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夜光虫



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【この小説が収録されている参考書籍】
夜光虫
夜光虫 (角川文庫)

夜光虫の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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(7pt)

結局行き着く先は同じ

今までは東京の裏社会に暗躍する外国人の世界を舞台にしていたが、今回は逆に異国の街の暗黒世界に身を置く男を描き、生き抜くために喘ぐ姿を活写する。
それまでに発表されていた作品と180°設定と舞台を変えたのが本書である。

そして扱う世界はなんと台湾野球界。しかしそこは馳氏、ただのスポーツ小説を書くはずがない。
彼がテーマに選んだのは台湾野球にはびこる八百長。野球賭博を牛耳る黒道というマフィアが野球選手のみならず球団関係者をも買収して八百長―放水というらしい―を取り仕切っているのが台湾プロ野球界の現状らしい。

そしてその八百長の元締めを務めるのが日本人投手加倉。かつて鳴り物入りでプロ野球チームに入団し、ノーヒットノーランも達成したが、肩を故障してから調子を崩し、引退後会社を興すも倒産し、莫大な借金を抱えて誘われるまま台湾野球に逃げ込んだ男だ。

その加倉がどんどん人殺しの螺旋に堕ちていくのが今回の話。

加倉は頑なに自分が八百長に加担していないと主張するが、次第にそれが通じなくなっていく。どうにか自分が潔白の身であることを信じ込ませるために足掻くが足掻けば足掻くほど泥沼に陥り、一人、また一人と自分の立場を危うくする人を殺さざるを得なくなる。

しかし加倉が落ちぶれていながらも、そして実際に八百長に加担していながらも世間向けには無実である姿を死守しようとするのは何故だろうか?
それは台湾にいる日本人野球選手で八百長に加担している者がいないからだ。日本人選手は台湾野球界の実状に絶望し、帰国してしまう。加倉は唯一台湾野球界の暗部にどっぷり浸かった人間なのだ。
そんな加倉が潔白の身であろうとするのはひとえに日本野球界の名誉を汚さずにおこうとする意地なのだろう。かつて大型投手として期待されながら故障によって日本球界を去らざるを得なかった加倉の心に最後に残った一握りのプライド。それは彼が日本人の野球選手だということなのだろう。
その本人さえも気付かなかった思いがずしりとのしかかるのは所属チームの社長から解雇通告を受けた時だ。水商売の経営、八百長の元締め、そして殺しと野球以外での活動が忙しかった加倉が解雇通告を受けて激しく動揺する。
自分から野球を取ったら何も残らない、と。野球こそ彼の拠り所であり、全てであった。だから自らプロ野球を汚しておきながらもどこかで大切な守るべき部分であったことに気付かされるのだ。

ただ刑事の王が加倉を手下として使うことになった理由について納得がいかない。刑事の王は物語半ばで加倉が生き別れた弟邦彦だったことが解り、王東谷は加倉の元母親の再婚相手だったことが判明する。
それ自体は特に驚きがない。王の執拗な加倉への憎悪は過去に大きな禍根を残したことによるものだろうと推察できたし、かつて元黒道だった王東谷が献身的に加倉の助けになるのも恐らく過去に加倉にまつわる何かがあっただろうことは容易に推察できたからだ。

しかしその後王が加倉の話を全部聞いた上でをスパイにして徐の情報を手に入れようとするのが解らない。理由として王は逮捕した犯人が実は兄だったと判明することで自分の刑事生命も危うくなるからだと述べているが、初めて加倉に逢った時から王自身はそれを知っていたはずである。その上で加倉が八百長に関わり、また俊郎を殺した犯人であると疑い、逮捕への執念を燃やしていたのはどうにも矛盾を感じる。
この辺については物語の終盤で何か説明があるのかと思っていたが、特に明確な答えには行き着かなかった。せいぜい憎悪する徐を始末せんがために利用したというぐらいしか語られなかった。

今回最も印象に残るキャラクターは加倉の通訳であり、良き理解者でありながら元黒道だった王東谷だろう。平時は善人ながらも窮地に陥った時は落ち着いた態度で迅速に対処する。そして自分が元黒道だった過去を忌まわしく思いながらもその過去に振り回される。
かつて山村輝夫という名だった在日台湾人の彼は加倉を支え、また加倉を助けるのに協力を惜しまない。その理由は物語半ばで判明するが、何よりも彼が植民地時代に受けた日本人教育の影響で日本人の精神をこの上なく尊敬しているのが彼の最たる特徴だろう。大和撫子と結婚し、陛下のために益丈夫を育てることが夢だったとまで述べている。
小林よしのりのゴーマニズム宣言シリーズの『台湾論』に詳しく述べられていたが、台湾人は日本の植民地時代に当時台湾に住んでいた日本人に生活を豊かにしてもらった経験があり、新日派が多い。その後中国からの侵略を受け、台湾には中国からの移民組、外省人と生粋の台湾人、本省人の対立は根深い。王は本省人でしかも日本人の精神を学び、自らを天皇の民、皇民と誇りを持って自称する。そんな人物がかつては黒道という台湾やくざの一味であったというギャップ。

それは彼の純粋さ故だ。日本人を尊敬し、日本人でありたいと願うばかりにいざ結婚した日本人妻が子供の産めない身体だったと知ると烈火のごとく怒り狂い、暴力も辞さない。

題名となった夜光虫とはつまり台湾の闇に蠢く加倉、王東谷、王國邦、徐栄一ら手を赤く染めた人たちを指しているのだろう。しかしそれはいつもの物語設定であり、この物語だけに当て嵌まる題名ではない。
登場人物、舞台設定などはリアルであるのに語られる物語がいつも同じというのは非常に勿体ない。馳氏の新しい物語を期待する。


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