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ホームズ二世のロシア秘録



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【この小説が収録されている参考書籍】
ホームズ二世のロシア秘録 (新潮文庫)

ホームズ二世のロシア秘録の評価: 3.00/10点 レビュー 1件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点3.00pt

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No.1:
(3pt)

“スター”に人間臭さは似合わない

本作も前作同様、第一次大戦開戦の火花がいつ起こるか解らない1913年を舞台に歴史上の人物らとシャーロック、マイクロフト、セバスチャン、ワトスンらが共同し、諜報活動に乗り出す。

前回はアメリカが舞台だったが今回はタイトルにもあるように、ロシア。
自由の国の諜報活動とは勝手が違い、社会主義国家のロシアでは警察以外にも総国民が皇帝秘密警察の手先のように、異分子に対して監視の目を配り、何かあれば報告されているという、セバスチャンにとっては四面楚歌状態がさらに強まった困難な任務となった。

しかもまだロマノフ王朝が国を治める時代の話。
しかしレーニン、スターリンら、後のロシア革命の立役者たちの暗躍も同時に語られ、ロシアの歴史の大転換期と第一次大戦が起こるか否かの瀬戸際の非常に緊迫した雰囲気の中にセバスチャンは晒されており、前作にも増して状況はスリリング。
さらに前作同様、皇帝一族の娘とのロマンスもあり、諜報活動に加え、仕事先の恋もありと、イアン・フレミングのジェームズ・ボンド張りの活躍を見せるセバスチャン。

しかしそれでもなお、なんだか割り切れない物を感じてしまう。

シャーロック・ホームズのパスティーシュ物でありながら、エスピオナージュ作家フリーマントルの特性を生かしたスパイ小説という新たな側面を持ったこのシリーズ。前回はホームズ物という先入観から感じた違和感を拭いきれなかったと述べたが、どうも本作を読むに当たり、違和感の正体はどうもそれだけではないことに気付いた。
それは本作で描かれるシャーロック・ホームズ像である。

正典で描かれるホームズとは超然とし、達観した人物像であり、全てを見抜く全能の神的存在であるのだが、本作では息子とうまくコミュニケーションが取れずに苦悩する父親像、自身の叡智を絶対な物と信ずる自信家、躁鬱の気が見られる非常に情緒不安定な人物像が前面に押し出されている。
従って本作のホームズは時に麻薬の力を借りられずにはいられない弱さを持った人物であり、それを息子のセバスチャンは当然のこと、パートナーのワトスン、兄のマイクロフトらが常に心配している。

特に「わたしは失敗によって苦しむという経験をほとんど味わったことのない男だ」といいつつ、セバスチャンを兄に預け、長く別れていた事を悔いていると自戒するのが象徴的だ。鋭敏さよりも他国で危ない橋を渡る息子に心配し、息子との心の和解を望む弱さを持ったホームズ。

つまりフリーマントルの狙いは云わば御伽噺の人物であった正典のシャーロック・ホームズを長所もあれば欠点もあるという現実的な非常に人間くさい人物として描く事にあったと云えるだろう。私見を云えば、もはや世界一有名なこの探偵はもはや偶像視されており、正典のイメージが定着しているので、この手法はやはり合わないのではないかと思う。

世の中にはいわゆる“スター”と呼ばれる人々がいる。ミュージシャンや映画俳優など、多数の人々が崇拝する存在。彼らは私生活が謎めいているのもまた自身の魅力の1つになっていると思う。
もしそのような人物の私生活、家族内での立場などを知らされ、それがもし我々もしくは近所に住んでいる人たちとあまり変わらないものであれば、自らが描いていた偶像が壊れるような失望感を得るのではないだろうか?
本書で抱くのは正にそういった類いの感覚である。

こういうホームズをシャーロッキアンが期待しているのかどうかというと疑問を持たざるを得ない。他の人の意見も訊きたいものだ。
私なりにこの設定を効果的に活かされる方法を考えてみた。それはセバスチャンが何者か知らされず、彼の協力者を叔父マイク、父の友人ジョンといった具合にファースト・ネームや愛称だけの表記にして、物語の最後に実は彼のラスト・ネームはホームズであり、父親はあのシャーロック・ホームズだったと明かされる手法だ。
これだともし作中でシャーロックが上記のように描かれていても、サプライズと共にすんなり受け入れられたように思う。

第一次大戦前のロシアの情勢を詳らかに描く歴史ミステリであり、スパイ小説であり、またホームズ物のパスティーシュでもある本書。確かにこの上なく贅沢な作品なのだが、上記のような理由でどうしても私には手放しに賞賛できなかった。

Tetchy
WHOKS60S

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