八日目の蝉

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評判

八日目の蝉の評価:

4.06/5点 レビュー 425件。 A ランク

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平均点4.06pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全735件 581〜600 30/37ページ
No.155
(3pt)

男性諸君、手放しで感動してよいのだろうか。

ベストセラーで120万部を超える売行きらしい。こうなると逆に気後れがするのであまり読みたいと思わないのだが、赤ん坊を誘拐するシチュエーションが気になり、読んでみようと思った。

ノーテンキな私は密かに粗筋を構築していた。幼い頃に誘拐されたその子供は犯人逮捕により本来の母のもとに帰るのだが、誘拐犯との日々が楽しかった分、当然馴染むわけがなく、逆に誘拐犯にシンパシーを持つ。後年、その誘拐犯と感動の再会をし、互いにひしと抱き合う、そのようなストーリーを描いていた。そして、ある意味ハートウォーム的結末なら、多少陳腐でも良いかなと思った。

しかし、読み進むにつれて予想は裏切られてゆく。野々宮希和子は自分の不倫相手と別れることになり、その腹いせから、夫婦(秋山丈晴・恵津子)との間に出来た赤ん坊(恵理菜)を誘拐する。紆余曲折するが3年半の逃避行の果てに、小豆島で逮捕される。ここまで希和子のサイドに立って書かれており、全体の半分以上が費やされる。

よく読めば判るが、秋山丈晴以外、主要登場人物は女性で、しかも秋山丈晴はどうしようもない男性として描かれている。たしかに、このような男性は居るが、もう少し書きようがあるだろう。

後半は女子大生になった恵理菜のサイドから書かれており、恵理菜自身と家族があの事件の為に翻弄され、大きな痛手を蒙った経過が淡々と描写される。ここでは希和子をあの女と呼ぶ憎しみの対象でしかない。

希和子の章と恵理菜の章に「八日目の蝉」の事が書かれている。蝉は七年間地中にいて、その後地上に出、七日間鳴くだけ鳴いて死ぬと云う。それはあまりに早過ぎる。「でも、ほかのどの蝉も七日で死んじゃうなら、べつにかなしくないかって。だってみんな同じだもん。なんでこんなに早く死ななきゃいけないんだって疑うこともないじゃない。でも、もし、七日で死ぬって決まっているのに死ななかった蝉がいたとしたら、仲間はみんな死んじゃったのに自分だけ生き残っちゃったら、そのほうがかなしいよね」。

当初、そう思っていた恵理菜は次の言葉に強く影響を受ける。「八日目の蝉は他の蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないと思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどひどいものばかりでないと、私は思うよ」。

この、酷いものばかりではないという世界を信じる、あるいは信じようという姿勢が生まれてくる。いま恵理菜はさんざん恨んだ野々宮希和子と同じ道を歩もうとしていた。厳密には違うのだが、彼女もこれから生まれる赤ん坊を育てようとしていたのだ。相手は妻も子供もいる男で、結局不倫の道を自分も歩んでいたのだ。ただ野々宮希和子と違うのは、それが紛れもなく自分の子供だという事だ。

この後半も殆ど男性は出ない。岸田という不倫相手が唯一男性なのだが、男に人格はなく、極端に云えば種馬だけの存在としか描かれていない。このあたりの不満は大いにある。

角田光代は自分の子であれ、誰の子であれ、或いは男性の人格が何であれ、生まれた子供と母性に価値観を見出し、父性は蔑ろにされても仕方がないのだという姿勢の持ち主に思えてならない。

話がドラマチックなので、その辺りはうまく隠れているが、要注意だ。岡山からフェリーに向かうタクシーの運転手が二度出てくるが、その男性の凡庸さが男性の何たるかを象徴している。勿論、そんな穿った見方をせず、ラストまで素直に読んだら本当に見事な小説だと思うのだが。


八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.154
(5pt)

幸せの形


1章は子供を誘拐してしまった女性、2章は誘拐されてしまった子供が主人公です。

1章はあまり共感できなかったのですが、2章は想像以上に主人公の苦悩や葛藤に心が打たれて、最後はとても感動できました。

幸せの形がたくさんあることに改めて気付かされる。そして人はやっぱり強いということも。

小豆島の景色が美しく、感動をさらに盛り上げています。


八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.153
(1pt)

情けない

読む必要などありません。このような本に感激する方の人間性を疑います。正しい評価をされている人々が数名おられるのが救いでした。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.152
(5pt)

誘拐犯に感情移入してしまう、可笑しさ。

希和子は不倫相手の生後6ヶ月の恵理奈を誘拐。4年間の逃亡生活を経て逮捕される。その後、無事親元に返された恵理奈だが、自分の居場所を見つけられずにいて…
営利誘拐ではなく母性に促された生理の犯罪。希和子とその子どもは実の親子のように触れ合い、その姿を見て周りには次々に支援者が現れる。
実の子供であっても、虐待したり殺害したりする親がいるのに…
何か不思議な感じ。でも希和子の逮捕後を考えると、とてつもなくひどい犯罪やと再認識した。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.151
(5pt)

最低のバカ女なのに…

映画も原作も読みました。正直言って主人公は、不倫したうえに妻の子供を誘拐し逃亡。なのに、その主人公に同情してしまうのが不思議な訳です。悪者も一人の人間。かわいそうなところがあるのだなと思いました。良い人も悪い人も関係なく同じ感情を持つと考えました。あと、女しかない母性本能も生々しく書かれていて、とても楽しめました!
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.150
(3pt)

淡々と語られる悲劇

上映されていた映画が面白かったので、原作を読んだ。
結論から言うと、いまいちであった。
映画が面白いと原作はそれ以上であることが常なので
(あるいは、原作が好きな映画が映像化されると物足りないことが多いので)、
少し期待して読んだせいであろう。
映画の方が面白いのは、珍しいパターンである。

成島監督が話の展開や設定を少し変えたのは正解だっと思う。
小説だとあまり目立たない秋山家の苦悩(特に母親役の森口瑤子が良かった)が映像を通してよく伝わってきたし、
恵理菜が記憶を甦らせていく過程が上手く表現されていた。
一方、角田光代氏の文章は初めてだが、悲劇的なことを淡々と記述するので、味気なく感じた。

ただし、お薦めできる作品であることは確かだ。
特に、母子関係にトラウマを抱えた経験のある人々に読んでもらいたい。
解説者は、本書は「相当に過激なフェミニズムの小説」であるという。
確かに、この物語に出てくる男性は、だらしのない男ばかりだ。
だから、そんな男たちに振り回され苦労するのはいつも女性たちなのだ、という隠れたメッセージを感じた。

しかし、私が思うに、この作品のテーマは、やはり「家族愛」や「親子愛」であると思う。
さらに言えば、「機能不全家族」や「アダルト・チルドレン」に通じるものがある。
自分の母親を愛せない苦しみや、我が子に愛してもらえない苦しみ。
愛された経験がないから、どうやって人を愛したらよいか分からないし、
愛する感情が何なのか分からない。
そうした思考停止に陥りやすい人々を取り扱っている。

主人公の恵理菜(薫)の不幸は、誘拐犯である女性を本当の母だと思い込んで育ち、彼女を母親として愛したことである。
だから、犯人希和子が逮捕され恵里奈が本当の家族のもとへ帰った時、家庭に自分の居場所を見つけられなかった。
そこにいるのは、ヒステリックな母親と存在感のない父親であった。

子供は母親を愛せず傷つけていることに罪悪を感じ、母親は子供から愛されないことに苦悩する。
「私は父と母に好かれなければならなかった」(267ページ)とは辛い言葉である。
その後に続く、母子のやり取りは読むと心が痛む。
こうして育った子供は、愛情を自分のものにできないまま大人になってしまうし、
配偶者の不倫相手に我が子の「心」を奪われた母親の苦しみは計り知れない。

考えさせられたのは、「産みの親」であることが必ずしも健全な母子関係を決定づけるものではない、ということだ。
親子といえども、究極的には他人なわけで、愛情を持つ絶対的理由にはならないのである。
「家族愛」とか「親子愛」とか聞こえは良いけれども、それに縛られては互いに苦しむ羽目になってしまう。
この幻想から覚醒した時、人間は強固な存在になり得ると思うのだが。

「八日目の蝉」とは恵理菜が生もうとしている新しい命のことであろう。
特殊な環境で育った自分と同じ思いをさせまいと、初めは堕胎を考えたけれども、
「憎みたくなんか、なかったんだ」と思い直した彼女は、これまでとは違う世界を思い描いた。
なかなか良いタイトルだと思った。

物足りないのは、犯人・希和子の人物背景である。
読者としてはどうしても知りたい所であるが、それが無かった。
あと、恵理菜が自分の感情を整理する場面(353ページ)も、もっと細かく描写して欲しかった。

それに、希和子がしたことは自分勝手な考えに端を発した犯罪であることを忘れてはなるまい。
映画だと、希和子と薫(恵理菜)の別れのシーンに感動を誘うような演出がなされるが、フッと我に返る。
「待てよ、誘拐された子供がやっと解放されたんだぞ」と。

本書に満足できなかった方には
奥野修司『心にナイフをしのばせて』(文春文庫)をお薦めする。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.149
(1pt)

情けない

読む必要などありません。このような本に感激する方の人間性を疑います。正しい評価をされている人々が数名おられるのが救いでした。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.148
(5pt)

誘拐犯に感情移入してしまう、可笑しさ。

希和子は不倫相手の生後6ヶ月の恵理奈を誘拐。4年間の逃亡生活を経て逮捕される。その後、無事親元に返された恵理奈だが、自分の居場所を見つけられずにいて…
営利誘拐ではなく母性に促された生理の犯罪。希和子とその子どもは実の親子のように触れ合い、その姿を見て周りには次々に支援者が現れる。
実の子供であっても、虐待したり殺害したりする親がいるのに…
何か不思議な感じ。でも希和子の逮捕後を考えると、とてつもなくひどい犯罪やと再認識した。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.147
(5pt)

最低のバカ女なのに…

映画も原作も読みました。正直言って主人公は、不倫したうえに妻の子供を誘拐し逃亡。なのに、その主人公に同情してしまうのが不思議な訳です。悪者も一人の人間。かわいそうなところがあるのだなと思いました。良い人も悪い人も関係なく同じ感情を持つと考えました。あと、女しかない母性本能も生々しく書かれていて、とても楽しめました!
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.146
(3pt)

淡々と語られる悲劇

上映されていた映画が面白かったので、原作を読んだ。
結論から言うと、いまいちであった。
映画が面白いと原作はそれ以上であることが常なので
(あるいは、原作が好きな映画が映像化されると物足りないことが多いので)、
少し期待して読んだせいであろう。
映画の方が面白いのは、珍しいパターンである。

成島監督が話の展開や設定を少し変えたのは正解だっと思う。
小説だとあまり目立たない秋山家の苦悩(特に母親役の森口瑤子が良かった)が映像を通してよく伝わってきたし、
恵理菜が記憶を甦らせていく過程が上手く表現されていた。
一方、角田光代氏の文章は初めてだが、悲劇的なことを淡々と記述するので、味気なく感じた。

ただし、お薦めできる作品であることは確かだ。
特に、母子関係にトラウマを抱えた経験のある人々に読んでもらいたい。
解説者は、本書は「相当に過激なフェミニズムの小説」であるという。
確かに、この物語に出てくる男性は、だらしのない男ばかりだ。
だから、そんな男たちに振り回され苦労するのはいつも女性たちなのだ、という隠れたメッセージを感じた。

しかし、私が思うに、この作品のテーマは、やはり「家族愛」や「親子愛」であると思う。
さらに言えば、「機能不全家族」や「アダルト・チルドレン」に通じるものがある。
自分の母親を愛せない苦しみや、我が子に愛してもらえない苦しみ。
愛された経験がないから、どうやって人を愛したらよいか分からないし、
愛する感情が何なのか分からない。
そうした思考停止に陥りやすい人々を取り扱っている。

主人公の恵理菜(薫)の不幸は、誘拐犯である女性を本当の母だと思い込んで育ち、彼女を母親として愛したことである。
だから、犯人希和子が逮捕され恵里奈が本当の家族のもとへ帰った時、家庭に自分の居場所を見つけられなかった。
そこにいるのは、ヒステリックな母親と存在感のない父親であった。

子供は母親を愛せず傷つけていることに罪悪を感じ、母親は子供から愛されないことに苦悩する。
「私は父と母に好かれなければならなかった」(267ページ)とは辛い言葉である。
その後に続く、母子のやり取りは読むと心が痛む。
こうして育った子供は、愛情を自分のものにできないまま大人になってしまうし、
配偶者の不倫相手に我が子の「心」を奪われた母親の苦しみは計り知れない。

考えさせられたのは、「産みの親」であることが必ずしも健全な母子関係を決定づけるものではない、ということだ。
親子といえども、究極的には他人なわけで、愛情を持つ絶対的理由にはならないのである。
「家族愛」とか「親子愛」とか聞こえは良いけれども、それに縛られては互いに苦しむ羽目になってしまう。
この幻想から覚醒した時、人間は強固な存在になり得ると思うのだが。

「八日目の蝉」とは恵理菜が生もうとしている新しい命のことであろう。
特殊な環境で育った自分と同じ思いをさせまいと、初めは堕胎を考えたけれども、
「憎みたくなんか、なかったんだ」と思い直した彼女は、これまでとは違う世界を思い描いた。
なかなか良いタイトルだと思った。

物足りないのは、犯人・希和子の人物背景である。
読者としてはどうしても知りたい所であるが、それが無かった。
あと、恵理菜が自分の感情を整理する場面(353ページ)も、もっと細かく描写して欲しかった。

それに、希和子がしたことは自分勝手な考えに端を発した犯罪であることを忘れてはなるまい。
映画だと、希和子と薫(恵理菜)の別れのシーンに感動を誘うような演出がなされるが、フッと我に返る。
「待てよ、誘拐された子供がやっと解放されたんだぞ」と。

本書に満足できなかった方には
奥野修司『心にナイフをしのばせて』(文春文庫)をお薦めする。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.145
(5pt)

感覚で惹きこまれるこの作品の魅力

この作品は、明確な主張が見えにくい。何を言いたいのか分からないのになんだかとても惹きつけられ、何に感動しているか分からないのになぜか涙が出てくる。本というのは文章だから、普通は主張がどうしても前に出てしまうものだが、こんなに感覚的に表現することが出来る作者の力量に驚愕せざるを得ない。逆に言えば、作者の明確な主張を望む読者には「??」な小説といえる。

主題は母性。誘拐犯希和子、誘拐された薫(えりな)、えりなの母、それぞれが自分の母性に悩み、苦しむ。薫は自分の居場所をえりなの家に見つけられないし、えりなの母はそんな娘を許せずに苦悩する。えりなが憎む希和子、薫が慕う季和子、この相反する思いが薫(えりな)の中でぐちゃぐちゃになったまま成長する。
そんな薫(えりな)が最後にたどり着くのは、季和子、えりなの母、そのどちらもが彼女を心から愛していたという「真実」。それが私たちの心を掴んで離さないこの作品の本質なのだ。

季和子に感情移入は出来ない。なんておろかなんだろうと思う。しかし、彼女の母性には共感できるものがある。普通の女性は痛い思いをして出産した時に、母性の扉が開く。しかし季和子は不倫相手の子供を抱いたときにそれが開いてしまった。

実はNHKのドラマにはうちの夫のほうが引き込まれていた。原作は読みたくないと断られた。多分泣くから、だそうだ。自分の産んだ子ではない子供への思いは、どちらかというと父性に似ているのかもしれない。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.144
(4pt)

女性の、女性による、女性のための物語

劇場で映画を見て、八日目の蝉というタイトルと、エンディングがスッキリしなかった(=薫には救いが訪れたが、希和子はどうなったのか?)ので、原作を手にとってみた。
両方見るとどうしても比べてしまうが、映画は巧みな演出と脚本でダイレクトに登場人物の感情の起伏、情念を表現していたが、原作はわりと淡々と二人の女のモノローグで綴っていく。原作の方が説明的であり、また映画では描かれなかった「今」の希和子をエピローグとして淡く美しく描いていて、ああ希和子にも救いがあったのだ、と物語の結末は原作を読んで納得できた。八日目の蝉、というタイトルの意味はやはりよくわからなかったが、それはまあ、さしたる問題ではないのだろう。
ともあれ、女性の、女性による、女性のための物語で、男性は完全においてけぼり、である。父性は所詮理性や論理の産物であって、どこまで行っても母性のリアルにはかなわないのだろう、と思った。原作、映画、それぞれに味があって捨て難い。できれば両方、鑑賞をお勧めしたい。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.143
(4pt)

いってみたくなった小豆島

小豆島の情景と子育ての温かさが何だかぴったりでとても感動した
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.142
(2pt)

分からない

なぜ、この作品がここまで評価されているのかが分かりません。
同じ誘拐ものって意味では映像と小説という違いがあるものの、
去年、日テレでMotherというドラマがありましたが、あっちの方が断然良かったし泣けます。
この作品、誘拐した母親と子供の温まる関係を描いたものでもなければ、
誘拐された両親のもとに子供が戻ってからの、両親と子供の関係に特別突っ込んだものでもありません。
読んでいて、この作品が何を伝えたいのか、狙いが分かりませんでした。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.141
(5pt)

感覚で惹きこまれるこの作品の魅力

この作品は、明確な主張が見えにくい。何を言いたいのか分からないのになんだかとても惹きつけられ、何に感動しているか分からないのになぜか涙が出てくる。本というのは文章だから、普通は主張がどうしても前に出てしまうものだが、こんなに感覚的に表現することが出来る作者の力量に驚愕せざるを得ない。逆に言えば、作者の明確な主張を望む読者には「??」な小説といえる。

主題は母性。誘拐犯希和子、誘拐された薫(えりな)、えりなの母、それぞれが自分の母性に悩み、苦しむ。薫は自分の居場所をえりなの家に見つけられないし、えりなの母はそんな娘を許せずに苦悩する。えりなが憎む希和子、薫が慕う季和子、この相反する思いが薫(えりな)の中でぐちゃぐちゃになったまま成長する。
そんな薫(えりな)が最後にたどり着くのは、季和子、えりなの母、そのどちらもが彼女を心から愛していたという「真実」。それが私たちの心を掴んで離さないこの作品の本質なのだ。

季和子に感情移入は出来ない。なんておろかなんだろうと思う。しかし、彼女の母性には共感できるものがある。普通の女性は痛い思いをして出産した時に、母性の扉が開く。しかし季和子は不倫相手の子供を抱いたときにそれが開いてしまった。

実はNHKのドラマにはうちの夫のほうが引き込まれていた。原作は読みたくないと断られた。多分泣くから、だそうだ。自分の産んだ子ではない子供への思いは、どちらかというと父性に似ているのかもしれない。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.140
(4pt)

女性の、女性による、女性のための物語

劇場で映画を見て、八日目の蝉というタイトルと、エンディングがスッキリしなかった(=薫には救いが訪れたが、希和子はどうなったのか?)ので、原作を手にとってみた。
両方見るとどうしても比べてしまうが、映画は巧みな演出と脚本でダイレクトに登場人物の感情の起伏、情念を表現していたが、原作はわりと淡々と二人の女のモノローグで綴っていく。原作の方が説明的であり、また映画では描かれなかった「今」の希和子をエピローグとして淡く美しく描いていて、ああ希和子にも救いがあったのだ、と物語の結末は原作を読んで納得できた。八日目の蝉、というタイトルの意味はやはりよくわからなかったが、それはまあ、さしたる問題ではないのだろう。
ともあれ、女性の、女性による、女性のための物語で、男性は完全においてけぼり、である。父性は所詮理性や論理の産物であって、どこまで行っても母性のリアルにはかなわないのだろう、と思った。原作、映画、それぞれに味があって捨て難い。できれば両方、鑑賞をお勧めしたい。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.139
(4pt)

いってみたくなった小豆島

小豆島の情景と子育ての温かさが何だかぴったりでとても感動した
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.138
(2pt)

分からない

なぜ、この作品がここまで評価されているのかが分かりません。
同じ誘拐ものって意味では映像と小説という違いがあるものの、
去年、日テレでMotherというドラマがありましたが、あっちの方が断然良かったし泣けます。
この作品、誘拐した母親と子供の温まる関係を描いたものでもなければ、
誘拐された両親のもとに子供が戻ってからの、両親と子供の関係に特別突っ込んだものでもありません。
読んでいて、この作品が何を伝えたいのか、狙いが分かりませんでした。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.137
(1pt)

あらすじで十分

事前にあらすじを聞いて、面白そうだと思い買ってみたが、
あらすじ以上のことは何もなく、立ち読みで十分だと感じた。
人物の掘り下げ方も浅く、共感できるものが何一つない。

第1部は、つまらない男にただ流されていったつまらない女が
ちょっと目新しいことをしてみた、という程度に矮小化されている。
極論すれば、
「逃げる」「育児楽しい」「逃げる」「育児楽しい」「田舎っていいね」
しか描かれていない。

第2部は、さらにつまらない。
唐突な人物がしゃしゃり出てみたり、結局第2部の主人公も
つまらない男に流されてつまらない結末を迎えるだけである。
オチもご都合主義でツメが甘い。

ところどころ「なんか良いことを言おうとしてる」雰囲気はあるが
たいしたことは言わないので肩すかし。
七日で死なずに八日目を迎えたセミがどうとか、とってつけたような話ぐらい。

しいて良い点を挙げれば、すらすらとひっかかりなく最後まで読めた、
ということぐらいだが、逆を言えば、何ひとつ心に引っかかる文章もなく
新聞の三文小説とはこの程度のもんかな、という感想が残った。
なぜ映画化まですることになったのか、わけがわからない。

逃亡を助けるにあたって役に立つ登場人物は「女」しかおらず、
男はせいぜいが精子提供ぐらいしかしていない。
女しか描けない作者の弱点なのだろうか。

解説で池沢夏樹が本作を「過激なフェミニズム小説」と呼んでいるところが噴飯モノ。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.136
(5pt)

たぶん人生で一番泣いた本

頁を捲る手が止まることは一度もなかった。それだけではない。カルタシスを感じない瞬間は皆無に等しい。もはやミステリーなど雑魚だと思わずにはいられなくなる程のカルタシスだ。本を開いたときから感情移入し、最後まで解放してくれなかった小説は他にない。1章の終わりで「ママ」から「あの人」へと呼称が変わったとき、ああ、この子は真実を知ってしまったんだ、そう悟った。現実の残酷さを知ってしまったんだ、と。そのシーンが一番痛烈だった。 ストーリーはもちろん、角田さんの筆力に恰幅した。流麗な文脈が物語を色濃くしている。こんなに簡単に、頭の中に物語をイメージさせることができるとは――。いったい何に文句をつければいいのだろう。「八日目の蝉」を、私は手離しで賞賛する。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257