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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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ハーラン・コーベンの2019年の作品。アメリカミステリー界の人気者ながら日本ではイマイチ盛り上がってないハーラン・コーベンだが、物語構成の面白さと謎解きプロセスの明快さで人気上昇のきっかけになるかもしれない、完成度の高いサスペンス・ミステリーである。
成功した金融アナリストであるサイモンだが、大学に通う長女・ペイジが恋人によってジャンキーにされ失踪したため、安否を懸念し、悩まされていた。そんなある日、刑事が訪ねてきて娘を堕落させた男が殺されたことを知らされ、アリバイを確認された。容疑はすぐに晴れたのだが、事件に衝撃を受けたサイモンは、ペイジの所在を確かめたくて妻・イングリッドとともに、事件現場である危険な場所に乗り込み、そこで麻薬密売人グループから銃撃されイングリッドが瀕死の重傷を負ってしまった。ペイジが姿を消した真相を知りたいサイモンは、一人で調査を進め、彼女がある出来事をきっかけに人が変わってしまったということを知る。同じころ、失踪人探しの依頼を受けたシカゴの私立探偵・エレナは、失踪人の周りで次々と人が死んだり殺されているのに気が付く。彼らはなぜ死んだのか? 被害者たちの共通点は、どこにあるのか? 二つの出来事をつなぐように、謎の殺し屋カップルが出没し、徐々に真相が明らかになるプロセスはスリリングかつ現代的だが、事件の背景となる社会の闇は、古来から変わらぬ人間の本性につながる闇の深さで、その対比がいかにもアメリカの現代社会を表している。AIの進化が必ずしも人間性の進化や幸福に結びつくものではないという苦さが印象的である。 社会性の強いミステリー、サスペンスのファンにおススメする。 |
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札幌方面中央警察署南支署シリーズの第一作。職務に燃える新米巡査の無鉄砲を契機に発生した警察内部の争いをテーマにした、社会性の強い警察エンターテイメントである。
南支署の新米巡査・梅津は刑事になりたい一心で、自分一人でオフの時間を使って未解決のこまごまとした事件の調査を続けていたのだが、熱を入れ過ぎて犯人グループに拉致された。危ういところに中央署のメンバーが駆けつけ救出されたのだが、その後、何故か中央署は事件を隠そうとする。そんなとき、中央署の刑事のスパイと目される男が拳銃を持って南支署に自首してきたのだが、男は「自首したことをもみ消さない」との念書を警察が書かない限り供述しないという。男は何を恐れているのか、隠されようとしているのはどんな陰謀なのか? 日ごろから枝(えだ)と呼ばれて馬鹿にされている支署の署員たちは、警官の誇りをかけて真相解明に立ち上がるのだった・・・。 2000年代始めに北海道警を激震させた現役警部による拳銃・覚せい剤事件からインスパイアされた物語で、新人警察官の使命感と堕落した現実を対比させて、警察の誇りとは何かを描いている。随所に現実的なエピソードがあり、警察に対する不信感が募って行くのだが、一方で生真面目に正義を追及する警察の存在も忘れてはいない。 シリーズ二作目「誇りあれ」を先に読んでいたので、それとの比較になるのだが、本作は警察のあり方というテーマが強く出て、著者ならではのユーモアがやや物足りない。そこだけが、ちょっと残念である。 |
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アメリカミステリーの巨匠がウェストレイク名義で妙技を披露した、軽やかな詐欺物語。保険金目当てで自らの死を演出するために南米の小国に出かけたダメ男のコミカルなエンターテイメントである。
金に行き詰ったバリーとローラの夫婦は保険金目当てに、バリーが死んだことにする計画を立てた。事故死すれば保険金が二倍になるというので、事故を起こす場所に選んだのがローラの故郷である南米の小国。そこに住むローラの兄や親族の助けを借りてレンタカーで崖から転落する事故を作り出し、葬式まで演出し、見事に周囲をだまし切った。あとは、アメリカに帰ったローラが保険金を受け取るだけ・・・のはずが、地元の悪徳警官、欲深いいとこ、口が軽い親族などが絡んできて、思いもかけない事態が出現し、完璧なはずのプランは徐々に破綻し始めるのだった…。 自分の死を演出する保険金詐欺というありがちな設定だが、舞台を規律が緩い南米の小国に設定したことで生まれるユーモラスなエピソードがドライで軽やか。悪党のはずのバリーに思わず肩入れしてしまう。堅苦しいことは抜きに、最初から最後まで笑っていられる作品だ。 レナードやハイアセンなど、ニヤッとさせる犯罪小説のファンには絶対のおススメである。 |
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1954年、ヒラリー・ウォーの初期の警察ミステリーとして発表された長編第5作。アメリカ東部の閑静な町の警察が地道な捜査で難事件を解決する、オーソドックスな警察捜査ミステリーの傑作である。
小さな町の公園で頭を砕かれた若い女性の死体が発見された。ベテランのダナハー警部と若いマロイ刑事のコンビは失踪人届を調べ、被害者が身に着けていた指輪の写真を公開するなどしたのだが確たる情報が得られず、マロイ刑事の発案で砕かれた頭蓋骨から顔面を復元する手段をとった。すると、5年前に女優を夢見てN.Y.へ家出した少女・ミルドレッドであることが判明した。しかし、ミルドレッドは家出してから一切家族に連絡を取っていなかったため、殺されるまでの5年間は完全な空白になっていた。彼女がなぜ故郷の街にいたのか、そして、だれが、なぜ殺害したのか? 5年の空白を埋めるために、ダナハーとマロイのコンビは聞き込み、推理、確認作業を繰り返し、ミルドレッドの悲劇の真相を解明していくのだった…。 事件の背景解明、犯人捜しの謎解きが複雑かつ巧妙で、しかも論理的。顔の復元から始まって被害者の激動の5年間を再現していくプロセスは実にスリリングで、これぞ警察捜査の王道といえる作品で、いささかも古さを感じない。主役の二人の刑事のキャラクターも魅力的で、なぜこのコンビがシリーズ化されなかったのか、疑問になった。 フェローズ署長シリーズのファンはもちろん、リアルな警察ミステリーのファンには絶対のおススメだ。 |
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2000年代後半、安倍、福田、麻生と首相が一年で交代していた時代を舞台にしたユーモラスな政治小説である。
漢字が読めないような人物が、何で首相になっているのか? そんな素朴な疑問を追及し、エンターテイメント作品に仕上げた作者の手腕は、さすがというしかない。ただ、もうちょっと悪意があるユーモアでもよかったかなと思うが、そこが池井戸潤の良さでもあるのだろう。 |
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著者の初期を飾った「グラント郡」シリーズの第二作。13歳の少女が引き起こした事件を、検死官兼務の小児科医であるサラと元夫で警察署著のジェフリーらが解明していく、サスペンス・ミステリーである。
スケート場でジェフリーを待っていたサラは、トイレで生まれたばかりの赤ん坊の死体を発見する。一方、スケート場に到着したばかりのジェフリーは駐車場で少女が少年に銃を突きつけている場面に遭遇した。説得を試みたジェフリーだったが少女が銃を発射する気配を見せたため、射殺してしまった。少女はサラの患者でもあったジェニーで、殺されていた赤ん坊はジェニーが産んだものと推測されたのだが、ジェニーの死体を解剖したサラは、ジェニーが出産できない体だったことを発見し、さらにジェニーの体に虐待の痕があることにも衝撃を受け、自分は重要なことを見逃していたのではないかと自分を責めるのだった。またジェフリーは赤ん坊は誰の子供なのか、ジェニーはなぜ少年を殺そうとしたのか、という二つの事件の解明を担うことになり、しかもジェニーを撃ってしまったことにも重い責任を感じて苦悩するのだった。 殺された赤ん坊の親は誰なのか? ジェニーはなぜ少年・マークを殺そうとしたのか、二つの謎を解いて行くメインストーリーに、サラとジェフリーの復縁を巡る関係の変化、前作「開かれた瞳孔」で深刻な心の傷を負ったジェフリーの部下であるレナの動揺、ジェニーとマークをはじめとする少年・少女たちの不安定な関係と複雑な背景などが加えられ、物語は最後まで予断を許さない。視点は主に警察側、捜査側に置かれているのだが、単なる事件捜査ものではなく、サイコ・ミステリー的でもあり、アメリカの病を暴き出した社会派ノワール的でもある。 「ウィル・トレント」シリーズをはじめとするカリン・スローターのファン、残虐な場面に耐えられるサスペンスのファンにオススメする。 |
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ハイスミスとヒッチコックの傑作「見知らぬ乗客」へのオマージュ作品。飛行機に乗り合わせた二人がお互いの妻の殺人を受けあうという「交換殺人」ジャンルに挑んだ意欲作である。
ワイン事業で成功したビジネスマン・サンディは、ロンドンからの帰国便で隣り合った画廊経営者ピーターと意気投合、一緒に酒を飲みヒッチコックの名画「見知らぬ乗客」を見ている間に、お互いに関係が冷め切っている妻との関係を清算する「交換殺人」を約束する。二人はN.Y.で密かに会い、サンディの妻・ジョーンの殺害手順を確認する。しかし、直前になって怖じ気づいたサンディはピーターに中止するように伝言したのが、ジョーンは殺害されてしまった。警察からは妻殺しの疑いをかけられたサンディだったが確たる証拠はなく、逃げ切った。しかし、ピーターからは彼の妻・ヘレナ殺害の実行を迫られ、計画をおぜん立てされ、現場に連れていかれたのだった。ところが、思いもかけないことが出現し、事態は想像もつかない展開を見せ始めるのだった…。 「交換殺人」という、目新しくもないジャンルに果敢に挑んだ巨匠・ウッズ。さすがのストーリーテラーぶりを発揮し、主人公の立場が目まぐるしく変化するサスペンスあふれるエンターテイメント作品に仕上がっている。出版社は「サイコスリラー」と銘打っているが、サイコというよりはノワール的な物語である。 犯罪小説のファン、現代的な軽めのミステリーのファンにおススメする。 |
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1960年代に人気を博したフェローズ署長シリーズの第5作の新訳版。13歳の美少女が行方不明となった事件を地道な聞き込みとまっとうな推理で解決に導く、オーソドックスな警察捜査ミステリーである。
誰からも評判が良い13歳の美少女・バーバラが行方不明だと、シングルマザーのエヴリンから届出があった。バーバラは前夜、初めてのダンスパーティーに出かけ、エヴリンはそれ以来顔を見ていないという。ダンスに出かけたパートナーの上級生や学校関係者を調べても何も見つからず、警察は母親の関係者にまで捜査範囲を広げたのだが、犯罪の証拠はもちろん、バーバラの生死さえつかむことができなかった。バーバラはなぜ姿を消したのか? フェローズ署長を中心に捜査陣は徹底的なアリバイ確認を続け、ついにたどり着いた結論は…。 アメリカの警察小説としては例外的に、銃弾が一発も発射されることがなく、ただひたすらに聞き込みと証拠集めに徹して解決していくプロセスは、ヨーロッパの警察ミステリーのテイストである。フーダニット、ワイダニットの謎解きも、現代のレベルからすれば物足りないが、オーソドックスなミステリーとしては高レベルと言える。 ヒラリー・ウォーのファンはもちろん、英国、北欧系の警察ミステリーのファンには自信をもっておススメする。 |
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日本でも「ブルックリンの少女」、「パリのアパルトマン」が評判を呼んだフランスの人気作家の2019年の作品。地中海の小島に隠棲するかつての人気作家のもとを二人の人物が訪ねて来たのと同時に、女性惨殺死体が発見されるという、孤島を舞台にした謎解きミステリーである。
20年前、絶大な人気を誇りながら断筆し、以来、表舞台に出なくなっている作家・フォウルズに自分の作品を見てもらいたいと熱望するフォウルズの大ファンで作家志望の若者・ラファエルは、島の小さな書店に就職し、作家に近づこうとする。また、行方不明になったフォウルズの愛犬を保護したという女性記者・マティルドが現われ、それをチャンスにフォウルズの家に入り込もうとし、フォウルズの隠遁生活が脅かされそうになる。同じ頃、島の海岸で女性の惨殺死体が発見され、島を管轄する海軍は捜査のため島を封鎖することになった。被害者の身元は分かるのか、犯人は島の中にいるのか? 閉塞する島の中で、事件の謎とフォウルズの過去を巡る謎が絡み合い、思いもかけない真相が明らかになって行く・・・。 殺人の謎解きミステリーとしては、最後の種明かしに衝撃度があるものの、前2作に比べるとやや冗漫。その代わり、作家が断筆した理由の解明が大きな要素を占めており、作家と作品、インスピレーションの関係を深掘りする創作の秘密物語というテイストが強い。 物語の中に物語が組み込まれ、最後にはミュッソ本人も登場するという構成で、「作家が小説を書くとは、どういう行為か」に興味がある人には強くオススメするが、謎解きミステリーを楽しみたいという人には「読んでも損ではない」というところだ。 |
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横山秀夫のデビュー作。時効寸前の殺人事件の解決に執念を燃やす警察小説であり、無軌道に生きていた高校生たちの内面を丁寧にたどった青春小説でもある。
15年前に自分が勤める高校で自殺した女性教師は実は殺害されたのだという密告電話を受けた警視庁は、すぐさま捜査を開始した。というのも、事件から15年の時効が明日に迫り、24時間しか残されていなかったからだった。タレコミでは、事件発生当時、高校三年生だった三人組が「ルパン作戦」と称して、期末テストを入手するために高校内部に侵入していたという。三人組を重要参考人として連行し取り調べを始めた警察は、彼らがたまり場にしていた喫茶店「ルパン」の店主が府中三億円事件の容疑者として取り調べられた男だったことにも驚かされた。高校生のいたずらともいえる事件は、戦後最大の未解決事件までつながっているのだろうか? 刻々と迫る15年の時効を前に、警察は時間との戦いに挑むのだった。 女性教師殺人の謎解き、三人の高校生の揺れる心情、そして三億円事件という盛り沢山の素材を、ものの見事に整理して展開し、緊張感のあるタイムリミット・ミステリーに仕上げている。高校生の行動、犯人の動機、犯行の背景などに若干の粗さが見えるものの、それ以上に読者をひきつけるパワーを持った一級品のエンターテイメント作品と言える。 警察小説、謎解きミステリーのファンにおススメする。 |
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ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズで知られるボックスのシリーズ外作品。カナダ国境に近い森林地帯で牧場を営む男の自分の信念をかけた戦いを描いたサスペンス・アクションである。
アイダホ州北部の小さな町に住む12歳のアニーと弟のウィリアムは、森の中で二人だけで釣りをしていて、集団によるリンチ殺人を目撃した。姉弟が目撃したことに気づいた犯人たちは二人を捕まえようとしたのだが、二人は追跡を逃れて森のはずれにある牧場に逃げ込んだ。老牧場主・ジェスが一人で切り盛りする牧場で、ジェスは二人をかくまってくれる。殺人事件を起こしたのは退職して移住してきたL.A.の元警官たちで、姉弟の口封じのために地元保安官に協力を申し出て捜査陣に加わり、捜査の権限を奪ってしまう。丁度その時、8年前にロサンゼルス郊外で起きた強盗殺人事件の捜査に執念を燃やす元刑事・ヴィアトロが町に入り、じわじわと犯人に近づいていた。犯行を隠すためになりふり構わずアニーとウィリアムを追い詰める元警官たちに対し、二人を守ることを決心したジェスは誇りと命を賭けて戦いを挑むのだった。 これはまさに、襲ってくる敵に正面から挑んでいく正統派のウェスタンである。家族を失い、代々受け継いだ牧場も人手に渡る寸前まで追い込まれた老カウボーイが、信念と正義のために戦う一徹さが心を打つ。また、個性豊かな主要登場人物たちもきちんと書き分けられているので非常に読みやすく、感情移入を容易にしている。さらに、ワイオミングと同じ大自然の豪快さも魅力的で、ジョー・ピケット・シリーズに負けず劣らずのすがすがしい読後感が得られること間違いなし。 ジョー・ピケットのファンはもちろん、ウェスタン小説のファン、爽やかなアクション・サスペンスのファンに自信をもっておススメする。 |
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1950年代後半、冷戦下でCIAが実行した秘密作戦をベースに、文化スパイ活動と女性の生き方を華やかに描いた傑作エンターテイメント。デビュー作ながら出版権が200万ドルで落札され、エドガー賞新人賞候補にもなったというのも納得である。
1956年、ロシア移民の娘・イリーナはCIAのタイピスト募集に応募し採用されたのだが、採用された理由はタイピング能力ではなく、スパイの素質を見込まれたためだった。タイピストを隠れ蓑に訓練を受けたイリーナが抜擢されたのは、ソ連では反体制的として出版が禁止されたパステルナークの小説「ドクトル・ジバゴ」を出版し、ソ連の国民に渡してソ連の言論統制の実態を知らせようという作戦だった。 本作のベースとなったのは実際にCIAが実行した作戦で、著者は機密解除された当時の資料を基に物語を膨らませていったという。史実に基づくスパイ物語だけに、様々なエピソードにリアリティがあり、ノンフィクションかと思うほど臨場感がある。さらに、文学の力が体制を変えるという夢を信じた人々の物語として、また作者の愛人となる女性やスパイ活動を担った女性たちの物語としても読みごたえがある。 スパイものだけには終わらない魅力的な現代史エンターテイメントとして、ミステリーファン以外の方にもおススメしたい。 |
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産業スパイ・鷹野一彦シリーズの第二作だが、「太陽は動かない」で華々しく登場したダークヒーロー・鷹野一彦が誕生するプロセスのお話、つまり三部作のスタートと言える作品である。
沖縄の離島の高校三年生・鷹野一彦は友人にも恵まれた高校生活を送る、一見普通の高校生だが、実はある産業スパイ会社からスタッフとして養成されている孤児だった。学校生活と並行して実技訓練を受けており、18歳になった時点でスタッフとして生きていくか否かの決断をすることになっていた。最後の実技訓練ともいうべき仕事は国際水メジャー企業の日本進出を巡る案件で、先輩と組んで動いていた鷹野は裏切りに合い命の危険にさらされたのだった…。 鷹野が所属する産業スパイ組織・AN通信は身寄りのない子供を長期にわたって訓練して育てているという、なかなか漫画チックな設定なのだが、それを感じさせないリアリティがある。特に前半、鷹野の高校生生活の部分は青春ロードノベルの趣があり、鷹野の過酷な過去との対比で共感を呼ぶ。後半、産業スパイ活動の部分では権謀術策とアクションが華やかで、よくできたコンゲームを楽しめる。 本作だけでは面白さが半減とまでは言えないが、シリーズ全体を読む方がより楽しめることは間違いない。 |
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アメリカ警察小説の巨匠がドキュメント・タッチのインタビュー形式での謎解きという新手法に挑んだ警察ミステリー。事件関係者の供述を時系列で並べて臨場感を出すことに成功した、斬新な(1990年発売)エンターテイメント作品である。
米国東部のどこにでもあるような平凡な町・ロックフォードで、一人の女子高校生が殺された。きちんとした家庭のお嬢さんだった少女は、ベビーシッター中にレイプされ殺害されたのだった。当初は、事件当時町に現れた不審な流れ者が容疑者と目されたのだがアリバイが確認された。事件は、この町の誰かが起こしたのではないか? 町は平穏な様相を一変させ、警察への批判、犯罪への恐怖、隣人に対する疑心暗鬼が沸き上がり混迷を深めていく…。 警察が殺人事件の謎を解くというオーソドックスなミステリーだが、事件の経過、捜査の過程を関係者の証言や会議の議事録で再現していくという、実録ものを読むような手法が成功している。事件の背景、犯行動機などは平凡だが、捜査の進展を同時進行で追いかけているようなリアリティがあり、最後までサスペンスが維持される。 警察ミステリーのファンなら読んで損はないとオススメする。 |
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2018~19年に週刊誌連載されたものを加筆・改稿した長編小説。老人介護施設での殺人事件をきっかけに、人間の闇の深さを抉り出そうとしたヒューマンドラマである。
琵琶湖の湖畔にある老人介護施設で100歳の男性が人工呼吸器が止まったために死亡した。機械の故障か人為的なものなのか? 警察は女性介護士の犯行を疑い、執拗に追い詰めていく。その過程で出会った刑事・濱中と介護士・佳代は互いの欲望をぶつけ合うことで関係を深めていくようになる。一方、30年前の薬害事件を取材していた週刊誌記者・池田は現場が近かったことから介護施設の事件も取材することになったのだが、殺人事件の被害者は薬害事件に関係がある疑いが出てきた。さらに調査を進めると、薬害事件の背後には満州での731部隊の存在がかかわっているようだった・・・。 介護施設での殺人、薬害事件、731部隊という3つのエピソードが絡み合い、さらに尋常ではない男女の関係性が重ねられ、きわめて複雑な構成の物語である。そのため前半部分ではひりひりするサスペンスがあるのだが、最後にはすべてを放り投げたようなエンディングで、最初に広げすぎた大風呂敷が上手くたためなかったような、肩透かしを食らった感じが残ってしまうのが残念。 「悪人」や「怒り」を超えるレベルではないが、吉田修一らしい悪意を秘めたミステリーとして、吉田修一ファンにはおススメできる。 |
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デビュー作にして2019年の英国推理作家協会(CWA)のヒストリカル・ダガー賞候補になったという歴史ミステリーである。ホームズが活躍していた19世紀末のロンドンを舞台に、トランスジェンダーの素人探偵が殺人事件の謎を解くという凝った構成で、歴史ミステリーとしてはもちろん本格謎解きミステリーとしても高レベルな作品である。
ロンドンの解剖医の助手を務めるレオは、運び込まれた死体を見て失神するほど衝撃を受ける。頭を殴られ、テムズ河岸に捨てられていた死体は、レオが愛し、いつかは一緒に生活したいと願っていた娼婦のマリアだったのだ。厳格な牧師の次女・シャーロットとして生まれながら心と体の違和感に苦しみ、15歳で家出してロンドンで男として生きているレオは、その秘密を知りながら偏見なしで接してくれるマリアに、娼婦と客以上の関係を夢見ていたのだった。ショックで仕事を休んでいたレオのもとに刑事が訪ねてきて、マリア殺害容疑で逮捕されたのだが、翌日、名前も知らない有力者の力によって釈放される。マリアのためにも真相を明らかにしたいと願うレオは、なりふり構わず真犯人を追いかけるのだった。 同性愛はもちろん異性装さえ犯罪とされていた時代に、主人公がトランスジェンダーで、常に男性としてふるまうことを余儀なくされているという設定が衝撃的かつユニーク。女であることがバレただけで終わってしまうレオの焦燥感がビリビリと伝わってきて、全編のサスペンスを盛り上げている。また、フーダニット、ワイダニットもきちんと書かれており、本格的な謎解きミステリーとして評価できる。さらに、19世紀末のロンドンの社会風俗も興味深い。 歴史ミステリーだけではない面白さを備えており、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。 |
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雑誌掲載の6作品に書き下ろし1作を加えた、文庫オリジナルの短編集。書かれた時期も掲載誌もばらばらだが最後の書き下ろしで、ぼんやりとテーマが見えてくる伊坂マジックが効いたエンターテイメント作品である。
どの作品も「今ある世界」と「ありえたかもしれない世界」がシュールにつながっていて、あなたが生きている現実はどこまで現実なのかを問いかかられているような不安感、浮遊感を覚える。そこを楽しめる方におススメする。 |
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大ヒット作「クリムゾン・リバー」の続編。蘇ったニエマンス警視が新たなパートナーと組んで、ドイツの黒い森を支配する富豪一族の闇に切り込んでいく警察サスペンスである。
前作で川に流されたはずのニエマンス警視だが実は生きていて、警察学校の講師を勤めた後、警察組織を横断して難事件にあたる、たった一人だけの新設部署を任されることになった。警察学校の教え子であるイヴァーナを新たな相棒に選んだニエマンスが取り組んだのが、フランスとドイツの国境地帯に広がる「黒い森」を支配する貴族フォン・ガイエルスベルク一族の当主が黒い森のフランス内で狩猟中に惨殺された事件。ニエマンスとイヴァーナは富豪が住むドイツに乗り込み、地元警察と衝突しながら捜査を進めることになったのだが、歴史ある貴族として超法規的な存在であるフォン・ガイエルスベルク一族には、広大な黒い森と同様の得体のしれない、深い闇が隠されていた・・・。 フランス警察で随一の捜査能力を持ちながらあまりに激しい暴力衝動のために、警察の持て余し者になっているニエマンスの基本は変わっておらず、予想を裏切る言動で周囲をひっかきまわしていく。しかも、相棒のイヴァーナも一筋縄ではいかぬ性格で、二人のコンビが時に反発しあいながらも助け合い、最後に事件を解決するという一種の警察バディものとして楽しめる。事件の背景は、富豪の一族の秘密というよくある話で、事件の構図もさほど凝ったものではないが、警察と犯人の攻防のサスペンスはまずまずの読み応えがある。 ニエマンスの異常な犬恐怖症の秘密が明かされるというボーナスもあり、前作で魅了された方には絶対のおススメ作である。 |
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ノルウェーの女性警部補ハンナ・シリーズの第二作。大量の血が残されている現場なのに被害者がいない不可解な連続事件と女子学生レイプ事件に取り組む、本格的警察ミステリーである。
現場には大量の血が残されているのに被害者が見つからない不可解な事件が相次いで発生。どれも土曜日に起きていた。同じ頃、一人暮らしの女子学生クリスティーネが自宅でレイプされる事件が起きた。多数の事件をかかえるハンネ警部補は地道な捜査で二つの事件のつながりを見つけるのだが、なかなか犯人を特定することが出来なかった。一方、警察が頼りにならないと確信した被害者クリスティーネの父親は自分の手で犯人を見つけ出し、復讐しようと決心する・・・。 卑劣なレイプ犯に対し警察や司法が無力だと思ったとき、市民はリンチの誘惑に駆られる。元法務大臣でもあるホルトは当然のことながら法の正義が貫かれるべきで私刑(リンチ)には否定的なのだが、レイプに対する刑罰や社会の認識が甘いことにいら立ち、そこに警鐘を鳴らす意味で書き上げられた作品と言える。さらに、移民の受け入れもサブテーマとなっており、極めて社会性が強い作品だが、ミステリーとしての完成度も合格点である。 シリーズ・ファンはもちろん、警察ミステリー・ファンには安心してオススメする。 |
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大阪府警シリーズの第6弾(文庫表4の解説による)。行方不明で事故死と思われていた日本画家の白骨死体が発見されたのをきっかけに、画商の世界の闇を暴き事件を解決するオーソドックスな警察ミステリーである。
丹後半島で行方不明になったはずの日本画家の白骨死体が富田林で発見された。大阪府警捜査一課深町班が担当になり、ハンサムコップこと吉永刑事は頼りない新人刑事・小沢と組み、被害者の背後関係を洗うことになった。まったく知識のない画商、画廊、美術ジャーナリストの世界を訪ね歩く二人は様々な壁に突き当たるのだが、やがて贋作づくりが絡んでいるらしいことをつかむ。ところが、事件の全体像が見えないうちに、関係者の一人が能登半島で死んでいるのが発見され、青酸カリ自殺と思われた。が、自殺説に違和感を持った吉永は粘り強い聞き込み捜査を続け、ついに犯人を特定したと確信したのだが、状況証拠ばかりで決定的な物証をつかむことができなかった・・・。 犯行動機の解明、アリバイ崩しなどオーソドックスな謎解きが中心になっており、正統派の警察ミステリーと言える。もちろん、シリーズの大きな魅力である大阪弁でのやり取り、とぼけたエピソードもたっぷりで安定した面白さは失われていない。さらに著者が得意とする美術関係の裏話が満載で飽きさせない。 大阪府警シリーズのファンはもちろん、警察ミステリーのファンには絶対のおススメである。 |
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