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ポジ・スパイラル



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【この小説が収録されている参考書籍】
ポジ・スパイラル
ポジ・スパイラル (光文社文庫)

ポジ・スパイラルの評価: 10.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点10.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(10pt)

こうすれば未来はもっと明るくなる!

文庫版の本書の帯には「地球を温暖化から救う『秘策』がこの小説にある!」と謳われているが、これは決して誇張ではない。
陸海空に渡って環境破壊が叫ばれて久しい閉塞感と危機感で将来不安を抱えている人類に輝かしい未来の姿が本書には描かれている。

今回服部真澄氏がその切っ先鋭いペンのメスを入れるのは地球温暖化と農林水産省、国土交通省などの利権によって侵食された海洋汚染。このテーマはいつかは取り上げるだろうと思っていたので、とうとうやってくれたという感が強い。

そして数多ある国の愚かな政策によって壊滅的な打撃を受けたかつては豊穣だった海のうち、作者が注目したのはテレビでもセンセーショナルな閉門劇が繰り広げられた諫早の水門。この禍々しい水門をこじ開けてやろうではないかと云うのが物語のメインターゲットだ。

国の主導で閉ざされた水門をどうやってこじ開けるのか?それは世論を変えることだ。
服部氏が選んだ手法は国民的タレントの久保倉恭吾をホストにした環境番組を作ることで世間の目を温暖化が着々と進む現状とその根源を詳らかに明らかにし、その解決策を提示することだった。

国土の73%が山地でありながら、もはやCO2を削減できるほどの森林を増やせず、かといってバイオ燃料にするための穀物も耕せない国土の狭さがネックであった日本においてCO2削減と進んでいく海水汚染を一気に解決する手立てとして注目したのが菱。
海辺に自生する菱は海外ではウォーターチェスナット、すなわち「海の栗」と云われ、その実を食糧のみならずバイオ燃料も作ることが出来、しかも伐採しても焼酎も作ることが出来る事から確実に採算が取れ、しかも育成するのにほとんど手間がかからないまさに魔法の植物。

そしてそれをクローズアップさせ、国民や各自治体、さらには省庁をも目を向かせた上で、諫早湾を含む有明海で菱が自生していることを気付かせ、海水と淡水が混じり合う汽水域を作ればさらに菱の生育が活発になることから世論を水門開門へと傾けさせていく。しかも諫早湾で確認された菱こそは極秘裏に久保倉たちが種を蒔いた物であった。

愚かな政策で自然を破壊し、自身たちの利益のために無駄な開発を推し進める行政を懲らしめる展開のなんと痛快なことか!

菱のみならず、アオサ、ホンダワラと海藻類がもたらす恵みの恩恵はバイオ燃料や地球温暖化の緩和、死にゆく海の再生に留まらず、それらが一大産業として資源のない日本に新たな資源をもたらすこと、更にはそれらがバイオエタノールのみならず重油、ガソリン化も可能で、石油業界もまたその恩恵に与り、OPECで牛耳られ、価格を乱高下させている原油に頼らずとも自国でその原料が採れること、魚介類の産卵場となって漁業も活発化する事、などなどまさに夢のような未来が書かれているのだ。
久々に胸のすく気持ちのいい話を読んだ気がした。

ただいいこと尽くしで終わっていないのが本書の素晴らしい所だ。
新たなビジネスはまた新たなを生み出し、さらに予想外の生態系への弊害をも生み出すかもしれないと説く。すなわち人工的に増やした物はあくまで自然のセオリーに則ったものではないため、それによって害を被る生物や産業もあり得ることを警鐘として鳴らしている。

また海洋汚染問題に取り組んだ人々もその大きな流れによって人生をも変えられようとしている。

一タレントから始まった久保倉はそのカリスマ性と政治と地球温暖化問題への取り組みから都知事候補に推薦され、アドバイザーだった住之江は副知事の佐分利の講師役から恋人になり、一躍時の人となる。
佐分利も住之江の講義で海洋問題に詳しくなり、一副知事から海洋政策担当大臣へと昇格し、新しい日本の未来の舵取り役を担う。
時代の転換期は関わった人の人生をも変えていくのだ。

今までの服部作品では巨大企業や勢力によって牛耳られようとしている世界の構図をまざまざと見せつけられ、巨象、いや巨大な鯨のような存在にミジンコほどの個人が対抗するといった構成が多く、それらは痛快ではある物の、やはりどこか無力感が漂い、些細な抵抗といった感が否めなかった。

しかし本書はそのタイトルが示すように、希望の持てる再生の物語であるのが特徴だ。
高度経済成長期以来行われてきた海洋開発によってもはや死の海となりつつある日本の海。それは温暖化を助長させ、もはやどうにもならない所まで行きつつある。
しかし海はゆっくりながらも着実に再生していることが示され、干潟や浅瀬を取り戻すことで日本の海、とりわけ東京湾を昔の豊穣な海に戻そうという動き、そして暴力的なまでに生命線を遮断するが如く次々と閉ざされた諫早湾の水門をこじ開け、かつての有明海を取り戻そうとする物語展開が絶望から再生へと向かう希望の物語になり、読んでいてものすごく気持ちがいいのだ。

時代の大きな変換点を創り出した人々とそれを目の当たりにしている人々のなんと清々しくも眩しい事か。
複雑化したシステムと利権の絡み合いで雁字搦めになっている日本の政治と世界各国とのバランス、そんなしがらみばかりの現代の中で子供たちに安心な未来を授けるための秘策が本書には詳細につづられている。あらゆるケーススタディを行い、トラブルシューティングを重ねることで、夢物語ではない、地球温暖化とそれに伴う各産業界の弊害をも解決する方策がここにはあるのだ。

今までその綿密で緻密な取材力とそれを材料にこれから起こるであろう時代の出来事、産業界の動きなどを悲観的に描き、我々を心胆寒からしめた服部氏が、その作者の強みを存分に発揮し、「こういう風にすれば未来はもっと良くなる」と示す本書はこれまでの作風とは全くもって真逆のものであり、実に爽快な読後感を残してくれる。

題名の通り、未来は明るいのだと思わせる本書を、政治家、官僚の全てに読んでもらいたい。
我々は本書に描かれている日本を待っている。

Tetchy
WHOKS60S

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