八日目の蝉

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評判

八日目の蝉の評価:

4.06/5点 レビュー 425件。 A ランク

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平均点4.06pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全735件 521〜540 27/37ページ
No.215
(5pt)

八日目の蝉たちの心の安寧を祈念

不倫相手の子をおろし、相手の乳児を拐って、親子として逃げ切れなかった希和子。逃げてばかりの肉親。居場所のないまま、これまた不倫相手の子を身ごもる恵理菜/薫。男の愚かさ・狡さ、女の愚かさ・強さ。親子とは?母親とは?愛情とは?希望とは?八日目の蝉たちの心の安寧を祈念。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.214
(1pt)

で?っていう

全体を通してあらすじ以上のことは描かれていない。作者が何を言いたいのかわからない。八日目の蝉という題名だって後半にちらっと出てきて無理矢理結びつけたよう。何より嫌だったのが、キワコの薫に対する感情や行動を母性だとしてあること。こんなの母性ではない。不倫して傷つけられて自分のエゴで薫の人生を奪っただけ。一緒にいる過程で確かに愛情は芽生えたかもしれない。でもそれは決して母性ではないし母親にもなれない。母親とは子供の人生に責任を持ち、子供のためなら自分の全てを投げ打ってでも子供にとって一番いい選択をするものだ。キワコがしたことはその真逆。キワコが薫と一緒にいたかっただけ。全体を通して母性というものに自己陶酔してる感があり、感動できないどころかイライラしました。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.213
(5pt)

小豆島に行ってみたいと思った

少しネタバレなのですが、お許しください。

誘拐した娘と誘拐犯との親子関係がどう変わっていくのかという
衝撃的なテーマ設定に惹きつけられて読んだ。

希和子が警察に捕まり、連行されるとき、思わず、警察に、「この子は朝ごはんを食べていないの!」というセリフを吐くシーンとか、とっても心にこみ上げるものを感じました。

本小説で、私が特に心に残ったシーンが2つありました。その第1のシーンがこの捕まるシーンであり、その第2のシーンが薫が希和子と実母父のすべてを愛していることに気付くシーンです。

小豆島という設定もとてもよくって、美しい自然、海、森に囲まれた中で逃亡生活を続けながら、確かな充実感をもつ希和子・薫親子の姿はとてもせつないけど、親子愛の美しさをいかんなく表現していると思った。

いろんな親子関係がある。誘拐は悪いことだけど、心から子どもを愛し、子どもと一緒に生活したいという願いは、万人に共通する思いなのだとあらためて学んだ。

読後の余韻はしばらく続きそうです。
よい作品でした。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.212
(5pt)

生きる屍

あらすじは、不倫相手の子を流産した主人公・希和子が、その男の妻が産んだ娘を誘拐して3年半の逃亡を続けたということ。単純だ。しかし犯罪者となる希和子を悪人として見る読者はいない。狂乱者として希和子を認識する読者もいない。
 それは、希和子が法と人道を犯してまで何故誘拐したのか、その気持ちが分かるからだ。共感できるからだ。 社会は決してその行為を認めるわけにはいかないが、同時に希和子個人を憎めないのだ。
 何故か。それを母性愛を共感できるからという書評も少なくない。しかし、これを母性と判断してよいのだろうか。

 作者 角田光代は巧みな仕掛けを施している。ひとつ目が希和子の頭の中でかん高い音がするのと赤子の大きな泣き声がシンクロすると、希和子の潜在意識が普段の意識より前に出てしまうことだ。
 魂と同じではないが程近い、潜在意識が“暴走”したからこそ、希和子の逃亡を成功させるチャンスが次々と訪れるのだ。いわゆる計画的犯罪ではチャンスは作らないと訪れない。
 誘拐直後の火事、初期容疑者の間違い、次々と恵まれる宿泊場所。これらは全て、希和子の潜在意識が引き寄せているのだ。
 そういう観点で読むのも有りかと思う。

 注目なのは、題名の 「八日目の蝉」だ。
 セミは6〜7年間土の中という地味な所で暮らし、晴れて地上に出たところで七日で死んでしまう。これが前提。でも、 みんなが七日目で死んでしまって一人だけ八日目を迎えることになったら、それは幸せなのか否か。という思考の例に蝉が利用される。

 小説では、誘拐犯として刑を終えた希和子が社会に出てきても何も無く、当初に言われた「がらんどう」という言葉に再度反応する。「ほんとうにがらんどうになっちゃった」
不倫相手からのハラスメント、「あなたは子どもを産めないからがらんどうだ」という攻撃に希和子の心は壊れてしまい犯行をしてしまう。
 また、子どもの頃に誘拐された恵理奈(薫)も青年になってそれについて思い悩む。つまり、恵理奈(薫)は幼かったので記憶が定かでないのだが、誘拐されていたあの頃が蝉の七日間なのであって、血の繋がった親に育てられた最近の日々は八日目なのだと感じているのだ。
とても悲しい。

 若い恵理奈は人生を改善しようといきり立つ。つまり上手く出来なかった実の父母とお腹の中の子どもを育てたいと思う。そうしてやり直したいと考える。更に忘れた過去にも背を向けず勇気を持って確かめに行く。作者は、女が妊娠して母となる時に強くなるのを素敵に描いている。
 作者が残酷なのは、希和子ががらんどうなままストーリーを終わらせたことだ。せめて薫とニアミスしたとき気付かせてあげても良いのにと同情する。
 ほんとうの悪人は男共なのであって、希和子と薫を幸せにしてあげるという勧善懲悪の気持ちは無いのだろうか@角田光子女史。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.211
(5pt)

理屈じゃない

不倫相手の子供を誘拐し,逃亡しながら育てていく第1章と
その後,本当の両親の元に戻って成人した子供を描いた第2章からなるストーリー.

前半は,出来心で誘拐した子供を,しかし,大事に育てていく姿が一番のテーマである.
この行動は極めて非合理的・非現実的に映る部分もある.
しかしながら,捕まったときに犯人が発した言葉に,理屈だけでない人の心理を突きつけられた気がした.

後半は,誘拐された子供の成長した姿が描かれる.崩壊しかけた家庭と,
周囲の好奇の目に苦しめられる生い立ちを語られるが,どこか他人事のような冷めた語り口が逆にリアルで,
混乱した感情から遠ざかりたいような離人感がうまく表現されている.

事件によって人生をメチャクチャにされたと思い込もうとすることで心のバランスを保っていた娘が,
自分の妊娠をきっかけに誘拐されていた足跡をたどることも,あまり共感しにくい行動ではある.
しかし,その誘拐生活が実はしあわせだったということを認めて,
そして,自分自身の子供との将来を描いていけるようになるための必要なプロセスなのである.
これも理屈では説明できない,でも,けして理解不能ではない感覚であって,
難しいテーマを十分に描ききった作品である.
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.210
(3pt)

不公平な人生にどう向き合うか

この小説は、運命に弄ばれる2人の女性(2人の女性の関係がこの小説を面白くしているゆえんである)が主人公である。二人ともに、なぜ自分がこのような運命になってしまうのかと問い続ける。いろいろな人とのかかわりを持ちながらも、同じ問いを繰り返し、人生を呪いながら、それでもたくましく生きていく。そして最後には、自分の運命を受け入れ前に踏み出していく。私はこの小説から、「人生は不公平だ。でも、その不公平な人生を受け入れて前向きに生きていくことが大切だ」というメッセージを受け取った。

八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.209
(5pt)

小豆島に行ってみたいと思った

少しネタバレなのですが、お許しください。

誘拐した娘と誘拐犯との親子関係がどう変わっていくのかという
衝撃的なテーマ設定に惹きつけられて読んだ。

希和子が警察に捕まり、連行されるとき、思わず、警察に、「この子は朝ごはんを食べていないの!」というセリフを吐くシーンとか、とっても心にこみ上げるものを感じました。

本小説で、私が特に心に残ったシーンが2つありました。その第1のシーンがこの捕まるシーンであり、その第2のシーンが薫が希和子と実母父のすべてを愛していることに気付くシーンです。

小豆島という設定もとてもよくって、美しい自然、海、森に囲まれた中で逃亡生活を続けながら、確かな充実感をもつ希和子・薫親子の姿はとてもせつないけど、親子愛の美しさをいかんなく表現していると思った。

いろんな親子関係がある。誘拐は悪いことだけど、心から子どもを愛し、子どもと一緒に生活したいという願いは、万人に共通する思いなのだとあらためて学んだ。

読後の余韻はしばらく続きそうです。
よい作品でした。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.208
(5pt)

生きる屍

あらすじは、不倫相手の子を流産した主人公・希和子が、その男の妻が産んだ娘を誘拐して3年半の逃亡を続けたということ。単純だ。しかし犯罪者となる希和子を悪人として見る読者はいない。狂乱者として希和子を認識する読者もいない。
 それは、希和子が法と人道を犯してまで何故誘拐したのか、その気持ちが分かるからだ。共感できるからだ。 社会は決してその行為を認めるわけにはいかないが、同時に希和子個人を憎めないのだ。
 何故か。それを母性愛を共感できるからという書評も少なくない。しかし、これを母性と判断してよいのだろうか。

 作者 角田光代は巧みな仕掛けを施している。ひとつ目が希和子の頭の中でかん高い音がするのと赤子の大きな泣き声がシンクロすると、希和子の潜在意識が普段の意識より前に出てしまうことだ。
 魂と同じではないが程近い、潜在意識が“暴走”したからこそ、希和子の逃亡を成功させるチャンスが次々と訪れるのだ。いわゆる計画的犯罪ではチャンスは作らないと訪れない。
 誘拐直後の火事、初期容疑者の間違い、次々と恵まれる宿泊場所。これらは全て、希和子の潜在意識が引き寄せているのだ。
 そういう観点で読むのも有りかと思う。

 注目なのは、題名の 「八日目の蝉」だ。
 セミは6〜7年間土の中という地味な所で暮らし、晴れて地上に出たところで七日で死んでしまう。これが前提。でも、 みんなが七日目で死んでしまって一人だけ八日目を迎えることになったら、それは幸せなのか否か。という思考の例に蝉が利用される。

 小説では、誘拐犯として刑を終えた希和子が社会に出てきても何も無く、当初に言われた「がらんどう」という言葉に再度反応する。「ほんとうにがらんどうになっちゃった」
不倫相手からのハラスメント、「あなたは子どもを産めないからがらんどうだ」という攻撃に希和子の心は壊れてしまい犯行をしてしまう。
 また、子どもの頃に誘拐された恵理奈(薫)も青年になってそれについて思い悩む。つまり、恵理奈(薫)は幼かったので記憶が定かでないのだが、誘拐されていたあの頃が蝉の七日間なのであって、血の繋がった親に育てられた最近の日々は八日目なのだと感じているのだ。
とても悲しい。

 若い恵理奈は人生を改善しようといきり立つ。つまり上手く出来なかった実の父母とお腹の中の子どもを育てたいと思う。そうしてやり直したいと考える。更に忘れた過去にも背を向けず勇気を持って確かめに行く。作者は、女が妊娠して母となる時に強くなるのを素敵に描いている。
 作者が残酷なのは、希和子ががらんどうなままストーリーを終わらせたことだ。せめて薫とニアミスしたとき気付かせてあげても良いのにと同情する。
 ほんとうの悪人は男共なのであって、希和子と薫を幸せにしてあげるという勧善懲悪の気持ちは無いのだろうか@角田光子女史。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.207
(5pt)

理屈じゃない

不倫相手の子供を誘拐し,逃亡しながら育てていく第1章と
その後,本当の両親の元に戻って成人した子供を描いた第2章からなるストーリー.

前半は,出来心で誘拐した子供を,しかし,大事に育てていく姿が一番のテーマである.
この行動は極めて非合理的・非現実的に映る部分もある.
しかしながら,捕まったときに犯人が発した言葉に,理屈だけでない人の心理を突きつけられた気がした.

後半は,誘拐された子供の成長した姿が描かれる.崩壊しかけた家庭と,
周囲の好奇の目に苦しめられる生い立ちを語られるが,どこか他人事のような冷めた語り口が逆にリアルで,
混乱した感情から遠ざかりたいような離人感がうまく表現されている.

事件によって人生をメチャクチャにされたと思い込もうとすることで心のバランスを保っていた娘が,
自分の妊娠をきっかけに誘拐されていた足跡をたどることも,あまり共感しにくい行動ではある.
しかし,その誘拐生活が実はしあわせだったということを認めて,
そして,自分自身の子供との将来を描いていけるようになるための必要なプロセスなのである.
これも理屈では説明できない,でも,けして理解不能ではない感覚であって,
難しいテーマを十分に描ききった作品である.
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.206
(3pt)

不公平な人生にどう向き合うか

この小説は、運命に弄ばれる2人の女性(2人の女性の関係がこの小説を面白くしているゆえんである)が主人公である。二人ともに、なぜ自分がこのような運命になってしまうのかと問い続ける。いろいろな人とのかかわりを持ちながらも、同じ問いを繰り返し、人生を呪いながら、それでもたくましく生きていく。そして最後には、自分の運命を受け入れ前に踏み出していく。私はこの小説から、「人生は不公平だ。でも、その不公平な人生を受け入れて前向きに生きていくことが大切だ」というメッセージを受け取った。

八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.205
(1pt)

私。。。この本を読んで後悔しています

本作は2章構成ですが、私は2章まで読んだところ諦めようと思っています。
「つまらない」です。1章で約200ページもありますが、本当は10ページでも十分ぐらい内容が薄いです。

情景描写が凄くリアルに書いてあるのに人の心がありません。
出てくるキャラはすべて都合主義の為のもので全く感情移入ができません。

不倫相手の子供を誘拐して京都に逃げて、都合よくおばさんに拾われる。
このおばさんの母子手帳を見て、娘とのやり取りを聞いておばさんの何かを言おうと期待したが、
結局おばさんは都合よく泊めてくれるためのキャラに過ぎなかった。

ばれたくないので逃げる。

都合よく世間を嫌う女ばかりのエンジェルホームに拾われて、子供を取られた久美に出会う発想まではよかったのだが、
子供を取られて悲しむ久美を見て希和子は何も考えず、感じずに過ごしていた!!!
結局ホームもまた都合よく泊めてくれる場所に過ぎなかった。

ホームに警察がくるので、ばれたくないので逃げる。

小豆島に流れつく。解説に小豆島の平和に感動するみたいなことを書いてあったが、
小豆島の部分が一番つまらなかった!何も起きなかったからです。何も感じさせてくれなかったからです。

顔写真が新聞に乗ったので、ばれたくないので逃げる。

捕まる。

一番納得行かないのは希和子の感情に同感できないからです。
「不倫で孤独し、育児して生きがいを感じた、ばれたくないので逃げた。」
最初はよかったのだが、その後は単なる凶悪犯罪者しかありません。

育児の快楽、誘拐したことで感じたこと、不倫相手へ思うこと、子供を取られた母親を見ての葛藤など全く触れず、
犯罪したので、ばれたくないので逃げるの繰り返し。
希和子の心の葛藤は?薫への愛は?育ち母としての快楽は?

一体この本は何を言いたかったのか?子供が育ち親の二の舞を踏むということを言いたかった。
前に発生することはどうでも良かったのです。前のことは結論に合わせるための存在だから面白く無いです。
それはセットされた舞台で育ち親がそのほど子どもが不倫の心理になるように誘拐を演じたようなものです。

この本には心がありません。でもサスペンスでもありません。

何でもないから不愉快です。読んで後悔しています



八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.204
(2pt)

なんなんだろう?

1章と2章にわかれているが、1章でこの作品は終わっている。
1章はなかなか面白い。だが、2章には内容がない。すでに1章で表現したことを視点を変えて描いただけであり、読む楽しさを全く感じなかった。
これからどうなるのかと期待しながら、結局何もない。残念である。

八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.203
(1pt)

私。。。この本を読んで後悔しています

本作は2章構成ですが、私は2章まで読んだところ諦めようと思っています。
「つまらない」です。1章で約200ページもありますが、本当は10ページでも十分ぐらい内容が薄いです。

情景描写が凄くリアルに書いてあるのに人の心がありません。
出てくるキャラはすべて都合主義の為のもので全く感情移入ができません。

不倫相手の子供を誘拐して京都に逃げて、都合よくおばさんに拾われる。
このおばさんの母子手帳を見て、娘とのやり取りを聞いておばさんの何かを言おうと期待したが、
結局おばさんは都合よく泊めてくれるためのキャラに過ぎなかった。

ばれたくないので逃げる。

都合よく世間を嫌う女ばかりのエンジェルホームに拾われて、子供を取られた久美に出会う発想まではよかったのだが、
子供を取られて悲しむ久美を見て希和子は何も考えず、感じずに過ごしていた!!!
結局ホームもまた都合よく泊めてくれる場所に過ぎなかった。

ホームに警察がくるので、ばれたくないので逃げる。

小豆島に流れつく。解説に小豆島の平和に感動するみたいなことを書いてあったが、
小豆島の部分が一番つまらなかった!何も起きなかったからです。何も感じさせてくれなかったからです。

顔写真が新聞に乗ったので、ばれたくないので逃げる。

捕まる。

一番納得行かないのは希和子の感情に同感できないからです。
「不倫で孤独し、育児して生きがいを感じた、ばれたくないので逃げた。」
最初はよかったのだが、その後は単なる凶悪犯罪者しかありません。

育児の快楽、誘拐したことで感じたこと、不倫相手へ思うこと、子供を取られた母親を見ての葛藤など全く触れず、
犯罪したので、ばれたくないので逃げるの繰り返し。
希和子の心の葛藤は?薫への愛は?育ち母としての快楽は?

一体この本は何を言いたかったのか?子供が育ち親の二の舞を踏むということを言いたかった。
前に発生することはどうでも良かったのです。前のことは結論に合わせるための存在だから面白く無いです。
それはセットされた舞台で育ち親がそのほど子どもが不倫の心理になるように誘拐を演じたようなものです。

この本には心がありません。でもサスペンスでもありません。

何でもないから不愉快です。読んで後悔しています



八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.202
(2pt)

なんなんだろう?

1章と2章にわかれているが、1章でこの作品は終わっている。
1章はなかなか面白い。だが、2章には内容がない。すでに1章で表現したことを視点を変えて描いただけであり、読む楽しさを全く感じなかった。
これからどうなるのかと期待しながら、結局何もない。残念である。

八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.201
(5pt)

原作が最高

NHKのドラマもよかった。映画もよかった。でも原作が最も良かった。
2ページ目から泣ける本はなかなかない。
希望かあるエンディングもいい。
もっと読んでいたかった。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.200
(5pt)

原作が最高

NHKのドラマもよかった。映画もよかった。でも原作が最も良かった。
2ページ目から泣ける本はなかなかない。
希望かあるエンディングもいい。
もっと読んでいたかった。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.199
(5pt)

男性にはわからない?

生まれて間もない赤ん坊には、人を癒し幸せな気持ちにさせる力があると思います。希和子は赤ん坊の恵理菜を見た瞬間「この子さえいれば、あんな男なんかいなくても生きていける」と本能的に感じたのではないでしょうか。血のつながりがなくても必死で育てれば、子供に情が移るものです。希和子が逮捕された時に叫んだ言葉には泣かされます。本文中には描かれていませんが、成長し、やはり妻帯者の子を身ごもった恵理菜が小豆島を訪れた後、自分が希和子に間違いなく愛されて育ったのだいう事実をきっと知ることでしょう。
 しかしこういう嘘つき男は結構いますよね。秋山の妻を憎む気にもなれず、むしろ同情してしまいました。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.198
(5pt)

風景と心理とを交えた描写が極めて秀逸

「八日目の蝉」とは何だろう。作者は、主人公の恵理菜と一緒に小豆島に向けて旅をする千草の口を通してこう語らせている。“「七日で死ぬより八日目に生き残った蝉の方がかなしいって、あんたは言ったよね。私もずっとそう思ってたけど」千草は静かに言葉をつなぐ。「それは違うかもね。八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ」”

 主人公の恵理菜は、生後間もないころに、父親の不倫相手であった希和子に誘拐され、四年近く、薫という名前で育てられ、希和子とともに日本各地を放浪した。その記憶は恵理菜にとっては、決して思い出したくない忌まわしい記憶として心の奥底に閉じ込められている。誘拐から解放されて戻ってきた実家でも、実の両親と親子の関係をうまく築くことができず、全て自分を誘拐した希和子を憎むことでしか心の平安を得ることができなかったのである。まさしく、目を固く閉じて悲しみの中で生きている八日目を迎えた蝉のように。

 しかし、恵理菜も希和子と同じように妻子ある男性と恋に落ち、妊娠した。胎児を堕ろそうと思って産婦人科を訪れた恵理菜だが、老いた産婦人科医の“緑のきれいなころに生まれるねえ”という言葉を聞いたときに、突然、“生まれてくる子どもに生い茂った新緑を真っ先に見せてあげたい”という強い衝動に駆られ、一人で子どもを産むことを決意した。いや、同時に自分は一人ではないと強く自覚するのである。

 恵理菜の心象風景にある“新緑”は、まさに幼いころに希和子に連れられて過ごした小豆島の自然そのものであり、そこには希和子から実の娘のように深く愛された思い出が分かち難く結びついている。老医師の言葉は、恵理菜がその記憶の奥底に無理やり閉じ込めていた、希和子から受けた母の愛を呼び覚まし、目を閉じた「八日目の蝉」であった恵理菜の目を開かせるためのキーワードとなったのだろう。

 その後、記憶を確かめるかのように千草と一緒に、希和子と放浪した地域を次々と訪れる恵理菜だが、小豆島にわたるフェリー乗り場を訪れた時に、突然、強烈な既視感に襲われ、全てを思い出す。憎しみの感情が押し流され、心がどんどんと解放されていく。風景と心理とを絶妙のタイミングで交差させながら描写していく作者の力は圧巻としか言いようがない。恵理菜ははっきりと思い出したのだ。警察に捕まった時に、希和子が叫んだ言葉、愚かしいほどに母としての愛に満ちた言葉を。

 読了後、既に一週間以上経つが、いまだに余韻が残っている。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.197
(5pt)

この小説は「名前」の話だと読んだ

この小説は「名前」の話だと読んだ。

 主人公は「薫」「リベカ」「恵理菜」という3つの名前を持ってしまうことになる。第一章は、突き詰めると主人公が3つの名前を持つ経緯だ。

 名前とは何か。考えて見ると、「名前を付ける」という風習は人類に古来から普遍的に存在する奇妙な習慣と言える。動物たちが名前を持っているとは思えない。名前が出来た瞬間に「個人」というものが誕生したのだと思う。
 従い名前とはアイデンディティである。我々が初対面の人にはまず名乗るのもそれがアイデンディティだからだ。


 3つの名前には、それに絡む社会関係がある。「薫」とは誘拐犯にして育ての親との親子関係、「リベカ」とはエンジェルホームという閉鎖された社会、「恵理菜」には産みの親との家庭関係である。主人公の悲劇は、そのような3つのばらばらなアイデンディティを抱え込まされた点に尽きる。


 名前は自分で付けるものではない。他者から付けられるものである。3つの名前も全て付けられたものだ。つまり、3つの社会関係は他者から押しつけられたものである。その中で主人公はどれが自分の「本名」なのかも分からない。つまりどれが本当の自分なのかが解らない。これは考えて見ると怖ろしい話だ。


 自分が解らない主人公は妊娠という形で、更に体内に他者を抱え込むことになる。この他者を認めることで主人公は漸く「自分はこの子の母親である」というアイデンディティを獲得することになると僕は思う。「自分の母親が誰なのか解らない」という不安定な状態から「自分はこの子の母親である」であるという確固たる状態に移るという予感が本書のラストを飾る。それこそが蝉にとっての「八日目」なのだろうか。


 本書を、母親になることが出来ない男性が読むことは本来難しい。そう思いながら読み続けたが、「名前」という切り口で考えた場合、すとんと腑に落ちる思いがした。

八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.196
(5pt)

これは誘拐事件ではない。

今までの「誘拐事件」を扱った作品とは明らかに違うもの。
生まれたばかりの娘を奪って逃げた。そして心からその娘を愛し育てた。娘を奪って逃げた希和子を「犯人」とは言えない。彼女は加害者でも被害者でもない。ただ、その娘と一緒にいたいだけ。そばにいたい。成長していく過程を見守り続けたい。本物の母親のように。
あえて言えば主人公。

作品自体も、事件とその後の時間を、誘拐した希和子からの視点、誘拐された娘からの視点、彼女たちを取り巻く人たちの視点、と1つの事件を様々な角度から見つめている。そのことが作品に奥行きを持たせている。いろいろな視点で見れば見るほど、やはり誰が罪人で何が罪なのかが分からなくなる。

作品の結末が予想していたものを見事に裏切られた。ページは終わったが、作品は終わらず、物語は終わらない。
作品に登場した人たちが生きている限りは終わらない物語になっている。
事件に関わった人たちは、それぞれの人生を懸命に生きてきた。そしてこれからも生きていくだろう。
男にも女にも読んでほしい作品です。久しぶりにいい作品に出会えた。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165