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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1167件
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オーストラリアの人気作家・ロボサムが「生か、死か」に続く二度目のゴールド・ダガー賞を受賞した作品。異常な経歴から心に深い傷を持つ少女と凄絶な過去を抱える臨床心理士が殺人事件の謎を解く長編ミステリーである。
子供の時、両親と妹たちが実の兄に殺されるという過去を持つ臨床心理士のサイラスは、男の腐乱死体が発見された家の隠れ部屋に潜んでいるのを発見された少女・イーヴィの診断を依頼された。児童養護施設に保護されており、攻撃的で誰とも心を通わせないイーヴィだが、実は高い知性を持ち「人がついた嘘を見破る」という能力を備えていた。サイラスは、一筋縄ではいかない狡猾なイーヴィを里親として自宅に引き取り、試行錯誤しながら心を通わせようとする。同じころ、イギリスフィギュアスケート界の新星と呼ばれた15歳の少女・ジョディが行方不明になり、暴行殺害される事件が発生。サイラスは心理学の専門家として警察から捜査への助力を依頼される。捜査が進むにつれ、優等生と思われていたジョディの隠された一面が明らかになり、犯行の動機も犯人像も謎が深まるばかりだった…。 「天使と嘘」のタイトルが示すように「よい少女」と「悪い少女」が主役になるのだが、イーヴィとジョディのどちらがどっちなのか? 二転三転するストーリー展開はスリリング。さらに極めて特異な過去を引きずるサイラスとイーヴィの二人の鏡の裏表のような心理戦もサスペンスがある。ただ、物語の構成としては「生か、死か」には及ばない。本作は新シリーズの第一作ということで、今後の展開に期待したい。 心理ミステリーのファンにオススメする。 |
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「グラント郡」シリーズの第三作。地元の大学で起きた複数の殺人事件を巡る警察ミステリーだが、真相解明と同じかそれ以上に主要な登場人物たちの人間模様が印象的な作品である。
大学の敷地内で橋から飛び降りたように見える男子学生の遺体が発見された。遺書らしき書置きが見つかり、しかも以前に自殺未遂を図っていたことから自殺と思われたのだが、現場に臨場した検死官サラに付いてきた妹のテッサが襲われて重傷を負ったこともあり、警察署長ジェフリーとサラは他殺も視野に入れた捜査を開始した。さらに、遺体の第一発見者である女子学生が自室で銃を使って頭を吹き飛ばしているのが発見された。連鎖自殺なのか、連続殺人なのか? 死亡した二人の関連が見つからない捜査は混迷するばかりだったが、自分の元部下で大学の警備員であるレナの態度に不審を抱いたジェフリーは隠されている関係性を探し出そうとする…。 フーダニット、ワイダニットの警察ミステリーの本筋を押さえながら、不幸な過去を引きずらざるを得ない人間の複雑さ、悲しさを追求したヒューマンドラマとしても成功している。また、サラとジェフリーの元夫婦を中心にした人間関係の変化もシリーズ読者には見逃せない。真相が解明されたとき、やや違和感が残るのがちょっと残念。 スローターのファンには絶対のオススメ。サイコ・サスペンス、警察ミステリーのファンにもオススメする。 |
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梁石日の代表作とも言える、実父を主人公にした自伝的長編小説。戦前に済州島から渡ってきた少年が暴力だけを頼りに戦前、戦中、戦後の大阪の朝鮮人社会を生き抜いていくバイオレンスとノワールの物語である。
主人公(作者の父親)の暴力にしかアデンティティを持てない生き方がすさまじく、その一点だけで強烈なインパクトを残す。同調圧力の強い日本人社会に安住する現代人は、想像を絶する物語に息をのむこと間違いなし。極端に好悪が分かれる作品と言える。 |
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堀内と伊達のヤメ刑事コンビ・シリーズの第4作。金塊強奪事件で消えた5億円の金塊を追って大阪から淡路島、福岡、湯布院、名古屋まで二人が走り回る痛快なバディ・ノワールである。
競売で落札した物件の占有者排除に向かった伊達は、現場にいたチンピラが金塊密輸と金塊強奪事件に関係していたこと知る。しかも、白昼堂々と実行された犯行が狂言強盗らしいと読んだ伊達は相棒・堀内を誘い、消えた金塊を横取りしようと計画した。しかし、事件に関係するのは半グレグループ、ヤクザ、怪しげなブローカーなど一筋縄ではいかない奴らばかり。はったりと暴力・知力では決して引けを取らない堀内・伊達コンビも苦戦を強いられ、二人とも負傷する羽目に陥った。それでも目には目を、歯には歯をで警察や暴力団の伝手を頼り、金塊を手に入れるのだった…。 実際に起きた事件を想起させるストーリー、いつもながらの強烈なキャラクター、テンポのいい会話とユーモアなど、読み進めるのが実に楽しい一級品のエンターテイメントである。さらに本作では、一人で暮らす堀内の自由さの影の一抹の不安も垣間見え、しみじみした味わいも加わっている。 シリーズのファン、黒川ファンには絶対のオススメ。バディもの、ハードボイルドのファンにもオススメする。 |
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中国で大ヒットし、ドラマ化もされて社会現象になったという長編サスペンス。中学生たちが企んだ完全犯罪が成功するかどうか、最後までハラハラドキドキさせる傑作ミステリーである。
成績抜群の優等生の中学二年生・朱朝陽の家に、幼馴染の丁浩と妹分だという女の子・普普が突然現れた。孤児院から脱走してきた二人は行く当てもなく、朝陽は仕方なく匿うことになった。三人でハイキングに出かけた山で撮ったビデオを見た彼らは、殺人の動かぬ証拠となる衝撃的なシーンを目撃することになった。事件は、義父母の財産を狙う入り婿・張東昇が事故に見せかけて殺害したもので、警察は張の目論見通り事故として処理したのだった。警察に通報すべきなのだが、通報すると丁浩と普普が孤児院に戻される懸念があるため三人は躊躇する。さらに、丁浩と普普が安全に暮らすための資金を、殺人犯を恐喝して得ようと三人は考えた。こうして、殺人犯と中学生の虚々実々の駆け引きが始まり、家族や警察も巻き込んで事態は泥沼化していくのだった。 張と三人の完全犯罪の企みは成功するのか否か? 一筋縄ではいかない展開で、最後まで引き付ける。さらに事件の背景となる中国現代社会のひずみがリアリティたっぷりで、「東野圭吾作品にインスパイアされた」というのがよく分かる社会派エンターテイメント・ミステリーに仕上がっている。面倒な中国人名もルビ付きで読みやすく、本文のリーダビリティがよいのも好感度が高い。華文ミステリー、侮るなかれである。 東野圭吾ファンなら高評価間違いなし。国内海外を問わず現代社会派ミステリーのファンにオススメする。 |
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ジョー・ピケット・シリーズの第10作。山奥で遭遇した双子の兄弟に襲われ重傷を負ったジョーが自分の信念を貫くために再度、敵に立ち向かっていくアクション・サスペンスである。
家族が住む地元に帰ることになったジョーは任地での最後の仕事として単身パトロールに出て、人跡まれな奥地で不審な様相の双子の男に遭遇した。彼らが許可証を持っていないためジョーは違反切符を切るのだが、翌日、彼らに襲撃された。必死に逃げる途中で山中のキャビンに住む女性に出会い、何とか生還することができた。双子のことを調査すると不可解なことがいくつもあり、さらに2年前から行方不明の女性が関係しているのではないかと判明するに至り、ジョーは親友・ネイトの助けを借りて、再び双子と対決することになった。 事件の背景は複雑だが、メインストーリーは法と秩序と正義のためには自分のすべてをかけて戦うというジョーの生き方の物語で、まさに本シリーズの基本に立ち返った感がある。舞台となるワイオミングの山々、ジョーを取り巻く家族や友人などのエピソードも、いつも通りの読み応えである。 シリーズ読者には外せない作品であり、またシリーズ未読の人にも十分に楽しめる作品としてオススメする。 |
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スウェーデンでベストセラーになったという、54歳の遅咲き作家のデビュー作。すさまじい拷問を受けた男の発見をきっかけに判明した、猟奇的な連続殺人事件をテーマにしてサイコ・サスペンスである。
ストックホルム郊外で全裸で磔にされた上に局部を切り取られるという拷問を受けた男が発見され、その場は生き延びたものの病院で死亡した。国家犯罪捜査部のカール警部たちが捜査を始めたのだが、次々に同じような拷問を受けた死体が見つかり、連続殺人の様相を呈してきた。被害者は過去に凶悪犯罪を犯した男たちという共通点があり、犯罪組織絡みか、過去の被害者家族の報復かと疑われた。事件を知った新聞記者・アレクサンドラは独自の情報源を基に事件の背景を抉り出そうとセンセーショナルな報道を続ける。そして明らかになった事件の真相は悲惨で衝撃的なものだった…。 基本構成は犯人捜しの警察ミステリーなのだが、読みどころは事件の様相と犯行動機の方にあり、その意味ではサイコ・サスペンスである。最初にすさまじい拷問シーンで引き付け、中盤は犯人の独白で考えこませ、最後に思いもよらぬどんでん返しで驚かせるという巧みな技が光る。さらに、主要な登場人物が抱える個人的な人間ドラマも多彩で面白い。ただいかんせんオチが苦しい。大風呂敷を広げすぎて畳み切れなかったようなもどかしさを感じざるを得なかった。 北欧ミステリーのファン、「その女 アレックス」などのサイコ・サスペンスのファンにオススメする。 |
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スペインでベストセラーを記録した匿名女性作家のデビュー作。猟奇殺人事件の驚天動地の真相を描いた警察サスペンス・ミステリーである。
マドリードの公園で頭に穴をあけ、蛆虫を埋め込むことで若い女性を殺害するという猟奇的な事件が発生した。被害者は結婚を目前にした花嫁であるばかりでなく、姉も7年前に同じ手口で殺害されていたのだった。しかも、姉の事件の犯人は現在服役中だという。ということは、服役中の犯人は冤罪で他に真犯人がいるのか、それとも模倣犯なのか? この難事件を担当するのはスペイン警察捜査本部長直属の精鋭「特殊分析班」で、リーダーのエレナ・ブランコ警部をはじめとする個性的なメンバーが各々の特技を駆使し、二つの事件をつなぐ深い闇を暴いていく…。 まず第一に事件の様相が、これまでのサイコ・サスペンス作品と比べても際立って印象的なほどおぞましく、強烈なインパクトを残す。さらに、事件の真相が明らかになったとき、そこからさらに深い谷に突き落とされるような怖さが襲ってくる。読み終えても爽快な読後感は皆無だが次作を待ち望んでしまう、第一級のサイコ・サスペンスである。また、ブランコ警部をはじめとするメンバーのキャラクター、警察組織内部の軋轢、スペイン社会におけるロマ(いわゆるジプシー)族の立ち位置などのサブストーリーも魅力的。スペインでは大ヒットし、すでに3作目まで刊行されているというのも納得できる。 サイコ・サスペンス、警察ミステリーのファンにオススメする。 |
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アメリカの女性作家の初ミステリー長編で2018年のMWA最優秀長編賞ノミネート作品。ダラス市警麻薬捜査課の女性刑事が体を張って難事件に取り組んでいく、警察ハードボイルドである。
NY市警からダラス市警に転職したベティはテキサスでは数少ない女性刑事として、保守的な社会や男性警官と衝突を繰り返しながらも実績を上げてきた。ある日、チームリーダーとして臨んだ捜査が思わぬハプニングで失敗し、逮捕をもくろんでいた麻薬カルテルの大物ディーラーが逃亡、さらに殺害されるという事態に陥った。カルテルの口封じなのか、縄張り争いなのか、執念の捜査を続けるベティのもとにディーラーの頭部が届けられという脅迫を受けた…。 180㎝を超える長身、男性警官をしのぐ身体能力、男性社会の圧力にへこたれないタフな精神の持ち主であるヒロインは、さらに女性医師と同棲するレズビアンであり、燃えるような赤毛という目立ちすぎる存在でもある。それだけに周囲のすべてと戦うことになり、並のハードボイルド・ヒーローには思いもつかないハードなストーリーが展開される。その破壊力はランボーかアマゾネスかと思うほど。 アクション・サスペンスがメインのハードボイルドのファンにオススメする。 |
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「闇という名の娘」、「喪われた少女」に続くアイスランドの女性刑事・フルダシリーズ三部作の完結編。猛吹雪に襲われたクリスマス直前の時期にアイランド高原地帯の孤立した農場で起きた悲劇の事件を巡る、謎解きミステリーである。
1987年のクリスマスを目前にした猛吹雪の日に、集落から遠く離れた農場で暮らすエイーナルとエルラ夫婦の家に一人の男が現れた。こんな天候の日に人が訪れることなどありえないと思ったのだが、狩猟中に迷ったという男の言い分を信じて招き入れ、泊まらせることにした。すると、男の話はあいまいで、夜中に家の中を探っているようだった。不安を感じた夫妻は男を問い詰めようとして、逆に殺されてしまう。同じころ、フルダは若い女性の失踪事件を追っていたのだが成果を上げられず、しかも反抗的な娘・ディンマのために家庭内でも深刻な悩みを抱えていた。ここまでが、第一部。第二部は、その二か月後、エイーナルとエルラの死体が発見され、捜査のためにフルダが派遣される。そこでフルダが見つけた事件の真相は…。 第一部で思い込まされていた事件の構図が第二部で大逆転されるのが、本作の成功の要因。ワイダニットのだいご味が味わえる。本シリーズは第一作から三作へ年代をさかのぼっていくという特異な構成の三部作であり、読む前から本作で悲劇が起こることは分かっているのだが、それでもサスペンスを感じながら読み進められる。 逆年代記のシリーズなので、第三作の本書から読み始めても問題ないが、やはり第一作から読む方が断然面白い。北欧ミステリーのファンなら絶対に大満足できるだろう。 |
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2011年から12年にかけて「オール読物」掲載6作品の短編集。黒川ファンにはおなじみの書画・骨董の世界を舞台にした狐とタヌキの化かし合い話である。
常識人なら絶対に近づかないであろう「だまされた方が悪い」という世界での真剣勝負の知恵比べ。魑魅魍魎同士の金とプライドを賭けた駆け引きが面白い。騙したはずが騙されていた欲望まみれの人間の愚かしさと可笑しさが極上の大阪弁と相まって、痛快なエンターテイメント作品に仕上がっている。 疫病神、大阪府警の2大シリーズとは異なる、気楽な読み物として、今後も新作を期待したいシリーズである。 |
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ジョー・ピケット・シリーズで知られるボックスのノンシリーズ作品。コロラド州デンヴァーに暮らす平凡な男が妻と養女を守るために、西部劇の主人公のように奮闘するハードボイルド・アクションである。
デンヴァー市の観光協会に勤めるジャックは愛する妻・メリッサと8か月になる養女と幸せな日々を送っていた。しかし、養女の実父である18歳の少年・ギャレットが突然親権を主張し、養女を引き渡せと言ってきた。しかも、ギャレットの父親は地域の有力者で法曹界に影響力がある連邦判事で、三週間以内に引き渡さないと法的な実力手段を実行すると言う。法的には勝ち目がなく、何とか穏便に親権を放棄してもらいたいと願うジャックとメリッサだったが、生まれつきのワルであるギャレットは仲間を引き連れて二人に様々な嫌がらせを仕掛けてきた。ジャックとメリッサに味方する友人たちが助けてくれていたのだがギャレットの嫌がらせは止まず、ついには友人の命まで奪うに至り、ジャックは法に従うことを拒否し、銃で家族を守ろうとする…。 法と秩序より銃と情理を優先する典型的なアメリカン・ヒーロー物語である。そのために、悪はあくまでも残酷で卑劣に描かれている。自分が信じる正義のためには殺人も辞さない、まさに西部劇、日本の仁侠映画の世界である。 基本的なテイストはジョー・ピケットものと同じで、シリーズ・ファンなら安心して楽しめることを保証する。 |
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1993年~97年に雑誌掲載された7作品を収めた短編集。同じタイトルで3冊あるようだが、今回読んだのはポプラ文庫版(2016年)。
扱われているのは麻雀から手ホンビキ、ブラックジャック、バカラなど様々だが、いずれもギャンブラー心理をつかんだストーリー、心理描写で面白い。特に麻雀の読み、カジノでの必勝法などは実践的かもしれないが、ギャンブルをしない読者でも軽い読み物として十分に楽しめる。 |
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フランスの人気警察小説「マルタン・セルヴァズ警部」シリーズの第4作。セルヴァズの宿敵・ハルトマンが帰ってきて、命を賭けた戦いを繰り広げるサスペンス・ミステリーである。
ノルウェーの教会で発見された女性惨殺死体にオスロ警察の女性刑事シュステンの名前が記されたメモが残されていたため、シュステンは被害者が働いていた北海に浮かぶ石油プラットフォームに飛んだ。そこでシュステンは悪名高き殺人鬼・ハルトマンのDNAを発見し、さらに部屋に残されていた大量の隠し撮り写真を見つけた。被写体がフランスの警部・セルヴァズであることを知ったシュステンはフランスに赴き、セルヴァズとの合同捜査を申し込む。最初は反発を覚えたセルヴァズだったがシュステンの熱意に応え、捜査に力を入れ始めたのだが、丁度そのころ、セルヴァズが過剰な暴力をふるったという訴えがあり、自由に動き回ることが難しくなり始めた。それでも二人は力を合わせハルトマンを追い詰めるのだが、ハルトマンが張り巡らせた奸計が二人の前に立ちはだかった…。 文庫本で700ページ近い長編で前半部分は展開が遅く、中だるみもあり、物語の骨格となる部分にルール違反的な仕掛けがある(最後の方で判明する)のも白ける。それでも最後まで読み続けられたのは、何と言っても悪役・ハルトマンの存在感が際立っていること。レクター博士には及ばないもののなかなかのキャラクターである。シリーズ第1作~第3作は未読なのだが、十分に楽しめた。 フレンチ・ミステリー、北欧ミステリー、サイコ・サスペンスのファンにオススメする。 |
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2008年に刊行された単独作品。認知症の母が漏らした地名から自らの出生の秘密を探ろうとした女性書家の行動が国境の港町の暗部につながっていく、ヒューマン・ノワール・ミステリーである。
釧路で書道教室を営む夏紀は、新聞の短歌欄に出てきた「涙香岬」の名前に驚き、作者である根室在住の元教師・沢井徳一を訪ねることにした。というのも、初期認知症を患う母・春江が「ルイカミサキに行かなくちゃ」とつぶやくのを耳にしていたからだった。母一人子一人で父親を知らない夏紀は、自分の出生にかかわる何事かが涙香岬にあるのではないかと疑問を持ったからだった。現地では何もわからないまま帰った夏紀だったが、案内した沢井徳一は夏紀を一目見て激しい衝撃を受けていた。夏紀は、徳一が若い時に救えなかった教え子の少女に瓜二つだったのだ。この運命的な出会いは、ソ連との国境で密猟を巡る暗闘が繰り広げらていた時代の根室の街に隠されていた秘密を暴き出すことになった…。 夏紀の出生の秘密、徳一の教え子に対する後悔、さらに徳一の息子・優作の現在直面している悩みという、三つのエピソードが少しずつ重なり合い、悲しい物語が紡がれていく。欲を言えば事件の動機、犯人像にもう少し深みが欲しいが、まさに桜木ワールドの原型が見れれるヒューマンドラマであり、文庫200ページ余りの中編だがずしりと重い読みごたえがある。 桜木紫乃ファンなら必読。ヒューマンドラマ要素が強いノワールのファンにもオススメしたい。 |
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ボッシュ・シリーズとしては第21作、深夜担当刑事・バラードものとしては第2作、二人がタッグを組むのは初めての作品。15歳の家出少女が殺害された未解決事件を、ボッシュ、バラードが協力して解決する警察サスペンス・ミステリーである。
バラードが深夜の出動からハリウッド署に戻ってみると、誰もいないはずのオフィスで古い事件ファイルを漁っている男がいた。ボッシュと名乗った男を追い出したバラードだったが、彼が見ていたファイルに興味を引かれボッシュとともに再捜査することになった。事件は、ボッシュの管轄外であるハリウッドで起きたものだったが、被害者の母親とボッシュにはある因縁があったのだ。またバラードは女性が被害者になった暴力事件を許すことができず、本来の職務以外の「趣味の捜査」として上司を説得し、日常業務外に寝る間も惜しんで捜査に取り組んだ。一方ボッシュも本来の仕事である地元のギャング絡みの事件を抱えており、その身辺には危険が迫っていた。二人それぞれの事情を抱えながらの捜査は困難を極めたが、粘り強く真相に近づいて行った…。 ボッシュ、バラードそれぞれの職務と共同で取り組む未解決事件とが入り混じり、やや散漫な印象があるもののオーソドックスな警察捜査ミステリーとして十分に楽しめる。ただ事件の派手さの割に犯人像が小粒なのが残念。 ボッシュ・シリーズ、バラード・シリーズのファンにオススメする。 |
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江戸川乱歩が高く評価したことで有名なイギリス本格派の古典的ミステリー。スコットランドの片田舎の古城に暮らす没落地主の墜死事件の真相を解く、トリッキーな謎解きミステリーである。
けた外れのケチとして地元民から疎まれていた没落地主ラナルドが、嵐(大雪と強風)の夜に自分の古城の塔から墜落死した。自殺か他殺か不明で、しかも一緒に暮らしていた姪のクリスティーンは事件の直前に恋人と駆け落ちしていた。謎に包まれた事件は、地元の関係者、雪を避けて偶然、白に身を寄せていた青年、地主の遺産相続にかかわる弁護士、捜査官らがそれぞれの視点から真相を語り、それらが合わさって複雑な物語が見えてくる。 舞台も時代も古色蒼然。ストーリー展開も極めてゆっくりで、前半部分は退屈と言える。しかし、事件を引き起こした背景、事件の様相が明らかになるとがぜん、ミステリー色が濃くなり、どんでん返しや伏線の回収も見事で読みごたえがある。1983年の作品だが、2021年の新訳(創元推理文庫)なのでとても読みやすい。 英国本格派謎解きミステリーのファンにオススメする。 |
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2000年前後に雑誌掲載された3作品を収めた短編集。3作とも「青春小説」というくくりに入るのかもしれないが、全編に行き場のない、やるせない、重苦しい雰囲気が横溢し、読後感はあまりよくない。それでも一応は読ませるのは、吉田修一ならではの独特な視点が効いているからか。
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2020年の英国推理作家協会シルバーダガー賞候補になったという、日本初紹介作家の作品。アイルランド沖の島での結婚式を舞台にした、犯人捜し、被害者探しの孤島ミステリーである。
アイルランド沖の小さな孤島で女性起業家とテレビスターという、今を時めく二人の豪華な結婚式が行われた。似合いのカップルを祝福するために家族、友人が集まったのだが、それぞれの人に隠された過去や思惑があり、パーティーが進むほどにそれが表面化し、ぶつかり合うことになる。そして宴たけなわとなった嵐の夜、ついに殺人事件が発生した…。 誰が殺したのか、なぜ殺したのかはもちろん、誰が殺されたのかもなかなか明かされないのがユニーク。主要な登場人物たちの視点から語られるエピソードの積み重ねで物語が進行するのだが、ストーリーが展開するたびに想定する犯人、被害者が入れ替わっていくのが読みどころ。英国本格派謎解きミステリーの系譜を受け継ぎながら舞台や人物が現代的なところも面白い。 古典的ミステリーのファン、軽めの謎解き物のファンにオススメする。 |
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元プロのスカッシュ選手という異色の経歴を持つ新進女性作家の初邦訳作品。ロサンゼルスに暮らす6人の女性たちの、どうにもならない悲しみをドラマチックに描いたヒューマンドラマである。
LAのサウスウエストで起きた連続女性殺人事件は13人の犠牲者を出したところで新たな事件が起こらず、犯人が不明のまま捜査打ち切りとなった。それから15年後、同じ手口の事件が発生した。同一犯人が、また犯行を再開したのか? なぜ犯行が中断されていたのか? かつて事件に直接、あるいは間接的に関係していた6人の女性たちは再び事件に巻き込まれ、運命を狂わされていくことになった。 15年前に襲われながら生き残った女性、娘が犠牲者となった女性、新たな犠牲者、捜査に携わる女性刑事など、6人のそれぞれに異なる悲劇と生きづらさの告白が連続短編集のようなつながりで展開され、やがては事件の解明につながるという構成で、犯人捜し、謎解き、サスペンスというより、現在でも繰り返されている女性差別への怒りの方が印象に残る。 2021年のエドガー賞最優秀長編賞の最終候補となった作品だが、ミステリーとしてはいまいち。卑しい街で生きていかざるを得ない女性たちのドラマとして読むことをオススメする。 |
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