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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数529

全529件 461~480 24/27ページ

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No.69: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

夜が明けない極北の村の憂鬱

フィンランド北極圏にある小さな町の警察署長カリ・ヴァーラ警部シリーズの第一作。アメリカ生まれでフィンランド在住という異色作家の実質的なデビュー作である。
一日中太陽が昇ることが無いという真冬の極北の村で、ソマリア人女優の惨殺死体が発見された。性犯罪でもあり、人種差別犯罪でもあるというやっかいな事件の捜査に取りかかったカリだが、容疑者として浮かび上がったのが、カリの前妻を奪った男性だったことから、微妙な立場に立たされることになる。さらに、第二、第三の殺人が起き、事件はいっそう複雑な様相を呈してくる。
二十四時間闇が続く極夜を、人々は家に隠り、酒を飲んでひたすら耐え忍ぶ。そんな極北の村の重苦しさに押し潰されそうになりながら懸命に捜査するカリに、小さなコミュニティならではの複雑な人間関係と、人種差別に敏感なフィンランド社会で政治問題化することをおそれる警察上層部からのプレッシャーがのし掛かってくる。さらに、カリのアメリカ人妻は妊娠中で、初めての出産への不安とフィンランド社会に溶け込めないことへの焦燥から情緒不安定になってきた。そんな八方ふさがりのカリが苦闘の末に見いだした事件の真相は、「真相を見つけなければ良かった」と思うほど重く、切なく、やり切れないものだった・・・。
スウェーデンのヴァランダー警部シリーズに通じる、社会派の色が濃い警察小説であり、今後の翻訳出版が待ち遠しいシリーズである。
極夜 カーモス (集英社文庫)
ジェイムズ・トンプソン極夜 カーモス についてのレビュー
No.68:
(8pt)

怪人だらけのドタバタコメディー

これはもうカール・ハイアセンにしか書けない、カール・ハイアセンの世界。読者を選ぶ作品だ。これまでの彼の作品の愛読者ならツボにはまること間違い無し。あとは、フロスト警部などのドタバタコメディー系ミステリーが好きな人にはオススメ。
これ誘拐だよね? (文春文庫)
カール・ハイアセンこれ誘拐だよね? についてのレビュー
No.67:
(8pt)

黒トリュフ、食べてみたいもんだなぁ

フランスの片田舎、サンドニ村の唯一人の警察官にして警察署長であるブルーノ・シリーズの第三弾。この地方の貴重な特産品であるトリュフに中国産の粗悪品が混入されているという疑惑の調査が、フランス現代史の暗部に端を発した凄惨な殺人と移民間の抗争にまで発展し、愛する村の平穏な生活を守るためにブルーノは全身全霊をかけて戦うことになる。
シリーズ初読なので断言は出来ないが、超人的な推理や科学的な捜査ではなく、鋭い人間観察と冷静な判断力で問題解決に当たる主人公ブルーノ署長のキャラクターが、本シリーズの一番の魅力ではないだろうか。事件の捜査というより、村の治安の維持を重視した言動はまさに田舎のお巡りさんそのもので好感が持てるし、別れた恋人との再会や現在の恋人との行き違いに悩む姿も微笑ましい。かといってただ優しいだけじゃなく、危険な場面でもひるむことなく派手なアクションも見せてくれる。主人公を始めとする登場人物のキャラクターが秀逸で、さらにストーリーも波乱に富んだ、読み応えのある警察小説だった。
それにしても、随所で登場する黒トリュフ料理の美味そうなこと! 「さすがフランス!」と言いたくなるグルメ小説というのも、本シリーズのもう一つの魅力である。
黒いダイヤモンド (警察署長ブルーノ) (創元推理文庫)
No.66:
(8pt)

派手なアクション好きの方にオススメ

またまた北欧・スウェーデンの新人作家のデビュー作。文末の解説によると、「英訳原稿が百頁しか無い段階で注目を集め、数ヵ月で26ヶ国に翻訳権が売れ」、「映画化権も売れた」というが、それも納得。「ミレニアム」に通じる派手さがあるアクション小説だ。
主人公はシングルマザーの看護師・ソフィー。交通事故で入院しているエクトルに惹かれ、軽い付き合いを始めたが、エクトルは実は国際犯罪組織の大物だった。何も知らないソフィーだったが、やがてその身辺に国際犯罪組織間の争いの火の粉が降りかかり、さらには警察からも接触され、ついには最愛の一人息子・アルベルトまで巻き込まれる事態になった。
平凡な看護師が犯罪組織に関わってしまう話、国際犯罪組織間の争いの話、スウェーデン警察の内部事情の話という3つの話が絡み合う物語の始めはゆったりした展開で退屈だが、3つの話の全体像が見えてくる中盤からは壮絶な殺し合いやカーチェイスのクライマックスに向かって突っ走っていく。作品紹介の「クライム・スリラー」というより、「クライム・アクション」と呼びたいスピード感だ。
解説によると「ソフィーを主人公にした三部作の第一弾となる予定」ということだが、捜査員でも私立探偵でもなく、ましてや犯罪者でもない、平凡な看護師が主人公でいったいどういう展開になるのか? その行方がいまとても気になっている。
アンダルシアの友 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
No.65: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

9.11後のニューヨーク

ローレンス・ブロックの14年ぶりのノンシリーズ作品。ストーリーとしては、連続殺人事件とそれにかかわりを持った人々の生き方を描いているのだが、真の主役は9.11の悲劇を経験したあとのニューヨークの街と人だろうか。登場人物がみんな、相当にエキセントリックであることが、あの悲惨な出来事が与えた絶望感の大きさと再生の難しさを物語っていると感じた。
砕かれた街〈上〉 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
ローレンス・ブロック砕かれた街 についてのレビュー
No.64: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

100年経っても色あせない

今さら説明の必要はない古典的名作だが、新訳が出たのを機に再読し、あらためて名作だと思った。
荷揚げ中の樽が落ちて破損し、金貨と女性の死体が見つかるという幕開けから捜査の進展、真相解明まで、緊張感のあるストーリーでまったく古びたところはない。
本格ミステリーファンなら必読とオススメする。
樽【新訳版】 (創元推理文庫)
F.W.クロフツ についてのレビュー
No.63: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

密告屋の凄絶なサバイバル

スウェーデンのジャーナリストと服役囚支援者という異色コンビ作家の代表作である「エーヴェルト・グレーンス警部」シリーズの最新作。日本でもすでに3作品が翻訳されているというが、初めて手に取った。
本作の主役は、ストックホルム市警にリクルートされた密告屋のパウラ。スウェーデンの刑務所内での麻薬密売の独占を狙うポーランドマフィアを壊滅させる使命を受けて組織中枢に潜入、組織の任務として刑務所に入り、麻薬の持ち込みにも成功する。ところが、組織の信頼を得るために居合わせた麻薬取引現場で、ポーランドマフィアが別の潜入者を射殺するのを目撃することになり、秘かに警察に通報した。この事件の捜査を担当することになったグレーンス警部は「簡単には諦めない男」の本領を発揮し、捜査の手をパウラに伸ばしていく。もしパウラが密告屋であることがばれたら、潜入捜査が失敗し、パウラは刑務所内で間違いなく命を狙われることになる。潜入を指示した警察上層部と政府は、グレーンス警部の捜査を妨害しようとするが不首尾に終わり、ついにパウラを切り捨てる非情な決断をする。正体をばらされたパウラは執拗に命を狙われ、生き延びるために孤独な戦いを強いられた・・・。
物語の前半は潜入捜査と通常の捜査の対立が中心の警察小説、後半は刑務所を舞台にした凄絶なサバイバル小説という趣だが、どちらの面も読み応え十分。密告屋、警察の双方とも人物造形が巧みだし、何よりストーリー展開がスリリングで、さまざまに張り巡らされた伏線も見事というしかない。
シリーズ作品らしく、過去の事件や人間関係が影響しているシーンもいくつかあるが、これまでの作品を読んでいなくても興をそがれることはない。むしろ、日本とはあまりにも異なる刑務所の状況に戸惑うことの方が、読者に違和感を引き起こす要因となるかもしれない。
三秒間の死角 上 (角川文庫)
アンデシュ・ルースルンド三秒間の死角 についてのレビュー
No.62: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

辛辣な人間観察眼が秀逸!

アダム・ダルグリッシュ警視シリーズでは4作目にあたり、初めてシルバーダガー賞を受賞した、P.D.ジェイムズの出世作。閉鎖的な人間関係の中に潜む愛憎を冷徹に暴いていく、P.D.ジェイムズの真骨頂といえる作品だ。
ビクトリア朝時代の遺物のような外観の看護婦養成所・ナイチンゲールハウスで発生した、2件の看護学生変死事件。明確な動機は不明ながらどちらも殺人を疑われ、しかもナイチンゲールハウスに関係する誰もが事件に関与する機会を持っていた。ダルグリッシュ警視は緻密な聞き取りを重ねていくことで、濃密な人間関係の中に隠されていた醜悪な人間性を暴き出し、驚くべき事件の真相を解明する。
白衣の天使の裏側に邪悪な小悪魔が潜んでいるというのは、ありがちな話ではあるが、P.D.ジェイムズの非凡な観察眼は人間性の小さなヒダを克明に描き出し、登場人物ひとりひとりの個性を際だ立たせて、非常に厚みのある物語となっている。ダルグリッシュの捜査が進むほどに疑わしい人物が増えていき、謎解きの面白さはぐんぐん加速する。さらに、犯人と動機の解明部分では、それまでに張り巡らされていた伏線の巧みさに舌を巻くことになる。犯人が分かったあとの事件処理については、様々な異論があるだろうが、イギリス本格派ミステリーの王道を行く作品であることは間違いない。
ナイチンゲールの屍衣 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
P・D・ジェイムズナイチンゲールの屍衣 についてのレビュー
No.61: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

シリーズの骨格ができたかな?

未解決事件を再捜査する警視庁特命捜査対策室・水戸部警部補シリーズの第2弾。人手をかけられない特命捜査対策室の水戸部が、対象となる事件捜査に関係していたベテラン捜査員の助けを借りながら、事件が起きた街と住民の暮らしを粘り強く掘り起こし、地道な聞き込みと鋭い捜査感で謎を解いて行く、というシリーズとしての骨格が見えてきた気がした。
今回の「コールドケース」は、17年前に代官山のアパートで発生した女性殺害事件。警視庁は被疑者死亡で処理したのだが、新たに発生した川崎市での強姦殺人事件の現場で採取された精液のDNAが代官山事件で現場に残されていたDNAと一致したことを、神奈川県警から知らされる。川崎の犯人が、警視庁が終わらせた事件の犯人だったら、取り逃がした犯人が二度目の犯行を犯したことになり、警視庁の面目は丸潰れになる! 警視庁上層部としては、何が何でも、神奈川県警より先に犯行の実相を解明したいのだが、一度終結させた事案を公式に再捜査することはできず、従って組織的な再捜査は不可能だった。そこで、特命捜査対策室・水戸部に「偶然による解決」の依頼(実質的には命令)が持ち込まれることになった。専従で捜査できる相棒は朝香千津子巡査部長、ただひとりという心細い状況から水戸部の捜査がスタートした。
17年前と現在の強姦殺人に、さらに西日暮里での女性看護士殺人事件を加えた三つの事件が細い糸でつながれていく捜査のリアルさと面白さは、まさに警察小説の醍醐味。最後までだれることなく読み応えがあり、一気読みだった。
おしゃれな街に憧れる若者と周辺の大人たちが作り上げてきた「代官山幻想」の底部には、何が隠されていたのか? 街の再開発と絡めながら、表向きの華やかさと対照的な人間模様が明らかにされてゆく過程は実に味わい深く、シリーズとしての完成度が高まっていると感じた。
代官山コールドケース
佐々木譲代官山コールドケース についてのレビュー
No.60: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

冷戦後のスパイのリアル?

33年間、海外諜報活動に従事してきた元CIA局員の著者が、自身の体験をベースに冷戦後の米ロスパイ活動の実態を描いたスパイアクション小説。近々映画化されるというが、ヒットすること間違いないだろう。
主役は、類い稀な美人のロシア諜報員・ドミニカと若きCIA局員・ネイト。ハニー・トラップ要員の養成学校「スパロー・スクール」を卒業したドミニカは、ロシア諜報機関の中枢に浸透しているスパイ「マーブル」の正体をあぶり出すために、「マーブル」の連絡員を務めるネイトに接近する。ところがネイトは、ドミニカをCIAのスパイにリクルートする指示を受けていた。お互いに腹のうちを探り合いながら接触した二人は、各々の使命や立場とは裏腹に徐々に惹かれあって行く。しかし、二人を取り巻く環境がそんな感情を許す訳はなく、二人の関係は過酷な運命にほんろうされることになる・・・。
諜報員同士の駆け引きと恋愛を軸に、米ロそれぞれが抱える大物スパイの正体追求合戦、ロシア諜報機関内部の権力争いが加わった、スパイ小説の王道を行くスリリングなストーリーだけでも十分に楽しめるが、それに加えて著者の実体験に基づくリアルな(に思える)スパイテクニック、神経戦の描写が一層の面白さと迫力を加えている。
ポスト冷戦のスパイ小説はル・カレを始めとして「対テロ」を描く方向に向かっているが、本書は久々に大国同士のスパイ合戦をテーマにした、オーソドックスなスパイ小説として高く評価したい。
レッド・スパロー (上) (ハヤカワ文庫 NV)
No.59: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ダルグリッシュ警視長、フォーリン・ラブ

2001年に発表されたダルグリッシュ警視シリーズの第11作。サフォーク州の人里離れた海岸沿いに建つ神学校を舞台にした殺人事件をきっかけに、限られた人物間の歴史的かつ複雑な関係を紐解いて真犯人に到達するという、徹頭徹尾、P.D.ジェイムズ・ワールド全開の本格ミステリー。英国国教会の歴史と現状を背景にした物語なので、読み通すには少し骨が折れるが、その労苦に十分に応えてくれる読み応えたっぷりの大作だ。
海沿いの崖の下で砂に埋もれた神学生の死体が発見され事故死として処理されたが、死因に疑問を持った神学生の父親がロンドン警視庁に乗り込み、非公式の捜査を依頼する。その神学校で何度も少年時代の夏休みを過ごしたことがあり、ちょうど休暇でサフォーク州を訪問する予定だったダルグリッシュ警視長が捜査を担当することになり、神父、神学生、関係者らの聞き込みを開始した。ところがその翌日、神学校に付属する教会内で殺人事件が発生し、ケイト、ピアースの両警部、ロビンズ部長刑事らおなじみのメンバーが呼び寄せられて事件を捜査することになった。
教会内で殺された人物は神学校の閉校を画策している国教会の大物(大執事)で、当然ながら神学校関係者からは憎まれており、殺害の動機を持つ人物は何人もいた。さらに、学生の事故死、大執事の殺人で学校が閉鎖されれば、莫大な学校の財産を誰が受け継ぐかを巡って様々な憶測が渦巻いていた。物的証拠が乏しい中、ダルグリッシュとチームの面々は関係者のささやかな証言を基に複雑なジグソーパズルを組み立て、ついに真犯人と動機を解明する。
P.D.ジェイムズ、81歳時の作品とあって「このシリーズがまだまだ続いていくのかどうかがファンの関心を集めている」と訳者の解説に書かれているが、その後も新作が発表されてきたのは、ご存じの通り。なんせ、ダルグリッシュが恋に落ち、高校生のようなぎこちない告白をするという、続きを読まないではいられないシーンで本作を終わらせているのが、作者の決意を示す何よりの証拠だろう。
神学校の死 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
P・D・ジェイムズ神学校の死 についてのレビュー
No.58: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

肉体的暴力、心理的暴力

アイスランド発のベストセラー、エーレンデュル捜査官シリーズの邦訳第二弾(シリーズとしては4作目)は、前作「湿地」以上に重苦しく、読者に強烈な印象を残さずにはおかない作品だ。
レイキャヴィク郊外の新興住宅地の家で開かれた子供の誕生パーティーで、床をはい回っている赤ん坊が口にしているのが人骨であることを、たまたま居合わせた医学生が発見する。その骨は、子供が近くの住宅建設地から拾ってきたもので、発見現場にはさらに多くの人骨が残っていた。通報を受けた警察は捜査を始めるが、60〜70年も昔のものと判明し、同僚は乗り気ではなくなるが、エーレンデュル捜査官は捜査を諦めることが出来なかった。遠く、第二次世界大戦当時の記憶と記録を訪ねる捜査の末に発見した人骨の身元は、そこに埋設された理由は・・・。
古い人骨のなぞを解く捜査を本筋に、サイドストーリーとして、エーレンデュル捜査官の家庭状況と子供時代の記憶の物語、第二次世界大戦時のアイスランドでの家庭内暴力の物語が絡んできて、物語は重厚で味わい深く展開される。「私は殺人事件が起こる背景に焦点を当てたい」と語るインドリダソンらしく、人骨が埋められるまでの経緯を丁寧に描き、エーレンデュルの現在と重ね合わせることで、ミステリーの枠を超えて、人間を破壊する暴力の本質に迫る作品となっている。
シリーズはすでに12作まで書かれているそうで、今後の邦訳出版が楽しみだ。
緑衣の女 (創元推理文庫)
No.57:
(8pt)

松本清張の本領発揮

「点と線」と同時期に発表された、松本清張初期の長編。いわゆる「社会派推理小説」分野を確立することになった記念碑的作品のひとつと言える。
時代は1950年代後半、日本は経済の成長が著しく戦後の混乱から脱すると同時に、復古の動きもみられるようになっていた。某企業会計課次長の萩崎竜雄は、勤務先が手形詐欺に合い、尊敬する会計課長が責任を取って自殺したことに衝撃を受け、報復のために犯人探しに乗り出す。しかし、素人ひとりでは思うに任せず、友人の新聞記者の助けを得ることにしたが、なかなか真相にたどり着くことができなかった。一方、別の殺人事件から捜査を始めた警察も、捜査を進めるうちに手形詐欺の背景に迫ることになっていた。素人探偵二人は、警察より早く真犯人をとらえることができるのか?
経理部門の企業人、新聞記者、闇金融業者、バーテンダー、弁護士、黒幕の右翼などの登場人物も、東京駅、銀座や新宿の夜の街、競馬場、中央線沿線や信州の片田舎などの舞台もきわめて強い存在感を持っており、読み進めるにつれて引き込まれていった。
トリック中心のマニアックな推理小説からリアリティのある推理小説へ、そのための人間性と社会性の重視へという、松本清張の主張が十二分に発揮された構成とストーリーで、半世紀を過ぎた現時点の基準で見ても非常に高く評価できる。
ただ、当時の社会状況を知らない、若い世代の読者には理解しにくいというか、良さが分かりにくいだろうと思う。
眼の壁 (新潮文庫)
松本清張眼の壁 についてのレビュー
No.56: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ブラッドの呪縛から離れ始めたカーソン

カーソン・ライダー刑事シリーズの第5弾。巻末の「解説」にもある通り、カーソンが実兄・ジェレミーの呪縛から解放され始めた、シリーズの転回点となりそうなモニュメンタルな作品だ。シリーズ作品なので第一作「百番目の男」から読み始めるに越したことはないが、本作だけでも十分に楽しめる上質な社会派ミステリーである。
自宅前で早朝の釣りを楽しんでいたカーソンとハリーの刑事コンビは流されてきたボートの中で瀕死の赤ん坊を発見し、救助する。ボートがどこから流されてきたのかを探していた二人は、ボートが海に押し出されたと思われる場所で住宅の焼け跡と銛で刺殺された焼死体を発見するが、自分たちの管轄外だったため、地元警察に捜査をまかせることになる。
一方、救助された赤ん坊が病院から誘拐されそうになり、犯人はその場で射殺されるが、背景には何らかの組織の存在が疑われた。また、過激な人種差別発言で人気を集めていた極右の有力説教師がSMプレイ中に変死しているのが発見され、カーソンとハリーが捜査を担当する。無関係に見えた二つの事件だが、捜査を進めるに連れて、同じ根から発生していることが明らかになって行く。
事件の背景となっているのは、今なおアメリカの病巣といえる人種差別で、それを育み維持しているディープサウスの原理主義キリスト教を基盤とする保守主義に対する作者・カーリイの激しい怒りがヒシヒシと伝わってくる。ヘイトスピーチが取り上げられることが多くなった日本の現状を考えると、作者の怒りは他人事ではない。
そうした社会的な評価は別にしても、ストーリー展開の早さ、最後のどんでん返しなど、サスペンスフルなミステリーとして非常に優れており、多くの人にオススメできる作品だ。
イン・ザ・ブラッド (文春文庫)
ジャック・カーリイイン・ザ・ブラッド についてのレビュー
No.55: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

フィンランドも面白い!

フィンランドではシリーズ開始以来20周年を迎え、すでに12作品が発表されていて知らぬ人のいないという人気ミステリー「マリア・カッリオ」シリーズ。元シリーズでは5作目、日本では第2作目(第1作は未読)となる本書は、フィギュアスケートのスター選手殺人事件という、いかにもフィンランドな作品だ。
ショッピングセンターに駐車した車のトランクから、若手のホープとして期待されている女子フィギュアスケート選手・ノーラの死体が発見された。かつてノーラの母親と同棲し、現在ではストーカー行為を繰り返している男が有力な容疑者と目されるが、捜査を進めるにつれて、ノーラを取り巻くスケート関係者にも容疑がかけられてくる。本シリーズのヒロイン・マリア巡査部長は妊娠7ヵ月の身重にもかかわらず、全身全霊をかけて捜査に取り組んでいく。
殺人事件の真相はそれほど複雑なものではないが、フィンランドのフィギュアスケート界の事情、ロシアとの関係、警察内部の人事を巡る駆け引きなど、バックグラウンドの構成と描写が巧みなので、最後まで飽きることなく読めた。エピローグでマリアが女の子を出産したため、シリーズは今後さらに人間味にあふれた展開になっていくことが予想されるが、果たしてどうだろう。
それにしても、最近の北欧ミステリーブームはとどまるところを知らず、ついにフィンランドのミステリーまで紹介されるようになった。その最大の理由は、物珍しさではなく、すぐれた作品が続々と出てくるところにあると、改めて確信した。
氷の娘 (創元推理文庫)
レーナ・レヘトライネン氷の娘 についてのレビュー
No.54: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

文官スパイ小説の正統派

2012年のスティール・ダガー賞受賞作。さすがにイギリスのスパイ小説の伝統を受け継ぐ、今最も注目の本格スパイ小説の旗手と言われるチャールズ・カミングだけあって、謎解きと駆け引きの面白さを堪能させてくれる。
ある事情からSIS(MI6)を追放され自堕落な日々を送っていたトム・ケルに、SISの高官から仕事の依頼が入ってきた。それは、近々、女性初のSIS長官に就任する予定のアメリア・リーヴェンが行方不明になっており、行方不明が公表されれば一大スキャンダルになるため、内密に探して欲しいという、驚くべき依頼だった。組織のバックアップが限定的にしか受けられない中、トム・ケルはアメリアが姿を消した南フランスに飛び、アメリアの跡を追跡し始める。そこで出会ったのは、アメリアの隠された過去と現在の国際情勢が絡み合って生まれたスパイ戦争だった。
主人公のケルは、これまでスパイ活動中に拳銃を使ったことが無いという、根っからの文官で、鋭い観察力、分析力で国際的な陰謀を暴いて行く。まさにジョン・ル・カレを思わせる、人間臭いスパイ小説で、派手なアクションはなくとも、しっかりしたストーリー構成と味のあるキャラクター設定で読み応え十分。イギリスのスパイ小説は健在だと感心させる傑作だ。
甦ったスパイ (ハヤカワ文庫NV)
チャールズ・カミング甦ったスパイ についてのレビュー
No.53: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

一気読みの面白さ

北欧ミステリーに、また新たなヒロインが誕生した。あの「ミレニアム」と北欧のミステリー賞を争ったというだけのことはある、傑作ミステリーだ。
旧友に頼まれてコペンハーゲン駅のロッカーに荷物を引き取りに行った看護師・ニーナが取り出した重いスーツケースには、裸の男の子が入っていた! という衝撃的な幕開けから、旧友の殺害、犯人からの男の子の保護と身元の割り出し、犯人との対決と問題解決までが、わずか一日半ほどの間に展開されるというスピーディーかつ緊迫したストーリーで、途中、だれるところがない、一気読みの面白さだった。
警官でもない、私立探偵でもない、普通の女性が子供を守るために獅子奮迅の活躍をするというのは、比較的良く見るパターンではあるが、本作では、ヒロイン・ニーナと子供が血縁ではないことと、スーツケースに入れられていた子供の実母もまた、子供を取り戻すために必死で動き回ることで、ストーリー展開に厚みが増し、新しい面白さを感じさせた。さらに、登場人物の数が少ないのでキャラクターをきちんと造形しているにもかかわらず人間関係が複雑ではなく、ストーリーを追うことに集中できるのも、読みやすさの要因だろう。
犯人像や逃亡劇のスリリングさには多少の物足りなさを感じるが、共著者が二人とも女性だということもあり、ニーナ、子供の母親をはじめとする女性たちの描き方の上手さが、物足りなさを十分に補っていると言えるだろう。
スーツケースの中の少年 (講談社文庫)
No.52: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

暗くて、重くて、面白い!

北海道と四国を合わせたほどの島国で、人口はわずか32万人! 北欧5ヶ国の中でも、一般の人には一番印象が薄いと思われるアイスランドのミステリーが読めるのだから、最近の北欧ミステリーブームには感謝するしかない。
物語の始まりは、住宅街の一画の半地下アパートに住む老人がガラスの灰皿で殴り殺されていたこと。物色されたり証拠隠滅を図った形跡が無く、麻薬中毒者の場当たり的な犯行かと思われたが、死体の上には「おれは は あいつ」と書かれたノートの切れ端が残されていた。レイキャビク警察の捜査官・エーレンデュルは、被害者の机の奥に隠されていた、墓石を写した古い写真を発見したことから、被害者の老人の過去に犯行動機が隠されているのではないかと捜査を進めることにした。
主役のエーレンデュル捜査官は、20年前に離婚して以来一人暮らしの中年男。息子はアルコール依存症で少年更生施設への入退所を繰り返し、娘は薬中で金をせびる時しか顔を見せないという、崩壊家庭状態。同僚にはちょっと煙たがられながら、信頼もされているベテランで、地味でオーソドックスな捜査を粘り強く実行して行くのが持ち味といえる。そして、古い記録と記憶のかすかなつながりをたどってきた捜査陣が行き着いのは、40年間隠されてきた「過去の忌まわしい出来事」だった。
「派手な銃撃戦もカーチェイスも似合わない街」レイキャビクのミステリーは、あくまでも人物と人生が主役で、重くて暗いけど、読む者を引き付けて放さない迫力に満ちている。アクションよりサスペンスを好む読者にはオススメだ。
湿地 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン湿地 についてのレビュー
No.51: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ドイツ・ミステリーの奥は深い

ドイツの実力派ミステリー作家の最新作。とはいっても、著者フライシュハウアーはこれまで日本では一冊しか翻訳されておらず(それも2002年に出版)、実質的には本邦初登場と言えるだろう。こうした作家の新作が読めるのは、現今の北ヨーロッパミステリー・ブームのおかげと言えるかもしれない。
物語の発端は、ベルリンの廃墟ビルで凍った女性の胴体が発見されたこと。しかも、死体は頭部が切断され、山羊の頭に付け替えられていた。さらに同じ夜に、今度はナイトクラブの掃除用具置き場から異様な演出を施された羊の死骸が発見され、羊には死体から切り離されたと思われる腕が隠されていた。これは果たして、連続猟奇殺人事件の始まりなのか? ベルリン州警察のツォランガー警視正が率いるチームが捜査に乗り出すが・・・。
同じころ、兄の自殺に疑問を抱く若い女性が、真相究明を求めてツォランガー警視正に面会を求めてくる。さらに、ドイツの大物銀行家の娘が誘拐される事件が発生した。一見、無関係に見える三つのエピソードが複雑に絡み合い、捜査が進むにつれて東西ドイツ統一を背景にした驚くべきドラマの真相が見えてくる。
「羊たちの沈黙」を想起させる異様な幕開けで、サイコパスものかと思って読み進めると、ストーリーは二転、三転し、ドイツ統一に絡んで発生した金融スキャンダルの告発、さらにはドイツとは何か、ドイツ人とは何かを問う社会派ミステリーとして完結する。
途中、「これは掟破りでは?」という展開になり、頭の中に?マークがいくつも浮かんだが、最後にはきちんと説明を付けてくれた。
ネレ・ノイハウス、クッチャー、フォン・シーラッハなど多士済々のドイツ・ミステリー界に、また新たな実力派が加わったのは間違いない。
消滅した国の刑事 (創元推理文庫)
No.50: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

スウェーデンの八つ墓村社会?

スウェーデンで人気が高い女性弁護士レベッカ・シリーズの第一作。北欧の中でもひときわ厳しい自然環境で暮らす北極圏の町と人の閉塞感が良く描かれた、いかにも北欧ミステリーらしい作品だ。
首都ストックホルムで税務弁護士として働いているレベッカのもとに、北極圏にある故郷キールナでの殺人事件のニュースが届く。被害者となった説教師の青年はレベッカの古い知り合いで、死体を発見した被害者の姉でレベッカの親友でもあったサンナが助けを求めて電話してきた。苦い思い出が残る故郷を捨ててきたレベッカは最初は協力を拒否するものの、古いしがらみにとらわれて徐々に事件に巻き込まれ、サンナが犯人として逮捕されたことから弁護人として真相究明に奔走することになる。
事件の背景になるのは、極北の小さな町における教会を中心とした閉鎖社会のドロドロした人間模様。宗教と共に生きる生活の平安と愚かさが、21世紀の今なお根強く支配しているコミュニティーの様相がリアルに描かれている。
犯行の動機や態様、犯人判明のプロセスなど、ちょっと物足りないところもあるが、人物描写、背景描写にすぐれているので非常に面白く読むことができた。またひとつ、今後が楽しみなシリーズと出会えたと言える。

オーロラの向こう側  (ハヤカワ・ミステリ文庫)
オーサ・ラーソンオーロラの向こう側 についてのレビュー