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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1167

全1167件 421~440 22/59ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.747:
(8pt)

老カウボーイがかっこいい、まさに現代ウェスタン

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズで知られるボックスのシリーズ外作品。カナダ国境に近い森林地帯で牧場を営む男の自分の信念をかけた戦いを描いたサスペンス・アクションである。
アイダホ州北部の小さな町に住む12歳のアニーと弟のウィリアムは、森の中で二人だけで釣りをしていて、集団によるリンチ殺人を目撃した。姉弟が目撃したことに気づいた犯人たちは二人を捕まえようとしたのだが、二人は追跡を逃れて森のはずれにある牧場に逃げ込んだ。老牧場主・ジェスが一人で切り盛りする牧場で、ジェスは二人をかくまってくれる。殺人事件を起こしたのは退職して移住してきたL.A.の元警官たちで、姉弟の口封じのために地元保安官に協力を申し出て捜査陣に加わり、捜査の権限を奪ってしまう。丁度その時、8年前にロサンゼルス郊外で起きた強盗殺人事件の捜査に執念を燃やす元刑事・ヴィアトロが町に入り、じわじわと犯人に近づいていた。犯行を隠すためになりふり構わずアニーとウィリアムを追い詰める元警官たちに対し、二人を守ることを決心したジェスは誇りと命を賭けて戦いを挑むのだった。
これはまさに、襲ってくる敵に正面から挑んでいく正統派のウェスタンである。家族を失い、代々受け継いだ牧場も人手に渡る寸前まで追い込まれた老カウボーイが、信念と正義のために戦う一徹さが心を打つ。また、個性豊かな主要登場人物たちもきちんと書き分けられているので非常に読みやすく、感情移入を容易にしている。さらに、ワイオミングと同じ大自然の豪快さも魅力的で、ジョー・ピケット・シリーズに負けず劣らずのすがすがしい読後感が得られること間違いなし。
ジョー・ピケットのファンはもちろん、ウェスタン小説のファン、爽やかなアクション・サスペンスのファンに自信をもっておススメする。
ブルー・ヘヴン (ハヤカワ・ミステリ文庫 ホ 12-1)
C・J・ボックスブルー・ヘヴン についてのレビュー
No.746:
(8pt)

史実に基づく、国際謀略エンターテイメントの傑作

1950年代後半、冷戦下でCIAが実行した秘密作戦をベースに、文化スパイ活動と女性の生き方を華やかに描いた傑作エンターテイメント。デビュー作ながら出版権が200万ドルで落札され、エドガー賞新人賞候補にもなったというのも納得である。
1956年、ロシア移民の娘・イリーナはCIAのタイピスト募集に応募し採用されたのだが、採用された理由はタイピング能力ではなく、スパイの素質を見込まれたためだった。タイピストを隠れ蓑に訓練を受けたイリーナが抜擢されたのは、ソ連では反体制的として出版が禁止されたパステルナークの小説「ドクトル・ジバゴ」を出版し、ソ連の国民に渡してソ連の言論統制の実態を知らせようという作戦だった。
本作のベースとなったのは実際にCIAが実行した作戦で、著者は機密解除された当時の資料を基に物語を膨らませていったという。史実に基づくスパイ物語だけに、様々なエピソードにリアリティがあり、ノンフィクションかと思うほど臨場感がある。さらに、文学の力が体制を変えるという夢を信じた人々の物語として、また作者の愛人となる女性やスパイ活動を担った女性たちの物語としても読みごたえがある。
スパイものだけには終わらない魅力的な現代史エンターテイメントとして、ミステリーファン以外の方にもおススメしたい。
あの本は読まれているか (創元推理文庫)
No.745:
(7pt)

ダークヒーロー・鷹野一彦の作られ方

産業スパイ・鷹野一彦シリーズの第二作だが、「太陽は動かない」で華々しく登場したダークヒーロー・鷹野一彦が誕生するプロセスのお話、つまり三部作のスタートと言える作品である。
沖縄の離島の高校三年生・鷹野一彦は友人にも恵まれた高校生活を送る、一見普通の高校生だが、実はある産業スパイ会社からスタッフとして養成されている孤児だった。学校生活と並行して実技訓練を受けており、18歳になった時点でスタッフとして生きていくか否かの決断をすることになっていた。最後の実技訓練ともいうべき仕事は国際水メジャー企業の日本進出を巡る案件で、先輩と組んで動いていた鷹野は裏切りに合い命の危険にさらされたのだった…。
鷹野が所属する産業スパイ組織・AN通信は身寄りのない子供を長期にわたって訓練して育てているという、なかなか漫画チックな設定なのだが、それを感じさせないリアリティがある。特に前半、鷹野の高校生生活の部分は青春ロードノベルの趣があり、鷹野の過酷な過去との対比で共感を呼ぶ。後半、産業スパイ活動の部分では権謀術策とアクションが華やかで、よくできたコンゲームを楽しめる。
本作だけでは面白さが半減とまでは言えないが、シリーズ全体を読む方がより楽しめることは間違いない。
森は知っている (幻冬舎文庫)
吉田修一森は知っている についてのレビュー
No.744:
(8pt)

ノンフィクションのような語りが成功している

アメリカ警察小説の巨匠がドキュメント・タッチのインタビュー形式での謎解きという新手法に挑んだ警察ミステリー。事件関係者の供述を時系列で並べて臨場感を出すことに成功した、斬新な(1990年発売)エンターテイメント作品である。
米国東部のどこにでもあるような平凡な町・ロックフォードで、一人の女子高校生が殺された。きちんとした家庭のお嬢さんだった少女は、ベビーシッター中にレイプされ殺害されたのだった。当初は、事件当時町に現れた不審な流れ者が容疑者と目されたのだがアリバイが確認された。事件は、この町の誰かが起こしたのではないか? 町は平穏な様相を一変させ、警察への批判、犯罪への恐怖、隣人に対する疑心暗鬼が沸き上がり混迷を深めていく…。
警察が殺人事件の謎を解くというオーソドックスなミステリーだが、事件の経過、捜査の過程を関係者の証言や会議の議事録で再現していくという、実録ものを読むような手法が成功している。事件の背景、犯行動機などは平凡だが、捜査の進展を同時進行で追いかけているようなリアリティがあり、最後までサスペンスが維持される。
警察ミステリーのファンなら読んで損はないとオススメする。
この町の誰かが (創元推理文庫)
ヒラリー・ウォーこの町の誰かが についてのレビュー
No.743:
(7pt)

前半はハラハラするんだけど・・・

2018~19年に週刊誌連載されたものを加筆・改稿した長編小説。老人介護施設での殺人事件をきっかけに、人間の闇の深さを抉り出そうとしたヒューマンドラマである。
琵琶湖の湖畔にある老人介護施設で100歳の男性が人工呼吸器が止まったために死亡した。機械の故障か人為的なものなのか? 警察は女性介護士の犯行を疑い、執拗に追い詰めていく。その過程で出会った刑事・濱中と介護士・佳代は互いの欲望をぶつけ合うことで関係を深めていくようになる。一方、30年前の薬害事件を取材していた週刊誌記者・池田は現場が近かったことから介護施設の事件も取材することになったのだが、殺人事件の被害者は薬害事件に関係がある疑いが出てきた。さらに調査を進めると、薬害事件の背後には満州での731部隊の存在がかかわっているようだった・・・。
介護施設での殺人、薬害事件、731部隊という3つのエピソードが絡み合い、さらに尋常ではない男女の関係性が重ねられ、きわめて複雑な構成の物語である。そのため前半部分ではひりひりするサスペンスがあるのだが、最後にはすべてを放り投げたようなエンディングで、最初に広げすぎた大風呂敷が上手くたためなかったような、肩透かしを食らった感じが残ってしまうのが残念。
「悪人」や「怒り」を超えるレベルではないが、吉田修一らしい悪意を秘めたミステリーとして、吉田修一ファンにはおススメできる。
湖の女たち
吉田修一湖の女たち についてのレビュー
No.742:
(7pt)

トランスジェンダーの素人探偵、しかも19世紀末!

デビュー作にして2019年の英国推理作家協会(CWA)のヒストリカル・ダガー賞候補になったという歴史ミステリーである。ホームズが活躍していた19世紀末のロンドンを舞台に、トランスジェンダーの素人探偵が殺人事件の謎を解くという凝った構成で、歴史ミステリーとしてはもちろん本格謎解きミステリーとしても高レベルな作品である。
ロンドンの解剖医の助手を務めるレオは、運び込まれた死体を見て失神するほど衝撃を受ける。頭を殴られ、テムズ河岸に捨てられていた死体は、レオが愛し、いつかは一緒に生活したいと願っていた娼婦のマリアだったのだ。厳格な牧師の次女・シャーロットとして生まれながら心と体の違和感に苦しみ、15歳で家出してロンドンで男として生きているレオは、その秘密を知りながら偏見なしで接してくれるマリアに、娼婦と客以上の関係を夢見ていたのだった。ショックで仕事を休んでいたレオのもとに刑事が訪ねてきて、マリア殺害容疑で逮捕されたのだが、翌日、名前も知らない有力者の力によって釈放される。マリアのためにも真相を明らかにしたいと願うレオは、なりふり構わず真犯人を追いかけるのだった。
同性愛はもちろん異性装さえ犯罪とされていた時代に、主人公がトランスジェンダーで、常に男性としてふるまうことを余儀なくされているという設定が衝撃的かつユニーク。女であることがバレただけで終わってしまうレオの焦燥感がビリビリと伝わってきて、全編のサスペンスを盛り上げている。また、フーダニット、ワイダニットもきちんと書かれており、本格的な謎解きミステリーとして評価できる。さらに、19世紀末のロンドンの社会風俗も興味深い。
歴史ミステリーだけではない面白さを備えており、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
ハーフムーン街の殺人 (小学館文庫)
No.741:
(7pt)

支点を変えれば世界は変わる、視点を変えれば世界が変わる(非ミステリー)

雑誌掲載の6作品に書き下ろし1作を加えた、文庫オリジナルの短編集。書かれた時期も掲載誌もばらばらだが最後の書き下ろしで、ぼんやりとテーマが見えてくる伊坂マジックが効いたエンターテイメント作品である。
どの作品も「今ある世界」と「ありえたかもしれない世界」がシュールにつながっていて、あなたが生きている現実はどこまで現実なのかを問いかかられているような不安感、浮遊感を覚える。そこを楽しめる方におススメする。
ジャイロスコープ (新潮文庫)
伊坂幸太郎ジャイロスコープ についてのレビュー
No.740:
(7pt)

黒い森の呪いに挑む、はみだしデカコンビ

大ヒット作「クリムゾン・リバー」の続編。蘇ったニエマンス警視が新たなパートナーと組んで、ドイツの黒い森を支配する富豪一族の闇に切り込んでいく警察サスペンスである。
前作で川に流されたはずのニエマンス警視だが実は生きていて、警察学校の講師を勤めた後、警察組織を横断して難事件にあたる、たった一人だけの新設部署を任されることになった。警察学校の教え子であるイヴァーナを新たな相棒に選んだニエマンスが取り組んだのが、フランスとドイツの国境地帯に広がる「黒い森」を支配する貴族フォン・ガイエルスベルク一族の当主が黒い森のフランス内で狩猟中に惨殺された事件。ニエマンスとイヴァーナは富豪が住むドイツに乗り込み、地元警察と衝突しながら捜査を進めることになったのだが、歴史ある貴族として超法規的な存在であるフォン・ガイエルスベルク一族には、広大な黒い森と同様の得体のしれない、深い闇が隠されていた・・・。
フランス警察で随一の捜査能力を持ちながらあまりに激しい暴力衝動のために、警察の持て余し者になっているニエマンスの基本は変わっておらず、予想を裏切る言動で周囲をひっかきまわしていく。しかも、相棒のイヴァーナも一筋縄ではいかぬ性格で、二人のコンビが時に反発しあいながらも助け合い、最後に事件を解決するという一種の警察バディものとして楽しめる。事件の背景は、富豪の一族の秘密というよくある話で、事件の構図もさほど凝ったものではないが、警察と犯人の攻防のサスペンスはまずまずの読み応えがある。
ニエマンスの異常な犬恐怖症の秘密が明かされるというボーナスもあり、前作で魅了された方には絶対のおススメ作である。

ブラック・ハンター (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
No.739: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

レイプへの復讐は、どこまで許されるのか?

ノルウェーの女性警部補ハンナ・シリーズの第二作。大量の血が残されている現場なのに被害者がいない不可解な連続事件と女子学生レイプ事件に取り組む、本格的警察ミステリーである。
現場には大量の血が残されているのに被害者が見つからない不可解な事件が相次いで発生。どれも土曜日に起きていた。同じ頃、一人暮らしの女子学生クリスティーネが自宅でレイプされる事件が起きた。多数の事件をかかえるハンネ警部補は地道な捜査で二つの事件のつながりを見つけるのだが、なかなか犯人を特定することが出来なかった。一方、警察が頼りにならないと確信した被害者クリスティーネの父親は自分の手で犯人を見つけ出し、復讐しようと決心する・・・。
卑劣なレイプ犯に対し警察や司法が無力だと思ったとき、市民はリンチの誘惑に駆られる。元法務大臣でもあるホルトは当然のことながら法の正義が貫かれるべきで私刑(リンチ)には否定的なのだが、レイプに対する刑罰や社会の認識が甘いことにいら立ち、そこに警鐘を鳴らす意味で書き上げられた作品と言える。さらに、移民の受け入れもサブテーマとなっており、極めて社会性が強い作品だが、ミステリーとしての完成度も合格点である。
シリーズ・ファンはもちろん、警察ミステリー・ファンには安心してオススメする。
土曜日の殺人者 (集英社文庫)
アンネ・ホルト土曜日の殺人者 についてのレビュー
No.738:
(7pt)

大阪府警も真っ当な捜査ができるんだ!

大阪府警シリーズの第6弾(文庫表4の解説による)。行方不明で事故死と思われていた日本画家の白骨死体が発見されたのをきっかけに、画商の世界の闇を暴き事件を解決するオーソドックスな警察ミステリーである。
丹後半島で行方不明になったはずの日本画家の白骨死体が富田林で発見された。大阪府警捜査一課深町班が担当になり、ハンサムコップこと吉永刑事は頼りない新人刑事・小沢と組み、被害者の背後関係を洗うことになった。まったく知識のない画商、画廊、美術ジャーナリストの世界を訪ね歩く二人は様々な壁に突き当たるのだが、やがて贋作づくりが絡んでいるらしいことをつかむ。ところが、事件の全体像が見えないうちに、関係者の一人が能登半島で死んでいるのが発見され、青酸カリ自殺と思われた。が、自殺説に違和感を持った吉永は粘り強い聞き込み捜査を続け、ついに犯人を特定したと確信したのだが、状況証拠ばかりで決定的な物証をつかむことができなかった・・・。
犯行動機の解明、アリバイ崩しなどオーソドックスな謎解きが中心になっており、正統派の警察ミステリーと言える。もちろん、シリーズの大きな魅力である大阪弁でのやり取り、とぼけたエピソードもたっぷりで安定した面白さは失われていない。さらに著者が得意とする美術関係の裏話が満載で飽きさせない。
大阪府警シリーズのファンはもちろん、警察ミステリーのファンには絶対のおススメである。
絵が殺した (創元推理文庫)
黒川博行絵が殺した についてのレビュー
No.737:
(8pt)

ブラックジャックで勝ちたければ必読?

カジノコンサルタント(いかさま暴きの専門家)トニー・ヴァレンタイン・シリーズの第2弾。カジノをだまそうとする奴らとカジノ側の丁々発止を描いた犯罪アクション・ミステリーである。
アトランティックシティのカジノに依頼されて高額のいかさまを調査していた、警官時代の相棒で同業でもある親友のドイルが爆殺された。葬儀に駆け付けたトニーは未亡人からドイルのノートを渡され、さらにカジノ・オーナーから依頼されたこともあり、ドイルの調査を引き継ぐことになった。ブラックジャックで連勝を続ける怪しいヨーロッパ人たちに目を付けて調べ始めたトニーは、ドイルを殺害した犯人たちに命を狙われることになり、手を引くように脅された。しかし、始めたことは終わらせないと気が済まないトニーは62歳の老骨に鞭打って、命の危険を顧みず突進し、カジノの裏側に隠された闇を暴いていくのだった。
カジノ側が絶対有利なことは分かっていながら勝ちに行くギャンブラーの執念が生み出す様々ないかさまの手口の解説が面白い。さらに、カジノ内部での不正行為はどうやって実行されるのか、それをどうやって防止するか、というコンゲームという側面もあり、だましだまされの応酬にワクワクする。62歳という主人公の年齢がユーモアを生み、また、シリーズ作品らしくトニーをめぐる人間関係の変化も興味を掻き立てる。
年配者が主役の私立探偵作品のファン、カジノ小説のファン、ユーモラスなアクション・ミステリーのファンにおススメする。
ファニーマネー (文春文庫)
ジェイムズ・スウェインファニーマネー についてのレビュー
No.736:
(8pt)

犯行のアイデアが光る誘拐ミステリー

1991年に刊行された、著者の初期作品といえる長編ミステリー。おなじみの大阪府警のメンバーが登場するのだが、警察捜査より誘拐犯のほうに力点がある、大阪府警シリーズのスピンオフ作品である。
チケット屋を経営する資産家・倉石達明の父・泰三が誘拐され、犯人は身代金として金塊2トンを要求してきた。2トンもの金塊を一体どうやって受け取るのか? 大阪府警は疑問を抱きながらも金塊を用意し、犯人の要求通りに小型漁船に積み込み捜査員を張り込ませていたのだが、犯人に裏をかかれ漁船は無人のまま自動操縦で淡路島へ向かってしまった。犯行が成功するかと思われた寸前、漁船は通りかかったタンカーに衝突し爆発してしまった。誰もが計画は失敗したと思ったのだが、犯人はあっと驚く手段で金塊を手に入れていたのだった。ところが・・・
誘拐事件を捜査側と犯人側から交互に描いてストーリーが展開され、途中途中に犯人と被害者である泰三とのやり取りが挿入される。全体に渡って大阪府警シリーズの特徴であるユーモラスな会話がちりばめられ、犯人も憎めないやつなので誘拐もののサスペンスより犯行手口のアイデアと人間ドラマを楽しむ作品といえる。
大阪府警シリーズのファンはもちろん、ユーモア・ミステリーのファンにはぜひおススメしたい。

大博打 (新潮文庫)
黒川博行大博打 についてのレビュー
No.735:
(8pt)

サイコと謎解きとリーガルが絡み合ったサスペンス・ミステリー

「クリムゾン・リバー」で知られるグランジェの2018年の作品。猟奇的な連続殺人事件の謎を追ってパリ警視庁の刑事が東奔西走する、警察サスペンス・ミステリーである。
パリ警視庁のコルソ警視のチームに回ってきたストリッパー殺害事件。被害者は両頬を切り裂かれ、のどに石を詰められていた。さらに、捜査がほとんど進展しないうちに発生した第二の事件でも同様の残忍な犯行が行われていた。二人の被害者は同じ劇場に勤めていた同僚で、どちらも自分の下着を使いある特殊な結び方で手足と首を拘束されていた。独特の犯行手口に注目したコルソたちは、その結び方がSM愛好家に知られていることをつかみ、その線から被害者がSMポルノに関係していたことを知り、さらに被害者二人が元殺人事件の服役囚で現在は画家として成功しているソビエスキと交際していたことを突き止めた。ソビエスキを最重要参考人と考えたコルソは合法違法を問わず、あらゆる手段を使ってソビエスキを追い詰め、ついに逮捕にこぎつけた。しかし、その裁判にはクローディアという凄腕の人権派弁護士が立ちはだかっていた・・・。
真犯人はだれか、犯行動機は何かを追求する謎解きミステリーが本筋で、そこにサイコ・シリアルキラー、リーガル・サスペンス、主要登場人物の複雑な背景、警察内部でのバディもの的展開など様々な要素が重ねられ、2段組み760ページという重厚長大な作品となっている。主人公のコルソ警視は警察のルールからはみ出す捜査も躊躇しない直情型かつ激情型で、なかなか共感しにくいキャラなのだが、真相解明にかける一途な思いがストーリーをダイナミックなものにしている。さらに敵役のソビエスキの特異さ、クローディア弁護士の怜悧さ、コルソの部下であるバルバラの柔軟さが、物語にカラフルな展開と何層もの深みをもたらしており、700ページの大作も中だるみなく読み進められる。
グランジェのファンはもちろん、警察ミステリー、サイコ・サスペンスのファンには絶対のおススメである。
死者の国
No.734:
(8pt)

荒涼たるアイスランドの風土が眼前に現れる、悲しいドラマ

アイスランドの人気ミステリー「フルダ・シリーズ」三部作の第二弾。10年の歳月を経て発生した2件の殺人の謎を解く、本格警察ミステリーである。
1987年、人里離れたフィヨルドのコテージで若い女性の死体が発見され、警察は被害者の父親を逮捕する。10年後、被害者を追悼するために絶海の孤島に集まった4人の男女の一人の女性が崖から転落死した。この事件の担当を買って出たフルダ警部は、当初は事故ではないかと想定していたのだが、残された三人の若者から事情聴取すると彼らが何かを隠していると直感する。物証となるものはなく、三人の証言だけを頼りに捜査を進めたフルダは、二つの事件のつながりと隠された闇を見ることになる・・・。
現在から過去にさかのぼっていくという珍しい構成の三部作で、本作は第一作の15年前が主舞台となり、事件解明と並行して50歳で天涯孤独となったフルダ警部の生き様が描かれており、第一作で定年間近のフルダが、なぜ孤独な生活を送っていたのか、その理由が明かされている。北極海の孤島の小国・アイスランドでの警察という男社会で奮闘するフルダの人間ドラマも、本作の重要なテーマである。とはいえ、本格的謎解きミステリーとして傑作であることは間違いない。
シリーズ・ファンには必読。さらに本作から読み始めても十分に楽しめるので、警察ミステリー・ファンにもおススメしたい。
喪われた少女 (小学館文庫)
ラグナル・ヨナソン喪われた少女 についてのレビュー
No.733:
(8pt)

中国大陸の西端まで突っ走る、元引きこもりの再生物語

2010年に刊行された「さよなら的レボリューション 再見阿良」の加筆・改題作品。元引きこもりの19歳の男がだらしなく流されてたどり着いた中国で新しい自分を見つけ出す、青春ロードノベルである。
19歳の高良伸晃は引きこもりから脱出したものの通っているのは閉校がうわさされる三流大学で、将来に何の展望もなく、ずるずるとバイトに明け暮れていたのだが、同級生の中国人の女子に恋したことから中国の語学学校に短期留学することになる。そこでも状況に流されて過ごし、何の成果もなく帰国したのだが、再び訪れた上海で、かつてのバイト先の先輩に出会い、成り行きで盗難車を移送するために西安のさらに西へ、シルクロードを突っ走ることになった。ほとんど砂漠ともいえる黄土高原の果ての集落で高良が出会ったのは、中国の奥深い歴史の闇の中で生きる人々の現実で、高良は改めて自分を見つめなおすことになった。
19歳の小心者で俗物の若者と壮大な中国の歴史と自然との対比から生まれるハレーションが、全編をキラキラ輝かせている。主人公・高良のだらしなさや格好悪さ、傷付きやすさにもかかわらず、いや、それゆえにか、いつしか高良を許し、肩入れしたくなる。いわば、自分自身の青春をやり直しているような甘酸っぱさがこみあげてくる。まさに青春ロードノベルである。
東山彰良ファンには必読。ロードノベル・ファンにもおススメする。
恋々 (徳間文庫)
東山彰良恋々 についてのレビュー
No.732: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

66年間逃げ続けた男がたどり着いたのは(非ミステリー)

刑事ヴァランダー・シリーズで知られるマンケルのノン・シリーズ作品。恋人を捨て、世の中を捨てて一人孤島に暮らす男が否応なく過去に連れ戻され、自分が歩んできた道を苦悩とともに振り返るヒューマンドラマである。
一匹の犬と一匹の猫だけを同居人に、一人で離れ小島に暮らす66歳の元外科医フレドリックは厳寒の朝、凍り付いた道を歩行器を使って歩いてくる女性の姿を発見し、驚愕する。それは37年前に捨てた恋人ハリエットだったのだ。意識を失って氷の上に倒れこんだハリエットを家に運び込んだフレドリックは彼女が死の病に侵されており、「人生で一番美しい約束」を果たしてもらうために最後の死力を尽くして訪れたことを知らされる。その約束とは「深い森の中の湖にハリエットを連れていくこと」だった。ハリエットの望みをかなえるために一度だけ付き合って行動することを渋々承知したフレドリックだったが、その旅は彼が捨ててきた世の中に戻っていくことであり、忘れようとした過去と否応なく向き合うことでもあった・・・。
フレドリックが世捨て人になったのは、なぜか? 子供時代から現在まで、彼が求めたこと、逃げてきたことは何なのか? 老年期に入った男が過去を振り返り、赤裸々に語る物語は後悔と自己弁護が入り乱れ、かなり重苦しい。それを救っているのが、スウェーデンの厳しくも美しい自然で、特に冬景色の描写が印象的である。
ヴァランダー・シリーズとは全く異なるタイプの作品であり、ミステリーファンというより、生きることの意味を追求する文学作品のファンにおススメする。
イタリアン・シューズ (創元推理文庫)
No.731:
(7pt)

あの選択でよかったのか、答えはあるのか?

2014年から15年にかけて週刊文春に連載されたものに加筆した長編小説。誰も見通せない未来を前に自分の決断、選択に惑う人間の弱さと諦念、その結果として招いたディストピアを描いた、シュールなエンターテイメント作品である。
2014年の東京に暮らす3人の迷い多き日々と日々の決断から生まれた物語が前半3/4、その70年後、2085年の世界が残り1/4という構成で、最後には2つのパートの関係が明かされる。前半の3つの物語は現実の社会状況からインスパイアされた、リアリティのあるストーリーが展開されるのだが、最後の未来のパートはSF的で、その落差に戸惑ってしまう。ただテーマがつながっているので、じっくり読めば腑に落ちる。「あの時に変えればよかったと誰でも思う。でも今変えようとしない」という言葉と、「一人の子供、一人の教師、一冊の本、そして一本のペンでも、世界は変えられる」(マララ・ユスフザイ ノーベル平和賞)というスピーチの対比が重く心に残ってくる。
ミステリーとしては期待外れだが、味わい深い社会派作品としておススメしたい。
橋を渡る
吉田修一橋を渡る についてのレビュー
No.730:
(7pt)

人間は争うように造られている?

中央公論新社130周年記念で発刊された「小説BOC」の企画、8人の作家が同じテーマで、しかし時代を変えて競作するという「螺旋プロジェクト」の作品として書かれた2作品を収めた中編集である。
1作目は昭和のバブル期を舞台にした「シーソーモンスター」で、2作目は2050年代を舞台にした「スピンモンスター」。どちらも「日本を舞台に二つの一族が対立する」という企画のルールに基づき、海族と山族が宿命的に対立し、争う姿を描いているのだが、「シーソー」は嫁と義母の対立、「スピン」は同じ体験をして来た同級生の対立という、伊坂幸太郎らしい焦点のずらし方が効果的でユーモラス。「人はなぜ争うのか」という、まともに挑戦すれば重すぎるテーマを実に見事にエンターテイメントに仕上げている。
競作企画とは言え独立した作品なので、他の作家の作品を読んでいなくても問題なく楽しめる。伊坂幸太郎ファンには安心してオススメする。
シーソーモンスター (中公文庫, い117-2)
伊坂幸太郎シーソーモンスター についてのレビュー
No.729:
(7pt)

男たちの欲望の哀れと可笑しさ

1992年から2008年に雑誌掲載された7作品を収めた短編集。欲が突っ張った男たちが結局はババをつかむ可笑しさと哀れさを描いたコメディである。
出来がいい寄席の観客になったように楽しめる、まさにエンターテイメント作品。黒川博行の習作集として気軽に読むことをおススメする。
蜘蛛の糸
黒川博行蜘蛛の糸 についてのレビュー
No.728: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

どれほど悲惨な経験も、人は乗り越えられる?

2017年に発表された、ノンシリーズ作品。父親のせいで凄惨な事件の被害者となり、ばらばらになった姉妹が、28年後に起きた銃乱射事件と父親の死をきっかけに新たな生き方を見つけていく、ミステリーであり家族の物語である。
ジョージア州の田舎町で暮らす反骨の弁護士・ラスティとその妻ガンマ、サムとチャーリー姉妹のクイン一家。白人女性を殺害したとして逮捕された黒人青年をラスティが無罪放免にさせたとして自宅に放火され引っ越したのだが、その数日後、ラスティが不在の家に二人組の男が侵入し、ガンマは殺害され、姉のサムは生き埋めにされ、妹のチャーリーは命からがら隣家に助けを求め生き延びるという事件に遭遇した。奇跡的に生き残ったもののサムは重い後遺症に悩まされ、事件の原因となった父親を許すことができずに家を出て家族との関係を断ち、成功した民事弁護士としてニューヨークで暮らしていた。一方のチャーリーは母と姉に対する罪悪感を抱えたまま成長し、父と同じ刑事弁護士として地元で暮らしていた。
事件から28年後、たまたま地元の中学校にいたチャーリーは17歳の少女が校長と8歳の少女を射殺するという事件に遭遇した。町中の反感を招いた少女を弁護するのはラスティしかおらず、当然のごとく弁護を引き受けたラスティだったが、何者かに襲われ瀕死の重傷を負った。父の危篤を知らされ、いやいや故郷に戻ったサムだったが、父・ラスティから自分の代理として弁護することを頼まれ、事件にかかわることになった。また、現場にいたチャーリーは警察が説明する事件の構図に違和感を覚え、サムと二人で真相を解明することになる。そして二人の追及は28年前の悲惨な事件につながってゆき、関係者全員が忘れよう、隠そうとしてきた秘密が明らかにされる・・・。
二つの事件の真相を解明していく謎解きミステリーとしても一級品だが、それ以上に、救いがない惨事によって引き裂かれた姉妹がそれぞれの父と母に対する思いをぶつけあい、再び家族として再生していくヒューマンドラマとして読み応えがある。目をつぶりたくなるような悲惨なシーンが多いものの、最後で救われるので読後感は悪くない。
ノンシリーズ作品でもあり、スローター・ファンに限らない幅広いジャンルのミステリー・ファンにおススメしたい。
グッド・ドーター 上 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローターグッド・ドーター についてのレビュー