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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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「点と線」と同時期に発表された、松本清張初期の長編。いわゆる「社会派推理小説」分野を確立することになった記念碑的作品のひとつと言える。
時代は1950年代後半、日本は経済の成長が著しく戦後の混乱から脱すると同時に、復古の動きもみられるようになっていた。某企業会計課次長の萩崎竜雄は、勤務先が手形詐欺に合い、尊敬する会計課長が責任を取って自殺したことに衝撃を受け、報復のために犯人探しに乗り出す。しかし、素人ひとりでは思うに任せず、友人の新聞記者の助けを得ることにしたが、なかなか真相にたどり着くことができなかった。一方、別の殺人事件から捜査を始めた警察も、捜査を進めるうちに手形詐欺の背景に迫ることになっていた。素人探偵二人は、警察より早く真犯人をとらえることができるのか? 経理部門の企業人、新聞記者、闇金融業者、バーテンダー、弁護士、黒幕の右翼などの登場人物も、東京駅、銀座や新宿の夜の街、競馬場、中央線沿線や信州の片田舎などの舞台もきわめて強い存在感を持っており、読み進めるにつれて引き込まれていった。 トリック中心のマニアックな推理小説からリアリティのある推理小説へ、そのための人間性と社会性の重視へという、松本清張の主張が十二分に発揮された構成とストーリーで、半世紀を過ぎた現時点の基準で見ても非常に高く評価できる。 ただ、当時の社会状況を知らない、若い世代の読者には理解しにくいというか、良さが分かりにくいだろうと思う。 |
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中学受験を控えた子供たちの夏合宿のために湖畔の別荘に集まった、並木俊介・美奈子夫妻を含む4組の家族と塾講師のもとに、若い女性が訪ねてきた。ところが、彼女は並木俊介の部下で愛人だった。その晩、彼女と会うための時間を無理矢理捻出した俊介だったが、結局会うことが出来ず別荘に戻ってみると、自分たち夫婦の部屋には殴殺された愛人の姿があった。驚愕する俊介に、美奈子は「あたしが殺したのよ」と呟いた。警察に連絡しようとした俊介だったが、子供や家庭への悪影響を心配する他の2組の夫婦に説得される形で犯行を隠蔽することになる。果たして、彼らは殺人事件を無かったことにすることが出きるのだろうか?
子供が受験生仲間というだけの4組の夫婦が、子供のためとは言え、殺人事件を隠蔽するという設定が、まずはあり得ない。と思うのだが、さすがは東野圭吾、読み進める内に「そういうこともあるかも」と渋々納得させられてしまう。前半は隠蔽工作のあれこれのサスペンスが中心だが、後半では事件の真相に疑問を持った俊介が真犯人を探すというミステリーが中心となり、読者の意表を突く犯人と動機が明らかになる。 非常に緻密な構成で、全体を通してフーダニット、ワイダニットのミステリーにふさわしい緊張感がありながらとても読みやすく、幅広くオススメできる作品だ。 |
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カーソン・ライダー刑事シリーズの第5弾。巻末の「解説」にもある通り、カーソンが実兄・ジェレミーの呪縛から解放され始めた、シリーズの転回点となりそうなモニュメンタルな作品だ。シリーズ作品なので第一作「百番目の男」から読み始めるに越したことはないが、本作だけでも十分に楽しめる上質な社会派ミステリーである。
自宅前で早朝の釣りを楽しんでいたカーソンとハリーの刑事コンビは流されてきたボートの中で瀕死の赤ん坊を発見し、救助する。ボートがどこから流されてきたのかを探していた二人は、ボートが海に押し出されたと思われる場所で住宅の焼け跡と銛で刺殺された焼死体を発見するが、自分たちの管轄外だったため、地元警察に捜査をまかせることになる。 一方、救助された赤ん坊が病院から誘拐されそうになり、犯人はその場で射殺されるが、背景には何らかの組織の存在が疑われた。また、過激な人種差別発言で人気を集めていた極右の有力説教師がSMプレイ中に変死しているのが発見され、カーソンとハリーが捜査を担当する。無関係に見えた二つの事件だが、捜査を進めるに連れて、同じ根から発生していることが明らかになって行く。 事件の背景となっているのは、今なおアメリカの病巣といえる人種差別で、それを育み維持しているディープサウスの原理主義キリスト教を基盤とする保守主義に対する作者・カーリイの激しい怒りがヒシヒシと伝わってくる。ヘイトスピーチが取り上げられることが多くなった日本の現状を考えると、作者の怒りは他人事ではない。 そうした社会的な評価は別にしても、ストーリー展開の早さ、最後のどんでん返しなど、サスペンスフルなミステリーとして非常に優れており、多くの人にオススメできる作品だ。 |
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「野蛮なやつら」の三人、が主役だが、今回は彼ら三人の家族史と南カリフォルニアのヒッピーから現代に至る反体制的気質および大麻から始まる麻薬戦争の歴史が絡む、40年の物語になっている。
ベンとチョンが運営している大麻製造販売組織が商売敵から妨害を受け、反撃に出たところ、麻薬取締機関をも巻き込んだ、組織の存亡をかけたトラブルにまで発展してしまう。ストーリーのメインはベンとチョンによる戦いだが、その背景にはベン、チョン、Oの家族の歴史が隠されていた。 ヒッピー文化に陰りが見え始めた1960年代後半からの40年、南カリフォルニアでは、反体制の象徴だった大麻はLSD、コカインへと変化し、それを扱う者もヒッピー崩れやサーファーから犯罪集団、メキシコのカルテルと組んだ国際麻薬密売組織へと変化して行く。その過程で、かつてのヒッピーやサーファーがどのような変貌をとげてベン、チョン、Oにつながって行くのかが読みどころ。ボビーZ、フランキー・マシーンなど、ウィンズロウの他の作品の登場人物が友情出演で顔を見せるのも、ウィンズロウ・ファンには楽しめるポイントだろう。 |
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某有名作家の別名フィリップ・カーターのデビュー作。その作家名は公表されていないが、ロバート・ラドラムとの共通点を指摘する声(ラドラムは2001年に死亡しているため、ありえない話だが)も多いそうだが、さもありなんという疾走感あふれるアクション小説だ。
サンフランシスコでホームレスの老女が殺害された事件。その一年半前にテキサスで、ある男が死んだこと。1937年シベリアの強制収容所からの男女の脱走。一見、何の関係もなさそうな三つの出来事が、殺害されたホームレスの孫娘・ゾーイを軸にして縒り合され、アメリカからヨーロッパを縦断してシベリアに至る壮絶な追撃戦が展開されることになる。その中心となるのが「骨の祭壇」で、ゾーイは殺された祖母からの手紙で「骨の祭壇の守り人」に指名されていた。「骨の祭壇」とは、何か? どこに存在するのか? 何も分からないまま「骨の祭壇」を探し始めたゾーイに、ロシアンマフィア、元KGB、謎の富豪などさまざまな背景を持つ殺し屋が、次々と襲ってくる。果たしてゾーイは無事に「骨の祭壇」の謎を解き、在り処を発見できるのか? ゾーイと、彼女を助ける元特殊部隊員・ライの獅子奮迅の働きによって、シベリアの少数民族が守り続けてきた秘密が明らかにされるだけでなく、現代アメリカ史の謎になっているケネディ大統領暗殺、マリリン・モンロー死亡の真相までもが明らかにされる。まあ、はっきり言って非常に出来が良いB級アクション作品で、ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーとかで映画にすれば受けそうな感じがした。 気になる作家の正体だが、ダン・ブラウン、スティーブン・キングなどの超大物の名も取りざたされているという。読後の直感に従えば、ジェットコースター的な展開はジェフリー・ディーヴァーかと思うし、ヒロインの気性の起伏の激しさを考えるとデニス・ルヘインも候補に挙げておきたい気がする。 銃撃戦やカーチェイスがお好きな方におススメする。 |
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フィンランドではシリーズ開始以来20周年を迎え、すでに12作品が発表されていて知らぬ人のいないという人気ミステリー「マリア・カッリオ」シリーズ。元シリーズでは5作目、日本では第2作目(第1作は未読)となる本書は、フィギュアスケートのスター選手殺人事件という、いかにもフィンランドな作品だ。
ショッピングセンターに駐車した車のトランクから、若手のホープとして期待されている女子フィギュアスケート選手・ノーラの死体が発見された。かつてノーラの母親と同棲し、現在ではストーカー行為を繰り返している男が有力な容疑者と目されるが、捜査を進めるにつれて、ノーラを取り巻くスケート関係者にも容疑がかけられてくる。本シリーズのヒロイン・マリア巡査部長は妊娠7ヵ月の身重にもかかわらず、全身全霊をかけて捜査に取り組んでいく。 殺人事件の真相はそれほど複雑なものではないが、フィンランドのフィギュアスケート界の事情、ロシアとの関係、警察内部の人事を巡る駆け引きなど、バックグラウンドの構成と描写が巧みなので、最後まで飽きることなく読めた。エピローグでマリアが女の子を出産したため、シリーズは今後さらに人間味にあふれた展開になっていくことが予想されるが、果たしてどうだろう。 それにしても、最近の北欧ミステリーブームはとどまるところを知らず、ついにフィンランドのミステリーまで紹介されるようになった。その最大の理由は、物珍しさではなく、すぐれた作品が続々と出てくるところにあると、改めて確信した。 |
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東野圭吾の初期長編。文庫の解説によれば「謎解き、犯人探しの意外性だけではない、別のタイプの意外性」を追求した作品だという。
ある地方の大手電機会社の社長・瓜生直明が死亡し、後継に瓜生家とはライバル関係にある須貝家の総帥・須貝正清が就任したが、ジョギング途中に殺されるという事件が発生した。しかも、殺害に使われたのは、瓜生直明がコレクションしていたボウガンと毒矢だった。ボウガンを入手できる可能性がある人物は限られている。捜査陣の一人として関わっている和倉勇作は、前社長の長男・瓜生晃彦が犯人ではないかと疑いながら捜査を進める。実は、勇作と晃彦の少年時代には浅からぬ因縁があった。 謎解きミステリーの本筋は殺人事件の犯人探しだが、解説にもある通り、作者の狙いは勇作と晃彦の関係の意外性、秘められた謎の解明に力点が置かれている。子供の頃からお互いに意識し合ってきた二人が、刑事と容疑者として対峙したとき、そこにはどんなドラマが生まれるのか? 謎解きの面白さを追求した本格ミステリーとしても合格点の内容だが、それ以上に人間関係の妙味で読ませていく。二人に深く関係する晃彦の妻・美佐子との関係性などに若さ故の深みの無さを感じるが、ヒューマンドラマとしてもぎりぎり合格点だろう。最後の一行を読み終えてから序章を再読したとき、さまざまな伏線が周到に張り巡らされていることに気づかされ、現在大きく花開いている東野圭吾の才能のほとばしりを見た気がした。 |
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2012年のスティール・ダガー賞受賞作。さすがにイギリスのスパイ小説の伝統を受け継ぐ、今最も注目の本格スパイ小説の旗手と言われるチャールズ・カミングだけあって、謎解きと駆け引きの面白さを堪能させてくれる。
ある事情からSIS(MI6)を追放され自堕落な日々を送っていたトム・ケルに、SISの高官から仕事の依頼が入ってきた。それは、近々、女性初のSIS長官に就任する予定のアメリア・リーヴェンが行方不明になっており、行方不明が公表されれば一大スキャンダルになるため、内密に探して欲しいという、驚くべき依頼だった。組織のバックアップが限定的にしか受けられない中、トム・ケルはアメリアが姿を消した南フランスに飛び、アメリアの跡を追跡し始める。そこで出会ったのは、アメリアの隠された過去と現在の国際情勢が絡み合って生まれたスパイ戦争だった。 主人公のケルは、これまでスパイ活動中に拳銃を使ったことが無いという、根っからの文官で、鋭い観察力、分析力で国際的な陰謀を暴いて行く。まさにジョン・ル・カレを思わせる、人間臭いスパイ小説で、派手なアクションはなくとも、しっかりしたストーリー構成と味のあるキャラクター設定で読み応え十分。イギリスのスパイ小説は健在だと感心させる傑作だ。 |
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作者は、ロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズを引き継いでいる実力派作家とのこと。そういわれれば、現代風のソフトなハードボイルドの雰囲気が似ているかな? しかし、本作の舞台はスペンサーが活躍するボストンやニューイングランドではなく、ディープサウスのミシシッピー州の片田舎ということで、全体にウェスタンっぽい活劇調に仕上がっている。
主人公・クウィンは、陸軍レンジャー部隊の現役で、田舎町の保安官だった伯父の葬儀のために故郷に帰った来たが、伯父は自殺だったと聞かされる。さらに、残された伯父の地所は借金の片として奪われようとしていた。この話に納得がいかないクウィンは真相を探り始めるが、世間の繁栄から取り残された南部の田舎町は狭い人間関係と欲望の網にとらわれ、善悪が入り乱れた複雑な様相を呈していた。 ミステリーというには謎解きの要素は少なく、ハードボイルドというには主人公が純粋過ぎる感じで、このあたりはスペンサー・シリーズに通じるところがある。武装してコンビニに立てこもった悪人グループに、主人公や保安官、街の住人たちが銃を取って立ち向かうクライマックスは、ウェスタンそのもの。全体を通して「帯に短かし襷に長し」な印象を拭えなかった。 |
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「クリスティと人気を競った英国本格派」で、1930〜50年代に71作もの長編を書いた人気作家とのことだが、まったく初めて目にする作家名、作品名だった。本作は、ロラックの主要作品である「マクドナルド首席警部シリーズ」の一冊で、本邦初訳とのこと。
事件は、マクドナルド警部が自分の車にメフィストフェレスの衣装をまとった男の死体が乗せられているのを発見するという、派手な幕開け。しかし、その後の捜査は、地道な聞き込みと鋭敏な推理力で複雑な人間関係の謎を解いて行く、英国本格派ミステリーの王道のような展開で、さまざまな伏線が張り巡らされた(もちろん、あとから気付くのだが)エピソードも続出して、ミステリー好きの興味をかき立てる。 冷静沈着でありながら、鋭い観察力で相手の心理を読んで行くマクドナルド首席警部は、間違いなくイギリスの警察小説の伝統を築いた一人だろう。派手なアクションより、地道な推理を楽しみたい方にオススメだ。 |
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北欧ミステリーに、また新たなヒロインが誕生した。あの「ミレニアム」と北欧のミステリー賞を争ったというだけのことはある、傑作ミステリーだ。
旧友に頼まれてコペンハーゲン駅のロッカーに荷物を引き取りに行った看護師・ニーナが取り出した重いスーツケースには、裸の男の子が入っていた! という衝撃的な幕開けから、旧友の殺害、犯人からの男の子の保護と身元の割り出し、犯人との対決と問題解決までが、わずか一日半ほどの間に展開されるというスピーディーかつ緊迫したストーリーで、途中、だれるところがない、一気読みの面白さだった。 警官でもない、私立探偵でもない、普通の女性が子供を守るために獅子奮迅の活躍をするというのは、比較的良く見るパターンではあるが、本作では、ヒロイン・ニーナと子供が血縁ではないことと、スーツケースに入れられていた子供の実母もまた、子供を取り戻すために必死で動き回ることで、ストーリー展開に厚みが増し、新しい面白さを感じさせた。さらに、登場人物の数が少ないのでキャラクターをきちんと造形しているにもかかわらず人間関係が複雑ではなく、ストーリーを追うことに集中できるのも、読みやすさの要因だろう。 犯人像や逃亡劇のスリリングさには多少の物足りなさを感じるが、共著者が二人とも女性だということもあり、ニーナ、子供の母親をはじめとする女性たちの描き方の上手さが、物足りなさを十分に補っていると言えるだろう。 |
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北海道と四国を合わせたほどの島国で、人口はわずか32万人! 北欧5ヶ国の中でも、一般の人には一番印象が薄いと思われるアイスランドのミステリーが読めるのだから、最近の北欧ミステリーブームには感謝するしかない。
物語の始まりは、住宅街の一画の半地下アパートに住む老人がガラスの灰皿で殴り殺されていたこと。物色されたり証拠隠滅を図った形跡が無く、麻薬中毒者の場当たり的な犯行かと思われたが、死体の上には「おれは は あいつ」と書かれたノートの切れ端が残されていた。レイキャビク警察の捜査官・エーレンデュルは、被害者の机の奥に隠されていた、墓石を写した古い写真を発見したことから、被害者の老人の過去に犯行動機が隠されているのではないかと捜査を進めることにした。 主役のエーレンデュル捜査官は、20年前に離婚して以来一人暮らしの中年男。息子はアルコール依存症で少年更生施設への入退所を繰り返し、娘は薬中で金をせびる時しか顔を見せないという、崩壊家庭状態。同僚にはちょっと煙たがられながら、信頼もされているベテランで、地味でオーソドックスな捜査を粘り強く実行して行くのが持ち味といえる。そして、古い記録と記憶のかすかなつながりをたどってきた捜査陣が行き着いのは、40年間隠されてきた「過去の忌まわしい出来事」だった。 「派手な銃撃戦もカーチェイスも似合わない街」レイキャビクのミステリーは、あくまでも人物と人生が主役で、重くて暗いけど、読む者を引き付けて放さない迫力に満ちている。アクションよりサスペンスを好む読者にはオススメだ。 |
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ジェフリー・ディーヴァーの初短編集。16作品、580ページほどの分厚い文庫本だが、とにかく楽しめる作品ぞろいで一気読みしてしまった。
もちろん、長編作品のようなお得意の「ジェットコースター」的な展開はないが、どの作品をとっても「捻り」が効いていて、読者を驚かせよう、喜ばせようという作者の熱意がひしひしと感じられる。読者はきっとクリスマスの朝、お菓子がいっぱいに詰まっている長靴を見つけた子供の気持ちになれるだろう。 |
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あの傑作「解錠師」のスティーヴ・ハミルトンのデビュー作。「私立探偵になりたくなかった私立探偵」シリーズとして、現在までに10冊が刊行されている(日本語訳は1~3作が既刊)らしいが、日本では2000年に出版され一度絶版になっていたものが、「解錠師」のヒットを受けて新版として再登場したといういわくつきの作品だ。
「私立探偵になりたくなかった私立探偵」アレックスは、元デトロイト市警の警官だが現在は、カナダ国境に近いミシガン湖畔の静かな町で父親が残した狩猟用貸ロッジの管理人として生計を立てている独り者。ロッジ管理人で十分に満足しているのだが、知り合いの弁護士に頼み込まれ、しぶしぶ探偵仕事を引き受けたことから、連続殺人事件に巻き込まれることになる。 アレックスには、14年前、警官時代に拳銃で襲われた時の銃弾がひとつ、摘出されないまま心臓のそばに残っているという体の傷とともに、襲撃され、相棒が殺害された現場で血の海を見たときの恐怖がトラウマとなって残っていた。そんなアレックスをあざ笑うかのように、州刑務所で服役中のはずの襲撃犯・ローズから「自分が連続殺人に関係している」という不気味な電話や手紙が届き始める。果たして、ローズは脱獄したのか? あるいは誰かがローズに成り替わっているのか? 「服役中の犯人からの脅迫」というのは、これまで何度か目にしたパターンで、スティーヴ・ハミルトンはどういうトリック(仕掛け)で驚かせてくれるのか興味津々だったが、予想を裏切る展開で最後まで謎を明かさずに引っ張ってくれた。 メインのストーリー、登場人物のキャラクター、謎解きの面白さ、情景描写の巧さなど、どれをとっても合格点で、デビュー作とは思えない上手さを感じる作品だが、ぜいたくを言えば“整いすぎている”感が否めない。多少の破たんはあっても、もっとインパクトがある方が好ましい。そこが、3作目までで翻訳がストップしている理由かなと思った。 ハードボイルド、サスペンスより抒情重視の読者におススメかな? |
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酒とギャンブルで身を持ち崩し、退職の瀬戸際に追い込まれた刑事が企んだ、起死回生の秘策とは?
ロンドンの高級住宅地で一人暮らしの大富豪の男性が行方不明になった。捜査を担当することになったベルシー刑事は、豪邸内の食料や酒をいただくばかりでなく、誰もいないのをいいことに寝泊まりし始め、さらには現金やキャッシュカードを使い、家財道具を売り払うことまでするようになった! これだけでもとんでもない悪党だが、さらに富豪に巨額の隠し財産があるらしいことを発見し、財産と身分を乗っ取って海外に逃亡しようと企てる。 いや〜、とんでもない悪徳警官がいたものだが、このベルシー刑事はなぜか自分の身の安全より事件のなぞの解明に心を奪われるようで、財産乗っ取り&海外逃亡計画と並行して、富豪の行方不明の追求にも身を入れ、とうとう自分の命まで狙われるようになる。果たして、ベルシーは富豪に生まれ変わって、大金とともに無事に海外逃亡できるのか? まずなにより、刑事でありながら犯罪者という、主人公の設定が面白いし、キャラクターの設定も上手だと思う。さらに、富豪の行方不明に絡む謎解きもしっかりした構成で、ミステリーとしての完成度も高く、これがデビュー作という作者の力量に感心した。 それでも評価を「7」にしたのは、文庫本で600ページという長さがマイナス。これが400〜450ページぐらいなら、もっと緊迫感のある作品になっていただろうと思うと、ちょっと残念。 それと、これは作者には関係ないことだが、表紙のイラストが「フロスト警部」シリーズと同じイラストレーター、同じタッチなのが、非常に残念。「早川さん、これは無いよ!!」 |
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ドイツの実力派ミステリー作家の最新作。とはいっても、著者フライシュハウアーはこれまで日本では一冊しか翻訳されておらず(それも2002年に出版)、実質的には本邦初登場と言えるだろう。こうした作家の新作が読めるのは、現今の北ヨーロッパミステリー・ブームのおかげと言えるかもしれない。
物語の発端は、ベルリンの廃墟ビルで凍った女性の胴体が発見されたこと。しかも、死体は頭部が切断され、山羊の頭に付け替えられていた。さらに同じ夜に、今度はナイトクラブの掃除用具置き場から異様な演出を施された羊の死骸が発見され、羊には死体から切り離されたと思われる腕が隠されていた。これは果たして、連続猟奇殺人事件の始まりなのか? ベルリン州警察のツォランガー警視正が率いるチームが捜査に乗り出すが・・・。 同じころ、兄の自殺に疑問を抱く若い女性が、真相究明を求めてツォランガー警視正に面会を求めてくる。さらに、ドイツの大物銀行家の娘が誘拐される事件が発生した。一見、無関係に見える三つのエピソードが複雑に絡み合い、捜査が進むにつれて東西ドイツ統一を背景にした驚くべきドラマの真相が見えてくる。 「羊たちの沈黙」を想起させる異様な幕開けで、サイコパスものかと思って読み進めると、ストーリーは二転、三転し、ドイツ統一に絡んで発生した金融スキャンダルの告発、さらにはドイツとは何か、ドイツ人とは何かを問う社会派ミステリーとして完結する。 途中、「これは掟破りでは?」という展開になり、頭の中に?マークがいくつも浮かんだが、最後にはきちんと説明を付けてくれた。 ネレ・ノイハウス、クッチャー、フォン・シーラッハなど多士済々のドイツ・ミステリー界に、また新たな実力派が加わったのは間違いない。 |
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コペンハーゲンの女性刑事ルイース・リック登場。デンマークでは人気を博しているシリーズで、本作はシリーズ第2作に当たるが、日本語では初お目見えとなった(英訳されているのも、第2作、3作のみ)。
出会い系サイトで知り合った男とデートした女性が激しい暴力を受け、瀕死の状態で発見された。事件を担当することになった殺人捜査課の刑事・ルイースは、心を開こうとしない被害者、少ない物証に苦労しながら捜査を進めるが、捜査が進展しないうちに第二の事件が発生してしまう。警察は事態の拡大に苦慮しながら、サイバー空間での捜査と現実社会での捜査を重ね合わせて、地道に犯人を追いつめていく。そして判明した犯人とは・・・。 犯罪捜査だけに限れば、まあありきたりな部分が多く、さほど目新しくもないし、スリルに満ちているわけでもない。しかし、それでも読ませるのは、30代後半、独身(パートナーあり)、刑事としてはタフでクールでカッコいいが、私生活ではさまざまな悩みを抱えているルイースの私生活が丁寧に描かれているからと言える。最近の北欧ミステリー・ブームは目覚ましく、新たなヒーロー、ヒロインが続々と紹介され日本でも人気を呼んでいるが、本作のヒロインもまた人気を呼ぶことだろう。 シリーズ2作目ということで前作のエピソードにちょっと触れられたりしているが、前作を読んでいないと分からないという部分はまったく無いので、ご安心を。 |
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死神を主人公にした作品6編で構成された連作短編集。それぞれ独立した作品として成立しているが、ある作品の登場人物やエピソードが、あとの作品でストーリーのポイントになっていたりするので、最初から順番に読むことをおススメする。
主人公の死神は、ある人が死を迎えるべきか否かを判断する重要な役割でありながら、たいていの場合は死を迎えるのが「可」と結論付けるし、その判断基準もきわめてあいまいで個人的で、「生と死を分ける」にしては緩いキャラクターといえる。半面、生きることにも死ぬことにも執着しない、ある意味ピュアな性格で、その言動は巧まずして人間社会の矛盾やあいまいさ、いい加減さをあぶりだしてゆく。死神とかかわりを深めるにつれて、判定を下される側の人間の本質がだんだん露わにされ、読者は普遍的な人間性について考えさせられるようになってくる。ミステリーというよりは、明るい人情話と言った方が妥当だろう。 死神は、情報部からのデータを頼りに判断対象に接触する“調査部員”という身分だった! あるいは「ミュージック=音楽」が大好きで、CDショップに入り浸っては試聴機のヘッドホンを装着している、あるいは人間界に来るときには様々な年齢や外見に自由自在に変身できる、あるいは死神が人間に素手で触ると、たちどころに人間は意識を失い、寿命が一年縮まる、などなど。読み進めるほどに死神の謎がどんどん明かされていくのが、なんとも面白かった。 |
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スウェーデンで人気が高い女性弁護士レベッカ・シリーズの第一作。北欧の中でもひときわ厳しい自然環境で暮らす北極圏の町と人の閉塞感が良く描かれた、いかにも北欧ミステリーらしい作品だ。
首都ストックホルムで税務弁護士として働いているレベッカのもとに、北極圏にある故郷キールナでの殺人事件のニュースが届く。被害者となった説教師の青年はレベッカの古い知り合いで、死体を発見した被害者の姉でレベッカの親友でもあったサンナが助けを求めて電話してきた。苦い思い出が残る故郷を捨ててきたレベッカは最初は協力を拒否するものの、古いしがらみにとらわれて徐々に事件に巻き込まれ、サンナが犯人として逮捕されたことから弁護人として真相究明に奔走することになる。 事件の背景になるのは、極北の小さな町における教会を中心とした閉鎖社会のドロドロした人間模様。宗教と共に生きる生活の平安と愚かさが、21世紀の今なお根強く支配しているコミュニティーの様相がリアルに描かれている。 犯行の動機や態様、犯人判明のプロセスなど、ちょっと物足りないところもあるが、人物描写、背景描写にすぐれているので非常に面白く読むことができた。またひとつ、今後が楽しみなシリーズと出会えたと言える。 |
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トラベルミステリーの古典というか、時刻表トリックの傑作として名高い「点と線」。東京タワーも新幹線も夢のまた夢だった、半世紀以上前に書かれた作品だが、今読み返しても十分に楽しめた。
本作のポイントは、時刻表を使ったアリバイ作りと警察によるアリバイ崩しのプロセスで、鉄道のダイアグラム図上のトリックと、捜査陣の頭上の謎解きのどちらが勝つか? 事件解明のための伏線やヒントも丁寧に書かれていて読者も謎解きに参加できる楽しさがあった。ただ、時刻表トリックに力を入れ過ぎており、犯罪の実行や動機に関する部分はちょっと物足りなさを感じたのも正直なところ。これはおそらく旅行雑誌「旅」での連載であったことが大きな影響を及ぼしたのだろう。 事件の背景が中央官庁と業者の癒着というところが社会派・松本清張らしさで、事件関係者の行動心理の分析の鋭さは、まさに面目躍如と言える。 |
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