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【森博嗣】
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有限と微小のパンの評価:
8.33/10点 レビュー 9件。 A ランク
書評・レビュー点数毎のグラフです
平均点8.33pt
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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
いやぁ、もう舞台モロバレでしょう。
S&Mシリーズ10作目にして最終作の本書は1作目の真犯人真賀田四季と再び相見える事件であり、シリーズ中最も厚い文庫本にして約850ページの大作だ。そしてそのボリュームに呼応するかのように次々と事件が発生し、様々な仕掛けが物語全体に仕掛けられている。本書の舞台は那古野市から今までで最も離れた地長崎。ハウステンボスをモデルしたユーロパークなるテーマパークで事件は幕を開ける。数ヶ月前に起きた船員風の男がドラゴンに噛まれたかのような死体の消失事件、通称「シードラゴンの事件」を皮切りにナノクラフト社の社員松本卓哉の教会での転落死とほんの数分後に腕一本以外が消えうせる死体消失事件。そして自室で密室状態で殺害される新庄久美子。さらに夜の空を飛ぶ全長5mほどのドラゴンにバーチャル・リアリティの空間で起きる衆人環視の中での密室殺人と森氏はギアを1速からいきなり4速へと加速するかの如く次から次へと事件を謎を畳み掛ける。森氏は惜しみもせずにアイデアをどんどん放り込み、読者を翻弄する。そしてそれらのいくつかは実に早い段階で犀川と萌絵によって解き明かされる。果たしてこれはいわゆる世に流布するミステリ全般に対する森氏の皮肉なのだろうか?一般的に市民が殺人事件に出くわす確率はそう高くはない。私自身、直接的間接的にせよ、殺人事件どころか刑事事件に関わったことはない。本書でわざわざ長崎まで出向いた西之園萌絵がそこで事件に出くわすことがもはや作り物めいているといえないだろうか。ミステリを読み慣れた我々にとってそれらが至極当たり前のことになっているが、実際は旅行先で事件が起こるなんてことは確率的にはかなり低いことであり、森氏はそれを逆手にとってわざと事件を起こさせるという真相を持って来たのではないだろうか。さて本書の本当の謎とは?それについて述べる前にちょっと気になった点について述べよう。本書の中ではいくつか誤解を招くような表現もあった。例えば萌絵が建築学科の学生と云う理由で東西南北を間違えるはずがないとあるが、これは根拠としては薄弱だろう。私は建築学科は出ていないが、初めて訪れた地の、建物の中の方角を認知する方法を大学で教えられるとはとても思えない。また犀川が塙理生哉の妹香奈芽に海外へ行く疑似体験をしたいなら電脳空間上でバーチャル・タウンを作り出すよりも実物の街を作った方が安いと述べているが、これは現代ならば真逆だろう。もはや映画はセットを作るよりもブルースクリーンの前で俳優たちに演技をさせて映像を当て嵌めて合成する方が安価で主流となっているからだ。本書が出版された1998年当時ではまだCG技術とコンピューターの処理能力がそこまで追いついてなかったからこその時代錯誤的表現であろう。さて本書の最大の謎とは「真賀田四季は一体どこにいたのか」だ。いやはやこの最終作でシリーズに散りばめられた仕掛けが解り、森氏の構想力に脱帽した。まさにシリーズの締め括りに相応しい大作だった。 ▼以下、ネタバレ感想
有限と微小のパンの感想
「四季 冬」を先に読んでしまい、頭の中が?だらけに。急いで読むことにしましたが、本の分厚さに唖然としました。意を決して読みはじめると・・・、面白いじゃないか。ミステリーとしてもちろんん素晴らしいのですが、犀川先生、西之園さん、そして真賀田四季博士の人間ドラマに夢中になりました。タイトルの意味や、禅問答のような四季博士の言葉など、僕には理解不能なものも多かったのですが、なんだか、後味すっきりです。
いろいろな意味で一作目の『すべてがFになる』と対を成すような作品。ストーリーも悪くありませんが、なによりも登場人物が魅力的。鈍器のような厚さのS&Mシリーズ最終章。 ▼以下、ネタバレ感想
現実と仮想現実の定義とは、どこまで現実でどこまでが装飾なのか。死体消失や密室殺人などの壮大な謎。そして若干反則とも言えるが、真賀田四季効果で納得できてしまう壮大なトリック。S&Mシリーズは十作で一つの作品ということをしみじみと感じました。そしてラストの「そんな僅かなものに、我々は怯え、そんな微小なものに、我々は生と死を分ける。有限の生と、微小の死を。」という文章がまた素敵。
S&Mシリーズの第10作目
S&Mシリーズは10作でひとつの作品と言われているように、有限と微小のパンを読み終えて、分かる点もある。読み続けてきた大作が終わってしまうのはさびしいが、もう一度1作目から読み直し四季シリーズに挑みたいと思う。
S&Mシリーズ10作目にして最終作の本書は1作目の真犯人真賀田四季と再び相見える事件であり、シリーズ中最も厚い文庫本にして約850ページの大作だ。
そしてそのボリュームに呼応するかのように次々と事件が発生し、様々な仕掛けが物語全体に仕掛けられている。
本書の舞台は那古野市から今までで最も離れた地長崎。ハウステンボスをモデルしたユーロパークなるテーマパークで事件は幕を開ける。
数ヶ月前に起きた船員風の男がドラゴンに噛まれたかのような死体の消失事件、通称「シードラゴンの事件」を皮切りにナノクラフト社の社員
松本卓哉の教会での転落死とほんの数分後に腕一本以外が消えうせる死体消失事件。そして自室で密室状態で殺害される新庄久美子。
さらに夜の空を飛ぶ全長5mほどのドラゴンにバーチャル・リアリティの空間で起きる衆人環視の中での密室殺人と森氏はギアを1速からいきなり4速へと加速するかの如く次から次へと事件を謎を畳み掛ける。
森氏は惜しみもせずにアイデアをどんどん放り込み、読者を翻弄する。そしてそれらのいくつかは実に早い段階で犀川と萌絵によって解き明かされる。
果たしてこれはいわゆる世に流布するミステリ全般に対する森氏の皮肉なのだろうか?
一般的に市民が殺人事件に出くわす確率はそう高くはない。私自身、直接的間接的にせよ、殺人事件どころか刑事事件に関わったことはない。
本書でわざわざ長崎まで出向いた西之園萌絵がそこで事件に出くわすことがもはや作り物めいているといえないだろうか。
ミステリを読み慣れた我々にとってそれらが至極当たり前のことになっているが、実際は旅行先で事件が起こるなんてことは確率的にはかなり低いことであり、森氏はそれを逆手にとってわざと事件を起こさせるという真相を持って来たのではないだろうか。
さて本書の本当の謎とは?
それについて述べる前にちょっと気になった点について述べよう。
本書の中ではいくつか誤解を招くような表現もあった。
例えば萌絵が建築学科の学生と云う理由で東西南北を間違えるはずがないとあるが、これは根拠としては薄弱だろう。私は建築学科は出ていないが、初めて訪れた地の、建物の中の方角を認知する方法を大学で教えられるとはとても思えない。
また犀川が塙理生哉の妹香奈芽に海外へ行く疑似体験をしたいなら電脳空間上でバーチャル・タウンを作り出すよりも実物の街を作った方が安いと述べているが、これは現代ならば真逆だろう。
もはや映画はセットを作るよりもブルースクリーンの前で俳優たちに演技をさせて映像を当て嵌めて合成する方が安価で主流となっているからだ。本書が出版された1998年当時ではまだCG技術とコンピューターの処理能力がそこまで追いついてなかったからこその時代錯誤的表現であろう。
さて本書の最大の謎とは「真賀田四季は一体どこにいたのか」だ。
いやはやこの最終作でシリーズに散りばめられた仕掛けが解り、森氏の構想力に脱帽した。
まさにシリーズの締め括りに相応しい大作だった。
▼以下、ネタバレ感想