囲碁殺人事件
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初版刊行(参考)
種別
長編
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あらすじ
評判
囲碁殺人事件の評価:
6.00/10点 レビュー 4件。 D ランク
囲碁殺人事件の総合評価:
7.20/10点 レビュー 15件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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2016年、『涙香迷宮』で『このミス』1位を獲得した竹本健治氏。それをきっかけに今過去の絶版となった作品や未文庫化の作品が次々と復刊、文庫化されてきている。
そしてその『涙香迷宮』でも探偵役を務めた牧場智久の初登場作が本書である。これと第2作の『将棋殺人事件』、第3作の『トランプ殺人事件』を合わせて「ゲーム三部作」と呼ばれている。
ちなみに私が読んだのは第2作の『将棋殺人事件』の方が先。なぜなら当時そちらが先に文庫で刊行されたからだ。角川文庫のやることはよく解らん。
さて『涙香迷宮』では数々のいろは歌を用いた超絶技巧の暗号ミステリが展開されるそうだが、最初期の作品である本書も題名に掲げているように囲碁の盤面が暗号になっているという凝りようだ。
本書が発表されたのが1980年。その時竹本氏は26歳でまだそんな年齢にも拘らず囲碁に精通している。
第1作の『将棋殺人事件』でも確か詰将棋の碁盤が出てきたように思うが、本書の囲碁の対局場面といい、珍瓏という盤面全体に及ぶ詰碁に鬼の意匠を凝らしたり、また盤面に暗号を隠す、更には2ページのみだが「囲碁原論・試論」と題した囲碁に関する考察論文を挟むなど、テーマに対して貪欲なまでにミステリを加味し、またそれを可能にする深い造詣を持っていることが窺われる。
本書のあとがきによれば大学時代に囲碁研究会にせっせと通い、10級で入部し、大学を辞める時には5段の腕前になっていたとのこと。その代わりに大学5年間在籍して取得単位はゼロというのだから、実に親不孝な学生である。
さて『ゲーム三部作』の第1作目である本書の探偵役は今に続く竹本作品で探偵役を務める牧場智久であるが、この時はまだ12歳ながらIQ208を誇る天才少年で囲碁の天才少年、昭和の小川道的と呼ばれるほどの人気ぶり、さらに周囲が振り返るほどの美少年ぶりというから天は二物も三物も与えたような誰もが羨む理想の探偵役として登場する。このシリーズは彼と姉のミステリ小説マニアの典子、そして彼女が助手を務める大脳生理学者須堂信一郎の3人が主要メンバーとして殺人事件に挑む。
今回彼らが出くわすのは棋幽戦という囲碁のタイトル戦の最中に首なし死体として発見された対局中の槇野九段と神奈川の村で発見された池袋で眼科医院を開業している斎藤敝二殺害事件。一見関係のない2つの事件と思われたが、後者の遺体の首に裂傷があったことから犯人が首を切断しようとしたところを誰かに見つかったため、途中で投げ出したと推理し、2つの事件を結び付ける。しかしこの2人に共通するのは囲碁をしている、その1点のみ。一方は名人。一方は玄人はだしの腕前を持つアマチュア棋士と普段は何の接点もない。こんな細い糸の連続殺人事件の真相は実に意外。
まず本書で驚いたのは12歳の牧場智久が犯人から危害を加えられることだ。あたかも犯人が被害者のように首を切って殺してやろうかとばかりに棋院で居眠りをしている間に首の周りに赤ペンで線を入れられたり、一人残された棋院で犯人に追いかけられたり、また街を歩いているところを犯人に追いかけられ、真夏の廃工場に閉じ込められたりと容赦ない洗礼を受ける。天才少年と持て囃されて殺人事件にまで手を出していい気になるなよという犯人の、いや世間一般の常識からのお仕置きとばかりの仕打ちである。
これはつまり世間の流布する素人探偵が殺人事件に容易に首を突っ込むことに対する警告とも云えるだろう。人の死が介在する事柄は自身もまたその渦中に入ること。つまり犯人を暴こうとする行為はその者自身もまた犯人の標的となり、そして狙われる危険を呼び寄せることを意味するのだ。
こんな死に目に遭うほどの仕打ちは12歳の少年にとってはトラウマになるだろう。これに懲りず探偵役を仰せつかっている牧場智久にとってこのエピソードは今後何か影響を与えているのだろうか?
盛り込まれた囲碁の歴史に残る名人たちのエピソード、ルールを巡った騒動など単にゲームに留まらない囲碁を取り巻く人間模様が実に面白い。
囲碁の正式ルールが昭和24年まで明文化されていなかったとは驚きだった。歴史が深い競技だと思いきや意外と近代囲碁の歴史は浅かったことが解る。それは囲碁が昔から日本人の生活と共に発展してきたことで口伝で、もしくは暗黙の理解的にルールが形成されてきたことを表しているのだが、それ故に地方性が色濃くなり、それぞれのルールが出来たことで統一ルールが必要になったのだ。それだけ囲碁の世界が発展してきたことの証だ。
本書で感心したのは大脳生理学の視点から犯人を解き明かすこと。
実はこれは第2作の『将棋殺人事件』でもなされていたが―すっかり忘れていた―、島田荘司氏が21世紀本格として2000年以来、御手洗潔をウプサラ大学の大脳生理学教授としてこの脳のメカニズムをミステリの題材に持ち込むことに積極的なのだが、既に1980年の段階でそれを竹本氏が実践していることに驚いた。つまり21世紀どこから20世紀に彼は島田氏が積極的に取り込む新しいミステリの先鞭をつけていたのだ。
正直囲碁に明るくない私にとって詰碁や囲碁の知識を謎解きに盛り込んだ本書を余すところなく楽しめたとは云えない。
本書には囲碁はたった5つの原則で成り立っているから実は覚えるのは簡単と書かれているが、その後に出てくる「石の死活」、「月光の活」、「仮生」などなどちんぷんかんぷんだった。
また槇野九段最後の名勝負の碁石の配置の妙味などもその凄さを全く理解できなかった。やはりまだまだ五目並べが私にとっては関の山のようだ。
しかしそれでも本書は上に書いたようにミステリとして小説としてなかなかに面白く読めた。たった1つの碁石で部分的には否とされていた物が全体的に見ることで有と反転する碁の深さは知識がなくとも解る。首を切られたかのように見えた鬼を模した珍瓏が全体を見ることで生を得る。それは即ちたった1つの手掛かりから全てが反転する美しいミステリを見ているかのようだ。それこそが竹本氏が本書でやりたかったことなのだろう。
さて続く第2作『将棋殺人事件』については既に今から約12年前の2006年に読了しているが、既に忘却の彼方だったので当時の感想を紐解いてみたところ、酷評だった。
私の感想によれば幻想小説風味が加えられており、案外文体も凝っていて私の嗜好に合わなかったようだ。大脳生理学者須堂による脳が人に及ぼす弊害によるミステリでもあるのだが、それは高く評価しているようだ。島田氏の21世紀本格として発表された同趣向の作品も同時期に読んでいながらこの評価をしているということはよほど合わなかったのだろう。しかし今読むとまた評価も変わるかもしれない。
とにかくこの須堂信一郎という「ゲーム三部作」ならびにそれに続く短編「チェス殺人事件」、「オセロ殺人事件」、「麻雀殺人事件」のみに登場する探偵には今回改めて興味を持った。この後の『トランプ殺人事件』もまたいつか読むことにしよう。
▼以下、ネタバレ感想