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(短編集)

MISSING



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【この小説が収録されている参考書籍】
MISSING (双葉文庫)

MISSINGの評価: 7.00/10点 レビュー 2件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

貴方が今夜泣きたいならこの本を読むことを勧めます

いきなりデビュー作にて2000年版の『このミス』で10位ランクインという快挙を成し遂げた短編集がこの本多孝好氏の『MISSING』。それから約19年を経てようやく読んでみた。

まず本多氏が作家になるきっかけとなった小説推理新人賞を受賞した作品が1編目の「眠りの海」である。
この短編、当時はけっこう話題になった作品だったので興味深々で読んだが、率直に云ってミステリとしての謎は弱い。デビュー作をベテラン作家と比べては悪いが、それでも同じように初期には学園を舞台にした短編も著している東野氏のクオリティに比べれば、真相が透けて見えてしまっている。
しかし本多氏は本書を単なるミステリに留まらせずに最後に一味加えることで幻想小説へと昇華させている。これがこの作品を一段上の高みに押し上げているのだろう。導入部として最も適切な一編だ。

次の「祈灯」は部屋に入ると見知らぬ女性が普通にいたという奇妙な導入部が印象的だ。

続く「蝉の証」は老人ホームが舞台となった作品。老人ホーム『緑樹荘』に入っている祖母から奇妙な依頼をされる。
変則的プライヴェート・アイ小説とでもいうべき好編。
相川老人の許を訪れる孫と思しき、およそ堅気の人物とは思えぬ巨躯で金髪に染めた首にチェーンをぶら下げた男の正体を突き止めるために主人公が捜査で出会う人々から知らされる相川老人の意外な過去。老人ホームでくたばるのを待っているだけと見なされている人たちが生きた道程とは実は波乱に満ちていたのだと気付かさせられていく。確かこれが次作『ALONE TOGETHER』の原点となった作品ではなかったか。
しかし本編にはこの短編集に通底するあるテーマが主人公の口を借りて語られる。それについては後述しよう。
しかしなぜ当時20代の本多氏がこれほどまでに老人ホームに住まう老人達を活写できたのか、それを驚くべきだろう。

ミステリというよりもほろ苦い初恋物という趣のある「瑠璃」は4つ年上のルコと僕の2人の交流を描いたもの。小学校6年生の頃、高校生の頃、そして大学生の頃に僕とルコとのエピソードが綴られる。
この短編では他の作品と違い、ルコがなぜ自殺したかが主人公の中で理論付けられない。その答えが、もしくは手掛かりが残されているルコが遺した手紙の内容についてあえて作者は触れずに物語を閉じる。ある意味、これは作者の中で冒険であったのではないか?また一つここに魅力的な女性を描いた青春小説の傑作が生まれた。

最後の一編「彼の棲む場所」は味わいがガラリと変わった作品だ。
人間の、心の奥底に抱く殺人願望、破壊衝動。そんな昏い情動を実は高校時代から優等生でテレビでクリーンを絵に描いたような有名タレント教授が抱いていたら…。
彼が固執する誰も知らない同級生サトウとは、もう彼の暗黒面に他ならないのは自明の理だろう。そんな読んでいて吐き気の出るような話を聞き手である私が飄々として受け止め、日常に戻るギャップが印象的だ。


MISSING。それは喪失感。
MISSという単語は日本語で云われている「誤り」とか「間違い」という意味は全くなく(日本語のミスはMistakeの省略)、「誰かのことを思って寂しくなる」という意味だ。

本書に収録された5編に共通するのはまさしくこの「誰かのことを思って寂しくなる」、即ち喪失感だ。

そしてこの喪失感ほど残酷なものはない、という作者の主張が行間から見えるほどここにはある特殊な思いが全編に共通して流れている。

それは3編目の「蝉の証」の中で主人公が考える次のことだ。

「欺き、騙され、そうまでして人は自分が生きた証をこの世界に留めずにはいられないものだろうか」

まさしくそうだろう。喪失感という心に与える巨大な負のエネルギーが却って残された人々の心に存在感を浮かび上がらせる。

あの時確かに君はいたのだ、と。

この喪失感について作者は3編目の「蝉の証」で答えを出したかのように、死の間際に取った人間の不可解な行動の意味を探る趣向から、喪失感そのものにスポットを当てて書いているように思える。4編目の「瑠璃」は失った憧れの従姉のお姉さん、5編目の「彼の棲む場所」ではちょっと変わった喪失感だ。

そう、本書の中で異色なのが最後の「彼の棲む場所」。今までの短編が人を失うことの喪失感―恋人、妹、娘、堕胎した赤子、事故の被害者、憧れの年上の女性―を扱っているのに対し、この作品では「人を殺す機会」を失ったことを惜しむ心の暗部を語っている。他の4編が感傷的なのに対し、この作品だけが実に欲望的だ。

また本書の特徴として収録作全てが一人称叙述で書かれ、主人公が全て「僕」と匿名であることが挙げられる。このことで読者は物語の世界に自分を重ね合わせることが出来、したがって主人公が抱く喪失感が密接に感じられるようになっている。

しかしこの本多孝好という作家の人間を描く力、落ち着いた筆致には正直恐れ入った。これがデビュー作だというのだから驚きだ。語り口や時折挟まれるユーモア交じりの比喩など、無理を感じさせなくほどよくストーリーに溶け合っている。

特に感服するのは各編に収められたエピソードの上手さ。
老人の貯金を当てにして、嘘をついて手に入れたお金で旅行に行ったがために、その老人は一文無しになり老人ホームを出ざるを得なくなり、挙句の果てに講演で野垂れ死に同然に死んでしまった話や終業式の日に無免許で買い換えたばかりの新車を運転してすぐにボコボコにし、プールで泳いで遊んだこと。野球部のエース争いに敗れ、マネージャーを任された部員がわざと煙草を吸って甲子園予選出場停止になったことがきっかけでクラスから爪弾きにされ、自殺にいたった話、などなど。
どれもがボタンを掛け違えたことで誰の人生にも起こってもおかしくないような話だ。これらが物語に実に有機的に関わって傷みを伴う結末に深みを与えている。

案外「○○年版『このミス』第×位の傑作」という惹句は当てにならないものが多いが、本書はその数少ない中の例外であった。
特に大切な誰かや守っていた何かをなくした時に読むとこの作品を読んで去来する感慨は殊更だろう。ちょっと泣きたい夜にお勧めの一冊だ。


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