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ダーク・ムーン



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ダーク・ムーンの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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No.1:
(7pt)
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わかっちゃいるけどやめられない、のか?

今回の舞台はカナダ、ヴァンクーヴァ―。この日本人にとってはあまり馴染みのない街が中国人の華僑によってチャイナタウンが形成され、なんと全人口の25%以上を中国系移民が占める街にまでなっているとは知らなかった。今や世界各国に蔓延る中国社会の根強さを思い知らされるエピソードである。

そんな街に香港黒社会の大物李煬明の娘がミッシェルという名のジゴロに夢中になり、行方をくらましてしまう。片やヴァンクーヴァ―では中国系マフィアが所持する麻薬が悉く何者かに強奪されている事件が起きている。
物語はこの2つの事件を主軸にしてそこに目がけて一癖も二癖もある野郎どもが集結していく。

1人は呉達龍。街のごろつきどもを痛めつけて金をせしめるヴァンクーヴァ―市警の悪徳警官。また彼は次期下院議員を目指す建設会社社長鄭奎の手先として彼の邪魔をする者を陰ながら排除してきた。彼には香港にいる家族をヴァンクーヴァ―に引き纏めるために金を稼ぐ目的があった。

もう1人目は富永脩。元新宿署の防犯係の刑事であったがやくざの女に手を出し、日本にいられなくなったところを李煬明に拾われた警官崩れの男。彼は李の命令で彼の娘を捜し、駆け落ちの相手を始末するためにヴァンクーヴァ―へ降り立つ。

最後の1人はハロルド・加藤。大手貿易会社の社長の息子でありながらブリティッシュ・コロンビア州連合捜査局、通称CLEUの捜査官を務める。彼の許嫁の父親が鄭奎のライヴァルのジェイムズ・ヘイワースで上司命令で鄭奎のスキャンダルを探る任を授かる。

そして彼ら3人が取り巻く渦の中心にいるのが李少芳とミッシェル。
李少芳は行方不明になった香港黒社会の大物、李煬明の娘。ミッシェルはケベックから来たと云われるヴェトナム系マフィアを率いて一連の麻薬強奪に関与していると睨まれている謎めいた男。
2人を探す富永と加藤、そしてそこに呉が絡む。

富永は呉が香港にいた頃、辛酸を嘗めさせられ、恨みを持つ。
加藤は呉が彼の婚約者の父の政敵鄭奎の子飼の悪徳警官である証拠を掴もうとし、呉はその証拠を掴まれる前に加藤を殺そうと目論む。
さらに呉は香港に残した子供らを誘拐した富永に憎悪を抱くという、いわば呉対加藤&富永タッグの1対2の構図を見せる。

しかしやはり馳作品。そんな単純な構図のままでは終わらない。
加藤と富永も組みながらもそれぞれを嫌悪し、いつか寝首をかいてやろうと狙っている。
敵が味方に、味方が敵に、そしていずれもが敵に、と目まぐるしく変わる状況で立場が入れ替わる。

そして悪人ではなく、恵まれた家庭に育ちながらも警察官となったハロルド加藤もまた修羅道に堕ちていく。気付かなかった自分の隠れた性癖―同性愛―を嫌悪しながらその誘惑に抗えない加藤が男娼に迫られ、前後不覚に陥り、人を殺めてしまう。

本書の特徴と云えばこのハロルド加藤の存在だろうか。今までの馳作品は道を外れた者が現状に不満を持ち、いつか大金を手にして「ここではないどこか」へ逃げようと考えていたり、もしくは底辺で蠢くチンピラがのし上がろうとする登場人物ばかりだったが、ハロルド加藤は一代で財を成した貿易会社社長の息子で成績優秀な捜査官。しかも婚約者は次期下院議員候補の娘と、今後の将来も約束されたような男だ。
そんな男が自身の心の闇に抗えず、堕ちていくところが今までの作品にはない設定だ。

そして物語は3人の上にいる人物たち、すなわち呉達龍のボス鄭奎、ハロルド加藤の父親加藤明、富永脩のボス李煬明ら3人の過去の関係へと焦点が移り、それが今回の事件に昏い翳を落としていることが発覚する。

またしても血の物語だ。全く関係のないと思われた3人が過去の因果で繋がる。この血の繋がりによって縛られる因果、過去の呪縛ともいうべきテーマは馳文学では大きなモチーフになっている。

さらに一貫したテーマとして作中呉や富永が独りごちる、誰もが清廉潔白ではない、誰もが秘密を持っており、それを必死に隠して生きている、という台詞に集約されている。
そのせいか見事なまでにまともな人間が1人として出てこない。
かと云って人間臭いといった感じではなく、陰湿な雰囲気が常に漂う。みながタブーを犯して生きている、そんな感じだ。

上下巻1,040ページ弱の作品でそれぞれの因果や鬱屈が呪詛のように繰り返され、彼らの行く末が存分に書き込まれた作品だが、やはり私にはどうも合わなかったようだ。

平たく云うと理解が出来ないのだ。
お互いが他を出し抜いてのし上がり、手にした大金の前で、なぜか身の破滅を願う自分がいる。この感覚が理解できない。
彼らが辿り着くのはいつ追手に見つかって殺されるか、びくびくするだけの日々からの解放。その気持ちは解るが、なぜか彼らは自らを危機に陥れる愚行を犯す。まるで敢えて罠に嵌っていこうとするかのように。これが理解しがたい。
本作の終盤で繰り言のように頻出するのは“とち狂っている”という言葉。みんなが正気ではなく、とち狂っている。だからこそこんな道に陥るのだ。
書いてしまえば簡単だが、それゆえそんな理由で?といった浅さを感じてしまう。

今まで新宿、渋谷、台湾、釧路、ヴァンクーヴァ―と舞台を変えてノワールを展開してきた馳氏だが、結局舞台を変えても物語、雰囲気は同じという感は否めない。それはやはりどこを舞台にしても中国系マフィアが登場するからだ。
厳密に云えば渋谷を舞台にした『虚の王』や釧路を舞台にした『雪月夜』などは中国系マフィアが出てこないが、いずれの作品も強大な影響力を持つ人物が現れ、それに惑わされて堕ちていく物語だ。
特に中国系マフィアの横行を描く物語はもう読み飽きてしまった。新たな機軸を打ち出す作品を読みたいものだ。

Tetchy
WHOKS60S

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