■スポンサードリンク


iisan さんのレビュー一覧

iisanさんのページへ

レビュー数1137

全1137件 421~440 22/57ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.717:
(8pt)

たった一人で合衆国政府と麻薬組織に挑んだ男の壮絶なサバイバル

ジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビ作家の代表作である「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズの第7作。日本でも高く評価された「三秒間の死角」のスピンオフ的な、緊迫感あふれる傑作ポリティカル・アクション・ミステリーである。
麻薬がすべてを支配する南米コロンビアの麻薬ゲリラ組織PCRで幹部のボディガードを務めるパウラは、実は米国麻薬取締局(DEA)に情報を届ける潜入捜査員として目覚ましい実績を上げ続けていた。ところが、麻薬で死んだ娘の仇討ちに全力を捧げる米国下院議長・クラウズが率いる麻薬対策チームの衛星にPCRの動きが捉えられ、クラウズ自らが麻薬組織襲撃作戦に赴き、逆に人質になってしまったことから、事態は思わぬ展開を見せ、パウラは味方であるはずの米国政府から命を狙われることになった。パウラが愛する家族とともに生き延びる道は、PCRを裏切るだけでなく、米国の攻撃をもかわしていくという、極めて厳しく細い道だけだった・・・。
麻薬問題という世界的な大問題をバックグラウンドに、ゲリラを囚われた大物の救出作戦、麻薬組織内でのスパイ活動というスリリングな展開が加わって、前作以上にスケールが大きな、読み応えがある物語である。物語の主役はスウェーデンから逃亡したパウラで、今回のグレーンス警部は重要ではあるがあくまでも脇役に徹している。では、ストックホルム市警のグレーンス警部とコロンビアで活動するスパイが、なぜ、どうやって結びつくのか? その接点に前作「三秒間の死角」が密接に絡むんでいるため、ぜひとも前作から読むことをオススメする。
「三秒間の死角」が気に入った人は必読。さらに、国際ポリティカルもの、スパイアクションもののファンにも自信を持ってオススメしたい。
三分間の空隙【くうげき】 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド三分間の空隙 についてのレビュー
No.716:
(7pt)

小技が効いた中短編集

雑誌掲載の3作品に書き下ろしを加えた4作品の中短編集。収載作品間の関連性は少なく(他作品と共通する人物は登場)、それぞれに趣向を凝らした、独立したヒューマンドラマである。
4作品ともに伊坂幸太郎ならではのぶっ飛んだ設定で楽しめるのだが、ストーリーでは「ポテチ」、作品世界のユニークでは「動物園のエンジン」が面白かった。どれもミステリーとしての読み応えは無い。
伊坂幸太郎ならではのホラ話に喜んで付合える人にオススメする。
フィッシュストーリー (新潮文庫)
伊坂幸太郎フィッシュストーリー についてのレビュー
No.715:
(7pt)

あざといどんでん返しが少なく、読みやすい

リンカーン・ライム、キャサリン・ダンスに続く第三のヒーローの登場。「懸賞金ハンター」という聞き慣れない仕事を持つヒーローが失踪人を探し、事件を解明して行くサスペンス・ミステリーの新シリーズ第一作である。
異常なまでに用心深かった父親からサバイバル技能を叩き込まれた探偵コルター・ショウは、身に付けた追跡技術を生かし、アメリカ中を旅しながら懸賞金を掛けられた失踪人を探して懸賞金を得ている。今回ショウが依頼を受けたのはシリコンバレーに住む19歳の女子学生で、カフェに立ち寄ったあと姿を消してしまったのだが、身代金の要求は無く、事故に遭った様子も無かった。わずかな手がかりを追ううちに、失踪の裏側にビデオゲームが関係しているのではないかと疑ったショウだったが、警察は馬鹿げているとして全く協力しようとせず、調査は難航を極めていた。そこに、新たな誘拐殺人事件が発生、事件の背景にゲームが存在するとの確信をさらに深めたショウは、シリコンバレーのゲーム業界の闇に単身で切り込んで行く・・・。
まず「懸賞金ハンター」という設定がユニーク。逃亡犯や保釈金を踏み倒した人物を連れ戻して報酬を得る賞金稼ぎとは異なり、ショウは行方不明の人なら迷子から認知症の老人まで、誰でも対象として居場所を特定し、家族が出す懸賞金を受け取るのを生業としている。一応、探偵ではあるのだが正式な免許は取得していないため警察には信用されず、基本的に一人で動き回るしかない。そんなショウの最大の武器は、子供の時に叩き込まれたサバイバル術に基づく「追跡」技術である。アメリカ開拓時代のフロンティア精神の塊りみたいな男が、IT技術のフロンティアであるビデオゲームの世界に切り込むという対比が面白い。ストーリー展開は、犯人探しであると同時に、刻々と死が迫る被害者を救出するタイムリミット・サスペンスでもあり、犯人が特定できたと思ったのもつかの間、新たな疑問に突き当たって振り出しに戻るという、ディーヴァーお得意の二転三転、どんでん返しが繰り広げられる。それでも本作ではリンカーン・ライム・シリーズほどのあざとさがないので、読んでいて安心感がある。
ディーヴァー・ファンはもちろん、サスペンス・ミステリーのファンならどなたにもオススメしたい。
ネヴァー・ゲーム
No.714:
(7pt)

何も起きないけど、心に残る作品(非ミステリー)

雑誌に連載された長編というより中編の小説。激しく変化する忙しい職場で神経をすり減らしている男が、耳が聞こえない女性に恋をする恋愛ファンタジーである。
ふとした出会いから始まり、ゆっくりと付き合いを深め、理由が分からないまま危機に陥り、また元の状態に戻って行く。ありふれたといえばありふれた若い男女のラブ・ストーリーなのだが、主人公が携わる仕事の狂気と対比されることで、人を愛することの意義がじんわりと心にしみ込んで来る。説明されない物語展開がいくつもあるのだが、それも気にならない淡白なトーンが心地いい。
心に余裕があるときに読むことをオススメする。
新装版-静かな爆弾 (中公文庫, よ43-4)
吉田修一静かな爆弾 についてのレビュー
No.713: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

イギリスに、また新たなヒーロー刑事が登場

2019年の英国推理作家協会賞最優秀長編賞(ゴールド・ダガー)受賞作。愚直なまでに正義を追及し、決して妥協しない刑事ワシントン・ポー・シリーズの第一作である。
被害者家族に機密情報を渡してしまったミスで停職処分を受け、カンブリア州の人里離れたコテージで暮らすポーのもとにかつての部下であるフリン警部が訪ねて来た。当時、カンブリア州では、ストーンサークルで老人男性が焼殺される事件が続いており、その三番目の被害者の体には「ワシントン・ポー」という名前と数字の「5」らしき文字がナイフで刻まれていたという。なぜ自分の名前が刻まれたのか、5は5番目の被害者になるという意味なのか? 事態を憂慮した上司の指示でポーは停職を解かれ、元の職場である国家犯罪対策庁重大犯罪分析課に復帰し、捜査に加わることになった。犯人の動機はもちろん被害者の共通項さえ全く見つからず、捜査が難航しているさなか、新たな死体が発見され、さらに謎が深まって来た・・・。
ポーの視点で連続殺人事件の謎を解いて行く、オーソドックスな警察小説だが、事件の特異性、主人公や同僚の分析官・ティリーの個性の強さが上手く生かされ、単なる謎解きではない面白さがある。さらに、事件の背景のおぞましさ、日本と同様の権力構造の醜さがリアルで思わずうならされる。現在すでに第3作まで出版され、6作目までの準備が進んでいるという、今後が非常に楽しみな新シリーズである。
正統派の警察小説ファン、謎解きミステリーファン、警官が主人公のハードボイルドファンにオススメする。
ストーンサークルの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.712: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

舞台を大きくした分、個人が埋没した印象

北欧を代表する警察小説シリーズ「特捜部Q」の第8作。主要登場人物ながら、これまで謎に包まれていたアサドの過去が明らかになる、中東テロの歴史を背景にしたアクション・サスペンスである。
キプロスの海岸に打ち上げられたシリア難民の女性の報道写真を目にして、アサドは激しく動揺する。それは、アサドが絶対に忘れられない過去の出来事に深く関わっている女性だったのだ。その写真に隠された意図を察知したアサドは、これまでひた隠しにして来た人生の秘密を特捜部Qのメンバーに打ち明け、忌まわしい過去の因縁を清算するために宿敵であるテロ組織のリーダー・ガーリブと対決することを決意する。同じ頃、特捜部は若い男から無差別殺人の予告を受けて捜査を進めていたのだが、リーダーのカールはアサドに同行することを優先し、事件の捜査を若いローセとゴードンに任せることにした。二つの難問に直面し、戦力の分散を余儀なくされた特捜部Qは、その存在意義を証明できるのだろうか?
フセイン政権崩壊時の混乱に遡るアサドの壮絶な過去が明かされるのが、本作の一番の読みどころ。これまでもただ者ではないところを見せて来たアサドだったが、その素性が判明すると、なるほどと納得させられる。中東とヨーロッパの歴史の狭間で翻弄される社会的被害者としてのアサドが選択せざるを得なかった個人として、家庭人としての悲劇は限りなく深い。さらにそれは、殺人予告をしてきた男の生きづらさと絶望にもつながっているのだった。ただ、国際テロを相手にする戦いで、舞台背景がヨーロッパ全土や中東の現代史まで広がったため、特捜部Qのメンバーの存在感がやや薄れてしまったのが玉にきずである。
シリーズ読者にとってはアサドの背景を知るために必読。ポリティカル・サスペンスのファンにもオススメできる。
特捜部Q―アサドの祈り― 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.711:
(8pt)

堕落刑事・エイダンの孤独と喪失、そして自律

「マンチェスター市警巡査エイダン・ウェイツ」シリーズの第2作。身元不明死体の捜査をベースにした警察ミステリーであり、エイダンのアイデンティティに迫ったサスペンス・ノワールである。
休業中のホテルで侵入事件が発生し、現場に急行したエイダンと同僚のサティは警備員が負傷して倒れ、さらに顔に笑みを浮かべた男の死体があるのを発見した。死体には指紋を削除した手術の痕があり、服のタグが全部切り取られていた。身元不明の上、死体に見合う捜索願も出されていない行方不明者の男は何ものなのか? なぜ閉鎖されているホテルで殺されたのか? 前の事件(前作「堕落刑事」)が原因で市警内部で疎まれているエイダンは、上層部はもちろん同僚サティの協力さえも当てに出来ない中で孤独な捜査を進めるのだった。
笑う死体の謎解きがメインストーリーなのだが、それに加えて女子学生脅迫事件、ホテルのオーナー夫妻の確執、ゴミ箱連続放火事件、ウェイツの麻薬問題など、サブストーリーも盛りだくさんで話がどんどん大きくなり、読者を混乱させる。それでも、取り留めなく広がったようなストーリーが最後にはきれいに伏線回収されていく物語構成はお見事。途中途中に挟まれる謎の少年ウォリーの告白も、収まるべきところに収まっていく。謎解きミステリーとして、はみ出し刑事の警察アクションとして、さらには人格崩壊寸前で踏みとどまる刑事・エイダンの自律への戦いの物語として、さまざまに読むことが出来る。
警察小説、ノワールのファンにオススメするが、前作「堕落刑事」から読むことが必須であると忠告したい。
笑う死体 マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ (新潮文庫)
No.710:
(8pt)

スガ(菅)ーリン独裁下の令和日本を予告した? 怖いお話

2015年に発売された書き下ろし長編。「平和警察」が安全を守るために市民に危険人物を密告させ、尋問(拷問)によって罪を自白させ、公開処刑によって市民の期待に応えるという、恐怖のパラレル日本を描いたディストピア小説の傑作である。
ジョージ・オーウェルの「1984年」の新言語ニュースピークの如き「平和警察」によって「安全地区」に指定された仙台では、住民の相互監視と密告が常態化し、告発された人物は必ず「危険人物」と認定され、ギロチンによる公開処刑が行われていた。そんな事態に反対する人々もいたのだが、平和警察の狡猾で強圧的な力の前にほとんど対抗できていなかった。ただ一人、全身黒づくめのコスチュームで現われる正義の味方を除いては。そして、黒づくめの男に業を煮やした平和警察とその指揮下の宮城県警は、彼をおびき出すために狡猾な手段をとるのだった・・・。
市民の弱さと従順さに付け入る、某国の秘密情報機関顔負けの平和警察のあり方がリアルで、背筋が寒くなるほど怖い。しかも、市民の相互監視というソフトな手段で効率よく管理するやり方は、SNSやテレビでの炎上、つるし上げを想起させ、まさに今の日本の社会を見ているような恐怖感を与える。さらに、登場人物が全員、正義を代表するような人物ではなく、ストーリーが展開するたびに善と悪の境目が曖昧になるところも不気味で、ニヒリスティックな世界観と言うしかない。それでも「ディストピアを望まないなら、社会はそこから出発するしか無い」という強いメッセージを感じさせる作品である。
ミステリーとしても面白く、誰が読んでも何かしら感じるものがあり、どなたにもオススメしたい作品である。
火星に住むつもりかい?
伊坂幸太郎火星に住むつもりかい? についてのレビュー
No.709:
(7pt)

平凡なようで非凡な日常(非ミステリー)

1998年から2000年代に雑誌掲載された10本を集めた短編集。
どれも登場人物は普通の生活をしている人物なのだが、周りとの関係性や社会の認識にちょっとだけズレがあり、それがドラマを生みそうで、結局はドラマチックではない物語ばかりである。それぞれに小説的な技巧やアイデアがあり、決して退屈な作品ではない。
休日の昼下がり、旅の途中での待ち時間などに最適。
キャンセルされた街の案内 (新潮文庫)
吉田修一キャンセルされた街の案内 についてのレビュー
No.708:
(8pt)

二十年経っても変わらない怨讐のドラマ

イタリアのジュニア向け作品を書いて来た中堅作家のミステリー第一作。マフィアのボスたちが標的になった連続殺害予告事件をテーマに、犯罪組織で生きる男たちの怨讐を描いた傑作ノワール・エンターテイメントである。
ナポリ郊外の墓地で地元マフィアのボスが殺害されて墓穴に入れられているのが見つかった。しかも、そこには7つの墓穴とそれぞれに名前が刻まれた墓碑があった。つまり、残りの6人の殺害を予告しているのだった。同じ頃、七つ目の墓碑に名前を書かれていたミケーレが20年の刑期を終えて出所した。新進マフィアの若きリーダーとして伸し上がりながら勢力拡大の勝負に失敗し、仲間に裏切られて服役したミケーレは、その過去を清算するためにミラノの裏社会に戻って行くのだが、それは必然的にナポリのマフィア世界に激しい動揺を引き起こさずにはいなかった・・・。
20年前の裏切りの真相を暴力的に確かめようとするミケーレの行動がメインストーリーとなり、捜査側の話はサブの扱いとなっている。したがってタイトル「七つの墓碑」から想像される警察の捜査が主題のミステリーではない。むしろ、マフィアが支配する街で育ったチンピラが一人前のボスになるまでの姿を描いた成長物語であり、冷酷非常に復讐を遂げる凄絶なノワール小説である。著者が現役の刑務官ということから、イタリアの刑務所事情がリアルに描かれているのが興味深い。
タイトルから想定するようなサイコもの、連続殺人ものではなく、イタリアン・ノワールの傑作として手に取ることをオススメする。
七つの墓碑 (ハヤカワ文庫NV)
イーゴル・デ・アミーチス七つの墓碑 についてのレビュー
No.707: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

老いてゆく自分への怒り、絶望、そして受容。ヴァランダーの最終章

現代北欧警察ミステリーの最高峰である「刑事・ヴァランダー」シリーズの第11作で実質的な最終作。娘・リンダの義理の両親の不可解な行方不明事件を解明するために、組織とは距離を保ちながら孤軍奮闘するヴァランダーの執念の捜査を描いた、傑作捜査ミステリーである。
かねてから憧れていた田舎暮らしを始め、娘のリンダは妊娠・出産して孫娘ができたヴァランダーだったが、ときおり発生する記憶喪失に悩み、肉体的な衰えを自覚するとともに、それに対する反発心、怒りの感情を持て余していた。そんな中、娘の相手であるハンスの父親で退役海軍司令官のホーカンが突然姿を消してしまった。自分のミスで謹慎中だったヴァランダーは、娘や孫のために事件の解明に乗り出したのだが、全く成果が上がらないうちに、今度はホーカンの妻であるルイースまで行方不明になってしまった。ホーカンが姿を消す前にヴァランダーに語った「国籍不明の潜水艦」の謎が関係しているのではないかと推測したヴァランダーは、事件の背景に冷戦時代の闇を見るのだった・・・。
冷戦時代のスウェーデンのスパイ活動から派生した事件の解明が本筋だが、それ以上に力点が置かれているのが、還暦を間近にしたヴァランダーの老いの現実と、それに対する戸惑い、怒り、反発、絶望と、否応無く受け入れざるを得なくなるまでの心理的な紆余曲折である。身体的な健康だけでなく、頭脳でも不具合を感じ出したヴァランダーが、どうやって老いとの共存を受け入れるか、その「苦悩する男」の姿が心を打つ。
社会性を帯びた謎解きミステリーであるとともに、仕事ひとすじで生きてきた男がいかにして仕事を終えるかという、終活の物語でもある。
シリーズ・ファンには必読。近頃増えて来た老人が主役のミステリー、ハードボイルドのファンにもオススメする。
苦悩する男 上 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケル苦悩する男 についてのレビュー
No.706: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

三部作の二作目。必ず一作目「悪の猿」から読むこと!

「猿シリーズ」か「サム・ポーター刑事シリーズ」かはさておき、三部作の第二作。前作で取り逃がした「四猿」がまた犯行を重ねているのか? 事件の真相解明に奮闘するシカゴ市警とFBIをあざ笑うかのごとく、凶悪で狡猾な犯行を繰り返す「四猿」が主役となったサイコ・サスペンスである。
「四猿」が姿を消してから4ヶ月後、再びシカゴ市民を震撼させる少女殺害事件が発生し、マスコミを始め世間は「四猿」が戻って来たとして騒然となる。連続少女誘拐事件の発生当初から「四猿」を追って来た刑事ポーターたちのチームは、再び集結し、事件を解明しようとする。しかし、前回の捜査が失敗だったとして捜査の主導権をFBIに奪われ、さらにポーターは越権行為をとがめられて捜査から外されてしまう。そんな中、新たな少女行方不明事件が発生、さらには行方不明者の親が殺害される事態まで起き、捜査は混乱を深めて行く。そして捜査から外され一人で独自の捜査を進めていたポーターのもとに一枚の写真が届き、そこには「四猿」からのメッセージが書かれていた・・・
前作に引き続き、シカゴ市警とポーター刑事が捜査をする警察ミステリーの構成だが、主役は希代のサイコパス「四猿」になっている。衝撃的な犯行とその裏側を読む捜査の進行がメインストーリーだが、犯人である「四猿」の過去が重要な意味を持っているため、「四猿」の過去をメインに据えた前作「悪の猿」を読んでいないと、意味不明とまでは言わないが理解しづらいところがある。ストーリー展開は緊張感があり、登場するエピソードもスリリングで、極めて完成度が高いサイコ・サスペンスと言える。さらに、第三部へとつながるエンディングは巧妙で、次作への期待を盛り上げる。
シリーズとして、必ず第一作から読むことをオススメする。
嗤う猿 (ハーパーBOOKS)
J・D・バーカー嗤う猿 についてのレビュー
No.705: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

既視感があるエピソードが多いが、読ませる

ホラー小説から出発したという新進作家の新シリーズ第1弾。連続殺人犯とベテラン刑事のスリリングな攻防を描いた、サイコ・サスペンスの傑作である。
シカゴを震撼させている連続殺人事件の犯人・四猿とおぼしき男がバスにはねられて死亡した。当初から捜査にあたっていた刑事・ポーターは事故現場に呼び出されたのだが、そこで見つけたのは片耳が入った白い箱だった。四猿はこれまで、監禁した被害者の耳、目、舌を順に切り取って白い箱に入れ被害者の家族に送りつけてから殺害するという残忍な手段をとっていた。四猿が死んだとしても、片耳がある以上は誰かが監禁されているはずだと判断した警察は白い箱に書かれた宛名から被害者がシカゴの不動産業界の大物の私生児であることを突き止めた。さらに、四猿は事故ではなく自らバスの前に飛び出した自殺だったことが判明した。四猿が犯行の途中で自殺したのはなぜか? 被害者はどこに監禁されているのか? 四猿が残した遺品にあった日記に謎を解く手がかりが見つかるのではないか? ポーターたちは時間との戦いに焦燥しながら犯人を追いつめて行く・・・。
サイコものは犯人のキャラクター次第という定説(勝手な基準だが)通り、四猿の存在感が強烈で、それだけで合格点。しかも、話の展開がスピーディーで最後までゆるみが無い。犯罪の背景、犯行態様、場面転換のどんでん返しなどに、これまで読んだことがあるようなものが多いもののトータルとしてはヒネリが利いた、サスペンス溢れる傑作サイコ・ミステリーである。なお、ホラー作家らしい残虐な描写が続くシーンがままあるのでご注意を。
サイコ・サスペンス、ホラー系ミステリーのファンにオススメする。
悪の猿 (ハーパーBOOKS)
J・D・バーカー悪の猿 についてのレビュー
No.704: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

血肉を得て、生き生きと動き出した黒マメ・コンビ

大阪府警シリーズの第4作。遺跡発掘を舞台に考古学界の闇を解明していく黒マメ・コンビの活躍を描いた警察ミステリーである。
遺跡発掘現場で、崩れ落ちた土砂の下から現場責任者である大学教授の死体が発見された。事故死かと思われたが不可解な点が多く、府警捜査一課が乗り出したところ、死体から採取された土が現場の土とは一致しないことが判明、殺人事件として捜査が始まった。さらに、別の発掘現場では教授と同じ研究室のスタッフが墜死するという事故が発生し、警察が二つの事態の関連性を中心に捜査を進めると、研究室を中心にした複雑な人間関係、権力争いが見えてきた。これは連続殺人事件なのか、動機は何か、日ごろはグータラで文句たれの黒マメ・コンビだが、マメちゃんの鋭い推理を基に寝る間も惜しんで真相解明に奮闘した・・・。
謎解きミステリーとしてはやや平凡、よくあるパターンの展開と言えるのだが、大阪府警シリーズのキモとなる軽妙な会話とユーモア、綿密な取材に基づく業界の内情の暴露と社会的な問題提起という構成が高い完成度を見せた作品である。特に、黒マメ・コンビの掛け合いが見事で、二人のキャラクターが生き生きと眼前に現われて来るのが楽しい。
大阪府警シリーズの成熟を告げる作品として、シリーズ・ファン、黒川博行ファンは必読。軽めの警察ミステリー・ファンにもオススメする。
八号古墳に消えて (角川文庫)
黒川博行八号古墳に消えて についてのレビュー
No.703:
(8pt)

殺した男を生きさせ、新たな犯人を作り出せ!

フランスの女性作家の本邦デビュー作。成り行きで起きた殺人を隠蔽するために被害者の生存を偽装し、罪をかぶせる犯人を捜し出すという奇抜なアイデアのノワール・サスペンスである。
フランスの片田舎で夫、二人の娘と暮らすアレックスが営むペンションを、大物作家・ベリエがお忍びで訪れた。気さくな人柄で家族と親しくなったベリエだったが、若い頃に作家志望だったアレックスに興味を持ち、ある夜、アレックスを強姦しようとする。アレックスは必死で抵抗するうちに、弾みでベリエを殺してしまった。若いときに暴行事件を起こして精神科病院に入れられたことがあるアレックスは警察に届け出るのをためらい、死体を隠してしまう。さらに、ベリエが生きていることを偽装するために、パリに出てベリエの個人秘書を装い、ベリエの周辺人物の中から罪を着せられる人物を見つけ、その人物がベリエを殺したように偽装しようとする・・・。
40歳の主婦が、殺した男が生きていると思わせるための偽装、新たな犯人を見つけ出し、その人物に罪をかぶせるための計略、しかも自分自身も身分も人格も別のものに変えて行動するという、極めてトリッキーなアイデアが抜群。何重ものリスクを負ったアレックスがさまざまな危険に出会うたびに、読者はハラハラドキドキし、最後までスリルとサスペンスを堪能することになる。女性差別、都会と田舎の格差、ネット社会の罪悪など、現代社会が抱える問題も主要なテーマになっているのだが、それを抜きにして、ノワール・サスペンスとして十分に満足できる傑作である。
ジャンルを問わず、ミステリーファンならどなたにもオススメしたい。
念入りに殺された男 (ハヤカワ・ミステリ)
エルザ・マルポ念入りに殺された男 についてのレビュー
No.702:
(7pt)

荒削りでも十分に楽しめる、黒川ワールドの初期作品

デビューから間もない1985年の作品。彫刻の世界を舞台に、芸術家たちの欲望が生み出した事件を女子大生コンビと兵庫県警の刑事が解明する正統派ミステリーである。
京都の美大に通う美和と冴子のコンビが彫刻界の大物に嫁いだ美和の姉の邸を訪ね、邸内のアトリエで倒れている姉を発見した。姉の命は助かったのだが、現場の状況から睡眠薬を飲みガス栓を開いての自殺未遂と推定された。ところが、事件後から姉の夫の行方が分からなくなっていることから、警察は夫による自殺偽装を疑うようになった。警察の捜査とは別に、好奇心旺盛で行動派の美和は冴子を巻き込んで独自に犯人探しを始め、なかなかの素人探偵ぶりを発揮し・・・。
謎解きの構成、登場人物たちの軽妙な会話、業界の裏話から生まれるリアルなエピソードなど、代表作である大阪府警シリーズほどの完成度ではないが、そこに至る道筋がくっきりと見える傑作エンターテイメントである。
黒川博行ファンには絶対のオススメ。謎解きミステリー、軽快なバディもののファンにもオススメする。
暗闇のセレナーデ (角川文庫)
黒川博行暗闇のセレナーデ についてのレビュー
No.701:
(8pt)

今まで邦訳が出なかったのが不思議なベテランの力作

アメリカでは人気があるベテランなのに、これまで日本では1作しか邦訳されていなかったフェスパーマンの20年ぶりの邦訳作。1979年のベルリンと2014年のアメリカを行き来しながら、冷酷非常なスパイの世界を生きた女性たちの苦悩と誇りを描いた歴史スパイ・ミステリーである。
冷戦下のベルリンでCIA支局の末端職員として隠れ家(SAFE HOUSE)の管理を担当するヘレンは、点検のために訪れた隠れ家で聞いてはいけない会話を録音してしまった。さらに、支局の現場担当官・ギリーが情報提供者の女性をレイプする現場に遭遇、憤りを覚えたヘレンは出来事を上層部へ報告したのだが支局長はまともに対応せず、あろうことか規律違反としてヘレンを解職し、アメリカ本国へ送還しようとした。それから35年後、メリーランド州の農場で主婦として生活していたヘレンが夫とともに、知的障害者である息子に射殺されるという悲惨な事件が発生した。長く故郷を離れていて葬儀のために帰郷したヘレンの娘・アンナは「両親と弟に何があったのか」、真相を探るため、実家の隣を借りている失業中の男・ヘンリーに調査を依頼する。ところが実は、ヘンリーはある組織からヘレンを見張る仕事を受けて引っ越して来ていたのだった・・・。
冷戦下でCIAがもみ消そうとした不祥事が35年後の悲劇につながって行く。スパイ組織がかかえる闇を、35年の時空を超えてじわじわと暴いて行く物語構成が絶妙。1979年ではヘレンが主役となって活躍し、2014年ではヘレンは死んでおり、その娘のアンナが活躍し、なおかつ2つの出来事がしっかりと連結されているのが面白い。歴史スパイ・ミステリーの設定ではあるが、物語の主眼は女性蔑視の取り付かれたスパイ組織に対する女性たちの反乱に置かれており、極めて現代的な社会派ミステリーである。なおかつ謎解き部分も秀逸で、最初から最後まで緊張感を持って読み進められる。
スパイ同士の諜報戦ではないので、スパイ小説ファンというよりはミステリーファンにオススメしたい。
隠れ家の女 (集英社文庫)
ダン・フェスパーマン隠れ家の女 についてのレビュー
No.700:
(8pt)

88歳にして新たな挑戦をした意欲作

88歳にして現役作家として活躍するジョン・ル・カレの25作目の長編小説。得意分野であるスパイの世界が題材だが、単純な諜報戦に終わらせず、個人の忠誠心と組織の論理、祖国への愛憎、自律と信頼関係など、人間が誇り高く生きるとはどういうことかを追及した、味わい深いスパイ・ミステリーである。
ロシア対策で実績を残して来たイギリス秘密情報部員・ナットは、そろそろ引退を考えていたのだが、帰国したロンドンでロシア対策を担当する弱小部署の再建を依頼される。赴任してみるとそこは、使えないスパイを集めた吹き溜まりのような部署だった。それでもナットは自分で仕事の意義を見つけ出し、ロシアの新興財閥がらみの怪しい資金移動を調べ始めるのだった。プライベートでは趣味のバドミントンを続けており、所属クラブのチャンピオンとして、ある若者・エドの挑戦を受け、定期的にプレーする仲になる。そんなとき、あるロシア人亡命者から「ロシアの大物スパイがロンドンで活動を始めそうだ」という情報がもたらされ、秘密情報部全体で取り組む大きな案件として動き始めた・・・。
ロンドンを舞台にしたロシアとイギリスの諜報戦、と見せかけて、最後にはあっと言わせる構成が見事。読者は決して騙される訳ではなく、論理的に説得されて、どんでん返しを楽しめる。全体的に、昔の作品に比べてストーリー展開が分かりやすく、エピソードやキャラクターを十分に楽しむことが出来る。いつまでも殻を破り続けるル・カレの凄さに感嘆する傑作である。
古くからのル・カレのファンにはもちろん、若い読者にも自信を持ってオススメする。
4152099534
No.699:
(7pt)

どこまで子供を信じきることができるのか?

2019年に発表された著者3作目の書き下ろし長編。現在の子供たちが置かれた状況をどう改善して行くのか、近未来の設定でその解答を試みた意欲的な社会派ヒューマン・ミステリーである。
義務教育期間の生徒全員に「ライフバンド」装着が義務づけられ、SOSを求める子供がライフバンドを起動させると「児童救命士」が駆けつけるという制度が機能している社会。新人「児童救命士」の長谷川は初任地である江戸川児童保護署で様々なケースに遭遇し、自分の経験不足、無力さに悔しさを痛感しながらも「子供たちを救う」という使命感だけを頼りに奮闘する。SOSを発する子供は何らかの問題に直面しているはずなのに、その悩みをなかなか素直には告白してくれない。その裏側には「その大人が信頼できるのか?」という、子供の真剣な迷いがある。その迷いを断ち切るには、大人の側からどこまでも子供を信じることではないか? 長谷川は、冷笑的な世間からは鼻で笑われそうな信念を持つようになる。
4章に別れていて、それぞれに現実に起きた事件を想起させるエピソードが使われている。それだけに、作者の意図するものがリアルに見えて来て、作者自身も迷いながら、考えながら問題に取り組んでいることが伝わって来る。どれも簡単に正解が分かるような問題ではなく、読む側にも解答を考えることを求めて来る重さを持っている。ミステリーとしての完成度は高くなく、文章力もさほどではないが、テーマの追及力で読ませる作品である。
社会派ミステリー、ヒューマン・ミステリーのファンにオススメする。
救いの森
小林由香救いの森 についてのレビュー
No.698: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

登場人物は歪んでいるが、ストーリーは堅牢

スウェーデンでは絶大な人気を誇りながら、何故か日本では1作しか翻訳されていなかった大物作家による新シリーズの第一作。猪突猛進型の警察官が奇怪な連続少女誘拐事件の謎を解く、サイコ・サスペンスであり、第一級の謎解きミステリーある。
15歳の少女が誘拐され、犯人側から何の接触も無く三週間が過ぎたとき、匿名の目撃情報が寄せられた。少女の姿を見たという廃屋に急行したベリエル警部たちが突入すると中は無人で、なおかつ仕掛けられたブービートラップで警官が負傷する被害を受けたのだが、地下室には明らかに誰かが監禁されていたあとが残されていた。この一年半ほどの間に15歳の少女が誘拐された、同じような事件が二件あることを突き止めたベリエルは連続少女誘拐事件として捜査しようとするのだが上司に否定され、無断で捜査を進めることにした。その三件の現場写真に同じ女性が写っているのに気づいたベリエルは、女性の身元を突き止め、取り調べることになったのだが・・・。
少女誘拐事件の犯人探しがメインなのだが、捜査を担当するベリエルと容疑者と目された謎の女性の間にある関係性が判明し、驚愕の展開を見せるようになる。その事件というか背景は陰惨きわまりなく、さらに凄惨なサイコ・シーンが続くのだが、物語の構成がしっかりしているので、ジェフリー・ディーヴァーに負けないジェットコースター気分を楽しめる。伏線の回収も納得できる展開で、最後まで飽きさせない。
北欧の警察ミステリーとしてはやや異色の作品だが、従来からの北欧ミステリーのファンにも十分に満足できる高レベルなエンターテイメント作品としてオススメする。
時計仕掛けの歪んだ罠 (小学館文庫)
アルネ・ダール時計仕掛けの歪んだ罠 についてのレビュー