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Tetchy さんのレビュー一覧

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レビュー数699

全699件 561~580 29/35ページ

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No.139:
(7pt)

天藤印なのになんかそぐわない。

冒頭の、関係のない4人の転落死、その事件を解決すべく結成される遺族会、そして一癖も二癖もあるいかがわしいそのメンバー、結末直前のどんでん返し、そして4人が同乗して死に至った経緯のコミカルさ、これらを取り出してみると正に天藤ワールドのエッセンスが詰まっているのだが、どこか空虚な感じが残っており、充実感がない。それは主人公令子の行動と共にストーリーが語られることにあると思うのだ。

今回の主人公は決して読者の共感を得る存在ではないだろう。勝ち気で考え方に偏りがあり、しかも厚顔無恥な所もあり、移り気が激しい。この移り気の激しい令子の行動がまた短絡的で探偵ごっこの域を出てないために、徒に時を費やしている印象が非常に強かった。
また、死んだ母親が令子の導き手として頻繁に出てくるのはどうしたことだろうか?こういう寓話めいた構成は今までの天藤作品には全く見られなかったのに今回に限って何故このような手法を取り入れたのだろうか?作者も年を取り、ある意味、独特の死生観を持つに至ったのだろうか。これが結末にも演出として使われていたのは逆効果で、温かい余韻を持たせようという作者の魂胆が見え、私にはあざとく感じたのである。

まあたまにはこういうのもあるんでしょうな。
死角に消えた殺人者―天藤真推理小説全集〈8〉 (創元推理文庫)
天藤真死角に消えた殺人者 についてのレビュー
No.138:
(7pt)

傑作になり損ねました。

前回のシンプルな設定とは全く逆のジェットコースター的逃亡劇でとにかく先の読めない話だった。

『遠きに目ありて』の中の1編にもあったが晴耕雨読の生活をしていた事も一因だろうがなによりも山中の風景や場面を描かせると天藤真は無類に巧い。行間から土の匂いや草いきれ、田舎の生活臭が立ち上ってくるのである。山中における逃亡者と追跡者との一進一退の攻防はコミカルながらも真に迫っており、リアルである。

そして今回もまた人物設定が特異で、学生期のトラウマから女嫌いになったヒッピー青年と、同じく学生時代のトラウマから男嫌いになった赤軍派女性を逃亡のカップルに仕上げる辺り、心憎い。こういった設定では常に逃亡者同士のラヴロマンスが付き物だが、その一歩手前にそれぞれ異性に対する意識の革命があり、あくまでプラトニックな所が初々しい。涼風が心に吹くような爽やかな印象を与えてくれ、9割ほど読んだ時点では9~10星のはずだったのだが、最後の真相及び結末がどうにも消化不良。これは自分の好みの問題なのだろうが、こういう内容のものに真相に政治的陰謀などが絡むと何ともしらけてしまうのだ。更に最後のぼやけた様な終わり方もちょっとガッカリ。天藤作品にしてはちょっと凝り過ぎのような気がしてなんとも勿体無い気持ちで一杯なのだ。
炎の背景―天藤真推理小説全集〈7〉 (創元推理文庫)
天藤真炎の背景 についてのレビュー
No.137:
(7pt)

新潮文庫だけの落穂拾い的短編集

巷間に流布しているホームズ譚の短編集は『~冒険』、『~帰還』、『~思い出』、『~最後の挨拶』、『~事件簿』の5冊が通例だが、新潮文庫版においては各短編から1、2編ほど欠落しており、それらを集めて本書を編んでいる。従って衰えの見え始めた後期の短編集よりも実は内容的には充実しており、ドイル面目躍如という印象をもってホームズ譚を終える事になろうとは計算の上だったか定かではない。
本作においては冒頭の「技師の親指」など結構読ませる短編が揃っており、個人的には「スリー・クォーターの失踪」がお気に入り。最後の「隠居絵具屋」はチャンドラー、ロスマク系統の人捜しの様相を呈した一風変わった発端から始まるが最後においてはポーの有名作品を思わせる仕上がりを見せるあたり、なかなかである。

しかしホームズ譚を全編通じて読んだ感想はやはり小中学校で読むべき作品群であるとの認識は強く、少年の頃に抱いた輝かしい物語のきらめきの封印を無理に抉じ開けてしまった感があり、いささか寂しい思いがする。色褪せぬ名作でもやはり読む時期というものを選ぶのだ。

シャーロック・ホームズの叡智 (新潮文庫)
No.136: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

探偵の名前が…。

島田荘司の御手洗シリーズでも吉敷シリーズでもないノン・シリーズである本書はなんと大胆にも島田荘司の切り裂きジャック事件真相論である。2002年でもパトリシア・コーンウェルが巨額の金を使って作家生命を賭けて真相を精力的に暴く活動を行っているこのあまりに有名な事件はやはりミステリ作家にしてみれば一度は手掛けたいテーマなのだろうか。
本編においてもその是非は別にして実に島田らしい魅力的な解決を繰り広げてくれている。しかもそれがあの島田特有の物語風に語るのだから実に面白い。これが実に巧い!!これ一つだけでも本にして纏めても売れるぐらいに面白い。

御手洗シリーズにおいても遡れば古くは『異邦の騎士』における手記から始まり、『水晶のピラミッド』の古代エジプト譚、『アトポス』の吸血鬼エリザベートの物語といった非常に残酷かつ一種の絶望感・喪失感を抱かせる物語を書かせたらホント島田の右に出る者はいない。昨今の作品ではそういった挿話が非常に面白く、事件そのものが実はさほどでもないといった主客転倒した感が連続しているが、本編は正にその兆候を示したような作品で、特に探偵役のクリーン・ミステリなる人物の造詣ぶり、ネーミングの情けなさには閉口した。
ホームズのパロディがまたもや繰り返され、なんともまあ、同感できかねる人物なのだ。従って採点の内訳を云うと(切り裂きジャック譚星9ツ)+(ベルリン事件譚△星2ツ星)=7ツ星といった具合だ。
ある意味これが島田らしいといえば島田らしいのだ。
切り裂きジャック・百年の孤独 (文春文庫)
島田荘司切り裂きジャック・百年の孤独 についてのレビュー
No.135: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

作者の人柄が既にデビュー作に表れている。

不朽の名作『大誘拐』の作者のなんと江戸川乱歩賞応募作である。文章を見るにデビュー作とは思えないほど卓越した力があり、その老成振りは現在、数多デビューを飾る新人達と比べると隔世の感がある。

鉄工所の社長が密室の中で殺害されるという純本格的なシチュエーションで始まる本書は終始殺人事件とは一線を画した農村の和やかなムードで進み、解決に至る終章もまたそのムードを一貫して結ばれる。応募作にて既に作者特有の温かみが溢れているのである。短編集『遠きに目ありて』中の1編にもやむにやまれない殺人を扱った物があったが、原点である本書も正にそのテーマが通底している。

何せ、登場人物が憎めないのが作者の特徴、というか美点であり本書もその例に漏れない。
正に「容疑者達、万歳!!」である。


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陽気な容疑者たち―天藤真推理小説全集〈2〉 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
天藤真陽気な容疑者たち についてのレビュー
No.134:
(7pt)

とりあえず静観

セリフとキャラクターの勝利。事件は大味だが、今後に期待しよう。
魔天楼 薬師寺涼子の怪奇事件簿 (講談社ノベルス)
No.133:
(7pt)

面白いだけに惜しい!

カー作品には大きく分けて怪奇趣味の本格物と歴史サスペンスの2種類があるが、今回は後者に当たる。
文庫背表紙の梗概には音もなく忍び寄っては兵士を一突きに殺害する通称「喉切り隊長」の正体とは?といった本格ミステリ色豊かに表現されていたためてっきり犯人捜しが主眼だと思われたが、ところが寧ろそっちの方は物語としてはサブ・ストーリーとして流れていき、主眼はヘッバーンのフランスにおける諜報活動にあった。

筆者は趣向を凝らし、アランの身柄の保障を条件に喉切り隊長の犯人捜しをさせるといったサスペンス色を凝らしているのがミソ。
しかし前述にあるように主眼はあくまでもアランの諜報活動にあり、その辺のスリルは『ビロードの悪魔』を髣髴させる出色の出来。本来ならば8点の評価を与えたいのだが、「喉切り隊長」の正体が強引過ぎる(と思われる)点と、結局「喉切り隊長」の殺害方法の不思議さについてなんら解明がされていない点の2点において7点とした。

しかし、活字が大きくなるとカー作品がこれほどまでに読み易くなるとは思わなかった。以後もこの字組で再版される事を切に願う。
喉切り隊長 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-12)
ジョン・ディクスン・カー喉切り隊長 についてのレビュー
No.132:
(7pt)

小説のツボは押さえてますが。

今回は『戦慄のシャドウファイア』などの一連のホラー作品ではなく、著者お得意の巻き込まれ型サスペンスである。
物語はベトナム戦争から名誉の帰還を遂げたチェイスがその周囲の喧騒振りに辟易しながら、町のデートスポットで起きる殺人事件からルイーズという女の子を救う所から始まる。これがチェイスのその後の生活に大きな変化を及ぼすことになる。つまりこの犯人から殺人を邪魔した逆恨みから命を狙われることになるのだ。

ストーリーは少ない手掛かりからその正体の判らぬ脅迫者を徐々に突き詰めていき、最後は勿論反撃に出て、主人公は救われるという展開を見せる。またベトナム戦争帰りで社会人的な普通の生活が出来ない―女も抱けない!!―チェイスが脅迫者を辿る事で魅力的な女性と出会い、自己を再生していくという男の復活劇の要素を含んでおり、正に小説のツボを押さえた構成になっている。
が、故に定型を脱せず、凡百のミステリとなっているのも確か。犯人の正体が判明してからの展開がいかにも呆気なく、この辺が『人類狩り』にも見られた結末を急ぎすぎる感触が物語を平板にしていると思った。
夜の終りに (扶桑社ミステリー)
ディーン・R・クーンツ夜の終りに についてのレビュー
No.131: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

栞子さんに先駆けること20年前のビブリオミステリと云えばコレ!

今は『古書収集十番勝負』と改題。

博識家紀田順一郎が放つビブリオ・ミステリ、私が呼ぶ所の「神田神保町シリーズ」もこれで三冊目。いつも卒業しようと思って読むのだが、なぜか愛着が湧き捨てられず、本棚の一角を占有することになってしまう。恐らくは文庫専門とは云え、本を収集する身である私と登場人物との間に一部共感できる部分があるからだと思う。

今回はミステリというよりも寧ろ題名から察せられるようにビブリオ・コン・ゲーム小説といった方が妥当だろう。最後に百貨店での古典市での出来事及びクライマックスの笠舞邸での競り勝負の真相が明かされるミステリ的な要素はあるが、主眼は後継者争いとしての古書収集にある。但し、一冊一冊白熱した奪い合いが見られるわけではなく、大半はいつの間にか蜷川、倉島がそれぞれ手に入れているといった趣向で進められるため、その辺がこちらが期待していたよりも興味は半減した。
しかし作者は色々な趣向を凝らしてあるのも事実で、この中のエピソードには実際あった事件も含まれているのだろうと思われる。物語としてはいささか地味だったけれども、久々このような現実感の濃い小説が読めて気持ちがよかった。

古書収集十番勝負 (創元推理文庫)
No.130:
(7pt)

確かにこんな状況で読む私も悪いが…。

今回は全く不運としか云い様が無い。たかが500ページ強の本書を読むのに何と十日以上も費やしてしまった。これも途中で飲み会が3回もあった事、風邪を引いてしまったことにより、中途半端な読書になってしまった。

しかるにやはりP.D.ジェイムズの作品はある定型を固執するがため、それぞれに個性が感じられなくなってきているのも確か。事件が起き、ダルグリッシュ―これが相変わらず無個性なのだ―が登場し、関係者一人一人に尋問。しかも登場人物それぞれが重苦しい何がしかの不幸を孕んでいる。ダルグリッシュが捜査を続けていると第2、第3の事件が発生、そしてカタストロフィへ…てな具合である。
尤も、過去読んだ作品の中で秀逸だった印象がある作品については真相のファクターに斬新さ、または真相の判明の仕方のドラマティックな演出が非常に小気味よかった点にあった。

今回は上記のような状況もあったがやはりストーリーの流れに埋没してしまうくらいのインパクトにしかならなかった。つまり私が云いたいのはページを繰る手をはたと止めさせるような衝撃が真相解明にあってほしいのだ。
レンデルにあってジェイムズに無いもの、この差は大きい。

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わが職業は死 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P・D・ジェイムズわが職業は死 についてのレビュー
No.129:
(7pt)

実にいいタイミングでした。

現在、ホームズ物を読んでいるこの最中にホームズ物のパロディ、しかも島田荘司作品を読むというのは正に今をおいて無いほど最適な時だった。
各種のホームズ譚をそこここに織り交ぜながら、登場人物をこき下ろす。しかも漱石の文体でそれらを語るというのが斬新だ。ドイルの文体と漱石の文体とを交互に使い、しかも同じエピソードをそれぞれの主観で語るものだから、所々食い違っていて面白い。ドイルの文体では例の如くワトスンがホームズを讃えるような口調で語られるのに対し、漱石はそのひねくれた性格ゆえか物事を常に斜めに観るような書き方をし、ホームズを狂人としか扱っていない。当時直木賞候補になったというのもむべなるかなといった感じである。

ただ、トリックの方はホームズ譚に同調するかのようにいささかチープな感じがした。犯人逮捕の手法といい、各キャラクターの配置といい、シャーロッキアンには堪らないものがあろうが、私には少し物足りなかった。
しかし、通常の島田作品張りの奇想溢れる事件であれば全体のバランスがちぐはぐになるだろうし…。難しいところである。

漱石と倫敦ミイラ殺人事件 (光文社文庫)
島田荘司漱石と倫敦ミイラ殺人事件 についてのレビュー
No.128:
(7pt)

この本を読むには私は若すぎた。

今回の主題は裁判そのものになく、起きた事件そのものは過去友人同士だった者たちが再び邂逅する単なる舞台設定に過ぎない(とは云え、裁判の丁々発止のやり取りが非常に面白いのも事実。本作が7点なのはそこに起因する)。
筆者の焦点は世代間の軋轢と異人種であることのアイデンティティの模索にあると云える。自分が黒人であることの意義を何度も反芻するホビー、最後のセスの台詞、ここにエッセンスが集約されている。
ただ扱う材料1つ1つが濃密で読者に疲労を強いるのは確か。結局裁判は無効になり、後に語られる真相ももはやどうでもいいといった心境にさせられ、あれほどの詳細な状況描写・心理描写を繰り広げた成果が水泡と化してしまったようで非常に勿体無いと感じた。

また今回のような中年世代を描いた世代小説はまだ私自身には早すぎたようだ。本作に豊富に盛り込まれた心理描写、特に子が親を思う気持ち。親が子を思う気持ちなどは同世代には切実に響くものであろうが若輩の身にとってはまだ頭で判っても心では実感できない代物でそれもまた残念だった。

ソニー、セス、ホビー、そしてエドガー。彼らは確かに若かった。しかしそれ以上に私の方が若かったのだ。

われらが父たちの掟〈上〉 (文春文庫)
スコット・トゥローわれらが父たちの掟 についてのレビュー
No.127:
(7pt)

ヴァイン版『めぞん一刻』?

何と評したらよいだろうか、主人公不在の『めぞん一刻』とでも云おうか。あれほど明るくはないが…。

当初主人公と思われていたジャーヴィスは物語の舞台となるケンブリッジ学校と地下鉄の提供者、云わばプロデューサー的な存在だ。物語は中盤、単なるエピソードの脇役と思われていた熊使いのアクセルがケンブリッジ学校に乗り込む辺りからテーマを帯びてくる。アクセルを軸にトム、アリス、ジャスパーの運命が翻弄され悲劇へと向かう。
物語の進行の合間に挿入されるジャーヴィスの地下鉄に関するエピソードが興味深いが物語の方向性が掴みづらく、ノレなかった。読者は眼の前に繰り広げられる場面展開を成す術なく追っていくのみ。
私はソロモン王の絨毯には乗れなかったようだ。
ソロモン王の絨毯 (角川文庫)
バーバラ・ヴァインソロモン王の絨毯 についてのレビュー
No.126:
(7pt)

本当にあるんだろうか?

久々の吉敷刑事シリーズ物でなかなかの佳作。今回はミッシング・リンク物にやはりなるのだろうか。
冒頭の通子とのやりとりに結局解決が見られないのが残念だが、これは恐らく後の『涙流れるままに』で明らかになるのだろうからそれまでおあずけ。ただ一応のタイムリミット物にもなっているがもう少しその状況作りが良ければサスペンス性が増したように思えるのだが。

それにしても島田の『天に昇った男』がもう既に品切れ状態だとは恐れ入った。それが故に本作が繰り上げられたわけだが、集英社文庫の島田作品もどの書店に行っても見当たらないというのはまさに危機的状態である。だってあの『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』でさえないのだよ、信じられる!?
まさかこれほど早く島田作品の底が見えるとは思わなかった。


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飛鳥のガラスの靴 (光文社文庫)
島田荘司飛鳥のガラスの靴 についてのレビュー
No.125:
(7pt)

泡坂氏が見出した死の美学

恐らく今までの例に漏れず不定期に小説誌に発表された短編を寄せ集めた作品集であろう、内容も怪奇小説、人情小説、はたまたエッセイめいた私小説などヴァラエティに富んでいる。
それらの作品に通暁しているのは透明な視線で描かれた抑揚のない文章。ただこれはけなし言葉ではなく、そういった文章であるのにも関わらず登場人物達の彩りが鮮やかであること。特に紋章上絵師を主人公にした一連の作品群はもう縦横無尽ぶりの独壇場である。それ故、それらが最も印象に残ったことは云うまでもない。
ただ、不思議なのはいやに「死」を結末にすること。特に美しい女性に対し、その色が濃い。これは、使い古された言葉だが、「滅びの美学」を泡坂が老境に入った今、如実に意識しているのではないだろうか。紋章上絵師として、奇術師として、そして作家として去り際は粋で美しくありたい、そういう願望が見え隠れしているように私は思えるのである。

砂時計 (光文社文庫)
泡坂妻夫砂時計 についてのレビュー
No.124:
(7pt)

変なタイトルだが中身は渋い

まずタイトルを見て、「何だこりゃ!?」と面食らった。『幽体離脱殺人事件』と1,2を争う変なタイトルである。
しかし、内容は吉敷シリーズで結構渋く、扱っているテーマも歪んだ学校教育という社会問題を挙げ、手堅く纏まっている。
この頃の島田荘司氏はこの動機付けのエピソードが面白く、謎解き部分が逆に添え物になっているきらいがある。ただ今回は犯人が「ら抜き言葉」に執着する動機が純文学よりだったのが、惜しい所だ。
ら抜き言葉殺人事件 (光文社文庫)
島田荘司ら抜き言葉殺人事件 についてのレビュー
No.123: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

やっぱり粋だなぁ。

タイトルにある「からくり」には余り意味がなく、市次、たか、市太郎ら3人の波乱万丈な冒険振りを評したような意味が強い。
ところで今思えば、泡坂の時代小説は数あれど長編はこれが初めてなのではないか。そのせいか主人公3人がいつもより生き生きと感じられ、心地よい。
また主人公たちも名前が変わっていくように、周辺の登場人物も名前が変わっていき、泡坂お得意の文学遊びが楽しめる。
ともあれ、なんとも粋な小説だった。
からくり東海道
泡坂妻夫からくり東海道 についてのレビュー
No.122:
(7pt)

ちょっとやり過ぎ?

『しあわせの書』、『生者と死者』でそれぞれ小説の形態を使って離れ業を演じた泡坂妻夫が今回選んだのが回文。それも章題が全て回文、登場人物、ことさら被害者の名前が全て回文。
序章と終章の題がそれぞれの逆さ言葉になっており、おまけに物語の最初と最後の1行も回文という徹底振りだがやはりこういう遊びに凝ると物語の結構が疎かになってしまうのは無理もないのか。ちょっと残念。
喜劇悲奇劇 (創元推理文庫)
泡坂妻夫喜劇悲奇劇 についてのレビュー
No.121:
(7pt)

ケレン味は相変わらずあるんだけどね。

正にハリウッド映画のようなケレン味たっぷりの一作だったが、前半うまくのれなかったので7点としたい。
これはほとんど好みの問題だと思うのだが、「あれ」が具体的にどのような方法で被害者を抹殺するのかをもっと早い段階で見せてもらえば印象は強まったように思う。人が死んだという結果のみを何度も書かれるとやきもきしてしまうのだ、私は。
しかし、主人公のダンをもう少し書込めば引立ったように思えるのだが。トラウマがある点や一匹狼という設定はステレオタイプ過ぎると思う。
12月の扉〈上〉 (創元ノヴェルズ)
ディーン・R・クーンツ12月の扉 についてのレビュー
No.120: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

泡坂版『徒然草』

「怖い話」と銘打ってはいるが、ホラーではなく、恋愛物あり、幻想文学あり、伝奇物あり、小咄ありとヴァリエーション豊かなショート・ショート集。その縦横無尽ぶりと相反する飄々とした文体は私をしてこれは泡坂版「徒然草」だと思わしめた。
特に日常的な話を描いて普通小説だと思わせておいて、いきなり非現実な表現(「壁をすり抜けるところを見られた」等)とさりげなく滑り込ませる手際は美事。
ただ飄々としすぎて味気なかったのは確かだなあ。
泡坂妻夫の怖い話 (新潮文庫)
泡坂妻夫泡坂妻夫の怖い話 についてのレビュー