乳と卵

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乳と卵の評価:

3.35/5点 レビュー 153件。 D ランク

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平均点3.35pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全142件 81〜100 5/8ページ
No.62
(4pt)

女流文学の本流

なんだか「横漏れしません」という生理用品のCMでも聞かされているみたいだ。「それではいままではヨコモレしていたのか」と怒ったのは山本夏彦であったが。―男たちよ、かってに女というものを幻想すんなよ。セイジョウだかコウキだかビレイだか、そういうものを女性の価値と結びつけんなよ。それを穢してそこから性的快楽を得るためだけに、一生懸命幻影を築いてるだけだろ。女なんて清浄でも高貴でも美麗でもないんだ、もっと生身の生き物なんだ―というような小説が繰り返し書かれ、「眠りかけた男たちと目覚めかけた女たち」によって支持されている。
 「妊娠小説」が男流文学だとすれば、「生理小説」、これこそ「アンネの日記」にも通ずる女流文学。最後、緑子の悲しみが奔逸し、玉子まみれになるところは哀切である。
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.61
(4pt)

女流文学の本流

なんだか「横漏れしません」という生理用品のCMでも聞かされているみたいだ。「それではいままではヨコモレしていたのか」と怒ったのは山本夏彦であったが。―男たちよ、かってに女というものを幻想すんなよ。セイジョウだかコウキだかビレイだか、そういうものを女性の価値と結びつけんなよ。それを穢してそこから性的快楽を得るためだけに、一生懸命幻影を築いてるだけだろ。女なんて清浄でも高貴でも美麗でもないんだ、もっと生身の生き物なんだ―というような小説が繰り返し書かれ、「眠りかけた男たちと目覚めかけた女たち」によって支持されている。
 「妊娠小説」が男流文学だとすれば、「生理小説」、これこそ「アンネの日記」にも通ずる女流文学。最後、緑子の悲しみが奔逸し、玉子まみれになるところは哀切である。
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.60
(4pt)

読後感としては、「なんか生臭い感じ」

第138回芥川賞受賞作品。

ひとつひとつの文が異常に長い。文法的に見ればなんだかおかしな文の羅列。
しかし、それがまったりねっとりとした空気を作り出しているように感じる。
この手の文章は生理的に受け付けないはずなのだが、意外に読みやすかった。
頭の中に、ぬるっと入り込んでくる感じ。

ところどころ、少しだけスプラッタな表現がある。
私はそういうのは非常に苦手なので、読んでいて少し気持ち悪くなった。

読後感としては、「なんか生臭い感じ」。それが率直な感想。
面白く、さくっと読めたけれど。
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.59
(4pt)

読後感としては、「なんか生臭い感じ」

第138回芥川賞受賞作品。

ひとつひとつの文が異常に長い。文法的に見ればなんだかおかしな文の羅列。
しかし、それがまったりねっとりとした空気を作り出しているように感じる。
この手の文章は生理的に受け付けないはずなのだが、意外に読みやすかった。
頭の中に、ぬるっと入り込んでくる感じ。

ところどころ、少しだけスプラッタな表現がある。
私はそういうのは非常に苦手なので、読んでいて少し気持ち悪くなった。

読後感としては、「なんか生臭い感じ」。それが率直な感想。
面白く、さくっと読めたけれど。
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.58
(5pt)

人体は最後の自然である

いつだったか、吉本隆明が現代日本の詩人たちについて、「彼らはもう書くべきことがない」という意味のコメントをし、その理由として「日本から自然が失われたから」と語っていた。残念ながら同感である。

そのような時代にあって、川上さんは貴重である。彼女にあっては自然が失われていないから。自然とは美しい山や川を指すのではない。いや、そのような認識ではもう我々は生きていけない。究極の自然は自身の肉体である。川上さんはそのことをよくわかっている。自然が感じられる限りは、つくりものではない感情もそこに宿る。

この芥川賞作品は、コンクリートの中で、生きものとして、ひからびてしまわないセンスを湛えている。
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.57
(5pt)

人体は最後の自然である

いつだったか、吉本隆明が現代日本の詩人たちについて、「彼らはもう書くべきことがない」という意味のコメントをし、その理由として「日本から自然が失われたから」と語っていた。残念ながら同感である。

そのような時代にあって、川上さんは貴重である。彼女にあっては自然が失われていないから。自然とは美しい山や川を指すのではない。いや、そのような認識ではもう我々は生きていけない。究極の自然は自身の肉体である。川上さんはそのことをよくわかっている。自然が感じられる限りは、つくりものではない感情もそこに宿る。

この芥川賞作品は、コンクリートの中で、生きものとして、ひからびてしまわないセンスを湛えている。
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.56
(4pt)

母、娘、女

女であることを、こんなふうに、きちんとえぐりきって表現できる作家はとても少ないと思う。だって女は隠す生き物なのだから。救われるような感じといってもいいほど、書かれていることに共感できる。ただ、私には大阪弁であることが、はぐらかしのように思えたので、星ひとつマイナス。
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.55
(4pt)

母、娘、女

女であることを、こんなふうに、きちんとえぐりきって表現できる作家はとても少ないと思う。だって女は隠す生き物なのだから。救われるような感じといってもいいほど、書かれていることに共感できる。ただ、私には大阪弁であることが、はぐらかしのように思えたので、星ひとつマイナス。
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.54
(4pt)

独特の文体

この文体には賛否両論があると思いますが、読みにくいと思うのは最初の10ページくらいで、あとは逆にリズムで読む感をつかめばいとも易しく読めます。情景描写や形容表現、オノマトペは非常に独特かつ想像に易く、一方の描写によって、他方の情景を連想させる力があると思います。おもしろいと感じるかどうかは小説に何を求めるかによって個々違うと思いますが、この文体や作者の哲学には刺激を受けました。
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.53
(4pt)

独特の文体

この文体には賛否両論があると思いますが、読みにくいと思うのは最初の10ページくらいで、あとは逆にリズムで読む感をつかめばいとも易しく読めます。情景描写や形容表現、オノマトペは非常に独特かつ想像に易く、一方の描写によって、他方の情景を連想させる力があると思います。おもしろいと感じるかどうかは小説に何を求めるかによって個々違うと思いますが、この文体や作者の哲学には刺激を受けました。
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.52
(4pt)

女友達の話を聞いてるような感覚

テンポよく進むお話で、楽しい。
大人の女友達と話をしているような感覚で、メリハリある内容であり尚且つ心地良く読める一冊でした。
私は「先端で・・・」を先に読んで、それは関西弁がきつくて読みきれなかったけれど、こちらは適度に標準語が入っているのでまだ大丈夫でした〜。
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.51
(4pt)

女友達の話を聞いてるような感覚

テンポよく進むお話で、楽しい。
大人の女友達と話をしているような感覚で、メリハリある内容であり尚且つ心地良く読める一冊でした。
私は「先端で・・・」を先に読んで、それは関西弁がきつくて読みきれなかったけれど、こちらは適度に標準語が入っているのでまだ大丈夫でした〜。
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.50
(4pt)

感性の煌めき

川上未映子の芥川賞受賞作「乳と卵」は、豊胸手術をしたいと切望する母と初潮を迎える時期にきて言葉を失い筆談しかしなくなった娘が、東京の語り手(母の妹)のもとを訪ねたときの模様を大阪弁を基調にしたしゃべくりで書いた物語。前作「わたくし率 イン 歯ー」でもそうだったが、文体に独特の躍動感というか運動性があり、読んでいて快い。ただ、「わたくし率」の方が、統御しきれない言葉のきらめきがあったが、今回は評価を意識してか、意図的にまとめていったという感じは否めない。その意味では、多少不満がある。もっと書きたいように書いて、それがおのずと評価に――人々に届くということに――つながるのが理想なはずである。

 豊胸手術に取りつかれたホステスである母巻子の姿は悲喜こもごもの姿といってよいが、そうした妄想から離れたところで生きられないのは多かれ少なかれどんな人間にも当てはまる。それはたんに「若く」ありたいというような簡単なことではない。どうにもついて離れぬ、自己の身体への妄想。乳首の大きさと黒ずみに悩みながら、それをどうにかしようともがく巻子は、生活が苦しいにもかかわらず豊胸手術の費用も、またその痛みをも気にするところがない。そんな言葉にならない人の思いの切なさと動かし難さを川上未映子は的確に表現している。

 娘の緑子の方は、友達たちが初潮を迎え、自分の体が成長していくことを体感しながら、そうした「大人になること」をうまくいけ入れることができず、人間など生まれてこなければいいと考える。彼女は、母にもやさしい思いを持っているが、それを話し言葉で表現する手段を失い、ただ筆談というかたちで他者とコミュニケーションをとることができるだけである。自分のなかで卵子が成熟し、生理として排出されることを、その生と死のありようを、人はどのようにして自然かつ自明なこととして受け入ることができるようになるのか。少女の思いはここでもうまく言葉にできない。緑子はそのことを母の豊胸手術への違和感として感じてもいる。クライマックスで、酔った巻子に「お母さんは、ほんまのことゆうてよ」と叫んで、玉子を自分の体に叩きつけて割るシーン、母も一緒になって自分の体に玉子を叩きつけ、そこらじゅうが玉子だらけになるシーンは、まさに成長できない卵の死んで行く姿を象徴しているが、それが同時にこの二人の新しい人生へのステップでもあるという意味で、生を象徴していもいる。そんな言葉にならない生と死のあわいで生きるしかない人間のありようが「乳と卵」の描く世界なのである。

 川上未映子は独特の感性をもった作家である。今回の大阪弁のしゃべくりでは、詳細に描写するあまり、ときに文体が弛緩している箇所があるが(たとえば生理用ナプキンを着ける場面)、つぎのような個所は全編の白眉といってもいい。

今日まだ一言も口をきかない緑子の唇のなかには、真っ赤な血がぎゅっとつまっていてうねっていて集められ、薄い粘膜一枚でそこにたっぷりと留められてある、針の本当の先端で刺したぐらいの微小な穴から、スープの中に血が一滴、二滴と落ちて、しかし緑子はそれには気づかず、白いスープのゆるい底に丸い血は溶けることなくそのまま滑り沈んでいくのに、やっぱりそれに気がつかずにその陶器の中身の全部を自分ですべて飲み干してしまう。濡れた、その薄い唇が合わさるすきまに赤い丸の輪郭がちゅるっと消えて、消えて、消えて、とやってると[……]

この表現はするどい。作者はそれを意識的に使う技量をもっているが、全体の構成のなかでその場所を的確に定めるところまでは行っていないようだ。それができたとき、川上未映子の「長編」というものを私たちは読むことができることになるだろう。
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.49
(4pt)

感性の煌めき

川上未映子の芥川賞受賞作「乳と卵」は、豊胸手術をしたいと切望する母と初潮を迎える時期にきて言葉を失い筆談しかしなくなった娘が、東京の語り手(母の妹)のもとを訪ねたときの模様を大阪弁を基調にしたしゃべくりで書いた物語。前作「わたくし率 イン 歯ー」でもそうだったが、文体に独特の躍動感というか運動性があり、読んでいて快い。ただ、「わたくし率」の方が、統御しきれない言葉のきらめきがあったが、今回は評価を意識してか、意図的にまとめていったという感じは否めない。その意味では、多少不満がある。もっと書きたいように書いて、それがおのずと評価に――人々に届くということに――つながるのが理想なはずである。

 豊胸手術に取りつかれたホステスである母巻子の姿は悲喜こもごもの姿といってよいが、そうした妄想から離れたところで生きられないのは多かれ少なかれどんな人間にも当てはまる。それはたんに「若く」ありたいというような簡単なことではない。どうにもついて離れぬ、自己の身体への妄想。乳首の大きさと黒ずみに悩みながら、それをどうにかしようともがく巻子は、生活が苦しいにもかかわらず豊胸手術の費用も、またその痛みをも気にするところがない。そんな言葉にならない人の思いの切なさと動かし難さを川上未映子は的確に表現している。

 娘の緑子の方は、友達たちが初潮を迎え、自分の体が成長していくことを体感しながら、そうした「大人になること」をうまくいけ入れることができず、人間など生まれてこなければいいと考える。彼女は、母にもやさしい思いを持っているが、それを話し言葉で表現する手段を失い、ただ筆談というかたちで他者とコミュニケーションをとることができるだけである。自分のなかで卵子が成熟し、生理として排出されることを、その生と死のありようを、人はどのようにして自然かつ自明なこととして受け入ることができるようになるのか。少女の思いはここでもうまく言葉にできない。緑子はそのことを母の豊胸手術への違和感として感じてもいる。クライマックスで、酔った巻子に「お母さんは、ほんまのことゆうてよ」と叫んで、玉子を自分の体に叩きつけて割るシーン、母も一緒になって自分の体に玉子を叩きつけ、そこらじゅうが玉子だらけになるシーンは、まさに成長できない卵の死んで行く姿を象徴しているが、それが同時にこの二人の新しい人生へのステップでもあるという意味で、生を象徴していもいる。そんな言葉にならない生と死のあわいで生きるしかない人間のありようが「乳と卵」の描く世界なのである。

 川上未映子は独特の感性をもった作家である。今回の大阪弁のしゃべくりでは、詳細に描写するあまり、ときに文体が弛緩している箇所があるが(たとえば生理用ナプキンを着ける場面)、つぎのような個所は全編の白眉といってもいい。

今日まだ一言も口をきかない緑子の唇のなかには、真っ赤な血がぎゅっとつまっていてうねっていて集められ、薄い粘膜一枚でそこにたっぷりと留められてある、針の本当の先端で刺したぐらいの微小な穴から、スープの中に血が一滴、二滴と落ちて、しかし緑子はそれには気づかず、白いスープのゆるい底に丸い血は溶けることなくそのまま滑り沈んでいくのに、やっぱりそれに気がつかずにその陶器の中身の全部を自分ですべて飲み干してしまう。濡れた、その薄い唇が合わさるすきまに赤い丸の輪郭がちゅるっと消えて、消えて、消えて、とやってると[……]

この表現はするどい。作者はそれを意識的に使う技量をもっているが、全体の構成のなかでその場所を的確に定めるところまでは行っていないようだ。それができたとき、川上未映子の「長編」というものを私たちは読むことができることになるだろう。
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.48
(4pt)

豊胸手術と小学生のかん黙

話題性が無くなった1年後の現在、あえて読んでみました。客観的に受け止められるかなー、と。読む前から作者にはちょっと反感を持っていたし、オビに顔写真なんて売り方にもひるんじまいますけど。
 読んでみると、なかなかいい作品でした。関西弁の饒舌体は、それなりに必然性が感じられたし、女性の肉体性について、エロスとは別な次元でこだわった面白さを感じました。豊胸手術とか小学生のかん黙とか、現代的な事象も盛り込まれ、母子の断絶と和解を適度な湿り気で描いていました。
 作者は頭もセンスもいい人なんだなーと感じました。ついでに顔とスタイルまでいいところに、やっぱり少しむっとしますが。
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.47
(4pt)

豊胸手術と小学生のかん黙

話題性が無くなった1年後の現在、あえて読んでみました。客観的に受け止められるかなー、と。読む前から作者にはちょっと反感を持っていたし、オビに顔写真なんて売り方にもひるんじまいますけど。
 読んでみると、なかなかいい作品でした。関西弁の饒舌体は、それなりに必然性が感じられたし、女性の肉体性について、エロスとは別な次元でこだわった面白さを感じました。豊胸手術とか小学生のかん黙とか、現代的な事象も盛り込まれ、母子の断絶と和解を適度な湿り気で描いていました。
 作者は頭もセンスもいい人なんだなーと感じました。ついでに顔とスタイルまでいいところに、やっぱり少しむっとしますが。
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.46
(4pt)

おもろい

おもろい。才女やわぁ。文体が独特、読みにくい、という感想を持つ人は、昔の小説読んでないのかも。これってまさに樋口一葉。意味が掴みにくい人は黙読ではなく、音読してみるといい。よーくわかる。無駄な描写もなく、よく考えられた文章。しかも今どき人情噺。いいじゃない! 筆者は若い女の子じゃない。30歳の、哲学の好きな大人の女性。
 こういう読み方ははやらないけれど、私が抱いた感じでは、この母はきっとあまりの生き難さに、子供を父親の手にゆだねたいのだろう。そういう自分の正直な感情に向き合うのが怖くて、許しがたくて、別のことに異様に関心を向ける。そういうの、長く生きてるとよーくわかる。娘は敏感にそれを感じ取り、早く大人になって母を助けたい、でも成熟した女になるのはいや、という感情に引き裂かれている。おかあさん、本当のこと言って、という叫びは、だから切実。大阪人情噺。新鮮!
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.45
(4pt)

おもろい

おもろい。才女やわぁ。文体が独特、読みにくい、という感想を持つ人は、昔の小説読んでないのかも。これってまさに樋口一葉。意味が掴みにくい人は黙読ではなく、音読してみるといい。よーくわかる。無駄な描写もなく、よく考えられた文章。しかも今どき人情噺。いいじゃない! 筆者は若い女の子じゃない。30歳の、哲学の好きな大人の女性。
 こういう読み方ははやらないけれど、私が抱いた感じでは、この母はきっとあまりの生き難さに、子供を父親の手にゆだねたいのだろう。そういう自分の正直な感情に向き合うのが怖くて、許しがたくて、別のことに異様に関心を向ける。そういうの、長く生きてるとよーくわかる。娘は敏感にそれを感じ取り、早く大人になって母を助けたい、でも成熟した女になるのはいや、という感情に引き裂かれている。おかあさん、本当のこと言って、という叫びは、だから切実。大阪人情噺。新鮮!
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013
No.44
(4pt)

関西人ならすらすら読めます

関西弁がネイティブなら、問題なく読めるはず。筒井康隆さんの唯野教授思い出すなぁ。町田康より、だんぜん読みやすいし、理性的すぎないでいいんじゃないかな。ところどころで入るエピソードや回想なんかも変にまとめすぎたりせずに投げだされてる感じが◎。前作から頻出する「〜部」って表現、使いたくなりません?
男性の僕にはテーマをちゃんと理解するのは難しいけど、言葉を追いかけること自体の快楽はたっぷり味わわせてくれます。
ユーモアやバランス感覚のある素敵な作家さんだと思いますよ。

挿入される緑子の日記部が秀逸。「ちゃんと話の時をつくらな、あかん。なんでそんなことするのかってあたしちゃんときけるかな、胸の話とかはしやんと、全部、ちゃんと、したいねん」
乳と卵 Amazon書評・レビュー: 乳と卵より
4163270108
No.43
(4pt)

関西人ならすらすら読めます

関西弁がネイティブなら、問題なく読めるはず。筒井康隆さんの唯野教授思い出すなぁ。町田康より、だんぜん読みやすいし、理性的すぎないでいいんじゃないかな。ところどころで入るエピソードや回想なんかも変にまとめすぎたりせずに投げだされてる感じが◎。前作から頻出する「〜部」って表現、使いたくなりません?
男性の僕にはテーマをちゃんと理解するのは難しいけど、言葉を追いかけること自体の快楽はたっぷり味わわせてくれます。
ユーモアやバランス感覚のある素敵な作家さんだと思いますよ。

挿入される緑子の日記部が秀逸。「ちゃんと話の時をつくらな、あかん。なんでそんなことするのかってあたしちゃんときけるかな、胸の話とかはしやんと、全部、ちゃんと、したいねん」
乳と卵(らん) (文春文庫) Amazon書評・レビュー: 乳と卵(らん) (文春文庫)より
4167791013