■スポンサードリンク


対決の刻



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
【この小説が収録されている参考書籍】
対決の刻(上) (講談社文庫)
対決の刻(下) (講談社文庫)

対決の刻の評価: 4.00/10点 レビュー 1件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.00pt

■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(4pt)

永い説教、永い主張ばかりで

とにかく苦痛の強いられる読書だった。途中何度も投げ出そうと思った。
プロットに比べその書き込みの量ゆえに物語の進行が途轍もなく遅い本書はクーンツ作品には珍しく疾走感を欠いている。それは本書ではクーンツが詰め込みたかったエピソードを存分に詰め込んでいるからだ。

今回は『ドラゴン・ティアーズ』でサブテーマとして語られていた“狂気の90年代”という、本来抱くべき近親者への愛情が個人の欲望の強さに歪められ、異常な行動を起こす精神を病んだ人々が主題となっている。つまり本書で語られるのが全編胸の悪くなる異常な話ばかりだ。
特に同時に進行する3つの話の中でも本書の主軸となっているミッキーとレイラニのパートで語られるレイラニのジャンキーな母親シンセミーリャとUFOが異常者を癒すと信じ、生命倫理学なる学問を確立し、障害者ならびに社会不適合者、老い先短い老人たちを淘汰する事でよりよい社会が生まれるという選民思想を掲げるその夫プレストン・マドックの所業の数々は観たくも無い、聞きたくも無い人間の残酷さを見せ付けられ、何度もくじけそうになった。特に障害を持って生まれたレイラニたちを生まれた瞬間から負け犬と独白する辺りは気分が悪くなった。

そしてレイラニとその亡き兄ルキペラがなぜ障害を持って生まれたかを母親が嬉々として語る件は、寒気と吐き気を覚えるほどだ(妊娠中にドラッグを多用し、そうすることで奇跡の子が生まれると信じて疑わなかったというとんでもない母親なのだ)。
後半に至り、今まで他人の目を通して語られていたプレストンが主観的に語られるにいたり、彼の歪んだ心理とあまりに独善的な哲学にも身の毛がよだつほどだ。先に述べた生命倫理学を説きながら、その実、プレストンは妻の妊娠中にドラッグを服用させ、不具者を生まれさせようとする。それは自らの殺人願望を満たすためだからだ。

そしてカーティス・ハモンドのパート、これも辛かった。特に逃亡者であるカーティス・ハモンド少年というのがなんとも“空気の読めない”少年で、気の利いたことを云おうとして人の神経を逆なでする、この繰り返しだからだ。あらゆる学問や映画・音楽といった文化的知識には精通しているものの、人との付き合い方となると、スラングや慣用表現に疎く、常に言葉尻を取って反問する、普通で云えば友達にはなりたくない男の子である。
しかしこれも上巻の最後に至り、ようやく納得できるのだ。この少年自体が宇宙人であり、クーンツはカーティスのパートを追われる宇宙人側から描いてきたのだ、と。そしてカーティスがキャスとポリーのグラマラスな双子の姉妹と出逢うに至り、人類と宇宙人の理解が生まれ、ギクシャクしていた物語の進行がスムーズになっていく。

そして3つの話のうち、比重がやや軽い探偵ノア・ファレルのパート。彼も少年の頃に叔母に家族を惨殺され、自身も撃たれるという苦い過去を持つ男だ。そしてそこで語られるエピソードもまた“狂気の90年代”そのものである。彼は妹を預けている保養施設にて、狂った慈愛の心を持った看護婦に妹を殺されたことで探偵業を辞めてしまう。しかしそこに現れるのがレイラニを救うべく立ち上がったミッキーで、ここで彼らの人生が交わる。
また残るカーティスはキャスとポリーのスペルケンフェルター姉妹らとともに訪れたフリートウッドのキャンプ場で、そこに停泊していたレイラニ一家のトレーラーハウスに出くわす事で彼らの人生が交わる。

しかしそこから実にクーンツらしく、物語はじれったく進行していく。共通の宿敵であるプレストンを退治するまでが非常に長い。そして物語はそれが解決する事で収束に向かい、もう一つ大きな主題であったカーティスと追っ手との攻防はなんと棚上げされたように処理される。これこそクーンツの悪い癖でテーマを盛り込みすぎて、片手落ちになってしまっている。

しかも今回はよほど色んな情報を得たのだろう、とにかくプレストンの行った悪行、彼の異常なまでに歪んだ選民思想、ミッキー、ジェニーヴァ、シンセミーリャ、ノア、キャス、ポリーそれぞれの登場人物の語り口が長い、長すぎる。なんとも説教臭い話になってしまっているのだ。
クーンツの、この現代人が抱える精神病に関してリサーチした結果、そしてそれに関する自身の考察の発表の場になっているようにしか思えず、先にも述べたように詰め込みすぎだという印象は拭えない。上下巻1,130ページも費やして語られる物語は至極簡単な物で、70%はこれら長ったらしい主張で埋められているかのようだ。しかも1つの物語は決着がつかないままである。

またクーンツ作品の特徴の1つに犬との交流というのがあるが、今回は最もそれが顕著だ。なんと宇宙人を介してとうとう犬の思考の中まで入り込んでしまうことになり、各登場人物全てが最終的に犬を飼うとまでなってしまう。犬好きの自分が描く理想の友人付き合いの姿ともいうべき結末で、しかも犬の思考についてはかなり善意的に書いてあり、本当かな?と首を傾げざるを得ない。なんとも自分の趣味嗜好をここまで押し出していいものかなと疑問を持ってしまう。

唯一の救いはやはりレイラニの存在だろう。ジャンキーの母親に大量殺人者であり、幼児虐待嗜好者の義父に連れられ、UFOとの遭遇を求め、全国を駆け巡り、10歳になる前に義父の狂った論理ゆえに殺される運命を抱えながらも、自らをミュータントと定義し、物事を斜めに観ることで笑いに変え、辛い現実を直視することを避け、どうにか生きようとするこの少女の造形は何よりも素晴らしい。
『テラビシアにかける橋』でヒロインを演じたアナソフィア・ロブをイメージして読んだ。特にカーティスとの邂逅シーンで呟く「きみはキラキラしてる」は心に残る名セリフだ。

原題の“One Door Away From Heaven”とは作中幾度かジェニーヴァから問われる「天国の一つ手前のドアの奥には何がある?」という謎かけから取られている。その答えは意外に完結でなく、けっこう説教じみた物だ(心を閉ざしていれば何も見えず、心が開かれていればそこには貴方と同じように道を探している人が見える。貴方はその人と一緒に光に繋がるドアを見つけるの)。
こういう説教事で埋め尽くされた作品を読むと、今後のクーンツはどの方向に進むのか不安でならない。

Tetchy
WHOKS60S

スポンサードリンク

  



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!