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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数529件
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ゴダール監督の長編映画「はなればなれに」の原作となった、1958年の作品。若く軽薄な三人が軽いノリで立てた現金窃盗計画が思わぬ結果を招いてしまう、サスペンスフルなクライムノベルである。
22歳の前科者同士のスキップとエディは職業訓練のための夜間学校で17歳のカレンと出会い、彼女の養親である老婦人の家に大金が隠されていることを知った。金の持ち主はラスベガスのカジノ関係者らしいのだが、たまにしか顔を見せず、しかも現金は無防備に保管されているという。「ちょろい仕事」だと考えたスキップはエディを仲間に引き込み、カレンをそそのかして深夜に忍び込む計画を立てる。誰も傷つけず、一晩で大金をせしめるはずだったのだが、スキップが同居する叔父で前科者のウィリーに計画を漏らしたことから歯車が狂い始め、思いもかけない結末を迎えることになる…。 無軌道な若者がちょっとしたことで運命を狂わせていく、青春ノワールではよくあるパターンの物語だが、関係してくる大人たちが癖のある人物ばかりで、そこに生じる複雑な人間ドラマ、心理ドラマが作品の味わいを深くしている。ゴダールの映画(優れた作品だが、優れたサスペンス映画ではない)に比べると数段サスペンスフルなミステリーである。 映画の原作という評価は関係なく、古さを感じさせない青春ノワールの傑作であり、多くのクライムノベル・ファンにオススメしたい。 |
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後書きと謝辞にある通り映画「タワーリング・インフェルノ」にインスパイアされた、超一級のパニック小説。日本が舞台のパニック小説はさほど面白くないものが多いが、本作はそんな思い込みを覆す傑作エンターテイメントである。
東京の新たなランドマークとなる地上100階建て、高さ450メートルの超高層タワービルが営業初日に火災に襲われる。ショッピングフロア、ビジネスフロア、ホテルフロアには数万人が押し寄せており、しかも100階のホールでは千人を集めたオープニング・セレモニーが行われていた。最新の防災設備を備えた超高層タワーで火災が起きるはずがない、そんな思い込みや願望から初期対応が遅れ、最上階の1000人が取り残された…。 これまで誰も経験したことがない大災害に必死に立ち向かう消防士たちの死力を尽くした戦いがメインで、物語としては単純だが最後まで息をつかせない緊迫感が見事。さりげなく散りばめられていたエピソードが俄然、重要な要素になっていくストーリー展開も素晴らしい。 パニック小説のファンには、文句なしのオススメである。 |
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高レベルなハードボイルドを発表し続ける「ハリー・ボッシュ」シリーズの第9作。ロス市警を退職したボッシュが心残りな未解決事件に個人的に決着を付ける、ハードボイルド・ミステリーである。
刑事を引退したボッシュの私立探偵としての日々は退屈でしかなかった。そんな時、ずっと心に引っかかっていた4年前の女性殺害事件に関する情報が、引退した元同僚刑事からもたらされた。被害者は映画製作会社に勤める若い女性で、数日後、その映画会社のロケ現場で200万ドルの現金強奪事件が起き、事件捜査中のボッシュが現場に居合わせたという因縁があった。たとえバッジを身に付けていなくても被害者の無念を晴らすのが使命であると再確認したボッシュは、私人として捜査を始めたのだが、ロス市警とFBIから手を出すなと警告され、さまざまな妨害を受ける。それでも怯むことなく、あの手この手で真相に近づいていったボッシュだったが、たどり着いた真相は、あまりにも苦く切ないものだった…。 警官ではなくなり、しかも誰かに依頼されたわけでもないのに、ひたすら正義のために粉骨砕身するボッシュが熱いこと。これぞハードボイルドの真髄が味わえる作品として、ボッシュ・シリーズのファンにはもちろん、すべてのハードボイルド・ファンに必読!とオススメしたい。 |
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21世紀の87分署シリーズことイタリアP分署捜査班シリーズの第三作。アパートの一室で仲の良い兄妹が殺害された事件を、存続の危機にあるP分署のろくでなし刑事たちが解決する、チームワーク警察ミステリーである。
史上稀に見る寒波がナポリを襲った朝、若き研究者の兄とモデルの妹が同居しているアパートの別々の部屋で殺されているのが発見された。居直り強盗とも性的目的とも考えられず、凶器は見つからず、さらに死体を発見した兄の友人やアパートの住人から事件前に兄が誰かと言い争っていたとの証言を得た刑事たちは、被害者の人間関係から糸口をつかもうとする。決定的な証拠はないものの容疑者を三人に絞り込んだ捜査班だったが、解決を急ぐ市警上層部から捜査権を返上するように圧力をかけられ、ついにはタイムリミットを設定されてしまった…。 時間が限られるなか、警察のお荷物扱いされていた“P分署のろくでなしたち”が刑事本来の使命感を取り戻し、見事なチームワークで成果を上げるところが読みどころ。前二作にはなかったメンバーの生き生きとした捜査活動が新鮮である。さらに、メンバーそれぞれが抱える家族や私生活の問題に変化が見えてくるのも、シリーズものならではの面白さ。ろくでなしたちも居場所を見つければ生き返るという、再生の物語にもなっている。 前二作よりパワーアップした警察群像小説であり、ヨーロッパ系警察ミステリーのファンならきっと満足できる傑作としてオススメする。 |
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イギリス国家犯罪対策庁重大犯罪分析課の刑事「ワシントン・ポー」シリーズの第二作。6年前に犯人逮捕して解決したはずの殺人事件の被害者が生きて現れた! ポーの捜査が間違っていて犯人は冤罪だったのか? 信念の男・ポーが信頼する仲間と共に不可能犯罪の謎を解く、サイコ・サスペンス警察ミステリーである。
6年前、18歳のエリザベスが行方不明になり死体は見つからなかったのだが、経営するレストランにエリザベスの血痕があったことからポーは、父親でカリスマ・シェフとして知られるジャレド・キートンを逮捕し、ジャレドは実刑判決を受けた。ところが、殺されたはずのエリザベスが現れ、血液検査の結果、本人であることが確認された。ジャレドはサイコパスであり真犯人だと確信するポーは納得できず、血液検査の再鑑定や化学検査など求めたのだが結果は変わりなく、冤罪との見方が強まってきた。さらに、またもやエリザベスが姿を消したため、ポーは殺人容疑までかけられた…。 DNAの一致という致命的な証拠を前に絶体絶命の窮地に陥ったポーだったが、決して諦めず、前作でもコンビを組んだ分析官のティリー、理解がある上司のフリンの助けを借りて犯人に辿り着く、正統派の警察ミステリーである。それにサイコ・サスペンスの不気味さと科学捜査の意外性が加えられ、さらに場面転換もスピーディかつ衝撃的で、物語はハラハラ、ドキドキでテンポよく進行する。シリーズものらしく、登場人物の身辺の物語が徐々に明らかになるのも読みどころ。 イギリス警察小説、サイコ・サスペンスのファンなら絶対に満足できる作品であり、できるだけ第一作から読むことをオススメする。 |
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現代文学作家として知られるポール・オースターの幻のデビュー作。1980年代のニューヨークを舞台にした正統派のハードボイルドである。
冴えない私立探偵・マックスの事務所を訪れたのは、絶頂期に交通事故に遭って引退し、今は議員候補と目されている元大リーガー・チャップマンだった。命を狙うという脅迫状を受け取ったという。脅迫状は殺意を匂わせているのだが抽象的で、さらに5年前の約束を守れというのだが、チャップマンは心当たりがないという。犯人の意図を探るために関係者に聞き込みを始めたマックスはいきなり危険な雰囲気の男たちから脅迫された。男たちをよこしたのは誰か? 調査を進めると5年前の交通事故、チャップマンの妻の不倫などを巡って不可解な事態がいくつも判明し、背景には複雑な人間関係があるようだった…。 私立探偵、マフィア、警官、弁護士、郊外住宅の富裕層など完璧な道具立てで、登場人物のセリフ、行動も全て古典的なハードボイルドを踏襲している。それにさらに、メジャーリーグが絡んでくるのだから、アメリカン・エンタメの完成品というべきだろう。 正統派ハードボイルのファンに絶対のオススメである。 |
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1940年に出版された「20世紀アメリカ文学最大の問題作」と言われ、日本では「アメリカの息子」の邦題で出版されながら長らく絶版になっていた作品の新訳版。貧しい黒人青年が偶発的に富豪の娘である白人女性を殺害して逃走、逮捕、裁判にかけられ死刑になるまでの黒人差別を犯人視点で語り尽くした、熱情あふれる社会派ミステリーである。
大恐慌下にあった1930年代のシカゴ、失業中の黒人青年・ビッガーは運転手として雇われた不動産業の富豪・ドルトン家で働き始めたその日に、一人娘のメアリーを殺害する事態に陥った。恐怖に駆られたビッガーはメアリーの遺体を暖房炉で焼いて証拠隠滅を図ろうとする。さらに死体が発見される前に身代金を取ろうとして脅迫状を届けた。しかし、事件は発覚し、警察に追われて必死で逃走したものの逮捕され、群衆の憎悪の嵐の中で裁判にかけられる…。 黒人青年はなぜ殺害したのか、死体を焼こうとしたのか、何を考えながら逃走し、勾留中はどのような心理だったのか? 制度や法として黒人差別が当たり前だった時代に生きる黒人の恐怖心がとてつもなく重い。「自分の意志が、この恐怖と殺人と逃亡の日夜ほど自由であったことはなかったのだ」というビッガーの独白の救いのない重苦しさは、現在のアメリカ(に限らないが)の人種差別を考えると、ほんの少しも軽くなっていないことが恐ろしい。アメリカの読書界を震撼させたというのも納得できる力作である。 780ページ超の重厚長大作だが絶対に読む価値ありとオススメする。 |
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北海道警シリーズ第10作。組織のメインストリームから外されながらも警察官としての矜持を失わない3組の警官たちが、職務権限の壁を越えて結束して事件を解決する警察ミステリーである。
男性が轢き逃げされたとの通報で駆けつけた機動捜査隊の津久井は、ドラレコなどから事故ではなく拉致・暴行事件ではないかと判断する。生活安全課の小島は別居中の父親に会いたい一心で旭川から札幌に一人で来た9歳の少女を保護する。刑事課盗犯係の佐伯は住宅街にある弁護士事務所の窃盗事件に臨場したのだが、犯人たちの狙いが金銭ではないことに気づき、弁護士の業務を調べるうちに、轢き逃げされた男性が弁護士に相談事を持ちかけていたことを知る。無関係に見える三つの事象だが、警察官としての嗅覚を研ぎ澄まし、組織の壁など気にしない彼らには徐々に全体像が見えて来た…。 いつものメンバーが独自の責任感と使命感でベストを尽くすうちに強力なチームとなり、埋もれていた犯罪を明らかにしていく安定したストーリー運びで、読んでる途中も読み終わった後も爽快感がある。 シリーズ未読でも問題なく楽しめる作品であり、警察ミステリーファンならどなたにもオススメしたい。 |
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ギャング小説の巨匠・ウィンズロウの新たな三部作の第一部。ロードアイランド州の小さな都市を舞台にアイルランド系とイタリア系のマフィアが壮絶な戦いを繰り広げるバイオレンス・ノワールである。
1986年、ロードアイランド州の州都プロヴィデンスはアイルランド系とイタリア系のマフィアが共存共栄の関係を保っていたのだが、一人の美女をきっかけに小さな綻びが生じ、両組織が血で血をあらう抗争に突入した。アイリッシュ・マフィアの前ボスの息子・ダニーは一兵卒の地味な立場に甘んじながらも戦いの中で頭角を表し、やがてはボスの位置に押し上げられていく。両組織ともに内部に権謀術策が渦巻き、裏切り、仲間割れなど不協和音を出しながらも破滅まで止まらない抗争に明け暮れることになる。そして…。物語は1990年代にまで続くスケールの大きな叙事詩となる予定で、第二作、第三作への期待を高める結末となっている。 メキシコの麻薬戦争もの、ニューヨーク市警ものという複雑で分厚い物語を書いてきた最近のウィンズロウだが、本作はマフィアの抗争を主題にした、よりシンプルで読みやすいノワール・エンタメ作品である。暴力と謀略で裏社会の世代交代が進められていくところは、東映映画の傑作「仁義なき戦い」と通じるところがあり、日本人読者にも理解しやすい。 ノワールのファンには自信を持ってオススメする。 |
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大阪府警シリーズの中でも独自の世界を築いている上坂刑事のバディもの。2019年から22年にかけて雑誌連載された長編警察ミステリーである。
中小企業経営者・篠原が行方不明になったという届出があり、妻・真須美によると篠原は資金繰りに苦しんでおり、自殺の恐れがあるという。しかも、振り出した手形が闇金に渡り脅迫されていたらしい。闇金がらみということで担当となった暴犯係の上坂、磯野コンビが捜査に着手するとすぐ、高速の非常駐車帯に駐められていた車で篠原の遺体が発見された。車は篠原のもので、ドアはロックされており自殺と判断されかけたのだが、篠原に掛けられていた巨額の生命保険、手形をめぐる異常で複雑な動き、篠原の周辺に出没する怪しげな輩などが次々に判明。背後に犯罪が隠れていることを察知した上坂、磯野コンビは、今にも途切れそうな細い糸をたぐって全貌を明らかにしようとする…。 相変わらず絶好調の大阪府警シリーズ、今回も期待は裏切られない。目の前で躍動する刑事たちのキャラクター、絶妙なテンポの会話のキャッチボール、意外と真剣で細やかな捜査プロセスなど読みどころ満載。最後まで一気読みの傑作エンターテイメントと言える。 黒川博行ファンなら必読。警察ミステリーのファンにも絶対の自信を持ってオススメする。 |
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時代小説の名手(間違いない称号)藤沢周平が初めて挑んだハードボイルド小説。時代は江戸でも主人公はアメリカン・ハードボイルド全盛期のPIという、傑作エンターテイメントである。
ヒーローの陰影に富んだキャラクターがまさに最良のハードボイルドのものであり、ストーリー展開もスリリングで謎解き、アクションも切れ味鋭く、途中途中に挟まれるエピソードも情感がある。 とにかく予備知識なし、先入観なしで読めば絶対に満足できる傑作として、全てのハードボイルド・ファンにオススメしたい。 |
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シカゴを舞台にしたノワール・ハードボイルドで知られるイジーの第3作(邦訳では2作目)。マフィアに潜入していた捜査官が10年前の因縁から凶悪な強盗犯と対決する、男くさいハードボイルドである。
マフィアに潜入していた囮捜査官・ジンボは突然、作戦の中止を言い渡された。10年前にジンボが逮捕した強盗犯・ジジが刑期を終えて出所し、ジンボへの復讐を企てているのだという。マフィアの幹部・マイキーに取り入ることに成功し、壊滅まであと一歩と信じていたジンボは納得いかなかったが、ジジはマイキーの仲間であり、いつ顔を合わせるかわからないので中止になったのだった。ところが、中止を決めた検察官が記者会見でジンボの正体を発表してしまったため、復讐の執念に燃えるジジから執拗に命を狙われることになった…。 シカゴの暗黒街、犯罪組織や泥棒が主人公のクライムノベルを書いてきたイジーには珍しく、本作は刑事が主人公で警察アクションものの色合いもあるのだが、物語の本筋はジンボとジジの一対一の対決にあり、直接的な暴力による力の対決という、誠に古くさく、男くさいハードボイルドである。 正統派ハードボイルドやノワールのファンにオススメ。またジンボが古いギャング映画マニアとの設定で50年代〜70年代のギャング映画のトリビアがたびたび登場するので、そのあたりのファンなら更に楽しめるだろう。 |
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作家、起業家、演劇監督など多彩な活動を見せるイギリス人作家の初ミステリー。ロンドンのインド料理店でウェイターとして働く元インド警察の刑事が大富豪殺害事件と、自分が刑事の職を追われる原因となった事件の謎を解く、本格ミステリーである。
故郷コルカタで担当したインド映画のスター殺害事件が原因で退職・出国を余儀なくされたカミルは、父の古い友人であるサイバルが経営するインド料理店でウェイターとして不法就労し始めて三ヶ月が過ぎた頃、サイバルの友人である大富豪ラケシュの60歳の誕生日パーティーに派遣された。ラケシュは倍以上の年下の女性ネハと結婚したばかりで、パーティーに来た元妻や息子とネハが衝突し、パーティーは不穏な雰囲気に覆われた。案の定、パーティー直後にラケシュの死体が発見され、新妻ネハが第一容疑者とされた。ネハはサイバルの娘・アンジョリの親友で家族ぐるみの付き合いがあり、カミルはネハの容疑を晴らすように依頼される。警察権限がない上に、不法就労がバレれば国外追放される身の上のカミルだったが、持ち前の深い洞察力を駆使して粘り強く調査を進め、ついには自分が故郷を追われることになったスター殺害事件との繋がりまで発見する…。 きちんとしたプロセスを辿って事件の真相が解明される本格謎解きミステリーである。インドとイギリスの文化や生活習慣の違い、珍しい食べ物などのエスニック要素ももちろん興味深いが、それ以上にミステリーとして高く評価できる。タイトルから連想するコージー・ミステリーではない読み応えがある。 インド・ミステリーの枠にとらわれず、良質なミステリーとして多くの人にオススメしたい。 |
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アルバート・サムソン・シリーズの第4作。製薬会社のセールスマンである弟が事故で会社の病院に入院し、半年以上も面会謝絶になっている理由を調べてほしいという依頼を受けたサムソンが調査を進めるサスペンス・ミステリーである。
入院患者・ジョンの姉で依頼者であるドロシーはロフタス製薬が管理する病院に何度も面会を求めたのだが、無菌室に入院しているため面会できないと謝絶され続けてきたという。ジョンはセールスマンなのだが、事故に遭ったのは研究施設での爆発事故だという。面会できないことはもちろん、ジョンの担当する業務ではない研究所で事故に遭ったのもおかしい。さらに、関係者の医学的な説明も疑問だらけで納得できず、サムソンは強引な手法で謎の中心に突っ込んで行くことになった…。 事件の謎解きは複雑かつ精緻で、ミステリーとしての完成度が高い。さらに、13年ぶりに会ったという娘・サムが助手として加わり、サムソンの家族関係、過去が明らかになるところがシリーズ読者には気になるところだろう。ハードボイルドに欠かせない暴力、性的なシーンもあり、温和で温厚なサムソンのシリーズ中では異色作となっている。 シリーズのファンのみならず、ハードボイルドファン、ミステリーファンにもオススメする。 |
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シカゴを舞台にしたクライム・ノベルの作家ユージン・イジーの邦訳第3弾。シカゴNo.1の金庫破りボロが、息子同然に育てた弟子のヴィンセントと組んで超高層ビル・シアーズタワーの90階の金庫を破る、ハードボイルド・サスペンスである。
シカゴ・マフィアのトップを巡る陰謀に絡んでマフィアのボスの金庫破りを依頼されたボロが、自分の命を預ける相棒にヴィンセントを選んだのは、これが最後の大勝負と決めたからだった。真冬のシアーズタワーの90階にビルの壁面を伝って外から侵入するという危険極まりない荒仕事だけに成功報酬は莫大で、成功すればボロは引退し、ヴィンセントも足を洗って恋人と家庭を築けるという目算だった。しかし、組織内での権力争いからマフィアのメンバーが暴走し、さらにマフィア退治に執念を燃やす二人の刑事が絡んできて、事態は複雑で先が読めなくなってくる…。 まず第一に、超高層ビルの90階で外壁を伝って侵入する、しかも雪と強風が吹き荒れる真冬の早朝にという、手に汗握る舞台設定が抜群。さらに、自らの死期を意識したボロと、親子のように接してきたヴィンセントとの年齢差を超えたバディ物語が感動的で、感涙ものの超一級ハードボイルド作品である。また、主人公に絡むマフィアや刑事、泥棒仲間のキャラクターが秀逸で、ストーリー中に挟まれるエピソードが生き生きと躍動している。 パターン通りの展開でも飽きさせない、古くて面白いハードボイルドを探している読者に自信を持ってオススメする。 |
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壊れたアメリカの暴力を描き続けてる人気作家・スローター、久々のノン・シリーズ作品。23年前のトラウマにとらわた姉妹が過去に決着をつけるために壮絶な暴力で自分を守ろうとする、バイオレンス・サスペンスである。
幸福な家庭生活を送っている弁護士・リーに突然、陰惨なレイプ事件の弁護が命じられる。容疑が濃厚だが無罪を主張する被告が、公判の直前になってリーの弁護を依頼してきたという。なぜ自分が指名されたのかいぶかりながら被告に会った途端にリーは、23年前の悪夢が蘇り、激しい衝撃に打ちのめされる。被告・アンドルーは、リーが生涯隠し通すはずだった、あの秘密を握っているようだったのだ…。 弁護士としては被告・アンドルーを無罪にする責務があるのだが、ひとりの女性としてはレイプ魔を許せず、刑務所に送り込みたいという、究極のジレンマに苛まれるリー。その理由が順々に明らかにされ、再生への歩みを追うのがメイン・ストーリーで、事件の舞台として未知のウィルスによるパンデミックに怯えるアメリカ社会の動揺が置かれている。ただし、コロナ禍の部分は、言ってみればどうでもいい背景で、主題は子供や女性への性暴力との戦いという、スローターが追求してやまないテーマである。また、精神的・肉体的な暴力の凄惨なシーンが続出するのも、いつものスローターの世界である。 スローター・ファン、現代の社会病理が絡むサスペンスのファンにオススメする。 |
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山本周五郎賞を受賞した1995年の「家族狩り」オリジナル版を再版した2007年版。現状を顧みず家族を賛美する風潮に怒りを込めたという執筆の背景通り、家族であることは幸いなことなのか、家族に必然的に生じる歪みは無視できるのか、という問題意識をストレートにぶつけた重苦しい家族小説である。
上下2段組560ページのボリュームかつ全編にわたって猟奇的でグロテスクなシーンが展開されるため、読む側に体力、気力が求められるが、読み終えた時、ずっしりした重さを感じること間違いない力作である。 誰もが避けて通りたいような重苦しいテーマだが、ミステリー仕立てのストーリーが成功して、エンターテイメント作品としても高く評価できる。 現在の家族の在り方、社会状況に興味を持つ方に、先入観なしで読むことをオススメする。 |
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2作目となる本書でアンソニー賞など各賞に輝き、彗星の如くデビューした新進作家の本邦初登場。アメリカ南部で裏社会から足を洗い、今では自動車修理工場を営む黒人主人公が経済的な苦境から再び犯罪に手を出し、ギャングの抗争に巻き込まれていく傑作ハードボイルドである。
かつて裏社会で名の知れたドライバーだったボーレガードは真っ当な仕事と家族を持ち、平穏な日々を送っていたのだが、経営する修理工場が行き詰まり、金策に苦労するようになっていた。そこに昔の仕事仲間が現れて宝石店強盗を持ちかけられ、ボーレガードの運転テクニックを駆使した逃走で強盗に成功する。だが、宝石店を経営していたのはギャングのボス・レイジーで、ボーレガードたちは追われ、家族の命まで危険に晒された。窮地に追い込まれたボーレガードは愛する家族を救うために、レイジーが取引を持ちかけた、ギャング相手の危険な仕事に挑まざるを得なくなった…。 ストーリーは「これぞ、ハードボイルド」というシンプルかつオーソドックスなものだが、登場人物、エピソード、物語の展開スピードが素晴らしい。主人公の生き方、人間性、周囲の人物のキャラクター、そこに生まれる人情ドラマが生きている。それに加えて、アクション、特にカーアクションが抜群。車好きにはたまらないないだろう。さらに、タランティーノ映画を想起させるノワール風味が加わり、すぐに映画化権が話題になったというのも納得できる。 アメリカン・ハードボイルドの正統を受け継ぐ傑作としてハードボイルド、ノワールのファンには絶対のオススメだ。 |
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シカゴのハリネズミ探偵V. I. ウォーショースキー・シリーズの第20作。ホームレス女性と関わったことからシカゴの政財界の闇に切り込んでいくヴィクの孤軍奮闘を描いたハードボイルド・ミステリーである。
おもちゃのピアノを弾くホームレスがかつて大ヒットを出した歌姫・リディアで、銃乱射事件で恋人を失ってから精神を病んでいることを知ったヴィクは救いの手を差し伸べようとするがリディアは心を開かず、逃げるばかりだった。さらに、リディアの保護者を買って出ている男・クープが現れ、ことあるごとにヴィクと衝突を繰り返すようになっていた。行方をくらませたリディアをヴィクが探している間に、名付け子・バーニーの友人のレオが殺された。レオは何かの情報を掴んだために殺されたのではないか、ということは、情報を知っている可能性があるバーニーも危害を加えられるのではないか? 危険を感じたヴィクはバーニーを避難させ、一人でレオ殺害の背景を探り始めたのだが、さらにレオの環境問題団体仲間の一人も死体で発見され、事態は複雑になるばかりだった…。 シカゴの都市開発を巡る陰謀にカンザス州での銃乱射事件が重なり、それに巻き込まれたバーニーやヴィクも容疑者扱いされるようになり、ストーリーはあちらこちらに飛び跳ねていく。また、登場人物やエピソード、舞台となる場所も多彩で物語はどんどん広がって行くのだが、基本はいつも通りヴィクの正義感がまっすぐに貫かれるところで揺るぎなく、安定感というか、マンネリというか、読者を裏切らない。 シリーズ・ファンには安心してオススメする。 |
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021年、イギリスでベストセラーランキングに入ったという、女性作家の文芸ミステリーデビュー作。1990年にスコットランドの孤島の灯台で忽然と三人の灯台守が消えたという史実をベースに、大胆な構成力で仕上げた謎解きミステリーかつ男と女の物語である。
1972年のクリスマス直前、イギリス南西部の孤島の灯台に補給船が到着してみると、いるはずの灯台守三人の姿が消えていた。容易に人が近づける場所ではなく、灯台の扉は内側から施錠されており、誰かが侵入したとは考えづらかった。さらに、食卓には手付かずの食事が残されており、内部で争いがあったような形跡もなかった。一体何が起きたのか、全く不明のまま事件は迷宮入りした。その20年後、海洋冒険小説家が事件の謎を解くと宣言し、関係者にインタビューしてまわり始めたのだが、遺族たちの口は重く、さらに遺族間に微妙な対立があり、真相は簡単には明らかにならなかった…。 絶海の孤島に男三人だけで24時間顔を突き合わせて暮らす灯台守、その留守を守る妻たち。それぞれに守るべき秘密と生きるための光があり、光は同時に闇を生み、人間と家族の物語の陰影が描かれていく。フーダニット、ワイダニットがストーリー展開の軸ではあるが、それと同等、あるいはそれ以上に家族の物語がスリリングである。 謎解きミステリーにとどまらない人間ドラマとして、多くの人にオススメできる。 |
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