み始めると30ページで放り投げました。 これが本屋大賞2位?がっかりです。 言葉遊びでしかない語彙の羅列、ファンタジーに終始して2次元にしか思えないキャラクター、実のない内容、中途半端に頭の良い人間が妄想を小気味よく書きました感しか感じませんでした。 あまりに合わなかったので記念に書いておきます。 レビューにある通り好き嫌いが本当に分かれます。 ジャケ買いなんてしないで中身を読み確かめてから購入するのをお勧めします! | ||||
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| だめ。 面白くも何ともない。 文体も嫌い。 ストーリーが支離滅裂。 | ||||
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| 最後まで読みきりましたがどこが面白いのか全然わかりませんでした。 現代小説なのかラノベなのか中途半端で、キャラクターも中途半端で、 面白さを感じることができないことが悔しいです。 | ||||
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| ガルシア・マルケスあたりの真似でマジックリアリズムが多用されているが、 主人公が追い詰められ、絶対絶命で、読者がそれを望んでのマジックリアリズムではないから、 一つ一つが軽すぎて効果がない。というか逆効果になっていると思う。 ただ意味もなく登場人物が空を飛んでもそれはつまらないのですよ。 | ||||
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| 「恋文の技術」が面白かったのでもう一本。 文章は特徴的だし、キャラも立っているんですが、何だか 「てきとー」 に見える小説でした。 文体が特徴的なのも二本目になるとちょっとくどいかも。 中身も何ででしょうね、全然笑えませんでした。 作者は随分と京都に思い入れがあるようですが、ちょっとそれが強すぎるかなぁ。 僕も京都に住んでましたが、そこまで思い入れられると引いてしまいます。 あと、 ・学生物 ・ファンタジー と言う事で減点。 星二つ。 文章の特徴だけで売って行くのは辛いかも、と言う作家さんです。 | ||||
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| ホントに好き嫌いが分かれる小説ですね。 私は嫌いでした。 ここ数年読んだ小説で一番つまらなかったです。 レビューの評価が高かったので、一応最後まで読みましたが時間の無駄でした。 高評価が多い事に正直驚いています。 今後、読み始める人は半分読んで面白くないと思ったらやめたほうがいいと思います。 | ||||
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| 私は好きなジャンルがミステリー、歴史物、ドキュメンタリー、 ですが、話しの組み立て、構成が巧みな話が好き。 もしくは、ストーリーはシンプルでも実録の凄み、リアリティー が読んでいて惹き込まれる。 とかいうタイプは止めた方がよろしいかと思います。 軽やかでこ気味よい文体を楽しむ小説で内容は無いよー、 でも軽くサクサク読めていいでしょー、ってな感じ。 村上春樹好きは好みかもしれませんね。 文章は上手い!内容は無い! 私は合いませんでした。 古本か図書館でどうぞ。。。 | ||||
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