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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数529件
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韓国の女性新人作家のデビュー作。韓国でのエンターテイメント小説の興隆をめざして立ち上げられた新レーベル「Kスリラー」の第一弾に選ばれたのも納得の、中身の濃いサスペンス作品である。
刑務官をめざすソンイのところに現われた刑事は「妹さんの居場所を知らないか」とたずね、しかも高校生である妹が同級生殺害事件の重要参考人となっていると言う。ソンイは歳の離れた妹・チャンイとは複雑な家族の事情で10年前から離れて暮らし、疎遠になっていたのだが心配になり、かつて一緒に暮らしていた家を訪れた。すると家は無人で、父と妹が暮らしているはずの家に父の気配はなく、さらにいくつもの隠しカメラが設置されているのを発見する。妹はどんな暮らしをしていたのか、なぜ逃げ出したのか。妹のこれまでの暮らしの軌跡と現在の行方を探るソンイが見つけたのは、姉妹を取り巻く人々の歪んだ欲望が作り出した、思いも掛けない物語だった。 姉妹の設定、特に妹がテレビの子どもアイドルだったという設定から物語全体が構成され、芸能界の名誉や地位を巡る争い、姉と妹のかすかなすれ違いから生じる分断、崩壊した家族の悲劇などの要素が上手に取り入れられ、不気味で暗くて重い世界が展開される。それでも、ストーリーの骨格がしっかりしているので読みやすく、読むほどにぐいぐい引き込まれていく。韓国ミステリーというジャンル、これからも期待できそうだ。 スリラーというよりサスペンス作品であり、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。 |
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某ファッションブランドの広報部に入社した新人・レイ、レイの恋人の大学生・尚純、尚純の兄で新婚の浩一、浩一の妻でファッション雑誌編集者の桂子、20代前半から後半の4人の生活と関係と秘めたるものの一巡りする春夏秋冬の変化を、それぞれの視点から描いた、雑誌連載小説。掲載媒体が女性誌ということで舞台設定はファッショナブルだが、小説の中身は脆くてほろ苦い、吉田修一ワールドである。
人間の日常に潜む優しさとズルさの両方が丁寧に描かれていて、読者は思わず登場人物の誰かに共感を寄せている自分を発見するだろう。ストーリー展開の面白さに囚われず、じっくりと文意を味わいながら読むことが好きな方にオススメしたい。 |
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デビュー作「IQ」がシェイマス賞など3つの新人賞を受賞し、MWA、CWAの最優秀新人賞にもノミネートされた日系人作家の第2作。シリーズ物の基本に忠実に、しかも話のスケールをでかくして成功した傑作ハードボイルドミステリーである。
IQは、亡き兄・マーカスの恋人・サリタから「妹・ジャニーンがギャンブルで泥沼に入り、高利貸しに苦しんでいるのを助けて欲しい」と依頼され、腐れ縁の相棒・ドッドソンとともにラスベガスに赴いた。ところが、ジャニーンは恋人のベニーと二人で金を作ろうとして中国系マフィア三合会の秘密を盗み出したため、高利貸しに加えて中国系マフィアからも追われていた。凶暴なギャングたちを相手にIQとドッドソンは知恵を絞って二人を助けようとする。同じ頃、マーカスの事故死に疑問を抱き続けてきたIQは、マーカスを轢いた車の廃車を発見し、マーカスは意図的に轢き殺されたのではないかという推論を組み立てた。そして、二つのエピソードが交わる場所でIQは壮絶な戦いに巻き込まれ、命の危険にさらされるのだった・・・。 前作では舞台がLAに限られていたのが、本作はラスベガスまで広がり、さらに関係して来るのも黒人、ヒスパニックに加えてアジア系ギャングが登場し、より複雑な展開を見せる。基本的には地元密着で、わずかな報酬でもめ事を解決するボランティア的探偵のIQだが、本作では大金を動かす組織犯罪を相手に派手なアクションでイメージを一新させた。その分、従来のPIもの、アメリカン・ハードボイルドに近づいて、前作のようないい意味での特異な軽さが減じているのが、ちょっと惜しいのだが、まさに現代のストリートを反映した傑作エンターテイメントであることは間違いない。 シリーズ物なので、まず前作から読み進めることをオススメする。 |
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西加奈子の初めてのベストセラー小説。家族と一匹の犬が、それぞれの運命に翻弄され、いつしかそれを受け入れていくドラマを素朴に、しかもシリアスに、なおかつユーモラスに描いた青春小説である。
物語全体もさることながら、一つひとつのエピソードが自由なタッチで軽やかに描かれているのが魅力的である。 |
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厄病神シリーズの第7作。今回は、ヤクザだけでなく警察OBの悪事にも立ち向かう、期待通りのアクション長編である。
一匹狼のヤクザ桑原が金の臭いを嗅ぎ付けたのは、警察官OBの親睦組織という名目の狐と狸の悪徳グループが糸を引く診療報酬不正取得、老人ホーム経営、オレオレ詐欺。成功報酬の一割という約束に目がくらんだオカメインコ二宮は、またも懲りずに桑原にくっ付いて歩いたために、警察官OBとつるんでいるヤクザ事務所で拉致され、大けがを負わされ、悪徳マル暴・中川の助けを借りて何とか脱出した。しかし、そんなことでは諦めない厄病神コンビは危険を省みず、いつも通り狙っただけの金を手に入れようとする。 相変わらず、めっちゃテンポがいい。ストーリー展開、大阪ヤクザの会話、サスペンスに富んだどんでん返し、すべてにおいて期待を裏切らない。さらに、警察を中心にした権力機構の腐った一面、福祉に名を借りたあくどい商売人など、今の社会が内包する病弊を暴いて痛快である。 本作だけでも十分に読むに値する傑作だが、シリーズの最初から読み重ねると数倍は面白くなること請け合い。厄病神ファン、黒川ファン、アクションミステリーファンには文句なしのオススメだ。 |
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ダイヤモンド警視シリーズで知られるラヴゼイのノン・シリーズ長編。アマチュア作家サークルを巡る連続殺人事件の真相解明という、フーダニットの王道を行く傑作ミステリーである。
出版社を経営するブラッカーが自宅に放火されて殺され、直前に著書の出版を巡ってトラブルになっていた地元の作家サークルの会長・モーリスが逮捕された。しかし、モーリスの人格を信頼するサークル会員たちは冤罪を主張し、真犯人探しに乗り出す。警察はモーリス犯人の証拠をつかめず、さらにサークルの他のメンバーもブラッカーに反感を持っていたことが判明する。しかも、サークル会員を巻き込んだ第二放火事件が発生、警察はモーリスを釈放せざるを得なくなった。そこで登場したのがヘン・マリン主任警部だったが、自信過剰のファンタジー作家、デタラメな自伝を書く男、売れないロマンス小説を書く女、官能的な詩を書く女、魔女裁判に取り付かれた女など、一癖も二癖もある会員たちを相手に「容疑者がこんなに多い事件は初めて」と、さすがのヘン・マリンもぼやくばかりだった・・・。 警察の捜査と会員たちの素人探偵の両サイドからのアプローチで徐々に真相が解明されていくプロセスが、ユーモラスに描かれていて、読み進めるのがとても楽しい。さらに本筋の犯人、犯行の動機は「怪しくない登場人物ほど犯人では?」というフーダニットの正統を保ちながら二転三転して、最後まで盛り上がる。 ダイヤモンド警視ファンはもちろん、未読の方にも強くオススメしたい傑作エンターテイメント作品である。 |
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スウェーデンの推理作家アカデミーの最優秀賞を3度受賞したベテラン作家の中短編集。収められた5作品、それぞれ違った趣向だが、どれも人間くささがあり、巧みなオチでうならせる密度の高いミステリーである。
「トム」はありがちなストーリーだが、最後までイヤな感じが残るところが今風と言える。「レイン ある作家の死」は物語の構成が見事。最後の落ちに驚かされる。「親愛なるアグネスへ」は二人の女性のすれ違いが面白い。「サマリアのタンポポ」は青春のほろ苦さをうまくミステリーに仕上げている。 5作品、好き嫌いはあるだろうが、どれも完成度が高く、じっくり読めば十分に満足できる作品集として、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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スウェーデンのジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビが生み出した「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズのデビュー作。2005年の「ガラスの鍵」賞受賞作で、日本では絶版になっていたのだが「三秒間の死角」、「熊と踊れ」などの人気によって2017年に再文庫化された作品である。
服役中の少女連続殺人犯・ルンドが病院への護送中に脱獄した。警察が全力を挙げて捜索するのだが逮捕に至っていない中、5歳の娘・マリーを保育園に送っていったフレドリックはテレビを見て驚愕する。娘の保育園の前で見かけた男が逃亡犯として映っていた。半狂乱になったフレドリックが保育園に駆けつけるのだが、すでに娘が行方不明になっていた・・・。 ルンドの逃走と犯罪、フレドリックの苦しみと悲しさ、犯人を追いかける警察、さらに刑務所内での憎悪という、4つの物語が並行して進んでいく。全500ページの内、300ページほどでルンドとフレドリックの関係、幼女殺害事件は終止符が打たれるのだが、残りの200ページで犯罪と処罰に関する極めて重い問題が提起される。被害者側の報復感情は、どこまで許容されるのか? 目には目を、報復的処罰は正義なのか? 犯罪に対する厳罰化が当たり前のように声高に語られる現代の日本にも通じる救いのなさと怖さが、恐怖感を生む。 シリーズ第1作だが、グレーンス警部たちが主役ではなく、またキャラクターも確立されていない。従って、グレーンス警部シリーズというより単発の社会派ミステリーとして成立しており、北欧ミステリーファンには安心してオススメできる。 |
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ススキノ探偵シリーズの第5作。ホームのススキノを離れた「俺」が吹雪舞う道北の地で大暴れする、痛快なアクション作品である。
チンピラに袋だたきにされて入院した俺は、入院先で付添婦として働いている昔の恋人に再会した。彼女に「ある人に手紙を手渡してもらいたい」と頼まれた俺は、痛む体をだましだまし道北の田舎町までやってきたのだが、そこで出会ったのは一癖も二癖もある閉鎖的な田舎の地方独特の集団であり、町ぐるみで何かを隠そうとしていた。暴力的に町を追い出された俺は、昔の恋人との約束を果たすべく、吹雪の町に舞い戻るのだった。 全編、俺の毒舌が冴え渡るススキノ探偵シリーズの真骨頂とも言うべき作品。特に、田舎者との噛み合わない会話が絶妙。先入観無しに読んで、たっぷり笑えること間違い無しの傑作である。 シリーズ読者はもちろん、軽快なエンターテイメント作品を読みたい方には絶対のオススメだ。 |
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終戦間際の北海道・室蘭を舞台にした現代史エンターテイメント作品。第72回日本推理作家協会賞、第21回大藪春彦賞を受賞したのも納得の長編アクション小説である。
朝鮮人労働者脱走事件の捜査で朝鮮人の飯場に潜入し、労働者仲間をダマすことで成果を上げた特高刑事・日崎は、室蘭の軍需工場関係者が殺害された事件の捜査に駆り出された。アイヌという出自から仲間の刑事たちに嫌がらせを受けながら「お国のため、天皇陛下のため」と信じて事件の真相を探っていた日崎だが、軍の機密に触れてしまったことから殺人犯に仕立て上げられ、網走刑務所に送られてしまった。そこで出会ったのは、飯場でダマした朝鮮人労働者ヨンチュンだった。当然のことながら、ヨンチュンから恨みを晴らすための報復を受けたのだが、日崎が脱獄計画を持ちかけることで二人は休戦し、脱獄に成功する。その間、室蘭では特高刑事による捜査が進み、やがて「戦況を一変させる軍事機密」にまつわる陰謀が明らかになり、さらに工場関係者殺害の犯人も明らかになった。しかも、犯人は国家滅亡を企てているという。脱獄した日崎は、国家を守るという特高刑事の使命を果たすために命を賭けて計画を阻止しようとした・・・。 アイヌ、朝鮮人などの民族問題、国家と国民の責任、政治とは、権力とはなどなど、現代に通じる深い問題を、警察小説という意匠で骨太に描いた一級品の社会派エンターテイメントである。ミステリーファンに限らず、アクション小説ファン、警察小説ファン、現代史エンターテイメントファンなど、幅広いジャンルのファンにオススメしたい。 |
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2013年に発表された和製ハードボイルド小説。かつて逃げ出した故郷の街に戻った47歳の男が、地元の政治勢力の紛争に巻き込まれながら自分の生き方を自問自答する、出どころの無い私立探偵物語である。
不破勝彦が7年前に逃げ出した棚尾市へ戻ったのは、別れた妻・美里から「不倫の証拠写真が送られてきた。誰が送ってきたのか調べて欲しい」という依頼を断りきれなかったからだった。美里の父、不破の義父はかつてホテルを中心にした企業グループを率いて権勢を振るっていたのだが、ホテルの食中毒事件をきっかけに没落、それに加担したのではないかと疑われた不破は離婚し、追われるように棚尾を逃げ出したのだった。美里の不倫の相手は、次期市長選に立候補予定の男だと言う。現在の棚尾市は、地元マスコミの息がかかった市長に牛耳られており、美里や美里の弟たちは現市長を追い落とすべく画策しているという。しかも、現市長のバックにいるマスコミの社長は不破のかつての上司で、人生の師と仰いでいる先輩だった。否応無く、地方都市の政争に巻き込まれた不破は、事実を探り出すとともに、自分自身の生き方が問われる事態になっていく。 日本のハードボイルドは拳銃などが普通に使われることが無く、暴力やアクションシーンが地味で、その分、主人公の道徳観や倫理観が面白さを左右するのだが、本作はまさにその典型例である。ストーリーの基本部分で、「正義をふりかざす」ことができず、正義のダブルスタンダードに寄りかかって行く。現代的と言えば現代的なのだが、そこのウェットな部分をハードボイルドとしては突き抜けてもらいたかった。 ストーリー展開もスピーディーでキャラクター設定もうまく、読み応えがあり、私立探偵もの、和製ハードボイルドもののファンにはオススメできる。 |
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2016年から一年余り、週刊誌に連載された長編小説。ミステリーと言えるかどうか微妙だが、犯罪がらみのストーリーで多少のサスペンスがあることは確か。
高校入学直前に両親が経済的に破綻し、夜逃げするために父親の弟の家に預けられた真由。父親の弟一家は貧しく、進学が決まっていた私立女子高を無理やり地元の底辺の公立高校に変更させられ、しかも叔父の家族は真由を邪険に扱うのだった。真由は現状から逃避するため渋谷でバイトを見つけ、叔父の家から脱出する算段をつけようとした。しかし、世間知らずの真由は親切ごかしに近寄って来る大人たちの魂胆を見抜けず、惨めな目に遭うことになった。落ち込んだ真由が渋谷をさまよっていたとき、力になってくれたのは、同じように渋谷で放浪しているリオナだった。リオナは、JKビジネスで知り合ったオタクの東大生・秀斗のマンションの一室に真由を誘い、そこにリオナの幼なじみのミトも加わり、三人で隠れ住むようになった・・・。 女子高校生というブランドを頼りに、サメの脳みそとノミのキンタマほどの倫理観とネズミ並の危機察知能力で、ずる賢い大人の欲望と策謀が渦巻く渋谷の街をさまよう少女たちのロードノベルである。ヒロインたちに共感するか、拒否感を覚えるか、好みは大きく分かれるだろう。最近の桐野夏生作品では抜群に読みやすく、ストーリー展開もテンポがいい。ただ、物語のさまざまな背景、伏線らしきものが終盤できちんと回収されず、放り出されたような中途半端さが残る。 ミステリーではなく、風俗ルポ的なエンターテイメントとして読むことをオススメする。 |
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ヤメ検弁護士・佐方シリーズの第1作。誰が犯罪者か、誰が被害者か、練り上げられた構成と明確なストーリー展開で読ませる、傑作法廷ミステリーである。
刑事弁護士・佐方に持ち込まれたのは、ホテルの一室で起きた殺人事件。誰もが痴情のもつれによる単純な事件、被告人は有罪と判断していたのだが、佐方は事件の裏に隠されたものがあると直感し、真実を追究するために全力を振り絞り、裁判の行方は誰もが想像もしなかった方向へ向かうのだった・・・。 最初に犯人と被害者が登場するのだが、名前は伏せられる。その後は三日間の公判を舞台にした裁判劇が繰り広げられ、ところどころに少年が死亡した七年前の交通事故のエピソードが挿入される。当然、交通事故被害者の家族が今回の事件に関係が深いことが予測できるのだが、どういう関係で物語が展開されるのか、なかなか種明かしされず、読者はどんどん引き込まれていく。そして、最後の証人の登場によって、裁判は劇的なクライマックスを迎える。 わずか300ページほどの作品だが、中身が詰まっていて非常に読み応えがある。法廷ミステリーのファンだけでなく、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第8作。イギリスの女性プロファイラー殺害事件と彼女がプロファイリングしていた連続殺人事件をテーマにした、サイコミステリーっぽい警察小説の傑作である。
大勢の海水浴客でにぎわう日曜午後のビーチで、若くて魅力的な女性が殺された。周りにいた人々は誰も事件を目撃しておらず、捜査の手がかりになるはずの証拠はみんな海水に洗われてしまっていた。捜査を指揮する地元警察の責任者ヘンは、苦労の末に被害者エマ・タイソーの身元を割り出し、エマがバース在住だったことからダイヤモンド警視と協力して(ダイヤモンドが押しかけて)捜査を進めることになった。エマが警察上層部の依頼で極秘に、ある予告殺人事件のプロファイリングを行っていたことを知ったヘンとダイヤモンドたちは、正体を見破られることを恐れた犯人がエマを殺したのではと想定して捜査を進めたのだが・・・。 今回は、イギリスでは珍しい予告連続殺人がテーマで、サイコミステリー風味の捜査小説に仕上げられている。しかも、370ページのうち347ページなるまで犯人が分からないという、徹底したフーダニット作品で、犯人探しの興趣をたっぷりと味わえる。前作で最愛の妻を失いどん底に陥ったダイヤモンドだが、徐々に本来の持ち味を取り戻しつつあるようなのが、シリーズ読者としては嬉しい。 イギリスの警察小説の王道を行く作品として、幅広いミステリーファンにオススメしたい。 |
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2017年から18年にかけて新聞連載された長編小説。ミステリーよりも男女の心理的葛藤を描いたエンターテイメント作品である。
湘南の海を望む逗子の高台にある超高級邸宅に住む、現在41歳の塩崎早樹。31歳年上の資産家・塩崎克典と結婚したのは、お互いに伴侶を亡くしたという共通点からであり、決して資産目当てではないのだが、世間は何かと好奇の目を向けて来る。息子に事業を譲り悠々自適の生活を送る克典と、隠棲しているような穏やかな日々に満足していた早樹だったが、元夫の母親から電話があり「(亡くなった夫の)庸介を見た」と告げられたことから、激しく動揺し始めた。庸介は8年前、趣味の夜釣りに出たまま行方不明になり、死体は発見されず、7年後に死亡認定されたのだったが、早樹は庸介がどこかで生きているのではないかという疑惑を拭いきれずにいたのだった。真相を知りたいと思った早樹が昔の仲間たちを訪ねて当時の様子を聞き出そうとしたとき、現われてきたのは、早樹が全く知らなかった庸介の隠された一面だった・・・。 死んだはずの人物の影が現われるという、よくあるパターンの物語で、失踪の謎を解くミステリー要素はきちんと押さえられているが、本筋は「あなたは結婚相手のことをどこまで知っているか?」という問いかけであり、本質的に理解し合えない、他人との生活をどう考え、どう営んで行くのかという、大人のための寓話である。物語の構成も人物設定も巧みで、会話も上手く、ありふれたテーマながらどんどん引き込まれていく。最後の最後、真相が明らかにされるとちょっと違和感があるが、ストーリー全体は緊張感があって読み応えがある。 最近の桐野夏生作品の中では出色のエンターテイメント作品として、多くの方にオススメだ。 |
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前作「乗客ナンバー23の消失」が人気を呼んだドイツのサスペンス作家・フィツェックの日本での新作。舞台を旅客機に移した、前作と同じようなテイストの閉鎖空間タイムリミット・サスペンスである。
娘の出産に合わせてベルリンに向かう飛行機に乗った精神科医クリューガーは、離陸した機内で何ものかから「娘を誘拐した。娘の命を救いたければ、言う通りにしろ」という脅迫電話を受け取った。その指令とは、かつて治療した女性で同機のチーフパーサーであるカーヤの心を破壊し、ベルリン到着までに飛行機を墜落させろというものだった。恐怖に陥ったクリューガーは、ベルリンにいるかつて関係があった女性精神科医フェリに娘を捜してくれるように懇願し、また機内では何とか危機を回避できないかと狂ったように行動するのだったが、ベルリンへの到着までの時間は刻々と少なくなっていくのだった・・・。 飛行中のジェット機と地上での娘の出産という2つの出来事がリンクしながら、タイムリミット・サスペンスを盛り上げる。さらに、登場人物がみな、それぞれの心理的な闇を抱えているというサイコ・サスペンス要素が一層の不気味さを加えて、緊迫感のあるストーリーが展開される。ただ、事件の背景とか動機があまりにも吹っ飛んでいるし、誘拐された娘の出産にまつわる情景描写がグロテスク過ぎるのがちょっと興ざめである。 前作でファンになった方には、前作以上の出来だと自信を持ってオススメできる。また、タイムリミットもの、サイコサスペンスのファにもオススメだ。 |
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2014年に発表された弁護士出身の新進作家のデビュー作。今、アメリカで人気を読んでいる法廷サスペンスシリーズの第一作である。
弁護士から出身校に戻り、証拠論の権威の大学教授として成功していたトムは68歳になった今、妻を亡くし、自身は膀胱がんに冒され、さらに信頼していた教え子の弁護士タイラーの裏切りにあって職を失い、絶望の中にいた。そんなとき、昔の恋人から「事故で死んだ娘一家のために、運送会社を相手どった裁判に協力して欲しい」と依頼された。40年以上も法廷を離れていた上に、自身の体調にも自信を持てなかったトムは、かつて因縁があった教え子で苦労しながら個人事務所を維持しているリックに弁護を依頼し、自らは田舎に隠棲しようとする。嫌々ながら経済的な事情から仕事を受けたリックだったが、運送会社の不正を確信し証拠集めに奔走するものの運送会社側の妨害にあい、しかも相手の弁護士が地元ではナンバーワンといわれるタイラーだったため法廷では窮地に陥った。裁判の大勢が決まり、もはやこれまでとリックが諦めかけたとき、法廷に現われたのは病をおして出てきたトムだった・・・。 正義感に溢れた行動派の若者を知恵のある老人(といっても、68歳だが)がサポートして正義を貫くという、リーガルものではありふれたパターンだが、主要人物のキャラクターが立っているし、悪役が憎らしいほど悪役なので、正義が成就されたクライマックスにはカタルシスがある。主人公が大学フットボールの名選手で、決して諦めない精神を身に付けているというのも、アメリカでは受ける、本作の大きな魅力である。また、法廷闘争がメインだがストーリーがシンプルで非常に読みやすいのもいい。 謎解きやアクションではない、リーガル・サスペンスのファンには絶対にオススメ。さらに、人はいつくになっても甦ることができるというロマンを求める人にもオススメしたい。 |
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2014年に雑誌連載された長編小説。暴力団対応の荒くれ刑事とその部下を主人公に、暴力が支配する世界をコントロールするためにヤクザ以上のヤクザぶりを発揮する刑事の無軌道な活躍を描いたアクション・ミステリーである。
昭和63年、広島県の港湾都市の暴力団係刑事に赴任した日岡は、直属の上司・大上刑事から強烈な通過儀礼を強いられる。それをパスして大上に受け入れられた日岡は、暴力団の懐に深く入り込んで活動する大上の捜査手法に疑問を抱きながらも、徐々に大上の人間性に感化されるようになる。そして、街を揺るがしかねない暴力団抗争事件が勃発したとき、それを阻止するために大上がとった行動は・・・。 まず、物語の冒頭からインパクトがあり、それがエピローグにつながって行く全体の構成が抜群に上手い。小さな地方都市のヤクザ同士の抗争というシンプルな舞台設定ながら、犯人探し、警察内部の権力争い、ヤクザの心情、男の友情など、さまざまな要素が取り入れられており、中だるみすること無く読み進む面白さである。 警察小説であり、またヤクザ小説でもあり、黒川博行「厄病神シリーズ」、逢阪剛「禿鷹シリーズ」などのファンには自信を持ってオススメできる。 |
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ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第7作。よりにもよって、ピーターの愛妻ステフが殺害されるという衝撃的な事件の犯人探しミステリーである。
自分が逮捕したマフィアが有罪判決を受ける場面に立ち会い、満足感に包まれたダイヤモンド警視だったが、裁判所を出たところでマフィアの愛人女性に顔を引っ掻かれ憮然として帰宅した。家でステフから傷の手当を受け、翌朝、気分よく出勤したのだが、上司から忙しくないのなら組織犯罪の捜査に協力するように指示される。これを侮辱と受け取り怒りが治まらなかったダイヤモンドだったが、管轄地域で殺人事件が発生したという報告を受け、喜び勇んで現場に駆けつけた。ところが、頭に銃弾2発を受け倒れていたのは、朝、出がけの挨拶をしたばかりのステフだった。あまりの衝撃に感情を失い、ただひたすらに犯人追及を求めるダイヤモンドだったが、被害者の夫が捜査陣に加われるはずもなく、さらには「第一容疑者」扱いされることになった・・・。 自分の無実を証明するために、ステフの復讐を果たすために、単独で捜査に乗り出すダイヤモンド警視の奮闘という大きな柱に、詐欺師とアラブ人が組んだダイヤモンド搾取事件がサブとして絡んでくる。冒頭での伏線からの見事な回収まで、犯人探し作品としての完成度が極めて高い。さらに、もともとダイヤモンドの個性で続いてきているシリーズだが、本作は特に警察組織の捜査力というよりダイヤモンド個人の推理や調査が力を発揮しており、オーソドックスなフーダニット的な味わいもある。 主人公の妻というだけでなく、シリーズのテイストを作る上でも重要な役割りを果たしてきたステフを消してしまうという、極めて大胆な作品であり、今後のシリーズ展開がどうなるのか興味深い。シリーズ読者には必読である。もちろん、本作単独でも楽しめる作品で、本格ミステリーファンから警察小説ファンまで、多くの方にオススメしたい。 |
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2005年に発表された、村上龍の書き下ろし長編小説。「2011年に北朝鮮の謀略により福岡が占拠される」という設定で、日本社会の脆弱さを鋭く指摘した予言的物語である。
金正日体制の北朝鮮に対する反乱軍という名目の「高麗遠征軍」が福岡に上陸し、福岡ドーム、シーホークホテルを占拠した。実力行使をためらわない兵士たちという直接的な軍事力に直面した日本人、日本政府は現実を見ることを忌避し、自然災害のように過ぎ去ってくれるのを待つばかりで何ら有効な行動をとることができなかった・・・。 東日本大震災や福島原発事故を経験し、最近の国際情勢への対応を見る今、2005年時点で日本の弱さを読み切っていた村上龍の先見性に驚かされる。さらにエンターテイメント作品としても一流で、ミステリーファンにとどまらない、多くの人にオススメしたい作品である。 |
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