■スポンサードリンク


iisan さんのレビュー一覧

iisanさんのページへ

レビュー数538

全538件 341~360 18/27ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.198:
(8pt)

最初から最後まで、巧い!

マルティン・ベックシリーズの映画化を担当してきたという脚本家夫妻による、スウェーデンの人気シリーズの第一作。冒頭から結末まで読者を飽きさせない、完成度が高いエンターテイメント・ミステリーである。
1987年夏の大潮の夜、スウェーデンの小島の海岸で頭だけを出して砂浜に生き埋めにされた女性が満ち潮に溺れて溺死した事件は、未解決のままになっていた。2011年、警察大学の学生オリヴィアは、未解決事件を調べるという夏休みの課題に、この事件を選択した。実は、オリヴィアの亡き父親が捜査を担当した事件でもあった。オリヴィアは、事件当時の父親の同僚警官たちから話を聞こうとするのだが、捜査責任者だった警官は退職し、行方不明になっていた。それでも諦めきれないオリヴィアが調査を進めると、意外な過去の出来事が明らかになり、オリヴィアの身に思いもよらない危険が襲いかかってきた・・・。
未解決の殺人事件の再捜査を本筋に、ホームレス暴行事件、企業の横暴などの社会派アイテムをちりばめ、700ページあまりの全編にわたって緊張感があるストーリーが展開される。シリーズの中心になる人物たちはもちろん、本作にしか登場しないような人物までキャラクターがしっかり造形されていて、非常に読みやすい。また、ところどころに出てくるエピソードや警句が気が利いているのも、さすがに一流の脚本家である。
北欧の警察小説らしい社会派の視点を持ちながら重くも暗くもなく、幅広いミステリーファンにオススメできる。
満潮〈上〉 (創元推理文庫)
シッラ・ボリリンド満潮 についてのレビュー
No.197:
(8pt)

ゴーストマン師弟(かつ姉弟)の壮絶な脱出劇

「時限紙幣」で鮮烈なデビューを飾った「ゴーストマン」シリーズの第2作でありながら、作者の急死によってシリーズ最終作となってしまったノワールの傑作である。
前作から一年後、潜伏していたゴーストマンのもとに、犯罪世界での師匠であり、家族以上に身近な存在であるアンジェラから「力を貸してくれ」というメールが届いた。アンジェラはマカオ近くの海上で密輸業者からサファイアを横取りする計画を立案し、信頼する仲間が実行したのだが、奪った宝石を待っていたアンジェラの元に届けられたのは、仲間の生首と「盗んだ物を返せ」という脅迫状だった。実は、その密輸船には狙ったサファイア以外にも積荷があり、とんでもない相手を怒らせたのだった。恩義のあるアンジェラの窮地を救うために、ゴーストマンは単身、マカオへと乗り込んだ・・・。
今回もまた、見事な犯罪計画が実行されるのだが、物語のポイントは凄腕の殺し屋とマカオのマフィアに狙われたアンジェラとゴーストマンの窮地からの脱出に置かれている。その分だけ、ハードボイルドなアクション小説よりノワールなアクションサスペンスになっている。特に、殺しの場面や対決の場面の描写はかなり残酷でホラー的で、前作のようなスタイリッシュなテイストは薄くなっているが、素晴らしいクライム・ノベルであることは間違いない。
作者がオーバードーズで28歳で急死したため、本作が遺作となってしまったのが誠に残念。まだまだシリーズ作品を読みたかった。
クライム・ノベルファン、ハードボイルドファンには、絶対のオススメ作である。
ゴーストマン 消滅遊戯
No.196:
(8pt)

東西冷戦時代の悲劇が、今も影響を及ぼしている

アイスランドの人気ミステリー「エーレンデュル捜査官」シリーズの邦訳第4弾。今作も、期待に違わぬ骨太な社会派ミステリーである。
エーレンデュル、エリンボルク、シグルデュル=オーリという、いつものトリオが今回取り組むのは、水位が低下した湖の底から現われた白骨死体。頭蓋骨に、強く殴られてできたような穴が開いていたことから殺人事件と見なされた。白骨死体は死後30年以上が経過し、骸骨にはソ連製の通信機器がつながれていた。ということは、冷戦時代のソ連のスパイが絡んだ殺人事件なのか? 30年以上前の失踪者を丹念に探し歩くという地道な捜査の結果、被害者候補として1968年に行方不明になったままの農機具セールスマンが浮かび上がってきた。婚約者を残したまま失踪したその男は偽名を名乗っており、アイスランドでの生存や行動の記録は一切見つからなかった。白骨死体の正体はだれか?、なぜ殺されたのか?
物語の途中に挿入される、ある男の独白(回想)によって、早い段階からストーリーの大まかな展開は読めてくるのだが、作品の主題が犯人探しや事件の様相解明ではないため、最後まで緊張感をもって読むことができる。シリーズのこれまでの作品同様、個人と家族と社会のかかわり合いがメインテーマになっており、社会情勢や主義主張に振り回される人間の弱さと哀しみが深い印象を残す社会派ミステリーの傑作である。主要メンバーそれぞれの個人的事情の展開も、シリーズ読者には楽しい。
シリーズのファンにはもちろん、北欧ミステリーファンには自信を持ってオススメしたい。
湖の男 (創元推理文庫)
アーナルデュル・インドリダソン湖の男 についてのレビュー
No.195:
(8pt)

殺し屋を殺す殺し屋を殺す殺し屋を追う

2016年のアンソニー賞最優秀長編賞受賞作。著者の作品では、おそらく本邦初訳だと思われる。
タイトル通り、殺し屋を専門に狙う殺し屋・ヘンドリックスを中心に、ヘンドリックスを消したい犯罪組織から仕事を請け負った殺し屋・エンゲルマンと、二人を追うFBI捜査官トンプソンの三つ巴の攻防を描いたアクション・サスペンスである。ストーリー展開が早く、登場人物もきちんと描かれていて、読み応えがある。ヘンドリックスが殺し屋になった理由とか、エンゲルマンの性格とか、トンプソンの捜査手法とか、細かい難点はあるものの、ストーリーの面白さに引かれてどんどん読める。
アクション系サスペンスがお好きなファンには、かなりのオススメ作品である。
殺し屋を殺せ (ハヤカワ文庫NV)
クリス・ホルム殺し屋を殺せ についてのレビュー
No.194:
(8pt)

刑事が馬車で現場に駆けつけた時代のお話

これは珍しい、フィンランドの1920年代を舞台にした警察小説である。本国では、ミステリー関係の賞を受賞するなど好評で、シリーズ化されているという。
ロシア革命とそれに続くドイツの干渉などによる内戦がようやく治まった、ヘルシンキ近郊の小さな都市ラハティの町外れで、青年の射殺体が発見された。地元警察は、密造酒を巡る内輪の争いとして処理しようとするが、まるで処刑のような現場の様子に疑問を抱いたケッキ巡査は納得できず、真相を究明しようとする。地道な捜査の結果、ラハティは内戦時の白衛隊関係者が敵対する赤衛隊支持者を処刑したとの疑いを深めるのだった。しかし、内戦で勝利した白衛隊側が絶対的な権力を持つラハティでは、白衛隊支持者を対象にした捜査はさまざまに妨害され、困難を極めた・・・。
フィンランドの、しかも1920年代が舞台とあって、当時の社会生活の描写が非常に興味深い。何しろ、密造酒業者は自動車で移動するのに警察には自動車が無く、車で逃走する犯人たちを見て悔しがるという有様。当然、事件現場での鑑識も、笑えるほどずさんである。それでも、正義感が強い警官がさまざまな妨害にも関わらず正義を貫こうとするという、警察小説の王道のストーリーがしっかりしているので、物語の完成度は高い。また、あまり知られていないフィンランド内戦の実態、フィンランド人の生活に溶け込んでいるサウナの話なども非常に興味深い。
警察小説というより、1920年代のフィンランドの庶民の生活を活写した社会派ミステリーとしてオススメしたい。
処刑の丘
ティモ・サンドベリ処刑の丘 についてのレビュー
No.193:
(8pt)

誰にだって秘密はある

幼稚園の先生をしているときの園児や母親たちの会話から着想を得たという、新人作家の長編デビュー作。語り手の誰もが全面的には信用できないという、よくあるパターンのサスペンス・ミステリーだが、現代の若い母親たちの揺れる心情が上手に描かれており、どんどん引き込まれていく。
シングルマザーでブロガーのステファニーは、幼稚園に通う息子マイルズの友だちニッキーの母親エミリーと知り合い、親友として付き合っていた。ある日、エミリーは仕事で遅くなるからといってニッキーをステファニーに預けたまま迎えに来ず、失踪してしまった。警察に訴えても単なる家出として真剣に取り合ってくれず、時間ばかりが経って行った。行方不明のエミリーに代わってニッキーの面倒を見るうちにステファニーは、エミリーの夫ショーンに恋心をいだくようになり、エミリーの死体が発見されたあとは、ショーンとステファニーのそれぞれの家を行き来しながら4人で暮らすようになった。息子を愛し、仕事でも成功していたエミリーが、何故失踪したのか? そこには隠された秘密があったのだった・・・ラストは、結構、怖い。
各章はステファニー、ステファニーのブログ、エミリー、ショーンという一人称視点で描かれていて、しかもそれぞれに他人には言えない秘密を抱えているので、物語が徐々に複雑になり、サスペンスが高まって行く。そういう点では、「ささやかで大きな嘘」や「ガール・オン・ザ・トレイン」などと同じく、ホームドラマ系サスペンスである。
現在的な舞台装置での心理サスペンスがお好きな方にはオススメだ。
ささやかな頼み (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ダーシー・ベルささやかな頼み についてのレビュー
No.192: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ノルウェーのキャシー・マロリー?

珍しいノルウェー発のサスペンス・ミステリー。最後がちょっと腰砕けな気がしないでもないが、読み応えがある警察小説である。
オスロ警察殺人捜査課特別班のメンバーだったミアは、双子の姉をジャンキーにして死に至らしめた密売人を事件現場で射殺したことから休職し、離れ小島に隠遁し、死んで姉のところに行くことを考える毎日だった。そこへ、田舎警察に左遷されていた元上司のムンクが訪れ、ノルウェー全土を震撼させている6歳の少女殺害事件の捜査に参加しないかと、持ちかけてきた。ミアの復帰を条件に、ムンクは特別班を再結成することを上司に認めさせていたのだった。気心の知れたメンバーが再結集し、ハッキングに精通した新人を加えたチームは捜査に取りかかるのだが、何一つ判明しないうちに、第二の少女殺害事件が発生し、しかも、遺体にはさらなる事件の発生を予感させるメッセージが残されていた・・・。
警察小説の王道であるチーム捜査を主軸に、個性の強いメンバーが難関を突破するという、北欧ミステリーではよくあるパターンの作品である。こうしたケースでは、犯人がいかに魅力的(悪魔的)であるかで、作品のイメージが大きく左右されるのだが、本作は、クライマックス寸前までは犯人の存在感が大きく、スリリングなのだが、最後の最後でぼろを出してしまったのが残念。しかし、ヒロインのミアは魅力的(キャシー・マロリーほどは冷たくないが、頭が切れるのは同様)だし、リーダーのムンクをはじめとする班のメンバーもきちんと人間として描かれている。「特捜部Q」や「刑事ヴァランダー」、「犯罪心理捜査官セバスチャン」のようにシリーズとしても成功するのではないだろうか。
北欧ミステリー・ファン、キャシー・マロリー・ファンにはオススメだ。
オスロ警察殺人捜査課特別班 アイム・トラベリング・アローン
No.191: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)
【ネタバレかも!?】 (1件の連絡あり)[]   ネタバレを表示する

警察小説+法廷小説

佐々木譲初めての法廷小説という紹介もあるが、より正確には前半は警察小説、後半は法廷小説と言うべきか。いずれにせよ、傑作であることは間違いないエンターテイメント作品である。
東京・赤羽で一人暮らしの初老男性が殺害され、重要容疑者として、フリーの家事代行業の女・山本美紀が浮上した。赤羽署員が女の自宅を訪ねると、埼玉県警大宮署の係員が先着し、彼女の身柄を確保していた。山本美紀の周辺では、何人かの一人暮らしの老人男性が死亡しており、第二の首都圏連続婚活殺人事件かと騒がれる事態となった。
山本美紀の弁護人となった矢田部は、検察側の証拠が状況証拠ばかりであることから自信を持って裁判に臨んだのだが、ある瞬間から山本美紀は一切の証言を拒み黙秘するようになった。このままでは無期懲役以上の判決になってしまうのは明白なのに、それでも沈黙を守る理由は何か?
amazonなどのレビューでは、物足りない、どんでん返しがない、中途半端などの辛口な評価もあるが、ストーリー展開も事件の背景も、キャラクター設定も巧みで、警察小説としても、裁判小説としても読み応えがある作品に仕上がっている。まさに、佐々木譲が新境地を開いたと評価したい。
これまでの佐々木譲の警察小説ファンにはもちろん、さらに幅広いミステリーファンにオススメできる。
沈黙法廷 (新潮文庫)
佐々木譲沈黙法廷 についてのレビュー
No.190:
(8pt)

衝撃的なエンディング!

「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第3作。開かれた国・スウェーデンが抱えるテロ対策と移民の問題を背景にした社会派ミステリーである。
トレッキング旅行中の女性が偶然見つけた白骨は、ずいぶん前に埋められたらしい6人の死体の一部だった。トルケル率いる殺人捜査特別班が現地に入ることになり、セバスチャンも同行することになった。セバスチャンには、自宅に押し掛けてきて同居する女性・エリノールにうんざりしていたのに加えて、実の娘である刑事・ヴァニヤのそばにいたいという密かな願いもあった。ところが、ヴァニヤはアメリカでのFBIの研修を志願し、合格間違いなしと思われていた。ヴァニヤが離れることを阻止しようと考えたセバスチャンは、ヴァニヤを不合格にするために裏から手を回すことを決意する。
6人の死者の身元はなかなか判明せず、苦労する特別班メンバーたちだったが、地道な捜査を続けるうちに、関連がありそうな別の事件を発見する。
アフガニスタンからの移民・シベカは、9年前に夫とその友だちが失踪したことに納得がゆかず、警察やマスコミなどに訴え続けてきたが、誰も耳を傾けてくれなかった。ところが、公共テレビの記者が関心を示し、取材を持ちかけてきた。移民社会の反対に遭いながら調査を進めると、失踪には公安警察が関係している疑惑が浮かび上がってきた。
6体の白骨死体と失踪した移民の事件の捜査がクロスしたとき、見えてきたのは「開かれた国家」が抱える閉ざされた政治の闇だった。
2つの事件捜査も非常にレベルが高いストーリー展開で楽しめるのだが、それに加えて、セバスチャンを中心にした特別班メンバーの人間模様が非常に面白く、単なる社会派ミステリーでは終わらない作品である。特に、セバスチャンの変貌ぶりには驚かされる。さらに、シリーズの行方を大きく変えそうなエンディングには衝撃を受けた。
シリーズ未読の方は、第一作から読むことを強くオススメする。
白骨〈上〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)
No.189: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犬のように真直ぐな愛と善の讃歌(非ミステリー)

「暴力の詩人」ボストン・テランの新作は、意表をつく犬が主人公の現代アメリカ人の再生の物語である。
イラクからの帰還兵ヒコックがケンタッキーの夜の田舎道を車で走っていて、瀕死の犬・ギヴに遭遇するところから物語がはじまる。虐待されていた檻を噛み破って逃げてきた、傷だらけの犬に自分の姿を見たヒコックは、ギヴを助け、元の飼い主に戻すべくギヴの生きてきた道をさかのぼることになったのだが、それは、9.11やハリケーン・カトリーヌやイラクでの戦いで傷ついてきたアメリカが、再び愛と善意を信じて立ち上がれるかを問う旅でもあった・・・。
「訳者あとがき」の一行目が「一風変わった小説である」とあるように、まさに常識破りの小説である。犬が主人公だからといって、ユーモラスでもハートウォーミングでもない。救いようがない悪意の人間もたくさん登場する。しかしそれでも「愛と善の讃歌」であるのは、人間の悪を覆い尽くす犬の善意と、それに応える人間の愛が貫かれているから。
犬好きにはもちろん、猫好きにもオススメ。いまの世の中のうんざりするような人間の愚かさやおぞましさを、良質な物語を読むひとときだけでも忘れたいという方にもオススメだ。
その犬の歩むところ (文春文庫)
ボストン・テランその犬の歩むところ についてのレビュー
No.188:
(8pt)

誘拐の理由が、終盤まで不明のままなのが面白い

2008年に刊行された、五十嵐貴久の長編ミステリー。本サイトでも、amazonでも評価はイマイチだが、なかなか面白い作品である。
日韓友好条約締結のために韓国大統領が来日するのに備え、厳重な警備態勢がとられていたある日、総理大臣の孫娘が誘拐された。警察は、条約締結を妨害するための北朝鮮の犯行と判断して捜査を進めるのだが、大統領の警備に人員をとられており、少ない人員での捜査はなかなかはかどらなかった。一方、犯人の二人(最初から分かっている)は、捜査陣の思い込みを利用し、着々とかく乱作戦を成功させていくのだった・・・。
最初から犯人も犯行の様相も分かっているのだが、終盤、1/4ぐらいまで犯行の目的が判明しないというのが、スリリングで効果的。文章の読みやすさもあり、どんどん読み進めたくなる。犯行の目的が分かってから犯人逮捕までも、タイムリミット的で面白い。ただ、犯人逮捕のクライマックスで明かされる、真の犯行動機については、賛否が分かれるだろう(これが理由で、低い評価点になっている)。しかし、好意的に読めば、最初からちゃんと伏線が張られているので、誘拐物としては合格点だろう。
警察小説というよりは犯罪小説なので、警察小説ファンに限らず、多くのミステリーファンにオススメしたい。
誘拐(新装改版) (双葉文庫)
五十嵐貴久誘拐 についてのレビュー
No.187:
(8pt)

チンピラの切ない恋

「刑事ハリー・ホーレ」シリーズで人気のジョー・ネスボのシリーズ外作品。70年代のオスロを舞台に、ノルウェーの実力派が技巧を凝らした切ない愛の叙情詩である。
殺し屋しかできないオーラヴは、かつて売春組織で痛め付けられようとしているのを救った聾唖のマリアを密かに恋しく思いながらも、ただ静かに見守るだけだった。ある日、ボスの若妻コリナが浮気をしているので殺せと命じられたオーラヴは、コリナを見た瞬間に一目惚れしてしまった。コリナを殺せないなら浮気相手を殺せばいいと考えたオーラヴは、浮気相手を射殺したのだったが、浮気相手の正体はボスの一人息子だった。ボスから命を狙われたオーラヴの逃避行に、コリナが関わり、さらにはボスと対立する組織も絡んできて、雪のオスロを舞台に「殺るか殺られるか」の壮絶な戦いが繰り広げられ、最後は・・・。
識字障害がありながら本を読み、詩情に満ちた文章を書く殺し屋という主人公のキャラクターが秀逸。純粋さと孤独感が、読者の心をつかんでいく。さらに、薄幸の元売春婦・マリアとボスの若妻・コリナも魅力的で、雪の中での物語が色鮮やかに膨らんでくる。ポケミスで170ページほどの短さながら読み応えがあり、読後感は深い。ノワール小説としても、純愛の物語としても傑作である。
幅広いミステリーファンにオススメだ。
その雪と血を (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー・ネスボその雪と血を についてのレビュー
No.186: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

新シリーズ「リーバス部長刑事」?

ご存知「リーバス警部」シリーズの第19作。なんと、警察に復帰したのはいいが部長刑事に降格され、シボーン警部の部下として活動することになった「リーバス部長刑事」シリーズの幕開けでもある。
女子大生が負傷・搬送された自損交通事故の現場に赴いたリーバスとシボーンは、状況の不自然さが気になり、女子大生に聞き取りを行うが、彼女は自供を変えず、同乗者はいなかったという。女子大生が嘘を吐いており、事故の裏に何かが隠されていると感じたリーバスは、お得意の執拗な捜査で嘘を暴き、真相を探っていった。
いっぽう、警察の組織再編で犯罪捜査部に異動する予定の内部観察室のフォックス警部が、最後の仕事として、かつてリーバスが新人刑事として勤務した警察署の刑事たちがグルになって隠蔽したと思われる事件の調査を行うことになり、リーバスに協力を求めてきた。
現在の事件と30年前の事件の解明が並行して進行し、やがてひとつの物語に収斂されて行くという、本シリーズではおなじみのパターンだが、今回はストーリー構成がシンプルで読みやすい。ややサスペンスに欠ける作品だが、犯罪の動機や事件の背景、捜査の手法などがしっかりしているので、レベルが高い警察小説と言える。
それよりも一番の読みどころは、昔と上下関係が逆転したリーバスとシボーンの関係と、前作では徹底した敵役だったフォックス警部と一緒に捜査をすることになったリーバスの反応である。超がつくほど頑固一徹のリーバスが、こんな状況をどうやって克服して行くのか。リーバス部長刑事の成長物語でもある。
シリーズ読者には絶対のオススメ。シリーズ未読の警察小説ファンには、本作からでも面白いこと間違い無しなので、ぜひ読んでもらいたい作品である。

寝た犬を起こすな (ハヤカワ・ミステリ1919)
イアン・ランキン寝た犬を起こすな についてのレビュー
No.185:
(8pt)

自らの血を流す復讐者たち

オーストリアを代表するミステリ作家の「夏を殺す少女」の続編。ライプツィヒの警部ヴァルターとウィーンの女性弁護士エヴェリーンが登場するシリーズ第二弾である。
ウィーンで学費を援助してくれる男性を出会い系サイトで探しているカルラは、裕福そうな医者の誘いに乗り、彼の家に同行するのだが、そこで待ち受けていたのは・・・。その一年後、ライプツィヒで全身の骨が折られ、血が抜かれた若い女性の死体が発見され、ヴァルターが捜査を担当することになった。遺体の確認にやって来た母親ミカエラは、殺された娘の妹で一緒に家出したダーナが行方不明であることを知り、何としても探し出すと決心する。警察が頼りにならないと判断したミカエラは、単身で犯人探しに突っ走る。頑固で一途なミカエラの暴走に手を焼きながらも、ヴァルターは事件捜査を進めるうちに連続猟奇殺人事件を疑い始めた。
一方、ウィーンでは、女性殺害の疑いをかけられた裕福な医師が、エヴェリーンに弁護を依頼して来た。信頼できないクライアントだと思いながらも依頼を受けたエヴェリーンは、弁護を引受けたことを後悔するハメに陥ってしまうことになった。
前作同様、二つのストーリーが交互に進展し、やがては一つの物語につながって行く構成が見事である。また、犯人のおぞましさ、狂気が際立っていて、レクター博士シリーズを彷彿させるサイコミステリーに仕上がっている。
しかし、本作の本当の主人公は復讐の鬼と化すミカエラで、その無鉄砲な行動に読者はハラハラさせられ通しで最後まで目が離せない。
「夏を殺す少女」に高ポイントを付けた方はもちろん、サイコミステリー好きには絶対にオススメの傑作である。

刺青の殺人者 (創元推理文庫)
アンドレアス・グルーバー刺青の殺人者 についてのレビュー
No.184:
(8pt)

欲望に振り回される男と女

辻原登(初めて読んだ)の長編小説。80年代の世相を上手に切り取った、読みやすいクライムノベルである。
1980年代の和歌山県、田舎町の生真面目で堅物の出納室長・梶は、ふと立ち寄ったスナックのママ・カヨ子からの意味深な誘いにふらふらと乗ってしまい、関係を持つようになったのだが、それをネタにカヨ子の情人のヤクザ・峯尾に脅迫され、公金を横領するハメになった。山口組と一和会の抗争に巻き込まれた峯尾は、組の命令で相手の若頭を殺害したのだが、対立組織はもちろん、自分の身内の組織さえ信用できず、一人で隠れたのち、タイへの逃亡を計画し、その資金を梶から脅し取ることにした。一方、カヨ子の夫だったのだが、峯尾に脅されて別れることになった不動産屋・紙谷は、峯尾の計画を知り、金を横取りしようと目論んだ。、田舎の公務員、ホステス、ヤクザ、不動産屋が入り乱れての色と欲とのドタバタは、やがて殺人事件へと発展した・・・。
バブルの始まりの頃という時代背景が生きており、登場人物のキャラクターもしっかりしているので、ストーリーもエピソードも非常に面白い。黒川博行の疫病神シリーズや吉田修一の犯罪小説に通じるテンポの良さと現実感があり、ぐいぐい引き込まれていく。
エンターテイメント系のクライムノベル好きには絶対のオススメだ。
籠の鸚鵡
辻原登籠の鸚鵡 についてのレビュー
No.183:
(8pt)

いくつになっても熱いヴィク

V.I.ウォーショースキー・シリーズの第17作。いつまでたっても、いくつになっても無鉄砲に走り回るヴィクの魅力が爆発した、痛快なハードボイルド小説である。
ヴィクが高校生の頃、一時期だけ付き合ったことがあるフランクが突然訪ねて来て、25年前に実の娘(フランクの妹)を殺した罪で服役し、2ヶ月前に出所した母親が「私は殺していない。だれかに嵌められた」と言っているので助けてやってくれないかと頼み込んで来た。フランクの母親はヴィクの一家を毛嫌いし、何かにつけ文句を言って来た過去があるので断りたかったのだが、頼まれると否とは言えないヴィクは、しぶしぶ引受けることになる。事件の再調査のためフランクの母親を訪ねると、案の定、助けを断られ、罵声を浴びせられた。しかも、ヴィクの従兄弟でホッケーのスターだったブーム=ブームが真犯人だという反論まで出して来た。ヴィクが大切にしている従兄弟の名誉を守るため、そして何より、真相解明を拒む巨悪の存在を許さないために、ヴィクは生まれ育ったシカゴの貧困地域を駆け巡ることになる。
もうとっくに50を過ぎたのに、立ち止まることを知らず、ひたすら突っ走って行く、ハートも行動も相変わらず熱いヴィクである。周辺人物も変わりなく、シリーズ物の安定感をベースに、今回はシカゴ・カブスとアイスホッケーチーム関係の話題が加えられ、現代のシカゴが生き生きと描写されている。
シリーズのファンにはもちろん、自分の年齢が気になって弱気になっている中高年の方には元気回復の特効薬として、ぜひオススメしたい。
カウンター・ポイント (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラ・パレツキーカウンター・ポイント についてのレビュー
No.182:
(8pt)

元マル暴コンビ、大金を狙う

大阪府警の元マル暴コンビ堀内・伊達シリーズの第三弾。二人の元刑事が暴力団対策で培った知恵と度胸と人脈を駆使して,パチンコ業界のトラブルに首を突っ込んで大金を引き出す、痛快なエンターテイメント作品である。
暴力団に刺された傷がもとで左足が不自由になり、無気力な生活を送っていた堀内に,元相棒の伊達から「脅迫されているパチンコ店オーナーのトラブル解決」の仕事を一緒にやらないかと声がかかった。脅迫して来たゴト師を脅して決着をつければ終わるはずの仕事だったのだが,依頼して来たオーナー側も何やら隠しているようで,二人がマル暴デカのテクニックを使って探って行くと、思いも寄らぬ大金につながるネタが手に入った。そのネタをもとにパチンコ業界の暗闇に切り込んで行った二人を待っていたのは・・・。
いや〜、疫病神シリーズに負けず劣らずの痛快悪漢小説である。とにかく、パチンコ業者,暴力団,警察、出てくる人物全員が悪人で、一癖も二癖もあるやつばかり。欲にまみれた騙し合いと暴力で、最初から最後まで気が抜けない。ストーリー展開も会話も歯切れがよく,徹頭徹尾楽しませてくれる。
黒川博行ファンはもちろん,クライムもの、犯罪アクションもの好きの方には絶対のオススメだ。
果鋭 (幻冬舎文庫)
黒川博行果鋭 についてのレビュー
No.181: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

スウェーデンの冬の厳しさに戦慄

スウェーデンを始めヨーロッパで人気の「エーランド島四部作」の第2作。厳しい冬のエーランド島を舞台に展開される、幽霊がらみのゴシックなミステリーである。
双子の灯台が建つ「うなぎ岬」の古い屋敷にストックホルムから移住して来たヨアキム夫妻は、趣味である屋敷の改造に精を出していたのだが、ある日,妻が溺死体で発見された。警察は事故として処理したのだが,納得しきれない女性新人警官ティルダは独自に調査を進めることにした。そのころ、冬場は人がいなくなる別荘を狙った空き巣が頻発し,警察は犯人を追い詰めて行く。そして、死者が戻ってくるというクリスマスの夜,激しいブリザードの中で激烈な戦いが繰り広げられることになった。
二つの事件が並行して展開され,最後には一つの大きなクライマックスを迎えるというのは、よくある手法だが、本作品でも好結果に結びついている。前半は幽霊話かと思わせてちょっと戸惑うが,中盤からはミステリーとして面白く読むことができた。
北欧ミステリーファンにはオススメだ。
冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ヨハン・テオリン冬の灯台が語るとき についてのレビュー
No.180: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

他人の悩みは深刻なほど面白い(非ミステリー)

人気の連作短編「精神科医・伊良部」シリーズの第2弾。雑誌連載の5本を収めている。
今回の登場人物たちの悩みは、第1作より現実的で深刻なのだが、それだけに読者にとっては面白みが増している。ノーテンキなデブの精神科医、絶好調だ。
主人公のキャラクターが重要なので、第1作から読み進めることをオススメする。
空中ブランコ (文春文庫)
奥田英朗空中ブランコ についてのレビュー
No.179:
(8pt)

小心で生真面目なほど、世間からズレるのが笑える(非ミステリー)

奥田英朗の人気短編連作「精神科医・伊良部」シリーズの5作を収めた、三部作の第一弾。鋭い観察眼で人間のおかしみを掬いとった、珠玉の短編集である。
立派な建物を持った伊良部総合病院の地下一階、見捨てられたような環境に診察室を構える精神科医・伊良部の下には、さまざまな患者が訪れる。それぞれに抱える病状は深刻なものの、訴えかける悩みはどこかユーモラスであり、それに輪をかけて、伊良部の対応が常識破りで驚かせ、笑わせる。果たしてこれで、大丈夫かと読者は心配になるのだが、それでもいつしか、患者たちは将来への希望を抱くようになる。
とにかく面白い。患者がそれぞれ、真剣で生真面目であるほど、世間からズレて行く様子がたまらなくユーモラスである。
ミステリーファンではなく、面白い小説、ユーモアのある話を読みたいという読者には文句無しにオススメだ。
イン・ザ・プール (文春文庫)
奥田英朗イン・ザ・プール についてのレビュー