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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数529

全529件 381~400 20/27ページ

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No.149: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「被害者はだれか?」で読ませる、珍しい趣向

イギリスの新鋭女性作家の本邦デビュー作。音楽、カルチャー系の雑誌のライター、編集者出身で、イギリスのポップミュージック、特にパンクやゴスを背景に置いた作品を発表しているとのことで、本作も1980年代前半を舞台にしたノワール小説である。
1984年、イギリスの海辺の小さな観光地で16歳の少女コリーンが同級生殺人の犯人として逮捕され、治療のため精神科の施設に収容された。20年後の2003年、新たなDNA検査によって、殺害現場に第三者がいたことが判明。再審をめざす弁護士の依頼によって私立探偵が再調査のために町を訪れ、関係者に話を聞いて回り始めた。すると、終わったはずの事件が蘇り、隠されていた真実が暴き出されることになった。
ストーリーは、事件当時の少年少女たちの友情や葛藤のドラマと、現在の謎の第三者探しおよび犯行動機の解明プロセスを行き来して展開される。つまり、20年前の部分は青春ノワールであり、現在の部分は私立探偵ものであるという二重構造で、しかもどちらでも犯人は分かっているのに被害者が不明という、このジリジリさせる構成が実にうまいサスペンス効果を上げている。さらに、事件関係者の20年前と現在とのつながりが、見事なクライマックスを演出するところも印象的である。
ノワールよりミステリーに比重が置かれているので暗過ぎるということは無く、多くのミステリーファンにオススメできる作品である。
埋葬された夏 (創元推理文庫)
キャシー・アンズワース埋葬された夏 についてのレビュー
No.148: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

意表をつく「仕掛け」が抜群!

フランスで人気の新進作家の実力のほどが伺える、傑作ミステリーである。
1980年のクリスマス直前、トルコからパリに向かっていた飛行機が墜落し、墜落の衝撃と火災によって乗客乗員全員が死亡した、ただひとり、生後三ヶ月の女の赤ちゃんを除いて・・・。赤ちゃんは「奇跡の子」としてフランス中の注目を集めたのだが、実は同機には髪の毛の色も瞳の色も同じで誕生日もほとんど一緒の二人の女の子が乗っており、どちらも両親は死亡しているため、それぞれの祖父母が「自分たちの孫である」と主張して、裁判沙汰になった。片やパリに住む富豪の一族、片や田舎町の貧しい一家で、最終的には貧しい一家の孫娘エミリーと認定された。諦めきれない富豪一族は私立探偵を雇い、自分たちの孫娘リズ=ローズである証拠を探させようとする。
そして18年後の1998年、雇用契約が終わりを迎える前日に、私立探偵は18年間の謎を解明できそうな、ある驚愕の事実を発見した。
最初から最後まで「奇跡の子はだれなのか?」というテーマで展開される物語なのだが、多種多様な仕掛けで文庫で650ページという長さを感じさせないところは、お見事。現在であればDNA鑑定で決着がつき、何のドラマもなさそうな出来事だと思ってしまうが、物語の後半ではちゃんとDNA鑑定が登場し、さらにドラマを盛り上げる。そして、謎を解くのが、18年間、誰でも見ることが出来た、事故を報じる新聞の一面だったという「仕掛け」の上手さに脱帽。
スリルやサスペンス、アクション、ホラーではなく、ただただ面白いミステリーを読みたいという読者にオススメだ。
彼女のいない飛行機 (集英社文庫)
ミシェル・ビュッシ彼女のいない飛行機 についてのレビュー
No.147: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人は、いつ死ぬのか(非ミステリー)

脳死を巡る家族と社会の物語。ミステリーではないが、どんどん引き込まれていく傑作エンターテイメントである。
離婚を前提に別居生活していた和昌、薫子夫婦は、娘、瑞穂がプールで溺れて緊急病院に運ばれ、意識不明のまま回復の見込みなしと診断され、臓器提供の意志を問われる。一晩話し合った二人は臓器提供を申し出るが、脳死判定のための最後のお別れの場面で、娘の手が動いたと感じたため、急遽、脳死判定を断った。莫大な費用と労力をかけてまったく意識のない娘を生かし続けることを選択した二人だったが、その選択は間違っていなかったかどうか、常に苦悩することになった。
「脳死」と「臓器移植」をテーマに、「人が死ぬとは、どういうことなのか」、医学的、生物学的、哲学的、人情的、法的、社会的な判断基準の多様性、曖昧さの間隙をついて、物語は思わぬ方向に展開され、クライマックスでは極めて重い問いかけを投げかけてくる。日頃何気なく新聞やテレビで目にする「脳死」、「臓器移植」について、もう一度、深く考える契機となる作品だ。
とは言え小説としてのレベルも高く、多くの読者にオススメしたい。
人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)
東野圭吾人魚の眠る家 についてのレビュー
No.146: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人生を完全に間違えてしまった人々

幻冬者創立20周年記念の特別書き下ろし作品。200ページ弱と短めだが読み応えがあるミステリーである。
二人の女性を焼き殺したとして死刑判決を受けた写真家の男についての本を書くために、刑務所に面会に訪れたライターの「僕」は、被告の異様さに圧倒される。さらに、取材を進めるうちに、被告に大きな影響を与えた姉、謎めいた人形師など事件関係者たちが何かを隠しているような気がして、事件そのものに違和感を覚えるようになる。被告は本当に二人を殺したのか? 殺したのだとしたら動機は何なのか?
ストーリーの途中で登場人物が入れ替わるような展開もあって、多少理解しづらい部分もあるのだが、最後まで読み切ると「なるほど」と腑に落ちる。被害者も加害者も人生を間違えてしまったことで引き起こされた事件だが、日常に潜む「狂気」は普通の人の中でもいつの間にか育てられているという恐さが伝わってくる。
中村文則作品の中ではミステリーとしての完成度が高く、多くのミステリーファンにオススメしたい。
去年の冬、きみと別れ
中村文則去年の冬、きみと別れ についてのレビュー
No.145: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ツッコミどころと思ったら、伏線だった

イギリスの冒険小説家として名声が高いボブ・ラングレーが1980年に発表したスパイ小説。英国スパイ小説ではあるが、ル・カレなどの正統派とは少し違い、冒険小説のテイストが濃い戦争小説である。
退官を間近に控えたCIAの老兵・タリーは、亡命を希望する東ドイツ諜報機関の大物から指名されて身柄引き受けのためにパリに赴いた。何故、現場から離れて久しい自分が指名されたのか疑問に思っていたタリーだったが、その大物から託されたという古いライターを見て、大戦末期に携わった極秘作戦の記憶が呼び覚まされた。それは、身分を隠してアメリカ軍の捕虜になったナチス・ドイツの情報将校の作戦意図を探るために、ドイツ兵に扮して米国内に設置された捕虜収容所に単身で潜り込むという、危険きわまりないものだった。
スパイ小説なので、騙しが一杯仕掛けられている上に、最後の最後にはあっと言わせる大仕掛けまで用意されており、騙される快感をたっぷり味わえる。さらに、アメリカ南部の湿地帯という自然を相手にした冒険にもハラハラドキドキ。最後までスリリングな展開が楽しめる。
英国正統派のスパイ小説ファンよりは、冒険アクション小説ファン向けではあるが、一級のエンターテイメント作品であることは間違いない。
オータム・タイガー【新版】 (創元推理文庫)
ボブ・ラングレーオータム・タイガー についてのレビュー
No.144:
(8pt)

新シリーズ、なかなか頑張っている

世界的ベストセラー「ミレニアム」が作者の急死によって三部作で途切れ、第4部の未完の構想が残されているという話はあったものの、様々な事情から刊行は無理だと思われていたのだが、勇気ある出版社と書き手によって続編が登場した。前三部作の人気、完成度の高さを考えると、作者が代わってどうなるのか、不安の方が大きかったのだが、なかなか完成度が高い新シリーズが誕生した。
雑誌「ミレニアム」は経営危機に陥ったことから、ノルウェーの大手メディア企業の支援を受け、編集方針にまで口を挟まれる事態を迎えていた。看板記者ミカエルも「時代遅れ」と揶揄されるようになっていたのだが、ある男から「世界的な大スクープになる」情報がもたらされる。超高度な人工知能開発の鍵を握っている大学教授バルデルに会えというのである。その話の中でミカエルは、ずっと音信不通だったリスベットが絡んでいることを知り、俄然、やる気を出すのだった。
というところでシリーズの主役が揃い、世界的な悪を相手に、緊張感あふれる戦いが繰り広げられていく。
想像していた以上に、これまでのテイストを崩さない、見事な続編である。主要人物だけでなく、周辺のキャラクターもよくできている。ただひとつだけ不満を述べるなら、悪のキャラクター造形がやや物足りないでもないが、それは欲張り過ぎだろう。
すでに第5部、第6部も刊行予定が発表されており、今後の展開が楽しみである。
ミレニアム 4 蜘蛛の巣を払う女 (上)
No.143: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

法廷闘争だけで一気読みさせる、巨匠の実力

リンカーン弁護士シリーズの第4作。徹頭徹尾、裁判に焦点を絞りながら最後までハラハラドキドキが止まらない、傑作リーガル・サスペンスである。
不況の影響で(笑)刑事弁護案件が激減したことから民事、住宅差押え案件を取り扱うようになったミッキー・ハラーは、差押えの依頼人のひとりであるリサ・トランメルから殺人事件の弁護を頼まれた。リサは、彼女の家を差し押さえようとしていた銀行の担当重役を撲殺した疑いで逮捕されたのだが、徹底的に無実を主張し、無罪判決を求めていた。次々と彼女には不利な証拠が見つかるのだが、どれも状況証拠ばかりで、決定的なものではなかった。優秀なスタッフの助力を得ながら、リンカーン弁護士は驚くべき戦術で困難に挑戦する。
いつものことながら、アメリカの裁判のドラマチックな展開に驚かされる。弁護士も検察官も、裁判官さえも個性的で、徹底的に論理で争うところから生じるドラマが面白い。同じ証拠が、弁護側と検察側の主張によって正反対の意味を持つようになり、有罪か無罪かの印象が刻々と変化して行くところは、まさにリーガル・サスペンスの真骨頂といえる。
シリーズ物としては、事務所を構えたり、無罪判決を勝ち取る以外に社会的正義を考えたりといった、ハラーが見せはじめた従来とは異なる側面が次回作以降、どう展開していくのか楽しみである。
絶対に退屈させないリーガル・サスペンスとして、多くの方にオススメだ。
証言拒否 リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)
No.142:
(8pt)

あり得たかもしれない、震災後の日本

東日本大震災、津波、原発事故で影響を受けた日本人と日本社会のダークサイドを描いた、桐野夏生の「震災履歴」。あれだけの被害を出しながら誰も責任を取らず、被爆も津波被害もなかったことにして、オリンピックや復興特需に狂奔する社会への怒りの告発でもある。
40代を迎えて独身の木下沙羅は、大学の同級生・田島優子と一緒にドバイの幼児密売マーケットに出かけて東洋系の女の子「バラカ」を購入し、「光」と名付けたが、養女は一向に沙羅に懐かなかった。沙羅の母親の死を契機に、かつて田島優子の恋人だった同級生の川島雄祐と結婚することになった沙羅は、「光」を優子に預けて川島の転勤先である宮城県名取市に移住し、津波で命を落とすことになった。
「光」ではなく「バラカ」と呼んで可愛がっていた優子だが、震災の日、突然訪ねてきた川島にバラカを連れ去られてしまった。数日後、被災地で遺棄された犬猫保護活動に従事していた「爺さん決死隊」がバラカを発見し、身元不明の少女として、決死隊のメンバー・豊田老人が育てることになった。
震災から8年後、小学生になった豊田薔薇香は豊田老人とともに、決死隊のメンバーだった村上老人の農園を訪ね、地元の学校に通いながら穏やかな日々を過ごしていたのだが、甲状腺ガンの手術を受けたバラカを反原発の象徴として、あるいは原発被害は無くなっていることの象徴として利用しようとする、さまざまな大人たち、さらにバラカの行方を追い続けている実の父親、いつでもバラカを第一に考え、保護してくれる豊田老人など、バラカの周辺では敵味方が入り乱れて激しい争いが繰り広げられる・・・。
原発事故の詳細が公開されず、その影響についても曖昧なまま、何ごとも無かったように再稼働を進める社会に対し警鐘を鳴らす作品であるが、社会派サスペンスとしても十分に楽しめるエンターテイメント作品でもある。
バラカ 上 (集英社文庫)
桐野夏生バラカ についてのレビュー
No.141: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ハリー・ボッシュ、登場

ロサンゼルス市警のはぐれデカ「ハリー・ボッシュ刑事」シリーズの第一作。ストーリーの面白さもさることながら、主人公ハリーが鮮烈な印象を残す傑作ミステリーである。
ジャンキーの死体が発見された現場に駆けつけたハリーは、被害者がベトナム時代の同僚メドーズであることを知る。ヘロインの過剰摂取による事故死と判断されたが、納得できないハリーは上層部の指示を無視して独自に捜査を進めようとしたが、銀行強盗事件に関連してメドーズを追跡していたというFBIが関与してきて、女性捜査官エレノアと組んで捜査に当たることになる。その銀行強盗事件とは、地下トンネルを掘って金庫室に侵入するという手口であり、ハリーとメドーズはベトナム時代はベトコンのトンネルを捜索する専門部隊に属していたのだった。
銀行強盗を実行したグループの手がかりも得られず、捜査が難航する中、ハリーとエレノアはメドーズの死体が遺棄されるのを目撃した少年を見つけ出すのだが、確たる証拠を掴めないうちに、少年が殺害されてしまう。捜査陣の中に情報を漏らしている者がいるらしい・・・。
一匹狼の刑事が、周囲と軋轢を起こしながら突っ走るという話はありがちなパターンだが、主人公のハリーはけっして暴力的な訳でも、やたらと法を無視したり銃をぶっ放したりする訳でもなく、捜査手法は警察捜査の王道を行く地道なものである。さらに、戦争の後遺症に苦しみながらも弱者への共感を持ち続けている、なかなか高感度の高いキャラクターであり、その点で、単なるアクションものに終わらない良質なハードボイルドミステリーに仕上がっている。
警察小説、ハードボイルド、社会派ミステリーのファンにオススメだ。
ナイトホークス〈上〉 (扶桑社ミステリー)
マイクル・コナリーナイトホークス についてのレビュー
No.140: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

殺人犯には、どんな刑罰を与えるべきか?

タイトルはあまり感心しなかったが、罪と罰の難問に真摯に取り組んだ、硬質で面白い社会派ミステリーである。
フリーライターの女性が帰宅途中の路上で刺殺された。犯人が2日後に自首し、金目当ての短絡的な犯行だと自供した。しかし、被害女性が過去に、仮釈放されて間がない強盗犯に自分の娘を殺害された経験があったことから、警察から被害者の元夫・中原に連絡があり、犯行動機に疑問を持った中原は元妻の取材活動に本当の動機があったのではないかと調べ始める。一方、有名大学病院の小児科医・仁科は、この事件の犯人が妻の父親であったことから、周囲からさまざまな圧力を受けるようになる。
中原と仁科、被害者の遺族と加害者の親族という二人の人物を中心に、裁判や量刑に対する被害者と加害者の思いの違い、死刑という刑罰の犯罪抑止効果、罪を償うとはどういうことか、罪は償えるのか、などの重い課題が議論される。誰が考えても正解は出ないけれど、誰もが考えなくてはならない難問を、見事なエンターテイメントで提起する作者の力量に舌を巻いた。
多くのミステリーファンにオススメしたい。
虚ろな十字架 (光文社文庫)
東野圭吾虚ろな十字架 についてのレビュー
No.139:
(8pt)

シリーズ物の醍醐味、脂がのって来た!

大阪一の極道と弱気な(実はけっこうしぶとい)コンサルタントの疫病神シリーズの第4弾。ストーリーもキャラクターも脂が乗り切ったようで、500ページを一気読みの面白さである。
今回、桑原が金のにおいを嗅ぎ付けたのは、巨大宗教の内紛に起因する絵巻物の争奪戦。宗教内部の権力争いが引き起こした宝物と大金のやり取りに、強引に首を突っ込んだ桑原と、桑原に引きずり込まれた二宮が東京のヤクザを相手に大活躍を見せる。知恵と度胸の突っ張り合いで、最後に勝利するのは誰か?
いつもの二人に加えて、今回は若頭の島田がさすがの貫禄を示すのだが、その「若いものは意地を通して弾けるが、幹部はいつでも金勘定で駆け引きする」という考え方が、現代ヤクザの本質を表しているようで、本シリーズの通奏低音にもなっている。
本作では、二宮に淡い恋の予感が・・・と思わせながら、最後はいつも通りの「浪速の寅さん」というオチもお約束で楽しめる。
主役の二人の関係の面白みを堪能するために、ぜひ第一作から読むことをオススメする。
螻蛄
黒川博行螻蛄 についてのレビュー
No.138: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

三割打者の安定感

3本の短編と1本の中編を収めた、ガリレオ・シリーズの8作目。期待通りに安心して楽しめる作品ぞろいである。
人気のシリーズも8冊目となると、以前、どこかで読んだことがあるような話も出てくるのだが、それぞれに新しい魅力が加えられていて飽きさせない。
例えば、旅行中などに乗り物内で読むには最適な一冊として、どなたにもオススメできる。
禁断の魔術 (文春文庫)
東野圭吾禁断の魔術 についてのレビュー
No.137:
(8pt)

イギリス秘密情報部の恐さ

英国SIS職員バーナード・サムソンシリーズの新展開三部作「フック、ライン、シンカー」の第二作である。
自らが所属するイギリス秘密情報局に追われる身となり、幼なじみのベルナーを頼ってベルリンに潜伏していたサムソンだったが、ロンドンに呼び戻され、新たな任務を命じられる。作戦の詳細を知らされないままドイツ、オーストリアに赴くと、なんとそこでは、サムソンとイギリスを裏切った元妻のフィオーナが待っていた。果たして、フィオーナは何を考えているのか? フィオーナは実は東に潜伏するスパイなのか?
シリーズの全体を左右する、大きな転回点となるストーリーにあぜんとさせられる。もちろん、レン・デイトン作品なので派手なドンパチは無いが、秘密情報部という組織の恐さ、特にイギリスの同組織の冷淡非情さにぞくぞくさせられる、スリルとサスペンスに満ちた作品。本格スパイ小説ファンにはオススメだ。
スパイ・ライン (光文社文庫)
レン・デイトンスパイ・ライン についてのレビュー
No.136: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

法の正義と社会正義

英国の新人作家のデビュー作。いきなりMWA賞候補になっただけあって、骨太で味わい深い法廷ミステリーである。
ロンドンの公園で8歳の男児が殺され、犯人として11歳の少年・セバスチャンが逮捕・起訴された。弁護を依頼されたダニエルはセバスチャンに11歳の頃の自分を重ね合わせ、心の底から少年を弁護したいと思う。同じ頃、ジャンキーの母親から施設に保護されていた11歳のダニエルを引き取り、後には養子にしてくれた里親のミニーが死亡したと知らされる。育ての親として感謝しながらも、ある出来事からミニーを恨み、連絡すら拒んでいたダニエルだったが、ミニーの死により否応無く過去を振り返ることになる。
孤独と絶望にとらわれた惨めな少年だった自分と、裕福ながらも問題の多い家庭で育てられた、脆くて壊れそうなセバスチャンとを二重写しにして、ダニエルは環境に左右される少年の心の闇を解き明かそうとする。少年が「悪いことをする」「罪を犯す」とき、その責任を負うべきは少年だけなのか? 法の正義が貫かれることと、社旗正義が実現されることは完全にイコールなのか?
セバスチャンの裁判の進行とダニエルの回顧が交互に繰り返されながら進むストーリー展開が、非常に緊張感があってスリリング、新人とは思えない技巧が秀逸。静かだが力強い、読み応え十分の法廷ミステリーとして、多くの人にオススメできる。
その罪のゆくえ
リサ・バランタインその罪のゆくえ についてのレビュー
No.135: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

極道 vs. 北朝鮮

「疫病神」シリーズの第2作は、なんと北朝鮮を舞台にした、国際謀略小説顔負けのアクション超大作である。
それぞれの事情で同じ詐欺師を追い掛けることになった二宮と桑原は、北朝鮮に逃げ込んだ詐欺師を追って、観光ツアーにまぎれて平壌に飛んだ。しかし、徹底的に統制され監視される社会では自由に動けず、逃亡先は掴んだものの詐欺師を捕まえることはできなかった。大阪に帰った二人は、さまざまなコネを動員して、今度は中国国境から北朝鮮への密入国をはかる。厳しい寒さと想像を絶する貧しさに打ちのめされながらも詐欺師を見つけ出し、詐欺の実相を聞き出したのだが、北朝鮮からの脱出は命をかけた逃避行になった。
命からがら帰国した二人は、詐欺の落とし前をつけるべく、今度は詐欺師、ヤクザ、悪徳政治家たちと死闘を繰り広げることになる・・・。
自由奔放を絵に描いたような極道・桑原が、世界一の不自由国家・北朝鮮で大暴れする。それだけでも面白いのだが、さらに巨額詐欺事件を巡る悪者同士の駆け引きもプラスされて、最初から最後までゆるむところが無い。シリーズ最高傑作という惹句は嘘ではない。絶対のオススメ作だ。
国境 (講談社文庫)
黒川博行国境 についてのレビュー
No.134:
(8pt)

思いがけない拾い物

「パズル・シリーズ」で有名な(実は、一作も読んでいないのだが)パトリック・クェンティンの1948年の作品。シリーズ全8作品のうち、ただ一作だけ未訳だったものが翻訳されたとのこと。他の作品を読んでいないので解説に頼ると、本作はシリーズ中では異色作になるらしい。
メキシコを観光中の主人公ピーター・ダルースは、20歳前後の美少女デボラと出会い、一緒に観光地に向かい同じホテルに泊まるが、翌日、デボラが殺された。犯人は、当時、同じホテルに泊まっていた4人のアメリカ人の誰かではないかと疑うのだが、確たる証拠が得られなかった。さらに、ピーターは誰かに狙われている気配を感じるのだが、その動機も犯人も特定できなかった。デボラを殺したのは誰か、なぜ自分が狙われるのか? 4人の全員が怪しく見えてきて疑心暗鬼に落ち入ったピーターは、孤独な戦いを強いられることになる。
犯人も犯行の動機も、推理が二転三転して、どんどん引き込まれていく。ストーリー展開も軽快で、軽いハードボイルドを読んでいるような快感があり、とても60年以上前に書かれた作品とは思えない。
シリーズを知っているかいないかに関係なく十分に楽しめて、思いがけない拾い物をしたようなお得感があった。古臭いと先入観を持たずに手に取ってみることをオススメしたい。
死への疾走 (論創海外ミステリ)
パトリック・クェンティン死への疾走 についてのレビュー
No.133: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

悪の代理人リンカーン弁護士が検察官に?

マイクル・コナリーの22作目の長編で、リンカーン弁護士シリーズとしては第3作だが、悪の代理人として知られるリンカーン弁護士・ミッキー・ハラーが、今回は特別検察官として被告と弁護士をやり込めるという異色の設定。さらに、ハリー・ボッシュもダブル主役として重要な役割を果たすという豪華版である。
24年前の少女殺害事件で出された有罪判決が破棄されて、服役していた男ジェサップは再審を受けることになった。被害者のワンピースに付いていた精液が、最新のDNA鑑定によってジェサップとは別人のものと判明したのが、判決破棄の理由だった。再審にさいして、検事長はなんとハラーに特別検査官になるように依頼してきた。まったく勝ち目が無いと思われる裁判だったが、正義感にかられたハラーは、元妻のマギーと異母兄弟のハリー・ボッシュをチームに加えることを条件に、依頼を引き受けた。
圧倒的に不利な条件下でも、得意の法廷技術で奮闘するハラーを、ベテラン検事であるマギーがサポートし、さらにハリー・ボッシュが調査官として走り回って助け、ついには劇的なクライマックスを迎えることになる・・・。
ハラーを主役にした法廷ミステリーとしても、ハリーが主役の刑事ものとしても一級品。マイクル・コナリーの二大人気キャラクターが共演するのだから、面白くない訳が無い。普段、リーガル・ミステリーを敬遠している方にもオススメだ。
判決破棄 リンカーン弁護士(下) (講談社文庫)
No.132:
(8pt)

まさに、ブラックなクリスマスプレゼントだ

「コリーニ事件」と「禁忌」の長編2作の間に書かれた3作品を収めた短編集である。「訳者あとがき」を含めても全93ページという薄さだが、3作品のいずれも強烈な個性を持っている上に、挿入されているタダジュンのイラストも効果的で、非常に強い印象を残す一冊になっている。
「パン屋の主人」、「ザイボルト」、「カールの降誕祭」の3作品とも、ひょっとした瞬間から人生がひっくり返ってしまった物語で、シーラッハの言を借りれば「私たちは生涯、薄氷の上で踊っているのです」という人生の不条理さを突きつけられた読者は、深く大きくため息をつくことになる。
人間につきまとうブラックな側面を描いたストーリーがお好きな方には、近年最高のクリスマスプレゼントとなるだろう。
カールの降誕祭
No.131: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

事件捜査より、人間関係の方が面白い

特捜部Qシリーズの第6弾。シリーズとして脂が乗り切った感じで、期待通りの面白さである。
今回、特捜部Qに持ち込まれたのは、デンマークの離島で17年前に起きた少女ひき逃げ事件である。物証も証言も乏しく、ひき逃げとして処理されたのだが、殺人事件だと信じて17年間捜査を続けてきた地元警官が退官を迎えるため、マーク警部に捜査の引き継ぎを訴え得てきた。マークが断ると警官は恨み節を残して拳銃自殺してしまったため、特捜部Qは否応無く捜査に巻き込まれることになる・・・。
事件の背景となるのが、家族の崩壊や精神世界、ヒーリングなど動きが乏しいため、犯罪の動機や捜査プロセスなどは、はっきり言ってシリーズ中最下位と言わざるを得ない。それでも面白く読めるのは、カール、アサド、ローセを中心とするレギュラー陣の関係がさまざまに変化して飽きさせないから。さらに、これまで明らかにされてこなかったメンバーの過去が徐々に明らかになって行くような伏線も張られており、今後がますます楽しみになってくる。
ぜひ、第1作から順に読んでいくようオススメしたい。
特捜部Q―吊された少女― 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.130:
(8pt)

警察の腐敗をネタに大暴れの疫病神コンビ

疫病神シリーズの第三作。企業と警察の癒着をネタに大金を‘’つまむ”べく、暴力団幹部・桑原と建設コンサルタント・二宮の疫病神コンビが大暴れする、傑作エンターテイメントである。
桑原の指示で、新興運送会社が奈良県警の警官のために設けた接待麻雀に参加して小遣い稼ぎをした二宮は、翌日、奈良県警の刑事の訪問を受ける。県警では、運送会社と警官の癒着についての内部監察が始まっているらく、しかも、運送会社の裏金は何十億という巨額だというウワサ。その裏金の横取りを目論む桑原は、二宮を巻き込んで癒着の実態解明とゆすりのネタを求めて、地元大阪から沖縄までを駆け巡り暴走することになる。
運送会社と警察と暴力団、政治家が絡み合ったキャンダル、あの佐川急便事件を下敷きにした作品で、今回も根っからの武闘派・桑原が縦横無尽に大活躍。どこまでも引きずり込まれて行くお人好しの二宮との掛け合い漫才も絶好調。シリーズとして脂がのってきている作品だが、事件の構成やストーリー展開がしっかりしているので、シリーズの途中から(本作から)読み始めたとしても十分に満足できること間違い無し。
エンターテイメント作品好きの方には、絶対のオススメだ。
暗礁〈上〉 (幻冬舎文庫)
黒川博行暗礁 についてのレビュー