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Tetchy さんのレビュー一覧
Tetchyさんのページへレビュー数688件
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今回の主題は裁判そのものになく、起きた事件そのものは過去友人同士だった者たちが再び邂逅する単なる舞台設定に過ぎない(とは云え、裁判の丁々発止のやり取りが非常に面白いのも事実。本作が7点なのはそこに起因する)。
筆者の焦点は世代間の軋轢と異人種であることのアイデンティティの模索にあると云える。自分が黒人であることの意義を何度も反芻するホビー、最後のセスの台詞、ここにエッセンスが集約されている。 ただ扱う材料1つ1つが濃密で読者に疲労を強いるのは確か。結局裁判は無効になり、後に語られる真相ももはやどうでもいいといった心境にさせられ、あれほどの詳細な状況描写・心理描写を繰り広げた成果が水泡と化してしまったようで非常に勿体無いと感じた。 また今回のような中年世代を描いた世代小説はまだ私自身には早すぎたようだ。本作に豊富に盛り込まれた心理描写、特に子が親を思う気持ち。親が子を思う気持ちなどは同世代には切実に響くものであろうが若輩の身にとってはまだ頭で判っても心では実感できない代物でそれもまた残念だった。 ソニー、セス、ホビー、そしてエドガー。彼らは確かに若かった。しかしそれ以上に私の方が若かったのだ。 |
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何と評したらよいだろうか、主人公不在の『めぞん一刻』とでも云おうか。あれほど明るくはないが…。
当初主人公と思われていたジャーヴィスは物語の舞台となるケンブリッジ学校と地下鉄の提供者、云わばプロデューサー的な存在だ。物語は中盤、単なるエピソードの脇役と思われていた熊使いのアクセルがケンブリッジ学校に乗り込む辺りからテーマを帯びてくる。アクセルを軸にトム、アリス、ジャスパーの運命が翻弄され悲劇へと向かう。 物語の進行の合間に挿入されるジャーヴィスの地下鉄に関するエピソードが興味深いが物語の方向性が掴みづらく、ノレなかった。読者は眼の前に繰り広げられる場面展開を成す術なく追っていくのみ。 私はソロモン王の絨毯には乗れなかったようだ。 |
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久々の吉敷刑事シリーズ物でなかなかの佳作。今回はミッシング・リンク物にやはりなるのだろうか。
冒頭の通子とのやりとりに結局解決が見られないのが残念だが、これは恐らく後の『涙流れるままに』で明らかになるのだろうからそれまでおあずけ。ただ一応のタイムリミット物にもなっているがもう少しその状況作りが良ければサスペンス性が増したように思えるのだが。 それにしても島田の『天に昇った男』がもう既に品切れ状態だとは恐れ入った。それが故に本作が繰り上げられたわけだが、集英社文庫の島田作品もどの書店に行っても見当たらないというのはまさに危機的状態である。だってあの『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』でさえないのだよ、信じられる!? まさかこれほど早く島田作品の底が見えるとは思わなかった。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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恐らく今までの例に漏れず不定期に小説誌に発表された短編を寄せ集めた作品集であろう、内容も怪奇小説、人情小説、はたまたエッセイめいた私小説などヴァラエティに富んでいる。
それらの作品に通暁しているのは透明な視線で描かれた抑揚のない文章。ただこれはけなし言葉ではなく、そういった文章であるのにも関わらず登場人物達の彩りが鮮やかであること。特に紋章上絵師を主人公にした一連の作品群はもう縦横無尽ぶりの独壇場である。それ故、それらが最も印象に残ったことは云うまでもない。 ただ、不思議なのはいやに「死」を結末にすること。特に美しい女性に対し、その色が濃い。これは、使い古された言葉だが、「滅びの美学」を泡坂が老境に入った今、如実に意識しているのではないだろうか。紋章上絵師として、奇術師として、そして作家として去り際は粋で美しくありたい、そういう願望が見え隠れしているように私は思えるのである。 |
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まずタイトルを見て、「何だこりゃ!?」と面食らった。『幽体離脱殺人事件』と1,2を争う変なタイトルである。
しかし、内容は吉敷シリーズで結構渋く、扱っているテーマも歪んだ学校教育という社会問題を挙げ、手堅く纏まっている。 この頃の島田荘司氏はこの動機付けのエピソードが面白く、謎解き部分が逆に添え物になっているきらいがある。ただ今回は犯人が「ら抜き言葉」に執着する動機が純文学よりだったのが、惜しい所だ。 |
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タイトルにある「からくり」には余り意味がなく、市次、たか、市太郎ら3人の波乱万丈な冒険振りを評したような意味が強い。
ところで今思えば、泡坂の時代小説は数あれど長編はこれが初めてなのではないか。そのせいか主人公3人がいつもより生き生きと感じられ、心地よい。 また主人公たちも名前が変わっていくように、周辺の登場人物も名前が変わっていき、泡坂お得意の文学遊びが楽しめる。 ともあれ、なんとも粋な小説だった。 |
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『しあわせの書』、『生者と死者』でそれぞれ小説の形態を使って離れ業を演じた泡坂妻夫が今回選んだのが回文。それも章題が全て回文、登場人物、ことさら被害者の名前が全て回文。
序章と終章の題がそれぞれの逆さ言葉になっており、おまけに物語の最初と最後の1行も回文という徹底振りだがやはりこういう遊びに凝ると物語の結構が疎かになってしまうのは無理もないのか。ちょっと残念。 |
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正にハリウッド映画のようなケレン味たっぷりの一作だったが、前半うまくのれなかったので7点としたい。
これはほとんど好みの問題だと思うのだが、「あれ」が具体的にどのような方法で被害者を抹殺するのかをもっと早い段階で見せてもらえば印象は強まったように思う。人が死んだという結果のみを何度も書かれるとやきもきしてしまうのだ、私は。 しかし、主人公のダンをもう少し書込めば引立ったように思えるのだが。トラウマがある点や一匹狼という設定はステレオタイプ過ぎると思う。 |
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「怖い話」と銘打ってはいるが、ホラーではなく、恋愛物あり、幻想文学あり、伝奇物あり、小咄ありとヴァリエーション豊かなショート・ショート集。その縦横無尽ぶりと相反する飄々とした文体は私をしてこれは泡坂版「徒然草」だと思わしめた。
特に日常的な話を描いて普通小説だと思わせておいて、いきなり非現実な表現(「壁をすり抜けるところを見られた」等)とさりげなく滑り込ませる手際は美事。 ただ飄々としすぎて味気なかったのは確かだなあ。 |
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いかな名作と云えど、やはりそれを読む時期というものがあって、本作も例外ではない。
この『シャーロック・ホームズの冒険』はオールタイム・ベスト選出に必ず上位5作の内に入る逸品ではあるが、四十路を控えた我が身にはやはり幼少の頃のように純粋に愉しめたとは云えない。ホームズが依頼人の特徴を瞬時に捉えて職業を云い当てる件は、今読むと滑稽だし、ワトスンも医者の割には脳が足りないように見える。 しかし、今の目で見ても収められている短編の内容はヴァラエティに富んでいる。 幼少の頃読んで以来、手にしなかったホームズ譚を改めて大人になった今、じっくり読み直そう。 |
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曾我佳城とヨギ ガンジーと並んで広く読者に今でも愛されているキャラクター、亜愛一郎シリーズの完結編である。
本作についてはもう寧ろチェスタトンばりの逆説論理を縦横無尽に展開するといった印象は薄れ、大人の読み物としての洒脱さが結びの部分に窺われ、作者の老練な筆捌きに酔いさせられる感が強い。そしてそれがまた来たるべき幕引きへ徐々に徐々に向かっていく読者の別れ難き喪失感を促すような効果をあげているように思えるのだ。 さらば亜愛一郎。そして今までありがとう。 |
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前作『鬼女の鱗』の印象が悪かったせいか、今回も同様の危惧を抱いていたが、意外にも読めた。
1つは前回は日本の情緒を過大に期待していたような姿勢があり、肩透かしを食らった感じが強かった事。 もう1つは専門的な知識に翻弄された事。 しかし今回は免疫が出来たのか、すんなり物語世界に入る事が出来た。そして気付いたのは簡素な文体に宝引の辰の優しさが見え隠れすること。また江戸町人の日々を生きる逞しさが存分に描かれている事。やはり泡坂妻夫は粋な作家だ。 |
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コンセプトがないオムニバス作品集。理屈では解明できない奇怪な出来事を軸に展開する普通小説もあれば、些末な事が実に意外な真相を孕んでいるミステリめいた小説もあり、話の流れに身を委ねるような純文学作品もある。
ミステリとしては「藤棚」が一番それらしいのだが、やはり人間関係が瞬時に裏返り、深い余韻を残して掉尾を飾る「子持菱」がベストか。奇妙な印象が残るのは「るいの恋人」。結末が少々あざといのが瑕。 全体としては『蔭桔梗』、『折鶴』ほどの日本色が豊かでなかった所が薄く感じた。 |
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“差別”が本書の一貫したテーマになっている。
事件の本筋のように人種差別は元より、軽い物では女が男を養うことへの抵抗を示した女性蔑視、老人の記憶は当てにならないという先入観、醜い者を見ると苛めたくなる心理。差別は心に悪戯をする。それが時には人の死に至るまでの事になる。 内容はウェクスフォードの推理が神がかり過ぎるところが多々あるが、明かされる真実が痛々しく、心を打つ。 最後の最後で明らかになるタイトルの意味は簡単な物だが、別の意味で一人の人間の尊厳を謳っているように思える。 |
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相変わらずの複雑な人間関係が眼の前で繰り広げられるため、元々の発端を見失いがちだったが、途中で簡単な人物相関図を描いたため、字面を追うだけの読書にはならずにすみ、作品世界に没入は出来た。が、しかし、カタルシスは得られなかった。
この小説の最大のポイントはジニー・ファブロンなる一見無垢な美人を巡って周辺の男女―その父母までもが!―が運命に翻弄され、やがて無垢だと思われていたジニーが実は…という所にあるのにタイトルが腑に落ちない。「脱税した金」という意味を持つタイトルは相応しくないのだ。 この話にそっくりな御伽噺を私は知っている。しかし、それが何だったのか思い出せない。 |
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前作『毒猿』が出色の出来だっただけにトーンダウンの印象が。それでも水準以上ではある。
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短編集というのは評価がしにくい。平均的な水準の作品ばかりが並んでいると、つまらない印象を受けた1編ないし数編が妙に目立ってしまい、評価を下げるような結果に繋がるし、またつまらない作品が数編あっても傑作と呼べる極上の1編があれば評価は俄然高くなるから困りものだ。
そこでこの短編集は、と云えば前者に含まれる。 「殺人助手」という登場人物が乱雑に出てくる1編のつまらなさが頭に残っていてあと一歩という感じ。でも目次を見ると結構好感の持てる作品があるのも確かだから…。ああ、困った、困った。 |
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メインの事件がいつの間にかサブに回る構成でそれも現代の事件が24年前の事件に繋がる事になり、24年前の事件無くしては現代の事件が成立たなかったという凝ったプロットになっている。
そして作者が今回選んだモチーフは「オリンピック」。この世界の祭りに新幹線開通を絡ませ、高度経済成長の荒波に人生を翻弄される姿を描きたかったのか。 そしてやはり本作でも東京という「都市」に憧れ、殺人を犯してしまうという島田荘司氏の追い続ける都市の魔力というものが暗示されている。派手さはないが、やはりこのシリーズも読み逃せない。 |
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結局、玉石混交の短編集といった感じ。
私のお気に入りは「夜の銃声」。二段構えの皮肉な結末に思わずニヤリとさせられた。ヴォリュームも30ページ前後と、引き締まった内容で読みやすい。 かと思えば「新任保安官」のように登場人物が多すぎて収拾がつかない物もあり、一長一短がある。 面白かったのは、一般にハードボイルドと呼ばれるハメット作品もサプライジング・エンディングを踏まえた本格テイストを備えている事。ただ、解決へ至る手掛かりが探偵のみに与えられているアンフェアな所が腑に落ちないが…。 |
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美術館学芸員であるクリス・ノーグレンシリーズがあるのに何故新たにベン・リディアという主人公を要して絵画のミステリを執筆するのか?まずこれが本書を手に取った際に念頭に浮かんだ疑問文だった。
だが読了後、本格ミステリでなくサスペンスという形式をとるために新たにシリーズを打ち立てたかったという回答に行き当たった。 エルキンズの作品はしかし安心して読める。エンタテインメントに対して忠実な下僕であるからだ。 しかしクリス・ノーグレン同様、本主人公の顔が今は見えない。エルキンズ作品に似つかわしくない邦題と共に消えてしまわないか心配だ。 |
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