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ミュンヘン―オリンピック・テロ事件の黒幕を追え



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ミュンヘン―オリンピック・テロ事件の黒幕を追えの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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No.1:
(7pt)

血に刻まれた殺戮の民族史

裏表紙の本書の紹介にはスピルバーグによって映画にもなったミュンヘン・オリンピックでのイスラエル選手団惨殺事件の背景を描いた事がメインのように書かれているが、実はそうではない。通称“血まみれの王子”と呼ばれたパレスチナ・ゲリラ“黒い九月”のリーダー、アリ・ハサン・サラメの生涯を70年代に繰り広げられたアラブとイスラエルの対立の時代から詳細に綴ったドキュメントである。
また本書の原題は“The Quest For The Red Prince”、つまり『血まみれ王子の追跡』であり、題名のミュンヘンでの事件は彼の人生における断片にしか過ぎない。明らかにこれは版元である早川書房の、映画に便乗した商業戦略が加味された題名である。

中学・高校と歴史を習ってきたが、なぜか第二次大戦以後の歴史は概要をなぞるだけで詳細に教えられた記憶がない。従って本書で語られる70年代のパレスチナ問題に関しては単純にその単語を知るだけで、どのような物だったのかは今まで知らないままだった。私にとって歴史の空白部分であるその時代を知るのに本書はいい教科書となった。

これは報復の時代に生まれた人間の血の物語だ。

血とは流血も指すが、それ以上にテロリストの息子として生まれた男が引き継ぐ血筋をも指す。

住み慣れた領地の奪い合いがイスラムとユダヤの宗教間の争いのみならず、アラブ人・ユダヤ人の民族間の争い、更には国を跨っての戦争にまで発展していく。そしてそれを利用して己の領土を拡張しようと企むものまで出てくる。

特に驚いたのは第二次大戦においてパレスチナ・ゲリラがドイツ軍と手を組んでいたことだ。確かに双方ユダヤ人を憎んでいたのだから利害は一致する。そして逆にイギリス軍がユダヤ人を利用して軍隊を組織しようとしていた事も今の今まで知らなかった。

これら歴史の暗部とも云うべきイスラエルとパレスチナの血を血で洗う暗闘の日々を詳らかにしていく。

本書の主人公とも云うべきアリ・ハサン・サラメは父親ハサン・サラメの遺志を継いでテロリストとなる。忘れてならないのは父サラメは元々貧困層の出身で彼が成り上がっていくために選んだ手段が暴力だったという事だ。これが発展途上国が抱える闇だろう。

私がいたフィリピンでも銃は簡単に手に入り、たった4,000円の報酬で人を殺す輩が大勢いる。

そんな事実に輪を掛けて驚くのはカリスマ性を持った指導者がいれば、アラブ人は国民全てが残虐の徒と化し、一般市民でも即席の兵士となってユダヤ人を殺すことを全く厭わないということだ。これは文化的な暮らしをしている欧米、日本では全く考えられない事だ。

彼らが憎むユダヤ人のバスが通りかかるとそれを襲撃し、平気で乗客や運転手を八つ裂きにするのだ。なんとも恐ろしい種族ではないか。
中東が危ない危ないと云われているが、それは犯罪者が蔓延っているのと、テロやクーデターのような事件がいきなり起こること、イスラム過激派がのさばっている事などを想像していたが、実は普通に歩いている人々が一瞬にしてみな人殺し集団と化すというのが危険の根源だと悟った。

そして彼らの民族は復讐こそが絶対だという倫理観に捉われているようだ。このほぼ1世紀にも渡る民族間の闘争で犠牲になった一般市民の多いこと。しかもこの闘争の火種は中東だけに留まらず、ヨーロッパまで飛び火し、無垢な命が数多く奪われた。
暴力には暴力を、という非文化的な行動原理、思想が何も生み出さないことをなかなか解らない。単なる動物的な闘争本能で彼らは行動しているだけに見える。唯一無二神という幻想に抱かれ、殺戮を繰り返す狂信的民族、そういう風にしか私には見えなかった。

本書で残念なところはイスラエルとパレスチナを始め、レバノンやエジプトなど中東諸国の当時テロに関わった人間が数多く登場するが、彼らムスリム系の名前はどれもが似たり寄ったりで、どちらがイスラエル側でどちらがパレスチナ側なのか混乱する事が多かった。恐らくムスリム系の名前にはさほどヴァリエーションがないのだろう。数多くのアブーやらムハンマドやらが敵味方の区別なく登場するので、非常に理解に困った。多分半分ほど誤解している部分があるだろう。

前世紀に中東で起こったシオニズム運動に端を発した民族間抗争を総括するのに本書は優れた書物であるといえよう。本書の末尾でも語られているように、第2の“血まみれ王子”は既に生まれている。
オサマ・ビンラディンという新たな恐怖の王にいかにして世界は対抗していくのか。いや、それだけではなく、なぜビンラディンを差し出す人間が現れないのか。
この本を読めばその理由がはっきりと解るだろう。世界の正義は必ずしも1つではないことが。

Tetchy
WHOKS60S

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