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(短編集)

骸骨乗組員: スケルトン・クルー1



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骸骨乗組員: スケルトン・クルー1の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

当時の不透明な世相が色濃く表れているかのよう。

本書はキングが1985年に発表した短編集。しかし例によってその分量が多いため、3分冊で日本では刊行された。本書はその第1冊目に当たる。そしてこの奇妙な題名はこの短編集を総じて表されたもので、この題名の作品があるわけではない。序文にあるようにキングが案内人となり、死に纏わる話を見せる旅に出る読者そのものを指しているように解釈できる。

まずその口火を切る「握手をしない男」はなんと『恐怖の四季』シリーズで最後を飾った「マンハッタンの奇譚クラブ」で登場した紳士クラブが舞台。しかもその時の鮮烈な妊婦の話があった後の話だ。但し前者ではマキャロンとなっていた語り手の名はマッカロンと表記されてはいるが。
握手を徹底的に拒む男。なんと魅力的な謎だろう。握手どころか他人と触れることすら拒む男。重度の潔癖症のように思えるこの不思議な男に隠された謎がまた実にキングらしい奇想に満ちている。
今回も実に不思議なお話だった。前作同様、今回も冬の夜に語られる物語。不思議な、そしてどこか忘れ難い物語を語り、聞くには寒い日の煖炉の前がよく似合う。
そしてこの紳士クラブを取り仕切るスティーブンスもまた時空を超えた存在であることを仄めかす終わり方が味わい深い。名前からして作者の分身を指しているのではないだろうか。
このマンハッタンの紳士クラブの奇譚、シリーズとして1冊に纏めてくれるといいのだが。

続く「ウェディング・ギグ」は1927年のイリノイ州はモーガンのジャズバンドの物語。
古き良きアメリカの物語。田舎で評判のバンドの許に妹の結婚式での演奏を頼む男。しかし彼はシカゴのやくざで妹はデブでブス。しかしこの兄は妹をこの上なく愛し、妹も兄を慕った。
1920年代のアメリカにはそんな伝説がゴマンとあったことだろう。これはキングによる、そんなゴマンとあっただろう物語の1つ。
何だろうなぁ、この何とも云えない余韻は。こういうのが書けるからキングは只者ではないのだろうな。

次の「カインの末裔」はなんとも云えない読後感を残す。
キングは決して彼の動機については語らない。
題名の示すカインとは旧約聖書に登場するアダムとイブの間に生まれた兄弟の、兄の方の名。神ヤハウェに供物に関心を持たれた弟アベルを憎み、殺害した兄の名だ。
今なお問題を抱えるアメリカ銃社会が引き起こす、未成年の衝動的な銃発砲事件が30年以上も前に理不尽な殺戮シーンとして描かれている。

次の「死神」は本書に付せられた序文によれば18歳の時に書かれた短編らしい。
鏡はホラーやオカルト話によく使われる小道具で単に物を映すというその道具が放つ蠱惑的な魅力は古今東西の創作者の興味を抱いて止まないモチーフのようだ。
そしてキングが鏡を使って書いたのは死神が見える鏡という物。但し、キングが上手いのは不思議な余韻を残す形で終わっていることだ
しかしこの話を書いた時、キングは18歳である。18歳と云えば思春期で、大人たちがはっきりと答えを出さないこと、また正しいことをするのが決して正解ではないという大人の世界を知り出す時期。そんな白黒はっきりさせたい青年期にこのような不思議な余韻を残す、その才能にひたすら感心してしまった。

次の「ほら、虎がいる」も奇妙な話だ。
この主人公は学級の中ではいわゆるスクールカーストの中では下の方に位置する生徒として描かれている。従って他の生徒だけでなく、悪意ある先生にもバカにされている。
突然学校のトイレに現れた虎はそんな鬱屈した毎日に嫌気が差した彼の願望が生み出した産物なのだろうか?
潜在意識下で彼が望んだ、自分の天敵を抹殺するために生み出した妄想の動物なのか?
この不条理さゆえに色々と考えさせられる作品である。

最後を飾るのは本書において最長の中編「霧」。
映画にもなった本作は霧という自然現象を得体のしれない不定形の生命体の如く描き、見えない何かに襲われる恐怖として描いている。何よりも舞台をショッピングセンターの店内という不特定多数の人間が訪れる限られた空間にしているところが面白い。
次第に霧の中に蠢く物が正体を現してくる。
そしてこの得体のしれない霧と異形の生物の謎を裏付けるものとして政府保有地でアローヘッド計画なる、正体不明の実験が行われていることが示唆されている。
未曽有の嵐が訪れた土地の翌日に現れた霧はその謎めいた施設で生み出された新型兵器なのか、それとも全く新しい生命体なのか。もしくは核を使った実験中に異次元に通じる穴を開けてしまったのか。
80年代当時、今もそうかもしれないが、アメリカでは政府による隠密裏に行わている実験施設が各所にあると噂されており、特に宇宙人、グレイを捕獲しているという話は有名だ。1985年と云えば私は中学1年生。小学生の高学年時にはそういった陰謀物が流行っており、私も図書館でそういった類の本をたくさん読んだ覚えがある。
そんな背景を盛り込ませた上で、嵐から一夜明けて倒木や断線の被害に遭った街をこの得体のしれない霧が迫ってくるという着想が素晴らしい。普段の生活ができない不自由な時と場所において、それまで見たことのない脅威が襲ってきたときに人はどのように振る舞い、またどうやって立ち向かうのか。それが群像劇として生々しく描かれている。
いや群像劇というよりも閉鎖された空間で起きる人々の変容を描いていると云った方が正確か。ショッピングセンターを囲む異形の物たちの存在を信じず、家に帰ろうとする者また外の異常に対して慎重に振る舞い、どうにか生還する方法を模索する人々―主人公のデイヴィッド・ドレイトンもこのうちの1人―、一方非現実的な事態に目を背け、ただひたすらビールを飲み、現実から逃避する者など様々だ。
その中でも常日頃終末論を唱えているがために変人扱いされていたミセス・カーモディは、ここぞとばかりに神の裁きを唱え、徐々に信者を増やしてく様は狂信的な信者を増やす怪しげな新興宗教が蔓延していく様を観ているようだ。
そう、このショッピングセンターの中で、一種のコミュニティ社会が形成されていく様が描かれているのも本書の特徴の1つである。
ただ決してキングは新しいことをやっているわけではない。ショッピングセンターに閉じ込められた人々が異形の物たちの脅威に晒されるという設定は70年代後半に一世を風靡したジョージ・A・ロメロ監督作『ゾンビ』と設定が酷似している。
キングが自身の恐怖、そして影響を受けた映画などを存分に語ったエッセイ『死の舞踏』でもこの作品については触れられており、明らかにその影響が見られる。
しかし私はもう1つの作品を想起した。それは楳図かずお氏が1970年代前半に発表した『漂流教室』だ。突然の大地震でどこか次元の異なる世界へと学校丸ごと移動してしまった生徒と教師たちが、外の世界で蠢く地獄絵図のような異形の怪物たちに囲まれる中、困難に立ち向かう者、自己保身に奔る者、狂気に陥る者などを描いたこの作品が常に頭をよぎっていた。
今でこそ日本のマンガ・アニメは海外にも普及し、広く知られているが、この80年代当時は勿論そんな状況ではなく、全くキングにはこの作品の存在は知られていなかっただろう。
あとがきによればキングがこの作品を発表したのは1980年。10年未満のスパンで東西それぞれの恐怖作品の作り手が類似した作品を書いているシンクロニシティに不思議なものを感じる。
シンプルな設定な物語なのにいくつもの要素が入った小説である。モンスター物、パニック物、そしてディストピア小説。最後の読み応えはかの大長編『ザ・スタンド』から派生した物語のように感じられた。


キング自身による序文によれば本書に収められている短編の書かれた時期は様々で18歳の頃に書かれた物もあれば、本書刊行の2年前に書かれた作品もあったりとその時間軸は実に長い。
勢いだけで書かれたようなものもあれば、じっくりと読ませる味わい深い作品もあったりと様々だ。

そして今でもその傾向は更に拍車がかかっているが、アメリカでは特に短編に対しては作者にとっては非常にコストパフォーマンスが低い仕事となっており、そのことについてキングは序文で自身言及している。周囲の友人からはなぜこんなに割の悪い仕事をするのか、と。

その割の悪さを具体的にこの短編集に収められた「神々のワードプロセッサー」の原稿料を実例として詳らかに語られている。既にビッグネームとなったキングでさえ、短編1作で得られる実質的な収入はエージェントやビジネス・マネージャーの手数料、所得税などを差っ引くと同じ期間で仕事をした配管工の手当と変わらないらしい―その後、友人がバカにしていた短編のおかげで1冊の本に纏められることでどれだけの収入が得られたかをキングは書き、その友人に仕返しをしている―。

しかしキングは短編を書くことは自分の文章練習のようだと述べている。年々長編を書くごとにストーリーが肥大化してきていることから、その悪い傾向をリセットするために短編の創作は必要なのだという―しかしそういっておきながら、この短編集の次に発表した長編はキング長編の中でも大部を誇る作品の1つである『IT』である。全然リセットされていないところが可笑しく、またキングらしい―。

さてそんなキングのリセットすべくために書かれた短編だが、そのことを裏付けるかの如く、本書に収められた6編のうち、5編は短いものでは8~12ページのショートショートと云えるものや、20~30ページの短編の中でも短いものが収録されている。しかし最後の1編「霧」は220ぺージを超える中編であり、やはりどうしても抑えきれない物語への衝動が感じさせられる―しかしこの作品も含めて残り3冊を1冊の短編集として刊行するアメリカ出版界の短編集不振が根深いことが想像させられる―。

しかしこの6編、実に多彩である。

まずはマンハッタンのとあるクラブで話される各メンバーが語る奇妙なお話「握手しない男」。冒頭にも書いたように中編集『恐怖の四季』の最後に収録された『マンハッタンの奇譚クラブ』と舞台を同じにする、キング版現代百物語。

握手を頑なに拒む男の奇妙なまでの振る舞い、そしてその隠された理由の恐ろしさ―これは先に読んだ『瘦せゆく男』を想起させる―は荒木飛呂彦氏が大いに影響を受けていることを想わされる。読んでいて荒木氏が描く奇妙な短編を読まされている気がした。
そして最後の一節が示唆する不思議な味わい。まさにこれは奇妙な味とも云うべき作品で、繰り返しになるが、ぜひともこれはシリーズ化して1冊の本に纏めてほしいものだ。

そして古き良きアメリカの、ある田舎バンドが遭遇した事件とその後を伝聞風に描いた「ウェディング・ギグ」。とても最高のカップルとは云えない醜男と並外れたデブでブスの女の結婚式とその後の物語は無法の時代のアメリカの、無数ある伝説を語ったウェスタン風の作品。

学校生活を扱ったものが「カインの末裔」と「ほら、虎がいる」の2編だが、そのどちらもが実に驚く展開を見せる。

前者は優等生と思しき生徒がいきなり寄宿学校の寮の自室に帰るや否や部屋の窓から銃で次々と人を殺しまくる。

後者は授業中に小便を我慢しきれなくなった生徒がトイレに行くとそこに大きな虎がいたという話だ。

どちらもあまりに唐突な展開に面食らう内容だ。

前者はまったく唐突に人を撃ちまくり、後者は彼が立ち往生しているところに同じクラスの生徒と先生が現れて、虎がいるトイレの中に入ってしまう。

これらに共通するのは自分のいる世界を壊してしまいたいという思春期特有の暴走を示しているかのようだ。
普段は大人しい彼らも、心の中で貯め込んだ鬱屈はある日突如爆発して、ある者は殺戮の衝動に駆られ、自ら手を下し、またある者はあるべきところでないところに虎という異質な存在を生み出し、邪魔者を消そうとする。

この不条理さが10代の若者が抱える暴動のエネルギーを具現化しているように思える。

そして収録作品中最も古い「死神」は十代に書かれたとは思えないほどの余韻を残す。それを覗いたものは押しなべて神隠しに遭ったかのように消え失せてしまうという逸話を持つ鏡を骨董美術の専門家が見た後の、あの余韻はもはやヴェテラン作家の域だろう。

そして最後の「霧」。三分冊されたこの短編集で大部を成す本作はまさにキングの独壇場だ。

奇妙な実験をしている施設が近くにあることを仄めかし、嵐の明けた翌朝に突如現れた奇妙な霧。そこからその得体のしれない、まるでそれ自体が一個の生命体のように徐々に町全体を包み込む霧によってショッピングセンターに閉じ込められる人々。そしてその霧の中には異形のモンスターたちが跋扈している。
この辺りはまさに作者自身のB級ホラー趣味を存分に盛り込んでいるのだが、それだけではなく、ショッピングセンター内で起こる人間ドラマも濃密だ。
閉鎖空間で生まれる人同士の軋轢、異常な状況で首をもたげてくる人々の狂気を描いたパニック小説の様相を成し、やがて最後は決して安息をもたらさない霧から逃げきれないままの主人公たちを描いたディストピア小説として終わる。まさに力作である。

特にその中で徐々に権力を持って行くミセス・カーモディなる老婆。骨董品店を営む彼女は普段は何でも神に擬えて物事を語る、いわゆるちょっと頭のおかしなおばあさんなのだが、この異常な状況が彼女を教祖のように仕立てていく。
主人公は普段は誰も歯牙にもかけない頭のおかしな老婆が斯くもカリスマのように巧みな弁舌を振るう力を与え、彼女を神格化しようとしているのはこの霧なのだという。これはまさに当時冷戦下にあったアメリカの先行き不透明な不安な空気をそのまま語っているようだ。即ち霧とは当時のアメリカの見えない将来そのものだったのではないか。

このように全く以て1つに括って語れないキングならではの短編集。
本書に収められた「カインの末裔」の如く、思わぬ不意打ちを食らい、「死神」のように見てはいけない物を覗き、そして「ほら、虎がいる」のようにページを捲った先には虎に遭遇するかもしれない。それはまさに「霧」のように、残された2冊の内容も全く先が読めないようだ。
キングの云うことに従って彼の手を離さぬよう、次作も彼の案内されるまま、奇妙で不思議な、そして恐ろしい世界へと足を踏み入れよう。


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