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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 701~720 36/57ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.437:
(8pt)

良くできた大人のお伽噺

前作「秘密」で日本での人気を確立したオーストラリアの女性作家の最新作。1930年代と現在を行き来しながら謎を解く、ゴシック風味のミステリーで、「大人のお伽噺」という訳者あとがきに出てきた言葉が、本作品の本質を的確に表現している。
母親に置き去りにされ、一週間、部屋に閉じ込められていた少女が発見された事件で、「育児疲れの母親が家出した」という結論での捜査打ち切りに納得できなかった刑事セイディは、新聞記者に内部情報を漏らすというタブーを犯し、上司から強制的に休暇を取らされた。傷心のセイディが訪れたのは、育ての親である祖父が引退して暮らしているコーンウォールの海沿いの小さな街だった。そこでセイディはジョギング中に迷い込んだ森で、打ち捨てられた古い屋敷を発見する。その屋敷「湖畔荘」は、70年前に一歳を迎える直前の男の子セオが行方不明になるという悲劇に見舞われ、その後、放置されたままだった。事件に興味を持ったセイディは古い記録を探し出し、事件の真相を解明しようとする・・・。
息子を亡くした両親から「湖畔荘」を受け継いだアリスは著名な推理小説家でロンドンに在住し、「湖畔荘」を訪れることはなかったのだが、弟であるセオの失踪事件に密かに責任を感じていた。アリスの姉デボラは、第一次世界大戦でPTSDを煩った父がセオを殺害したのではと疑い、そのきっかけを作ったのは自分ではないかと罪の意識に苛まれていた。さまざまに秘密を抱えた関係者が作り出す、複雑なストーリーが解き明かされたとき、その真相は思いがけない結末を迎えるのだった。
最後の最後のエピソードが、「おや、まあ、そう来ましたか」という感じで、まさにお伽噺である。ただ、そこまではきっちりした謎解きミステリーであり、読み応えがある。昔話と現在の諸事情が入り交じり、全体像を把握するまでは読みづらいのだが、下巻になる辺りからはテンポよく物語が展開し、納得がいく結末に治まって行く。
あまり血腥くない、派手なアクションが無い、落ち着いたミステリーを読みたいという読者には、絶対のオススメだ。
湖畔荘 上 (創元推理文庫)
ケイト・モートン湖畔荘 についてのレビュー
No.436:
(8pt)

誰の人生にも現われる、光と陰(非ミステリー)

2007年の柴田錬三郎賞を受賞した短編集。どこにでもいそうな現代人の「家族としての自分」を考えさせる、6作品である。
6作品とも主人公は30代(おそらく)の家庭人。主婦であったり、主夫であったり、夫であり妻である、ごく平凡な平均的な人々である。その日常に、ちょっとした変化が起きたとき、人は思いがけない心境になり、ちょっとドラマチックな出来事が起きたりする。けれども、瞬間的な興奮が冷めると、日常は案外力強く元の状態を取り戻していく。そんな小さな波風を、面白いエンターテイメントに仕上げて読ませてくれる作者の力量は、さすがである。
ユーモラスでハートウォーミングで、しかもちょっとだけ常識を外れたファンタジーを求めている読者には120%のオススメだ。
家日和
奥田英朗家日和 についてのレビュー
No.435: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

みんな嘘つきで、誰も嘘を吐いてない

アメリカではニューヨークタイムズのベストセラーリストの1位を数ヶ月も続け、映画化もされた、大ヒット作。人間が持つ「嫌な部分」をあえてあぶり出した、気分を悪くするけど目が離せなくなるサイコ・ミステリーである。
ニューヨークで雑誌のライターをしていたニックとエイミーの夫妻は、30代半ばにも関わらずネット社会の動きに着いて行けずに失職し、ニックの生まれ故郷であるミズーリ州に引っ越すことになった。ニューヨーク育ちのお嬢様であるエイミーは中西部の田舎暮らしになじめず、不満を募らせているようだった。結婚5周年の記念日に、突然エイミーが行方不明となった。室内に争ったあとがあったことなどから、ニックが重要参考人として追求されることになる。確たるアリバイが無く、疑惑を招くような言動も多いニックは、どんどん追い込まれて行くのだが・・・。
事件の様相は、警察の捜査によってではなく、ニックの告白とエイミーが残した日記によって読者に提示されるのだが、その二つのストーリーにはかなりの違いがあり、真相がまったく見えて来なくなる。夫婦それぞれの主張のどちらが真実なのか? どちらも真実ではないのか? ストーリーが進むほど、読者は真実と虚構の闇に迷い込むことになる。まさに予測不能で、スリリングでサスペンスフルな物語である。
サイコ・ミステリーの一種ではあるが残酷な描写で恐怖感を煽ることは無く、人間が普遍的に持つ心理的な怖さにスリルを覚える作品であり、いわゆる「イヤミス」ファンはもちろん、残酷ではないサイコ・ミステリーのファンにはオススメだ。
ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)
ギリアン・フリンゴーン・ガール についてのレビュー
No.434:
(8pt)

巨匠、衰えず

2017年、86歳になったル・カレが発表した新作長編。なんと、「スマイリー三部作」に決着をつける後日談という、大胆な作品である。
フランスの田舎で隠遁生活を送っていたスマイリーの愛弟子ピーター・ギラムは、英国情報部からロンドンに呼び寄せられ、冷戦時代の作戦で死亡した情報員の遺族から訴訟を起こされようとしていると知らされる。しかも、情報部だけでなく、スマイリーとギラムの個人的な責任も問われるおそれがあるという。作戦の詳細について、情報部から厳しく問いただされたギラムはやむなく、かつて隠しておいた作戦の資料を情報部に渡すことになった。資料に残されていた記録、ギラムや関係者の記憶が重なりあったとき、作戦に秘められていた真実が明らかになった。
手に汗握る情報戦が展開されたスマイリー三部作の裏に、何が隠されていたのか。巨匠は、大昔の作品のプロットや登場人物を巧みに動かしながら、冷戦時代とはまったく異なるスパイ小説を完成させた。情報戦のスリルとは異なる、冷酷で厳しいスパイの哀しみが胸を打つヒューマンドラマである。
スマイリー三部作時代からのファンはもちろん、ル・カレは初めてという読者も十分満足できるだろう。オススメだ。
スパイたちの遺産
ジョン・ル・カレスパイたちの遺産 についてのレビュー
No.433: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

宮部みゆきの「芽」がしっかり見える

1987年のオール読物推理小説新人賞を受賞した表題作を始め、5作品を納めた初期短編集。どれも荒削りながら、のちの宮部みゆき作品に通じる「芽」を感じる個性的な作品揃いである。
5本の中では、表題作の「我らが隣人の犯罪」がミステリーとしての完成度が一番高くて面白い。他の4作品も、それぞれにアイデアや構成の妙があり、新人離れした巧さを感じさせる作品ばかりである。
我らが隣人の犯罪 (宮部みゆきアーリーコレクション)
宮部みゆき我らが隣人の犯罪 についてのレビュー
No.432:
(7pt)

事件捜査より、ボス・オリヴァーが気になる

本国ドイツはもちろん、日本でも人気が高いオリヴァー&ピアシリーズの第5作。日本では、これまで3、4、1、2の順で翻訳刊行されてきたのが、ようやく順番通りになった。
風力発電施設建設会社で夜警が侵入者に殺され、さらに、社長の机の上にハムスターの死骸が置かれているのが発見された。捜査に乗り出した警察に対し、会社の経営陣は非協力的で、何かを隠したがっているようだった。さらに、この会社が計画中の風力発電プロジェクトに対しては、地元で反対運動が繰り広げられていた。ところが、反対派の中も複雑で、仲間内での対立が起きていた。そんな中、プロジェクト予定地を所有する老人が殺害される事件が発生し、老人との喧嘩を目撃された市民運動家の男が犯人ではないかと目された。関係者の誰もが警察に非協力的で何かを隠している中、オリヴァーとピアは地道な聞き込みと心理を読む捜査でじりじりと真相に迫って行く・・・。
風力発電という巨大な利権に群がる政財界、官僚の汚職や陰謀、施設建設がもたらす巨額に目がくらむ関係者の欲望が重なりあい、事件を生み出して行く。という意味では社会派ミステリーだが、本作の力点は親子や家族、恋人関係の複雑さとどうしようもなさにおかれており、オーソドックスなヒューマンドラマである。中でも、捜査を指揮するはずのオリヴァーが女性関係の悩みからほとんど役立たずになって行くのが衝撃的で、事件捜査の展開より、そっちの方が気になった。
主要登場人物たちの変化が興味深く、シリーズ読者には絶対のオススメ。シリーズ未読の方には、ぜひ第1作から順に読むことをオススメする。
穢れた風 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス穢れた風 についてのレビュー
No.431:
(8pt)

ユーモラスな、女性PIものの快作

アメリカでは既に10作が発表されているという人気シリーズの第1作で、本邦デビュー作。凄腕のCIA秘密工作員が主役ながら、最初から最後まで笑わせてくれる、傑作ユーモアミステリーである。
中東で暴れて武器マフィアから命を狙われることになってしまったCIA秘密工作員のフォーチュンは、CIA長官の配慮で長官の姪に身分を偽ってルイジアナ州の田舎町シンフルに身を潜めることになった。小さな田舎町で静かに暮らすはずだったのだが、到着早々、保安官助手には目をつけられ、隠れ家の裏で人骨が発見されたことから、地元の殺人事件に巻き込まれてしまう・・・。
物語のメインは殺人事件の真相解明で、それなりに筋が通ったストーリー展開で楽しめる。しかし、最大の読みどころは、事件解明に積極的に関与してくる2人の老婦人との掛け合いである。とにかく元気いっぱいで、頭も腕も立つ老人たちと凄腕工作員のハチャメチャな活躍が楽しい。
犯人探しとは言え、警察小説ではなく、私立探偵ものの一種、ユーモア系のPI小説である。さらに、女性が主人公のPIものだが、ウォーショウスキーやキンジーなどとは異なり、アクション場面もユーモラスである。
笑えるミステリーが好きな人、例えばカール・ハイアセンのファンなどには絶対のオススメだ。
ワニの町へ来たスパイ (創元推理文庫)
ジャナ・デリオンワニの町へ来たスパイ についてのレビュー
No.430:
(7pt)

予想通りのオチだった

スウェーデンのジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビによる「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズの第2作。2005年に刊行され、日本では2009年に翻訳されたた作品が2017年に再文庫化された作品である。
ストックホルムの病院で、激しい暴行を受けて救急搬送されてきたリトアニア人娼婦・リディアが医師と学生を人質に遺体安置所に立てこもるという事件が起きた。別の殺人事件捜査で病院にいて事件に出くわし、現場を指揮することになったエーヴェルト警部は、リディアの要求で同僚のベングト刑事を交渉役として派遣した。ところが、リディアはベングトを射殺し、自らも拳銃自殺してしまう。リディアはなぜ、なんの勝算もない立てこもり事件を引き起こしたのか? 捜査を進めたエーヴェルト警部は衝撃的な事実に直面する・・・。
立てこもり事件と並行して、エーヴェルトの運命を決めることになった凶悪犯・ラングによる暴行殺人の捜査が展開され、二つが微妙に重なりあってエーヴェルトの苦悩は深まって行く。社会的正義とは何か、警察の役割りはどこにあるのか、エーヴェルトは厳しい決断を迫られることになる。
立てこもり事件の終結までの展開はサスペンスがあり、ラングを追い詰める捜査も真に迫ってはらはらさせる。だが、両方の事件が一定の結果を出してからのエーヴェルトの苦悩の部分になると「なんだかなぁ〜」と肩すかしをくらったような気分になった。前に読んだ同じコンビの作品「三秒間の死角」があまりにもレベルが高かったので、期待し過ぎたのかもしれない。
シリーズ作品ではあるが、シリーズとしての骨格がまだ決まっていない感じで、単独で読んでも何の支障もない。北欧警察小説、社会派ミステリーのファンにはオススメだ。
ボックス21 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンドボックス21 についてのレビュー
No.429:
(7pt)

ベトナム戦争時代を引きずった青春小説

1993年から94年にかけて新聞連載された長編ミステリー。93年の殺人事件捜査と69年の青春時代の懐古とが入り交じった、青春小説ミステリーである。
1993年、サンディエゴの公園で北海道余市で果樹園を営む男が射殺された。農業視察団の一行としてアメリカを訪れ、途中から単独行動でサンディエゴにに来たらしい彼は、なぜ人気のない夜の公園で殺されたのか。市警のマルチネス刑事が捜査を担当することになった。一方、被害者の側は、残された妻とアメリカ留学中だった娘だけでなく、高校時代からの親友という3人の男が日本から駆けつけてきた。マルチネス刑事は、被害者の関係者に聞き取りを始めたのだが、妻も友人たちも何かを隠しているようで、全面的に協力的な態度ではなかった。彼らが非協力的だった理由は、1969年のサイゴンでの日本人の爆死事件が絡む、彼らの青春の出来事にあった。
物語は、殺人事件の捜査と青春の懐古の二つの大きな流れで構成されており、それぞれに読みどころがあり、良くできた作品である。ただ、どちらも中途半端になってしまった感は否めない。それでもエンターテイメントとしては十分に成立しており、評価に値する作品である。
北海道の大地が生み出す開放感とベトナム戦争という時代が作った陰が、当時の若者たちに様々な影響を与えたことが窺える。
佐々木譲ファンであれば、失望することはない作品であり、ファンでなくても時代感覚が分かる50代以上の読者にはオススメできる。
勇士は還らず (文春文庫)
佐々木譲勇士は還らず についてのレビュー
No.428: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

犯行は残虐、犯人は小粒?

リンカーン・ライム・シリーズの第12作。現代社会の盲点を突いた犯罪の怖さを見せつけて日常生活に恐怖を覚えさせる、ある意味ホラーなサスペンス大作である。
NY市警のコンサルタントを辞めたライムのもとに持ち込まれたのは、ショッピングセンターでエスカレーター事故に巻き込まれた被害者遺族の損害賠償訴訟への協力だった。これは実は、殺人事件の犯人追跡中に事故現場に居合わせたアメリア・サックスからの依頼だった。安全なはずのエスカレーターで、なぜ予想もしない事故が起きたのか? ライムのチームが原因を探ってみると、これは事故ではなく、仕組まれたものではないか、殺人ではないかとの疑いが濃くなってきた。一方、事故現場で犯人を取り逃がしたサックスの捜査は行き詰まり、それをあざ笑うかのように、同じ犯人による殺人事件が引き起こされた。しかも、エスカレーターによる殺人も同一犯によるものではないかと思われた。日常生活に普通に使われている電子機器を凶器に変える犯行の動機は何か、犯人の意図するものは何か?
毎日使っている装置や道具に、こんな危険が潜んでいるのかと、読んでいる途中で怖くなる。まさに、作者の意図通りの反応をしてしまうサスペンスフルな作品で、いつも通りのどんでん返しもたっぷり仕掛けられており、ハラハラドキドキの度合いは期待通りと言える。ただ、今回は犯人の狂気というか、ねじれ具合がイマイチ。こういうサイコな作品は悪人次第という点から言うと、やや小粒な作品である。
いつものメンバーに、新たに魅力的なキャラクターの新人が加わったし、ライムとサックスの関係にも変化が訪れそうで、次作へ期待を持たせるのも、いつも通り。期待以上ではないが、期待通りに面白い、安定した作品である。シリーズのファンにも、単発で読む読者にもオススメできる。
スティール・キス 上 (文春文庫)
No.427:
(8pt)

家から離れるほど、少年は成長する

2016年度英国推理作家協会の新人賞と最優秀長編賞をダブルで受賞した、アメリカの作家のデビュー作。クライムノベルであり、ロードノベルであり、成長物語であるという解説文の通りの力強いエンターテイメント作品である。
ロサンゼルスのギャングの末端で働いていた15歳のイーストは、組織のボスである叔父から、組織に不利な証言をする予定の証人を殺害するように命じられた。証人がいるのはLAから2000マイル離れたウィスコンシン州で、そこまで車で行けという。組織が同行メンバーに選んだのは、20歳、17歳の少年とイーストの弟で13歳のタイだった。組織と叔父に忠実なイーストは、バラバラな仲間たちに手を焼きながら必死で任務を果たそうとするのだが、思いがけない事態の連続で、心身ともに疲れ果ててしまう。苦労に苦労を重ねた末に任務を果たしたイーストたちだったが、帰り道はさらに過酷な物だった・・・。
ギャングが証人を消すというクライムの部分、2000マイルをドライブするロードの部分、そして15歳のイーストが世の中を知って行く成長物語の部分が様々に重なり、入れ替わり、入り交じり、実に多彩な顔を見せる作品である。最後も「少年は立派に成長しました」という単純なハッピーエンドではなく、作品の深さをあとからじわじわと感じることになる。
三つの側面を持つ作品だが、クライムノベルというより、ロードノベル、成長物語と思って読むことをオススメする。
東の果て、夜へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ビル・ビバリー東の果て、夜へ についてのレビュー
No.426:
(8pt)

シリーズの流れが見えなくなった

カーソン・ライダー刑事シリーズの第9作。邦訳ではシリーズの6作と8作が抜かされているので、7冊目になる。前作「髑髏の檻」がちょっとダレてきたように感じて心配だったのだが、本作は元のシリーズに戻ったような緊張感溢れる作品で安心した。それにしても第6作と8作が何故抜かされたのか?、シリーズ愛読者としては気になるところである。
自転車に乗っていた女子大生、車いすの黒人少年、若い白人男性の介護士が、相次いで殺害された。被害者の社会的属性に共通点は無く、犯行に使われた凶器もバラバラの事件だったが、これは犯人がライダー刑事に挑戦するための犯罪だったことが判明する。市警本部長を始めとする上層部や被害者家族からも「事件を引き起こした』として、いわれなき非難を浴びながら、ライダー刑事は相棒ハリーとともに犯人探しに奔走するのだが、犯人の手がかりはまったく掴むことができなかった・・・。
本作では、これまでのライダー刑事の一人称での語りだけでなく、随所に犯人グレゴリーの語りが挿入されており、犯人探しではなく、警察による捜査と犯行の背景の解明がメインストーリーとなっている。さらに、ライダー刑事の恋愛エピソードが花を添え、サスペンス一辺倒ではないエンターテイメント作品に仕上がっている。また、カーソン・ライダー自身に大きな変化が訪れそうな幕切れになっているのも見逃せない。
犯人の凶悪さが際立っているという点では、サスペンス小説として高ポイントだが、犯人の生い立ちを知ると暗くて重い気分になってしまう。残酷なシーンや嫌悪感を招きかねない描写がいくつもあるので、小説の描写に影響を受けやすい方にはおススメできない作品であり、ことに犯人グレゴリーのパートを読むときは気持ちを強く持って対応することをオススメする。
シリーズの流れに大きく影響しそうな作品だけに、できれば第1作から読むことをオススメしたいが、本作だけでも十分に楽しめることは確かである。
キリング・ゲーム (文春文庫 カ 10-7)
ジャック・カーリイキリング・ゲーム についてのレビュー
No.425:
(8pt)

心まで干上がってしまったオーストラリアの田舎の悲劇

オーストラリアの女性作家のデビュー作。大干ばつに襲われたオーストラリアの田舎町を舞台に、現在と過去の事件が複雑に絡み合う犯人探しミステリーである。
経済事件専門の連邦警察官フォークは、幼なじみのルークの葬儀のために二十年ぶりに故郷を訪れた。大干ばつに見舞われて農場経営に行き詰まり、妻と息子を道連れに無理心中したとされたルークだが、自殺にしてはつじつまが合わないことがあるとして、フォークはルークの両親から事件の真相を探るように依頼された。気乗りはしなかったが、幼い頃から自分を可愛がってくれたルークの両親のために、フォークは地元の警官と一緒に捜査を進めるが、疑惑が深まるばかりで真実は一向に見えてこなかった。さらに、二十年前にフォーク父子が故郷を追われる理由になった忌まわしい出来事が原因で、フォークは地元住民から様々な嫌がらせも受けるのだった。大干ばつの影響で崩壊しかけた田舎町では、過去と現在が影響しあい、人々は互いを傷つけながら生きていた。そんな中、苦労に苦労を重ねてフォークが解き明かした真相は、新たな悲劇につながる悲惨なものだった。
数年ぶりに帰郷した警官(探偵)が事件に巻き込まれ、昔の出来事の真相を発見するというのはよくあるパターンだが、決して陳腐な作品ではない。舞台設定の上手さと伏線になるエピソードのリアリティが物語に躍動感を与え、謎解きミステリーとしても、ヒューマンドラマとしても完成度が高い。本作の成功を受けてシリーズ化が決まっているというのもうなずける。
良質なエンターテイメント作品として、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメできる。
渇きと偽り (ハヤカワ・ミステリ)
ジェイン・ハーパー渇きと偽り についてのレビュー
No.424:
(7pt)

気まぐれの旅のはずが迷宮への旅だった・・・

1966年に発表されたフランスの作品。自分が誰なのか分からなくなるという不条理系のストーリー展開ながら、最後には明確な答えが用意されているサスペンス・ミステリーである。
勤務先の社長から、新車のサンダーバードを空港から自宅まで回送するように依頼されたタイピストのダニーは、ふとした気まぐれから車を無断借用して地中海をめざすドライブに出た。白いスーツにサングラスで派手な車を乗り回しながらダニーは、女王様気分に浸っていた。ところが、理由も分からぬまま襲われて負傷し、さらに行く先々で「あなたを知っている」という人々に出会い、自分のアイデンティティに不安を覚えるのだった。しかも、サンダーバードのトランクに、見知らぬ男の死体が入っているのを発見した。何が起きたのか、自分は誰なのか? ダニーは迷路のような道を歩み、真相を発見しようとする・・・。
謎解きミステリーとしての構成がしっかりしているので、最後にはすべての真相が明らかにされる。明らか過ぎて、現代ミステリーを読み込んできた読者には物足りないだろうが、最後の謎解きまではサスペンスがあって楽しめる。良くも悪くも古典的名作ということである。
古典を古典として楽しめるミステリーファンにはオススメだ。
新車のなかの女【新訳版】 (創元推理文庫)
セバスチアン・ジャプリゾ新車の中の女 についてのレビュー
No.423:
(8pt)

企業小説であり、家族小説でもある

ウェブ連載の7本の連作短編に、単行本化に際して短編1本を追加し、共通テーマで仕上げた長編作品。ミステリーというよりは、筆者お得意の企業活動に絡むクライムノベル系のエンターテイメント作品である。
物語の舞台は、日本を代表する総合電機メーカーの子会社である中堅のメーカー。そこでの営業部、製造部の対立や上下関係、人事での思惑、親会社や協力会社との軋轢など、どこにでもある問題をピックアップしながら、企業活動とは何か、家族、仲間とは何かを問いかけてくる。
7本の短編が、それぞれに完成度が高くて読み応えがある。しかも、8本が連続して、さらに大きなストーリーを構成し、最後まで読者を引きつける強さを備えている。ミステリーとしてはさほどスリリングではないが、企業小説、家族小説としては非常に良くできている。さすが、池井戸潤。幅広い読者にオススメだ。
七つの会議 (集英社文庫)
池井戸潤七つの会議 についてのレビュー
No.422:
(8pt)

警察捜査小説の金字塔、古典的名作である

「警察捜査小説の不朽の名作」という解説の通り、国内外のミステリ・ベストでは必ず名前が出てくる歴史的な作品。
カレッジの一年生で18歳の女子大生が学生寮から失踪した。成績優秀で浮ついたところは無く、家庭内の悩みも無いと思われていた女性が、なぜ姿を消したのか? 警察署長フォードは少ない物証に苦心しながらも、何事にも手を抜かない徹底的な聞き込みと熟考に熟考を重ねた推理で、犯行の真相に迫り、犯人を突き止めるのだった。
最初から最後まで、女子大生の失踪の真実と犯人探しに徹した、まさに「捜査小説」である。1952年発表なので、現在の基準からすると乱暴な捜査だし、犯人の意外性もストーリー展開のスリルもないのだが、警察捜査小説の基本パターンを確立したという点で、古典的名作と評価したい。
失踪当時の服装は【新訳版】 (創元推理文庫)
ヒラリー・ウォー失踪当時の服装は についてのレビュー
No.421: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

主役は星野警部?

「交渉人」シリーズで人気の作者が2013〜14年に雑誌連載した長編ミステリー。「誘拐」の星野警部が7年ぶりに再登場する警察小説である。
7月1日、東京杉並で小学生が誘拐され、切断された頭部が小学校の校門に置かれるという猟奇殺人事件が発生。翌2日、埼玉県和光市の山中で、胸にナイフが刺さった女子中学生の死体が発見された。3日、愛知県名古屋市で、スーパーの駐車場から1歳の幼児が行方不明になり、一週間後に駅のコインロッカーで死体になって発見された。警視庁、埼玉県警、愛知県警がそれぞれ必死の捜査を進めるのだが、犯人の手がかりさえ得られないまま、数ヶ月が過ぎて行った。そんななか、杉並の事件の捜査本部に配置されていた星野警部は、幹部たちの捜査方針に逆らって、相棒になった女性刑事とともに一人の人物を執拗に追いかけていた。そして、東京、埼玉、愛知の3カ所の決して諦めない捜査官たちが出会ったとき、事件の真相が明らかにされるのだった。
3つの事件の捜査が丁寧に描かれた警察小説の王道で、刑事コロンボを連想させる星野警部が中心の物語だが、読み終えてからの印象は犯人の方が主役である。読者には、最初から3つの事件が関係して来ることは予想でき、また犯人らしき人物も容易に想定できるので、犯人探しのミステリーというよりは犯行動機、背景を追求する社会派的な物語である。物語の結末も、現実の事件や世相を色濃く反映している。
映画またはドラマ化すれば面白そうで、その際は星野警部はだれが適役か? そう考えながら読み進めるのも一興である。
贖い(上) (双葉文庫)
五十嵐貴久贖い についてのレビュー
No.420:
(8pt)

衝撃の三部作完結編

スウェーデンの人気警察小説「ショーベリ警視』シリーズの初期三部作の完結編。前2作で積み残されてきたいくつかの疑問が解明され、ある面ではすっきりするのだが、作品のメインテーマは相変わらず重い、典型的な北欧ミステリーである。
フィリピンから移住してきた女性と子供二人の3人が自宅のベッドで殺されているのが発見された。女性はシングルマザーで、スウェーデン人である元夫からの援助は無く、ときどき掃除婦として働いていたというのだが、それにしては自宅は高級なアパートだった。ショーベリ警視のグループが捜査を始めると、女性と親しくしていた男の存在が浮かび上がり、アパートを買ったのも、生活費を援助していたのも、この男ではないかと推測された。大忙しの捜査班だったが、いつもの欠かせないメンバーであるエリクソン警部が無断欠勤し、連絡が取れなくなっていた。人付き合いが悪く、メンバーの中ではいつも孤立していたエリクソンだが、けっして無責任な男ではない。心配になったショーベリ警視は、他のメンバーには内緒でエリクソンの行方を探し始めるのだった。この二つのエピソードが最終的には絡まりあって、ショーベリ班は衝撃の事態に直面することになる・・・。
殺人事件の犯人探し、行方不明になったエリクソンの捜索の二つともスリリングかつ説得力があり、最後まで緊張感を持って読み終えられる。さらに、主要登場人物たちのエピソードもしっかりしていて、シリーズ作品ならではの楽しみもある。
北欧ミステリーファンには自信を持ってオススメできる傑作で、本作品単体でも面白いのだが、ぜひ第一作から順に読むことをオススメしたい。
子守唄 (創元推理文庫)
カーリン・イェルハルドセン子守唄 についてのレビュー
No.419:
(8pt)

機能不全家族の悲哀

ショーベリ警視シリーズ三部作の第2作。スウェーデンに限らず、先進国では共通する機能不全家族の悲哀と地域社会の崩壊を描いた社会派警察小説である。
9月の土曜日の夜、ストックホルムからフィンランドへ向かう観光フェリー上で、背伸びして大人の遊びを楽しもうとしていた16歳の少女が殺害された。日曜日、早朝ジョギング中のペトラ刑事が公園でベビーカーのシートで凍死しかかっている赤ちゃんを発見し、さらに、近くで車にはねられたらしいベビーカーと、頭を殴られて殺されている母親らしき女性が見つかった。同じ頃、ストックホルムの集合住宅の1軒では、3歳の少女ハンナがひとりぼっちになり、不安な思いで混乱して過ごしていた。一見無関係に見えるハンマルビー署に持ち込まれた2つの事件と1つのトラブルは、意外な理由でつながっていた・・・。
警察による事件捜査の進展と並行して、ひとりぼっちにされた少女の救出というタイムリミットのエピソードが進行するので、最後までサスペンスに満ちたストーリーが展開される。犯人が解明されるまでの展開もスリリングで、読み応えがある警察小説に仕上がっている。ただ、事件の背景にあるのは無縁社会とも言われるコミュニティの喪失であり、家族の姿の変貌であるだけに、事件が解決してもカタルシスや爽快感は得られない。
シリーズ作品らしく、前作で積み残された感があったペトラ刑事のレイプ事件に関しても進展があり、腫瘍登場人物たちのキャラクターがさらに陰影豊かになっている。三部作の完結編に期待したい。
パパ、ママ、あたし (創元推理文庫)
No.418: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

これが実話とは! 迫真の犯罪小説

日本でも「三秒間の死角」で人気になったスウェーデンの気鋭の作家が、実際に起きた強盗事件の関係者と組んで書き上げた傑作犯罪小説。文庫本2冊、1100ページ以上の大作なので読み切るには体力が必要だが、それだけの努力が報われる面白さが待っている。
1990年代のスウェーデンで、軍の武器庫から奪った軍用銃を使って現金輸送車や銀行を襲う強盗事件が続発し、彼らは「軍事ギャング」と呼ばれるようになった。その周到な準備計画、冷静な作戦実行ぶりからプロの犯罪者集団と見られていたギャング団だったが、実際に捕まってみると、犯罪歴の無い20代の3兄弟とその友人だった。
彼らはなぜ強盗になったのか、どういう手口で犯行を行ったのかを丁寧に、ダイナミックに、面白く描いて、まるでノンフィクションのような圧倒的なリアリティを感じさせる作品である。強盗の実際がサスペンスフルに描かれると同時に、犯人たちの生い立ちに潜む家庭内暴力の傷を丁寧かつ執拗に追求し、人間が暴力を振るうというより暴力が人間を振り回すようになっていく怖さを描いている。犯罪者にも、被害者にも深い洞察力を発揮しているところが、並の犯罪小説とは異なる、本作の素晴らしさと言える。
犯罪小説、ノワール小説という枠にはとらわれない、幅広い読者にオススメしたい傑作エンターテイメントである。
熊と踊れ(上)(ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド熊と踊れ についてのレビュー