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日の名残り
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日の名残りの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.46pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全354件 21~40 2/18ページ
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難しいけど、いろいろ考えさせられました。 | ||||
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原書を理解する助けに使用 | ||||
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本日、読み終わりました。多くのレビューアの皆様の話から、私が気づけなかった様々な事を気づかせていただけました。大変感謝しております。お礼もかねて、短期間のイギリス在住経験が在る者として、(日本人と違って)【一部のイギリス人はこう読みそうだ】というのを思いつきましたので、披露させていただきたいと思います: スティーブンは『理想を追い求めて頑張ったけど、後から振り返ると、取り返しのつかない失敗をした人生だった』という結論に至ります。しかし、このようなスティーブンは、2つの大戦を通じて没落を重ねた20世紀のイギリス自身に重なると思われます。そして、アメリカ人が新しい主人になることまで含めて、スティーブンは20世紀のイギリス自身の擬人化に見えてきます。すると、最後の見ず知らずの男の励ましは、そのような没落の国のイギリス人全員に対する励ましです。その励ましを受けて前向きに生きていこうとする初老のスティーブンは、カズオイシグロの考える、没落したイギリス人のあるべき姿なのだと思います。 さて、日本も、バブル崩壊や中国新興国の台頭などを通じて、20世紀中盤のイギリス同様に、現在進行形で没落中であると思われるます。かつてのように日本が輝くことは、今後はもうありますまい。そう考えると、上記の励ましは、我々現在の日本人に対する励ましにも思えてくるのです。 | ||||
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派手なトリックや言葉はでてこない、年配の方にはご理解いただける内容ですね、若い方等には面白くないと考えます。 | ||||
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執事のスティーブンスはお客様の夫人に問われた。 「あなたはダーリントン卿のもとで働いていたんでしょう?」 「いいえ、そうではございません、奥様」と彼は作り話をする。 このやり取りに、今の主人はご立腹だ。 しかしスティーブンスは 「これはこの国の流儀に関することでございます」と誤らない。 彼は偉大なる紳士であるダーリントン卿に使えていたことを誇りに思っていた。 そして、卿に使えていたことを見せびらかさないことで主人を守った。 自ら文をわきまえる。謙譲の美徳とも言える。 これがスティーブンスのいう執事の品格なのだろう。 古き佳き時代の英国紳士の話に出合える小説だ。 | ||||
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アマゾンのジェフベゾスについての本を読んだら彼の大好きな小説とのことで、ノーベル賞を取った英国育ちの日本人作家ということもありずっと気になってはいたのでこの機会に読んでみました。最初はどういう展開になるのかと淡々と読んでおりましたが、読み進めるうちに主人公の心の動きや英国の田舎の自然の描写に引き込まれていきました。さらには第二次世界大戦を引き起こすことになる第一次世界大戦後のドイツの戦後処理や、英国の田舎の人とのやり取りから民主主義の是非というような今日にも通じる問題にまで繋がり、最後の告白から 夕暮れの景色が浮かぶようなラストの余韻がずっと残っています。この本はある程度の年齢になって仕事や人生経験を積んだ人に響くのではないかと思います。翻訳も読み易く言葉遣いも雰囲気に合っていると思います。なお、マーケットプレイスで購入したのですが、たぶん出品された方のと思われる細かい読書メモが挟まれており ヒトラーと戦った英国の誇りや、戦後の日本の立ち位置を考察するコメントが書かれており そういう読み方もあるのかと参考になりました。誰かに勧めたいですが、自分の内面を重ね合わせているように思われるので 言わないでおきたいというような不思議な気持ちにさせられました。でもあのジェフベゾスの愛読書だなんて! | ||||
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カズオ・イシグロの代表作を名訳本で鑑賞できます。 | ||||
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耳が、滲んでいました!少しだけ残念ですが、他は、問題なし綺麗です! | ||||
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関心を持ち読んでみましたが、紳士淑女ではなく堅物執事の内面に焦点が当てられており、たいへん興味深かったです。この執事さん、英国紳士に仕える者の鑑というよりかはむしろ、典型的なアスペルガー症候群のパーソナリティの持ち主なのでは? | ||||
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恥ずかしながら、今はなきノーベル文学賞の受賞作品としてカズオ・イシグロを知りました。 日本人として生まれ、英国に帰化した作家として、英語からの翻訳作品 伝統的なお屋敷での品格ある執事の回想録であるので、どこまで読み進めれるかなというのが 当初の穿った感想ではありますが、 日常の淡々とた出来事の回想録ながら、一気に飽きることなく読み進めることができました。 一番の素晴らしさは、訳者の日本語ではないかと思います。 素晴らしく丁寧で美しい日本語として訳されています。 品格ある執事の道を追求したスティーブンがもらった小旅行 美しい田園風景の道中での出来事を通し、長年使えたダーリントン卿への尊敬と忠誠 先輩執事として尊敬する父の最後 女中頭との思い 第一次世界大戦と第二次世界大戦を通して、 その間に行われた館での非公式な会議など を回想録として 「執事」とは何か、「品格」とは何かを語ります。 大英帝国の栄光が失せていくイギリスを 執事の思いをとおして表しているような作品でもあり 最後、スティーブンが夕日をみて涙するシーンは 今まで、自分の感情を決して人前では見せてはいけないと 執事として生きてきた、人生の郷愁のようなものを感じてしまいます。 どんなに一生懸命に生きてきても、ふと振り返ると 後悔があったりするものです。 そのうえで、また次のステージに進もう。。。 変化する時代への一歩をふみだそうとするスティーブン 誰しもが人生の晩年に感じる思いなのかもしれません 何度も読みかえし考え感じたいと思う作品です | ||||
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執事の職務がスティーブンの性格を作ったのか、スティーブンの生来の性格が執事に合ったのか、最後まで興味が尽きませんでした。 | ||||
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これは···、どの辺に主眼を置いたものなのだろうと気にもなったけれど、それはそれとして。民主主義の悪い面が目立つ昨今、歴史を辿れば昔から危惧されてきた面だったのだろうと気付かされた。 | ||||
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品格とは何か?其れは「偉大さの追求」である。筆者は人間が追求すべきもの、其の明確な答を、繁栄を築いた大英帝国のある執事を通じて伝えている。文学は人々にある種の哲学的な答を与えるべきものだと思うが、本書は稀に見る格好の書である。 世界は歯車である。世界にどれだけ貢献したかどうかが今の世代の価値基準である。等、世界観が変わる端的なメッセージも印象深い。 淡々としかし端的で確かなメッセージは込み上げてくるものが多い。 人間一人一人が偉大さを追求することで国の繁栄は築かれていくのかもしれない。 | ||||
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物語で綴られたイギリスの田舎の風景。 先人の勝ちとった歴史の中から生まれた伝統や暮らし。一喜一憂にはつくられないこの風景こそが、イギリスをイギリスたらしめているものではないか。 執事の品格とはなにか。そして、真の偉大さとは何か。物語から語られる過去と現在のストーリーひとつひとつが、もう過ぎ去ってしまった良き時代を丁寧な描写と心地よい言葉で描かれている。知的なユーモア、イギリス的な皮肉、哀愁も素晴らしい。 読後はこの物語の余韻も心地よく、過去、現在、未来と物思いにふけることができる。 | ||||
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オリジナルがいいのでしょうが、非常に読みやすかった。 | ||||
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きれいでした。 順調に受け取りれました。 | ||||
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ほとんどの人が誰かに仕えている、何者かの下にあって振る舞う姿という言外の意味があるような、英国執事の謙虚さに人としての姿があるようなメッセージを、本書から受け取った。現代は平等主義の下に人の間に上下はない。法律的、道徳的、倫理的にはまさしくその通りだが、心理的にはどうだろう。社会の現実はどうだろう。必ずしも全てが平等ではなく、どこにでも頭の上がらない人はいるし、尊敬して仰ぎ見る人はいる。常に人の上に立っていないと気が済まない人もいる。人の下で虐げられたようになって社会の底辺にいる気持ちに陥る人もいる。 本書は第二次世界大戦の前から戦後にかけて、英国貴族に仕える執事がその当時を振り返る形で話は進む。執事の謙虚さ、誇り、洞察がそのまま文体に現れている。その一人称の視点が読み手にも移るような意図があるのだろうか。主人に仕えることで存在意義を示すが、その主人がいない屋敷の外ではどのように振る舞うべきか。個人として認められたい、他者からの尊敬を受けたいという承認欲求が芽生えるのか。何者かの下で誇りを持って生きて満足していても、そのルールの外に出て、また別の社会規範の下にいけば満足の形も変わる。本書を読んでいないと何のことかさっぱりわからないと思うが、人間の心は一面、そういうところがあるのだろう。 ある社会では特権を持ち高い位置にあったとしても、社会が変われば立場は微妙にずれていき、ひどいときには全く無用のものになっていく。しかし広いこの世の現象としては、切り捨てるようなものでもない。そこには哀愁があり、ノスタルジーがあり、誇りがある。例えば日本では、江戸時代まであった武士階級は確かになくなってしまったが、後世の人々の生き方や誇りとして残っている。イギリスの執事という職業も、抑圧の中で最高まで可能性を高められた精神だったのかもしれない。後世に語り継ぐに値する精神。それは服従という形の中でも最高の位置付けにあった。服従の中で卑屈に陥ることなく、自己を保ち、その姿勢に誇りさえまとっているのである。 現代においてこの精神にどのような意味があるのかと考えてしまうのは、読者の悲しい性である。主人公スティーブンスの示す職業意識には感嘆する。この仕事への誇り、徹底ぶりは、昨今の職業に照らした時にどれだけ存在するだろうか。マニュアル通りに動けば成り立つような仕事、理想も大義もない無駄でしかない仕事、意義も見出だせない多くの仕事があり、現代人を骨抜きにしていく。いや、それはスティーブンスの仕事もまた無意味に満ちているように見える。銀器をどれだけきれいに磨くか。現代の視点では意味がなさそうだが、伝統的な貴族社会では銀器がきれいに磨かれているかでその家の状況、格式がわかるという重要な意味があった。さらに国の政治を動かすような人物の仕事を背景で補佐することで、スティーブンスは無駄に見える様々な仕事に意味を見出だしていた。そうみると現在無意味な仕事に辟易していても現代的な深い意味が隠されているかもしれない。誰かの役に立っているんだと自分で自分を信じ込ませるのも、生活を充実させていくには必要だろう。 丸谷氏は最後の解説で大英帝国の落日を手厳しく批評した。しかしこの小説からは、著者が執事に一人称で語らせた主観には、批判めいたものはなく、繁栄の落日に心地よさを感じている。思いがけない自由のためか、繁栄を身分相応に謳歌できたためか。斜陽の帝国に批判的な目を向けたくなるが、著者の視座はもっと別のところにあると感じてしまう。落日をあるがままに受け入れるような、旧きはいずれ消えゆくのをじっと見つめるような、一人一人の生活者にとっては時代の大きな流れなど思いも及ばないことでなおかつ重大ではないかのような、目の前の生活こそ関心事であるとほのめかすような。 インターネット、SNSが発達した昨今、市民の政治参加が容易になったことに水をさすような向きもある。この現象は市民が高度な知識を持ち得た証拠だと思う。これはこれで新しい時代の展開だ。一方、そういううねりとは外れたところで目の前の生活に向き合っていたい人々もいる。この小説で描かれる市民の姿が思い浮かび、現代の多くのそのような人々の姿と重なるのである。 主人公の執事の目から見た世界、この人物の誠実で勤勉で高尚な精神が見せる世界は、揺るぎない平穏をたたえているように見える。第二次世界大戦の激動、権謀渦巻く国際社会、国内の批判の目。このあまりに不安定な世も、この人物の目を通して見れば、確固たるものとして見えてくるから不思議である。誇りとか誠実さ、自らを高く据える心持ち、つまり高い自尊心というものは、世界の見方すらも変えるのかもしれない。他者の承認も確かに一時的に気分を高めてくれるが、それはあくまで一過性だ。一つのことに固執することもまた趣旨とは違う。旧き良き伝統には揺るがない心がセットとしてあったことを伝えようとしているのかもしれないと考えると、この読後に湧き上がった奥ゆかしい郷愁の裏付けがとれたように思った。 | ||||
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本書の筋書きについては多くの評者の方々が書かれていますので、私が追加するようなことはありません。ただ、他の方々が言及されていない点について少し違った観点から感想を述べさせて頂きたいと思います。それは、著者のカズオ・イシグロが主人公の執事ステーィブンスについて多少「嫌な奴」という意味を込めた性格設定をしていることです。主人のダーリントン卿に対する忠誠心と執事としての仕事に全力を込めているのはいいのですが、例えばミス・ケントンが親切心で部屋に飾る花を持ってきたのにあの様に頑固に断る必要は無いと思いますし、何かと言うと「執事の品格」を持ち出して昔の名執事の話をしたがるのはちょっと嫌味です。また、ダーリントン卿の亡くなった後、新しい主人の許しを得て小旅行に出ますが、その途中で戦後売国奴扱いされたダーリントン卿のもとで働いていたことを否定するようなことを言ったり、立ち寄ったパブで自分が執事であるのを隠して紳士であるように振る舞い、有名な政治家達と顔見知りであったようなことを言います。そして次の日にパブで知り合った医師にそのことを指摘されてしまいます。ただ、これらの「多少嫌な性格」は人間として誰でも持っているものですので、主人公を否定するようなものではありません。しかし、このような「少し嫌な性格」は著者が意図して主人公に付与したものと思います。そのことでこの小説に複雑な深み(陰影)が出ていると私は理解します。これにより「仕事に忠実な執事と若い女中頭との秘めた恋物語」というような平板なストーリーを脱しているのではないかと思います。 また、別の見方では、人間の持つ弱みを描いているとも言えます。ステーィブンスには上記のような性格の弱み(欠点)がありますし、ダーリントン卿に関してはドイツ人の友に対する友情からベルサイユ条約の過酷さ(紳士的でない条約)に対して怒りを覚え、その弱みをナチに握られて付け入れられることになります。ミス・ケントンはユダヤ人の少女達が解雇されることに激怒し屋敷を辞めると言いますが、自分の生活のことを考えて結局辞めないことになります。 頑迷なステーィブンスに対してミス・ケントンは実に素直で優しい女性です。二人の間に恋愛感情があったかどうかについては分らないとしか言いようがないのではないでしょうか。ミス・ケントンがお屋敷を辞めたのはステーィブンスに対する恋心が実る可能性が無いと諦めたのか、仕事に対する集中力をもはや持続出来なくなったためか判りません。ステーィブンスが旅行に出た際には彼女に対するある程度の期待というのがあったのかもわかりません。しかし、最後のバス停での別れは英国人らしくさっぱりしたものです。ミス・ケントン(ミセス・ベン)は愛してもいない夫のもとに帰り、ステーィブンスはあまり気の合わないアメリカ人の主人に仕えるためにお屋敷へ帰ります。二人ともこれから最後の日まで今の生活を続けるしかないという宿命を前向きにとらえているように思えます。ある意味では感動的な別れです。「日の名残り」とはこれから先の彼らの生涯のことでしょう。 カズオ・イシグロの作品には一つとして同じようなものは無いのですが、本書は彼の多くの作品の中でも傑作だと思います。深く味わって読む小説です。お薦めです。 追記:カズオ・イシグロは5歳から英国で暮らし英国籍を持つ小説家です。英語を母国語とし、日本語は基本的に話せません。ノーベル賞をもらったことから、あたかも日本人が賞をもらったような騒ぎがありましたが、彼は日本人のルーツを持ち、それを大切にする英国人です。彼を取り巻く文化はあくまでも英国のものですので、そこを誤解してはいけないと思います。 | ||||
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注文から1日以内に到着!きれいな状態!凄い感動です。 | ||||
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イギリスの田園地方の情景がありありと目の前に浮かび、長い歴史の中で培われた伝統と、それに対する少しの反発が、美しい文体の中で混じり合っている。この小説を読むことで落ち着いた時間を楽しむことができる。良作。 | ||||
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