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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数538

全538件 261~280 14/27ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.278:
(8pt)

卑しい渋谷で生きる、可愛いピラニアたち

2016年から一年余り、週刊誌に連載された長編小説。ミステリーと言えるかどうか微妙だが、犯罪がらみのストーリーで多少のサスペンスがあることは確か。
高校入学直前に両親が経済的に破綻し、夜逃げするために父親の弟の家に預けられた真由。父親の弟一家は貧しく、進学が決まっていた私立女子高を無理やり地元の底辺の公立高校に変更させられ、しかも叔父の家族は真由を邪険に扱うのだった。真由は現状から逃避するため渋谷でバイトを見つけ、叔父の家から脱出する算段をつけようとした。しかし、世間知らずの真由は親切ごかしに近寄って来る大人たちの魂胆を見抜けず、惨めな目に遭うことになった。落ち込んだ真由が渋谷をさまよっていたとき、力になってくれたのは、同じように渋谷で放浪しているリオナだった。リオナは、JKビジネスで知り合ったオタクの東大生・秀斗のマンションの一室に真由を誘い、そこにリオナの幼なじみのミトも加わり、三人で隠れ住むようになった・・・。
女子高校生というブランドを頼りに、サメの脳みそとノミのキンタマほどの倫理観とネズミ並の危機察知能力で、ずる賢い大人の欲望と策謀が渦巻く渋谷の街をさまよう少女たちのロードノベルである。ヒロインたちに共感するか、拒否感を覚えるか、好みは大きく分かれるだろう。最近の桐野夏生作品では抜群に読みやすく、ストーリー展開もテンポがいい。ただ、物語のさまざまな背景、伏線らしきものが終盤できちんと回収されず、放り出されたような中途半端さが残る。
ミステリーではなく、風俗ルポ的なエンターテイメントとして読むことをオススメする。
路上のX (朝日文庫)
桐野夏生路上のX についてのレビュー
No.277: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

クライマックスが素晴らしい、法廷ものの傑作

ヤメ検弁護士・佐方シリーズの第1作。誰が犯罪者か、誰が被害者か、練り上げられた構成と明確なストーリー展開で読ませる、傑作法廷ミステリーである。
刑事弁護士・佐方に持ち込まれたのは、ホテルの一室で起きた殺人事件。誰もが痴情のもつれによる単純な事件、被告人は有罪と判断していたのだが、佐方は事件の裏に隠されたものがあると直感し、真実を追究するために全力を振り絞り、裁判の行方は誰もが想像もしなかった方向へ向かうのだった・・・。
最初に犯人と被害者が登場するのだが、名前は伏せられる。その後は三日間の公判を舞台にした裁判劇が繰り広げられ、ところどころに少年が死亡した七年前の交通事故のエピソードが挿入される。当然、交通事故被害者の家族が今回の事件に関係が深いことが予測できるのだが、どういう関係で物語が展開されるのか、なかなか種明かしされず、読者はどんどん引き込まれていく。そして、最後の証人の登場によって、裁判は劇的なクライマックスを迎える。
わずか300ページほどの作品だが、中身が詰まっていて非常に読み応えがある。法廷ミステリーのファンだけでなく、多くのミステリーファンにオススメしたい。
最後の証人 (角川文庫)
柚月裕子最後の証人 についてのレビュー
No.276: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ダイヤモンド対シリアルキラー

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第8作。イギリスの女性プロファイラー殺害事件と彼女がプロファイリングしていた連続殺人事件をテーマにした、サイコミステリーっぽい警察小説の傑作である。
大勢の海水浴客でにぎわう日曜午後のビーチで、若くて魅力的な女性が殺された。周りにいた人々は誰も事件を目撃しておらず、捜査の手がかりになるはずの証拠はみんな海水に洗われてしまっていた。捜査を指揮する地元警察の責任者ヘンは、苦労の末に被害者エマ・タイソーの身元を割り出し、エマがバース在住だったことからダイヤモンド警視と協力して(ダイヤモンドが押しかけて)捜査を進めることになった。エマが警察上層部の依頼で極秘に、ある予告殺人事件のプロファイリングを行っていたことを知ったヘンとダイヤモンドたちは、正体を見破られることを恐れた犯人がエマを殺したのではと想定して捜査を進めたのだが・・・。
今回は、イギリスでは珍しい予告連続殺人がテーマで、サイコミステリー風味の捜査小説に仕上げられている。しかも、370ページのうち347ページなるまで犯人が分からないという、徹底したフーダニット作品で、犯人探しの興趣をたっぷりと味わえる。前作で最愛の妻を失いどん底に陥ったダイヤモンドだが、徐々に本来の持ち味を取り戻しつつあるようなのが、シリーズ読者としては嬉しい。
イギリスの警察小説の王道を行く作品として、幅広いミステリーファンにオススメしたい。
漂う殺人鬼 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピーター・ラヴゼイ漂う殺人鬼 についてのレビュー
No.275:
(8pt)

夫を、妻を、どれだけ知っているか?

2017年から18年にかけて新聞連載された長編小説。ミステリーよりも男女の心理的葛藤を描いたエンターテイメント作品である。
湘南の海を望む逗子の高台にある超高級邸宅に住む、現在41歳の塩崎早樹。31歳年上の資産家・塩崎克典と結婚したのは、お互いに伴侶を亡くしたという共通点からであり、決して資産目当てではないのだが、世間は何かと好奇の目を向けて来る。息子に事業を譲り悠々自適の生活を送る克典と、隠棲しているような穏やかな日々に満足していた早樹だったが、元夫の母親から電話があり「(亡くなった夫の)庸介を見た」と告げられたことから、激しく動揺し始めた。庸介は8年前、趣味の夜釣りに出たまま行方不明になり、死体は発見されず、7年後に死亡認定されたのだったが、早樹は庸介がどこかで生きているのではないかという疑惑を拭いきれずにいたのだった。真相を知りたいと思った早樹が昔の仲間たちを訪ねて当時の様子を聞き出そうとしたとき、現われてきたのは、早樹が全く知らなかった庸介の隠された一面だった・・・。
死んだはずの人物の影が現われるという、よくあるパターンの物語で、失踪の謎を解くミステリー要素はきちんと押さえられているが、本筋は「あなたは結婚相手のことをどこまで知っているか?」という問いかけであり、本質的に理解し合えない、他人との生活をどう考え、どう営んで行くのかという、大人のための寓話である。物語の構成も人物設定も巧みで、会話も上手く、ありふれたテーマながらどんどん引き込まれていく。最後の最後、真相が明らかにされるとちょっと違和感があるが、ストーリー全体は緊張感があって読み応えがある。
最近の桐野夏生作品の中では出色のエンターテイメント作品として、多くの方にオススメだ。
とめどなく囁く
桐野夏生とめどなく囁く についてのレビュー
No.274:
(8pt)

密室タイムリミット・サスペンスに新趣向

前作「乗客ナンバー23の消失」が人気を呼んだドイツのサスペンス作家・フィツェックの日本での新作。舞台を旅客機に移した、前作と同じようなテイストの閉鎖空間タイムリミット・サスペンスである。
娘の出産に合わせてベルリンに向かう飛行機に乗った精神科医クリューガーは、離陸した機内で何ものかから「娘を誘拐した。娘の命を救いたければ、言う通りにしろ」という脅迫電話を受け取った。その指令とは、かつて治療した女性で同機のチーフパーサーであるカーヤの心を破壊し、ベルリン到着までに飛行機を墜落させろというものだった。恐怖に陥ったクリューガーは、ベルリンにいるかつて関係があった女性精神科医フェリに娘を捜してくれるように懇願し、また機内では何とか危機を回避できないかと狂ったように行動するのだったが、ベルリンへの到着までの時間は刻々と少なくなっていくのだった・・・。
飛行中のジェット機と地上での娘の出産という2つの出来事がリンクしながら、タイムリミット・サスペンスを盛り上げる。さらに、登場人物がみな、それぞれの心理的な闇を抱えているというサイコ・サスペンス要素が一層の不気味さを加えて、緊迫感のあるストーリーが展開される。ただ、事件の背景とか動機があまりにも吹っ飛んでいるし、誘拐された娘の出産にまつわる情景描写がグロテスク過ぎるのがちょっと興ざめである。
前作でファンになった方には、前作以上の出来だと自信を持ってオススメできる。また、タイムリミットもの、サイコサスペンスのファにもオススメだ。
座席ナンバー7Aの恐怖
No.273:
(8pt)

六十八歳の死にかけた大学教授が法廷で再生する

2014年に発表された弁護士出身の新進作家のデビュー作。今、アメリカで人気を読んでいる法廷サスペンスシリーズの第一作である。
弁護士から出身校に戻り、証拠論の権威の大学教授として成功していたトムは68歳になった今、妻を亡くし、自身は膀胱がんに冒され、さらに信頼していた教え子の弁護士タイラーの裏切りにあって職を失い、絶望の中にいた。そんなとき、昔の恋人から「事故で死んだ娘一家のために、運送会社を相手どった裁判に協力して欲しい」と依頼された。40年以上も法廷を離れていた上に、自身の体調にも自信を持てなかったトムは、かつて因縁があった教え子で苦労しながら個人事務所を維持しているリックに弁護を依頼し、自らは田舎に隠棲しようとする。嫌々ながら経済的な事情から仕事を受けたリックだったが、運送会社の不正を確信し証拠集めに奔走するものの運送会社側の妨害にあい、しかも相手の弁護士が地元ではナンバーワンといわれるタイラーだったため法廷では窮地に陥った。裁判の大勢が決まり、もはやこれまでとリックが諦めかけたとき、法廷に現われたのは病をおして出てきたトムだった・・・。
正義感に溢れた行動派の若者を知恵のある老人(といっても、68歳だが)がサポートして正義を貫くという、リーガルものではありふれたパターンだが、主要人物のキャラクターが立っているし、悪役が憎らしいほど悪役なので、正義が成就されたクライマックスにはカタルシスがある。主人公が大学フットボールの名選手で、決して諦めない精神を身に付けているというのも、アメリカでは受ける、本作の大きな魅力である。また、法廷闘争がメインだがストーリーがシンプルで非常に読みやすいのもいい。
謎解きやアクションではない、リーガル・サスペンスのファンには絶対にオススメ。さらに、人はいつくになっても甦ることができるというロマンを求める人にもオススメしたい。
ザ・プロフェッサー (小学館文庫)
ロバート・ベイリーザ・プロフェッサー についてのレビュー
No.272: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ヤクザの上前をはねる極道刑事

2014年に雑誌連載された長編小説。暴力団対応の荒くれ刑事とその部下を主人公に、暴力が支配する世界をコントロールするためにヤクザ以上のヤクザぶりを発揮する刑事の無軌道な活躍を描いたアクション・ミステリーである。
昭和63年、広島県の港湾都市の暴力団係刑事に赴任した日岡は、直属の上司・大上刑事から強烈な通過儀礼を強いられる。それをパスして大上に受け入れられた日岡は、暴力団の懐に深く入り込んで活動する大上の捜査手法に疑問を抱きながらも、徐々に大上の人間性に感化されるようになる。そして、街を揺るがしかねない暴力団抗争事件が勃発したとき、それを阻止するために大上がとった行動は・・・。
まず、物語の冒頭からインパクトがあり、それがエピローグにつながって行く全体の構成が抜群に上手い。小さな地方都市のヤクザ同士の抗争というシンプルな舞台設定ながら、犯人探し、警察内部の権力争い、ヤクザの心情、男の友情など、さまざまな要素が取り入れられており、中だるみすること無く読み進む面白さである。
警察小説であり、またヤクザ小説でもあり、黒川博行「厄病神シリーズ」、逢阪剛「禿鷹シリーズ」などのファンには自信を持ってオススメできる。

孤狼の血 (角川文庫)
柚月裕子孤狼の血 についてのレビュー
No.271: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

大胆過ぎる、シリーズの転回点

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第7作。よりにもよって、ピーターの愛妻ステフが殺害されるという衝撃的な事件の犯人探しミステリーである。
自分が逮捕したマフィアが有罪判決を受ける場面に立ち会い、満足感に包まれたダイヤモンド警視だったが、裁判所を出たところでマフィアの愛人女性に顔を引っ掻かれ憮然として帰宅した。家でステフから傷の手当を受け、翌朝、気分よく出勤したのだが、上司から忙しくないのなら組織犯罪の捜査に協力するように指示される。これを侮辱と受け取り怒りが治まらなかったダイヤモンドだったが、管轄地域で殺人事件が発生したという報告を受け、喜び勇んで現場に駆けつけた。ところが、頭に銃弾2発を受け倒れていたのは、朝、出がけの挨拶をしたばかりのステフだった。あまりの衝撃に感情を失い、ただひたすらに犯人追及を求めるダイヤモンドだったが、被害者の夫が捜査陣に加われるはずもなく、さらには「第一容疑者」扱いされることになった・・・。
自分の無実を証明するために、ステフの復讐を果たすために、単独で捜査に乗り出すダイヤモンド警視の奮闘という大きな柱に、詐欺師とアラブ人が組んだダイヤモンド搾取事件がサブとして絡んでくる。冒頭での伏線からの見事な回収まで、犯人探し作品としての完成度が極めて高い。さらに、もともとダイヤモンドの個性で続いてきているシリーズだが、本作は特に警察組織の捜査力というよりダイヤモンド個人の推理や調査が力を発揮しており、オーソドックスなフーダニット的な味わいもある。
主人公の妻というだけでなく、シリーズのテイストを作る上でも重要な役割りを果たしてきたステフを消してしまうという、極めて大胆な作品であり、今後のシリーズ展開がどうなるのか興味深い。シリーズ読者には必読である。もちろん、本作単独でも楽しめる作品で、本格ミステリーファンから警察小説ファンまで、多くの方にオススメしたい。
最期の声 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピーター・ラヴゼイ最期の声 についてのレビュー
No.270:
(8pt)

現実を見ない国の愚かさを痛烈に批判した、予言的政治謀略小説

2005年に発表された、村上龍の書き下ろし長編小説。「2011年に北朝鮮の謀略により福岡が占拠される」という設定で、日本社会の脆弱さを鋭く指摘した予言的物語である。
金正日体制の北朝鮮に対する反乱軍という名目の「高麗遠征軍」が福岡に上陸し、福岡ドーム、シーホークホテルを占拠した。実力行使をためらわない兵士たちという直接的な軍事力に直面した日本人、日本政府は現実を見ることを忌避し、自然災害のように過ぎ去ってくれるのを待つばかりで何ら有効な行動をとることができなかった・・・。
東日本大震災や福島原発事故を経験し、最近の国際情勢への対応を見る今、2005年時点で日本の弱さを読み切っていた村上龍の先見性に驚かされる。さらにエンターテイメント作品としても一流で、ミステリーファンにとどまらない、多くの人にオススメしたい作品である。
半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)
村上龍半島を出よ についてのレビュー
No.269:
(8pt)

寄る辺なき現実社会を描いた、傑作心理サスペンス

フランスの最も独創的な小説に贈られるというゴンクール賞を2016年に受賞した作品。現実に起きた事件にインスパイアーされたという、乳母による幼児殺害事件をテーマにしたサスペンス・ミステリーである。
パリのアパルトマンに暮らすミリアム(弁護士)とポール(音響エンジニア)のマッセ夫妻は、ミリアムが仕事に復帰するのを機に幼い二人の子どものためのヌヌ(ベビーシッター兼家事負担者)を募集した。応募してきた白人の中年女性ルイーズは即座に子供たちの心をつかみ、料理や掃除、家事すべてに手を抜かない完璧な仕事ぶりで家族の欠かせない一員となった。安心して仕事に打ち込めるミリアムは成功し、ポールも順調にキャリアアップし、すべてが好循環を見せていたのだが、孤独なバックグラウンドを背負っているルイーズはやがてマッセ家に対する依存を深め、マッセ一家抜きには人生を考えられなくなり、子供たちが成長してヌヌの役割りが終わることに恐怖を抱くようになる。三番目の子どもの誕生を願うルイーズだったが、その願いが叶いそうにないことを知ると、一挙に人格が崩壊するのだった・・・。
最初に子ども二人がヌヌに殺害され、最後にその悲劇に至るシーンが描かれる、全編「ワイダニット?」の心理サスペンス作品である。「妖精のようなヌヌ」と絶賛されていたルイーズが、なぜ二人の子どもを殺したのか。そこに至るまでの道筋が丁寧に、ドラマチックに描かれていて、わずか260ページほどの作品ながらずしりと重い余韻を残す。外からは多民族国家と見られるフランス社会に潜んでいる人種間の軋轢を重視した書評もあるようだが、本作のポイントはそこではない。個人単位にまで分断され尽くした現代社会の孤独、生きづらさが描かれていると見るべきだろう。
フランス・ミステリーのファン、心理サスペンスのファンには自信を持ってオススメしたい。
ヌヌ 完璧なベビーシッター (集英社文庫)
No.268: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

歯応えが強烈な警察ミステリー

毎回、スウェーデン社会に隠された病理を暴いて強烈な印象を残すグレーンス警部シリーズの第4作。今回はストックホルムの地下に張り巡らされた地下道網を舞台に、社会から忘れ去られるホームレスの子供たちをテーマにした重厚な警察ミステリーである。
極寒の1月の朝、いつも通りにオフィスに泊まり込んでいたグレーンス警部に指令センターから電話があり「外国人と思われる43人の子どもが公園に置き去りにされ震えていたので保護した」という。どういうことかと戸惑っているうちに、今度は病院の地下通路で顔の肉を何カ所もえぐられた女性の死体が発見されたという事件が発生。グレーンスを中心にスヴェン、ヘルマンソンを加えた捜査チームは、ふたつの事件を同時に追うことになった。
古くて数が多く、誰も全容を把握していないストックホルムの地下道網には、そこを安全な住処と定めたホームレスたちのアンダーワールドが形成されていた。その中にいる14歳の少女の物語を基軸に、警察による犯人探しとホームレスを生み出す社会への告発の物語が並行して展開されていく。さらに、外国から連れてこられてゴミのように捨てられた子供たちの話も重なって、非常に重苦しく、緊張を強いられる作品である。しかも、ラストに至っても問題解決のカタルシスは得られない。それでもぐいぐい引きつけられていくのは、登場人物が生き生きとしていることに加え、犯人探しのストーリー展開の巧みさ、背景となる社会病理への深い考察が抜群の訴求力をもっているからである。
シリーズ作品なので順番に読むのが一番だが、本作だけを読んでも十分に楽しめる骨太の警察ミステリーである。
地下道の少女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アンデシュ・ルースルンド地下道の少女 についてのレビュー
No.267: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

パワーで圧倒する社会派エンターテイメント

2005年の大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、推理作家協会賞の3冠を受賞した、パワフルなエンターテイメントの傑作である。
ビル清掃員として働く60歳の冴えない初老の男・山本が成田空港で出迎えた、肉体強健で陽気な37歳の日系ブラジル人・ケイ。二人が東京で合流した、表では宝石商、裏ではコロンビアの麻薬シンジケートの日本での元締めである36歳の松尾。この三人組に資金を提供し、計画を練ったのは、戦後のブラジル移民として辛酸をなめながらも青果商として成功した衛藤だった。彼らの計画は、日本人をブラジル・アマゾンに棄民した日本政府への復讐であり、地獄に突き落とされた移民たちの魂の反撃だった。
1960年代のアマゾンでの移民たちの苦境を背景に、現代の東京で繰り広げられるタイムリミットサスペンスが、半端ではない迫力で読者を引きずり込んでいく。まさに力業の1000ページである。話のスケールが大きくアクションが派手なため、人物造形がやや型通りな感はあるが、途中からそれも気にならなくなる熱気が溢れている。まさに「熱い作品」である。
サスペンス作品、アクション作品が好きな方ならどなたにもオススメできる、社会派のエンターテイメントである。絶対に読んで損は無い。
ワイルド・ソウル〈上〉 (新潮文庫)
垣根涼介ワイルド・ソウル についてのレビュー
No.266:
(8pt)

見事な全体構成にワクワク

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第6作。遺跡の地下で発見された古い人骨と現在の殺人事件を巧妙に結びつけた、ベテランならではの上手さが光る犯人探しの警察ミステリーである。
バースが誇る遺跡ローマ浴場跡の地下室で発見された人骨が、予想に反して20年ほど前のものであることが分かった。発見場所には、かつて「フランケンシュタイン」が執筆された家があったことからマスコミが騒ぎ始め、ダイヤモンド警視は人骨の身元確認に追われることになった。同じ頃、バースを訪れていた、フランケンシュタインの著者を研究しているアメリカ人大学教授が掘り出し物の古書を見つけ、更なる宝物を夢中になって探しているうちに、教授の妻が突然姿を消し、市内を流れる川から殴殺された女性の遺体が発見された・・・。
本作もまた、無関係に見えた2つの事件が複雑につながり、読者を推理の迷路に誘い込んで行く。基本は犯人探し、フーダニット、ワイダニットだが、数々のサブエピソード、伏線が見事に張り巡らされており、さらには「フランケンシュタイン」やブレイクの水彩画などの蘊蓄、味わい深いユーモアがちりばめられ、実に多彩な魅力を持つエンターテイメントに仕上がっている。
シリーズファンには絶対のオススメ。シリーズ未読の方でも十分に楽しめること間違いなし。
地下墓地 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピーター・ラヴゼイ地下墓地 についてのレビュー
No.265:
(8pt)

軽快で楽しいノワール小説

「二流小説家」で評価を得たデイヴィッド・ゴードンの長編第三作。ストリップ・クラブの用心棒ながらハーバード大学中退、陸軍特殊部隊出身という異色の主人公が活躍する、読後感の良いノワール小説である。
穏やかな風貌にも関わらず凄腕の用心棒ジョーは、一斉手入れで入れられた留置場で旧知の中国系マフィアの若者チェンから誘われて、ある強奪計画に加わることになった。プロ集団で企画された犯罪はほぼ計画通りに行ったのだが、メンバーの一人が裏切ったことにより、FBIのみならず犯罪組織、テロリストなどからも追われることになる。強奪した品物の行方はどうなるのか、ジョーはこの危機を乗り越えられるのか・・・。
まず第一に主人公のキャラクター設定がいい。犯罪者でありながら、誰からも好かれる好青年で、しかも犯罪の腕は超一流。その言動を追うだけで、物語として楽しい。さらに、主人公を取り巻く犯罪者仲間、捜査官、ヒールなどのキャラも色彩豊かで、ノワールにありがちな暗さ、陰湿さが無いのがいい。解説の杉江松恋氏が指摘している通り、カール・ハイアセン作品に通じる軽やかさと心地よさがある。
アメリカの私立探偵もの、軽めのハードボイルド、明るいアクションもののファンにオススメしたい。
用心棒
デイヴィッド・ゴードン用心棒 についてのレビュー
No.264:
(8pt)

世の中には、永遠にそっとしておくべき秘密があるのだ

オーストラリアで大人気の女性作家の長編第5作。日本では順序が逆になったが第6作「ささやかで大きな嘘」に続く邦訳で、それぞれの家族の悩みと秘密と喜びを抱えながら生きている3人の女性たちの人生が出会い、絡まり合って紡ぎ出す、切ない人間ドラマである。
ハンサムな夫と3人の娘に恵まれ、タッパーウェアの販売やPTA活動で飛び回っているセシリアが天井裏で「死後開封のこと」と書かれた封筒を発見した。「若気の至りで恥ずかしいことを書いてしまったから絶対に読むな」という夫の言葉を信じつつも、疑心暗鬼と誘惑に負けたセシリアは開封してしまい、驚くべき事実に直面する。夫と立ち上げた広告会社の営業部長として活躍していたテスはある日、夫から「(テスの従妹で仕事上の仲間でもある)フェリシアと愛し合っている」と告げられ、ショックのあまり一人息子のリーアムを連れて実家に戻った。テスが息子の転入のために訪れた小学校(セシリアがPTA会長を務めている)で出会ったのが、校長秘書で、28年前に12歳で殺された最愛の娘の思い出を忘れられない孤独な老婦人のレイチェル。レイチェルは娘を殺した犯人だと思われる男を憎み続けてきたのだが、あるとき、決定的な証拠になるビデオを発見し、犯人逮捕への望みを新たにした。3人は、それぞれの秘密を抱えたまま日常生活を続けようとするのだが、絡まりあった運命の歯車は思いも掛けない方向へと回るのだった・・・。
犯人探しや事件捜査のスリルではなく、家族とは何か、夫婦とは何かを問う人間ドラマが主題の作品で、何気ない日常に起きるさざなみのような心理ドラマの描写が抜群に上手く、残酷なシーンは皆無だが心理的なサスペンスの盛り上がりにゾクゾクさせられる。ときどき顔を見せる辛辣なユーモアもピリッと効いて、読んでいて楽しい作品である。
謎解き系よりは人間模様系のミステリーがお好きな方にオススメだ。
死後開封のこと〈上〉 (創元推理文庫)
リアーン・モリアーティ死後開封のこと についてのレビュー
No.263:
(8pt)

助け合うはずだったのに・・・

2007年〜08年、「小説推理」に連載された作品。現実にあったお受験殺人事件に触発されたと思われる、母親たちの不安な人間関係を描いたミステリー仕立ての心理劇である。
同じ幼稚園に通う子供たちのママ友3人と、少し年上、少し年下の2人を加えた5人の専業主婦たち。ちょっとしたきっかけで仲良くなり、お互いの違いを認め合い、助け合いながらずっと付合って行くつもりでいたのだが、子どもの小学校をどうするかをきっかけに泥沼のような人間関係に陥って行く。誰もが特別な悪意を持って行動した訳ではないのに、かすかに感じた違和感から修復できない亀裂が広がってしまう。とかく、女性、特に専業主婦にありがちなパターンとして扱われるが、これは何も主婦に限ったことではなく、組織に属する男性、年配者の間でも容易に起こることである。作者は、その苦さや苦しさを実に丁寧に、分かりやすく描写し、読者を共感の輪の中に引き込んで行く。おそらく誰もが、登場人物の誰彼に、部分的であっても感情移入せざるを得なくなるだろう。
犯人探しや謎の解明ではなく、心理的な緊張感を前面に出したサスペンスとして、ミステリーファン以外の方にもオススメしたい。
森に眠る魚
角田光代森に眠る魚 についてのレビュー
No.262:
(8pt)

頑固刑事の真骨頂!

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第3作。シルバー・ダガー賞を受賞した、味わい深い警察ミステリーである。
辞表を叩き付けてバースの後にしたものの思うようにいかず、ロンドンのスーパーマーケットの駐車場でカート集めを生業としていたダイヤモンドに、古巣のバース警察から深夜の呼び出しがかかった。4年前にダイヤモンドが逮捕した殺人犯マウントジョイが脱獄し、副署長の娘を人質に取り、ダイヤモンドとの会見を求めているという。不承不承、マウントジョイに会ったダイヤモンドが求められたのは、事件を再捜査し、マウントジョイの無実を証明することだった。事件当時の捜査に自信を持っていたダイヤモンドだったが、人質を解放するためと、自分が警察に戻れるのではという期待から事件の洗い直しをすることになった。信頼するハーグリーヴズ警部をパートナーに改めて関係者を訪ね歩くと、当時は見落としていたり重視していなかった事柄が新たな意味を持ち始めた。ひょっとして自分の捜査は間違っていたのか? ダイヤモンドはマウントジョイに対する責任感から周囲の反対を押し切って真実を追及するのだった。
冤罪を主張する犯罪者のために体を張って奮闘する老刑事の執念の物語に、4年前の事件の真相解明という謎解きが加わって何重にも楽しめる、シルバー・ダガー賞受賞も納得の傑作警察ミステリーである。骨の髄まで刑事というダイヤモンドが、アルバイト状態から警察活動に戻ったときの生き生きした姿が微笑ましく、シリーズ作品ならではのくすぐりが効いていて、英国ミステリーの王道を行く本格派でありながらユーモラスで楽しい作品である。
シリーズものだけに、第1作から読むことをオススメするが、本作だけでも読む価値は十分にある傑作ミステリーである。
バースへの帰還 (Hayakawa novels)
ピーター・ラヴゼイバースへの帰還 についてのレビュー
No.261:
(8pt)

大人の女性の出会いと分かれと修復と(非ミステリー)

第132回直木賞を受賞した、30代女性の生きづらさと復活を描いた長編小説。女性同士の友情を描いているので女性にはより強く共感を呼ぶだろうし、もちろん男性が読んでも十分に楽しめる作品である。
職場の人間関係にうんざりして専業主婦になった35歳の小夜子は他者との関係性が上手くつかめず、3歳の娘とウチに引き蘢るように暮らしていたのだが、そんな自分を変えるために外に働きに出ようとする。そこで出会ったのが、同じ大学で面識は無かったものの同級生だったヴェンチャー企業の女社長・葵だった。自分とは正反対の性格の葵に魅了されて入社し、仕事を覚え、生き甲斐を感じ始めていた小夜子だったが、些細なことから、立場の違いから生まれる溝を感じるようになる。独身者と結婚した者、主婦と社会人、上司と部下などの差異がきっかけで生まれた溝は、やがては二人を分つ亀裂になって行った。
上記の小夜子の視点から語られる物語が中心なのだが、並行して語られる葵の視点からの過去の物語が重なって来ることで、単純な友情物語ではない、人間の成長物語になっている。ストーリーが進むほどに純真で脆かった青春時代が甦り、そのままストレートには成長できなかったことに対する後悔やもどかしさが胸を打つ。
男女の別なく、どなたにもオススメできる良質なエンターテイメント作品である。
対岸の彼女 (文春文庫)
角田光代対岸の彼女 についてのレビュー
No.260: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

血か、育ちか?

アメリカでは発売のたびにベストセラー入りするという、ボストン市警の女刑事「D. D. ウォレン」シリーズの第7作。レクター博士ばりの女性サイコパスが登場する、サイコな警察ミステリーである。
自宅ベッドで殺された女性の体からは無数の皮膚片がはがされていた。現場の家を夜に再訪したD.D.は階段から転落し、左肩の剥離骨折という重傷を負い、さらに当時の記憶を失ってしまった。休職を余儀なくされたD.D.が復帰のために通い始めたペインコントロール専門の精神科医アデレインは、先天性無痛症という自身の遺伝に向き合うために痛みの専門医になったという。その独特の治療法に違和感を抱きながらも早期復帰をめざすD.D.だったが、なかなか職場復帰は叶わなかった。そうこうする内に同じ手口の第二の事件が発生し、D.D.とパートナーたちが事件のパターンを調べると、40年も前に同じような事件が起きていた。しかも、自殺したその犯人はアデレインの実父であり、さらにアデレインの姉シェイナも30年前、14歳のときに少年を殺害して逮捕され、刑務所内で連続殺人事件を起こし終身刑で服役中の悪名高い殺人鬼だと判明した。40年前、30年前の事件と現在の事件の関係は? 服役中のシェイナが関与しているのか? アデレインがD.D.の前に現われたのは果たして偶然か?
犯罪の態様は凄惨、D.D.の痛みに耐えながらの捜査が迫真的。あらすじだけ読めば、これぞサイコサスペンスだが、その実、サスペンス、スリラーというよりは犯人探しミステリーである。なかでもアデレイン、シェイナの姉妹の存在感が強烈。これほど対照的な立場になったのは成育環境の違いだが、では二人に共通する血はどんな影響を与えるのか、というのも読みどころ。ドラマチックな物語だが、ストーリー展開がやや遅いのと異常な犯行の割に動機が安直なのが、欠点といえば欠点である。
日本では、第8作「棺の女」が最初に翻訳出版されるというおかしな始まり方をした当シリーズだが、シリーズ展開とは関係なく読める作品なので、本作だけ読んでも十分に楽しめる。
無痛の子 (小学館文庫)
リサ・ガードナー無痛の子 についてのレビュー
No.259: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読後感が良い、爽やかなミステリー

弁護士として25年間働いた後に引退しミステリー作家となったという年齢不詳の作家のデビュー作。各種新人賞を受賞するなど高評価を得た、正統派の青春ミステリーである。
自堕落な母親と自閉症の弟を実家に残して家を出て、一人暮らししながら大学に通っていたジョーは、授業の課題で年長者にインタビューし半生記を書く必要に迫られ、苦し紛れに訪れた老人介護施設でカールに紹介された。末期がんで余命幾ばくも無いカールは、三十数年前に14歳の少女を強姦殺害した罪で収容されていた元受刑者だった。カールの話を聞き、ヴェトナム戦争時のカールの戦友と話したりするうちに、ジョーはカールは無罪ではないかと疑問を持つようになった。カールが命あるうちに真実を探り出し、無罪を証明したいと思ったジョーは、隣に住む美人女子大生ライラとともに事件の真相解明に乗り出したのだったが・・・。
基本は犯人探しミステリーであり、フーダニットの本筋をキチンを抑えたストーリーである。それに加えて、主人公のキャラが、思わず応援したくなる鮮烈で爽やかでストレートなところが青春ミステリーとして際立っている。事件を解明する手法は不器用そのもの、ライラに対する恋心の表現も不器用だが、弟に対する一途な愛情は感動的である。さらに、ジョーやカールの秘めてきた過去の悲しみ、それぞれの正義感などがハートウォーミングで、読後感がとても清々しい。ストーリー展開もスピーディで、エンターテイメント作品としての完成度も極めて高い。
ミステリーファンならジャンルを問わず、どなたにも安心してオススメできる佳作である。
償いの雪が降る (創元推理文庫)
アレン・エスケンス償いの雪が降る についてのレビュー