遠きに目ありて
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短編集
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評判
遠きに目ありての評価:
6.67/10点 レビュー 3件。 B ランク
遠きに目ありての総合評価:
7.73/10点 レビュー 15件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
Amazonレビュー
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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個人的には、正直に言うと「まあまあ」という感じです(著者の前では言えませんが)。
障碍者の安楽椅子探偵、こういう設定でもいいとは思いますけど、設定の空気が妙に重くて、
たとえば、信一少年を大事にしすぎるとか、障碍者として気を遣いすぎるとか、そういうことが
小説の足を引っ張ってる感じがするんです。それは多分に、天藤真さんの一本気な性格、
あるいは生真面目と言ってもよいかと思いますが、人としての「真摯さ」に由来するものと
思われて、自分のような無頼な人間は恥じ入るばかりなんですが、でも、これはあくまで
小説なんであって、しかもミステリです。殺人も窃盗もあります。善き心で善く書かれた
探偵小説が、そのまま善きミステリになるとは限らないのではないでしょうか?
善き城には必ずどこかに手薄な場所、隙があると申します。何から何まで最高級食材で
作られた料理は、かえってその美味しさが感じられないうらみがある、という人もいます。
ここに登場するのは、善き心の人たちばかりです。それは第一話の冒頭数ページだけでも、
いやというほどよく分かりますが、真名部警部などは人が良すぎる感じです。もう少し、
たとえば寅さんみたいにケーハクな部分が、もうちょっとあってもいいんじゃないかと
思います。で、確かに信一君は車椅子の安楽椅子探偵なんだけど、決して部屋にこもった
切りではなくて、真名部警部が散歩と称して半ば強引に連れ出してしまうとか、それは
事情を知らない他人の眼には「乱暴なことをする人」に見えても、他ならぬ信一君が
そんなモメントを誰よりも楽しんでいること、母親は十二分にそれ絵を良く知っているとか、
そんな感じの方が、小説としての良さ、風通しのよさがあるのではないか、そんな気がします。
あ、いや、天藤さんだってもちろん、そんな選択肢は重々承知のうえで、現在のような
形に仕上げたんだと――まあ、鴻鵠の志を知らざる燕雀の理屈ではありますが。
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ところで、物理的に気になる部分があるのでちょっと。
●キチン
(32ページ、33ページ、35ページ/大和書房単行本・雑誌幻影城も同じ)
●ダイニングキチン
(36ページ、207ページ/大和書房単行本・雑誌幻影城も同じ)
「キッチン」を「キチン」と書くクセが、天藤さんにはあったんですかね?
ちょっと引っかかりました。読んでいて非常に気になりますね。まるで菊池光訳の
『羊たちの沈黙』と同じ感じです。菊池訳は、服のサイズを訊く部分も間違えてないし、
総体としては認めているんですが、例えば「ドッグ・フード」を「ドッグ・フッド」とか、
「メッセージ」を「メッセジ」とか、およそ余人のやらないような「詰め表記」に妙に
こだわるところがあって、ちょっと辟易してしまうんです。書き方のクセ、というよりは、
「キチン」には「メッセジ」と同種の違和感しか感じられない、それが正直な感想です。
●主人公の茶わんしか出ていなかったからね。
●主人公がちょうどお茶をのんでるとこに犯人が来て、
(36ページ/大和書房単行本・雑誌幻影城も同じ)
真名部警部が事件現場の様子を説明している会話内の文章です。
この「主人公」というのは、「主人」の方がすっきりと読める気がするんですが、
どうなんですかね。雑誌初出も単行本も「主人公」なんで、しかも、このままでも、
クセのある言い方だけど意味は通じるので、間違いとは言い切れないんですが……。
●真名部警部は「蒸発」ということが大きらいだ。
(69ページ)
●真名部警部は「蒸発」ということばが大きらいだ。
(大和書房単行本・雑誌幻影城)
第二話「宙を飛ぶ死」の冒頭、第一行です。単純な脱字、凡ミスの好例です。
本好きとしては、こういうのは、あまり鬼の首を取ったようにはしゃぐもんじゃありません。
武士の情けです。しかしこの場合、このままでも何となく同じように意味が通じてしまい、
ミスがミスとして認知されないで済まされてしまう、そんなうらみを伴う部分なので、
敢えて指摘する次第です。数年前、あるアイドルが主演して、熱量の高い作品をやたらと
量産する監督によって、時代劇が作られました。劇中、その大名行列が通行止めの高札に
出喰わして立ち往生してしまいます。アイドル扮する若殿(バカ殿)はそれを見て、
「何を手をたばねておる。そのようなもの、ただちに打ち倒して進めい」と叱咤します。
先に書きますと、このセリフは「手をつかねて」が正解です。脚本・シナリオ・台本には
おそらく「手を束ねて」と印刷してあったと思われますが、読み仮名が振ってなかった哀しさ、
「たばねて」とも「つかねて」とも、どちらにも読めます。どちらに読んでも間違いとは
言えませんが、厳密には意味が異なります。背景状況がある以上、これは「つかねて」です。
それ以外にありません。ところが、困ったことに「たばねて」のままでも、何となく意味が
伝わってしまうために、誰も気付かぬまま、リハーサルされ撮影され編集され完成されて、
劇場公開されてしまい、さらにビデオになりDVDになり、放送時のキャプション字幕になり、
ついに「束ねて」=「たばねて」のまま、最後まで走り抜けてしまいました。これが怖いのです。
脚本技術としては、あまり漢字を多用せず、特に複数の読み方が可能な場合は、できるだけ
開いた方がいい――非常に勉強になりますが、あ、いやしかし、そもそものシナリオライターが、
この場面のセリフとして「手をたばねて」なんだと、それでいいと思い込んでいたら――
これは本当に怖いことなんです。誰か一人でも、気付いてくれればいいんですが……。
●それも彼女は罵った。(……)美人局だろうとまで罵った。
(273ページ5行目/大和書房単行本・雑誌幻影城も同じ)
単行本も雑誌初出も同じなので、間違いの脱字とは言えません。しかし文脈、特に
ここは会話の勢いと地の文とが呼応している部分なので、どうしても「それでも」と読んで
しまいます。「それでも彼女は罵った」と、発止と受け止めるような調子で読みたい箇所です。
そうでないと「美人局だろうとまで罵った」という強い留めの文末部分が浮いてしまいます。
もはや確認するすべはありませんが、どうなのでしょうか。吟味のしどころだと思いますが。
●も一つは事件の発生後間もなく、
(341ページ終わりから3行目/大和書房単行本・雑誌幻影城も同じ)
話者は真名部警部ですが、これは地の文です。会話文ではありません。
およそ地の文でこのようなクセのある口語体になるとは思えず、また真名部警部には
このような会話クセは無いため(179ページ参照)、これは普通に「もう一つ」で
あるべきでないかと思われますが、これも単行本、雑誌初出と、いずれもこのままなので、
一概には間違いとは言えません。言えませんが、非常に不自然です(highly unlikely)。
常識的に考えても、ママイキよりは訂正すべき部分のように感じました。
以上、細部にまつわることとは知りつつも、巻末には戸川安宣氏による立派な「編集後記」、
本書の校閲、校訂に対する所信表明文が載っているほどの一冊なので、蛇足と知りつつも、
あえて付け加えさせていただいた次第です。よろしくご諒解願います。