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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数529

全529件 301~320 16/27ページ

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No.229:
(8pt)

ローセを救え!

デンマークを代表する警察小説「特捜部Q」シリーズの第7作。期待通りの高レベルな社会派ミステリーである。
今回も、特捜部Qは未解決事件に取り組むのだが、それは最近起きた老女殺害事件と類似しており、老女殺害を捜査している殺人捜査課と対立することになる。しかも、前回の事件から続くローセの精神的な不調が深刻化し、チームは重苦しい雰囲気に包まれ、四苦八苦していた。それでも粘り強く捜査を続けたチームは、2つの事件が、失業中の若い女性を狙ったと思われる連続ひき逃げ事件とも関連していることを突き止める。ローセという貴重な戦力を欠いたチームに3つもの難事件はとてつもない重荷だったのだが、不可能を可能にする特捜部Qはけっして諦めなかった・・・。
本作のメインストーリーは、社会福祉制度に寄生する「ずるい人間」と、それが許せなくて過激なリンチに走ろうとする「独善的な正義の人」の物語である。福祉制度が充実すればするほど、楽して甘い汁を吸おうという人間が出て来るのは、国民性や民族性に関わり無く、世界中で起きること。そういう矛盾を包み込んで成り立つ社会であり続けられるのかどうかが、民主主義の定着度を測る尺度と言える。それについては、独善的な正義の人として、ソーシャルワーカーとともに、デンマークに逃亡したナチス高官が描かれているところに、作者の考えが読み取れる。
シリーズ読者にとっては、メインストーリー以上に気になるのが、ローセの落ち込み具合で、カール、アサド、ゴードンと一緒に、ローセを救い出すために何ができるのか、最後までハラハラドキドキである。ローセの置かれた状況を理解しておくためにも、シリーズの順番に読み進めることをオススメする。

特捜部Q―自撮りする女たち─ 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.228: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

お見事! 構成の上手さが抜群

アメリカの新進作家の長編第二作。いわゆる「交換殺人」ものかと思わせておいて、どんどん違う方向に引っ張って行く、パワフルなサイコミステリーである。
ロンドンの空港でボストン行きの便を待っていたアメリカ人のIT長者テッドは、バーで隣り合わせた若い女性リリーに声をかけられた。旅先の気軽さと多少の飲み過ぎで口が軽くなったテッドは、一週間前に妻ミランダの浮気を知り、殺してやりたいと思っていると口走ってしまう。するとリリーは、ミランダは殺されても当然だと言い、テッドに協力すると言い出した。ボストンで殺人計画を練った二人が計画を実行しようとしたとき、思いがけない事態が発生し、事態は急展開することになった。果たして、二人の計画は成功するのだろうか?
殺人計画の立案、実行、後日談という三部構成で、ミランダに対する計画殺人がメインストーリー、主犯となるリリーの過去の犯罪がサブストーリーで展開される物語は、最初から最後までスリリング。第一部ではテッドとリリー、第二部ではミランダとリリー、第三部では刑事とリリーのそれぞれの視点で構成される章が入れ替わるごとに、物語の様相が変化し、サスペンスが高まって行く。ディーヴァーのようなどんでん返しではないが、想定外の連続、意表をつく展開で、全編、緩むこと無く楽しめる。
好みのジャンルを問わず、多くのミステリーファンにオススメしたい。

そしてミランダを殺す (創元推理文庫)
No.227: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

時空の歪みを浮遊するような楽しさ

2002年から2004年にかけて雑誌に掲載された5作品で構成された短編集。5作品は、主な登場人物は共通するものの時代設定や主役が異なっていて、「短編集のふりをした長編小説」(著者の言)である。
主要登場人物の3人が出会う一作目の「バンク」は、軽妙な展開を見せる銀行強盗小説。二作目と四作目は、家裁調査官の世界を舞台にした、今風の少年たちの風俗と大人の対応の話。三作目と五作目は、盲目の若者がアームチェアディテクティブとなる、軽めのミステリー作品である。
全体を通してテーマやストーリーの展開や移動がスピーディーで、ふわふわとダマされながら浮遊しているうちに物語を読みこむ快感に浸っているという、とらえどころが無くて面白い作品ばかりで、改めて伊坂幸太郎の技に酔わされた。
軽快な短編集が好きな方、ミラーボールがきらめくようなお話の世界が好きな方にオススメだ。
チルドレン (講談社文庫)
伊坂幸太郎チルドレン についてのレビュー
No.226:
(8pt)

国境の町の女の強さと脆さ

雑誌連載を元に単行本化された長編小説。道東の町に育ち、恋をし、生き抜こうとする女の生き方を描いた、ちょっとハードボイルドなエンターテイメント作品である。
戦後の匂いが強く残る昭和35年の根室。地元の老舗水産会社の三姉妹の次女に生まれながら、親に反抗して芸者になった珠生は、常連客の運転手を務める相羽に心を惹かれ、相羽が主人の罪をかぶって服役し、娑婆に戻ったところで一緒になる。主人から独立した相羽は、地元の裏社会を仕切る大物へと成り上がり、珠生の姉が嫁いだ運輸会社の長男と組んで、彼を代議士にするために裏の仕事を引受けていた。男たちの世界には口を出せない珠生は、口数が少なく、感情の動きを見せない相羽に心を乱しながら、ヤクザの姐さんの役割りを果たしていた。運輸会社の男は選挙で当選するのだが、選挙資金として汚い金を集めていた相羽には、密かに危険が迫っていた・・・。
お嬢様育ちながら芸者になった珠生が悩み、傷付きながら自分の生き方を貫いてゆく物語という、従来の作者のテーマの範囲内の作品である。ただ、住む場所が花街やヤクザの世界というのが新鮮で、従来の作品のようなひたすら重いだけのテイストではない。本作のセールストークにあるように、「極道の妻」的な面白さがあって、本格的なミステリーではないが、ミステリー要素を含んだエンターテイメントとして十分に楽しめる。
桜木紫乃ファンはもちろん、これまでの桜木作品が重苦しくて苦手だったファンにもオススメだ。
霧 (小学館文庫 さ 13-3)
桜木紫乃霧 ウラル についてのレビュー
No.225:
(8pt)

愚かで無様で不器用な男と女(非ミステリー)

2007年から10年に雑誌連載された長編小説。東日本大震災の前に崩壊しつつあった日本の地方の閉塞感をじっくり描いた、社会派エンターテイメント作品である。
大正時代に農業中心の理想郷を求めて建設され、現在では日本の繁栄から取り残されている東北地方の寒村を舞台に、不器用な生き方しかできない愚かな男と女の破滅的な戦いが展開される。その背景として、平成時代になって高齢化、過疎化、農業の衰退などで疲弊しきった農村社会の息苦しさが見事に喝破されている。この救いの無さは桐野夏生ワールドであるとともに、日本の社会の閉塞感の表れでもある。
ミステリーではなく、社会派作品としてオススメする。
ポリティコン 上
桐野夏生ポリティコン についてのレビュー
No.224:
(8pt)

14歳のままでいられたら・・・

2017年に発表された書き下ろし長編小説。連続殺人から物語は始まるのだが、ストーリーの中心は、13歳から14歳へ、子どもから大人に変わりゆく3人の中学生たちの喜びと悩みの物語である。だからといって、分かりやすい成長物語という訳ではない。
1980年代の台北市、義兄弟の契りを立てた3人組は、それぞれの家庭に問題を抱えながらも自由奔放に、けなげに、猥雑な町の悪ガキとして育っていた。ある日、いつも仲間の一人を痛め付ける継父を殺す計画を立て、密かに準備を進めていたのだが、その計画は想いもよらない結果を招き、14歳の少年たちは厳しい現実に向き合わざるを得なくなる。その30年後、アメリカで少年6人を殺害して逮捕されたサックマンと呼ばれる男は、三人のうちの一人だった。もう一人の仲間から頼まれてサックマンの弁護士となった「わたし」は、サックマンとともに自分たちの過去も振り返り、サックマンの犯行の動機を探ろうとする。30年後の悲惨な結果が、なぜ生まれたのか? その芽は14歳のときにすでに芽生えていたのだろうか? 永遠に解明できそうにない謎に挑んだミステリーである。
作者が得意な80年代の台湾が舞台になるだけに、登場人物たちがみな生き生きと行動し、ダイナミックなストリー展開が楽しい。連続殺人事件ものというより青春アクション小説である。ただ、サックマンがサックマンになる背景には非常に重いものがあり、軽く読み流せる作品ではない。
硬派というか、社会性が強い青春小説が好きな方にオススメだ。
僕が殺した人と僕を殺した人
東山彰良僕が殺した人と僕を殺した人 についてのレビュー
No.223: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

グダグダが面白い

2017年に発表された書き下ろし長編小説。あとがきにあるように「人質立てこもりものの決定版のはずが、硬派な犯罪小説には近づくことができなかった」という、どちらかと言えばユーモラスなミステリー作品である。
誘拐をビジネスとする組織の末端にいる兎田が人質立てこもり事件を起こしたのは、愛する妻を人質に取られ、組織の金を持ち逃げしたコンサルタントの折尾を探し出すように命令されたのがきっかけだった。様々な行き違いから、関係のない一家三人を人質に取ってろう城することになった兎田は、組織に設定された時刻が刻々と迫り、焦りの色を濃くしていた。そこに、現場を取り巻く警察、何やら曰くありげな人質の奇妙な言動が重なって、事態は収拾がつかなくなってきた。犯人・兎田は愛する妻を取り戻せるのか? 緊張と笑いに包まれて、事件は想定外の様相を呈するのだった・・・。
話の展開には、かなりの無理があり、スリルやサスペンスとは無縁のどんでん返しがあって、あとがきが言うように、正統派の犯罪ミステリーではない。ちょっとおしゃれなユーモアミステリーである。犯行の動機や犯罪の様相、解決までのストーリーを追うより、場面ごとの著者の技巧を楽しむ作品と言える。
伊坂幸太郎ワールドになじめる人にはオススメだ。
ホワイトラビット
伊坂幸太郎ホワイトラビット についてのレビュー
No.222:
(8pt)

もはや、様式美の世界

「沢崎イズバック!」と興奮し、狂喜乱舞する読者も多いだろう。14年ぶりになる、探偵・沢崎シリーズの新作長編小説である。
多くの読者の期待を裏切らない、まさに沢崎シリーズの作品である。ただ、それ以上のものではない。決して出来が悪い訳ではないが、想像を超えるような興奮は得られない。とてもいい意味でのマンネリというか、古典落語の名人芸を聞いているような良質な満足感が得られることは間違いない。今どき、これほどチャンドラーの世界を受け継いでいる作品は珍しい。
ストーリー展開の意外性、スリルやサスペンス、アクションなどは関係ない。ただひたすら、沢崎のセリフの滋味を味わってもらいたい。
沢崎シリーズのファン、古典的ハードボイルドのファンにはオススメしたい。
それまでの明日
原尞それまでの明日 についてのレビュー
No.221: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

技巧が冴える、小咄集

2011年から16年にかけて雑誌に掲載された作品9点を集めた短編集。それぞれ独立した話だが、舞台設定や動機などで、日本人らしさという共通点があると言えば言えなくはない微妙なつながりで作品集として成立しているエンターテイメント作品である。
一つ一つの作品ごとに、きちんとした伏線と回収があり、しかも絶妙のオチが待っているという、読んでいて楽しい作品ばかり。今さらながら、東野圭吾のストーリーテラーとしての才能に感服した。
軽いミステリー作品のファン、ミステリーの初心者はもちろん、本格的なミステリーファンでも息抜き的に楽しめる、優れた作品集である。
素敵な日本人 東野圭吾短編集
東野圭吾素敵な日本人 東野圭吾短編集 についてのレビュー
No.220:
(8pt)

必要悪を、いつまで認めるのか?(非ミステリー)

2010年、吉川英治文学新人賞の受賞作。土木建設業界の談合の不可解さ、面白さをテーマにした企業エンターテイメント作品である。
中堅ゼネコンの若手社員の目を通して、政財界が一体となった土木事業の談合をリアリスティックに、しかも面白く描いている。企業や業界の論理で理不尽なことを矯正されたとき、いちサラリーマンは何を考え、何ができるのか。業界全体のことを考え、自分の会社のことを考え、自分の生き方を考えて苦悩する平社員の葛藤がリアルに伝わってくる。
物語のメインである談合の裏表は非常に緻密に、迫真的に描かれていて迫力がある。一方、サイドストーリーである主人公の恋愛、家族との関係などはかなり類型的でやや迫力不足。自由競争と談合という不正義を必要悪として認めてきた社会が変わる可能性はあるのか? その一点に絞った企業小説として読めば、非常に良くできた作品である。

鉄の骨 (講談社文庫)
池井戸潤鉄の骨 についてのレビュー
No.219: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

最後は「やられた!」

2017年、ニューヨークタイムズのトップを何週間か獲得し、映画化も決まったというベストセラー作品。登場人物は不気味だが、読後感はスッキリの都会派ミステリーである。
高名なミニマリストの建築家エドワードが建てた家は、最新テクノロジーを結集した美しい建物だったが、完璧主義者であるエドワードの目にかなった人物しか入居できず、しかも極めて厳格な規則があった。シングルマザーになるはずだったのが出産時に赤ちゃんを喪ってしまったジェーンは、その痛手を癒すべく引っ越しを計画し、エドワードの面接にパスして、この家に暮らし始めた。ある日、玄関に花が置かれていたことから、以前の入居者であるエマがこの家で亡くなったことを知り、その詳細に興味を持った。それと同時に、エドワードとの付き合いが始まり、ジェーンはエドワードにどんどん惹かれていくのだった。一方、過去の入居者であるエマも入居してからエドワードと付き合い始め、当時の恋人を捨ててエドワードになびいて行ったのだが、エドワードの妻と息子が事故死したことを知り、事故の真相を探ろうとする。
つまり、ジェーンはエマのことを、エマはエドワードの妻のことを通して、エドワードの秘密を知ろうとするというのが大きな流れで、さらに、エマは強盗にあって強姦されたという過去があり、ジェーンは健康な出産ができなかったことをトラウマとして抱えていて、それが二人の言動に大きく影響しているという、複雑な構成になっている。しかし、物語は、現在のジェーンの章と過去のエマの章が交互に出てきて、それぞれのエドワードに対する気持ちが揺れるのを丁寧に描写しているので、読み辛さはない。
そしてことの真相が明らかにされたとき、読者は「やられた!」という爽快なショックが味わえる。ミステリーとしての構成がしっかりしているし、サスペンスの盛り上がりもなかなかで、幅広いミステリーファンにオススメしたい。
冷たい家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
JP・ディレイニー冷たい家 についてのレビュー
No.218:
(8pt)

面白うてやがて悲しき(非ミステリー)

改めて奥田英朗の懐の深さを感じさせる、ユーモラスなエンターテイメント作品。
歌舞伎町で下っ端ヤクザとして生きている純平21歳が、親分から敵対する組の幹部を殺害する鉄砲玉を命じられる。一人前のヤクザとして認められたいと願っている純平は、喜んで役目を果たそうとするのだが、任務を果たすまでの三日間の猶予に、さまざまな人々に出会い、自分の生き方を改めて見つめることになる。さらに、軽い気持ちで付合った女がネットに「純平君が鉄砲玉として殺人事件を起こそうとしている」と書き込んだことから、さまざまな書き込みが寄せられ、周りが勝手に盛り上がってくる。そんな喧噪の中、純平は・・・。
いやぁ〜、面白い。現代の風俗を活写したエピソードとストーリー展開の面白さに、ぐんぐん引き込まれていく。あれこれ理屈を考えることなく、場面場面の面白さを堪能すればいい。
好き嫌いが分かれる作品だと思うが、愉快な物語を読みたい読者にはオススメだ。
純平、考え直せ (光文社文庫)
奥田英朗純平、考え直せ についてのレビュー
No.217:
(8pt)

誘拐のアイデアは秀逸

2002年に刊行された書き下ろし長編作品。誘拐のアイデアが秀逸な社会派ミステリーである。
政財界を巻き込んだスキャンダルの主役でバッカスグループの総帥である永渕を入院させている大病院の院長の17歳の孫娘・恵美が誘拐され、犯人は永渕が死亡すれば恵美を解放すると連絡してきた。院長と、恵美の父親である副院長は、警察や永渕に協力を求めて永渕の死亡を偽装し、恵美の解放に成功する。同じ頃、神奈川県で19歳になる男子大学生・工藤巧が誘拐され、身代金としてバッカスグループの株券を用意するようにという脅迫状が届いた。家族と警察は株券を用意して交渉に応じたのだが、犯人は現われず、工藤巧は自力で脱出し、保護された。
二つの誘拐事件は人質が無事解放されたのだが、被害者二人が捜査に協力的ではないため犯人像がまったく見えず、誘拐の動機にも疑問が残り、警察の捜査は難航していた。そんなとき、恵美と工藤巧が知り合いだという情報がもたらされ、警察は狂言誘拐を疑い始めるのだった・・・。
誘拐をテーマにしたミステリーは数々あるが、本作の身代金獲得手段、誘拐の目的達成のアイデアは斬新で、面白かった。犯行の背景となる出来事も、それなりの説得力があり、どんどん引き込まれていく。ただ、後半に近づくと堂々巡りが繰り返されて話の展開が遅くなってしまったのが、ちょっと残念。単行本上下2段組みで480ページが400ページぐらいでまとめられていたら、もっとスピード感があっただろう。
犯罪小説というより、社会派のエンターテイメント作品として、幅広いミステリーファンにオススメできる。
誘拐の果実 (上) (集英社文庫)
真保裕一誘拐の果実 についてのレビュー
No.216: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

やや甘いものの読み応えあり

2006年に発表された長編ミステリー。心臓血管外科という特殊な舞台装置に複雑な人間ドラマを上演した、上質なエンターテイメント作品である。
研修医・氷室夕紀が勤める大学病院に「医療ミスを公開しなければ病院を破壊する」という脅迫状が届いた。イタズラとして処理しようとした病院側だったが、2通目が届いたことから警察に届けて捜査が始まったのだが、金銭の要求は無く、脅迫犯の狙いは何か、どういう手段で「破壊」しようとしているのかが、まったくつかめないまま捜査は混乱するばかりだった。という、病院脅迫事件が物語の一つのテーマ。
もう一つのテーマは、氷室夕紀の指導医・西園教授は、氷室夕紀の最愛の父を死なせてしまった手術の執刀医で、彼女は手術ミス、あるいは意図的なミスではないかと疑い続けてきたという、真相究明の物語である。
二つの大きなストーリーが無理なく並行して展開し、最後にはヒューマニズムにあふれた幕が下ろされる。予定調和的といえばそれまでだが、それぞれのストーリーがしっかりしているので、読み応えがある。
心臓外科手術という特殊な世界の話だが非常に読みやすく、テンポもいいので楽しめる。ヒューマンドラマ系が好きなミステリーファンにオススメしたい。
使命と魂のリミット (角川文庫)
東野圭吾使命と魂のリミット についてのレビュー
No.215:
(8pt)

幸せは自分一人のもの(非ミステリー)

時代に押しつぶされながらも、流されながらも、自分一人の幸せを生ききった女の物語。読んでいる途中で何度も胸にこみ上げて来るものがある、強く情感に訴える物語である。
道東の貧しい開拓地で育った百合江は、看護婦になりたいという夢も叶わず、中学卒業と同時に奉公に出されるが、その町で見た旅芸人一座に心を惹かれ、奉公先を飛び出して一座に加わってしまう。だたひたすら歌うことだけを生き甲斐に、それなりに幸せな日々だったが、座長の病気を機に一座は解散し、百合江は一座の仲間だった宗之介と行動を共にすることになった。宗之介との間で妊娠したとき、故郷へ帰ろうとするのだったが拒絶され、妹・里実が働いていた釧路で生活することにした。しかし、娘・綾子が生まれると、宗之介は姿を消した。ミシンを使った縫製仕事で生きていた百合江と綾子に里実が縁談を持ち込み再婚したのだが、相手は金と女にだらしないマザコン息子だった。夫の借金を返すために温泉旅館で仲居と歌手として働き、借金を返済したのだが、二番目の子供・理恵を出産したとき、綾子を勝手によそにやられたことから、結婚生活が破綻し、再び釧路で暮らし始めることになった。
途中、穏やかに暮らす時期はあるものの、生涯のほとんどは貧困と悲惨な家族関係に翻弄される百合江だったが、本人は自分が選んだ人生だと諦観し、そんな人生にも幸せを見出している。対照的な性格の妹・里実だが、里実には里実の深い悩みがあり、けっして絵に描いたような幸せではない。
桜木作品の例に漏れず、出てくる男たちはほとんどがだらしなく、逆に女性が強すぎるのだが、強い女が持つ脆さ、というか強くならなければいけない流れが、非常に説得力がある。
人間の本当の強さとは何かを考えさせられる小説である。
ラブレス
桜木紫乃ラブレス についてのレビュー
No.214:
(8pt)

少年は荒野をめざし、楽園に漂着する(非ミステリー)

2006年本屋大賞の第2位にランクされた、痛快なエンターテイメント長編。これまで読んだ、どの奥田英朗作品とも違う面白さで、改めて奥田英朗の幅広さに感服した。
元過激派の両親と暮らす東京・中野の小学6年生が、友だちや周辺の不良たちに揉まれながら自我を確立して行く物語だが、凡百の成長物語とは違って説教臭さが微塵も無いのが心地よい。
映画化されればヒットするのではないかと思う。
サウスバウンド 上 (角川文庫 お 56-1)
奥田英朗サウスバウンド についてのレビュー
No.213:
(8pt)

見事な展開を見せる連作短編集(非ミステリー)

道東・釧路の新設高校の図書部で同期だった5人の少女たちが卒業後に歩んだそれぞれの道は、それぞれに悩み多きものだった。誰もが生きづらさを抱えており、平穏な人生ではなかったが、中でも、高校時代に教師に告白して拒絶され、就職先の和菓子店の主人と子供を作って駆け落ちした順子は、本人が「私は幸せ」と言えば言うほど、関わりがある周辺人物の心を波立たせ、不安にさせるのだった。順子が感じていた幸せを、周りが信じきれなかったのは何故か?
あまり器用とは言えない一人の女の25年の歳月を、時代を追いながら彼女に関係する6人の女の視点から描いた連作短編集である。しかも、それぞれの短編の主人公になる女性たちの生き方も鮮やかに描き出した、見事な展開力に驚嘆した。
ストーリーにも、情景描写にも、会話にも、心理描写にも、ぐんぐん迫ってくるリアリティがある、力強い作品である。
蛇行する月 (双葉文庫)
桜木紫乃蛇行する月 についてのレビュー
No.212:
(8pt)

良くできた大人のお伽噺

前作「秘密」で日本での人気を確立したオーストラリアの女性作家の最新作。1930年代と現在を行き来しながら謎を解く、ゴシック風味のミステリーで、「大人のお伽噺」という訳者あとがきに出てきた言葉が、本作品の本質を的確に表現している。
母親に置き去りにされ、一週間、部屋に閉じ込められていた少女が発見された事件で、「育児疲れの母親が家出した」という結論での捜査打ち切りに納得できなかった刑事セイディは、新聞記者に内部情報を漏らすというタブーを犯し、上司から強制的に休暇を取らされた。傷心のセイディが訪れたのは、育ての親である祖父が引退して暮らしているコーンウォールの海沿いの小さな街だった。そこでセイディはジョギング中に迷い込んだ森で、打ち捨てられた古い屋敷を発見する。その屋敷「湖畔荘」は、70年前に一歳を迎える直前の男の子セオが行方不明になるという悲劇に見舞われ、その後、放置されたままだった。事件に興味を持ったセイディは古い記録を探し出し、事件の真相を解明しようとする・・・。
息子を亡くした両親から「湖畔荘」を受け継いだアリスは著名な推理小説家でロンドンに在住し、「湖畔荘」を訪れることはなかったのだが、弟であるセオの失踪事件に密かに責任を感じていた。アリスの姉デボラは、第一次世界大戦でPTSDを煩った父がセオを殺害したのではと疑い、そのきっかけを作ったのは自分ではないかと罪の意識に苛まれていた。さまざまに秘密を抱えた関係者が作り出す、複雑なストーリーが解き明かされたとき、その真相は思いがけない結末を迎えるのだった。
最後の最後のエピソードが、「おや、まあ、そう来ましたか」という感じで、まさにお伽噺である。ただ、そこまではきっちりした謎解きミステリーであり、読み応えがある。昔話と現在の諸事情が入り交じり、全体像を把握するまでは読みづらいのだが、下巻になる辺りからはテンポよく物語が展開し、納得がいく結末に治まって行く。
あまり血腥くない、派手なアクションが無い、落ち着いたミステリーを読みたいという読者には、絶対のオススメだ。
湖畔荘 上 (創元推理文庫)
ケイト・モートン湖畔荘 についてのレビュー
No.211:
(8pt)

誰の人生にも現われる、光と陰(非ミステリー)

2007年の柴田錬三郎賞を受賞した短編集。どこにでもいそうな現代人の「家族としての自分」を考えさせる、6作品である。
6作品とも主人公は30代(おそらく)の家庭人。主婦であったり、主夫であったり、夫であり妻である、ごく平凡な平均的な人々である。その日常に、ちょっとした変化が起きたとき、人は思いがけない心境になり、ちょっとドラマチックな出来事が起きたりする。けれども、瞬間的な興奮が冷めると、日常は案外力強く元の状態を取り戻していく。そんな小さな波風を、面白いエンターテイメントに仕上げて読ませてくれる作者の力量は、さすがである。
ユーモラスでハートウォーミングで、しかもちょっとだけ常識を外れたファンタジーを求めている読者には120%のオススメだ。
家日和
奥田英朗家日和 についてのレビュー
No.210: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

みんな嘘つきで、誰も嘘を吐いてない

アメリカではニューヨークタイムズのベストセラーリストの1位を数ヶ月も続け、映画化もされた、大ヒット作。人間が持つ「嫌な部分」をあえてあぶり出した、気分を悪くするけど目が離せなくなるサイコ・ミステリーである。
ニューヨークで雑誌のライターをしていたニックとエイミーの夫妻は、30代半ばにも関わらずネット社会の動きに着いて行けずに失職し、ニックの生まれ故郷であるミズーリ州に引っ越すことになった。ニューヨーク育ちのお嬢様であるエイミーは中西部の田舎暮らしになじめず、不満を募らせているようだった。結婚5周年の記念日に、突然エイミーが行方不明となった。室内に争ったあとがあったことなどから、ニックが重要参考人として追求されることになる。確たるアリバイが無く、疑惑を招くような言動も多いニックは、どんどん追い込まれて行くのだが・・・。
事件の様相は、警察の捜査によってではなく、ニックの告白とエイミーが残した日記によって読者に提示されるのだが、その二つのストーリーにはかなりの違いがあり、真相がまったく見えて来なくなる。夫婦それぞれの主張のどちらが真実なのか? どちらも真実ではないのか? ストーリーが進むほど、読者は真実と虚構の闇に迷い込むことになる。まさに予測不能で、スリリングでサスペンスフルな物語である。
サイコ・ミステリーの一種ではあるが残酷な描写で恐怖感を煽ることは無く、人間が普遍的に持つ心理的な怖さにスリルを覚える作品であり、いわゆる「イヤミス」ファンはもちろん、残酷ではないサイコ・ミステリーのファンにはオススメだ。
ゴーン・ガール 上 (小学館文庫)
ギリアン・フリンゴーン・ガール についてのレビュー