(短編集)

十二人の手紙

【この小説が収録されている参考書籍】

【この小説が載っている参考書籍】

評判

十二人の手紙の評価:

4.12/5点 レビュー 59件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.12pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全290件 261〜280 14/15ページ
No.30
(5pt)

30年以上色あせない小説

井上ひさしが亡くなったと聞いて、最初に思い出したのはこの本。再読したいと探してみると2009年に中公文庫から新装版が出ている。単行本の出版が 1978年だから30年以上読者に支持されていることになる。
 題名の通り手紙で綴られた短編集なのだが、それぞれに様々な趣向が凝らしておりそれだけでも十分楽しめる。だが、本書の面白いところは、それぞれの短編が少しずつリンクし、エピローグで昇華する長編小説にもなっているところ。このようなスタイルは最近でもよくあるが、30年以上前に書かれた本書は今でも全く色あせていない。
十二人の手紙 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (中公文庫)より
4122051037
No.29
(5pt)

30年以上色あせない小説

井上ひさしが亡くなったと聞いて、最初に思い出したのはこの本。再読したいと探してみると2009年に中公文庫から新装版が出ている。単行本の出版が 1978年だから30年以上読者に支持されていることになる。
 題名の通り手紙で綴られた短編集なのだが、それぞれに様々な趣向が凝らしておりそれだけでも十分楽しめる。だが、本書の面白いところは、それぞれの短編が少しずつリンクし、エピローグで昇華する長編小説にもなっているところ。このようなスタイルは最近でもよくあるが、30年以上前に書かれた本書は今でも全く色あせていない。
十二人の手紙 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (中公文庫)より
4122007216
No.28
(4pt)

直木賞受賞作はこれくらいのレベルが欲しい

連作書簡体小説とでも言うべきか、12人の、どちらかといえば貧しい、あるいは不幸な人々の手紙だけで構成された作で、最後にそのうち何人かの人生が交錯する。近ごろの直木賞受賞作などよりよほど面白い、といっては、それはこれを書いた時の井上は直木賞作家だったのだから当然ともいえようが、直木賞受賞作はせめてこれくらいのレベルのものを望みたい。概して直木賞は、こうしたトリッキーな作品に冷淡であるような気がする。
十二人の手紙 (1980年) (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (1980年) (中公文庫)より
B000J899LE
No.27
(4pt)

直木賞受賞作はこれくらいのレベルが欲しい

連作書簡体小説とでも言うべきか、12人の、どちらかといえば貧しい、あるいは不幸な人々の手紙だけで構成された作で、最後にそのうち何人かの人生が交錯する。近ごろの直木賞受賞作などよりよほど面白い、といっては、それはこれを書いた時の井上は直木賞作家だったのだから当然ともいえようが、直木賞受賞作はせめてこれくらいのレベルのものを望みたい。概して直木賞は、こうしたトリッキーな作品に冷淡であるような気がする。
十二人の手紙 (1978年) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (1978年)より
B000J8OJFK
No.26
(4pt)

直木賞受賞作はこれくらいのレベルが欲しい 

連作書簡体小説とでも言うべきか、12人の、どちらかといえば貧しい、あるいは不幸な人々の手紙だけで構成された作で、最後にそのうち何人かの人生が交錯する。近ごろの直木賞受賞作などよりよほど面白い、といっては、それはこれを書いた時の井上は直木賞作家だったのだから当然ともいえようが、直木賞受賞作はせめてこれくらいのレベルのものを望みたい。概して直木賞は、こうしたトリッキーな作品に冷淡であるような気がする。
十二人の手紙 Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙より
4120008045
No.25
(4pt)

直木賞受賞作はこれくらいのレベルが欲しい 

連作書簡体小説とでも言うべきか、12人の、どちらかといえば貧しい、あるいは不幸な人々の手紙だけで構成された作で、最後にそのうち何人かの人生が交錯する。近ごろの直木賞受賞作などよりよほど面白い、といっては、それはこれを書いた時の井上は直木賞作家だったのだから当然ともいえようが、直木賞受賞作はせめてこれくらいのレベルのものを望みたい。概して直木賞は、こうしたトリッキーな作品に冷淡であるような気がする。
十二人の手紙 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (中公文庫)より
4122051037
No.24
(4pt)

直木賞受賞作はこれくらいのレベルが欲しい 

連作書簡体小説とでも言うべきか、12人の、どちらかといえば貧しい、あるいは不幸な人々の手紙だけで構成された作で、最後にそのうち何人かの人生が交錯する。近ごろの直木賞受賞作などよりよほど面白い、といっては、それはこれを書いた時の井上は直木賞作家だったのだから当然ともいえようが、直木賞受賞作はせめてこれくらいのレベルのものを望みたい。概して直木賞は、こうしたトリッキーな作品に冷淡であるような気がする。
十二人の手紙 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (中公文庫)より
4122007216
No.23
(5pt)

井上さんの祈り

この本を読んだ当時は、解説者が言うような、井上さんの祈りをこの作品から読み取ることが出来なかった。社会人になったいまの私には、井上さんの祈りが察せられるようになった。
 私にとって最も興味深かったのは、公平に報酬を得る、とはどういうことなのか、井上さんがこの作品の中で問おうとしていたことだ。私は発達障害、という目には見えない障害を抱えている(と私は、推測している)。その私にとって、井上さんのこの試みは、福音のように思われた。事実、井上さんのこの試みは、『聖書』よりの引用ではないだろうか。朝から晩まで働いた人も、昼から晩まで働いた人も、みんな、同じ額の報酬を受け取れる。『聖書』の中には、だいたい、そんなたとえ話が登場していたはずだ。なぜ、みんな、同じ報酬を得られるのか? 朝から晩まで働いた人は、もともと、それだけの能力があった。昼から晩まで働いた人は、精一杯の力を出し切っても、それだけの能力しかなかった。いずれの人も、精一杯力を出し切った、それで十分なのだ。私は、確かに仕事が出来ない。「小学生だって、もっと、ましに出来るのに」と陰口たたかれるのを聞いたこともある。実際、私には、それが精一杯なのだ。
 そのほか、私の印象に残ったのは、〈慈善〉の行為のつもりが〈偽善〉の行為になってしまうことが、この世にはままあることを、井上さんが示唆していたことだ。〈慈善〉を施そうとする相手の状況をよくわきまえない限り、相手を正しく知ろうとする努力をしない限り、そのような事象はまま起こってしまう。だからこそ、太宰の言うように、教養が必要なのだと私は思う、ハニカミを知ること、神を畏れること、それが大事なのだ。私は不幸にして、厄介な障害を持って生まれた。また、私は学生の頃、不勉強だった。それが、いけなかった。若い皆さん、ぜひ、熱心に勉強ください。井上さんや太宰のように、私も、万民の幸福を祈っている。
十二人の手紙 (1980年) (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (1980年) (中公文庫)より
B000J899LE
No.22
(5pt)

井上さんの祈り

この本を読んだ当時は、解説者が言うような、井上さんの祈りをこの作品から読み取ることが出来なかった。社会人になったいまの私には、井上さんの祈りが察せられるようになった。
 私にとって最も興味深かったのは、公平に報酬を得る、とはどういうことなのか、井上さんがこの作品の中で問おうとしていたことだ。私は発達障害、という目には見えない障害を抱えている(と私は、推測している)。その私にとって、井上さんのこの試みは、福音のように思われた。事実、井上さんのこの試みは、『聖書』よりの引用ではないだろうか。朝から晩まで働いた人も、昼から晩まで働いた人も、みんな、同じ額の報酬を受け取れる。『聖書』の中には、だいたい、そんなたとえ話が登場していたはずだ。なぜ、みんな、同じ報酬を得られるのか? 朝から晩まで働いた人は、もともと、それだけの能力があった。昼から晩まで働いた人は、精一杯の力を出し切っても、それだけの能力しかなかった。いずれの人も、精一杯力を出し切った、それで十分なのだ。私は、確かに仕事が出来ない。「小学生だって、もっと、ましに出来るのに」と陰口たたかれるのを聞いたこともある。実際、私には、それが精一杯なのだ。
 そのほか、私の印象に残ったのは、〈慈善〉の行為のつもりが〈偽善〉の行為になってしまうことが、この世にはままあることを、井上さんが示唆していたことだ。〈慈善〉を施そうとする相手の状況をよくわきまえない限り、相手を正しく知ろうとする努力をしない限り、そのような事象はまま起こってしまう。だからこそ、太宰の言うように、教養が必要なのだと私は思う、ハニカミを知ること、神を畏れること、それが大事なのだ。私は不幸にして、厄介な障害を持って生まれた。また、私は学生の頃、不勉強だった。それが、いけなかった。若い皆さん、ぜひ、熱心に勉強ください。井上さんや太宰のように、私も、万民の幸福を祈っている。
十二人の手紙 (1978年) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (1978年)より
B000J8OJFK
No.21
(5pt)

井上さんの祈り

この本を読んだ当時は、解説者が言うような、井上さんの祈りをこの作品から読み取ることが出来なかった。社会人になったいまの私には、井上さんの祈りが察せられるようになった。
 私にとって最も興味深かったのは、公平に報酬を得る、とはどういうことなのか、井上さんがこの作品の中で問おうとしていたことだ。私は発達障害、という目には見えない障害を抱えている(と私は、推測している)。その私にとって、井上さんのこの試みは、福音のように思われた。事実、井上さんのこの試みは、『聖書』よりの引用ではないだろうか。朝から晩まで働いた人も、昼から晩まで働いた人も、みんな、同じ額の報酬を受け取れる。『聖書』の中には、だいたい、そんなたとえ話が登場していたはずだ。なぜ、みんな、同じ報酬を得られるのか? 朝から晩まで働いた人は、もともと、それだけの能力があった。昼から晩まで働いた人は、精一杯の力を出し切っても、それだけの能力しかなかった。いずれの人も、精一杯力を出し切った、それで十分なのだ。私は、確かに仕事が出来ない。「小学生だって、もっと、ましに出来るのに」と陰口たたかれるのを聞いたこともある。実際、私には、それが精一杯なのだ。
 そのほか、私の印象に残ったのは、〈慈善〉の行為のつもりが〈偽善〉の行為になってしまうことが、この世にはままあることを、井上さんが示唆していたことだ。〈慈善〉を施そうとする相手の状況をよくわきまえない限り、相手を正しく知ろうとする努力をしない限り、そのような事象はまま起こってしまう。だからこそ、太宰の言うように、教養が必要なのだと私は思う、ハニカミを知ること、神を畏れること、それが大事なのだ。私は不幸にして、厄介な障害を持って生まれた。また、私は学生の頃、不勉強だった。それが、いけなかった。若い皆さん、ぜひ、熱心に勉強ください。井上さんや太宰のように、私も、万民の幸福を祈っている。
十二人の手紙 Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙より
4120008045
No.20
(5pt)

井上さんの祈り

この本を読んだ当時は、解説者が言うような、井上さんの祈りをこの作品から読み取ることが出来なかった。社会人になったいまの私には、井上さんの祈りが察せられるようになった。
 私にとって最も興味深かったのは、公平に報酬を得る、とはどういうことなのか、井上さんがこの作品の中で問おうとしていたことだ。私は発達障害、という目には見えない障害を抱えている(と私は、推測している)。その私にとって、井上さんのこの試みは、福音のように思われた。事実、井上さんのこの試みは、『聖書』よりの引用ではないだろうか。朝から晩まで働いた人も、昼から晩まで働いた人も、みんな、同じ額の報酬を受け取れる。『聖書』の中には、だいたい、そんなたとえ話が登場していたはずだ。なぜ、みんな、同じ報酬を得られるのか? 朝から晩まで働いた人は、もともと、それだけの能力があった。昼から晩まで働いた人は、精一杯の力を出し切っても、それだけの能力しかなかった。いずれの人も、精一杯力を出し切った、それで十分なのだ。私は、確かに仕事が出来ない。「小学生だって、もっと、ましに出来るのに」と陰口たたかれるのを聞いたこともある。実際、私には、それが精一杯なのだ。
 そのほか、私の印象に残ったのは、〈慈善〉の行為のつもりが〈偽善〉の行為になってしまうことが、この世にはままあることを、井上さんが示唆していたことだ。〈慈善〉を施そうとする相手の状況をよくわきまえない限り、相手を正しく知ろうとする努力をしない限り、そのような事象はまま起こってしまう。だからこそ、太宰の言うように、教養が必要なのだと私は思う、ハニカミを知ること、神を畏れること、それが大事なのだ。私は不幸にして、厄介な障害を持って生まれた。また、私は学生の頃、不勉強だった。それが、いけなかった。若い皆さん、ぜひ、熱心に勉強ください。井上さんや太宰のように、私も、万民の幸福を祈っている。
十二人の手紙 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (中公文庫)より
4122051037
No.19
(5pt)

井上さんの祈り

この本を読んだ当時は、解説者が言うような、井上さんの祈りをこの作品から読み取ることが出来なかった。社会人になったいまの私には、井上さんの祈りが察せられるようになった。
 私にとって最も興味深かったのは、公平に報酬を得る、とはどういうことなのか、井上さんがこの作品の中で問おうとしていたことだ。私は発達障害、という目には見えない障害を抱えている(と私は、推測している)。その私にとって、井上さんのこの試みは、福音のように思われた。事実、井上さんのこの試みは、『聖書』よりの引用ではないだろうか。朝から晩まで働いた人も、昼から晩まで働いた人も、みんな、同じ額の報酬を受け取れる。『聖書』の中には、だいたい、そんなたとえ話が登場していたはずだ。なぜ、みんな、同じ報酬を得られるのか? 朝から晩まで働いた人は、もともと、それだけの能力があった。昼から晩まで働いた人は、精一杯の力を出し切っても、それだけの能力しかなかった。いずれの人も、精一杯力を出し切った、それで十分なのだ。私は、確かに仕事が出来ない。「小学生だって、もっと、ましに出来るのに」と陰口たたかれるのを聞いたこともある。実際、私には、それが精一杯なのだ。
 そのほか、私の印象に残ったのは、〈慈善〉の行為のつもりが〈偽善〉の行為になってしまうことが、この世にはままあることを、井上さんが示唆していたことだ。〈慈善〉を施そうとする相手の状況をよくわきまえない限り、相手を正しく知ろうとする努力をしない限り、そのような事象はまま起こってしまう。だからこそ、太宰の言うように、教養が必要なのだと私は思う、ハニカミを知ること、神を畏れること、それが大事なのだ。私は不幸にして、厄介な障害を持って生まれた。また、私は学生の頃、不勉強だった。それが、いけなかった。若い皆さん、ぜひ、熱心に勉強ください。井上さんや太宰のように、私も、万民の幸福を祈っている。
十二人の手紙 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (中公文庫)より
4122007216
No.18
(5pt)

手紙形式の人生の悲哀

手紙形式の短編集であるが、それぞれが、手紙独特の味わいを、十二分に醸し出す。

多くは人生の悲哀を描き、また数作は、どんでん返しのある意外性のある作品となっている。

ただ、どれも、人生の重みを強く感じる内容だ。

この作品が発刊されたのは1980年。

当時は、長文の手紙は日常的で、意思疎通の重要な手段だった。

ところが、今は手紙が書かれる事が少なくなり、メールが幅をきかせている。

もしこれが、絵文字満載のメールだと、軽薄だろうな、と想像したりする。

この事を考えると、手紙形式の本書は、一種の形式美を感じる。

「赤い手」に至っては、出生届、死亡届などの、公的文書ばかりから成っている。

内容は、手紙形式故に、読者の心を深くえぐる。

なぜなら、綺麗事では済まない、人生の悲哀を、ストレートに描いている。

いつまでも色褪せる事のない名作だ。
十二人の手紙 (1980年) (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (1980年) (中公文庫)より
B000J899LE
No.17
(5pt)

手紙形式の人生の悲哀

手紙形式の短編集であるが、それぞれが、手紙独特の味わいを、十二分に醸し出す。

多くは人生の悲哀を描き、また数作は、どんでん返しのある意外性のある作品となっている。

ただ、どれも、人生の重みを強く感じる内容だ。

この作品が発刊されたのは1980年。

当時は、長文の手紙は日常的で、意思疎通の重要な手段だった。

ところが、今は手紙が書かれる事が少なくなり、メールが幅をきかせている。

もしこれが、絵文字満載のメールだと、軽薄だろうな、と想像したりする。

この事を考えると、手紙形式の本書は、一種の形式美を感じる。

「赤い手」に至っては、出生届、死亡届などの、公的文書ばかりから成っている。

内容は、手紙形式故に、読者の心を深くえぐる。

なぜなら、綺麗事では済まない、人生の悲哀を、ストレートに描いている。

いつまでも色褪せる事のない名作だ。
十二人の手紙 (1978年) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (1978年)より
B000J8OJFK
No.16
(5pt)

手紙形式の人生の悲哀

手紙形式の短編集であるが、それぞれが、手紙独特の味わいを、十二分に醸し出す。

多くは人生の悲哀を描き、また数作は、どんでん返しのある意外性のある作品となっている。

ただ、どれも、人生の重みを強く感じる内容だ。

この作品が発刊されたのは1980年。

当時は、長文の手紙は日常的で、意思疎通の重要な手段だった。

ところが、今は手紙が書かれる事が少なくなり、メールが幅をきかせている。

もしこれが、絵文字満載のメールだと、軽薄だろうな、と想像したりする。

この事を考えると、手紙形式の本書は、一種の形式美を感じる。

「赤い手」に至っては、出生届、死亡届などの、公的文書ばかりから成っている。

内容は、手紙形式故に、読者の心を深くえぐる。

なぜなら、綺麗事では済まない、人生の悲哀を、ストレートに描いている。

いつまでも色褪せる事のない名作だ。
十二人の手紙 Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙より
4120008045
No.15
(5pt)

手紙形式の人生の悲哀

手紙形式の短編集であるが、それぞれが、手紙独特の味わいを、十二分に醸し出す。

多くは人生の悲哀を描き、また数作は、どんでん返しのある意外性のある作品となっている。

ただ、どれも、人生の重みを強く感じる内容だ。

この作品が発刊されたのは1980年。

当時は、長文の手紙は日常的で、意思疎通の重要な手段だった。

ところが、今は手紙が書かれる事が少なくなり、メールが幅をきかせている。

もしこれが、絵文字満載のメールだと、軽薄だろうな、と想像したりする。

この事を考えると、手紙形式の本書は、一種の形式美を感じる。

「赤い手」に至っては、出生届、死亡届などの、公的文書ばかりから成っている。

内容は、手紙形式故に、読者の心を深くえぐる。

なぜなら、綺麗事では済まない、人生の悲哀を、ストレートに描いている。

いつまでも色褪せる事のない名作だ。
十二人の手紙 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (中公文庫)より
4122051037
No.14
(5pt)

手紙形式の人生の悲哀

手紙形式の短編集であるが、それぞれが、手紙独特の味わいを、十二分に醸し出す。

多くは人生の悲哀を描き、また数作は、どんでん返しのある意外性のある作品となっている。

ただ、どれも、人生の重みを強く感じる内容だ。

この作品が発刊されたのは1980年。

当時は、長文の手紙は日常的で、意思疎通の重要な手段だった。

ところが、今は手紙が書かれる事が少なくなり、メールが幅をきかせている。

もしこれが、絵文字満載のメールだと、軽薄だろうな、と想像したりする。

この事を考えると、手紙形式の本書は、一種の形式美を感じる。

「赤い手」に至っては、出生届、死亡届などの、公的文書ばかりから成っている。

内容は、手紙形式故に、読者の心を深くえぐる。

なぜなら、綺麗事では済まない、人生の悲哀を、ストレートに描いている。

いつまでも色褪せる事のない名作だ。
十二人の手紙 (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (中公文庫)より
4122007216
No.13
(4pt)

ただの短編集ではない

手紙で構成された短編集。
どの短編にも色々な種類の手紙が出てきます。
中には出生届・婚姻届・死亡届・・etc.など、
ほぼ役所の書類だけで構成されている短編もあります。
この短編を読んだときには、書類を並べるだけでも
人間の人生を描けるんだなと妙に感心しました。
そしてただの短編集と違い、井上さんはある仕掛けを設けています。
これは読んでからのお楽しみですね。
もう少し有名になっても良い作品だと個人的に思います。
十二人の手紙 (1980年) (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (1980年) (中公文庫)より
B000J899LE
No.12
(4pt)

ただの短編集ではない

手紙で構成された短編集。
どの短編にも色々な種類の手紙が出てきます。
中には出生届・婚姻届・死亡届・・etc.など、
ほぼ役所の書類だけで構成されている短編もあります。
この短編を読んだときには、書類を並べるだけでも
人間の人生を描けるんだなと妙に感心しました。
そしてただの短編集と違い、井上さんはある仕掛けを設けています。
これは読んでからのお楽しみですね。
もう少し有名になっても良い作品だと個人的に思います。
十二人の手紙 (1978年) Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙 (1978年)より
B000J8OJFK
No.11
(4pt)

ただの短編集ではない

手紙で構成された短編集。
どの短編にも色々な種類の手紙が出てきます。
中には出生届・婚姻届・死亡届・・etc.など、
ほぼ役所の書類だけで構成されている短編もあります。
この短編を読んだときには、書類を並べるだけでも
人間の人生を描けるんだなと妙に感心しました。そしてただの短編集と違い、井上さんはある仕掛けを設けています。これは読んでからのお楽しみですね。
もう少し有名になっても良い作品だと個人的に思います。
十二人の手紙 Amazon書評・レビュー: 十二人の手紙より
4120008045