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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数529

全529件 101~120 6/27ページ

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No.429: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

作者の掌で転がされる楽しさ

「ときどき私は嘘をつく」、「彼と彼女の衝撃の瞬間」に続く、イギリス女性作家の邦訳第三作。結婚後10年以上が過ぎ、お互いに結婚生活に疑問を抱き出した夫婦が、関係の修復を目的に人里離れた古いチャペルに出かけたのだが、それぞれの思惑とは異なり、思いがけない事態に遭遇するサスペンス・ミステリーである。
多少は売れている脚本家のアダムは仕事中心の生き方がたたって、妻のアメリアとの関係に危機が訪れていた。そんな状況を修復すべくアメリアは人里離れた場所での二人だけの休暇を提案する。愛犬・ボブと共に出かけてきた二人だったが、長旅に悪天候が加わり次第に険悪な雰囲気になっていく。しかも、泊まる予定のチャペルはドアに鍵がかかっており、管理人に連絡することもできなかった。二人のストレスがどんどん高まるばかりという悲惨な状況に加え、アダムとアメリアにはそれぞれに秘密の企みがあったのだった…。
夫婦それぞれの視点とアメリアからアダムへの「渡されない手紙」の三つの語りで進められる物語は、思いがけないチェンジ・オブ・ペースと捻りに満ちており、最後まで読者に正体を明かさない。前作「彼と彼女の衝撃の瞬間」と同様、読む側の先入観をきれいに裏切って見事なクライマックスを見せてくれる。
作者の仕掛けに乗って騙されることが苦にならない読者にオススメする。
彼は彼女の顔が見えない (創元推理文庫)
No.428: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

傷を負ったハリネズミ、ボッシュの原点を描く

L.A.市警のはぐれハリネズミ・ボッシュの第4作。大地震で家を失いかけ、署内トラブルで仕事を失いかけているボッシュが、自身の運命を決めた母親殺害事件の謎を解く警察ハードボイルド・ミステリーである。
捜査に関わるトラブルで上司を暴行したボッシュは強制的に休職処分となり、復帰のためのカウンセリングを受けさせられていた。その退屈を紛らわすため、33年間、ずっと心に居座っている実母・マージョリーが殺害された事件の真相を暴こうと決心する。ボッシュには何の捜査権限もない事件であり、当然のことながらボッシュの捜査は周囲との軋轢を引き起こし、上司や内務監査部門から厳しい目を向けられる。それでもボッシュは強引に、時にはルールを無視しながらあらゆる障害を乗り越え、33年間隠されてきた事件の闇を明るみに出すのだった…。
第1作から小出しにされてきたボッシュの生い立ち、常に傷を負ったハリネズミのような怒りを充満させている性格が形成されるまでの背景がメインテーマである。そういう面でも、本書はボッシュ・ファンは必読。また、本作だけでも十分に楽しめる傑作ハードボイルドとして、本シリーズ未読の方にもオススメする。
ラスト・コヨーテ〈上〉 (扶桑社ミステリー)
マイクル・コナリーラスト・コヨーテ についてのレビュー
No.427:
(8pt)

生きづらさに押しつぶされそうな時に

あまり邦訳が出ていないアメリカの作家の短編集。純粋なミステリーではないが、犯罪に関わった、巻き込まれた人々の切なさとやるせなさ、怒りや不全感を描いた、それぞれに味わい深い10作品が収められている。
どれも謎解きやサスペンス、テックニックやアイデアを誇る作品ではなく、人種も性別も年齢も異なる各作品の主人公たちが社会と自分に絡め取られ、思い通りに生きられない鬱屈した思いがメインとなっている。とはいえ、あくまでもエンターテイメント作品であり、ただ重苦しいだけの「私小説」ではない。10作品ともレベルが高く優劣つけ難いが、ギャンブル中毒のダメ男が主役の「万馬券クラブ」が一番面白かった。
短編好きの読者、何か納得できない日々を過ごしている方にオススメする。
彼女は水曜日に死んだ
No.426: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

熱くなりすぎる男・ボッシュ、罠にハマる

ハリー・ボッシュ・シリーズの第12作。ボッシュが取り憑かれてきた未解決事件に新展開があったのだが、ボッシュたちのミスが発覚し、さらにパートナーのキズは負傷、ボッシュは自宅待機を命ぜられる。それでも不屈の刑事・ボッシュは解決に向けて一人奮闘するという、王道の警察ミステリー・サスペンスである。
女性のバラバラ死体を車に載せていて逮捕された男が、ボッシュが13年前から追いかけ続けている事件の犯人だと自供したのだが、それはボッシュが犯人だと目星をつけていた人物とは異なっていた。しかし、男の供述は具体的で、しかもボッシュたちの初動捜査にミスがあったことが発覚し、ボッシュは自分の捜査に自信が持てなくなる。さらに、現場検証の場で犯人に逃げられただけでなく、キズが撃たれて負傷してしまった。この事態を受けてボッシュは自宅待機にされたのだが、ボッシュは捜査資料を自宅に持ち帰り、FBI捜査官・レイチェルの助けを借りて独自の捜査を続け、捜査の裏に隠された巧妙な陰謀に気が付いた…。
さすがロス市警のはぐれ者・一匹狼のボッシュ、今回も周りと衝突を繰り返しながらひたすら捜査を進め、ついに巨悪を突き止める。いわばいつものボッシュ・シリーズなのだが、本作ではボッシュが罠に嵌められて苦悩するところが目新しい。また、レイチェルとヨリを戻していい関係になるのも、シリーズならではの読みどころと言える。物語の構成、ストーリー展開、スピード感、ミステリーの緻密さなど、すべての面でレベルが高く、各種ミステリーランキングなどで高評価を得ているのも納得できる。
ボッシュ・ファン、コナリー・ファンは必読!
エコー・パーク(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーエコー・パーク についてのレビュー
No.425: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

無罪ではない、無実を証明するためにハラー・ファミリーが大集結

ミッキー・ハラー・シリーズの第6作。殺人容疑で逮捕されたハラーの無実を証明するためにファミリーが集結し、拘置所のハラーを中心に必死の戦いを繰り広げる傑作法廷ミステリーである。
パトカーに停められたハラーのリンカーンのトランクから射殺体が発見され、さらにガレージからは銃弾が見つかったことでハラーは殺人容疑で拘置所に収監されてしまった。身に覚えがないハラーは誰かの陰謀、罠に嵌められてしまったことを証明するために、獄中からの本人訴訟を選ぶ。頑固な検察だけでなく、看守や収監者からも嫌がらせや脅迫を受け、さらに思い通りに動けないハンディを抱えるハラーだが、強力なファミリーが力を合わせることで壮絶な裁判闘争を戦い、潔白を証明するのだった…。
拘置所に収監されるという絶体絶命の危機をいかにして乗り越えるのか。ハラーの知識と知恵と度胸をかけた死に物狂いの法廷闘争が抜群に面白い。アメリカの裁判は裁判長を含めた関係者のキャラクターで全く展開が違ってくる、まさに法廷ドラマであることがよくわかる。殺人や暴力のシーンがなくてもサスペンスが盛り上がることを証明する作品だ。
ミッキー・ハラーのファンというかコナリーのファンには絶対のオススメ。法廷ミステリー・ファンにも強力にオススメしたい。
潔白の法則 リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)
No.424: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

なかなか読ませる、高齢者ミステリーの新パターン

ヤングアダルト小説をベースに活躍するアメリカの女性作家が73歳で発表した、長編ミステリー。裕福な退職者たちが暮らすシニアタウンで起きた殺人事件の犯人探しと、事件を発見してしまった女性が隠してきた秘密を明らかにするサスペンス・ミステリーである。
住民同士の交流が盛んなシニアタウンに暮らすヘレンが、いつも安否確認のためにメールを交換する隣人・ドムから連絡がなかったため、預かっている合鍵を使って隣家に入ってみると本人の姿が見えなかった。家の中を探し歩いているうちに、ガレージに奇妙なドアがあり、ドムのガレージが別の隣家・コブランド家に繋がっているのに気がついた。好奇心に駆られたヘレンが、いつも住人不在のコブランド家に入るとテーブルの上に美しいガラスパイプがあり、ヘレンは思わず携帯で写真を撮り、姪の子供たちに送信した。ところが、パイプはマリファナ吸引道具であり、麻薬密売に関わる品であることが分かった。当然、警察に通報すべきなのだが、実はヘレンには現在の名前は盗んだもので警察にバレると50年前の事件に関与していたことが明らかになってしまうという秘密があった。窮地を脱するためにヘレンは策を巡らすのだが上手く行かず、次々と難問に直面することになる…。
70代の女性が主役で最近目にすることが多い高齢者ミステリーの一つと言えるが、ヘレンの抱える過去が複雑でインパクトがあり、単なるお婆ちゃん探偵で終わっていないのがいい。作者自身が生きてきた60年代のアメリカの暗黒面と、現在のシニアタウンに暮らす高齢者たちの元気溌剌さが好対照を見せ、フーダニットの面白さと軽やかなユーモア小説の二面性が調和している。
謎解きサスペンスとして、また老人が主役のユーモアミステリーとして、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
かくて彼女はヘレンとなった (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)
No.423: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)
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古臭い素材(交換殺人)に時代のスパイスを効かせて巧妙

マスカレード・シリーズの第4作。事件の舞台をホテルに置いて、客のプライバシー保護と捜査を対立させて、最後は真相を明らかにするという、いい意味でも悪い意味でもマンネリのストーリーだが、前作よりは読み応えがあるミステリーである。
同じような手口の殺人事件が短期間に発生し、警察は被害者の共通項を探るうちに組織的な連続報復殺人ではないかと疑問を持った。被害者の背景を調べると、いずれも殺人事件を起こした過去があり、しかも比較的軽い刑罰で社会に復帰していたのだ。そこで彼らが加害者となった事件の遺族のアリバイや関連性を探っていると、数人の遺族がクリスマスイブにホテルコルテシア東京を予約していることが判明した。次の事件はクリスマスイブに計画されていると確信した警察は三度となる潜入操作を、新田警部に命じるのだった…。
シリーズではお馴染みのホテル従業員・山岸尚美が登場して、新田とお馴染みの攻防を繰り返すし、事件の構造は交換殺人という使い古されたものなのだが、容疑者たちの繋がり、報復感情の持ち方などに今風の味付けがあり、新鮮な物語として読める。シリーズ3作目までは右肩下がりになっていくのかと危惧したが、本作でやや盛り返した印象だ。次作は、警察を辞めた新田がホテルの警備責任者になるということで、どういう展開を見せるのか楽しみにしたい。
シリーズ愛読者はもちろん、軽めの警察ミステリーのファンにオススメする。

マスカレード・ゲーム (集英社文庫)
東野圭吾マスカレード・ゲーム についてのレビュー
No.422: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ディーヴァーは短編の方が面白いかも?

米国では一冊で発刊されたディーヴァーの第三短編集「トラブル・イン・マインド」を分冊にしたうちの上巻。短編6本と著者まえがき付き。キャサリン・ダンス、リンカーン・ライムなどお馴染みの主人公ものから単独作品までヴァラエティ豊かで、どれもひとひねりがあって楽しめる。
分冊の上巻「死亡告示」のレビューでも書いたが、短編だとディーヴァー得意のどんでん返しが何度も繰り返されることがないのでうるさくなく、まさに「twisted」の魅力を楽しめる。ミステリーファンなら、好きなジャンルを問わずどなたにもオススメしたい。
フルスロットル トラブル・イン・マインドI (文春文庫)
No.421: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

フロスト警部に近づいた? だんだん面白くなってきた第3作。

スウェーデンを代表するミステリー作家の「ベックストレーム警部」シリーズの第3作。全く関係がないような3つの事件が奇妙につながり、複雑に絡み合うのだが、ベックストレームが独自の勘と欲得とで事件を終わらせてしまう、ユーモア警察ミステリーである。
犯罪組織の弁護士として悪名高い男が鈍器で激しく殴られて死んでいるのが発見された。さらに飼い犬まで殺害されていたのだが、奇妙なことに、犬は主人が死んでから4時間ほど経ってから殺されたようだった。犯人はなぜわざわざ現場に戻ってきたのか? ベックストレームたち捜査部は頭を悩ませていたのだが、そこにさらに、老婦人がウサギを多頭飼育して放棄したとして告発された事件、王室に連なる男爵がオークション・カタログで殴られたという事件まで持ち込まれ、捜査陣はてんやわんやになってしまう。トラブルを避けることが信条のベックストレームはあれこれと言い訳を捻り出しては業務を部下に任せ、優雅なランチタイムと昼寝に精を出し、金の匂いがした時だけ真剣に頭を働かせるのだったが、なぜか事件の真相に辿り着くのだった。
シリーズも3作目になり脂が乗ってきたというか、話の展開、ベックストレームのキャラが切れ味良く、第1作のような凡庸でどんよりした雰囲気が無くなった。事件のミステリー要素も明確になり、ユーモアとミステリーのバランスが取れてきた。このジャンルの傑作「フロスト警部」シリーズにはまだ及ばないものの、満足できるレベルになっている。
ユーモアミステリー、ほら話的ミステリーが嫌いじゃなければ、オススメできる。
悪い弁護士は死んだ 下 (創元推理文庫)
No.420:
(8pt)

ネイトの分まで大暴れする、怒りのジョー・ピケット

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第15作。娘エイプリルを傷付けた犯人に報いを受けさせるため、ジョーがこれまでにはない実力行使を見せる、アクション・サスペンスである。
過去に少女暴行に関わった噂があるロディオ・カウボーイのダラスと駆け落ちしたエイプリルが頭を殴られ、意識不明の状態で側溝に捨てられているのが発見された。怒りに駆られたジョーはダラスを逮捕しようとするのだが、ダラスの両親から「息子はエイプリルとは別れていたし、ロディオで大怪我を負っていたので犯人であるわけがない」と言われる。さらに、エイプリルの持ち物が陰謀論者でとかくの噂がある男の住居で発見された。犯人はダラスではないのか、疑問を持ちながらジョーは真相解明のために調査を進めていた。その頃、FBIとの取引で釈放されたネイトは鷹匠のビジネスを始めたのだが、依頼主のところで襲撃され瀕死状態で病院に運ばれた。強力無比の相棒の助けが得られない中、ジョーは一人で戦いを進めることになった…。
いつもは暴力担当として危機を救ってくれるネイトがいないどころか、ネイトの恋人まで危機に陥り、ジョーが孤軍奮闘するのが、これまでのシリーズ作品にはない新鮮さである。さらに、常に事件の背景に社会的な問題を置いてきた本シリーズでは珍しく、個人的な報復感情が前面に出ているのも面白い。それでも、ジョーはあくまでも正義感と責任感の塊、融通が効かない男で、それを優しく包み込むファミリーの物語も心温まる。
シリーズ愛読者は文句なしに必読。シリーズ未読であっても、本書からジョーのファンになれること請け合いの傑作アクション・サスペンスとしてオススメする。
嵐の地平 (創元推理文庫)
C・J・ボックス嵐の地平 についてのレビュー
No.419: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

文句なしに面白い!

米国では一冊で発刊されたディーヴァーの第三短編集「トラブル・イン・マインド」を分冊にしたうちの下巻。なので、サブタイトルが「トラブル・イン・マインド Ⅱ」。収録された5本の短編と1本の中編は、どれも甲乙つけ難い傑作揃いである。
唯一の中編「永遠」は並の警察ミステリーなら一冊分の内容が詰まっており、他の短編もみんな起承転結がきちんとした構成で、最後にあっと言わせるのはさすが。というより、長編では鼻につくこともある「どんでん返しの魔術師」の技の連続がない分、どんでん返しを素直に楽しめた。
オススメです。
死亡告示 トラブル・イン・マインドII (文春文庫)
No.418: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

巨匠90歳での遺作は、実に見事なスパイ小説なり

言わずと知れたスパイ小説の巨匠の90歳での遺作。冷戦下から冷戦後もイギリス情報部のために働いたスパイと情報機関の重苦しい関係を描いた、従来とは異なるパターンの傑作である。
不機嫌な若い女性がイギリス情報機関の国内保安責任者に、「母からあなたに直接渡せと言われた」という手紙を渡すところから始まる物語は、イギリス情報機関内部の綻びを見せながら、スパイとなる人物たちの心の奥深くに分け入っていく。これまでのル・カレ作品の中心だった、非情で知性だけを頼りに生きている辣腕スパイたちが火花を散らす謀略戦とは異なり、一人のスパイが抱える心の闇と悲哀が切ない。それでも、ル・カレならではの純粋なスパイ小説であり、傑作と言える。
ル・カレの遺作という以上に良質なスパイ小説として、全てのスパイ小説ファンにオススメしたい。
シルバービュー荘にて (ハヤカワ文庫NV)
ジョン・ル・カレシルバービュー荘にて についてのレビュー
No.417: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

悩める男・ボッシュの本質が分かる

ハリー・ボッシュ・シリーズの第3作。4年前、連続殺人犯・ドールメイカーを逮捕する際に射殺してしまったボッシュに対し、犯人の妻が夫は無実だったとして告訴してきた。しかも、原告に付いた弁護士は辣腕で知られる切れ者チャンドラーで、ボッシュは激烈な法廷闘争に巻き込まれる。というのが、本筋。そこに、ドールメイカーと同じ手口で殺害された死体が見つかり、真犯人はほかにいるのではないかという疑惑が加えられ、しかも暗い過去が残したボッシュの精神的な傷痕の疼きまで加わって、警察ミステリー、ハードボイルド、リーガルものという複雑な構成で、読み応えのある作品である。
特に、裁判開始の直前に同じ手口の殺人が発見され、ボッシュ自身まで誤認逮捕だったのではないかと動揺し、さらにそれが裁判の行方を左右するという展開は実にスリリング。また、恋人となったシルヴィアとの仲が深まったり、ぎこちなくなったりするところも、シリーズものならではの面白さである。
単なる警察ヒーロー物語ではない、味わい深いハードボイルド・ミステリーとして多くの方にオススメしたい。
ブラック・ハート〈上〉 (扶桑社ミステリー)
マイクル・コナリーブラック・ハート についてのレビュー
No.416: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読むほどに深まる謎とサスペンス、第一級のエンタメだ!

ハリー・ボッシュ・シリーズの第8作。散歩中の犬がくわえてきた古い骨から始まった事件捜査が公私にわたってボッシュを揺さぶる、シリーズのカギとなる作品である。
犬がくわえてきた骨を鑑定した結果、12歳ぐらいの少年のもので20年ほど前に鈍器で殴られて死亡したらしいことが判明した。しかも、少年は生前に激しい虐待を受けていたと思われ、ボッシュとエドガーのコンビは絶対に犯人を逮捕すると決心したのだが物証、証言ともに乏しく、捜査は難航する。さらに、現場近くに住み、小児性愛事件を起こした過去を持つ男性を取り調べていることがマスコミに漏洩し、男性が自殺する事態となり、ボッシュは警察内部からも厳しく批判された。そんな中、一本の通報電話から身元解明へのきっかけをつかんだボッシュは寝食を忘れて事件の真相を探っていく…。
20年も埋もれていた骨がボッシュの刑事魂を激しく揺さぶる。怒涛の警察ハードボイルドである。上層部からにらまれながら、なぜボッシュは真相解明に突き進むのか、ボッシュの熱さがメインテーマと言っても過言ではない。古い骨の鑑定という地味なスタートだが、被害者の身元が判明してからはスピーディーで緊張感あふれる捜査が展開され、どんどん引き込まれていった。
シリーズの転機となる作品であり、ボッシュ・ファンは必読。しっかりした構成のサスペンス・ミステリーを読みたいという読者にも自信をもっておススメしたい。
シティ・オブ・ボーンズ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.415: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

現在と過去、二つの事件の関りが秀逸

現代フランス・ミステリーを代表する一人であるミニエの「セルヴァズ警部(警部補)」シリーズの第5作。新人時代に遭遇した事件に関連すると思われる殺人事件に直面したセルヴァズが複雑に絡み合った事件の謎を解くパワフルな警察ミステリーである。
1993年、刑事になったばかりのセルヴァズは美人大学生姉妹の惨殺事件に遭遇する。その奇妙な犯行は人気ミステリーの内容を模倣したようで、しかも被害者二人とミステリー作家ラングは知り合いだった。警察はラングを有力容疑者として追求したのだが、想定外の犯人が見つかり事件は幕引きされた。その25年後、こんどはラングの妻が殺害され、その殺害現場は25年前の事件を想起させた。セルヴァズは二つの事件を切り離して考えることができず、両方の謎を解くべくもつれにもつれた人間関係を解きほぐしていくのだった…。
前半では奇妙な事件の捜査を通じて新人刑事のセルヴァズが成長していく姿が丁寧に描かれ、後半では実力ナンバーワン刑事になったセルヴァズが優れた推理力と行動力を発揮する王道の警察ミステリーとなっている。さらに、セルヴァズの人物像の背景となるエピソードがあるのが、シリーズ読者にはうれしい。700ページ近い長編だが謎解き、ヒューマンドラマの両面とも完成度が高く、中だるみすることもない。
シリーズ愛読者は必読。セルヴァズの刑事人生の原点が描かれているので、本作から読み始めても全く問題なし。警察ミステリーの傑作としてオススメする。
姉妹殺し (ハーパーBOOKS)
ベルナール・ミニエ姉妹殺し についてのレビュー
No.414: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

5年たっても不器用で、見放せないジョー

「償いの雪が降る」に続くジョー・タルバート・シリーズの第2作。顔も知らない父親かもしれない男の死の真相を探るために、素人探偵となるジョーの不器用で誠実な生き方を描いた、情感豊かな青春小説であり、謎解きミステリーである。
前作から5年後、大学を卒業し恋人のライラ、弟のジェレミーと三人で暮らしながらAP通信社の記者として働いていたジョーはある日、上司から「近くの田舎町で、ジョー・タルバートという男性が不審死したという」プレスリリースを見せられた。確かに、ジョーが生まれるとすぐ自分と母親を捨てて出て行った男の名前はジョー・タルバートだった。もし自分の父親だったら? ジョーは真相を探るために田舎町に向かい聞き込みを始めたのだが、聞かされるのジョー・タルバートが「殺されて当然のくず野郎」だったという話ばかりで、ジョーの父親捜しは、ジョーを苦しめるばかりだった。それでも「真っ当な人でいる」ことにこだわるジョーは決してあきらめず、事件の真相を明らかにするのだった。
基本的にはフーダニット、ワイダニットのミステリーだが、父親(そして母親も)と対峙することで成長する青年の物語でもある。さらに、恋人のライラ、自閉症の弟のジェレミーと家族を築いていく家族小説でもある。
ジョー・タルバートのファンには必読。読後感がよい爽やかなミステリーを読みたい方にもおススメしたい。
過ちの雨が止む (創元推理文庫)
アレン・エスケンス過ちの雨が止む についてのレビュー
No.413: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

LAPDに帰ってきたボッシュが生き生きしている

ハリー・ボッシュ・シリーズの第11作。3年ぶりに私立探偵からロス市警に戻ったハリーが17年前の未解決事件に取り組み、様々な困難に見舞われながらもきちんと真相を解明する正統派警察ミステリーである。
ロス市警に復帰し、未解決事件班に配属されたボッシュに与えられたのは、17年前の少女殺害事件だった。技術の進化により新たなDNAが見つかったという。これを手掛かりに捜査を進めようとしたボッシュと相棒のライダー刑事のコンビは、最初の捜査がずさんで、しかも途中から捜査の方向性が変わってしまっていたことに気が付いた。警察上層部の意向によって事件の背景が解明されないままになってしまったのではないか、疑問を持ったボッシュはマスコミを使った、おとり捜査に近い手段を強行したのだが、望んでいた結果を得ることができなかった。プレッシャーに押しつぶされそうになったボッシュは、徹底的に捜査資料を再検討することで解決への道筋を見つけようとする…。
ボッシュにはやはり私立探偵より刑事が似合う。地道な聞き込み、証拠の再検討、人間関係への深い洞察など、派手ではないが綿密な捜査がリアルな緊迫感を生み出し、最後までサスペンスを高めていく。
ボッシュ・シリーズ第三幕の開幕を告げる傑作であり、シリーズ・ファンは必読。シリーズ未読であっても十分に楽しめるので、警察ミステリーファンならどなたにもおススメしたい。
終決者たち(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー終決者たち についてのレビュー
No.412:
(8pt)

新人とは思えない読み応えあり

テレビの報道キャスターでもある著者のデビュー作。報道記者としての経験を生かした、社会派ミステリーである。
テレビの報道記者として成功してきた榊美貴だったが、部下のミスの責任をかぶり深夜ドキュメンタリー制作という地味な部署に異動させられた。そこで出会ったのが、小学生の校舎からの転落死で、警察は事故として処理したのだが、死亡した清水大河の母親・結子の異様な言動にピンときた美貴が取材を始めると大河の祖父、裕子の父である今井武虎が少女と母親の誘拐殺人で死刑にされていたことが分かった。さらに、今井武虎は最後まで無実を主張し、しかも有罪の決め手となったDNA鑑定、目撃証言があやふやだったことも判明した。冤罪事件ではないかとして番組制作を企画した美貴だったが、それは警察と対決することであり、また事件の周辺人物と軋轢を生むことにもなった。事件の背景を探るにつれ「真実を明らかにすることが正義なのか」と悩みながら、美貴は自分の信じるところを貫き通すのだった。
犯人捜しというより事件の背景、波紋を描いた社会派作品で、シングルマザーである美貴をはじめ主要な登場人物が皆、それぞれのマイナスを抱えているところが作品に深みを与えている。ミステリーとしてのアイデア、構成、展開などは新人離れした上手さで、読み応えがあるエンターテイメント作品に仕上がっている。ただ、文章表現にやや過剰な装飾が感じられるのが玉に瑕。もう少しだけ削り込めば、さらに緊迫感がある作品になっただろう。
次作も期待できる作家の登場として、社会派ミステリーのファンにオススメしたい。
蝶の眠る場所
水野梓蝶の眠る場所 についてのレビュー
No.411: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

こんな日だけは、理想に生きてもいいんじゃないか(非ミステリー)

2020年から21年にかけて雑誌連載された連作短編集。戦後日本映画へのオマージュであり、人生賛歌でもある。
大手企業に就職したもののドロップアウトし、再度大学院生となった若者が、今は引退した往年の大女優の資料庫の整理を頼まれ一緒に過ごすうちに経験した「人生への気づき」を詩情豊かに描いている。
読み進めるうちにすべてのことを受容したくなる、爽やかな読後感が素晴らしい。吉田修一ファンはもちろん、初めてという方にもおススメしたい。
ミス・サンシャイン
吉田修一ミス・サンシャイン についてのレビュー
No.410: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

英国本格ミステリーから警察小説になった傑作

ダルグリッシュ警視シリーズの第7作で、三度目の英国推理作家協会賞シルバー・ダガー賞を受賞した作品である。
小さな教会で大臣を辞職したばかりの下院議員・ベロウン卿が死体で発見されたのだが、そこには浮浪者の男も死んでおり、二人ともベロウン卿のカミソリでのどを切られていた。ベロウン卿は自殺したではないかと思われたが、ベロウン卿のスキャンダルを示唆する怪文書を見せられて、相談を受けていたダルグリッシュが調べを進めると、死の数週間前からの卿の周りで不可解なことが数々起きていた。貴族の一員として広大な屋敷に暮らす名門ベロウン卿一家には複雑な家族関係があり、家族それぞれが殻にこもった暮らしを営み、誰もが容疑者になりうるようだった。ダルグリッシュを中心にしたチームは人間心理に関する鋭い知性と感性で、こじれた人間関係の闇に分け入り、様々な嘘を暴き、ついにアリバイ崩しに成功する。
殺人事件の謎解きとしても一級品、それに加えて警察チーム、被害者一族の人間ドラマとしても一級品。さすがにCWA受賞作である。特に、ダルグリッシュのみならず、同僚であるマシンガム、ミスキンの人間的な悩みにかなりのボリュームがさかれていて、単なる英国本格派ミステリーだけに終わらない、現在の警察ミステリーにつながるテイストが印象的である。
ダルグリッシュ・シリーズ、P. D. ジェイムズのファンはもちろん、重厚長大なミステリーのファンにはぜひおススメしたい。
死の味〔新版〕 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P・D・ジェイムズ死の味 についてのレビュー