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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数529件
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フランスの最も独創的な小説に贈られるというゴンクール賞を2016年に受賞した作品。現実に起きた事件にインスパイアーされたという、乳母による幼児殺害事件をテーマにしたサスペンス・ミステリーである。
パリのアパルトマンに暮らすミリアム(弁護士)とポール(音響エンジニア)のマッセ夫妻は、ミリアムが仕事に復帰するのを機に幼い二人の子どものためのヌヌ(ベビーシッター兼家事負担者)を募集した。応募してきた白人の中年女性ルイーズは即座に子供たちの心をつかみ、料理や掃除、家事すべてに手を抜かない完璧な仕事ぶりで家族の欠かせない一員となった。安心して仕事に打ち込めるミリアムは成功し、ポールも順調にキャリアアップし、すべてが好循環を見せていたのだが、孤独なバックグラウンドを背負っているルイーズはやがてマッセ家に対する依存を深め、マッセ一家抜きには人生を考えられなくなり、子供たちが成長してヌヌの役割りが終わることに恐怖を抱くようになる。三番目の子どもの誕生を願うルイーズだったが、その願いが叶いそうにないことを知ると、一挙に人格が崩壊するのだった・・・。 最初に子ども二人がヌヌに殺害され、最後にその悲劇に至るシーンが描かれる、全編「ワイダニット?」の心理サスペンス作品である。「妖精のようなヌヌ」と絶賛されていたルイーズが、なぜ二人の子どもを殺したのか。そこに至るまでの道筋が丁寧に、ドラマチックに描かれていて、わずか260ページほどの作品ながらずしりと重い余韻を残す。外からは多民族国家と見られるフランス社会に潜んでいる人種間の軋轢を重視した書評もあるようだが、本作のポイントはそこではない。個人単位にまで分断され尽くした現代社会の孤独、生きづらさが描かれていると見るべきだろう。 フランス・ミステリーのファン、心理サスペンスのファンには自信を持ってオススメしたい。 |
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毎回、スウェーデン社会に隠された病理を暴いて強烈な印象を残すグレーンス警部シリーズの第4作。今回はストックホルムの地下に張り巡らされた地下道網を舞台に、社会から忘れ去られるホームレスの子供たちをテーマにした重厚な警察ミステリーである。
極寒の1月の朝、いつも通りにオフィスに泊まり込んでいたグレーンス警部に指令センターから電話があり「外国人と思われる43人の子どもが公園に置き去りにされ震えていたので保護した」という。どういうことかと戸惑っているうちに、今度は病院の地下通路で顔の肉を何カ所もえぐられた女性の死体が発見されたという事件が発生。グレーンスを中心にスヴェン、ヘルマンソンを加えた捜査チームは、ふたつの事件を同時に追うことになった。 古くて数が多く、誰も全容を把握していないストックホルムの地下道網には、そこを安全な住処と定めたホームレスたちのアンダーワールドが形成されていた。その中にいる14歳の少女の物語を基軸に、警察による犯人探しとホームレスを生み出す社会への告発の物語が並行して展開されていく。さらに、外国から連れてこられてゴミのように捨てられた子供たちの話も重なって、非常に重苦しく、緊張を強いられる作品である。しかも、ラストに至っても問題解決のカタルシスは得られない。それでもぐいぐい引きつけられていくのは、登場人物が生き生きとしていることに加え、犯人探しのストーリー展開の巧みさ、背景となる社会病理への深い考察が抜群の訴求力をもっているからである。 シリーズ作品なので順番に読むのが一番だが、本作だけを読んでも十分に楽しめる骨太の警察ミステリーである。 |
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2005年の大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、推理作家協会賞の3冠を受賞した、パワフルなエンターテイメントの傑作である。
ビル清掃員として働く60歳の冴えない初老の男・山本が成田空港で出迎えた、肉体強健で陽気な37歳の日系ブラジル人・ケイ。二人が東京で合流した、表では宝石商、裏ではコロンビアの麻薬シンジケートの日本での元締めである36歳の松尾。この三人組に資金を提供し、計画を練ったのは、戦後のブラジル移民として辛酸をなめながらも青果商として成功した衛藤だった。彼らの計画は、日本人をブラジル・アマゾンに棄民した日本政府への復讐であり、地獄に突き落とされた移民たちの魂の反撃だった。 1960年代のアマゾンでの移民たちの苦境を背景に、現代の東京で繰り広げられるタイムリミットサスペンスが、半端ではない迫力で読者を引きずり込んでいく。まさに力業の1000ページである。話のスケールが大きくアクションが派手なため、人物造形がやや型通りな感はあるが、途中からそれも気にならなくなる熱気が溢れている。まさに「熱い作品」である。 サスペンス作品、アクション作品が好きな方ならどなたにもオススメできる、社会派のエンターテイメントである。絶対に読んで損は無い。 |
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ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第6作。遺跡の地下で発見された古い人骨と現在の殺人事件を巧妙に結びつけた、ベテランならではの上手さが光る犯人探しの警察ミステリーである。
バースが誇る遺跡ローマ浴場跡の地下室で発見された人骨が、予想に反して20年ほど前のものであることが分かった。発見場所には、かつて「フランケンシュタイン」が執筆された家があったことからマスコミが騒ぎ始め、ダイヤモンド警視は人骨の身元確認に追われることになった。同じ頃、バースを訪れていた、フランケンシュタインの著者を研究しているアメリカ人大学教授が掘り出し物の古書を見つけ、更なる宝物を夢中になって探しているうちに、教授の妻が突然姿を消し、市内を流れる川から殴殺された女性の遺体が発見された・・・。 本作もまた、無関係に見えた2つの事件が複雑につながり、読者を推理の迷路に誘い込んで行く。基本は犯人探し、フーダニット、ワイダニットだが、数々のサブエピソード、伏線が見事に張り巡らされており、さらには「フランケンシュタイン」やブレイクの水彩画などの蘊蓄、味わい深いユーモアがちりばめられ、実に多彩な魅力を持つエンターテイメントに仕上がっている。 シリーズファンには絶対のオススメ。シリーズ未読の方でも十分に楽しめること間違いなし。 |
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「二流小説家」で評価を得たデイヴィッド・ゴードンの長編第三作。ストリップ・クラブの用心棒ながらハーバード大学中退、陸軍特殊部隊出身という異色の主人公が活躍する、読後感の良いノワール小説である。
穏やかな風貌にも関わらず凄腕の用心棒ジョーは、一斉手入れで入れられた留置場で旧知の中国系マフィアの若者チェンから誘われて、ある強奪計画に加わることになった。プロ集団で企画された犯罪はほぼ計画通りに行ったのだが、メンバーの一人が裏切ったことにより、FBIのみならず犯罪組織、テロリストなどからも追われることになる。強奪した品物の行方はどうなるのか、ジョーはこの危機を乗り越えられるのか・・・。 まず第一に主人公のキャラクター設定がいい。犯罪者でありながら、誰からも好かれる好青年で、しかも犯罪の腕は超一流。その言動を追うだけで、物語として楽しい。さらに、主人公を取り巻く犯罪者仲間、捜査官、ヒールなどのキャラも色彩豊かで、ノワールにありがちな暗さ、陰湿さが無いのがいい。解説の杉江松恋氏が指摘している通り、カール・ハイアセン作品に通じる軽やかさと心地よさがある。 アメリカの私立探偵もの、軽めのハードボイルド、明るいアクションもののファンにオススメしたい。 |
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オーストラリアで大人気の女性作家の長編第5作。日本では順序が逆になったが第6作「ささやかで大きな嘘」に続く邦訳で、それぞれの家族の悩みと秘密と喜びを抱えながら生きている3人の女性たちの人生が出会い、絡まり合って紡ぎ出す、切ない人間ドラマである。
ハンサムな夫と3人の娘に恵まれ、タッパーウェアの販売やPTA活動で飛び回っているセシリアが天井裏で「死後開封のこと」と書かれた封筒を発見した。「若気の至りで恥ずかしいことを書いてしまったから絶対に読むな」という夫の言葉を信じつつも、疑心暗鬼と誘惑に負けたセシリアは開封してしまい、驚くべき事実に直面する。夫と立ち上げた広告会社の営業部長として活躍していたテスはある日、夫から「(テスの従妹で仕事上の仲間でもある)フェリシアと愛し合っている」と告げられ、ショックのあまり一人息子のリーアムを連れて実家に戻った。テスが息子の転入のために訪れた小学校(セシリアがPTA会長を務めている)で出会ったのが、校長秘書で、28年前に12歳で殺された最愛の娘の思い出を忘れられない孤独な老婦人のレイチェル。レイチェルは娘を殺した犯人だと思われる男を憎み続けてきたのだが、あるとき、決定的な証拠になるビデオを発見し、犯人逮捕への望みを新たにした。3人は、それぞれの秘密を抱えたまま日常生活を続けようとするのだが、絡まりあった運命の歯車は思いも掛けない方向へと回るのだった・・・。 犯人探しや事件捜査のスリルではなく、家族とは何か、夫婦とは何かを問う人間ドラマが主題の作品で、何気ない日常に起きるさざなみのような心理ドラマの描写が抜群に上手く、残酷なシーンは皆無だが心理的なサスペンスの盛り上がりにゾクゾクさせられる。ときどき顔を見せる辛辣なユーモアもピリッと効いて、読んでいて楽しい作品である。 謎解き系よりは人間模様系のミステリーがお好きな方にオススメだ。 |
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2007年〜08年、「小説推理」に連載された作品。現実にあったお受験殺人事件に触発されたと思われる、母親たちの不安な人間関係を描いたミステリー仕立ての心理劇である。
同じ幼稚園に通う子供たちのママ友3人と、少し年上、少し年下の2人を加えた5人の専業主婦たち。ちょっとしたきっかけで仲良くなり、お互いの違いを認め合い、助け合いながらずっと付合って行くつもりでいたのだが、子どもの小学校をどうするかをきっかけに泥沼のような人間関係に陥って行く。誰もが特別な悪意を持って行動した訳ではないのに、かすかに感じた違和感から修復できない亀裂が広がってしまう。とかく、女性、特に専業主婦にありがちなパターンとして扱われるが、これは何も主婦に限ったことではなく、組織に属する男性、年配者の間でも容易に起こることである。作者は、その苦さや苦しさを実に丁寧に、分かりやすく描写し、読者を共感の輪の中に引き込んで行く。おそらく誰もが、登場人物の誰彼に、部分的であっても感情移入せざるを得なくなるだろう。 犯人探しや謎の解明ではなく、心理的な緊張感を前面に出したサスペンスとして、ミステリーファン以外の方にもオススメしたい。 |
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ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第3作。シルバー・ダガー賞を受賞した、味わい深い警察ミステリーである。
辞表を叩き付けてバースの後にしたものの思うようにいかず、ロンドンのスーパーマーケットの駐車場でカート集めを生業としていたダイヤモンドに、古巣のバース警察から深夜の呼び出しがかかった。4年前にダイヤモンドが逮捕した殺人犯マウントジョイが脱獄し、副署長の娘を人質に取り、ダイヤモンドとの会見を求めているという。不承不承、マウントジョイに会ったダイヤモンドが求められたのは、事件を再捜査し、マウントジョイの無実を証明することだった。事件当時の捜査に自信を持っていたダイヤモンドだったが、人質を解放するためと、自分が警察に戻れるのではという期待から事件の洗い直しをすることになった。信頼するハーグリーヴズ警部をパートナーに改めて関係者を訪ね歩くと、当時は見落としていたり重視していなかった事柄が新たな意味を持ち始めた。ひょっとして自分の捜査は間違っていたのか? ダイヤモンドはマウントジョイに対する責任感から周囲の反対を押し切って真実を追及するのだった。 冤罪を主張する犯罪者のために体を張って奮闘する老刑事の執念の物語に、4年前の事件の真相解明という謎解きが加わって何重にも楽しめる、シルバー・ダガー賞受賞も納得の傑作警察ミステリーである。骨の髄まで刑事というダイヤモンドが、アルバイト状態から警察活動に戻ったときの生き生きした姿が微笑ましく、シリーズ作品ならではのくすぐりが効いていて、英国ミステリーの王道を行く本格派でありながらユーモラスで楽しい作品である。 シリーズものだけに、第1作から読むことをオススメするが、本作だけでも読む価値は十分にある傑作ミステリーである。 |
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第132回直木賞を受賞した、30代女性の生きづらさと復活を描いた長編小説。女性同士の友情を描いているので女性にはより強く共感を呼ぶだろうし、もちろん男性が読んでも十分に楽しめる作品である。
職場の人間関係にうんざりして専業主婦になった35歳の小夜子は他者との関係性が上手くつかめず、3歳の娘とウチに引き蘢るように暮らしていたのだが、そんな自分を変えるために外に働きに出ようとする。そこで出会ったのが、同じ大学で面識は無かったものの同級生だったヴェンチャー企業の女社長・葵だった。自分とは正反対の性格の葵に魅了されて入社し、仕事を覚え、生き甲斐を感じ始めていた小夜子だったが、些細なことから、立場の違いから生まれる溝を感じるようになる。独身者と結婚した者、主婦と社会人、上司と部下などの差異がきっかけで生まれた溝は、やがては二人を分つ亀裂になって行った。 上記の小夜子の視点から語られる物語が中心なのだが、並行して語られる葵の視点からの過去の物語が重なって来ることで、単純な友情物語ではない、人間の成長物語になっている。ストーリーが進むほどに純真で脆かった青春時代が甦り、そのままストレートには成長できなかったことに対する後悔やもどかしさが胸を打つ。 男女の別なく、どなたにもオススメできる良質なエンターテイメント作品である。 |
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アメリカでは発売のたびにベストセラー入りするという、ボストン市警の女刑事「D. D. ウォレン」シリーズの第7作。レクター博士ばりの女性サイコパスが登場する、サイコな警察ミステリーである。
自宅ベッドで殺された女性の体からは無数の皮膚片がはがされていた。現場の家を夜に再訪したD.D.は階段から転落し、左肩の剥離骨折という重傷を負い、さらに当時の記憶を失ってしまった。休職を余儀なくされたD.D.が復帰のために通い始めたペインコントロール専門の精神科医アデレインは、先天性無痛症という自身の遺伝に向き合うために痛みの専門医になったという。その独特の治療法に違和感を抱きながらも早期復帰をめざすD.D.だったが、なかなか職場復帰は叶わなかった。そうこうする内に同じ手口の第二の事件が発生し、D.D.とパートナーたちが事件のパターンを調べると、40年も前に同じような事件が起きていた。しかも、自殺したその犯人はアデレインの実父であり、さらにアデレインの姉シェイナも30年前、14歳のときに少年を殺害して逮捕され、刑務所内で連続殺人事件を起こし終身刑で服役中の悪名高い殺人鬼だと判明した。40年前、30年前の事件と現在の事件の関係は? 服役中のシェイナが関与しているのか? アデレインがD.D.の前に現われたのは果たして偶然か? 犯罪の態様は凄惨、D.D.の痛みに耐えながらの捜査が迫真的。あらすじだけ読めば、これぞサイコサスペンスだが、その実、サスペンス、スリラーというよりは犯人探しミステリーである。なかでもアデレイン、シェイナの姉妹の存在感が強烈。これほど対照的な立場になったのは成育環境の違いだが、では二人に共通する血はどんな影響を与えるのか、というのも読みどころ。ドラマチックな物語だが、ストーリー展開がやや遅いのと異常な犯行の割に動機が安直なのが、欠点といえば欠点である。 日本では、第8作「棺の女」が最初に翻訳出版されるというおかしな始まり方をした当シリーズだが、シリーズ展開とは関係なく読める作品なので、本作だけ読んでも十分に楽しめる。 |
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弁護士として25年間働いた後に引退しミステリー作家となったという年齢不詳の作家のデビュー作。各種新人賞を受賞するなど高評価を得た、正統派の青春ミステリーである。
自堕落な母親と自閉症の弟を実家に残して家を出て、一人暮らししながら大学に通っていたジョーは、授業の課題で年長者にインタビューし半生記を書く必要に迫られ、苦し紛れに訪れた老人介護施設でカールに紹介された。末期がんで余命幾ばくも無いカールは、三十数年前に14歳の少女を強姦殺害した罪で収容されていた元受刑者だった。カールの話を聞き、ヴェトナム戦争時のカールの戦友と話したりするうちに、ジョーはカールは無罪ではないかと疑問を持つようになった。カールが命あるうちに真実を探り出し、無罪を証明したいと思ったジョーは、隣に住む美人女子大生ライラとともに事件の真相解明に乗り出したのだったが・・・。 基本は犯人探しミステリーであり、フーダニットの本筋をキチンを抑えたストーリーである。それに加えて、主人公のキャラが、思わず応援したくなる鮮烈で爽やかでストレートなところが青春ミステリーとして際立っている。事件を解明する手法は不器用そのもの、ライラに対する恋心の表現も不器用だが、弟に対する一途な愛情は感動的である。さらに、ジョーやカールの秘めてきた過去の悲しみ、それぞれの正義感などがハートウォーミングで、読後感がとても清々しい。ストーリー展開もスピーディで、エンターテイメント作品としての完成度も極めて高い。 ミステリーファンならジャンルを問わず、どなたにも安心してオススメできる佳作である。 |
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2001年のCWA賞にノミネートされた、カリン・スローターのデビュー作。ジョージア州の田舎町の検死官サラ・リントンシリーズの第一作である。
街のダイナーのトイレで発見された盲目の女性教授シビルの惨殺死体には腹部に大きく斬りつけられた十字の傷があった。発見した小児科医で検死官のサラ・リントンは検屍解剖のとき、さらにおぞましい現実に直面する。サラの別れた夫である警察署長ジェフリーを中心に事件に取り組む捜査チームには、シビルの双子の姉で署の最年少女性刑事であるリナも加わった。犯行の様態や使用された薬物、凶器などは判明したものの犯行の動機や背景が全く分からず、捜査が難航しているうちに、さらに第二の被害者が出てしまった。静かな田舎町を恐怖に陥れた連続殺人犯は、隣人の中にいる・・・。 残虐な殺害シーンが印象的なサイコ・サスペンスで、犯人の異常性は同種の作品と比べてもかなり際立っており、犯人探しのストーリーだけでも十分に楽しめる作品である。それに加えて、本作の主要登場人物たちが織り成す人間ドラマが複雑で面白い。分かれた夫婦であるサラとジェフリーの関係、サラの秘められた過去、被害者シビルと刑事リナの家族の関係性などが微妙に重なり、絡み合い、単なるサイコ・サスペンスでは終わらない深みがある。 異常な犯罪と犯人探しのサイコもののファンはもちろん、残虐シーンが嫌いでなければ、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメできる。 |
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1992年のアンソニー賞最優秀長編賞を受賞した、警察ミステリー。英国の古都バースを舞台にしたダイヤモンド警視シリーズの第一作である。
バース近郊の湖で全裸の女性遺体が発見された。捜査を担当するのは、コンピュータや科学捜査が嫌いな、昔かたぎの頑固刑事ピーター・ダイヤモンド。聞き込みや推理を重視した捜査は難航し、身元の割り出しにも苦労していたのだが、地元の大学教授ジャックマンが妻の失踪を届け出たことから身元が判明。当初は夫であるジャックマン教授が最重要容疑者として取り調べられたのだが、確かなアリバイがあった。さらに、元テレビ女優だった妻の奔放な私生活、教授が川で溺れた少年を助けた出来事などが重なり、事件の真相解明は混迷を深めてゆくばかりだった・・・。 デブで頑固者の老刑事(ダイヤモンドは41歳だが、雰囲気は老刑事である)という、欧州の警察小説では王道のパターンで目新しさは無いが、舞台となったバースの情景、登場人物の性格描写などが丁寧で、じっくりと面白さが伝わって来る。著者が得意としてきた時代ミステリーとは異なり、もっと幅広い読者に受け入れられる作品である。 警察ミステリーファンには文句無しにオススメだ。 |
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30代の働く女性を主人公にした、2006年発売の短編集。
5作品それぞれに、職場でも人生でも踊り場に差しかかった女性たちの生きづらさと心意気が生き生きと描かれていて飽きさせない。 改めて、奥田英朗の人間観察力と物語作りの上手さに感嘆した。 |
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大阪府警シリーズの第5作。1989年の作品だが、2018年に読んでも全く古くささを感じさせない、傑作なにわノワール作品である。
殺害された入院中の暴力団幹部は右耳を切り落とされ、そこには他人の小指が差し込まれていた。次に死体が発見されたバッタ屋のオーナーは舌を切り取られ、口には暴力団幹部の耳が押し込まれていた。問題の小指が行方不明の贈答品販売業者のものと判明し、事件は暴力団がらみの連続殺人事件と判断した大阪府警捜査一課の刑事たちが関係者の周辺を洗っていくと、さらなる犯行が危惧された。捜査側が警戒を強める中を、犯人は最終目的に向かって一直線に進んでいくのだった・・・。 冒頭からラストシーンまでゆるみが無く、どんどん引き込まれていく、密度の濃い作品である。基本的には犯人探しの警察ミステリーだが、正体不明(途中で正体は判明するが)の犯人側からのストーリーが挟まれることで、一気にサスペンスが高まって来る。やっぱり、ノワール小説は犯人像次第ということを再確認した。 黒川節というのだろうか、テンポのいい大阪弁の会話も楽しく、黒川作品ファンなら大満足すること間違いない。ハードボイルド、サイコミステリーのファンにもオススメしたい。 |
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ハリー・ホーレシリーズの第3作。日本では2009年に刊行されていたのが、新たに集英社文庫として再登場したもの。第4作以降のシリーズへとつながっていく作品である。
暗殺に使われることが多い高性能ライフルがノルウェーに密輸されたことを知ったハリーは捜査を進め、購入したのは第二次対戦中にナチスドイツとともに闘った軍人ではないかという疑惑を抱く。さらに、銃密輸の背後には「プリンス」と名乗る男がいることもつかんだ。信頼する同僚エッレンと共に捜査を進めたハリーだったが、ひょんなことから「プリンス」の正体を知ったエッレンが悲劇に見舞われてしまった。一時は落ち込んでしまって廃人のようになったハリーだったが、密輸組織に関連すると思われる殺人事件が相次いだことから立ち直り、再び事件の解明に走りだすのだった・・・。 上巻はストーリーが現在と1940年代前半を行き来して背景説明が続くため、やや冗長だが、下巻になるとストーリー展開は一気に加速し、タイムリミットのある暗殺ものならではの緊迫感のあるサスペンスになる。ノルウェー版「ジャッカルの日」と言えば分かりやすいだろう。 「ネメシス」以降のハリーを理解する上では欠かせない作品であり、シリーズ読者には必読。シリーズ未読なら、本作から読み始めるのがオススメだ。 |
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デビュー作でいきなり人気沸騰した「ワニ町シリーズ(by解説の大矢博子氏)の第二弾。またまた笑いとアクションとミステリーが凝縮された、期待通りの快作である。
前作の大騒動が終わり、やっと静かに暮らせると思ったフォーチュンだったが、翌朝にかかってきた一本の電話で、また事件に巻き込まれることになる。シンフル出身でハリウッドに行っていた元ミスコン女王のパンジーが町に帰ってきて、町のお祭り「子どものミスコン」で元ミスコンを偽装しているフォーチュンと一緒に運営することになったという。町中の男と関係があったと噂されるパンジーは強烈なキャラクターで、同じく強烈キャラのフォーチュンとは会った途端に公衆の面前で衝突することになり、翌日、パンジーが死体で発見されたため、フォーチュンは犯人と目されてしまった。そこでフォーチュンは、前作でも大活躍した婦人会のスーパーおばあちゃんコンビのアイダ・ベルとガーティの力を借りて、真犯人探しに乗り出すことになった。 犯罪の動機や背景は、言わば添え物程度で、メインディッシュは3人組の大混乱と大活躍である。CIAの秘密工作員フォーチュンは言うに及ばず、地元婦人会の二人も頭脳とアクションと口が抜群で、最初から最後までしっかり笑うことができる。 ユーモアたっぷりできちんとした構成のミステリーを読みたいというファンには絶対のオススメ。 前作の翌日から始まるストーリーは前作を受けての表現が多いので、ぜひ第一作から読み始めていただきたい。 |
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日本でも大ヒットした「熊と踊れ」の続編。前作とはやや異なったテイストながら、読者を引き込んで行く力強さは失っていないサスペンスフルな犯罪小説である。
(以下の感想は前作のネタバレを含んでいるため、未読の方は注意) 連続銀行強盗で6年間の服役を終えた長男・レオが出所してみると、6年間で、一緒に犯罪を犯した家族は大きく変化していた。父親は酒を断ち、次男、三男は社会復帰して真面目に働いていた。ところがレオは、獄中で知り合った殺人犯・サムと壮大な強盗計画を企てており、出所したその日に、先に出所していたサムと一緒に行動を開始する。レオが立案した緻密な計画は完璧に見えたのだが、ちょっとした手違いが生じたため、弟たちの手を借りる必要が生じた。しかし、二度と犯罪には手を染めないと決心していた弟たちはこれを拒否し、レオはサムだけを仲間に計画を強行することになった。 前回の強盗事件を担当したブロンクス警部は、今回も担当することになり捜査を進めていたのだが、レオの相棒になっているのが実の兄のサムであることを知り驚愕する。兄が服役したのは、弟である自分を守るために父親を殺害し、しかも自分が警察に通報したからだったのだ。そのことに罪悪感をいだいていたブロンクス警部は、警察としての責任と兄を助けたいという思いとに引き裂かれて苦悩する。そして、二組の兄弟たちの物語はひたすら終末へと失踪する・・・。 前作同様、緻密な犯罪計画がスリリングなのだが、本作は家族の絆というテーマが、より大きな比重を占めている。愛し合う家族同士が暴力の血によって反発し合う悲劇が、胸に重くのしかかる。エキサイティングながらも悲しみを感じさせる作品である。 前作を受けての話なので、「熊と踊れ」を読んでから本書を読むことを強くオススメする。 |
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本国はもちろん日本でも人気を確立している「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第4弾。犯人を追う警察小説としての面白さはもちろん、主要登場人物たちの心理的なドラマも読み応えがある、北欧らしいミステリー作品である。
スウェーデン西部の田舎町で二人の子どもを含む一家4人が銃殺される事件が発生した。すぐに怪しい男が判明したのだが証拠が何も見つからず、捜査の行き詰まりを恐れた地元警察の担当者はトルケル率いる殺人捜査特別班に助けを求めた。現場に駆けつけた特別班のメンバーは、前作でのケガがもとで休職中のウルスラの協力もあって、事件現場には、もう一人、少女がいたことを突き止めた。唯一の目撃者である少女が犯人から狙われると判断した捜査班は、犯人より先に少女を発見しようと焦るのだったが・・・。 一家惨殺の犯人探しが本筋で、地道な聞き込みと徹底した証拠調べで犯人をあぶり出して行くストーリーは極めて完成度が高く、ラストでのどんでん返しもインパクトがある。だがそれ以上に、それぞれに心理的な傷を抱えた特別班メンバーの苦悩や葛藤、変化が面白い。特に、主人公セバスチャンの変化、世界最強の迷惑男にも人間味が垣間見えるときがあることに驚かされる。 シリーズ愛読者は必読。シリーズ未読の方は、ぜひ第一作から読み始めていただきたい。 |
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2016年のエドガー賞候補作、ネロ・ウルフ賞受賞作。「冷戦下のニューヨークを舞台にした歴史ノワールの会心作」というセールストークに少しだけ期待して読み始めたのだが、いい意味で期待を裏切る傑作ハードボイルド作品である。
マッカーシーによる赤狩り旋風が吹き荒れていた1954年、NY市警の刑事キャシディは拷問を受けて殺された男性ダンサーの捜査を担当することなった。現場となった被害者の自宅を訪れると、安アパートの住人には似つかわしくない高級な家具や衣類があり、被害者はどうやらゆすりを働いていたようだった。ダンサーがキャシディの父親がプロデュースする演劇に関わっていたことから、劇場のロッカーを調べると何の変哲も無い50セント硬貨が隠されていた他に、めぼしいものは見つからなかった。相棒のオーソーとともに本格的に捜査を進めようとしたキャシディだったが、FBIからの指示で捜査から外されてしまう。納得がいかないキャシディとオーソーは、様々な妨害にあいながらも独自に捜査を続行し、マッカーシー、FBI、CIA、ソ連の情報部が絡んだ醜悪な現実に直面するのだった。 殺人事件の捜査のはずがスパイ摘発の政治闘争になり、さらに主人公の家族を巻き込んだ脅迫事件になり、米ソの情報戦とスキャンダルになり、そんなカオスを真っ正直に切り開いて行くハードボイルドな警官の物語で幕を閉じる。550ページを越える長編だが、波乱に満ちた展開で飽きさせることが無い。本作がデビュー作で、アメリカではすでに次作が発売されているというので楽しみに待ちたい。 物語は複雑だが表現が映像的で、ストーリー展開もシンプルなので読みやすい。歴史ノワールというより、ハードボイルドとして読むことをオススメする。 |
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