蜜蜂と遠雷

【この小説が収録されている参考書籍】

評判

蜜蜂と遠雷の評価:

4.00/5点 レビュー 747件。 S ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.00pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全914件 241〜260 13/46ページ
No.674
(3pt)

イマイチですね

がさつな構成とがさつな、独りよがりな文章。。。。なんだかなあと思いました。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.673
(3pt)

イマイチですね

がさつな構成とがさつな、独りよがりな文章。。。。なんだかなあと思いました。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.672
(3pt)

とても読みやすく疾走感があるが,重厚さはないですね

音楽を題材として,
様々な登場人物の視点を絡ませながらストーリーが進んでいきます,,

小説を読んでいるというよりも,漫画を読んでいるようなスピード感で読めます。

少し古いですが漫画の「ヒカルの碁」が好きな人なら好きそう,,という不思議な感想を覚えました
(ストーリー的には「ヒカルの碁」の方が面白いのですが,,,

重いストーリーではなく軽いタッチのストーリーを読みたい人にお薦めです
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.671
(3pt)

とても読みやすく疾走感があるが,重厚さはないですね

音楽を題材として,
様々な登場人物の視点を絡ませながらストーリーが進んでいきます,,

小説を読んでいるというよりも,漫画を読んでいるようなスピード感で読めます。

少し古いですが漫画の「ヒカルの碁」が好きな人なら好きそう,,という不思議な感想を覚えました
(ストーリー的には「ヒカルの碁」の方が面白いのですが,,,

重いストーリーではなく軽いタッチのストーリーを読みたい人にお薦めです
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.670
(5pt)

コンクールの臨場感を読書で味わう

辛口のレビューも多いようだが、素直に読んで楽しめた。
ショパンコンクールなどの有名なピアノコンクールはテレビ・ドキュメンタリーで演奏者に焦点を合わせたドラマ仕立てなものを見たし、最近ではスタインウェイやヤマハなどの有名ピアノメーカーがショパンコンクールに技術者と調律師をチームで送り込んで演奏者に張り付き、熾烈な争いを展開するドキュメンタリー番組も興味深く見た。
編集担当者の解説によると、この小説は作者が浜松国際ピアノコンクールを何年も取材して、10年がかりの連載で書き上げたものだそうだが、主人公となる複数の演奏者〔コンテスタント)の視点だけでなく、審査員や演奏者をサポートする友人らの視点も加え、コンクールの予選から1次、2次、3次予選、そして本選と時系列に沿ってコンクールを再現する作品となっており、読者はあたかもコンクールの現場に居合わせたような臨場感と緊迫感を味わうことができる。
クラシックのピアノコンクールなので、作曲家や曲の知識はある程度は必要だが、専門的で小難しい楽曲解説のような部分はなく、曲のイメージが様々な比喩を交えて一般読者にわかりやすく語られているのは作者の苦心したところだろう。ただ、同じような説明の繰り返しや冗長な部分があるのは連載小説だからであろうか。
物語としては、かつて天才少女として活躍しながら母の死で演奏をドタキャンして活動をやめていたアヤの復帰への挑戦、ジュリアード音楽院の若きスターとして飛躍をめざすマサル、キャリアは全く未知ながら亡き大ピアニストの推薦状付きで彗星のごとく登場した天才少年ジンの3者を軸に展開され、ジンが文字通りトリックスターのような役割を果たしてコンクールを劇的に盛り上げていく。このあたりは少年漫画チックだが、若者らしいみずみずしさと友情が微笑ましく描けていると思う。
クラシック音楽のファンとしては、作曲者の意図や楽譜の忠実な再現という考え方と演奏者の自由な解釈とのせめぎ合いが音楽思想や音楽史的に興味をひくところであり、本書では前者に傾く審査員が型破りなジンの演奏を最初は拒絶しつつ受け入れていく過程と「音楽を外に連れ出す」と繰り返しジンに語らせるところに作者の関心が表現されている。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.669
(5pt)

コンクールの臨場感を読書で味わう

辛口のレビューも多いようだが、素直に読んで楽しめた。
ショパンコンクールなどの有名なピアノコンクールはテレビ・ドキュメンタリーで演奏者に焦点を合わせたドラマ仕立てなものを見たし、最近ではスタインウェイやヤマハなどの有名ピアノメーカーがショパンコンクールに技術者と調律師をチームで送り込んで演奏者に張り付き、熾烈な争いを展開するドキュメンタリー番組も興味深く見た。
編集担当者の解説によると、この小説は作者が浜松国際ピアノコンクールを何年も取材して、10年がかりの連載で書き上げたものだそうだが、主人公となる複数の演奏者〔コンテスタント)の視点だけでなく、審査員や演奏者をサポートする友人らの視点も加え、コンクールの予選から1次、2次、3次予選、そして本選と時系列に沿ってコンクールを再現する作品となっており、読者はあたかもコンクールの現場に居合わせたような臨場感と緊迫感を味わうことができる。
クラシックのピアノコンクールなので、作曲家や曲の知識はある程度は必要だが、専門的で小難しい楽曲解説のような部分はなく、曲のイメージが様々な比喩を交えて一般読者にわかりやすく語られているのは作者の苦心したところだろう。ただ、同じような説明の繰り返しや冗長な部分があるのは連載小説だからであろうか。
物語としては、かつて天才少女として活躍しながら母の死で演奏をドタキャンして活動をやめていたアヤの復帰への挑戦、ジュリアード音楽院の若きスターとして飛躍をめざすマサル、キャリアは全く未知ながら亡き大ピアニストの推薦状付きで彗星のごとく登場した天才少年ジンの3者を軸に展開され、ジンが文字通りトリックスターのような役割を果たしてコンクールを劇的に盛り上げていく。このあたりは少年漫画チックだが、若者らしいみずみずしさと友情が微笑ましく描けていると思う。
クラシック音楽のファンとしては、作曲者の意図や楽譜の忠実な再現という考え方と演奏者の自由な解釈とのせめぎ合いが音楽思想や音楽史的に興味をひくところであり、本書では前者に傾く審査員が型破りなジンの演奏を最初は拒絶しつつ受け入れていく過程と「音楽を外に連れ出す」と繰り返しジンに語らせるところに作者の関心が表現されている。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.668
(2pt)

本屋大賞らしい(=軽くて誰でもさらっと読める)

ピアノのコンクールについて、長いながらも読ませる筆致で引き込んでいくのは、文章が上手いからだと思います。
それなりの登場人物の数ですが、これもそれなりに区別されている。
ただ、他の方のREVIEWにもあるように、各登場人物の内面やキャラクターに迫る部分は殆どなく、なんとなく予定調和の終わり方をするので、「面白く読めて」も、「感動」はしませんでした。
挫折はそんなものだったのか?なぜ蜂の栽培・・・?何が人を動かす?
・・・なぜ、みんな「良い奴」?

一言でいえば、ティーン向け小説という感じです。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.667
(2pt)

本屋大賞らしい(=軽くて誰でもさらっと読める)

ピアノのコンクールについて、長いながらも読ませる筆致で引き込んでいくのは、文章が上手いからだと思います。
それなりの登場人物の数ですが、これもそれなりに区別されている。
ただ、他の方のREVIEWにもあるように、各登場人物の内面やキャラクターに迫る部分は殆どなく、なんとなく予定調和の終わり方をするので、「面白く読めて」も、「感動」はしませんでした。
挫折はそんなものだったのか?なぜ蜂の栽培・・・?何が人を動かす?
・・・なぜ、みんな「良い奴」?

一言でいえば、ティーン向け小説という感じです。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.666
(4pt)

面白い!!

ピアノは全く弾けませんが、面白かったです。
読む前は結構長い物語で、途中飽きるかなって思ったけど、全くそんな事なかったです。先が気になってあっという間に読んじゃいました。久しぶりに面白い本でした。

でも、何度も読み返すって感じではないですね。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.665
(1pt)

共感覚保持者には勧めない。

何が最も評価されたのか?
音楽によってイメージがアリアリと浮かぶのは分かる。共感覚保持者は当たり前。
でも気付いたら音楽が終わっていたという文章に嫌悪すらもった。
それはただの妄想だ。音にまつわる共感覚は音があればこそ映像があるはず。
明石が勝つならともかく、どの辺がドラマチックなのか?
共感覚保持者は理解できないと思う。
映像が見えるなんて天才でなくてもできる。
作者が共感覚を描こうとしたなら、それは理解してくれなかったんだなと少し哀しい気さえした。
誰が何を持って押し出したのか?
共感覚保持者じゃない人の幻想なのか?
期待し過ぎて不満になってしまった。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.664
(4pt)

面白い!!

ピアノは全く弾けませんが、面白かったです。
読む前は結構長い物語で、途中飽きるかなって思ったけど、全くそんな事なかったです。先が気になってあっという間に読んじゃいました。久しぶりに面白い本でした。

でも、何度も読み返すって感じではないですね。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.663
(1pt)

共感覚保持者には勧めない。

何が最も評価されたのか?
音楽によってイメージがアリアリと浮かぶのは分かる。共感覚保持者は当たり前。
でも気付いたら音楽が終わっていたという文章に嫌悪すらもった。
それはただの妄想だ。音にまつわる共感覚は音があればこそ映像があるはず。
明石が勝つならともかく、どの辺がドラマチックなのか?
共感覚保持者は理解できないと思う。
映像が見えるなんて天才でなくてもできる。
作者が共感覚を描こうとしたなら、それは理解してくれなかったんだなと少し哀しい気さえした。
誰が何を持って押し出したのか?
共感覚保持者じゃない人の幻想なのか?
期待し過ぎて不満になってしまった。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.662
(5pt)

音楽が美しい

音楽とはいったい何なのだろうか。あらゆる文化文明の中で、おそらく音楽を持たない民はいない。近年のグローバル化の影響で多少均一化されつつあるものの、それぞれの歴史の中で磨かれ、洗練された音楽は世界中にあまねく響き渡っている。それを想像すると私はセルバンデスの「音楽のあるところに真の悪は存在できない」という言葉を思い出す。多くの動物と人間を分けているものは、芸術という生存に不必要なものを愛する力なのだと思うが、その広く深い「音楽」をテーマにしたこの小説は、いったい何を描き出すのだろうか。
 この小説は2016年の秋に刊行されるやいなや話題をさらい、その勢いに乗って直木賞と本屋大賞をW受賞した名作であるから、もうすでに読まれている方の方が多いだろうと思う。
しかしそれでもまだ手にしておらず、今回文庫化にあたって買うか買うまいか迷っている幸運な方々のために、私なりの感想をまとめておきたいと思う。
舞台は一般の人々が生涯無関係で過ごす“音楽コンクール”。実際に何度も浜松国際ピアノコンクールを取材しただけあって、そこに関わる選考委員、報道陣、ステージマネージャー、調律師をはじめとした舞台関係者、市民などが一体となってその数日間のコンクールを作り上げている様子が小説の土台をしっかりと固めている。そしてそこに集まってくる多様な背景を持つコンテスタント(コンクール出場者)たち。年齢も国籍もバラバラな彼らの中から著者は主に四人にスポットライトを当てる。それは今までコンクール出場経験がなく、何もかも未知数の風間塵一六歳、かつて天才少女としてデビューしたものの突然舞台を去った栄伝亜夜二四才。選考委員の一人の愛弟子で完璧な技術と優れた音楽性から一番の優勝候補と見なされているマサル・カルロス・レヴィ・アナトール一九歳。そして楽器店勤務のサラリーマン高島明石二八歳である。
 音楽が好きな人は多いが、クラシックとなるとハードルが高くなる。ほとんどはつまらない学生時代の授業で興味を失い、歌詞のない長い曲にも、よくわからない番号のついた曲名にも、クラシック好きの人々の小難しい蘊蓄にも一つ一つ躓いてしまうかもしれない。大人になってそんなことを抜きにいろいろ聞く機会がありさえすれば、同じ作曲家の同じ作品でも演奏者によってこれほどまでに違う聴こえ方がするのかと驚くことだろう。もしかしたら何となくこの本を手に取っていなかった私と同じように心が沸き立つような体験がそこに待っているのかもしれない。
 本書はまるで熟練した作曲家のオーケストラ曲のようだ。まず初めはごくさりげなく始まる。音楽になる以前の調弦のざわめきのような。そして突然恐ろしいほどに美しい旋律が流れ出す。その時にはもう頁をめくる手を止めることができなくなっている。「止めてしまえばこの音楽が消えてしまう」という気がするのだ。全編通して半分は演奏シーンという本書。音楽を言語化するというだけでも神業だが、著者は四者四様(+α)の演奏を描き分け、読者は自分の中に鳴り響いてくる「聴こえないはずの音楽」に感動することになる。そして予選から最終選考へと進む中でテーマの主旋律が徐々に大きくなっていくように物語は展開し、美しく集約されていく結末に向かって予想もしなかった波紋を投げかける。
 音楽は言語の違いも時代も超えて人々の心に届く。演奏者と聴衆が「何かを共有しているという確信と高揚(下p422)」に包まれる時、そこには「命」という最上のギフトが純粋に輝いているのだ。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.661
(5pt)

音楽が美しい

音楽とはいったい何なのだろうか。あらゆる文化文明の中で、おそらく音楽を持たない民はいない。近年のグローバル化の影響で多少均一化されつつあるものの、それぞれの歴史の中で磨かれ、洗練された音楽は世界中にあまねく響き渡っている。それを想像すると私はセルバンデスの「音楽のあるところに真の悪は存在できない」という言葉を思い出す。多くの動物と人間を分けているものは、芸術という生存に不必要なものを愛する力なのだと思うが、その広く深い「音楽」をテーマにしたこの小説は、いったい何を描き出すのだろうか。
 この小説は2016年の秋に刊行されるやいなや話題をさらい、その勢いに乗って直木賞と本屋大賞をW受賞した名作であるから、もうすでに読まれている方の方が多いだろうと思う。
しかしそれでもまだ手にしておらず、今回文庫化にあたって買うか買うまいか迷っている幸運な方々のために、私なりの感想をまとめておきたいと思う。
舞台は一般の人々が生涯無関係で過ごす“音楽コンクール”。実際に何度も浜松国際ピアノコンクールを取材しただけあって、そこに関わる選考委員、報道陣、ステージマネージャー、調律師をはじめとした舞台関係者、市民などが一体となってその数日間のコンクールを作り上げている様子が小説の土台をしっかりと固めている。そしてそこに集まってくる多様な背景を持つコンテスタント(コンクール出場者)たち。年齢も国籍もバラバラな彼らの中から著者は主に四人にスポットライトを当てる。それは今までコンクール出場経験がなく、何もかも未知数の風間塵一六歳、かつて天才少女としてデビューしたものの突然舞台を去った栄伝亜夜二四才。選考委員の一人の愛弟子で完璧な技術と優れた音楽性から一番の優勝候補と見なされているマサル・カルロス・レヴィ・アナトール一九歳。そして楽器店勤務のサラリーマン高島明石二八歳である。
 音楽が好きな人は多いが、クラシックとなるとハードルが高くなる。ほとんどはつまらない学生時代の授業で興味を失い、歌詞のない長い曲にも、よくわからない番号のついた曲名にも、クラシック好きの人々の小難しい蘊蓄にも一つ一つ躓いてしまうかもしれない。大人になってそんなことを抜きにいろいろ聞く機会がありさえすれば、同じ作曲家の同じ作品でも演奏者によってこれほどまでに違う聴こえ方がするのかと驚くことだろう。もしかしたら何となくこの本を手に取っていなかった私と同じように心が沸き立つような体験がそこに待っているのかもしれない。
 本書はまるで熟練した作曲家のオーケストラ曲のようだ。まず初めはごくさりげなく始まる。音楽になる以前の調弦のざわめきのような。そして突然恐ろしいほどに美しい旋律が流れ出す。その時にはもう頁をめくる手を止めることができなくなっている。「止めてしまえばこの音楽が消えてしまう」という気がするのだ。全編通して半分は演奏シーンという本書。音楽を言語化するというだけでも神業だが、著者は四者四様(+α)の演奏を描き分け、読者は自分の中に鳴り響いてくる「聴こえないはずの音楽」に感動することになる。そして予選から最終選考へと進む中でテーマの主旋律が徐々に大きくなっていくように物語は展開し、美しく集約されていく結末に向かって予想もしなかった波紋を投げかける。
 音楽は言語の違いも時代も超えて人々の心に届く。演奏者と聴衆が「何かを共有しているという確信と高揚(下p422)」に包まれる時、そこには「命」という最上のギフトが純粋に輝いているのだ。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.660
(3pt)

過剰な演奏の描写は「私、こんなに勉強したのよ」という著者のアピール?

大作であることは認める。
ただ、終盤で多くの頁を割いている過剰な演奏の描写は、「私、こんなに勉強したのよ」という著者のアピールとしか思えない。
主人公も、マンガから出てきたように現実離れしていて興覚め。
救いは高島明石の存在か。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.659
(3pt)

過剰な演奏の描写は「私、こんなに勉強したのよ」という著者のアピール?

大作であることは認める。
ただ、終盤で多くの頁を割いている過剰な演奏の描写は、「私、こんなに勉強したのよ」という著者のアピールとしか思えない。
主人公も、マンガから出てきたように現実離れしていて興覚め。
救いは高島明石の存在か。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.658
(4pt)

ピアノの森みたい

コミックの一巻を読んで原作を読みました。
コミックのピアノの森がダブって来ます。
キャラクターも結局才能と言うかの一言で済んじゃうのが残念。
蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)より
4344428536
No.657
(5pt)

音楽が聞こえてくるようだ。

映画には負けたよ。音楽演奏があったから。でも、とても面白いほんだった。最初に注文した本屋からは、本が送ってこなかった。1ヶ月近く待ったけれど。代金だけ取られたのだろうか。こんなこと、初めてだった。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.656
(5pt)

音楽が聞こえてくるようだ。

映画には負けたよ。音楽演奏があったから。でも、とても面白いほんだった。最初に注文した本屋からは、本が送ってこなかった。1ヶ月近く待ったけれど。代金だけ取られたのだろうか。こんなこと、初めてだった。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.655
(4pt)

特になし

まだ途中。
蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)より
4344428536