ヴァリス

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評判

ヴァリスの評価:

4.46/5点 レビュー 28件。 B ランク

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平均点4.46pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全48件 1〜20 1/3ページ
No.48
(4pt)

ホログラフィック宇宙論・世界シミュレーション仮説と通ずるところあり

映画ブレードランナーの原作「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」の作者P.K.ディックによる作品。
過去ディックの作品を読みふけっていた時期があったが、30年ぶりにディックの作品を手に取った。
読み始めると冒頭全くSFではない、しかも小説の体をなしていないような感じなのである。
読み進めていくうちに丁度主人公だと思っていたホースラヴァー・ファットの他に僕なる主人公が現れたところあたりで小説の体になってくる、読み進めやすくなってくる。
そして作中に映画「VALIS」が登場。この映画がディック的なSFの内容なのだが、映画はフィクションではなく現実を反映したものであるという展開となり、作品はSFへとなっていく。
昨今、ホログラフィック宇宙論・世界シミュレーション仮説・時間は存在しない等といった物理学での仮説を聞くことがでてきたが、そのような認識を40年も昔に作品に取り込んだディックはさすがである。
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597
No.47
(4pt)

著者ディックの神秘体験・宗教観をフルカラーで見せられている

前半、これは薬物中毒者の幻想の話なのだろうかと思うスロースタートなのだけれど、60%程読み進めていくとジェットコースターに乗っちゃった感じ。
これは著者のディックの神秘体験とそこから出てきた神学哲学に関することがめちゃくちゃ乱暴だけどカラフルなビジュアルで迫ってくる。文字情報読んでるのに…というもの。仏陀もでてくる。ディックの宗教観もすごいのだが、これ陰謀論につながるやつではないかと思ったら、やはりご本人が襲撃されたことがあり、それについて陰謀論の傾向にあったと。なるほど。著者の人生を色濃く反映した作品なのだな。重い。重いよ。自分が正常だっておもってることなんてほんと不確かだわとしかいいようがない。そんな不安定な感じで最後まで読んでいくしかないのだ。
宗教的なものに興味がある人は、個人の宗教観をのぞきみる気持ちで読めると思う。本当に個人的なものが反映されていると思う。生後一ヶ月で死別した双子の妹の死について彼はずっと考え続けているのだ。それが登場人物に反映されている。
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597
No.46
(5pt)

実は30年ぶりの再読。

でもガキだろうがあれは読み取れた状態じゃないから初読の気で読むとこれが実に分かりやすい。内容が凄いというか解説が親切。
ヴァリス (創元推理文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (創元推理文庫)より
4488696058
No.45
(5pt)

実は30年ぶりの再読。

でもガキだろうがあれは読み取れた状態じゃないから初読の気で読むとこれが実に分かりやすい。内容が凄いというか解説が親切。
ヴァリス (1982年) (サンリオSF文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (1982年) (サンリオSF文庫)より
B000J7LMQA
No.44
(5pt)

実は30年ぶりの再読。

でもガキだろうがあれは読み取れた状態じゃないから初読の気で読むとこれが実に分かりやすい。内容が凄いというか解説が親切。
ヴァリス (サンリオSF文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (サンリオSF文庫)より
438782509X
No.43
(3pt)

ディック(著者)ファンにはおすすめかも・・・

人間の精神と個の認識、現実と空想が入り混じった世界を題材にした作品。宗教関連の記述が多く、また散文的記述が多々含まれるので、読んでいて途中で流れを見失い、2,3ページ戻って読み返すということが度々あった。一般の「筋が一本通っている」SF小説と期待して読むと、面食らうだろう。ディックの「精神世界」ファンであれば読むに値するかとは思うが、それ以外の読者に対しては個人的にはおすすめしない。
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597
No.42
(3pt)

予想よりかなり焼けが進行してました

まだ読書には支障ありませんが、もう少し年月が経ったら、焼けが更に進んで、読みにくいのではないでしょうか。
新訳の前に旧訳を購入しましたが、意外と読みやすく、選択は間違っていなかったように思います。
ヴァリス三部作(他二部はまだ端緒についたばかりです)のうち、最も一般的で理解できる作品です^^b
ヴァリス (創元推理文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (創元推理文庫)より
4488696058
No.41
(3pt)

予想よりかなり焼けが進行してました

まだ読書には支障ありませんが、もう少し年月が経ったら、焼けが更に進んで、読みにくいのではないでしょうか。
新訳の前に旧訳を購入しましたが、意外と読みやすく、選択は間違っていなかったように思います。
ヴァリス三部作(他二部はまだ端緒についたばかりです)のうち、最も一般的で理解できる作品です^^b
ヴァリス (サンリオSF文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (サンリオSF文庫)より
438782509X
No.40
(3pt)

予想よりかなり焼けが進行してました

まだ読書には支障ありませんが、もう少し年月が経ったら、焼けが更に進んで、読みにくいのではないでしょうか。
新訳の前に旧訳を購入しましたが、意外と読みやすく、選択は間違っていなかったように思います。
ヴァリス三部作(他二部はまだ端緒についたばかりです)のうち、最も一般的で理解できる作品です^^b
ヴァリス (1982年) (サンリオSF文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (1982年) (サンリオSF文庫)より
B000J7LMQA
No.39
(5pt)

愛だろ、愛

ディックは、独特の世界観をもった風変わりなSF作家と思われているが、とんでもない。彼は私が思うに、文学史上に残る巨人である。

ディックは長編40本以上という非常な多作だが、初期から晩年の『ヴァリス』にいたるまでテーマは一貫している。彼の描く世界観は、一言で言うと「胡蝶の夢」そのものである。すなわち、現実への不信、虚構の世界観である。『ユービック』では時間が退行し、『流れよわが涙、と警官は言った』では自分の存在が世界から忘れ去られ、『高い城の男』では虚構の世界と現実の世界の境目が崩れたりする。神秘体験にたびたび遭遇したディックは、この世のあり方に常に不信感を感じていたのだろう。

それ以上に彼が現実に不信感(というか納得いかないという感じ、理不尽)を抱いたのは、愛する人々が次々と死んでいくという事態だろう。ヴァリスは、友人が自殺するエピソードから始まる。それをきっかけとして、主人公ファットは狂っていく。やがてファットは、超越的な存在(それを彼はVALISと名づけた)から、息子の病気や歴史の真実や時空のありかたなどの知識を授かりだす。それらを彼は釈義としてつづっていく。物語は中盤まで延々とこの釈義がつづられる。ここまでで、挫折してしまう人も多いだろうが、正直言って釈義は斜め読みでかまわないと思うので、がんばって読みすすんでいただきたい。

この小説も語り手が実は主人公の分裂した自己であったりと、複雑なつくりをもつ。さらに、小説の頭にソ連の辞書からの引用としてVALISの説明が書かれている。小説中では、VALISがソ連のスパイ衛星のようなものではないかと語られるシーンがあるが、この引用のために、読者はVALISが何なのかますますわからなくなってしまう。

さて、このようにヴァリスでも世界の虚構性がいやというほど描かれるわけである。ディックが「神なき世界の生き方」として与えた回答は、ヴァリスでは「神」とのふれあいによるディックの再生として見事に描かれている。ディックの回答は、単当直入にいうと「愛」である。「神なき世界に何を信じて生きるか」という問いに、彼は「愛」と答えたのである。物語終盤の「神」の言葉を読んでみてほしい。ほとんどキリストの言葉と同じである。それをいかにディックは熱を込めて書いているか!彼はここを書きながら涙していたに違いない。

ディックの思想は『電気羊はアンドロイドの夢を見るか』でもっともわかりやすく描かれている。この作品が彼の最高傑作とされているのは、わかりやすさのためだろう。しかし、わたしに言わせれば電気羊はメッセージが単刀直入すぎてしらけてしまう。メッセージの中身は同じなのだが、こうもストレートに言われると、押し付けがましいし、説得力がない。物語を通して暗に伝えられるからこそ、ディックの思いが胸をうつのである。その点で、映画の『ブレードランナー』のほうがはるかにディックの思想の核心をうまく捉えることに成功している。ここでは、奴隷として生まれたレプリカンとたちが、愛を知ったころにはもう死が待っているという絶望的なまでに理不尽な状況の中で、必死に生きようとする姿が描かれている。レプリカンとこそ、われわれ人間のあり方にほかならない。不条理な世界にあっても懸命に生きていかなくてはならず、そこに愛と共感がなくてはならない。これがディックの与えた回答である。

本作のほかにも『ユービック』、『スキャナー・ダークリー』、『去年を待ちながら』などの傑作があるので全部読んでほしい。個人的には『去年を待ちながら』が好きだなぁ。
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597
No.38
(4pt)

それは生き物なんだろうか?

この、レビューとされる文章を書いたのは4月のことだが、投稿するのは9月のことだ。さて、わたしのこのごろはちかごろという言い方もあるのだが、さいきん、といってもここ数ヶ月、といえば、そこそこ長い期間といえるんじゃないだろうか? 年初から、その期間、わたしはディックの『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)を読んでいる。そうだ。ディックという、SF小説の傑作をいくつもモノにしている一人の作家が、かつてその晩年に書いた、『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)という名の小説を読んでいるのだ。ディックは映画『ブレードランナー』の原作者といえば、その映画について見聞きしたことのある人なんかには、少しは響くんじゃないだろうか? 関心を寄せてもらえるんじゃないだろうか? そのディックが晩年に執筆したこの『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)だが、内容がとてもむずかしくて、わたしの手に負えている、わけがない。しかし何度も繰り返し読んでいる。読んでしまっている。年初から。わからないのに、内容をちっとも理解できないのに読む。理解できてないのに面白いなんて、言ってしまっていいんだろうか? それはとても無責任なのかもしれない、と思うからだ。その『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)をわたしはこの数ヶ月、年初から読みつづけているというわけだ。そして、じつは、この小説に触れることで、わたしはSF小説に本格的に触れるという経験を、はじめて持つにいたったのだ。おっと、それはすこし間違えだ。これが2つ目なのである。つまり、『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)を手にするまえに、わたしは別なSF小説の読者となっていたのだ。そんなことはいいとして、この『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)だ。SF、と先述してしまったわたしだが、これはほんとうにSFなんだろうかと疑問する。たしかにSF小説の大家が書いた作品ではある。それが本当ならばの話だ。本当だとしよう。そして、本作はSFと思しき一つの作品であるが、いやそもそも、これは小説でさえあるんだろうか? たしかにSF作家の大家が書いた文章群ではある。きっとそうだろう。文章群とは、たくさんの文章が群れているという意味だ。だから、そうなのだろう。しかし、小説なのかどうかには、一個の疑問の余地はある。すくなくとも。そんな一つの作品をわたしはここ数ヶ月、触れつづけてきているわけだが、はたして、この作品は、生きているんだろうか? わたしは生きている。もちろんだとも。いや、もしかしたら、そうでないのかもしれない。わたしとこの作品、どちらが生きていて、どちらが、そうでないのだろうか? どちらがホンモノで、どちらがニセモノなんだろうか? この作品は本当に、SFで、小説なのだろうか? そして、このわたしは本当に、人間なのだろうか?
ヴァリス (創元推理文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (創元推理文庫)より
4488696058
No.37
(4pt)

それは生き物なんだろうか?

この、レビューとされる文章を書いたのは4月のことだが、投稿するのは9月のことだ。さて、わたしのこのごろはちかごろという言い方もあるのだが、さいきん、といってもここ数ヶ月、といえば、そこそこ長い期間といえるんじゃないだろうか? 年初から、その期間、わたしはディックの『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)を読んでいる。そうだ。ディックという、SF小説の傑作をいくつもモノにしている一人の作家が、かつてその晩年に書いた、『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)という名の小説を読んでいるのだ。ディックは映画『ブレードランナー』の原作者といえば、その映画について見聞きしたことのある人なんかには、少しは響くんじゃないだろうか? 関心を寄せてもらえるんじゃないだろうか? そのディックが晩年に執筆したこの『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)だが、内容がとてもむずかしくて、わたしの手に負えている、わけがない。しかし何度も繰り返し読んでいる。読んでしまっている。年初から。わからないのに、内容をちっとも理解できないのに読む。理解できてないのに面白いなんて、言ってしまっていいんだろうか? それはとても無責任なのかもしれない、と思うからだ。その『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)をわたしはこの数ヶ月、年初から読みつづけているというわけだ。そして、じつは、この小説に触れることで、わたしはSF小説に本格的に触れるという経験を、はじめて持つにいたったのだ。おっと、それはすこし間違えだ。これが2つ目なのである。つまり、『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)を手にするまえに、わたしは別なSF小説の読者となっていたのだ。そんなことはいいとして、この『ヴァリス』(訳・大瀧啓裕)だ。SF、と先述してしまったわたしだが、これはほんとうにSFなんだろうかと疑問する。たしかにSF小説の大家が書いた作品ではある。それが本当ならばの話だ。本当だとしよう。そして、本作はSFと思しき一つの作品であるが、いやそもそも、これは小説でさえあるんだろうか? たしかにSF作家の大家が書いた文章群ではある。きっとそうだろう。文章群とは、たくさんの文章が群れているという意味だ。だから、そうなのだろう。しかし、小説なのかどうかには、一個の疑問の余地はある。すくなくとも。そんな一つの作品をわたしはここ数ヶ月、触れつづけてきているわけだが、はたして、この作品は、生きているんだろうか? わたしは生きている。もちろんだとも。いや、もしかしたら、そうでないのかもしれない。わたしとこの作品、どちらが生きていて、どちらが、そうでないのだろうか? どちらがホンモノで、どちらがニセモノなんだろうか? この作品は本当に、SFで、小説なのだろうか? そして、このわたしは本当に、人間なのだろうか?
ヴァリス (サンリオSF文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (サンリオSF文庫)より
438782509X
No.36
(5pt)

僕はディックに強姦された。

高校時代、気が〇ったとき、読んでいた。訳者は大瀧啓介。

自分の頭で起こっていることすらわからなかったのに、さらにわけのわからないものに出会った。不思議な体験だった。
まともに歩けなくなり、授業中も酔っぱらっていた。酒に溺れていた。

「ディックよ、お前は狂っている」…大瀧啓介より。
狂気の人間が書いた、気〇い宗教の聖典である。僕はすっかりイカれてしまっていた。

「帝国は終わらない」、結局、ディックは狂ったまま死んだ。精神も人格も破綻してしまっていた。
僕の人格も精神も破綻していたから、新興宗教の教祖にすがるごとく読んでいた。気〇いとしかいいようがない。
根本敬や村崎百郎もこのころ読み始めた。それが運のつき。自分の暗黒時代の始まり。僕はディックにレイプされたのだ。

「フィネガンズ・ウェイク」「ユリシーズ」も、破綻した脳ミソで読んでいた。当時を思い出すと涙が溢れる。
気が〇うということはこういうことである。「ユリシーズ」は健康になってから再読したっけ。

「ヴァリス」という疑似宗教の神典。僕もイカれた。本気でディックに傾倒してしまった。
自分の人生はそれで狂った。

狂った人間はどんなこと考えているかの、ある種のカルテだろう。こういうのは僕も精神神経科のペーパーに書いたかも。
以後、僕は15年、狂ったままである。

僕はディックを恨み続けるけど、それで人生は取り戻せない。
佐々木倫子や大島弓子、川原泉によって、癒された。彼女らもディックとかハインラインとかクラークとか、読んでいたかも。
僕の復讐は、終わらない。

頭も悪くなったから、レムの「ソラリス」を読んでも、さっぱりだった。
でも、ペッキンパーとクーブリック、ゴダールにストーンズ、ピストルズにも救われた。「気〇いピエロ」は今でも好きだ。

「帝国は終わらない」…まったく意味不明。
なのにのめり込んだ。患者が教祖にすがるようなものだった。
僕の復讐は、終わらない。
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597
No.35
(5pt)

食わず嫌いで損した。人類史上最高の文学だよこれ。

筒井康隆が、後期ディックはイメージの貧困さを難解な哲学でごまかしてると批判していたので、
読んでなかったのですが、本当に損したと思う。

これを人間が書いたということが信じられないような傑作だった。ドストエフスキーなんか足元にも及ばない。

「禅とオートバイ修理技術」を連想させるんだけど、ネットを見ると、「同じように退屈」と書いている人もいた。

でも、ヴァリスの方が圧倒的に面白い。

夢枕獏が、人生最後に神をテーマにした小説を書く!と宣言していたので、非常に期待しているんだけど、
書くからには、この作品を乗り越えてほしいな、と思うくらい、この作品は金字塔の域に達している。
ヴァリス (1982年) (サンリオSF文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (1982年) (サンリオSF文庫)より
B000J7LMQA
No.34
(5pt)

ディックの集大成

やっと日本語訳が出たという感じですね。
旧訳版にあった宗教学的なキーワードに対する解説はありませんが、
その分、読みやすくはなっていると思われます。
現在、グノーシスなどについては研究書なども多く出ているので、
割愛したのは英断だと。

さて、これは話の筋たるものは少ししかなく、あとはひたすらディックの分身である
ホースラヴァーファットと友人たちの神学談義です。
ですので、つまらないと思う方は、ひたすらつまらないと思いますが、
他の作品を読んでディックはどういう考えの人だったんだろうと思われた方には、
ある種の答えをくれると思います。
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597
No.33
(5pt)

ディックは確かに一筋縄ではいかない。だが、複数の作品を合わせて読むと、彼が描きたかった世界がさらに立体的に見えてくる。

作家は同じテーマを角度を変えて描き続ける。

フィリップ・K・ディックの場合、一つの軸は「記憶と自我の問題」(=わたしの記憶は本当にわたしの記憶といえるのか、という疑い)で、映画化された作品はほとんどこっちの軸から出ている(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』等々)。

もうひとつの軸は「グノーシス的世界観」(=この世界の存在根拠に対する疑い)で、こっちの軸も作品数は多いのだが、映像化困難?なせいか映画化されたものはないような気がする。(『ユービック』、『ヴァリス』、『聖なる侵入』。『高い城の男』もこっちに入るか?)

なかでも最大の問題作とされる本作『ヴァリス』は、果たしてこれを小説として読むべきなのか? それとも寓話の形を借りた教理問答として読まれるべきなのか? で翻訳者の見解も分かれている。

最初に出た大瀧啓裕訳は後者の見解を取り、膨大な注釈付きの翻訳が刊行された。最近になって出た山形浩生訳は、大瀧訳のようにディックを神話化する必要はない、として前者の立場に立った。

山形氏のいうことももっともだけれども、私は大瀧訳『ヴァリス』のおどろおどろしいファンジン的な雰囲気が好きだ。なんとなく、TV版「エヴァンゲリオン」のアレゴリーを読み解こうとして皆が躍起になっていた時代の雰囲気を思い出す。そんな不毛なことはやめて小説本体に集中しよう、というほうが知性的な態度なのは分かってるんだが。

ただ、個人的には、大瀧訳『ヴァリス』を膨大な注釈と共に読んだあとで『ユービック』や『聖なる侵入』を読んだことで、「ああ、これはこういうことだったのか」という気づきが数多くあったのも事実。だから、私にとって本作『ヴァリス』はディックの最後の作品であると同時に、ディックの作品世界を読み解く入り口にもなっている。
ヴァリス (サンリオSF文庫) Amazon書評・レビュー: ヴァリス (サンリオSF文庫)より
438782509X
No.32
(5pt)

ディックは確かに一筋縄ではいかない。だが、複数の作品を合わせて読むと、彼が描きたかった世界がさらに立体的に見えてくる。

作家は同じテーマを角度を変えて描き続ける。

フィリップ・K・ディックの場合、一つの軸は「記憶と自我の問題」(=わたしの記憶は本当にわたしの記憶といえるのか、という疑い)で、映画化された作品はほとんどこっちの軸から出ている(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』等々)。

もうひとつの軸は「グノーシス的世界観」(=この世界の存在根拠に対する疑い)で、こっちの軸も作品数は多いのだが、映像化困難?なせいか映画化されたものはないような気がする。(『ユービック』、『ヴァリス』、『聖なる侵入』。『高い城の男』もこっちに入るか?)

なかでも最大の問題作とされる本作『ヴァリス』は、果たしてこれを小説として読むべきなのか? それとも寓話の形を借りた教理問答として読まれるべきなのか? で翻訳者の見解も分かれている。

最初に出た大瀧啓裕訳は後者の見解を取り、膨大な注釈付きの翻訳が刊行された。最近になって出た山形浩生訳は、大瀧訳のようにディックを神話化する必要はない、として前者の立場に立った。

山形氏のいうことももっともだけれども、私は大瀧訳『ヴァリス』のおどろおどろしいファンジン的な雰囲気が好きだ。なんとなく、TV版「エヴァンゲリオン」のアレゴリーを読み解こうとして皆が躍起になっていた時代の雰囲気を思い出す。そんな不毛なことはやめて小説本体に集中しよう、というほうが知性的な態度なのは分かってるんだが。

ただ、個人的には、大瀧訳『ヴァリス』を膨大な注釈と共に読んだあとで『ユービック』や『聖なる侵入』を読んだことで、「ああ、これはこういうことだったのか」という気づきが数多くあったのも事実。だから、私にとって本作『ヴァリス』はディックの最後の作品であると同時に、ディックの作品世界を読み解く入り口にもなっている。
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4488696058
No.31
(5pt)

ハード・ラノベ(というのがあるとすると)の原点

小説のつくりが壊れかかっている、というか壊れてしまっているところが読みどころ。

同じようなタイプ(と私には思える)の小説で、壊れそうで壊れていないのは、中島らも『バンド・オブ・ザ・ナイト』だ。

ソフィアをいわゆる萌えキャラとして捉えてラノベとして読むのも面白い。大昔、サンリオ文庫版では、藤野一友の表紙絵と裏表紙のキャプション(佐藤守彦)に持って行かれたのだけれど、80年代は遠く過ぎ去った今なら落ち着いて読める。。

俺はどこにでもいる普通のSF作家。1974年3月にピンクの光線を浴びてから、ローマでキリスト教徒が迫害されていた時代と現代とを二重に生きるようになった。…というようなラノベ文体に翻案するとディックの日常雑記小説だとわかる。しかし、314頁に突然黄金比が小数で現れたりするので油断はできない
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597
No.30
(4pt)

21世紀型のヴァリス

短編集「変数人間」から信じられないスピードで定期的な発刊を続けているここんところのハヤカワ文庫。昔は映画公開に合わせて2年~3年ごとに短編集が1冊出ていたのに、2013年の12月から既に「ヴァリス」で4冊目。今月の10日には、新たな短編集が刊行されるんだから、アホなのか確信犯なのかわからない。もう読み飽きた短編を含め、装いを新たに新刊の香りに包まれてディックの世界を味わえるのは、とても嬉しいことなのだけど、果たしてどれだけ需要があるのだろう。まあ、ファンからしたらどうでもいいことだけど。

創元推理文庫の「ヴァリス」の難解度丸出しの版に比べると、今回の新訳はかなりくだけた訳になっていて、新しいディックファンには入りやすいのではないかと思う。
「巨大にして能動的な生ける情報システム(旧)」と「巨大活性諜報生命体システム(新)」
どっちもなんのこっちゃという感じだけど、旧訳がなんだか生きててメッチャ動き回るでっかい機械なのか?というニュアンスに比べて、新訳は生きてる大きな巨大コンピューターみたいなイメージで、なんかシュッとしてる。これも21世紀に生きている私たちだから理解できることなのであって、こんなことを "なめネコ" ブームの1981年に本にしているディックは、やっぱりブッとんでいる。

「ぼくはホースラヴァー・ファットだ。(P.13-3)」と言い切った次のセンテンスから、もうファットとフィルに分離してしまっている、この物語。村上春樹のぼくと影、カフカとカラスのような内省的な自己対話の世界が既にそこから始まっていく。そこから第8章までのめくるめく神学論と精神病の話はかなり読者を選ぶと思うが、第9章の映画『ヴァリス』から始まるハイスピードな物語を堪能するには、どうしても理解しておかねばならない知識が前半に詰め込まれているので、わたしみたいに読みながら熟睡してしまって、どこまで読んだかわからなくて、同じところを何度も読むハメになったとしても、ページは進めていくべきでしょう。

それにしても大滝版ヴァリスをまだ中坊の頃に読んで、さっぱり理解できなくて、だけど第9章からのちょっとサスペンスな感じが楽しくて、理解できないまま、また再読していたのを20年以上経って、なんだかポッと思い出してしまった。今後も「聖なる侵入」と「ティモシー・アーチャーの転生」が続けて刊行されるようなので、ハヤカワ文庫の無謀なディック推しを、わたしは諸手を挙げて支援したい。
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597
No.29
(5pt)

あたしゃ、あたしゃであるところのものじゃわ!

作者自身の神秘体験もありいの、きちがいと言われて精神病棟に放り込まれることもありいの、古代ローマと1974年のカリフォーニャの重ね合わせもありいの、リンダ・ロンシュタットのミス・アメリカもありいの、いろいろありいの。
 しかし、すべては、グロリアの自殺から始まった・・・・・・・・

 中国行のスローボートで中国へ行こうと思っても、ハルキ・ムラカミは同行してくれない。で、映画”ヴァリス"を観てからが、一気に全体像が見えてくる、で、ここまでが読者にも、グノーシスからみのキリストおたくのお付き合いも含めて、長々と辛抱が強いられるけど、ヴァリス以降はお話は一気に進む。

 「あたしはあたしであるところの者じゃ」(どっかで聞いたことがあるような、ないような、あのモーゼがヤハウェの神さんからいただいたありがたーいお言葉であるやうな・・・・なかなかのキャッチーなコピー)。二歳のソフィアにちやほやされて、ナニされて、俺たちお笑い三人組は元気になる。

 旧訳では途中で投げ出した読者がいたそうだけど、まあ、キリスト教の教義とか、グノーシスなんかが出てくるから、多神教社会に育った日本人には、確かに読むのが辛い面もある。そこを我慢して読んでいけば、これがなかなか面白い。

 ついていけないと思ったら、訳者の「解説」ネタばらしを読んでから再挑戦するのもいいかもしれない。
ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: ヴァリス〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)より
4150119597