博士の愛した数式

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評判

博士の愛した数式の評価:

4.32/5点 レビュー 849件。 A ランク

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平均点4.32pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,769件 241〜260 13/89ページ
No.1529
(3pt)

ゆったりと時間が過ぎる優しい物語

月並みな表現となるが心暖まる物語。時間がゆっくり進む。主な登場人物は終始一貫し3人。然したる事件もない。然したる人間の衝突もない。非凡な人物設定とそれに紐付く数学のウンチクがスパイス。ゆったりとした人の優しさ、無償の愛と、またそれを設定により無に帰す儚さと切なさ、それらを絶妙なバランスで紡ぎ出す。
私のように推理小説や時代小説ばかり読んでる人間からすると、途中で退屈になるかもしれない。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1528
(3pt)

ゆったりと時間が過ぎる優しい物語

月並みな表現となるが心暖まる物語。時間がゆっくり進む。主な登場人物は終始一貫し3人。然したる事件もない。然したる人間の衝突もない。非凡な人物設定とそれに紐付く数学のウンチクがスパイス。ゆったりとした人の優しさ、無償の愛と、またそれを設定により無に帰す儚さと切なさ、それらを絶妙なバランスで紡ぎ出す。
私のように推理小説や時代小説ばかり読んでる人間からすると、途中で退屈になるかもしれない。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1527
(5pt)

心がふるえる

私の中で面白い本、面白くない本、感動する本があります。これはダントツで感動する本第一です。これ以上の作品には今のところお目にかかってません。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1526
(5pt)

心がふるえる

私の中で面白い本、面白くない本、感動する本があります。これはダントツで感動する本第一です。これ以上の作品には今のところお目にかかってません。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1525
(5pt)

数学を通しての物語

素敵なお話。数学を通しての会話が楽しい。映画も良いが小説もまた良い。
小説と映画では物語が多少違うのでどちらも楽しめた。個人的には小説の方が好き。
映画は突然の能が余計でした。

数字に意味を持たせる生活・日常が新鮮でした。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1524
(5pt)

数学を通しての物語

素敵なお話。数学を通しての会話が楽しい。映画も良いが小説もまた良い。
小説と映画では物語が多少違うのでどちらも楽しめた。個人的には小説の方が好き。
映画は突然の能が余計でした。

数字に意味を持たせる生活・日常が新鮮でした。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1523
(5pt)

男女の間でも、性愛以外の愛が存在可能なことを信じられるようになりました

数学が苦手な私は、『博士の愛した数式』(小川洋子著、新潮文庫)を長らく敬遠してきたが、ある人から読む価値がある作品だよと薦められ、遂に手にした次第です。

1992年3月、家政婦紹介組合から派遣された家政婦の「私」は、赴いた家の老婦人から、「端的に申せば、記憶が不自由なのです。惚けているのではありません。全体として脳細胞は健全に働いているのですが、ただ、今から17年ほど前、ごく一部に故障が生じて、物事を記憶する能力が失われた、という次第です。交通事故に遭って、頭を打ったのです。義弟の記憶の蓄積は、1975年で終わっております。それ以降、新たな記憶を積み重ねようとしても、すぐに崩れてしまいます。30年前に自分が見つけた定理は覚えていても、昨日食べた夕食のメニューは覚えておりません。簡単に申せば、頭の中に80分のビデオテープが1本しかセットできない状態です。そこに重ね録りしてゆくと、以前の記憶はどんどん消えてゆきます。義弟の記憶は80分しかもちません。きっちり、1時間と20分です」と告げられます。

ここから、私と息子が「博士(はかせ)」と呼ぶ、64歳の数論専門の元大学教師と、一人で子供を育てている30歳前の家政婦の私と、私の10歳の小学生の息子「ルート」との奇妙な日々が始まります。「ルート」というのは、頭のてっぺんが平らだからと、博士が息子に付けた愛称です。「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルート(√)だ」。

健康のために少しは外気に触れた方がいいと考えた私は、嫌がる博士を何とか散髪屋に連れ出します。「白髪が束になって滑り落ち、床に散らばった。散髪屋の主人はその白髪に覆われた頭蓋骨の中身が、1億までに存在する素数の個数を言い当てられることなど、知らないだろう。目の前の奇妙な男が早く帰ってくれないかと待っているソファーの客たちも、誰一人として、私の誕生日と腕時計に隠された(数字の)秘密を知りはしないだろう。そう考えると、なぜか誇らしい気持になった」。

「(その後、訪れた公園の地面に博士が描いた)アルティン予想の難解な数式と、28の約数から連なる足算は、反目することなく一つに溶け合い、私たちを取り囲んでいた。数字の一つ一つがレースの編目となり、それらが組み合わさって精巧な模様を作り出していた。不用意に足を動かし数字を一つでも消してしまうのがもったいなくて、じっと息をひそめていた。今、私たちの足元にだけ、宇宙の秘密が透けて浮かび上がっているかのようだった。神様の手帳が、私たちの足元で開かれているのだった」。

博士から与えられた宿題を息子が投げ出してしまったため、仕方なく私が引き受ける羽目になりました。「最初はただ鬱陶しいだけだったのが、意地が出てきて、やがて思いがけず使命感さえ抱くようになった。この数式に隠された意味を知っている者は限られている。その他大勢の人々は、意味の気配すら感じないで生涯を終える。今、数式から遠く離れた場所にいたはずの一人の家政婦が、運命の気紛れにより、秘密の扉に手を触れようとしている。あけぼの家政婦紹介組合により博士の元へ派遣された時から、既に誰かが放つ一条の光を受け、特別な使命を帯びているのだと、自ら気づきもしないままに・・・」。

「この世で博士が最も愛したのは、素数だった。素数というものが存在するのは私も一応知っていたが、それが愛する対象になるとは考えた試しもなかった。しかしいくら対象が突飛でも、彼の愛し方は正統的だった。相手を慈しみ、無償で尽くし、敬いの心を忘れず、時に愛撫し、時にひざまずきながら、常にそのそばから離れようとしなかった。書斎の仕事机で、あるいは食卓で、私とルートに聞かせてくれた数学の話に、たぶん素数は一番多く登場しただろう」。

「『義弟に友人などおりません。一度だって友人が訪ねてきた例しなどないんです』。『ならば、私とルートが最初の友だちです』」。

「彼(博士)はルートを素数と同じように扱った。素数がすべての自然数を成り立たせる素になっているように、子供を自分たち大人にとって必要不可欠な原子と考えた。自分が今ここに存在できるのは、子供たちのおかげだと信じていた」。

「彼(博士)の心の根底にはいつも、自分はこんな小さな存在でしかないのに・・・という思いが流れていた。数字の前でひざまずくのと変わりなく、私とルートの前でも足を折り、頭を垂れ、目をつぶって両手を合わせた。私たち二人は、差し出した以上のものを受け取っていると、感じることができた」。

本書のおかげで、男女の間でも、性愛以外の愛が存在可能なことを信じられるようになりました(数学を好きになることはできませんでしたが)。本書を薦めてくれた友に感謝しています。

閑話休題、数学が苦手な私は、『博士の愛した数式』(小川洋子著、新潮文庫)を長らく敬遠してきたが、ある人から読む価値がある作品だよと薦められ、遂に手にした次第です。

1992年3月、家政婦紹介組合から派遣された家政婦の「私」は、赴いた家の老婦人から、「端的に申せば、記憶が不自由なのです。惚けているのではありません。全体として脳細胞は健全に働いているのですが、ただ、今から17年ほど前、ごく一部に故障が生じて、物事を記憶する能力が失われた、という次第です。交通事故に遭って、頭を打ったのです。義弟の記憶の蓄積は、1975年で終わっております。それ以降、新たな記憶を積み重ねようとしても、すぐに崩れてしまいます。30年前に自分が見つけた定理は覚えていても、昨日食べた夕食のメニューは覚えておりません。簡単に申せば、頭の中に80分のビデオテープが1本しかセットできない状態です。そこに重ね録りしてゆくと、以前の記憶はどんどん消えてゆきます。義弟の記憶は80分しかもちません。きっちり、1時間と20分です」と告げられます。

ここから、私と息子が「博士(はかせ)」と呼ぶ、64歳の数論専門の元大学教師と、一人で子供を育てている30歳前の家政婦の私と、私の10歳の小学生の息子「ルート」との奇妙な日々が始まります。「ルート」というのは、頭のてっぺんが平らだからと、博士が息子に付けた愛称です。「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルート(√)だ」。

健康のために少しは外気に触れた方がいいと考えた私は、嫌がる博士を何とか散髪屋に連れ出します。「白髪が束になって滑り落ち、床に散らばった。散髪屋の主人はその白髪に覆われた頭蓋骨の中身が、1億までに存在する素数の個数を言い当てられることなど、知らないだろう。目の前の奇妙な男が早く帰ってくれないかと待っているソファーの客たちも、誰一人として、私の誕生日と腕時計に隠された(数字の)秘密を知りはしないだろう。そう考えると、なぜか誇らしい気持になった」。

「(その後、訪れた公園の地面に博士が描いた)アルティン予想の難解な数式と、28の約数から連なる足算は、反目することなく一つに溶け合い、私たちを取り囲んでいた。数字の一つ一つがレースの編目となり、それらが組み合わさって精巧な模様を作り出していた。不用意に足を動かし数字を一つでも消してしまうのがもったいなくて、じっと息をひそめていた。今、私たちの足元にだけ、宇宙の秘密が透けて浮かび上がっているかのようだった。神様の手帳が、私たちの足元で開かれているのだった」。

博士から与えられた宿題を息子が投げ出してしまったため、仕方なく私が引き受ける羽目になりました。「最初はただ鬱陶しいだけだったのが、意地が出てきて、やがて思いがけず使命感さえ抱くようになった。この数式に隠された意味を知っている者は限られている。その他大勢の人々は、意味の気配すら感じないで生涯を終える。今、数式から遠く離れた場所にいたはずの一人の家政婦が、運命の気紛れにより、秘密の扉に手を触れようとしている。あけぼの家政婦紹介組合により博士の元へ派遣された時から、既に誰かが放つ一条の光を受け、特別な使命を帯びているのだと、自ら気づきもしないままに・・・」。

「この世で博士が最も愛したのは、素数だった。素数というものが存在するのは私も一応知っていたが、それが愛する対象になるとは考えた試しもなかった。しかしいくら対象が突飛でも、彼の愛し方は正統的だった。相手を慈しみ、無償で尽くし、敬いの心を忘れず、時に愛撫し、時にひざまずきながら、常にそのそばから離れようとしなかった。書斎の仕事机で、あるいは食卓で、私とルートに聞かせてくれた数学の話に、たぶん素数は一番多く登場しただろう」。

「『義弟に友人などおりません。一度だって友人が訪ねてきた例しなどないんです』。『ならば、私とルートが最初の友だちです』」。

「彼(博士)はルートを素数と同じように扱った。素数がすべての自然数を成り立たせる素になっているように、子供を自分たち大人にとって必要不可欠な原子と考えた。自分が今ここに存在できるのは、子供たちのおかげだと信じていた」。

「彼(博士)の心の根底にはいつも、自分はこんな小さな存在でしかないのに・・・という思いが流れていた。数字の前でひざまずくのと変わりなく、私とルートの前でも足を折り、頭を垂れ、目をつぶって両手を合わせた。私たち二人は、差し出した以上のものを受け取っていると、感じることができた」。

本書のおかげで、男女の間でも、性愛以外の愛が存在可能なことを信じられるようになりました(数学を好きになることはできませんでしたが)。本書を薦めてくれた友に感謝しています。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1522
(5pt)

男女の間でも、性愛以外の愛が存在可能なことを信じられるようになりました

数学が苦手な私は、『博士の愛した数式』(小川洋子著、新潮文庫)を長らく敬遠してきたが、ある人から読む価値がある作品だよと薦められ、遂に手にした次第です。

1992年3月、家政婦紹介組合から派遣された家政婦の「私」は、赴いた家の老婦人から、「端的に申せば、記憶が不自由なのです。惚けているのではありません。全体として脳細胞は健全に働いているのですが、ただ、今から17年ほど前、ごく一部に故障が生じて、物事を記憶する能力が失われた、という次第です。交通事故に遭って、頭を打ったのです。義弟の記憶の蓄積は、1975年で終わっております。それ以降、新たな記憶を積み重ねようとしても、すぐに崩れてしまいます。30年前に自分が見つけた定理は覚えていても、昨日食べた夕食のメニューは覚えておりません。簡単に申せば、頭の中に80分のビデオテープが1本しかセットできない状態です。そこに重ね録りしてゆくと、以前の記憶はどんどん消えてゆきます。義弟の記憶は80分しかもちません。きっちり、1時間と20分です」と告げられます。

ここから、私と息子が「博士(はかせ)」と呼ぶ、64歳の数論専門の元大学教師と、一人で子供を育てている30歳前の家政婦の私と、私の10歳の小学生の息子「ルート」との奇妙な日々が始まります。「ルート」というのは、頭のてっぺんが平らだからと、博士が息子に付けた愛称です。「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルート(√)だ」。

健康のために少しは外気に触れた方がいいと考えた私は、嫌がる博士を何とか散髪屋に連れ出します。「白髪が束になって滑り落ち、床に散らばった。散髪屋の主人はその白髪に覆われた頭蓋骨の中身が、1億までに存在する素数の個数を言い当てられることなど、知らないだろう。目の前の奇妙な男が早く帰ってくれないかと待っているソファーの客たちも、誰一人として、私の誕生日と腕時計に隠された(数字の)秘密を知りはしないだろう。そう考えると、なぜか誇らしい気持になった」。

「(その後、訪れた公園の地面に博士が描いた)アルティン予想の難解な数式と、28の約数から連なる足算は、反目することなく一つに溶け合い、私たちを取り囲んでいた。数字の一つ一つがレースの編目となり、それらが組み合わさって精巧な模様を作り出していた。不用意に足を動かし数字を一つでも消してしまうのがもったいなくて、じっと息をひそめていた。今、私たちの足元にだけ、宇宙の秘密が透けて浮かび上がっているかのようだった。神様の手帳が、私たちの足元で開かれているのだった」。

博士から与えられた宿題を息子が投げ出してしまったため、仕方なく私が引き受ける羽目になりました。「最初はただ鬱陶しいだけだったのが、意地が出てきて、やがて思いがけず使命感さえ抱くようになった。この数式に隠された意味を知っている者は限られている。その他大勢の人々は、意味の気配すら感じないで生涯を終える。今、数式から遠く離れた場所にいたはずの一人の家政婦が、運命の気紛れにより、秘密の扉に手を触れようとしている。あけぼの家政婦紹介組合により博士の元へ派遣された時から、既に誰かが放つ一条の光を受け、特別な使命を帯びているのだと、自ら気づきもしないままに・・・」。

「この世で博士が最も愛したのは、素数だった。素数というものが存在するのは私も一応知っていたが、それが愛する対象になるとは考えた試しもなかった。しかしいくら対象が突飛でも、彼の愛し方は正統的だった。相手を慈しみ、無償で尽くし、敬いの心を忘れず、時に愛撫し、時にひざまずきながら、常にそのそばから離れようとしなかった。書斎の仕事机で、あるいは食卓で、私とルートに聞かせてくれた数学の話に、たぶん素数は一番多く登場しただろう」。

「『義弟に友人などおりません。一度だって友人が訪ねてきた例しなどないんです』。『ならば、私とルートが最初の友だちです』」。

「彼(博士)はルートを素数と同じように扱った。素数がすべての自然数を成り立たせる素になっているように、子供を自分たち大人にとって必要不可欠な原子と考えた。自分が今ここに存在できるのは、子供たちのおかげだと信じていた」。

「彼(博士)の心の根底にはいつも、自分はこんな小さな存在でしかないのに・・・という思いが流れていた。数字の前でひざまずくのと変わりなく、私とルートの前でも足を折り、頭を垂れ、目をつぶって両手を合わせた。私たち二人は、差し出した以上のものを受け取っていると、感じることができた」。

本書のおかげで、男女の間でも、性愛以外の愛が存在可能なことを信じられるようになりました(数学を好きになることはできませんでしたが)。本書を薦めてくれた友に感謝しています。

閑話休題、数学が苦手な私は、『博士の愛した数式』(小川洋子著、新潮文庫)を長らく敬遠してきたが、ある人から読む価値がある作品だよと薦められ、遂に手にした次第です。

1992年3月、家政婦紹介組合から派遣された家政婦の「私」は、赴いた家の老婦人から、「端的に申せば、記憶が不自由なのです。惚けているのではありません。全体として脳細胞は健全に働いているのですが、ただ、今から17年ほど前、ごく一部に故障が生じて、物事を記憶する能力が失われた、という次第です。交通事故に遭って、頭を打ったのです。義弟の記憶の蓄積は、1975年で終わっております。それ以降、新たな記憶を積み重ねようとしても、すぐに崩れてしまいます。30年前に自分が見つけた定理は覚えていても、昨日食べた夕食のメニューは覚えておりません。簡単に申せば、頭の中に80分のビデオテープが1本しかセットできない状態です。そこに重ね録りしてゆくと、以前の記憶はどんどん消えてゆきます。義弟の記憶は80分しかもちません。きっちり、1時間と20分です」と告げられます。

ここから、私と息子が「博士(はかせ)」と呼ぶ、64歳の数論専門の元大学教師と、一人で子供を育てている30歳前の家政婦の私と、私の10歳の小学生の息子「ルート」との奇妙な日々が始まります。「ルート」というのは、頭のてっぺんが平らだからと、博士が息子に付けた愛称です。「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルート(√)だ」。

健康のために少しは外気に触れた方がいいと考えた私は、嫌がる博士を何とか散髪屋に連れ出します。「白髪が束になって滑り落ち、床に散らばった。散髪屋の主人はその白髪に覆われた頭蓋骨の中身が、1億までに存在する素数の個数を言い当てられることなど、知らないだろう。目の前の奇妙な男が早く帰ってくれないかと待っているソファーの客たちも、誰一人として、私の誕生日と腕時計に隠された(数字の)秘密を知りはしないだろう。そう考えると、なぜか誇らしい気持になった」。

「(その後、訪れた公園の地面に博士が描いた)アルティン予想の難解な数式と、28の約数から連なる足算は、反目することなく一つに溶け合い、私たちを取り囲んでいた。数字の一つ一つがレースの編目となり、それらが組み合わさって精巧な模様を作り出していた。不用意に足を動かし数字を一つでも消してしまうのがもったいなくて、じっと息をひそめていた。今、私たちの足元にだけ、宇宙の秘密が透けて浮かび上がっているかのようだった。神様の手帳が、私たちの足元で開かれているのだった」。

博士から与えられた宿題を息子が投げ出してしまったため、仕方なく私が引き受ける羽目になりました。「最初はただ鬱陶しいだけだったのが、意地が出てきて、やがて思いがけず使命感さえ抱くようになった。この数式に隠された意味を知っている者は限られている。その他大勢の人々は、意味の気配すら感じないで生涯を終える。今、数式から遠く離れた場所にいたはずの一人の家政婦が、運命の気紛れにより、秘密の扉に手を触れようとしている。あけぼの家政婦紹介組合により博士の元へ派遣された時から、既に誰かが放つ一条の光を受け、特別な使命を帯びているのだと、自ら気づきもしないままに・・・」。

「この世で博士が最も愛したのは、素数だった。素数というものが存在するのは私も一応知っていたが、それが愛する対象になるとは考えた試しもなかった。しかしいくら対象が突飛でも、彼の愛し方は正統的だった。相手を慈しみ、無償で尽くし、敬いの心を忘れず、時に愛撫し、時にひざまずきながら、常にそのそばから離れようとしなかった。書斎の仕事机で、あるいは食卓で、私とルートに聞かせてくれた数学の話に、たぶん素数は一番多く登場しただろう」。

「『義弟に友人などおりません。一度だって友人が訪ねてきた例しなどないんです』。『ならば、私とルートが最初の友だちです』」。

「彼(博士)はルートを素数と同じように扱った。素数がすべての自然数を成り立たせる素になっているように、子供を自分たち大人にとって必要不可欠な原子と考えた。自分が今ここに存在できるのは、子供たちのおかげだと信じていた」。

「彼(博士)の心の根底にはいつも、自分はこんな小さな存在でしかないのに・・・という思いが流れていた。数字の前でひざまずくのと変わりなく、私とルートの前でも足を折り、頭を垂れ、目をつぶって両手を合わせた。私たち二人は、差し出した以上のものを受け取っていると、感じることができた」。

本書のおかげで、男女の間でも、性愛以外の愛が存在可能なことを信じられるようになりました(数学を好きになることはできませんでしたが)。本書を薦めてくれた友に感謝しています。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1521
(4pt)

静かで素敵な話

数学が分からなくても好きじゃなくても、3人の素敵な関係との対比だけで充分に博士にとっての数学の素晴らしさが伝わる、不思議な物語でした。特にルートは素敵な大人になったのだろうなと想像して、また微笑んでしまう、そんな本でした。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1520
(4pt)

静かで素敵な話

数学が分からなくても好きじゃなくても、3人の素敵な関係との対比だけで充分に博士にとっての数学の素晴らしさが伝わる、不思議な物語でした。特にルートは素敵な大人になったのだろうなと想像して、また微笑んでしまう、そんな本でした。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1519
(4pt)

文系人間の私文系人間の私が初めて触れた「美しい数学」

文系人間だったので数学とは無縁でした。数学がこんなにも不思議な力、美しさを持っているとは思ってもいませんでした。

 本文で胸に響いたのは「友愛数」。「私」の誕生日2月20日を数字にすると220。そして博士の腕時計の裏には「学長賞 No.284」と刻まれています。この「220」と「284」が「友愛数」。220の約数の和が、280、280の約数の和が200となり滅多に存在しない組み合わせの数字ということです。数学の世界にこんなに美しく奇跡的な数字のカップルがあるなんて知りませんでした。
 私も何か大切な人とつながる数字を探してしまいそうです。

オススメの方
1.純文学が好き。
2.ゆったりカフェで読む本を探している方。
3.数学に苦手意識のある方。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1518
(4pt)

文系人間の私文系人間の私が初めて触れた「美しい数学」

文系人間だったので数学とは無縁でした。数学がこんなにも不思議な力、美しさを持っているとは思ってもいませんでした。

 本文で胸に響いたのは「友愛数」。「私」の誕生日2月20日を数字にすると220。そして博士の腕時計の裏には「学長賞 No.284」と刻まれています。この「220」と「284」が「友愛数」。220の約数の和が、280、280の約数の和が200となり滅多に存在しない組み合わせの数字ということです。数学の世界にこんなに美しく奇跡的な数字のカップルがあるなんて知りませんでした。
 私も何か大切な人とつながる数字を探してしまいそうです。

オススメの方
1.純文学が好き。
2.ゆったりカフェで読む本を探している方。
3.数学に苦手意識のある方。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1517
(3pt)

リラックスしたい時に

博士と家政婦と息子の三人が過ごす日常を描いた作品。
登場人物それぞれに興味深い経歴や行動がありますが、特段深堀りされずに終わってしまったのが残念でした。
数式が沢山出てきますが、本の内容としては難しい物語ではないので、リラックスしたい時などに読むといいと思います。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1516
(3pt)

リラックスしたい時に

博士と家政婦と息子の三人が過ごす日常を描いた作品。
登場人物それぞれに興味深い経歴や行動がありますが、特段深堀りされずに終わってしまったのが残念でした。
数式が沢山出てきますが、本の内容としては難しい物語ではないので、リラックスしたい時などに読むといいと思います。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1515
(5pt)

心が温かくなります。

家政婦さんの優しい目で見た博士の様子、数式の不思議、素数の不思議、高校生のころの数学の時間を思い出しました。夫も阪神ファンでした。多くの友人に勧めたり、送ったりしました。忘れられない一冊です。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1514
(5pt)

心が温かくなります。

家政婦さんの優しい目で見た博士の様子、数式の不思議、素数の不思議、高校生のころの数学の時間を思い出しました。夫も阪神ファンでした。多くの友人に勧めたり、送ったりしました。忘れられない一冊です。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1513
(5pt)

映画見てからもう一度読みたい。

たんたんと進む中で、家政婦と野球と数学がうまく絡み合ってじわじわ~~っときます。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1512
(5pt)

映画見てからもう一度読みたい。

たんたんと進む中で、家政婦と野球と数学がうまく絡み合ってじわじわ~~っときます。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X
No.1511
(5pt)

心に温かみをおぼえる良作。。。

以前に飛行機内で映画のほうを、ぽーっとみました。
それで、なあんとなく、ほのぼのとしたイメージがありましたが、今回これがお気に入りという友人からいただいて、今度は「ちゃんと」原作を読む好機となりました。

温かいです。
不自由な「病人」で、かわりものでもある博士と、世間的には決して幸福とも豊かともいえない母子の、不思議さに満ちた、しかしあたたかみのある交流。
博士は世間一般の常識からみれば、もはや廃人に近い存在なのかもしれない。
しかし彼は母子に人間味をみせ、いろいろな驚きと、そしてひとと交流することの喜びさえ、教える。母子の人生を変えて、救うことにもなるといえるような、かけがえのない存在となるのだ。

かれらを、人間を、作者の温かい視線がくるみこむ。
その温かみに、こちらまで、人間的なぬくもりを感じて、ほっとした気分になる。。。

良作、とおもいます。こころが疲れ切ったようなかたが、ゆっくり読まれると、きっと、癒されるとおもいます。数学苦手な自分でも、そうでしたから。作者やこれをくださった旧友や、そして「博士とこの母子」にも感謝を込めて、星5つをつけさせていただきたいとおもいます。
博士の愛した数式 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式 (新潮文庫)より
4101215235
No.1510
(5pt)

心に温かみをおぼえる良作。。。

以前に飛行機内で映画のほうを、ぽーっとみました。
それで、なあんとなく、ほのぼのとしたイメージがありましたが、今回これがお気に入りという友人からいただいて、今度は「ちゃんと」原作を読む好機となりました。

温かいです。
不自由な「病人」で、かわりものでもある博士と、世間的には決して幸福とも豊かともいえない母子の、不思議さに満ちた、しかしあたたかみのある交流。
博士は世間一般の常識からみれば、もはや廃人に近い存在なのかもしれない。
しかし彼は母子に人間味をみせ、いろいろな驚きと、そしてひとと交流することの喜びさえ、教える。母子の人生を変えて、救うことにもなるといえるような、かけがえのない存在となるのだ。

かれらを、人間を、作者の温かい視線がくるみこむ。
その温かみに、こちらまで、人間的なぬくもりを感じて、ほっとした気分になる。。。

良作、とおもいます。こころが疲れ切ったようなかたが、ゆっくり読まれると、きっと、癒されるとおもいます。数学苦手な自分でも、そうでしたから。作者やこれをくださった旧友や、そして「博士とこの母子」にも感謝を込めて、星5つをつけさせていただきたいとおもいます。
博士の愛した数式 Amazon書評・レビュー: 博士の愛した数式より
410401303X