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猫を抱いて象と泳ぐ
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猫を抱いて象と泳ぐの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.37pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全121件 101~120 6/7ページ
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| 小川洋子氏の作品は大きく2つのジャンルに 分けられるような気がする。 この作品は、「博士の愛した数式」の方にあてはまる物語。 彼女の持つグロテスクな表現は影を潜め、 ただ美しい調べだけが描かれていて、読者はその繊細な世界に酔うのだ。 そして両作とも主人公は少年。その意味で、児童文学の様相を見せている。 この作品では「リトル・アリョーヒン」と 後に呼ばれるようになるチェスの棋士の少年が主人公。 彼は象のインディラやチェスのマスター、ミイラの少女と出会う。 彼らは皆、身体が大きくなりすぎて不運に遭遇した者たち。 少年の彼らに対する想像は膨らんで、 やがて「大きくなることは悲劇」という墓標を打ち立てる。 彼は11歳で身体の成長を止めた。 そして、生涯をチェスに捧げる。 全般に及んでチェス、チェス、チェスの話だけど、 でもこれが、単なるチェスじゃない。 リトル・アリョーヒンは駒の音だけで、チェス盤の上の 旋律を読み取る。そして、自分も、最も相手にふさわしく、 美しいカタチでキングを攻めていくのだ。 チェス盤は人生。ゲームの進行を書き留めた棋譜は、まさに、 その人物が歩んできた道を表す。 リトル・アリョーヒンは単にチェスが強いんじゃない。 美しい棋譜を描くことを最も大切にしている棋士なのだ。 なんとも、幻想的な世界。現実とはかけ離れているのに、 どうしてだろう、実際にリトル・アリョーヒンが存在しているような、 そんな錯覚さえ覚えてしまう。 小川氏は“静寂”という音さえも表現できてしまうから、スゴイと思う。 静かに、優しく語られていく物語。 でもね、そう、人生は夢じゃない。 一歩踏み間違えば、危険であり、取り返しがつかなくなったり、 相手を損ねてしまうことさえ、あるのだ。 それでも、進んでいかなくちゃならない。 決して後ろに下がることができない、ポーンと同じように。 前へ。前へと。 さるきちの棋譜はどんな模様を描いているのだろう。 読者をそんな想像に駆り立てる素敵な一冊です。 | ||||
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| 美しく、繊細。崇高な作品でした。 読んでいる間、素晴らしい時間を味わわせてもらったような気がします。 チェスのやり方なんてまったくわからないんだけど、そんなことは気にならない。 むしろ、黒と白の8×8の世界で描かれる鮮やかな駒の動きに引き込まれてしまう・・・。 これは「博士の愛した数式」で数学の美しさに魅せられたあの感動に似ています。 何かとてつもなく愛せるものを見つけた時、 リトル・アリョーヒンのように自分を激しく主張せずに、つつましやかに愛することがはたして私にはできるのか。 彼のように世界を壊さずに汚さずに、影となって謙虚に愛することこそが本当に愛し方であり、美である。 こういう人こそ尊いといえるのだと思う。 老婆令嬢の言葉・・・・。 「自分のスタイルを築く、自分の人生観を表現する、自分の能力を自慢する、自分を格好良く見せる。 そんなことは全部無駄。何の役にも立ちません。自分より、チェスの宇宙の方がずっと広大なのです。 自分などというちっぽけなものにこだわっていては、本当のチェスは指せません。」 これはチェスに限らず、人生にも言えること。 「最強の手が最善とは限らない」というのも奥が深い。 大きくなりすぎてデパートの屋上から降りることができなくなった象・インディラ。 “大きくなりすぎる恐怖”がこの作品の大きなテーマになっているのだけれど、 それは体の大きさだけでなく、心の問題でもあるのでしょう。 最後は頬に一筋の涙がこぼれていました。静かに泣けて、大きな余韻の残る作品 小川洋子の最高傑作」といわれてますが、それも言い過ぎではないと思います。 | ||||
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| 今日のこの日、何万人の人がこの本を手にし、この世界に身をまかせたのだろう。 きっと、何万通りのリトル・アリョーヒン、ミイラ、マスター、トルコ人形などの イメージが存在することだろう。 映像化してほしいような、ほしくないような・・・。 私が無尽蔵にお金を持っていたら、ヨーロッパの女性監督と毎日毎日、ワイン片手に お話をして、配給も興行も関係なく映像化し、この本を手にした全てのみなさんに 「いかがでしょうか?」とお届けしたい。 | ||||
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| 小川洋子さんの作品を読んで感じることはいつも「美しさ」。文体の美しさももちろんだが、今回のテーマである「チェス」にも確かに美しさを感じる。駒やチェス盤の美しさは静謐な美しさ、そしてその駒たちが紡ぎ出すゲームの美しさ。 筆者は『博士の愛した数式』では「数学」の美しさを、本書では「チェス」の美しさを描き出した。一見どちらも整然とクールな印象だが、それを愛する者にとっては詩のように美しい。 ただし『博士〜』では読者の誰もが驚きと共に数式の美しさを感じることができたが、本作品ではリトルアリョーヒンの美しい一手に驚いているのは登場人物だけで、読者は置いてけぼりを食ったようなもどかしさを感じてしまうかもしれない。 ビショップはいったいどのような軌跡で奇跡を起こしたのだろうか。想像できない自分がもどかしい。 | ||||
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| とても静謐で、しっとりとした物語です。 主人公を取り巻く世界。チェスを通じて世界を見る。 チェスの棋譜に人が現れるという言葉に、ドキドキさせられました。 そして、この本を読んでいる時間はとても幸福でした。 | ||||
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| 作者を良く見てみたら小川洋子だった。 ああ「博士の愛した数式」の……。どうりで文章に既視感を覚えたわけだ。 相変わらず詩美に溢れた繊細な話を書く人だと思った。 こういう話はわかりやすいハッピーエンドを好む人や、エネルギッシュな作品を好む人とは相容れないだろうが、こういう「閉じた世界」ではない「自分のいるべき世界」をテーマにした本を読んで欲しいと思った。きっと視界が広がるはずだ。 | ||||
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| 静かに流れる時間、美しい人々…。 小川さん、文章が美しい。 構成も、話の展開も素晴らしく、全てに無駄が無い。 小川洋子さん、恐るべき作家さんです。 小川ワールドにすっかり翻弄されました。 人間チェスに使われた衣装は、ゲームだけなのに一夜にしてボロボロになる。 「それだけチェスの戦いが厳しいものだからジュないかしら」というミイラの言葉。 人間チェスの駒になることを拒んだけれども、駒にならざるを得なかったミイラ。 片時もミイラのそばを離れることが無かった鳩が鳴き、姿を消したミイラ。 ミイラの身に何が起こったのか…。 う〜ん、知りたい…。 | ||||
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| チェスを知らなくても、猫が好きでなくても、象に興味がなくても、心静かに楽しめます。主人公はチェスの詩人アリョーヒンの小さいバージョン。でも、彼の小ささなど忘れてしまうほどの交響詩的な作品です。ゲームから生まれる緊張感から猫を抱き、棋譜が織り成す壮大さから象と泳ぎました。ゆっくりと読み進めたい美しくほのかに悲しい作品です。 | ||||
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| 伝説のチェスプレーヤー、リトル・アリョーヒンの物語なのだが、最初の像の話といい、主人公の口の逸話といい、チェスを始めるきっかけといい、次から次へ、ありそうで、しかも不思議な展開だから面白い。最後まで期待させてくれてワクワクしました。 | ||||
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| 何かものすごく大きな事件が起こるような作品ではなくて、淡々とそれこそ、この作品のモチーフとなる「海」のように進行するけれども全く退屈しない。天才棋士リトル・アリョーヒンの生涯を軸とした物語は、時代や場所を特定させない不思議な雰囲気を帯びているけれど、それでいて世界観がしっかりしているためか、リアリティを失わないし、登場人物は風変わりでいながら、魅力にあふれている。この作品を舞台とする世界を産み出しただけでも、作者の才能がうかがい知れる。常に何か悲劇の予感を孕みながらも静かにストーリーを進め、あっけなく、それでいてドラマチックで心を揺さぶるエンディングもさすが。チェスがまったくわからなくても楽しめる。 | ||||
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| 一日のなかで、その本をひらく時間が、特別なひとときになる読書がある。 あわただしい一日をすごしても、気がかりなことがあっても、ページをめくれば、いつでもその場所へ戻ることができる。 本書も、そんなゆたかな読書の時間を約束してくれる小説だ。 主人公の少年(のちに、リトル・アリョーヒンとよばれることになる)は、バス会社の敷地に置かれた回送バスの中で、8×8のチェック模様に塗られたテーブルに出会う。 そして、マスターとよばれる男にチェスを教わる。 それが、盤下の詩人、リトル・アリョーヒンの伝説のはじまりだった―― 小川洋子の小説は、刺繍でひと針ずつ描かれた絵や、気の遠くなるような時間をかけて織り上げられたタペストリーを連想させる。 どんなに短いエピソード、文章、言葉ひとつにも、選びぬかれそこに置かれた理由がある。 それはまるで、リトル・アリョーヒンの指すチェスの一手、一手のようだ。 詩のように美しい文章でつづられたこの小説の中で、特にきわだっているのは、やはりリトル・アリョーヒンがチェスを指す場面だ。 読者はリトル・アリョーヒンと共におどろき、手に汗をにぎり、盤上で奏でられるハーモニーに耳を澄ませて、深い満足を味わう。 64の正方形の上で、白黒それぞれ16の駒を動かすという「ただそれだけ」のゲームが、こんなにも奥ぶかいものだったなんて、と呆然とせずにはいられない。 物語のつづきを知りたい、早く結果を見たいという読みかたではなく、ページのあいだを、行間を、言葉と言葉のあいだをさまよい、一行読んでは目をつむってその余韻をたのしむ、という読書のよろこびを、最初の一行から最後の一行まで味わうことのできる名著。 | ||||
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| 若き天才チェスプレーヤー「リトル・アリョーヒン」の一生をリトル・アリョーヒンと呼ばれる前から死ぬまでつづっている詩的な小説。 この小説はいろいろな人におすすめできる小川洋子作品だと思う。小川洋子の作品は「博士の愛した数式」や「ミーナの行進」のような万人受けする作品と、「薬指の標本」や「妊娠カレンダー」のような少し暗いあまり万人受けしない作品の二つに分かれる。この「猫を抱いて象と泳ぐ」は万人受けするものだと思う。小川洋子に入門するためにもおすすめできる一冊だ。 この小説は小川洋子らしく非常に詩的で呼んでいて心地いい。小説を理解するために頭をフル回転させる必要は無いが、より深く楽しもうと思えばいろいろと調べることによってさらに面白くなる。 物語中にたびたび出てくる象の「インディラ」は非常に象徴的で、リトル・アリョーヒンはチェスのコマのビショップにインディラを重ねる。インディラは物語に深くかかわるので読んでる最中心の片隅には必ずインディラを忍ばせておくといいかもしれない。 とにかく詩的でいい作品なのでいろいろな人に読んでもらいたい。もっとこの小説をうまく紹介したいのだけれども、どうも語彙力が無いためつたない紹介になりました。とにかく読んでみて欲しいです。 | ||||
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| チェスプレーヤー、リトル・アリョーヒンが棋士として表に出ることなく、自働チェス人形リトル・アリョーヒンとして駒の軌跡を『ビショップの奇跡』と呼ばれる棋譜にのみ残した。 その彼が愛したチェスは、清冽な空気に包まれたチェスという海だった。 という男を描いたこの本は、小川洋子が紡ぎだす言葉の美しさが所々輝ききらめくが、1冊全体で見るとそんなに面白くない。 多分主人公リトル・アリョーヒンの特殊な身体的特徴が、ジョン・アーヴィング第四の手と比べてしまったり、中盤に出てくる海底チェス倶楽部の舞台が小川洋子薬指の標本 (新潮文庫)など、これまでに読んできた作品を連想させ、その作品より際立っていないからかもしれない。 マスターとの関係も博士の愛した数式 (新潮文庫)のルートを思い起こさせる。 美しい文体を味わいたい時、手にするといい本だと思うが、称賛して人に強く勧めたいほどの傑作とは思わない。 | ||||
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| チェスはやったことがないしルールは知らないし興味もないな、と思い敬遠していたのだが、まわりの評判がよいので思い切って読んでみたら、物語も文章も素晴らしすぎて文句なく魅了された。そういえば前に同じ著者の「数学」を題材にした小説でも同じような経験をしたな、と想起して、自分の学習能力のなさを反省した次第である。 本書読後も相変わらず詳しくは理解できていないチェスの対戦場面が、しかし本書の白眉だろうというのが最大の感想だ。ひとつひとつの対戦が盤上に生み出す詩や音楽や彫刻や宇宙の描写が身震いするほど巧みであり、また「盤下」と盤上の間で繰り広げられる主人公と対戦相手との友情や信頼や尊敬や愛のやりとりが、ときに優しく甘く暖かく、ときに痛く切なく心にしみてくる。 こうして様々な名勝負を棋譜に残していく主人公の、心象風景のなかに折り重なっていく人々や動物や乗り物や建物や言葉や死の記憶が、物語の後へ後へと進むほどその愛しさと哀しさを増していき、どんどんと読書の感動を高めていく。そして最後の数ページに記される博物館的な視点の文章を読み終えたとき、他の作品では得がたい独自の余韻を残して本書は幕を引く。 | ||||
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| 最後の20ページを、号泣しながら読みました。 なぜこんなに涙が出てくるのか、不思議なほど止まりませんでした。 ぐしょぐしょのティッシュを抱えながら読み終えたとき、 この本と、登場人物すべてがとてもいとおしく感じました。 チェスの才能以外に世俗的な恵みを何一つ持たない人生が、 これほど豊かで美しく尊きものに思えるのはなぜでしょう。 しばらくはこの本の余韻に浸りたいと思います。 | ||||
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| 何かを愛すること、人を愛することというのは、 自分も相手もなく、この世界そのものを愛することから はじまるのかもしれない。 自分をできるだけ無くし、相手と共に世界を愛することに 自分の居場所を見いだす。そうした行為がどれだけ美しく どれだけの愛情と平和を生み出すことか。 そうした事を感じさせてくれる素晴らしい本。 ジョン・アーヴィングの「オーウェンのために祈りを」を 思い出しましたが、西洋の生き方とは違い、日本人が美徳 とする謙虚でいることの尊さを筋とした物語なので、より 心に響きます。題材がチェスという西洋のものではあるけ れど、テーマはチェスと同じで普遍性のもった美しい内容 に思いました。 この物語の主人公であるリトル・アリョーヒンのように 謙虚に生きることは難しいことなのかもしれませんが、 たくさんのすれ違いやぶつかり合いの起きてしまっている 世の中で、世界的にみても謙虚でいることの大切さを穏や かに伝えてくれる素晴らしい本に思います。 | ||||
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| 麻雀は打つんですが、チェスは指しません。だからチェスってどんなものかわからないんですが、思わずチェスってものに手を出しそうになりました。 とにかく言葉の羅列がきれいです。たくさんの言葉がゆっくり静かに堅実に積み重なり響きあう感じが、まさにチェスかも!?と思ってしまいました。主人公はチェスで言葉を語るけれど、小川洋子は文章でチェスを指しているのでは?と。実際にチェスにはまっている方が読んだらどんな感想をお持ちになるのか聞きたいですね。 ラストに関しましては、個人的に好きではありませんでした。ただ、ラストをどういう風にもってくるかもまた作者の気質、性格がでるんだろうなあ、と始めて感じ入ることができました。小川洋子は、知ってることは全部伝えたい人なんだろうな、なんて。チェスから人柄がわかるように、小説にだって、やっぱり人柄が出るはずだよね〜と改めて。また、それは、すべてのことにあてはまって、自分の仕事なり、趣味や料理にだって、「自分」が刻まれるんだな、と。それと、ちょっとした人々の会話に隠れてるシンフォニー的なものにさえ、気づかせてくれる小説でした。だって、私、今日、徹子の部屋に感じ入っちゃいましたもん。 | ||||
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| あるところにこういう少年がいました……という語り口でつづられるおとぎばなしのような小説。半分くらいまでぐんぐんと惹きつけられるように読んだが、後半、少しだれるところもあった。というのも、展開がどんどん深まっていくという感じではなく、並列的な感じのするエピソードが淡々と積み重ねられていくといった印象だからだ。とはいえ、完成度の高い箱庭的小宇宙というか、それが上品でとても洗練されていてやさしくて奇妙な味わいがあり……。長編なのだが、小品(別に悪い意味でなく)という印象。なんとなく漫画「南くんの恋人」を読んだときに感じたような、独特のぼうっとした読後感(おいてかれ感というか……)がした。ただどちらも主人公が小さいからというだけでなく。 | ||||
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| 小川氏の小宇宙への招待。彼女のより研ぎすまされた天才性を改めて感じさせます。 唇を閉ざされて生まれてきたリトル・アリョーヒン、天才的なチェスのプレイヤー(むしろ美しいチェスの詩人)となるのですが、彼の人生と心はひたすらに控えめで密やかです。表舞台にたつ事なく、人形チェスプレーヤーにはいってしかも地下の秘密チェスクラブでチェスをプレーします。 繊細で美しい心をもつ主人公ですが、彼を囲む人々にも素晴らしい。 リトル・アリョーヒンに最初にチェスを教えたのは厭世的で哀しいくらい肥満したマスターでした。マスターは彼に、”行き当たりばったりで・・・口に出しているだけのようでありながら、後で・・・思い返してみれば星座のように連なって見事な模様を空に描き出している” ような人でした。リトル・アリョーヒンを貧しくも大切に育てた祖母は最期の夜に”あの子には言葉なんていらないんだよ。だってそうだろう。駒で語れるんだ。こんなに素晴らしく”と涙します。 常に清浄な静かで安定した空気の中で作品は進み、控えめなリトルアリョーヒンでありますが、億すことなく一般の価値観に静かに抵抗するかのように自らの意志を貫く点に彼の内面の強さを感じます。 しかし彼が最期に人形の中のチェスプレーヤとでなく、体温を持った人間として、人と向き合い始めたすぐ後に、彼なりの幸せの中でひっそりといってしまうラストでは心が砕かれそうでした。 彼の人生、彼の生きた宇宙(人形の中でチェスをするという)が物理的に極めて有限的であるのに対し彼の心の自由さが対照的であり、また、静かな物語のようでありながらも、グロテスクで激しい部分も織り込む小川氏独特の世界であると感じます。 | ||||
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| 読後感が最高に素晴らしい小説です。 バスの中の巨大なマスター、不思議な深海チェスクラブ、人形の中の永遠の少年リトル・アリョーヒン。全てが非現実的で、まるで幻想の世界を彷徨っているようですが、我々読者も広大なチェスの海の中を旅することになります。リトル・アリョーヒンが何と愛おしく思えることでしょう。ラストの感動を是非味わってください。 | ||||
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