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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数529

全529件 341~360 18/27ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.189: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犬のように真直ぐな愛と善の讃歌(非ミステリー)

「暴力の詩人」ボストン・テランの新作は、意表をつく犬が主人公の現代アメリカ人の再生の物語である。
イラクからの帰還兵ヒコックがケンタッキーの夜の田舎道を車で走っていて、瀕死の犬・ギヴに遭遇するところから物語がはじまる。虐待されていた檻を噛み破って逃げてきた、傷だらけの犬に自分の姿を見たヒコックは、ギヴを助け、元の飼い主に戻すべくギヴの生きてきた道をさかのぼることになったのだが、それは、9.11やハリケーン・カトリーヌやイラクでの戦いで傷ついてきたアメリカが、再び愛と善意を信じて立ち上がれるかを問う旅でもあった・・・。
「訳者あとがき」の一行目が「一風変わった小説である」とあるように、まさに常識破りの小説である。犬が主人公だからといって、ユーモラスでもハートウォーミングでもない。救いようがない悪意の人間もたくさん登場する。しかしそれでも「愛と善の讃歌」であるのは、人間の悪を覆い尽くす犬の善意と、それに応える人間の愛が貫かれているから。
犬好きにはもちろん、猫好きにもオススメ。いまの世の中のうんざりするような人間の愚かさやおぞましさを、良質な物語を読むひとときだけでも忘れたいという方にもオススメだ。
その犬の歩むところ (文春文庫)
ボストン・テランその犬の歩むところ についてのレビュー
No.188:
(8pt)

誘拐の理由が、終盤まで不明のままなのが面白い

2008年に刊行された、五十嵐貴久の長編ミステリー。本サイトでも、amazonでも評価はイマイチだが、なかなか面白い作品である。
日韓友好条約締結のために韓国大統領が来日するのに備え、厳重な警備態勢がとられていたある日、総理大臣の孫娘が誘拐された。警察は、条約締結を妨害するための北朝鮮の犯行と判断して捜査を進めるのだが、大統領の警備に人員をとられており、少ない人員での捜査はなかなかはかどらなかった。一方、犯人の二人(最初から分かっている)は、捜査陣の思い込みを利用し、着々とかく乱作戦を成功させていくのだった・・・。
最初から犯人も犯行の様相も分かっているのだが、終盤、1/4ぐらいまで犯行の目的が判明しないというのが、スリリングで効果的。文章の読みやすさもあり、どんどん読み進めたくなる。犯行の目的が分かってから犯人逮捕までも、タイムリミット的で面白い。ただ、犯人逮捕のクライマックスで明かされる、真の犯行動機については、賛否が分かれるだろう(これが理由で、低い評価点になっている)。しかし、好意的に読めば、最初からちゃんと伏線が張られているので、誘拐物としては合格点だろう。
警察小説というよりは犯罪小説なので、警察小説ファンに限らず、多くのミステリーファンにオススメしたい。
誘拐(新装改版) (双葉文庫)
五十嵐貴久誘拐 についてのレビュー
No.187:
(8pt)

チンピラの切ない恋

「刑事ハリー・ホーレ」シリーズで人気のジョー・ネスボのシリーズ外作品。70年代のオスロを舞台に、ノルウェーの実力派が技巧を凝らした切ない愛の叙情詩である。
殺し屋しかできないオーラヴは、かつて売春組織で痛め付けられようとしているのを救った聾唖のマリアを密かに恋しく思いながらも、ただ静かに見守るだけだった。ある日、ボスの若妻コリナが浮気をしているので殺せと命じられたオーラヴは、コリナを見た瞬間に一目惚れしてしまった。コリナを殺せないなら浮気相手を殺せばいいと考えたオーラヴは、浮気相手を射殺したのだったが、浮気相手の正体はボスの一人息子だった。ボスから命を狙われたオーラヴの逃避行に、コリナが関わり、さらにはボスと対立する組織も絡んできて、雪のオスロを舞台に「殺るか殺られるか」の壮絶な戦いが繰り広げられ、最後は・・・。
識字障害がありながら本を読み、詩情に満ちた文章を書く殺し屋という主人公のキャラクターが秀逸。純粋さと孤独感が、読者の心をつかんでいく。さらに、薄幸の元売春婦・マリアとボスの若妻・コリナも魅力的で、雪の中での物語が色鮮やかに膨らんでくる。ポケミスで170ページほどの短さながら読み応えがあり、読後感は深い。ノワール小説としても、純愛の物語としても傑作である。
幅広いミステリーファンにオススメだ。
その雪と血を (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー・ネスボその雪と血を についてのレビュー
No.186: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

新シリーズ「リーバス部長刑事」?

ご存知「リーバス警部」シリーズの第19作。なんと、警察に復帰したのはいいが部長刑事に降格され、シボーン警部の部下として活動することになった「リーバス部長刑事」シリーズの幕開けでもある。
女子大生が負傷・搬送された自損交通事故の現場に赴いたリーバスとシボーンは、状況の不自然さが気になり、女子大生に聞き取りを行うが、彼女は自供を変えず、同乗者はいなかったという。女子大生が嘘を吐いており、事故の裏に何かが隠されていると感じたリーバスは、お得意の執拗な捜査で嘘を暴き、真相を探っていった。
いっぽう、警察の組織再編で犯罪捜査部に異動する予定の内部観察室のフォックス警部が、最後の仕事として、かつてリーバスが新人刑事として勤務した警察署の刑事たちがグルになって隠蔽したと思われる事件の調査を行うことになり、リーバスに協力を求めてきた。
現在の事件と30年前の事件の解明が並行して進行し、やがてひとつの物語に収斂されて行くという、本シリーズではおなじみのパターンだが、今回はストーリー構成がシンプルで読みやすい。ややサスペンスに欠ける作品だが、犯罪の動機や事件の背景、捜査の手法などがしっかりしているので、レベルが高い警察小説と言える。
それよりも一番の読みどころは、昔と上下関係が逆転したリーバスとシボーンの関係と、前作では徹底した敵役だったフォックス警部と一緒に捜査をすることになったリーバスの反応である。超がつくほど頑固一徹のリーバスが、こんな状況をどうやって克服して行くのか。リーバス部長刑事の成長物語でもある。
シリーズ読者には絶対のオススメ。シリーズ未読の警察小説ファンには、本作からでも面白いこと間違い無しなので、ぜひ読んでもらいたい作品である。

寝た犬を起こすな (ハヤカワ・ミステリ1919)
イアン・ランキン寝た犬を起こすな についてのレビュー
No.185:
(8pt)

自らの血を流す復讐者たち

オーストリアを代表するミステリ作家の「夏を殺す少女」の続編。ライプツィヒの警部ヴァルターとウィーンの女性弁護士エヴェリーンが登場するシリーズ第二弾である。
ウィーンで学費を援助してくれる男性を出会い系サイトで探しているカルラは、裕福そうな医者の誘いに乗り、彼の家に同行するのだが、そこで待ち受けていたのは・・・。その一年後、ライプツィヒで全身の骨が折られ、血が抜かれた若い女性の死体が発見され、ヴァルターが捜査を担当することになった。遺体の確認にやって来た母親ミカエラは、殺された娘の妹で一緒に家出したダーナが行方不明であることを知り、何としても探し出すと決心する。警察が頼りにならないと判断したミカエラは、単身で犯人探しに突っ走る。頑固で一途なミカエラの暴走に手を焼きながらも、ヴァルターは事件捜査を進めるうちに連続猟奇殺人事件を疑い始めた。
一方、ウィーンでは、女性殺害の疑いをかけられた裕福な医師が、エヴェリーンに弁護を依頼して来た。信頼できないクライアントだと思いながらも依頼を受けたエヴェリーンは、弁護を引受けたことを後悔するハメに陥ってしまうことになった。
前作同様、二つのストーリーが交互に進展し、やがては一つの物語につながって行く構成が見事である。また、犯人のおぞましさ、狂気が際立っていて、レクター博士シリーズを彷彿させるサイコミステリーに仕上がっている。
しかし、本作の本当の主人公は復讐の鬼と化すミカエラで、その無鉄砲な行動に読者はハラハラさせられ通しで最後まで目が離せない。
「夏を殺す少女」に高ポイントを付けた方はもちろん、サイコミステリー好きには絶対にオススメの傑作である。

刺青の殺人者 (創元推理文庫)
アンドレアス・グルーバー刺青の殺人者 についてのレビュー
No.184:
(8pt)

欲望に振り回される男と女

辻原登(初めて読んだ)の長編小説。80年代の世相を上手に切り取った、読みやすいクライムノベルである。
1980年代の和歌山県、田舎町の生真面目で堅物の出納室長・梶は、ふと立ち寄ったスナックのママ・カヨ子からの意味深な誘いにふらふらと乗ってしまい、関係を持つようになったのだが、それをネタにカヨ子の情人のヤクザ・峯尾に脅迫され、公金を横領するハメになった。山口組と一和会の抗争に巻き込まれた峯尾は、組の命令で相手の若頭を殺害したのだが、対立組織はもちろん、自分の身内の組織さえ信用できず、一人で隠れたのち、タイへの逃亡を計画し、その資金を梶から脅し取ることにした。一方、カヨ子の夫だったのだが、峯尾に脅されて別れることになった不動産屋・紙谷は、峯尾の計画を知り、金を横取りしようと目論んだ。、田舎の公務員、ホステス、ヤクザ、不動産屋が入り乱れての色と欲とのドタバタは、やがて殺人事件へと発展した・・・。
バブルの始まりの頃という時代背景が生きており、登場人物のキャラクターもしっかりしているので、ストーリーもエピソードも非常に面白い。黒川博行の疫病神シリーズや吉田修一の犯罪小説に通じるテンポの良さと現実感があり、ぐいぐい引き込まれていく。
エンターテイメント系のクライムノベル好きには絶対のオススメだ。
籠の鸚鵡
辻原登籠の鸚鵡 についてのレビュー
No.183:
(8pt)

いくつになっても熱いヴィク

V.I.ウォーショースキー・シリーズの第17作。いつまでたっても、いくつになっても無鉄砲に走り回るヴィクの魅力が爆発した、痛快なハードボイルド小説である。
ヴィクが高校生の頃、一時期だけ付き合ったことがあるフランクが突然訪ねて来て、25年前に実の娘(フランクの妹)を殺した罪で服役し、2ヶ月前に出所した母親が「私は殺していない。だれかに嵌められた」と言っているので助けてやってくれないかと頼み込んで来た。フランクの母親はヴィクの一家を毛嫌いし、何かにつけ文句を言って来た過去があるので断りたかったのだが、頼まれると否とは言えないヴィクは、しぶしぶ引受けることになる。事件の再調査のためフランクの母親を訪ねると、案の定、助けを断られ、罵声を浴びせられた。しかも、ヴィクの従兄弟でホッケーのスターだったブーム=ブームが真犯人だという反論まで出して来た。ヴィクが大切にしている従兄弟の名誉を守るため、そして何より、真相解明を拒む巨悪の存在を許さないために、ヴィクは生まれ育ったシカゴの貧困地域を駆け巡ることになる。
もうとっくに50を過ぎたのに、立ち止まることを知らず、ひたすら突っ走って行く、ハートも行動も相変わらず熱いヴィクである。周辺人物も変わりなく、シリーズ物の安定感をベースに、今回はシカゴ・カブスとアイスホッケーチーム関係の話題が加えられ、現代のシカゴが生き生きと描写されている。
シリーズのファンにはもちろん、自分の年齢が気になって弱気になっている中高年の方には元気回復の特効薬として、ぜひオススメしたい。
カウンター・ポイント (ハヤカワ・ミステリ文庫)
サラ・パレツキーカウンター・ポイント についてのレビュー
No.182:
(8pt)

元マル暴コンビ、大金を狙う

大阪府警の元マル暴コンビ堀内・伊達シリーズの第三弾。二人の元刑事が暴力団対策で培った知恵と度胸と人脈を駆使して,パチンコ業界のトラブルに首を突っ込んで大金を引き出す、痛快なエンターテイメント作品である。
暴力団に刺された傷がもとで左足が不自由になり、無気力な生活を送っていた堀内に,元相棒の伊達から「脅迫されているパチンコ店オーナーのトラブル解決」の仕事を一緒にやらないかと声がかかった。脅迫して来たゴト師を脅して決着をつければ終わるはずの仕事だったのだが,依頼して来たオーナー側も何やら隠しているようで,二人がマル暴デカのテクニックを使って探って行くと、思いも寄らぬ大金につながるネタが手に入った。そのネタをもとにパチンコ業界の暗闇に切り込んで行った二人を待っていたのは・・・。
いや〜、疫病神シリーズに負けず劣らずの痛快悪漢小説である。とにかく、パチンコ業者,暴力団,警察、出てくる人物全員が悪人で、一癖も二癖もあるやつばかり。欲にまみれた騙し合いと暴力で、最初から最後まで気が抜けない。ストーリー展開も会話も歯切れがよく,徹頭徹尾楽しませてくれる。
黒川博行ファンはもちろん,クライムもの、犯罪アクションもの好きの方には絶対のオススメだ。
果鋭 (幻冬舎文庫)
黒川博行果鋭 についてのレビュー
No.181: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

スウェーデンの冬の厳しさに戦慄

スウェーデンを始めヨーロッパで人気の「エーランド島四部作」の第2作。厳しい冬のエーランド島を舞台に展開される、幽霊がらみのゴシックなミステリーである。
双子の灯台が建つ「うなぎ岬」の古い屋敷にストックホルムから移住して来たヨアキム夫妻は、趣味である屋敷の改造に精を出していたのだが、ある日,妻が溺死体で発見された。警察は事故として処理したのだが,納得しきれない女性新人警官ティルダは独自に調査を進めることにした。そのころ、冬場は人がいなくなる別荘を狙った空き巣が頻発し,警察は犯人を追い詰めて行く。そして、死者が戻ってくるというクリスマスの夜,激しいブリザードの中で激烈な戦いが繰り広げられることになった。
二つの事件が並行して展開され,最後には一つの大きなクライマックスを迎えるというのは、よくある手法だが、本作品でも好結果に結びついている。前半は幽霊話かと思わせてちょっと戸惑うが,中盤からはミステリーとして面白く読むことができた。
北欧ミステリーファンにはオススメだ。
冬の灯台が語るとき (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ヨハン・テオリン冬の灯台が語るとき についてのレビュー
No.180: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

他人の悩みは深刻なほど面白い(非ミステリー)

人気の連作短編「精神科医・伊良部」シリーズの第2弾。雑誌連載の5本を収めている。
今回の登場人物たちの悩みは、第1作より現実的で深刻なのだが、それだけに読者にとっては面白みが増している。ノーテンキなデブの精神科医、絶好調だ。
主人公のキャラクターが重要なので、第1作から読み進めることをオススメする。
空中ブランコ (文春文庫)
奥田英朗空中ブランコ についてのレビュー
No.179:
(8pt)

小心で生真面目なほど、世間からズレるのが笑える(非ミステリー)

奥田英朗の人気短編連作「精神科医・伊良部」シリーズの5作を収めた、三部作の第一弾。鋭い観察眼で人間のおかしみを掬いとった、珠玉の短編集である。
立派な建物を持った伊良部総合病院の地下一階、見捨てられたような環境に診察室を構える精神科医・伊良部の下には、さまざまな患者が訪れる。それぞれに抱える病状は深刻なものの、訴えかける悩みはどこかユーモラスであり、それに輪をかけて、伊良部の対応が常識破りで驚かせ、笑わせる。果たしてこれで、大丈夫かと読者は心配になるのだが、それでもいつしか、患者たちは将来への希望を抱くようになる。
とにかく面白い。患者がそれぞれ、真剣で生真面目であるほど、世間からズレて行く様子がたまらなくユーモラスである。
ミステリーファンではなく、面白い小説、ユーモアのある話を読みたいという読者には文句無しにオススメだ。
イン・ザ・プール (文春文庫)
奥田英朗イン・ザ・プール についてのレビュー
No.178: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

物語の展開に合わせて、じっくりと

いきなりスウェーデンと英国で新人賞を受賞したという、スウェーデンの人気作家のデビュー作。秋、冬、春、夏と続く「エーランド島四部作」の第一作でもある。
濃霧に包まれたエーランド島で幼い少年が行方不明になってから二十数年後、夫とも別れ都会で一人暮らしをしていた少年の母親ユリアに、島の介護施設で暮らす少年の祖父から「あの子のサンダルが届けられた」という電話が来た。誰にも心を開かない生活を送っていたユリアだったが、勇気を振り絞って島に帰り、祖父と一緒に少年の失踪の謎を解こうとする。体力も金もコネも無い二人だったが、古くからの友人たちに助けられながら調査を進め、やがて第二次世界大戦直後の事件に起因する暗く、陰鬱な真実に向き合うことになった。
物語のスパンが少年の失踪から20年、その遠因となる事件から約50年という長さで、しかも探偵役が介護施設にいるリューマチに悩む老人とほとんど鬱状態の中年女性ということで、ストーリー展開は超スローペース。舞台となっているのも、夏のバカンスシーズンを除けばほとんど人の姿を見ない寂れた島の寒村ということで、とにかく暗くて重く、最初は読み続けるのがしんどい作品である。がしかし、その分だけ人物や情景の描写が丁寧で、事件の背景が判明してくる中盤以降は謎解きと濃厚な人間ドラマにぐいぐい引き込まれていく。最後のどんでん返しも、派手ではないが説得力があり、ミステリーとしての完成度を高めている。
北欧ミステリーファンはもとより、人間ドラマを重視したミステリーが好きな人にはオススメだ。
黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ヨハン・テオリン黄昏に眠る秋 についてのレビュー
No.177: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

被害者にも加害者にも、行き届いた目配り

作者のデビュー作で、2005年の江戸川乱歩賞受賞作。選考委員全員一致で選出されたというだけのことはある、レベルの高い社会派エンターテイメントである。
4年前、赤ん坊だった娘の目前で3人の少年に妻が刺殺された桧山は、娘を保育園に通わせながらカフェを営み、平穏に暮らしていたのだが、店の近くで殺人事件があり刑事が訪ねてきた。殺人事件の被害者は、妻を殺した3人のうちの1人だという。事件を起こしたとき少年らが13歳だったため、逮捕もされず、補導と更生施設送りだけで済まされたことに憤慨し、テレビの前で「彼らを殺したい」と叫んだ桧山だったが、少年を殺してはいない。更生施設を出た彼らは、本当に更生したのか、何を考え、どう行動しているのかを知りたくなった桧山は、一人で関係者を訪ね歩くことにした。そこで出会った少年と被害者である妻を巡る真相は、思いも掛けないものだった・・・。
裁判では裁かれない少年犯罪の罪と罰というテーマは珍しくなく、ややもすると平板で理屈っぽくて退屈な物語になりがちだが、本作は読み応えのあるミステリーに仕上がっている。特に、終盤に掛けての展開の意外性と伏線の張り方の上手さは抜群で、この構成力の高さはとても新人作家とは思えない。この作品を書くきっかけになったのが、高野和明の「13階段」だったというエピソードがあるが、「13階段」の社会性にミステリーとしての面白さが加わった、第一級のエンターテイメント作品である。
社会派ミステリーファンにはオススメだ。
天使のナイフ 新装版 (講談社文庫 や 61-12)
薬丸岳天使のナイフ についてのレビュー

No.176:

流

東山彰良

No.176:
(8pt)

戦後台湾が舞台の「坊ちゃん」

2015年の直木賞作品。しっかりした構成と巧みな文章力が印象的な骨太の青春小説であり、傑作エンターテイメントである。
国共内戦で国民党兵士として戦い、台湾に逃れてきた祖父を持つ主人公・秋生は、17歳の高校生のとき、自分を寵愛してくれた祖父が殺されているのを発見する。秋生は、誰が祖父を殺したのか、何故殺されたのかを知りたいと思うのだが、自分が成長して行くことに精一杯で、その疑問は心の中でずっと引きずったままだった。やがて青年となり、結婚を決意し始めた時、秋生は疑問の答えを求めて祖父の故郷である中国・青島を訪れた。そこで発見した真実の物語とは・・・。
祖父の殺害から始まって、犯人が判明して終わるという構成だが、ストーリーの比重は犯人探しミステリーより、17歳の高校生の成長物語に置かれている。頭はいいのだが無鉄砲で一本気な若者が、個性的な周囲の人々と触れ合う中で、様々な愛と人生を学んで行くという、絵に描いたような青春小説である。ただし、その中味が凡百の青春小説とは大違いで、実に読み応えがあり、味わい深い。
読後感も爽やかで、ミステリーファンに限らず、多くのエンターテイメント小説ファンにオススメしたい。
流
東山彰良 についてのレビュー
No.175:
(8pt)

周りと違うことの生きづらさを(非ミステリー)

すでに映画でもテレビドラマでも高評価を得ている、角田光代の代表作。幼児誘拐の話ではあるが、ミステリーではない。
不倫相手の子どもをおろした希和子は、男の家族が住むアパートを隠れて訪れているうちに夫婦の行動パターンを知り、二人が留守の間に衝動的に忍び込み、生後6ヶ月の娘を誘拐した。薫と名付けた子どもと、実の親子と偽って学生時代の友人宅に緊急避難したのを皮切りに、名古屋、奈良、小豆島へと逃避行を続けることになる。薫が5歳になり、小豆島での生活も落ち着いていたある日、アマチュアカメラマンが撮った写真から居場所がバレて、希和子は逮捕され、薫は実の両親の下に戻されることになった。
それから16年、大学生になった薫はアルバイト先から帰る途中で、奈良の女性団体にかくまわれていた時代の幼なじみに声をかけられた。千草と名乗った彼女は、薫の誘拐事件のことを本にしたいという。乗り気ではなかった薫だったが、千草の熱意に負けて自分の半生をたどってみることにした・・。
子どもを産み、育てることと、結婚し家庭を維持することのどちらが大事で、どちらが人間的なのか? 生物としての本質と社会制度の間で軋みが生じたとき、尊重されるべきはどちらなのか? 簡単に優劣がつけられる問題ではなく、いつの時代にあっても人間の苦悩の素になる問題だが、特に女性にとってはよりリアルで深刻なテーマである。
周りの蝉がみんな七日で死んでしまう中、八日目まで生き延びた蝉は何を感じるのか? 幸せなのか、不幸なのか? 希和子と薫、血のつながらない「親娘」の奇妙な類似性が暗示しているのは何か?
ミステリーではないがサスペンスフルな傑作である。
八日目の蝉 (中公文庫)
角田光代八日目の蝉 についてのレビュー
No.174:
(8pt)

弱気の疫病神・・ではない

疫病神シリーズの最新作。やっぱり面白いシリーズだ。
疫病神・桑原は二蝶会を破門され、堅気になっているのだが、二宮が受けた地方議会選挙と極道がらみのトラブルを、いつものコンビでさばくことになる。代紋を失い、自称「素っ堅気」になった桑原だが、その本質はまったく変わっておらず、地方政治家やヤクザを相手ににイケイケどんどんで突っかかって、どうにもならない状況を切り開いて行く。そして最後には、それなりのシノギを得て、二宮にもおこぼれが回ってくることになる。
いや〜、このシリーズはまだまだ好調で、期待に違わない面白さだ。特に今回は、悪役がヤクザより品が無い地方政治家とその周辺の有象無象で、彼らが桑原にしてやられるところは、胸がすっとする。暴対法や暴排条例で、楽な仕事では無くなった暴力団の切なさもリアルで、このシリーズも先は桑原の破壊的な暴力一辺倒ではいかないだろうと予感させるが、どうやら破門をとかれそうな桑原の暴れん坊ぶりはまだまだ続きそうだ。
疫病神シリーズのファンはもちろん、ノワール、ヤクザアクション系が好きなミステリーファンにオススメだ。
喧嘩
黒川博行喧嘩 についてのレビュー
No.173:
(8pt)

自分勝手で小心者、週刊現代読者の自画像か?(非ミステリー)

週刊現代に連載された長編小説。男女の愛憎と悪人を描かせたら抜群の冴えを見せる桐野夏生の本領が発揮された、初老男の悶々滑稽小説である。
大手銀行から町の中小企業に転籍したものの、その会社が大成功して、今や一部上場企業の財務担当取締役になった薄井は、妻と愛人の間を上手く渡り歩いているつもりだったのだが、自分を引っ張ってくれた会長から「社長のセクハラスキャンダルを処理して欲しい」と頼まれたことから、思いもよらぬトラブルに巻き込まれることになる。まあ、巻き込まれる理由の半分以上は、小心なクセに女性にもてたい、自分はモテると妄想して先走ってしまう薄井本人にあるのだが、その言動のスケールの小ささは、まさに週刊現代読者のカリカチュアとして上出来。こういう底意地の悪さは、さすがに桐野夏生である。
主人公の敵役として登場する占い師のばあさんの胡散臭さが、ちょっとだけミステリー、ノワールっぽいが、全体としては滑稽話(ユーモアではない)である。定年を前にさまよう男たちの哀感を、厳しくもおかしく描いた風俗小説として読むことをオススメする。
猿の見る夢
桐野夏生猿の見る夢 についてのレビュー
No.172:
(8pt)

1964年と2020年、何にも変わってない?

2008年に単行本が刊行され、吉川英治文学賞を受賞した、奥田英朗の代表作。昭和39年の東京オリンピックを題材に、当時の社会状況をサスペンスに表現した傑作エンターテイメントである。
昭和39年(1964年)夏、アジア初のオリンピックを開催し、敗戦国から一等国に成り上がろうとする日本の首都東京。次々と建設される競技場や高速道路、新幹線などに、日本人は感動し、うきうきした気分で沸き上がっていた。しかしその裏には、人権も人格も無視して奴隷か牛馬のように働かされている地方からの出稼ぎ労働者の大群が隠されていた。そんな出稼ぎ者の一人がヒロポンで死亡し、種違いの弟で東大大学院生の島崎国男は遺骨を引き取り、葬儀のために故郷に帰ることになった。そこで見た現実は、東京の復活とは全く無縁の、敗戦時から一つも変わっていない貧困な故郷の姿だった。東京と故郷の格差に打ちのめされた島崎は、オリンピックを人質に国家権力から身代金を奪う計画を立てた・・・。
スケールの大きな計画犯罪なのに、島崎には思的な主張も金銭欲も名誉欲もなく、淡々と計画を実行して行くところがアナーキーでサスペンスフルである。政治的な主張を掲げるテロリストであれば、その主張に対する賛否があり、好悪が生まれてくるのだが、島崎国男の場合はすべてが虚無の塊のようで、物語の主人公でありながらキャラクターに対する共感や反発が生まれて来ない。ただひたすら、犯罪計画が実行されるプロセスのタイムリミットのサスペンスで読者を引っ張って行く。
当時の時代状況を物語るエピソードがノンフィクションのようなリアリティをもってちりばめられているのも、社会派ミステリーとして成功している。貧困と格差を抑圧した「繁栄の神話としてのオリンピック」という構図は、2020年もまったく同じではないのだろうか?
社会派ミステリーファンには絶対のオススメだ。
オリンピックの身代金
奥田英朗オリンピックの身代金 についてのレビュー
No.171: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

歴史に「もしも」は無い

巨匠スティーブン・キングが挑んだ、タイムトラベルものの超大作。ケネディ大統領暗殺阻止という重大な任務に挑戦する高校教師の大冒険を描いた、上下合わせて1000ページを越えるボリューム満点のエンターテイメント大作である。
2011年の世界に暮らす高校教師ジェイクは、友人であるダイナーの経営者アルから「オズワルドによるケネディ大統領の暗殺を阻止して欲しい」と依頼された。アルの話では、ダイナーの倉庫には過去につながる「兎の穴」があり、1958年9月19日に行くことができ、また現在に戻ってくることもできるという。半信半疑で「穴」を通ってみたジェイクは本当に1958年を体験し、アルの依頼を受けて「11/23/63」の運命の日まで過去に滞在して、悲劇を防ぐために死力を尽くすのだった・・・。
タイムトラベルと言っても、自由に過去を移動するのではなく、常に1958年9月19日に行き、どれだけ長く過去に過ごしても、現在に戻ると2分しか経過していないという設定が面白い。この不自由さから生み出される過去と現在の因果関係が、物語をどんどん複雑で味わい深いものにしている。さらに、「過去は改変を好まない」、「歴史はバタフライ効果で無限に変化する」という2つの大きな命題に縛られるところも、単なるハッピーエンドに終わらせない、重みのある作品につながっている。
週刊文春、翻訳ミステリー大賞をはじめ、日本国内でも数々のベストテンに選ばれているだけのことはある傑作エンターテイメントとして、ホラー以外のミステリーファンにオススメだ。
11/22/63 上 (文春文庫 キ 2-49)
スティーヴン・キング11/22/63 についてのレビュー
No.170: 10人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

全国民への問題提起だ

著者の長編ミステリーデビュー作で、2012年の日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。壮大な問題意識を魅力的なミステリーに仕上げた、社会派ミステリーの傑作である。
2016年に日本中を震撼させた「津久井やまゆり園」事件を想起させる「要介護老人連続殺人事件」をテーマに、犯人、検事、被害者家族、介護関係者それぞれの視点から事件の背景と真相が語られて行く。そこに表われるのは、「そうなることは分かっていたのに」何も手を打って来なかった、真剣に考えることを逃げてきた社会の無責任と、それが引き起こした生きづらさ、矛盾、不幸、絶望、善悪の基準の崩壊である。
「全国民への問題提起」と言いたくなる重い社会性を持ちながら、ミステリーとしても非常に完成度が高い。「介護と殺人」という紹介文で読むのを回避するのはもったいない。ミステリーファンに限らず、多くの人にオススメしたい。
ロスト・ケア (光文社文庫)
葉真中顕ロスト・ケア についてのレビュー