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(短編集)

鮫島の貌



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鮫島の貌の評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(8pt)

「鮫島」という22年物の美酒に酔う

新宿鮫シリーズ初の短編集で10編の作品が収録されている。中には某有名漫画作品とのコラボ作品もあり、実にヴァラエティに富んでいる。

「区立花園公園」は鮫島が新宿署防犯課に赴任して間もない頃の話。
若き日の鮫島と上司桃井のある事件のエピソードのお話。まだ第1作目の改造拳銃の事件が起こる前の頃で、鮫島が桃井に対してある種の諦観を持っているのが解る。
しかしやはり桃井は桃井。腐っても素晴らしい上司。部下の知らぬところで壁になり、そんな素振りを見せないところが何ともかっこいいではないか。

「夜風」もまたやくざと癒着したある悪徳警官とのお話。

漫画「エンジェル・ハート」とのコラボ作品である「似た者どうし」は晶の一人称で語られる。
鮫島が槇村香の兄と同じ署だったという設定には正直驚き。「シティ・ハンター」で亡くなった香の兄は確かに刑事だったが新宿署だったんだっけ?もしそうだとしたらこれまた驚きだ。
冴羽䝤とも知り合いというのはちょっとサービスしすぎでは?本書での冴羽はどうも違和感を覚えてならない。まあ、尤も私の知っている冴羽䝤は『シティ・ハンター』のそれなのだが。

「亡霊」もまた鮫島が街で出くわしたやくざから事件が始まる。
シノギを払えないやくざと武闘派で鳴らしたチンピラの末路が家族に衝撃をもたらす。新宿という魔都はその血縁でさえ呑み込もうとするのか。

収録作品中たった16ページと最も短いながらも強烈な印象を残すのが「雷鳴」。
あるバーテンダーの昔話と云った趣で語られる一夜の物語。東京から逃げるように西に逃れた下っ端のチンピラが鉄砲玉を命じられるがしくじり、生まれ故郷の新宿に戻ってくる。組は男を迎えに行く待ち合わせ場所に指定したのが語り手がバーテンダーを務めるバーだった。
たった3人で繰り広げられる物語は、最後にあるサプライズがあり、しかも最後の一行が鮫島と云う男の深みを際立たせている。本書におけるベストの1編。

「幼な馴染み」これまたマンガとのコラボ企画物で、その漫画はギネス記録を更新した通称『こち亀』こと『こちら葛飾区亀有公園前派出所』だ。
「似た者どうし」では鮫島が香の兄と知り合いだったという設定だったが、まさか両津と藪が幼馴染みだったという予想外の展開を見せる。大沢在昌氏も思い切ったことをやるものである。
「エンジェル・ハート」とのコラボ作品ではキャラクターに違和感があったが、本書に登場する両津はあまり違和感はないものの、逆に両津の前で萎縮する藪がキャラクターが変わってしまっているのに苦笑。
本当にこの設定は今後の新宿鮫シリーズに生きていくのだろうか?まあ、両津が再登場することはないだろうが。

「再会」は鮫島が高校の同窓会が出席した時の話だ。
鮫島の高校時代の肖像が垣間見える貴重な一編。キャリアでありながら警部止まりの鮫島と外資系のファンド会社のCEOを務める同窓生。その差は来ている服や行く店からも差が明らかながら、一方は警察という機構にまだ希望を抱き、信念を持つ男とお飾りで会長職に就き、その虚ろな生活ゆえに麻薬に手を出してしまった男。
どちらが幸せなのかはその人が持つ価値観で変わるのだろうが、とにかく鮫島のかっこよさが際立つ作品だ。

「水仙」は鮫島と中国人女性とのあるお話。
モデルのような中国人女性からメールで中国人の犯罪現場のタレコミを貰い、食事の誘いを受ける鮫島に対し、読者の多くは晶に対する裏切りではないかと勘繰る者もいるだろうが、鮫島はそんな安っぽい男ではない。

「五十階で待つ」はちょっと毛色の変わった作品だ。
いわゆる都市伝説ものの一編で異色作。闇社会の頂点に立つボスがおり、ある日突然後継者として選ばれた男はあるテストに合格しないと後継者になれないという噂のとおり、主人公にお呼びがかかるというお話。
「世にも奇妙な物語」にも出てきそうな物語だ。しかし最後に主人公に真相を告げるのは別に鮫島ではなくともよかったのでは。

最後は『狼花』で亡くなった間野総治の墓参りでの出来事を綴った「霊園の男」。
警察と云う組織を内側から希望を失わずに変えようと苦闘する鮫島と、警察に絶望し、犯罪者と共謀して外側から警察組織を変えようとする間野は表裏一体のような存在であり、鮫島は間野の事を敵ながら憎むことはできなかった。


全10編。「鮫島の貌」とはよく云った物だ。
ここにはそれぞれの時代の、また関係者からの視点での、本編では描かれなかった鮫島の肖像がある。

新人時代の、鮫島が“爆弾”を抱えて新宿署へ飛ばされてきて間もなく、ものすごい勢いで検挙率を挙げて警察内外から疎まれている意気盛んな鮫島が居れば、同窓会でかつての恩師の盃に酌をする鮫島もいる。はたまた漫画のキャラクターと知り合いだった鮫島もいて、実にヴァラエティに富んでいる。

特に他者から見た鮫島の印象が興味深い。どのグループにも属さず、どこか超然として物事を見ている男。鮫島の内面が書かれないだけに彼の精神性はそれら他者の目から見た内容でしか推し量れないが、欲よりも信念を、愛よりも信義を重んじる昔の男といった趣がある。
特に「再会」では鮫島の父親の職業が新聞記者だったことが明かされ、その生き様が今の鮫島の行動原理となっていることが暗に仄めかされている。10作のシリーズを全て読みながらも改めて鮫島と云う人間を再認識した次第だ。

また鮫島を取り巻くサブキャラクターの意外な一面も見られるのが本書の特徴でもある。
また恐らくはファンサービスに過ぎないのだろうが、鮫島の数少ない理解者である鑑識の藪が『こち亀』の両津と幼馴染だったという驚愕の事実が知らされる。この辺りは苦笑するしかないのだが、本編ではほとんど語られることのなかった藪の素性が色々語られて興味深い。

またシリーズの持ち味である、警察が関わる世界の専門的な話も盛り込まれている。

今回はやくざが登場する話が多いせいか、極道の世界に関する豆知識が多かった。例えば任侠映画で見られるような女に不自由しないようなやくざはほとんどいないこと。その仕事の性質上、女性も寄り付かなく、しかもシノギが稼げなければソープに売られるなどとなれば、よほどの恋仲でなければ結婚までしようとしないそうだ。

また暴力団による“バラす”、つまり殺しは組員同士はあっても一般人にはよほどのことがない限り、命を落とさないまでの脅しで済まされることも意外だった。
確かに民事不介入という警察が殺人まで発展すれば刑事事件となり、介入せざるを得なくもなるから当然と云えば当然。
それでも下っ端の構成員が始末されるのは身内からの失踪届が出ない限り捜索されないからだという。本書では暴力団によるこれら組員の殺しを「表に出ない殺し」、警察が介入する一般人の殺害を「表の殺し」と表現されている。

またよく映画やドラマで見られる、マル暴担当の警察にやくざ連中が挨拶する慣例は実際にあるらしい。てっきり警察へのやくざなりの礼儀作法だと思ったが、あれは周囲のやくざに警察が来たことを知らせるための合図だったとは。

このように常識的に考えればなるほどと思えることが、世に流布する映画や小説の類でいつの間にか先入観が出来てしまい、イメージが植えつけられていることをこの新宿鮫を読むと目が開かされるように知らされるのだ。このような実際の犯罪のリアルを感じられる所にシリーズの魅力がある。

また全編を通じて特徴的なのはほとんどの短編で外国人による犯罪が絡んでいることだ。

全10編中4編がなんらかの形で外国人が絡んでいる(『こち亀』とのコラボ作品である「幼な馴染み」にも外国人によるスリ集団が登場するほどだ)。
しかしその立場は各編を通じて変容してきている。都知事による不法滞在者の一斉排除を境にかつては新宿を闊歩していた中国人マフィアも少なくなり、足を洗ってレストラン経営者として、ビルオーナーとして留まる者や集団で犯罪者として生きる者たちなど、形を変えて日本に関わっている。新宿はそんな国際社会の縮図として描かれている。

10編それぞれヴァラエティに富んでいるが、基本的に変わらないのはやはり鮫島と云う男の深みだ。
シリーズを重ねていくと、時にバイプレイヤーが目立って影が薄くなることもあったが、やはり鮫島は鮫島。
『絆回廊』で晶が鮫島に放った檄、「あんたは新宿鮫なんだよ」を再認識させる名編ばかりだ。

その中で個人的ベストを選ぶとすれば「雷鳴」、「再会」、そして「霊園の男」になろうか。
先の2編には鮫島の犯罪者を改悛させる度量の大きさが感じられ、しかも自分を律する芯の太さを感じさせる。さらにはサプライズまで仕掛けているという名編だ。
「霊園の男」はやはり『狼花』で壮絶な最期を遂げた間野が鮫島に遺した言葉の真相が、鮫島の魂の救済として語られる、非常に清々しい結末だからだ。
他にもシリーズの前日譚とも云える桃井の男気が光る「区立花園公園」やチンピラに成り下がった家族を持つ人間が謂れなき被害を受ける結末が苦い「亡霊」や異色な味わいのある「五十階で待つ」なども捨てがたい。

とにかくどれも30ページ程度の分量ながらもこれほど読み応えの深い短編集もない。この短編集はシリーズの22年間の熟成の結晶だ。その味わいはまさに22年物のウィスキーに匹敵する味わいを放っている。

10作目で大きな転換を迎えた新宿鮫がこの短編集で以て一つの区切りとなり、更にどのような深化を見せるのか、一読者として非常に愉しみでならない。


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