八日目の蝉

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評判

八日目の蝉の評価:

4.06/5点 レビュー 425件。 A ランク

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平均点4.06pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全735件 541〜560 28/37ページ
No.195
(5pt)

アイデア、構成だけでなく、描写力もすごい。

角田光代のうまさは、この作品に至ってほとんど神がかってきてしまったので、もう論評するという段階にはありません。
 すごいなあと伏し拝むばかり。

 ただ、この小説で描かれた時期のちょうど翌年から三年、わたしも小豆島に住んでいたので、小説と現実の小豆島との相違を述べておきます。

 まず、岡山弁と小豆島弁はぞっとするくらい正確です。わたしはここまで正確に小説に書かれた岡山弁と小豆島弁を読んだのは初めてです。
 似ている岡山弁と小豆島弁を、関東出身の人間が聞き分けるにはよほど耳が良くないとならないので、もしかしたら現地の人に校閲してもらったのかもしれません。
 しかしそれにしては、小豆島の人間が本来使わない「天使の散歩道」とか「秋祭り」という言葉が採用されています。これらは小豆島の人間が外部に通じやすいようにつかう観光用語で、「シシガキ」や「農村歌舞伎」など、小説で描かれた場所とは矛盾があるけれど小豆島の観光で売りになる物が出て来るところから、観光局などを通した取材によって得た知識であることが想像されます。
 現地の人間と会話して、その言葉をそのまま書き取ったのかもしれません。
 登場人物などの苗字も小豆島独特のものが含まれており、著者が実際に小豆島に足を運んだことは間違いないでしょう。ただし、小説に描かれた時代ではなく、執筆直前に短期間です。

 また、景色に関する描写も、びっくりするくらい適切、正確です。
 間違いなく小豆島だとわかります。
 わかるだけに、異様に良いところと描かれていて、ちょっととまどいました。そんな地上の楽園だと思われても困るんですが。小豆島観光を予定されている方は、この小説を読んでからでかけると面白いかもしれません。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.194
(2pt)

都合ええわあ、、、

やっぱりね、リアリティさが大切やと思うねん。こういう小説て。SFやったら
好きにしてくれたらええねんけど、この手の小説はご都合主義で進めたら
絶対にアカンと思うねん。

不倫相手の子供を誘拐して、まではオッケー。でも逃走しっぷりがちょっと
ないわな。名古屋の街をフラフラ歩いてたら、頭の少しおかしくなってる
オバさんに偶然声かけられてその家に招かれて生活できてしまうとか、、、
そういう逃走のできる可能性は100万回の逃走のうち1回。つまり100万分の
1やろう。

さらにそこを離れてから、社会とかい離した生活を送る集団に潜り込んで
数年を過ごすことができる、、、まあこの可能性は皆無とは言わんけど、
それでも1万分の1くらいの可能性とちゃうか。

100万分の1×1万分の1=100億分の1です。100億分の1の可能性を達成して
しまった人間の話なんて、SFなみに荒唐無稽やわな。

さらにその娘がまた不倫してってか、、、救いようのない人間のお話を
いつまでも読まされるのもなあ、、、

ちなみにこの本に出てくる男は極端に少ないですが、揃いも揃ってクズ
ばっかり。ここに作者のトラウマが垣間見えるのか?

筆力のおかげで星1つは免れたって感じです。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.193
(5pt)

男性にはわからない?

生まれて間もない赤ん坊には、人を癒し幸せな気持ちにさせる力があると思います。希和子は赤ん坊の恵理菜を見た瞬間「この子さえいれば、あんな男なんかいなくても生きていける」と本能的に感じたのではないでしょうか。血のつながりがなくても必死で育てれば、子供に情が移るものです。希和子が逮捕された時に叫んだ言葉には泣かされます。本文中には描かれていませんが、成長し、やはり妻帯者の子を身ごもった恵理菜が小豆島を訪れた後、自分が希和子に間違いなく愛されて育ったのだいう事実をきっと知ることでしょう。
 しかしこういう嘘つき男は結構いますよね。秋山の妻を憎む気にもなれず、むしろ同情してしまいました。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.192
(5pt)

風景と心理とを交えた描写が極めて秀逸

「八日目の蝉」とは何だろう。作者は、主人公の恵理菜と一緒に小豆島に向けて旅をする千草の口を通してこう語らせている。“「七日で死ぬより八日目に生き残った蝉の方がかなしいって、あんたは言ったよね。私もずっとそう思ってたけど」千草は静かに言葉をつなぐ。「それは違うかもね。八日目の蝉は、ほかの蝉には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ」”

 主人公の恵理菜は、生後間もないころに、父親の不倫相手であった希和子に誘拐され、四年近く、薫という名前で育てられ、希和子とともに日本各地を放浪した。その記憶は恵理菜にとっては、決して思い出したくない忌まわしい記憶として心の奥底に閉じ込められている。誘拐から解放されて戻ってきた実家でも、実の両親と親子の関係をうまく築くことができず、全て自分を誘拐した希和子を憎むことでしか心の平安を得ることができなかったのである。まさしく、目を固く閉じて悲しみの中で生きている八日目を迎えた蝉のように。

 しかし、恵理菜も希和子と同じように妻子ある男性と恋に落ち、妊娠した。胎児を堕ろそうと思って産婦人科を訪れた恵理菜だが、老いた産婦人科医の“緑のきれいなころに生まれるねえ”という言葉を聞いたときに、突然、“生まれてくる子どもに生い茂った新緑を真っ先に見せてあげたい”という強い衝動に駆られ、一人で子どもを産むことを決意した。いや、同時に自分は一人ではないと強く自覚するのである。

 恵理菜の心象風景にある“新緑”は、まさに幼いころに希和子に連れられて過ごした小豆島の自然そのものであり、そこには希和子から実の娘のように深く愛された思い出が分かち難く結びついている。老医師の言葉は、恵理菜がその記憶の奥底に無理やり閉じ込めていた、希和子から受けた母の愛を呼び覚まし、目を閉じた「八日目の蝉」であった恵理菜の目を開かせるためのキーワードとなったのだろう。

 その後、記憶を確かめるかのように千草と一緒に、希和子と放浪した地域を次々と訪れる恵理菜だが、小豆島にわたるフェリー乗り場を訪れた時に、突然、強烈な既視感に襲われ、全てを思い出す。憎しみの感情が押し流され、心がどんどんと解放されていく。風景と心理とを絶妙のタイミングで交差させながら描写していく作者の力は圧巻としか言いようがない。恵理菜ははっきりと思い出したのだ。警察に捕まった時に、希和子が叫んだ言葉、愚かしいほどに母としての愛に満ちた言葉を。

 読了後、既に一週間以上経つが、いまだに余韻が残っている。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.191
(5pt)

この小説は「名前」の話だと読んだ

この小説は「名前」の話だと読んだ。

 主人公は「薫」「リベカ」「恵理菜」という3つの名前を持ってしまうことになる。第一章は、突き詰めると主人公が3つの名前を持つ経緯だ。

 名前とは何か。考えて見ると、「名前を付ける」という風習は人類に古来から普遍的に存在する奇妙な習慣と言える。動物たちが名前を持っているとは思えない。名前が出来た瞬間に「個人」というものが誕生したのだと思う。
 従い名前とはアイデンディティである。我々が初対面の人にはまず名乗るのもそれがアイデンディティだからだ。


 3つの名前には、それに絡む社会関係がある。「薫」とは誘拐犯にして育ての親との親子関係、「リベカ」とはエンジェルホームという閉鎖された社会、「恵理菜」には産みの親との家庭関係である。主人公の悲劇は、そのような3つのばらばらなアイデンディティを抱え込まされた点に尽きる。


 名前は自分で付けるものではない。他者から付けられるものである。3つの名前も全て付けられたものだ。つまり、3つの社会関係は他者から押しつけられたものである。その中で主人公はどれが自分の「本名」なのかも分からない。つまりどれが本当の自分なのかが解らない。これは考えて見ると怖ろしい話だ。


 自分が解らない主人公は妊娠という形で、更に体内に他者を抱え込むことになる。この他者を認めることで主人公は漸く「自分はこの子の母親である」というアイデンディティを獲得することになると僕は思う。「自分の母親が誰なのか解らない」という不安定な状態から「自分はこの子の母親である」であるという確固たる状態に移るという予感が本書のラストを飾る。それこそが蝉にとっての「八日目」なのだろうか。


 本書を、母親になることが出来ない男性が読むことは本来難しい。そう思いながら読み続けたが、「名前」という切り口で考えた場合、すとんと腑に落ちる思いがした。

八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.190
(5pt)

これは誘拐事件ではない。

今までの「誘拐事件」を扱った作品とは明らかに違うもの。
生まれたばかりの娘を奪って逃げた。そして心からその娘を愛し育てた。娘を奪って逃げた希和子を「犯人」とは言えない。彼女は加害者でも被害者でもない。ただ、その娘と一緒にいたいだけ。そばにいたい。成長していく過程を見守り続けたい。本物の母親のように。
あえて言えば主人公。

作品自体も、事件とその後の時間を、誘拐した希和子からの視点、誘拐された娘からの視点、彼女たちを取り巻く人たちの視点、と1つの事件を様々な角度から見つめている。そのことが作品に奥行きを持たせている。いろいろな視点で見れば見るほど、やはり誰が罪人で何が罪なのかが分からなくなる。

作品の結末が予想していたものを見事に裏切られた。ページは終わったが、作品は終わらず、物語は終わらない。
作品に登場した人たちが生きている限りは終わらない物語になっている。
事件に関わった人たちは、それぞれの人生を懸命に生きてきた。そしてこれからも生きていくだろう。
男にも女にも読んでほしい作品です。久しぶりにいい作品に出会えた。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.189
(5pt)

アイデア、構成だけでなく、描写力もすごい。

角田光代のうまさは、この作品に至ってほとんど神がかってきてしまったので、もう論評するという段階にはありません。
 すごいなあと伏し拝むばかり。

 ただ、この小説で描かれた時期のちょうど翌年から三年、わたしも小豆島に住んでいたので、小説と現実の小豆島との相違を述べておきます。

 まず、岡山弁と小豆島弁はぞっとするくらい正確です。わたしはここまで正確に小説に書かれた岡山弁と小豆島弁を読んだのは初めてです。
 似ている岡山弁と小豆島弁を、関東出身の人間が聞き分けるにはよほど耳が良くないとならないので、もしかしたら現地の人に校閲してもらったのかもしれません。
 しかしそれにしては、小豆島の人間が本来使わない「天使の散歩道」とか「秋祭り」という言葉が採用されています。これらは小豆島の人間が外部に通じやすいようにつかう観光用語で、「シシガキ」や「農村歌舞伎」など、小説で描かれた場所とは矛盾があるけれど小豆島の観光で売りになる物が出て来るところから、観光局などを通した取材によって得た知識であることが想像されます。
 現地の人間と会話して、その言葉をそのまま書き取ったのかもしれません。
 登場人物などの苗字も小豆島独特のものが含まれており、著者が実際に小豆島に足を運んだことは間違いないでしょう。ただし、小説に描かれた時代ではなく、執筆直前に短期間です。

 また、景色に関する描写も、びっくりするくらい適切、正確です。
 間違いなく小豆島だとわかります。
 わかるだけに、異様に良いところと描かれていて、ちょっととまどいました。そんな地上の楽園だと思われても困るんですが。小豆島観光を予定されている方は、この小説を読んでからでかけると面白いかもしれません。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.188
(2pt)

都合ええわあ、、、

やっぱりね、リアリティさが大切やと思うねん。こういう小説て。SFやったら
好きにしてくれたらええねんけど、この手の小説はご都合主義で進めたら
絶対にアカンと思うねん。

不倫相手の子供を誘拐して、まではオッケー。でも逃走しっぷりがちょっと
ないわな。名古屋の街をフラフラ歩いてたら、頭の少しおかしくなってる
オバさんに偶然声かけられてその家に招かれて生活できてしまうとか、、、
そういう逃走のできる可能性は100万回の逃走のうち1回。つまり100万分の
1やろう。

さらにそこを離れてから、社会とかい離した生活を送る集団に潜り込んで
数年を過ごすことができる、、、まあこの可能性は皆無とは言わんけど、
それでも1万分の1くらいの可能性とちゃうか。

100万分の1×1万分の1=100億分の1です。100億分の1の可能性を達成して
しまった人間の話なんて、SFなみに荒唐無稽やわな。

さらにその娘がまた不倫してってか、、、救いようのない人間のお話を
いつまでも読まされるのもなあ、、、

ちなみにこの本に出てくる男は極端に少ないですが、揃いも揃ってクズ
ばっかり。ここに作者のトラウマが垣間見えるのか?

筆力のおかげで星1つは免れたって感じです。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.187
(3pt)

タイトルが魅力的

映画化で初めて知り、とても魅力的なタイトルだと思い購入しました。

第1章は赤ん坊を誘拐した主人公が逃亡しながら暮らす内容で疾走感のあるストーリー展開と
主人公の母親ではないのに、まるで母親のように赤ん坊(薫)を愛し、大事に思う気持ちが
上手に描かれていてとても面白かったです。
ただ、第2章はこの作者の作品の特徴に思えますが、一気に退屈で陰鬱な印象となります。
結局火事になった原因がはっきりしないことも読んでいて不満でした。
主人公が子供を誘拐したことは罪ですが、
もし誘拐していなかったら火災で子供は亡くなっていたのではないかということも
物語的にからんでいるのか、気になっていたので若干肩透かしでした。
あとラスト、個人的にカタルシスがなくこれもがっくりしましたが希和子が犯した罪の重さを考えると
妥当なラストなのかな。

八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.186
(5pt)

八日目の蝉って何?

蝉は7日間しか生きられないけど、もし8日目まで生きられる蝉がいたら、他の蝉が見られないものを見れるかもしれない。

ストレートに親と子。
7日目までの蝉は親。
8日目の蝉は自分の子。

自分の子には、この世界の美しいものを見せてあげたい。
子供を育てるということは、自分が見ること、叶えることが果たせなかったものを子供に見せてあげること。

親はきっと海を越えることはできない。7日目だから。
子供は海を越えて8日目の世界を見るのだろう。
そして7日間を精一杯生きるのだろう。
そのまた子供は、8日目に何を見るんだろうか。

子育ても悪くないですよ。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.185
(2pt)

なんともかんとも

設定ほどに内容に盛り上がりはない。山場という山場もないし、ラストもよくわからない。山なし、オチなし、意味あり?かな。設定と登場人物は作ったけれど、ストーリー(物語)を作らなかったって感じ。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.184
(1pt)

なぜこんなに高評価なのか…。

「八日目を生きることになった蝉」という言葉は
想像力が刺激されて私は好きだが、本作を読んでみて
タイトルと内容がずれている印象をもった。

主要キャラクターは女性がほとんどだが、その女性たち
が皆が異常な感性をもっているように思え、感情移入が
難しかった。正常なのは久美の母親と康枝くらいか。

第1章はテンポ良く読め、好きだった。希和子の肩をもち
たくなってしまうような書き方は不満だったが。
しかし第2章に入ると説明などが多く、とたんに読みづらく
なる。千草の長いセリフも同様。

本作をひとことであらわすとすればこんな感じ。
「女性たちが自分らしさを求めヒステリックに疾走する話」

八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.183
(4pt)

母ってなんだろう

本屋で映画のCMが流れており、興味を持って読んでみました。

不倫相手の子供を誘拐して、逃亡していく第1章と、
その後、誘拐された子供が大人になってからの第2章とで構成されています。

第1章では、誘拐という犯罪を犯している希和子ですが、
どうにか逃げてのびて、子供と幸せに暮らして欲しいと
思える程、子供に対する愛情が感動的でした。

しかし、第2章では、希和子の行った行為が、どんなに
人の人生を狂わせてしまったかを痛感しました。

血が繋がっていなくとも、ただひたすら子供のために生きた希和子、
急に戻ってきた娘に戸惑いを隠せず、母らしいことが出来なかった実の母。
どちらも一種の母親ではあるが、本当の母ってなんなんだろうと
考えさせられました。(答えは未だに分かりませんが…)

文章でもぐいぐい読み進めていけるような感じで、とても良い作品だと思いました。

八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.182
(3pt)

タイトルが魅力的

映画化で初めて知り、とても魅力的なタイトルだと思い購入しました。

第1章は赤ん坊を誘拐した主人公が逃亡しながら暮らす内容で疾走感のあるストーリー展開と
主人公の母親ではないのに、まるで母親のように赤ん坊(薫)を愛し、大事に思う気持ちが
上手に描かれていてとても面白かったです。
ただ、第2章はこの作者の作品の特徴に思えますが、一気に退屈で陰鬱な印象となります。
結局火事になった原因がはっきりしないことも読んでいて不満でした。
主人公が子供を誘拐したことは罪ですが、
もし誘拐していなかったら火災で子供は亡くなっていたのではないかということも
物語的にからんでいるのか、気になっていたので若干肩透かしでした。
あとラスト、個人的にカタルシスがなくこれもがっくりしましたが希和子が犯した罪の重さを考えると
妥当なラストなのかな。

八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.181
(5pt)

八日目の蝉って何?

蝉は7日間しか生きられないけど、もし8日目まで生きられる蝉がいたら、他の蝉が見られないものを見れるかもしれない。

ストレートに親と子。
7日目までの蝉は親。
8日目の蝉は自分の子。

自分の子には、この世界の美しいものを見せてあげたい。
子供を育てるということは、自分が見ること、叶えることが果たせなかったものを子供に見せてあげること。

親はきっと海を越えることはできない。7日目だから。
子供は海を越えて8日目の世界を見るのだろう。
そして7日間を精一杯生きるのだろう。
そのまた子供は、8日目に何を見るんだろうか。

子育ても悪くないですよ。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.180
(2pt)

なんともかんとも

設定ほどに内容に盛り上がりはない。山場という山場もないし、ラストもよくわからない。山なし、オチなし、意味あり?かな。設定と登場人物は作ったけれど、ストーリー(物語)を作らなかったって感じ。
八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.179
(1pt)

なぜこんなに高評価なのか…。

「八日目を生きることになった蝉」という言葉は
想像力が刺激されて私は好きだが、本作を読んでみて
タイトルと内容がずれている印象をもった。

主要キャラクターは女性がほとんどだが、その女性たち
が皆が異常な感性をもっているように思え、感情移入が
難しかった。正常なのは久美の母親と康枝くらいか。

第1章はテンポ良く読め、好きだった。希和子の肩をもち
たくなってしまうような書き方は不満だったが。
しかし第2章に入ると説明などが多く、とたんに読みづらく
なる。千草の長いセリフも同様。

本作をひとことであらわすとすればこんな感じ。
「女性たちが自分らしさを求めヒステリックに疾走する話」

八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.178
(4pt)

母ってなんだろう

本屋で映画のCMが流れており、興味を持って読んでみました。

不倫相手の子供を誘拐して、逃亡していく第1章と、
その後、誘拐された子供が大人になってからの第2章とで構成されています。

第1章では、誘拐という犯罪を犯している希和子ですが、
どうにか逃げてのびて、子供と幸せに暮らして欲しいと
思える程、子供に対する愛情が感動的でした。

しかし、第2章では、希和子の行った行為が、どんなに
人の人生を狂わせてしまったかを痛感しました。

血が繋がっていなくとも、ただひたすら子供のために生きた希和子、
急に戻ってきた娘に戸惑いを隠せず、母らしいことが出来なかった実の母。
どちらも一種の母親ではあるが、本当の母ってなんなんだろうと
考えさせられました。(答えは未だに分かりませんが…)

文章でもぐいぐい読み進めていけるような感じで、とても良い作品だと思いました。

八日目の蝉 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉 (中公文庫)より
4122054257
No.177
(4pt)

泣けます。


テレビドラマや映画では伝えきれない感情が原作本にはあります。

映像で見ていない方はもちろん、見た方ももう1度泣けます。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165
No.176
(2pt)

期待外れ・・・。

もうちょっと深みのある一冊、言い換えれば後味の悪いタイプの一冊かと思ってました。
登場人物の心の深さまでなかなか読み込めないタイプの本でした。

評価が軒並み高くて驚きです。
図書館で借りて読んだらいい一冊。身銭切るならセカンドハンドで十分かと。
八日目の蝉 Amazon書評・レビュー: 八日目の蝉より
4120038165