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ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン



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ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパンの評価: 2.61/5点 レビュー 83件。 Fランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点2.61pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全27件 1~20 1/2ページ
12>>
No.27:
(4pt)

〈戦後的フィクション〉を生きない、知性のために

.
三部作最後の『サイバー・ショーグン・レボリューション』の邦訳版も刊行されたので、そろそろ読まねばなるまいと、買ってあったシリーズ第一作である本書を手に取った。

購入当時は、日本のアニメを中心とした「オタク文化」の影響を強く受けた作品、ということで注目した。
私は「オタク」世代ではなく、その前の「マニア」世代だが、私個人にマニア気質はなく、単なる「ファン」だと思っている。しかし、かの宮﨑勤さんと同年生まれなので、日本の「オタク文化」の動向には常に注目してきたから、その海外における影響という面にも興味があった。もちろん、同じ興味から、スピルバーグ監督の 『レディ・プレイヤー1』も観ている。

で、そんな私が、本作をいま読んだ感想としては、正直「こんなものかな」という感じで、たしかに日本のアニメの影響が、道具立てだけではなく、キャラクターの描き方などにも表れている。例えば、本作のヒロインと呼んでいいだろう「槻野明子」は、典型的な「ツンデレ」キャラだ。
要は、人物の描き方が、「文学的なリアリズム」に立脚したものではなく、アニメキャラ的なのだ。大塚英志だったが提唱した「まんが・アニメ的リアリズム」によって描かれているのである。

私は、テレビシリーズの『鉄腕アトム』の時代からアニメを視て育ってきた人間なのだが、「小説」に関しては、必ずしも、そういったものを求めているわけではない。いや、アニメやマンガには、ずっと接してきたからこそ、「文学」には「文学でしか描き得ないもの」を期待する気持ちが強いので、「まんが・アニメ的リアリズム」で書かれたものの多い、いわゆる「ラノベ」は(否定する気はないが)、よほど評価の高い作品以外は、娯楽としてさえ読もうとは思わないのである。

したがって、私は本作の「ラノベ」的な部分については「こんなものかな」以上のものは感じなかった。ただ、本作で評価できるのは、多くのレビュアーに、あまり顧みられていない「歴史批評」的な部分である。

本作が「改変歴史SF」であるというのは言うまでもないが、そのことによって著者が描いているのは「もしも立場が違っていたら、私たちはどのように振舞っていただろうか」という、そんな真摯な「問い」である。問題は「どんな世界になっていただろうか」ではなく、「私(たち)は、どのように振舞っていただろうか」なのだ。
具体的には、「第二次世界大戦を、枢軸国が勝っていたいたとしたら」「アメリカが敗戦して、日本とドイツがアメリカを分け合うかたちで占領していたとしたら」、「私たち」は、はたしてどのように振舞っていただろうか、という問いでなのある。

ここで言う「私たち」とは、作者の場合「アメリカ人」であるし、読者である私の場合は「日本人」となろう。つまり、この作品が問うているのは、「勝者と敗者」の双方であり、「勝者の視点と敗者の視点」を相対化し、逆転させる視点の確保だと言えよう。

例えば、私たち日本人は、先の大戦の「結果」について、ながらく「敗者の立場」からしか見てこなかった。
「原爆を落とされて、ひどい目に遭った」とか「国土が灰燼に帰して、ひどい目に遭った」とか「中国からの引き揚げで、ひどい目に遭った」とか「シベリア抑留で、ひどい目に遭った」とか「ソ連は終戦直前に条約を破って攻め込んできた、ひどい国だ」とか「軍部政府に騙された」とか、逆に「GHQに洗脳され、憲法まで押しつけられて、いまだにひどい目に遭っている」とかいった具合で、自分たちが遭遇した「被害」的側面ばかりを強調し、その「加害者」を批難ばかりしてきた。
また、だからこそ、日本が被害を与えた(加害した)東アジアの国々が経済力をつけ、日本(による、戦後賠償的な経済支援)に頼らなくても済むようになると、「従軍慰安婦」や「朝鮮人強制労働」などの賠償問題が噴出して、嫌が上にも日本の「加害者性」を突きつけられることにもなったのである。

つまり、もしも先の戦争で「日本が勝っていたなら」、きっと「現実の日本が被ったような損害」を、他国に対してより「いっそう強いていた」だろうし、そのことに寸毫も良心の呵責をおぼえず、むろん「反省」もしなかっただろう、ということなのだ。
そして、本作には、そうした「日本の(勝ち負けに関わらない)本質」が、やや誇張されたものだとは言え、的確に描かれている。本作は、間違いなく「日本的精神史」批判となっているのである。

ただし、これは、現実には「勝者」であったアメリカに対しても、裏返したかたちで向けられている批評だと言えるだろう。
つまり、アメリカが敗戦して、戦勝国である日本やドイツに「ひどい目」に遭わされれば、自分たちが「無垢の被害者」ででもあるかのように思い込んで「自己美化」に励み、自分たちが「現実の勝者」として為したことなど(例えば、原爆の投下などといったことを)「仮定的に」想像することもできなかっただろう。
(無論、それでもアメリカは、日系人の強制収容について、謝罪し賠償した点で、敗戦後日本よりはマシかもしれない。原爆については、被害が大きすぎたために、政治的な公式謝罪は困難かもしれないが、個人レベルで過ちを認める人たちが、パヨク呼ばわりされることはないだろう)

そして、さらに言えば、本作における、少々「荒唐無稽」とも思えるような「極端さ」は、しかし、単に「まんが・アニメ的リアリズム」に拠るわけではなく、著者の「韓国系アメリカ人」という立場に由来する、ある種の「現実的リアリズム」に立脚するものともなっている。
と言うのも、著者は幼少期に韓国で「軍政下における、激しい民主化運動」を、その目にしているからである。つまり、彼は、子供心にではあれ、「反体制ゲリラ闘争」を目にしており、「世の中が変わるかもしれない=勝者と敗者が反転するかもしれない」という世界を、肌身に感じていたのだ。

だから、1970年代以降の「実力闘争のない、平和な日本」に生まれ育った読者が、本書に込められた「実感的リアリズム」を理解できないのは、ある意味では仕方ないことなのだろう。本書に描かれたような「極端なこと」は、現実には起こりえず、批評的な誇張として描かれたものであろうと、そう無難に考えてしまう。

しかし、現実の歴史から目を逸らさず、歴史的事実に学ぶならば、私たち、戦後の「平和ボケした日本人」が想像もできないようなことを、私たちの曾祖父や祖父や父たちが、現実に行なってもいたのである。
無論、そんな人ばかりではない。けれども、それは現にあったし、小説に書けるような非道な行ないなら、現実にもどこかで現に為されていたはずなのだ。

だから、本書を「やや荒唐無稽な、思考実験的・歴史批評作品」だと考えるのは、間違いだ。
「これくらいのことなら、人間は何度でもやってきた」そんなことを描いた、ある意味では「普通にリアルな作品」だと、私たちは、そこまで想像力を働かせるべきであろう。

したがって、本作が「まんが・アニメ的リアリズムによって書かれた、少々荒唐無稽なラノベ的作品」だから「SFではない」などと言っているような読者は、「SF」について、ろくに考えたこともない読者だと言えよう。
「SF」の、一つの定義である「スペキュレイティブ・フィクション (Speculative Fiction) 」とは、文字どおり「思弁」することが出来て、初めて読める小説なのだ。
したがって、作品の表面(=物語)を掻い撫でにすることしか出来ないような読者に、「SF」を云々する資格など無いのである。

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ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)より
4150120986
No.26:
(4pt)

〈戦後的フィクション〉を生きない、知性のために

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三部作最後の『サイバー・ショーグン・レボリューション』の邦訳版も刊行されたので、そろそろ読まねばなるまいと、買ってあったシリーズ第一作である本書を手に取った。

購入当時は、日本のアニメを中心とした「オタク文化」の影響を強く受けた作品、ということで注目した。
私は「オタク」世代ではなく、その前の「マニア」世代だが、私個人にマニア気質はなく、単なる「ファン」だと思っている。しかし、かの宮﨑勤さんと同年生まれなので、日本の「オタク文化」の動向には常に注目してきたから、その海外における影響という面にも興味があった。もちろん、同じ興味から、スピルバーグ監督の 『レディ・プレイヤー1』も観ている。

で、そんな私が、本作をいま読んだ感想としては、正直「こんなものかな」という感じで、たしかに日本のアニメの影響が、道具立てだけではなく、キャラクターの描き方などにも表れている。例えば、本作のヒロインと呼んでいいだろう「槻野明子」は、典型的な「ツンデレ」キャラだ。
要は、人物の描き方が、「文学的なリアリズム」に立脚したものではなく、アニメキャラ的なのだ。大塚英志だったが提唱した「まんが・アニメ的リアリズム」によって描かれているのである。

私は、テレビシリーズの『鉄腕アトム』の時代からアニメを視て育ってきた人間なのだが、「小説」に関しては、必ずしも、そういったものを求めているわけではない。いや、アニメやマンガには、ずっと接してきたからこそ、「文学」には「文学でしか描き得ないもの」を期待する気持ちが強いので、「まんが・アニメ的リアリズム」で書かれたものの多い、いわゆる「ラノベ」は(否定する気はないが)、よほど評価の高い作品以外は、娯楽としてさえ読もうとは思わないのである。

したがって、私は本作の「ラノベ」的な部分については「こんなものかな」以上のものは感じなかった。ただ、本作で評価できるのは、多くのレビュアーに、あまり顧みられていない「歴史批評」的な部分である。

本作が「改変歴史SF」であるというのは言うまでもないが、そのことによって著者が描いているのは「もしも立場が違っていたら、私たちはどのように振舞っていただろうか」という、そんな真摯な「問い」である。問題は「どんな世界になっていただろうか」ではなく、「私(たち)は、どのように振舞っていただろうか」なのだ。
具体的には、「第二次世界大戦を、枢軸国が勝っていたいたとしたら」「アメリカが敗戦して、日本とドイツがアメリカを分け合うかたちで占領していたとしたら」、「私たち」は、はたしてどのように振舞っていただろうか、という問いでなのある。

ここで言う「私たち」とは、作者の場合「アメリカ人」であるし、読者である私の場合は「日本人」となろう。つまり、この作品が問うているのは、「勝者と敗者」の双方であり、「勝者の視点と敗者の視点」を相対化し、逆転させる視点の確保だと言えよう。

例えば、私たち日本人は、先の大戦の「結果」について、ながらく「敗者の立場」からしか見てこなかった。
「原爆を落とされて、ひどい目に遭った」とか「国土が灰燼に帰して、ひどい目に遭った」とか「中国からの引き揚げで、ひどい目に遭った」とか「シベリア抑留で、ひどい目に遭った」とか「ソ連は終戦直前に条約を破って攻め込んできた、ひどい国だ」とか「軍部政府に騙された」とか、逆に「GHQに洗脳され、憲法まで押しつけられて、いまだにひどい目に遭っている」とかいった具合で、自分たちが遭遇した「被害」的側面ばかりを強調し、その「加害者」を批難ばかりしてきた。
また、だからこそ、日本が被害を与えた(加害した)東アジアの国々が経済力をつけ、日本(による、戦後賠償的な経済支援)に頼らなくても済むようになると、「従軍慰安婦」や「朝鮮人強制労働」などの賠償問題が噴出して、嫌が上にも日本の「加害者性」を突きつけられることにもなったのである。

つまり、もしも先の戦争で「日本が勝っていたなら」、きっと「現実の日本が被ったような損害」を、他国に対してより「いっそう強いていた」だろうし、そのことに寸毫も良心の呵責をおぼえず、むろん「反省」もしなかっただろう、ということなのだ。
そして、本作には、そうした「日本の(勝ち負けに関わらない)本質」が、やや誇張されたものだとは言え、的確に描かれている。本作は、間違いなく「日本的精神史」批判となっているのである。

ただし、これは、現実には「勝者」であったアメリカに対しても、裏返したかたちで向けられている批評だと言えるだろう。
つまり、アメリカが敗戦して、戦勝国である日本やドイツに「ひどい目」に遭わされれば、自分たちが「無垢の被害者」ででもあるかのように思い込んで「自己美化」に励み、自分たちが「現実の勝者」として為したことなど(例えば、原爆の投下などといったことを)「仮定的に」想像することもできなかっただろう。
(無論、それでもアメリカは、日系人の強制収容について、謝罪し賠償した点で、敗戦後日本よりはマシかもしれない。原爆については、被害が大きすぎたために、政治的な公式謝罪は困難かもしれないが、個人レベルで過ちを認める人たちが、パヨク呼ばわりされることはないだろう)

そして、さらに言えば、本作における、少々「荒唐無稽」とも思えるような「極端さ」は、しかし、単に「まんが・アニメ的リアリズム」に拠るわけではなく、著者の「韓国系アメリカ人」という立場に由来する、ある種の「現実的リアリズム」に立脚するものともなっている。
と言うのも、著者は幼少期に韓国で「軍政下における、激しい民主化運動」を、その目にしているからである。つまり、彼は、子供心にではあれ、「反体制ゲリラ闘争」を目にしており、「世の中が変わるかもしれない=勝者と敗者が反転するかもしれない」という世界を、肌身に感じていたのだ。

だから、1970年代以降の「実力闘争のない、平和な日本」に生まれ育った読者が、本書に込められた「実感的リアリズム」を理解できないのは、ある意味では仕方ないことなのだろう。本書に描かれたような「極端なこと」は、現実には起こりえず、批評的な誇張として描かれたものであろうと、そう無難に考えてしまう。

しかし、現実の歴史から目を逸らさず、歴史的事実に学ぶならば、私たち、戦後の「平和ボケした日本人」が想像もできないようなことを、私たちの曾祖父や祖父や父たちが、現実に行なってもいたのである。
無論、そんな人ばかりではない。けれども、それは現にあったし、小説に書けるような非道な行ないなら、現実にもどこかで現に為されていたはずなのだ。

だから、本書を「やや荒唐無稽な、思考実験的・歴史批評作品」だと考えるのは、間違いだ。
「これくらいのことなら、人間は何度でもやってきた」そんなことを描いた、ある意味では「普通にリアルな作品」だと、私たちは、そこまで想像力を働かせるべきであろう。

したがって、本作が「まんが・アニメ的リアリズムによって書かれた、少々荒唐無稽なラノベ的作品」だから「SFではない」などと言っているような読者は、「SF」について、ろくに考えたこともない読者だと言えよう。
「SF」の、一つの定義である「スペキュレイティブ・フィクション (Speculative Fiction) 」とは、文字どおり「思弁」することが出来て、初めて読める小説なのだ。
したがって、作品の表面(=物語)を掻い撫でにすることしか出来ないような読者に、「SF」を云々する資格など無いのである。

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ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)より
4150120994
No.25:
(4pt)

〈戦後的フィクション〉を生きない、知性のために

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三部作最後の『サイバー・ショーグン・レボリューション』の邦訳版も刊行されたので、そろそろ読まねばなるまいと、買ってあったシリーズ第一作である本書を手に取った。

購入当時は、日本のアニメを中心とした「オタク文化」の影響を強く受けた作品、ということで注目した。
私は「オタク」世代ではなく、その前の「マニア」世代だが、私個人にマニア気質はなく、単なる「ファン」だと思っている。しかし、かの宮﨑勤さんと同年生まれなので、日本の「オタク文化」の動向には常に注目してきたから、その海外における影響という面にも興味があった。もちろん、同じ興味から、スピルバーグ監督の 『レディ・プレイヤー1』も観ている。

で、そんな私が、本作をいま読んだ感想としては、正直「こんなものかな」という感じで、たしかに日本のアニメの影響が、道具立てだけではなく、キャラクターの描き方などにも表れている。例えば、本作のヒロインと呼んでいいだろう「槻野明子」は、典型的な「ツンデレ」キャラだ。
要は、人物の描き方が、「文学的なリアリズム」に立脚したものではなく、アニメキャラ的なのだ。大塚英志だったが提唱した「まんが・アニメ的リアリズム」によって描かれているのである。

私は、テレビシリーズの『鉄腕アトム』の時代からアニメを視て育ってきた人間なのだが、「小説」に関しては、必ずしも、そういったものを求めているわけではない。いや、アニメやマンガには、ずっと接してきたからこそ、「文学」には「文学でしか描き得ないもの」を期待する気持ちが強いので、「まんが・アニメ的リアリズム」で書かれたものの多い、いわゆる「ラノベ」は(否定する気はないが)、よほど評価の高い作品以外は、娯楽としてさえ読もうとは思わないのである。

したがって、私は本作の「ラノベ」的な部分については「こんなものかな」以上のものは感じなかった。ただ、本作で評価できるのは、多くのレビュアーに、あまり顧みられていない「歴史批評」的な部分である。

本作が「改変歴史SF」であるというのは言うまでもないが、そのことによって著者が描いているのは「もしも立場が違っていたら、私たちはどのように振舞っていただろうか」という、そんな真摯な「問い」である。問題は「どんな世界になっていただろうか」ではなく、「私(たち)は、どのように振舞っていただろうか」なのだ。
具体的には、「第二次世界大戦を、枢軸国が勝っていたいたとしたら」「アメリカが敗戦して、日本とドイツがアメリカを分け合うかたちで占領していたとしたら」、「私たち」は、はたしてどのように振舞っていただろうか、という問いでなのある。

ここで言う「私たち」とは、作者の場合「アメリカ人」であるし、読者である私の場合は「日本人」となろう。つまり、この作品が問うているのは、「勝者と敗者」の双方であり、「勝者の視点と敗者の視点」を相対化し、逆転させる視点の確保だと言えよう。

例えば、私たち日本人は、先の大戦の「結果」について、ながらく「敗者の立場」からしか見てこなかった。
「原爆を落とされて、ひどい目に遭った」とか「国土が灰燼に帰して、ひどい目に遭った」とか「中国からの引き揚げで、ひどい目に遭った」とか「シベリア抑留で、ひどい目に遭った」とか「ソ連は終戦直前に条約を破って攻め込んできた、ひどい国だ」とか「軍部政府に騙された」とか、逆に「GHQに洗脳され、憲法まで押しつけられて、いまだにひどい目に遭っている」とかいった具合で、自分たちが遭遇した「被害」的側面ばかりを強調し、その「加害者」を批難ばかりしてきた。
また、だからこそ、日本が被害を与えた(加害した)東アジアの国々が経済力をつけ、日本(による、戦後賠償的な経済支援)に頼らなくても済むようになると、「従軍慰安婦」や「朝鮮人強制労働」などの賠償問題が噴出して、嫌が上にも日本の「加害者性」を突きつけられることにもなったのである。

つまり、もしも先の戦争で「日本が勝っていたなら」、きっと「現実の日本が被ったような損害」を、他国に対してより「いっそう強いていた」だろうし、そのことに寸毫も良心の呵責をおぼえず、むろん「反省」もしなかっただろう、ということなのだ。
そして、本作には、そうした「日本の(勝ち負けに関わらない)本質」が、やや誇張されたものだとは言え、的確に描かれている。本作は、間違いなく「日本的精神史」批判となっているのである。

ただし、これは、現実には「勝者」であったアメリカに対しても、裏返したかたちで向けられている批評だと言えるだろう。
つまり、アメリカが敗戦して、戦勝国である日本やドイツに「ひどい目」に遭わされれば、自分たちが「無垢の被害者」ででもあるかのように思い込んで「自己美化」に励み、自分たちが「現実の勝者」として為したことなど(例えば、原爆の投下などといったことを)「仮定的に」想像することもできなかっただろう。
(無論、それでもアメリカは、日系人の強制収容について、謝罪し賠償した点で、敗戦後日本よりはマシかもしれない。原爆については、被害が大きすぎたために、政治的な公式謝罪は困難かもしれないが、個人レベルで過ちを認める人たちが、パヨク呼ばわりされることはないだろう)

そして、さらに言えば、本作における、少々「荒唐無稽」とも思えるような「極端さ」は、しかし、単に「まんが・アニメ的リアリズム」に拠るわけではなく、著者の「韓国系アメリカ人」という立場に由来する、ある種の「現実的リアリズム」に立脚するものともなっている。
と言うのも、著者は幼少期に韓国で「軍政下における、激しい民主化運動」を、その目にしているからである。つまり、彼は、子供心にではあれ、「反体制ゲリラ闘争」を目にしており、「世の中が変わるかもしれない=勝者と敗者が反転するかもしれない」という世界を、肌身に感じていたのだ。

だから、1970年代以降の「実力闘争のない、平和な日本」に生まれ育った読者が、本書に込められた「実感的リアリズム」を理解できないのは、ある意味では仕方ないことなのだろう。本書に描かれたような「極端なこと」は、現実には起こりえず、批評的な誇張として描かれたものであろうと、そう無難に考えてしまう。

しかし、現実の歴史から目を逸らさず、歴史的事実に学ぶならば、私たち、戦後の「平和ボケした日本人」が想像もできないようなことを、私たちの曾祖父や祖父や父たちが、現実に行なってもいたのである。
無論、そんな人ばかりではない。けれども、それは現にあったし、小説に書けるような非道な行ないなら、現実にもどこかで現に為されていたはずなのだ。

だから、本書を「やや荒唐無稽な、思考実験的・歴史批評作品」だと考えるのは、間違いだ。
「これくらいのことなら、人間は何度でもやってきた」そんなことを描いた、ある意味では「普通にリアルな作品」だと、私たちは、そこまで想像力を働かせるべきであろう。

したがって、本作が「まんが・アニメ的リアリズムによって書かれた、少々荒唐無稽なラノベ的作品」だから「SFではない」などと言っているような読者は、「SF」について、ろくに考えたこともない読者だと言えよう。
「SF」の、一つの定義である「スペキュレイティブ・フィクション (Speculative Fiction) 」とは、文字どおり「思弁」することが出来て、初めて読める小説なのだ。
したがって、作品の表面(=物語)を掻い撫でにすることしか出来ないような読者に、「SF」を云々する資格など無いのである。

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ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)より
415335029X
No.24:
(5pt)

エピローグの衝撃がスゴイ

メカ同士が戦うというパシフィック・リム的な要素よりも、しっかりとした人間ドラマが描かれているのが気に入った。フィリップ・K・ディックの歴史改変SF「高い城」とよく比べられるけど、どちらもオリジナリティがあって楽しめた。読者をドキドキハラハラさせる生死を賭けたゲーム「USA」での展開は、何か最終的にどんでん返しがあると分かっていても、心臓をドキドキさせながら読み進めた。

そして、最後のエピローグの衝撃がスゴイ。物語の根底にあったのはこれだったのかと。エピローグで明かされる事実が、プロローグとなって大きな物語が紡がれた。主人公のベンが、こんな大きな十字架を背負いながら生きてきたとは、驚きである。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)より
4150120994
No.23:
(4pt)

上巻では戦国時代がそのまま続いているようなディストピアが描かれる

もし日本が戦争に勝利して、米国を日本の一部(日本合衆国)にしてしまったらどのように世界になるかを想像したSF作品。上巻は物語の世界観を説明している。特高警察の昭子の皇国に対する狂信ぶりなど、ディストピアっぽい世界が描かれる。もし日本が戦勝国になったとしても、実際にはこのような世界にはならなかっただろうと思いつつも、もしかしたらと思わせるくらいのリアルさがある。人体改造やスマホのような通信端末など、第二次世界大戦後にはなかったガジェットが使われており、SF独特の雰囲気が出ているのが良い。表紙の“メカ”は上巻の最後の方で活躍を開始する。下巻ではメカが大暴れするのだろうか。そして、検閲局の紅功(べにこ、ベン)は何に巻き込まれて、どこに連れて行かれるのだろう。まだ物語の入口にいるところだと思う。楽しみにして下巻に続く。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)より
4150120986
No.22:
(4pt)

ちょっとちんぷんかんぷん

何故巨大ロボットが活躍しているのか、の説明が不足している。しかもこのロボットが出てくるシーンが少なすぎる。
予想外の展開でラストでホロッとする。ミステリー仕立てで結構面白く読める。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)より
415335029X
No.21:
(4pt)

パラレルワールドを幻視した作品

もし第二次大戦で日本が勝利していたら、という歴史改変SF。フィリップ・K・ディック『高い城の男』のオマージュのようだが、なるほどと納得した。

著者は日本の文化に精通しているようで、違和感を感じることはなく、戦勝国となった日本の未来は書かれている通りかもと錯覚してしまった。

特筆すべきガジェットは見られないものの(スマホではなく電卓が日常のデバイスであるのはご愛敬)、ゲームやモビルスーツ的大型ロボットなど効果的に使われている。

パラレルワールドを幻視した本作品。面白く読ませていただいた。
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415335029X
No.20:
(5pt)

続きが読みたい!

オタク歴40年余のアラフィフです。
本作の作者がインスパイアされたというサブカルは大体知ってます。
「高い城の男」は小学生の時、ハヤカワの銀背で読みました。
ヌルいオシイストで、監督がサーと呼んで敬愛するリドリー・スコットをこよなく愛しています。
剽窃とオマージュの境目は難しいと思いますが、本作はオマージュと言っていいレベルまで昇華できてると思います。
ただ、虫フェチはともかく、スカトロ趣味はなあ。。。次はないかなー、と思っていたら、下巻のラストでヤられました!
こんなの続きが読みたくなるに決まってるじゃないですか!(褒めてます)
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)より
4150120986
No.19:
(4pt)

アメリカ人によるロボットアニメ原作?

アメリカ人が書いた、第二次世界大戦に日本が勝利した世界。やはりアメリカ人から見ると日本人というのは無慈悲で残虐な民族であり、アメリカは自由と希望に満ちた国だということか、とやや不快にはなるものの、筆者の日本への造詣は深く、描き出された世界は緻密で感心する。加えて、日本文化や日本人の精神性が現実とギャップがあって、日本人の読者としてはアメリカ人の大いなる勘違いとして微笑ましくもある。ストーリーは練られているし、ロボットアニメ世代にはワクワクしながら一気に読めるのではないか。
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4150120986
No.18:
(4pt)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上

面白い。日本とドイツが勝利した歴史改変物。日本が原爆を投下してUSAをUSJとして統治、って設定が燃える。科学の水準も1988年で既に現代を凌駕してるのが面白い。まだイマイチ主人公には感情移入できず、ただこの世界観を楽しむのみ。猟奇的な描写にはちょっと辟易。作者は韓国系アメリカ人だということだけど、日本文化について相当深い理解がある様子で興味深い。現代日本人の感覚からすると、戦後も続いた日本帝国のエクストリームすぎる描写が誇張にも皮肉にも思えるんだけども、冷静にもしあの戦争に負けてなかったらこうなってるかもな、と納得出来もする。これは日本のことよく知らないと書けないし、そこに脱帽。それと、訳の素晴らしさが特筆できるレベル。日本人名にどの漢字を当てるかとか、劇中の大阪弁の描写とか、これは訳者と著者が相当やり取りしてないと出来ないはず。下巻にも期待。
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4150120986
No.17:
(4pt)

拍子抜けな感じはあるが

上下読みましたが 尻切れとんぼな感じが否めません
世界観は好きです。
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4150120986
No.16:
(5pt)

意味など考えず、純然たる娯楽小説として楽しむべし。

兎に角面白い。
第二次大戦で日本と独逸が勝利していた世界が舞台。亜米利加合衆国は日本と独逸に二分されており、舞台と成るのはタイトル通り日本と成っている側。著者は日本に興味が有るらしく日本文化等も取り入れ巨大ロボット迄、登場する。ミステリの要素も有るが基本はアクションで、仮想歴史ものと云うより架空戦記ものに近い匂いがする。
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415335029X
No.15:
(4pt)

村上春樹テイストへの嫌悪感

面白いのに、何か異物感があり、全面的に好きになれないと思っていたが、解説の大森望氏の「村上春樹ミーツニール・スティーブンス」という評価に納得。大好きなスティーブンスと、大嫌いな村上春樹のテイストが、拮抗、いや、ややハルキテイストが強い上での嫌悪感だったと理解できた。ハルキ的な描写に嫌悪感のない人は絶賛できると思う。俺はやっぱり再読できない。
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4150120994
No.14:
(4pt)

オタク・ジャパンの逆上陸

下巻合わせてのレビューです。ネタバレはなるべく避けていますが。

各方面で評判の高い最新海外SFである。第二次大戦で枢軸側が勝利した未来、日本帝国に支配されたアメリカ西海岸が舞台だ。
検閲局の石村紅攻大尉は、特高警察の槻野昭子の訪問を受ける。彼女は石村の以前の上官である六浦賀将軍の行方を追っているという。

日本に統治されたアメリカはディストピアではあるが、妙に楽しそうだ。
電卓と呼ばれる個人用端末が普及していて、悪趣味な歓楽街にもグルメにも事欠かない。時代は架空の80年代だが、むしろ現代に近いような。日本がアメリカを占拠したら、こんな世界が出現していたのか。
国策としてゲームが作られていたりするのが、いかにもな架空日本だ。
主人公たちが追う重要アイテムが、「アメリカが二次大戦に勝利した世界を描く」ゲームなのだ。

「疑われたら死」の監視社会は陰惨きわまりない。昭子の壊れっぷりは壮絶である。正義を確信している人殺しほどタチの悪いものはない。
かといって単純に悪辣なわけではなく、主人公の二人にそれなりに背景と厚みがあるのが現代SFらしい。
政府に対する反抗勢力も負けず劣らず残虐なのだ。いびつな世界でも視点が公正なので、不快感はない。
ゲーム勝負やロボット兵器の戦闘は、作者の日本オタク文化に対する造詣の深さがうかがわれて、胸が躍る。
もうすこしロボットたちに活躍してほしかったな。
終盤のクライマックスは迫力満点だが、いまひとつモチベーションに欠けるのが惜しい。

オタク文化の洗礼を受けた韓国系アメリカ人がこういう力作をものしたのは、たいへん意義深いことだ。
80~90年代の日本には、「英米の翻訳小説こそが最上で、日本製アニメとゲームは最低」と喚き散らす狭量な自称SFマニアがいた。
時の流れに負けて全員消えたけどね。そいつらに本作を読ませてやりたいよ。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)より
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No.13:
(4pt)

特殊設定のミステリーとしては、なかなか面白い

第二次世界大戦で、日本とドイツが勝利したとしたら、というIFの世界の物語。
フィリップ・K・ディックの『高い城の男』のような世界といえば分かりやすいでしょうか。

ただ、舞台設定がそうというだけで、主題は架空戦記ものではなくて、ジャンル的にはミステリーとなります。小道具、ガジェットなどは近未来SF風であるものの、ベースはミステリー、元恋人の死の真相を探るべく、日本帝国軍の万年大尉と特高の切れ者がコンビを組んで、事件の謎を追いかけるというお話です。
登場人物が、天才的なゲーマーや、マッドサイエンティスト、狂信的なテロリスト、偏執的な特高たちとかなりエキセントリックですが、本筋のミステリーは割合たオーソドックスで楽しめます。

ただ、一つ気になるのは、登場する日本人達が揃いも揃って変態的というか嗜虐性の強いサディストもしくは倫理観の欠落したような人物ばかりというところ。
一昔前のナチスへの描かれ方と同じといえばそれまでなのかも知れないけれど、妙に非人間的というかレイシストで無能でプライドだけが高くて人間的におかしな人々に描かれているのが気になります。
特に天皇に関しては盲目的に従い、その批判に対しては反射的に殺人を犯すし、殺人を娯楽として楽しむだなんて、何処の中韓のプロパガンダかと思うような恐ろしさです。
これが、一旦ひねった風刺で、史実では日本に勝ったアメリカを皮肉っているとしたら、それはそれで気が利いているのですが、占領されたアメリカ人のレジスタンスは、テロリストであると同時に自由と理想を掲げるレジスタンスとして描かれているので、その辺りだけが少し???となります。

ともあれ、そういうところを除けば、一風変わったミステリーとして楽しめます。下巻で全体評価は決めますが、上巻はなかなか面白かったです。
※カバーイラストの巨大ロボットは、単に巨大ロボットというだけで、ほとんど活躍しません。あしからず。
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No.12:
(4pt)

ボタンをかけ違えたような、微妙なズレを楽しめるか?

前世紀に書かれた、日本への完全な無理解や無知による勘違いな記述と違い、合っているのにどことなく違和感がある描写が、かえってSF感を増幅してくれているように感じられる。やはり日本の特異性が色濃かったのは八十年代だったのだなという感想を同時にもった。現在の優しくて小綺麗で繊細な日本のイメージは確かに我々自身も誇っているが、本当に世界に存在意義を示せたのは、やはり前世紀の末だったのでは?二つの意味でパラレルワールドを垣間見せてくれたが、物語はまだ中盤。リーダビリティも高いので、下巻も楽しみです。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)より
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No.11:
(5pt)

思い込みは禁物

表紙を見るとロボットものかと思うだろうが、それは違う。
内容自体は架空の未来史を描いており、特に上巻は物語の導入部にあたる。
近未来SFものが好きならば、一読して損はない。
戦争、勝者の統治、言論、文化の統制といった背景があり、秘密警察とレジスタンスの抗争が
描かれる。
そのため、一部、残酷表現があるようだが、そこは過剰に反応するところではない。
嫌なら字面だけ追って読み飛ばせばよい。
某サイトで紹介されたことも合わせて、イメージが先行しているようで書評が荒れている。
だが、十分魅力的な作品なので、思い込みを捨てて読んで欲しい。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)より
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No.10:
(4pt)

日本人には書けない架空の大日本帝国 悪趣味とほら話とアンバランス

まったくの偶然ですが、本書の直前にエポックメイキングな傑作と呼ばれる「ニューロマンサー」を読んだので、自然に比較しながら読んでしまいました。
 両者共にディックとブレードランナーの影響が大きいと言われていますが、世代的にも内容的にも子と孫ぐらい違うようです。
 両者共に、特異な才能を持ちながら人生に絶望して生きる主人公が、殺人に禁忌を持たない鋼のようなヒロインと組むことになる点は同じですが、似ているのはそこまで。ディック特有の眩暈感や執拗なまでの本物と偽物の問題は見当たりません。ディックとの関連は舞台設定だけのように感じました。
 結論を先に言えば、宣伝文句通りの衝撃作ではありますが、歴史的傑作とは言い難い。快作ぐらいでしょうか。
 一方で、SFの効用のひとつが、通常では目に見えないものを見えるようにすることだとするならば、本書はまさしく優れたSFと言えるかも知れません。
70年以上昔に存在した神国大日本帝国が、もし第二次世界大戦でアメリカに勝っていたら、こうなっていたかもしれない。誇張の上に誇張を重ね、想像の翼を羽ばたかせ、思いっきり趣味に走って描く。しかし、そこに描かれる絶望、狂気、怨念の、少なくともその一部は、実際に存在したものかもしれません。
 衝撃作と呼ぶ理由は、ディックが生み出した設定に戦争の狂気を組み込んだ世界観と、頻出する悪趣味とガジェットのアンバランス。
 本書は架空世界とシミュレーションゲームを扱っていながら異様に生々しい。ブレードランナーの未来のロスアンゼルスで言えば、タイレルの本社ビルに対するチュウの眼球工房のような感じです。占領軍に支配され、40年経っても抵抗運動が続いているという設定なので、血生臭いのも当然なのですが、悪趣味な場面が多い。
 でも、傑作の要素もたくさんあります。
 例えば、原爆やベトナム戦争介入など、本文中ではアメリカを占領した大日本帝国の残酷さを強調するような描写であっても、本来の歴史ではアメリカがやったことを置き換えて書いてあるだけだったりするので裏読みができます。長く続く泥沼の対立は経済的な問題以上に復讐の連鎖だったりとか。「高い城の男」時代の後、ベトナム、中東などでの多くの紛争を経験してきた現代のアメリカだからこそ描ける戦争の狂気に関する鋭い洞察もあります。
 現人神に心酔する日本占領軍と狂信的なジョージ・ワシントン団には、ISのような宗教テロ集団との類似点が感じられます。日本人が宗教的に寛容だと思っているのは現代の日本人だけで、外国人が外から見た過去の日本はこうだったのかという発見もあります。(どこからが誇張かという問題はありますが。)
 しかし、いたるところにアンバランスが目立ちます。小説の中にはアンバランスが魅力となるような怪作がありますが、本書もそれを狙ったのでしょうか?残念ながら、違和感の方が大きいようです。人体損壊に関する悪趣味も必要以上と感じます。
 巨大メカは趣味で出しているとしか思えませが、趣味にしては設定の甘さが気になります。これらはサービス・パートのほら話と割り切るべきかもしれません。
 高い能力を持ちながら、へたれのぼんくら男を演じて世界を斜めに見ていた主人公が、作者に重なって見えました。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)より
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No.9:
(4pt)

良くも悪くも表紙詐欺

店頭で巨大メカが立ち並ぶ表紙を見た時、”こういう”話なのかな。という予感が先走った。
でも、大外れ。メカ戦はおまけのオマケ。中身はディストピア感満載のサスペンスでした。
なまじ表紙イメージで巨大メカで悪を成敗、希望の未来へレディーゴーな展開を期待していたりすると、
その足が古本屋かゴミ箱に向かいかねない読後感が待ってるので、そこはご注意。

個人的には”そういう”話として脱落することなく読めたが、あらすじや紹介POP、書評諸々まで、
『高い城の男』や『パシフィック・リム』などとイメージを寄せて語ってしまっているのはどうかと思う。
そりゃあ、「○○だと思って~」「○○を期待したのに~」と裏切りのマイナスイメージがつくのはしょうがないような気が。
『巨大ロボット兵器』の一文だけで購入する人も居るだろうし、販促的には間違ってないのかもしれないけれど、
そのくだり、丸々取っ払っても問題ない程度のスポット参戦であることを周知させないと、悪い意味の詐欺に、焦げた片足突っ込んでる。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)より
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No.8:
(5pt)

いやあ、おもしろい

すごいなぁ〜。血まみれサイバーパンクかと思えば、権力闘争にバイオ、とあらゆるパーツがそろって、なおかつ破綻していない。ごった煮のようで、背景の広い世界観をささえに、ラブストーリ、(本だけど)ロードムービ風、しまいにはロボット戦争など、なんでもあり。
 こういった本を読むときにはいつも作者の視点から読むのですが、なるほど韓国生まれのアメリカ育ちが幼少時に洗礼を受けた日本風を消化していくとこうなるのかという、独特の味がいい。
 (いまだによく分からない)FKディックと並び称されるだけのことはある。まさに真似のできない世界。
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)Amazon書評・レビュー:ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)より
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