■スポンサードリンク


iisan さんのレビュー一覧

iisanさんのページへ

レビュー数1136

全1136件 101~120 6/57ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
 閲覧する時は、『このレビューを表示する場合はここをクリック』を押してください。
No.1036: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

主人公のキャラは良いが、最後に腰砕けの感あり

2023年の英国推理作家協会の最優秀翻訳小説賞を受賞した、スペイン製ミステリー。カタルーニャの鄙びた町で起きた残虐な富豪夫婦殺しを捜査する熱血刑事の戦いと苦悩を描いた警察ミステリーである。
着任早々に「退屈する時間はじゅうぶんにあるぞ。ここではなにも起こらないんだからな」と言われたテラ・アルタ署の刑事・メルチョールだったが、町の半分を所有すると言われる富豪夫妻が拷問され、殺害される事件に遭遇した。強盗かという見方もあったのだが、拷問の凄惨さに違和感を覚えたメルチョールは被害者の周辺に犯人がいると推測し、家族や会社関係に捜査の手を伸ばしていった。その結果・・・。
犯人探し、動機探しの警察ミステリーで、大筋の構成は平凡というか、ありきたりの感を否めない。だが主人公・メルチョール刑事の設定に、物語に奥行きを与え、読者を引き込んでいくパワーがある。娼婦の子として育ち、10代で投獄されたのだが、刑務所で囚人に「レ・ミゼラブル」を読むことを勧められ作品に魅了された。さらに、服役中に母が殺害されたことで犯罪から決別し、母親殺害犯に罪を償わさせるために警察官になることを決意した。見事に警察官になったメルチョールだったが、イスラム過激派のテロリスト4人を射殺したことから、過激派の報復を危惧する警察上層部によって田舎町のテラ・アルタに配属されたのだった。娼婦の息子の刑事と言えば「ハリー・ボッシュ」を筆頭に何人かを思い浮かべるが、いずれのヒーローも正義と不正義、悪との向き合い方に苦悩するのがお約束で、メルチョールも例外ではない。さらに、レ・ミゼラブルの深い影響という独創も加わり、極めて複雑なキャラクターである。
事件捜査を中心に据えた警察小説だが、謎解き部分は最後に薄味になり肩透かしを喰らう。ミステリーというよりヒューマンドラマ的な面白さが読みどころ。スペインの風土や歴史、社会を知ることができるのもオススメポイントと言える。
テラ・アルタの憎悪 (ハヤカワ・ミステリ)
ハビエル・セルカステラ・アルタの憎悪 についてのレビュー
No.1035: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

エッセイなのか、ショートショートなのか

自伝あり、エッセイあり、社会批評あり、風刺ありで48のエピソードが集められた、実に判断が難しい一冊である。
著者は本作を「観察」と称しているそうで、刑事弁護士で作家という位置から観察・思考した社会のありようを文学作品し仕立てたものか。丸ごと一冊、これがシーラッハだと思えば、それなりのまとまりがある。
シーラッハ・ファンなら、その味わいが深く感じられるだろう。
珈琲と煙草
No.1034: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

サイコパス取りがサイコパスになる、イヤミスならぬイラミス

大学で小説創作の教鞭を取る新人作家の長編デビュー作。6年前に自分の娘を溺れさせようとしたと思っている甥を引き取ることになった大学教授が、甥が邪悪な本性を隠していると疑心暗鬼になり、その本性を暴くことに取り憑かれていく心理サスペンスである。
不幸な事故で大金持ちの両親を亡くした17歳のマシューが、母親の遺言で後見人となった叔父・ギルの家にやってきた。N.Y.の豪邸で何不自由なく育ったマシューは学業成績も抜群で、知的な好青年に見えた。だが、6年前にギルの娘・イングリッドがプールで溺れかけたのはマシューの仕業だと信じるギルはそんな外見が信じられず、夫婦と娘二人のギル家族に災いをもたらすのではないかと不安を抱き、警戒心を募らせていた。そんなギルを嘲笑うかのようにマシューはギルが教える創作講座に参加し、ワークショップで短編小説を発表したのだが、その登場人物はギルの家族を想像させ、ストーリーは家族の死を描いたものだった・・・。
マシューは羊の皮を被ったサイコパスなのか、ギルの被害妄想が作り上げたモンスターなのか。真相追及のプロセスはギルの一人芝居の様相を呈し、ミイラ取りがミイラになるような心理サスペンスでちょっとイライラさせられる。金持ち過ぎるマシューと両親のライフスタイルもちょっと鼻白むのだが、それを補っているのが状況設定のユニークさで、なるほど、そう来たかと思わせる。謎解きミステリーとしては凡作だが、最後まで読者をイラつかせるイラミスとして評価できる。
ラストが不完全でも気にしない、心理サスペンス好きの方にオススメする。
死を【弄/もてあそ】ぶ少年 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ネイサン・オーツ死を弄ぶ少年 についてのレビュー

No.1033:

挑発者

挑発者

東直己

No.1033:
(7pt)

テーマが多過ぎてまとまりが悪いが、シリーズのレベルは維持

探偵・畝原シリーズの第7作。いつも通り、怪しげな依頼人、怪しげな組織、変わらぬ家族愛に満ちた大人ハードボイルドである。
畝原が依頼されたのはエスパーを自称する巽という男に惚れ込み、多額の投資に乗っかろうとしている父親の洗脳を解いて欲しいというものだった。畝原は父親の面前で男のインチキを暴き、撃退する。後日、その場に居合わせたミニコミ業者でキャバクラ嬢のコンテストを主催する彫谷からコンテスト出場者の素行調査を依頼されたのだが、その調査中に何者かに襲われた。辛くも撃退したものの背後関係が分からず、自分の身辺の警護を固めざるを得なくなった。さらに、巽たちの詐欺をテレビで証言した男が殺され、取材したディレクターが行方不明になる事件が発生。畝原は身の危険を感じながらジリジリと真相に近づいて行く。
詐欺商法、ミスコンに加えて、意図不明の依頼人からの浮気調査、父親としての自身の悩みが絡んできて話は長くなる一方。文庫で上下670ページほどの大作で、最後まで決着がつかないエピソードがあるのもご愛嬌。シリーズ愛読者なら許せる、いつもの畝原ワールドである。
畝原シリーズのファンにオススメする。
挑発者
東直己挑発者 についてのレビュー
No.1032:
(8pt)

力強くて切ない、アンチヒーローな傑作ハードボイルド

グラスゴーを舞台にした「刑事ハリー・マッコイ」シリーズの第二弾。連続殺人事件を捜査することになったハリーが否応なく、忘れたい過去に直面させられるノワール・ハードボイルドである。
建設中のタワー屋上で発見された惨殺死体は地元のプロサッカー選手で、彼はギャングのボス・スコビーの一人娘・エレインの婚約者だった。すぐに容疑者として、スコビーの汚れ仕事を担当していたコナリーが浮上した。コナリーは精神的に不安定になり、エレインにつきまとっていたという。ハリーたちはコナリーを追い詰めたのだが、すんでのところで逃してしまう。さらに、コナリーはエレインの周囲に出没し、ボスのスコビーまで襲おうとする。そんな中、前作(血塗られた一月)でハリーの命を救ってくれた、幼馴染で地元の若手ギャングのボス・スティーヴィーを見舞ったハリーは一枚の新聞記事を見せられ、激しく動揺する。そこには、ハリーやスティーヴィーが児童養護施設にいた頃に性的虐待を加えていた男が映っていたのだった。さらに、教会でホームレスが自殺する事件が発生し、残された遺品を調べていたハリーは、スティーヴィーに見せられたのと同じ記事があるのを発見する。花形サッカー選手とホームレス、全く無関係に見えた二つの事件が、ハリーの過去を媒介にしてつながっていった・・・。
一匹狼の刑事が難事件を解決するという警察ハードボイルドの基本はしっかり守りながら、そこに児童の性的虐待の被害当事者をぶつけることで、ストーリーが何層にも重なり合い、ねじれあって展開する複雑で手応えのある物語になっている。訳者あとがきにもあるように、前作からさらにパワーアップしたことは間違いない。オススメだ。
月名のタイトルから推察できるようにシリーズ化されており、イギリスでは一年に一作、現在では6月まで刊行されているというので、まだまだ楽しめそうである。
闇夜に惑う二月 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス闇夜に惑う二月 についてのレビュー
No.1031:
(7pt)

シニカルなユーモアが持ち味の英国短編集

1980年刊行の短編集。テーマや表現にいささか古さがあるものの、英国短編小説の魅力である鋭い人間観察、ややブラックなユーモア、味わい深いストーリー展開を備えた全12作品。アーチャーの長編のワクワク感、躍動するストーリーはないものの旅のお供、路辺の酒のアテにぴったりな読み物としてオススメする。

十二本の毒矢 (講談社英語文庫 47)
ジェフリー・アーチャー十二本の毒矢 についてのレビュー
No.1030: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

密室ものファンにのみ、オススメ

人気覆面作家の豪華新邸のお披露目に招かれた推理作家、評論家、編集者、探偵が大雪で閉じ込められ、ホストの作家が姿を消す。さらに、行方が分からない作家を探すうちに、招待客のひとりが死亡し、全員が疑心暗鬼に陥るという、典型的な密室もの。古今東西の密室ものに関する豊富な知識を駆使した物語展開、種明かしが読みどころ。
密室ものファンには挑戦しがいがある作品なのだろうが、密室ものが得意でないため、いささか退屈だった。
そして誰かがいなくなる (単行本)
下村敦史そして誰かがいなくなる についてのレビュー
No.1029: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

凸凹バディのドタバタだが、骨格はしっかりしたミステリー

ベテランのコミックライターの長編デビュー作で、各種ミステリー賞の最終候補になった作品。5人目を妊娠中の元FBIプロファイラーと落ち目の記者が平和な郊外の街で起きた殺人事件と、その裏に隠されていた人種差別の闇を暴く、コミカルな謎解きミステリーである。
N.Y.通勤圏の小さな街のガソリンスタンドで経営者一族のインド人青年が銃殺された。たまたま現場に出くわしたのが、元FBIの優秀なプロファイラーで現在は5人目の子供が妊娠8ヶ月という主婦のアンドレアで、末っ子にトイレを使わせるために立ち寄ったのだが鍵が掛かっていて使えず、子供がおしっこをぶちまけてしまった。ひと騒ぎの後、素早く現場を立ち去ったアンドレアだったが、事件に関する警察の発表が自分が見た証拠と違っていることに疑問と興味を持ち、真相を調べようとする。一方、大学生の時にピュリッツァー賞を受賞し将来を嘱望されたのだが、今では小さな地方新聞の記者でくすぶっているケニーは、事件の被害者家族を取材した感触から警察発表には隠された部分があり、再び脚光を浴びる特ダネになるのではと直感し、精力的に取材を進めることにする。ユダヤ系のアンドレアと中国系のケニーだが、二人は同じコミュニティで育ち、ケニーがアンドレアに振られた過去があった。偶然、同じ事件を調べていることが分かった二人は、互いの目的は異なるものの情報交換して調査を進めることを約束した。そんな二人が行き着いたのは、かつては白人ばかりだったのだが今では人種が混在し、表面的には平和な暮らしが営まれている街に、今なおはびこる人種差別の歴史だった。
ミステリーの本筋は人種差別に基づく犯人、動機探しで、格別目新しくはない。だが、人種も性格も境遇もバラバラで対照的な二人のバディものというのがユニーク。さらに、さまざまなエピソード、登場人物たちの言動もとぼけたユーモアたっぷりで楽しめる。
軽い読み味のミステリーを好む方にオススメする。
郊外の探偵たち (ハヤカワ・ミステリ)
ファビアン・ニシーザ郊外の探偵たち についてのレビュー

No.1028:

鼓動

鼓動

葉真中顕

No.1028: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

他人の罪を盗んでまで、自己承認が欲しかった・・・

8050問題をベースに、時代に翻弄される孤独な魂の切なさを描いた社会派ミステリーである。
公園でホームレスの老女が殺害され、燃やされた。その場で逮捕された犯人・草鹿秀郎は18年間の引きこもり生活を送ってきた中年男で、自宅で父親を殺害したと供述した。身勝手極まりない犯罪で、極刑を課して世間の納得を得るための証拠固めとしてホームレス老女の身元確認を担当することになった刑事・奥貫綾乃だが、自分と同年代の草鹿がなぜ、ここまで残虐な事件を起こしたのか、今一つ納得が行かなかった。川底に沈んだ凶器を探すような手探りの捜査でホームレスの身元を調べて行くと、被害者と犯人が思いもよらぬ因縁で繋がった。
犯人が孤独な魂を抱き抱えて生きる引きこもりで、さらに担当刑事も我が子を愛せなかった過去のトラウマに引き摺られて生きる孤独な中年女性という、二人の主役の人物像とそれぞれの魂の軌跡が交わってくるところが面白い。大きな社会問題となっている8050問題、その背景に何があるのか、何があったのか、自己責任の話ではないことがリアリティを持って伝わってくる。重い課題の作品だが、事件の真相を解明するミステリーの部分もよく出来ていて読みやすい。
社会派ミステリーのファンにオススメする。
鼓動
葉真中顕鼓動 についてのレビュー
No.1027: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

安心して読める、味わい深い青春ミステリー

エスケンスの邦訳第4弾。ボーディ・サンデンが主役となる作品では2作目で、ボーディという人格が形成される高校生時代を描いた青春ミステリーである。
1976年、ミズーリ州の田舎町で母と二人で暮らす15歳の高校生のボーディ。通い始めた高校には馴染めず、親しい友達もなく、16歳になったらこの町から脱出するという夢だけが頼りという日々だった。ある日、上級生のジャーヴィスたちが学校で唯一の黒人生徒であるダイアナに嫌がらせをしようとしたのを阻止したことから、ボーディはジャーヴィスたちに目をつけられてしまった。ジャーヴィスたちの襲撃を何とか逃げ切って帰宅したボーディが信頼する隣人・ホークを訪ねると、そこに保安官がやって来た。二週間ほど前に失踪した黒人女性の捜査の一環で、かつてホークはその女性を雇っていたことがあるのだという。町を騒がせす事件にホークが関わっているのだろうか? さらに、近所に引っ越してきた黒人一家の少年・トーマスのことも気掛かりで、ボーディの日常はにわかに騒がしくなった…。
当たり前のように人種差別が横行する田舎町で育ちながら偏見を持たないボーディだったが、ホークやトーマスと関わることで、自らの内にある意識しない差別感情に気付かされる。さらに、外見からは窺えない人々の悩みや秘密を知り、のほほんとした少年から成熟した大人へと成長していく。ミステリーとしての構成は平凡だが、実に味わい深い成長物語として読み応えがある。
謎解きやサスペンスを求めず、正義の人の誕生物語として読むことをオススメする。
あの夏が教えてくれた (創元推理文庫)
No.1026:
(7pt)

暗殺者側が力不足、かな?

J.アーチャーの長編第二作。アメリカ大統領暗殺をテーマにした政治サスペンス小説で、大統領をエドワード・ケネディからフロレンティナ・ケイン(「ロマノフスキ家の娘」のヒロイン)に変更した改訂新版である。(1977年の作品だが、物語は初の女性である第43代大統領が活躍する1980年代半ばという設定)
大統領暗殺計画の情報を得たFBIワシントン支局は黒幕を含めて一網打尽で現行犯逮捕するために、極秘の捜査を開始する。ところが捜査開始早々に支局長と中堅捜査員が死亡し、情報提供者も殺されてしまい、新米捜査官が直接、FBI長官の指示で動くことになった。暗殺実行日まで一週間しか残されていない上に、さまざまな組織や人物が容疑者として浮上し、捜査は一向に進展しなかった…。
政治謀略小説としてはよく出来ているが、暗殺者側の動きの描写が薄いため、いわゆる暗殺ものならではのピリピリしたサスペンスはやや弱い。ところどころに挿入されたユーモラスなエピソードが効いた軽い読み味のエンタメ作品としてオススメする。
新版 大統領に知らせますか? (新潮文庫)
No.1025: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

空虚な時代に咲いた虚無の花(非ミステリー)

1935年に発表されたマッコイのデビュー長編。大恐慌時代のハリウッドでわずかなチャンスに命をかけた男女の熱と虚無を描いた、ハードボイルドな青春ドラマである。
ハリウッドでエキストラに応募したものの外れてしまった男と女が1,000ドルの賞金を目当てにマラソン・ダンス大会にエントリーする。この大会は154組のペアが1時間50分踊って10分休憩というパターンで踊り続け、最後の1組になれば賞金という過酷なコンテストというか見せ物である。何日も何週間も踊り続けてクタクタになり、ついには精神に異常を来たす出場者たちの奇態を見るために入場料を払って観客が集まったという、1920〜30年代の狂瀾のアメリカを象徴するエンターテイメントが若く夢があった二人を飲み込んでいく様が凄まじい。戦後すぐの実存主義が流行り始めたフランスで高く評価され、その人気がアメリカに逆輸入されてヒットしたというのもうなづける、虚無と空虚の物語である。
その意味では、今の時代でも再評価される作品とも言える。が、読者を選ぶ作品であることは間違いない。
彼らは廃馬を撃つ (白水Uブックス)
ホレス・マッコイ彼らは廃馬を撃つ についてのレビュー
No.1024:
(7pt)

ミステリーではなく、黒人少女の怒りと希望の物語

2023年度MWA賞のYA部門最終候補となった若き黒人女性作家のデビュー作。シカゴの黒人居住地域に住む16歳の少女が、大好きな姉が警官に射殺されたのをきっかけに社会の理不尽に立ち向かい、無力さを感じながらも生きる希望を見つけ出そうとする一種の成長物語である。
シカゴに暮らす16歳の黒人女子高校生・ボーは美術系の授業が得意で、絵の才能を生かして貧しくて物騒な街から脱出することを夢見ていたのだが、大好きな姉が不法侵入者として白人警官に射殺されるという悲劇に遭遇した。姉が不法侵入したとは信じられないボーは、姉の恋人で現場に一緒にいながら姿をくらませたジョーダンの行方を探し、真相をはっきりさせようと決意する。警察は当てにならず、同級生や姉の知り合いが頼りの調査は遅々として進まず、至る所に根深い人種差別の壁が立ちはだかり、ボーは途方に暮れることの方が多かった。それでもボーはひたすら自分の信じる道を突っ走るのだった…。
事件の真相を探るという意味ではミステリーなのだが、本作の主眼は今なお変わることなく続く人種差別、黒人差別への抗議である。さらに、ヒロイン・ボーのキャラクターがよくできており、現代の女子高校生の日常、非日常を活写した青春小説としても秀逸。というか、若き黒人女性の成長物語として読んだ方がしっくり来る。
夜明けを探す少女は (創元推理文庫)
No.1023:
(8pt)

特異なキャラで成功したハードボイルド警察小説

かつては繁栄を誇ったものの没落した落ち目の大都会・グラスゴーを舞台にした、刑事ハリー・マッコイが主役の警察ミステリー。本作がデビュー作かつシリーズ第1作で、作品を刊行するごとに評価を高めているという新進気鋭の作家らしい、新鮮でインパクトのあるハードボイルドなノワール作である。
マッコイは服役中の囚人・ネアンから刑務所に呼び出され「明日、ローナという少女が殺される」と告げられた。少女を探し始めていたマッコイだったが、翌朝、マッコイの目前で少女は銃殺され、犯人の少年も自分の頭を撃って自殺した。ネアンはなぜ事件を予言できたのか、事情を聞くために刑務所を訪れたのだが、その日、ネアンは刑務所のシャワー室で殺害されたという。マッコイと新人刑事のワッティーのコンビは捜査を進め、自殺した少年が地元の重鎮であるダンロップ卿の邸で庭師として働いていたことを突き止めた。しかし、マッコイとダンロップ卿には深い因縁があり、それ以上の捜査をしないよう警察上層部から圧力をかけられた。だが、マッコイは執拗に、命をかけてまで悪を追い詰めようとする…。
どれほどの圧力があろうと巨悪を許さない、正義感あふれる刑事が主役かというと、そうではない。マッコイは、どちらかと言えば悪徳警官に分類されても仕方ない言動をとるはみ出しものであり、だからといって、いい加減な捜査をする訳ではなく、しかも喧嘩や暴力には強くない、刑事物では珍しいキャラクターのアンチヒーローである。幼くして親に見捨てられ、教会の保護施設で育てられたことから様々なトラウマを抱えた「弱さ」が印象的な刑事である。このミスマッチ、違和感のあるキャラ設定が本作の最大の特徴で、ハードボイルドでありながら親近感を抱かせる。
刑事もの、ハードボイルド、ノワールのファンに一度は読んでもらいたい傑作としてオススメする。
血塗られた一月 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アラン・パークス血塗られた一月 についてのレビュー
No.1022: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

誰もが少しずつ嘘をつき、事件の全体像が歪んで行く

2020年スウェーデン推理作家アカデミー最優秀長編賞、2021年ガラスの鍵賞をダブル受賞した、スウェーデン女性作家の長編ミステリー。14歳で殺人犯として収容され、23年後に帰郷した男が今度は父親殺害容疑で逮捕されるという、現在と過去の二つの事件の真相を探る女性刑事の苦悩を描いた、暗くて重い、本格北欧警察ミステリーである。
23年前、少女殺害容疑で逮捕され、レイプと殺人を自白したのだが死体が見つからず、未成年だったため施設に収容されていたウーロフが23年ぶりに帰宅すると、父親が殺害されていた。第一発見者であり、動機もあることからウーロフは父親殺人犯として逮捕された。事件を担当する警部補エイラは決定的な証拠を見つけられないばかりか、調べれば調べるほど、細かな違和感が湧き上がり困惑する。さらに、解決したはずの23年前の事件にも疑問が生じ、周りの反対を押し切って独自に再捜査し始めた。すると、片田舎の閉鎖的な社会ならではの人間関係の闇が浮かび上がり、エイラは切なく悲しい物語に巻き込まれていくのだった…。
現在と過去、二つの事件の繋げ方が見事で、犯人探し、動機探しミステリーとして良く出来ている。またヒロインの家庭環境、立ち位置、思考方法などキャラクター設定も的確で、人間ドラマとしての完成度も高い。ただ警察捜査のプロセスが入り組みすぎてリーダビリティを阻害しているのが残念だ。
人間が中心になる北欧警察ミステリーのファンにオススメする。
忘れたとは言わせない
No.1021: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

典型的な状況設定で分かり易いが、胸熱度は低下

「弁護士ボー・ヘインズ」シリーズの第2作(プロフェッサーからのシリーズとしては第6作)でシリーズ完結編。地元高校のフットボールのスター選手が街の人気者の少女殺害容疑で逮捕された事件をめぐる法廷ミステリーである。
ライバル高校との試合で華麗なプレーを決めて勝利に導いたオデルが翌日、地元の人気バンドのボーカル・ブリタニー殺害の容疑で逮捕された。二人は恋人同士だったのだがブリタニーはレコード会社とソロデビューの契約を結び、その試合後に別れの手紙を残して街を出て行く決意をしていた。突然に一方的な別れを告げられたオデルは試合後のパーティーで荒れ狂い、「償いをさせてやる」などと不穏な言葉を口走っていたという。しかも、オデルはブリタニーの死体が発見された現場近くで眠り込んでいて、近くには凶器と思われるビール瓶が落ちていた。次々と積み重なっていく証拠はオデルに不利なものばかりで、街はオデルに厳罰を求める声に満ちていたのだが、オデルは無実を主張し、ボーに弁護を依頼してきた。不幸な育ち方をして問題を抱えていたオデルを立ち直させるために農場の仕事を手伝わせ、息子同然に可愛がってきたボーだったが、即座に弁護を引き受けるとは言えなかった。どこから見てもオデルが無実とは思えず、弁護を引き受けるなら街の住人のほとんどを敵に回すことになり、子供たちとの平穏な暮らしが失われることは目に見えていたからだった。八方塞がりの中、正義とは何か、正しい側とは何か、ボーは迷いに迷うのだった…。
フットボールのスター選手と人気バンドのボーカルという輝かしい若者が犯人と被害者になった事件、圧倒的に不利な状況からの法廷逆転劇という理解しやすい物語である。それだけに、本シリーズ(プロフェッサー・シリーズを含めて)の特徴である胸熱、正義を求める人々のヒリヒリする熱気はやや下がったと言わざるを得ない。それでも、第一級の法廷エンタメであることは間違いない。
シリーズ愛読者はもちろん、法廷もの、現代社会の諸問題をテーマとしたミステリーがお好きな方に自信を持ってオススメしたい。
ザ・ロング・サイド
ロバート・ベイリーザ・ロング・サイド についてのレビュー
No.1020: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ペンは銃より強いのか、弱いのか

1937年に発表され、2024年に初めて邦訳されたホレス・マッコイの長編第二作。1930年代、アメリカの地方都市でジャーナリストとしての筋を通し、社会の不正を告発する記者の激情に溢れた生活を描く幻のハードボイルド小説である(著者はハードボイルドに分類されるのを嫌っていたようだが)。
地方紙の人気記者だったマイク・ドーランは社会の不正を暴く記事を書き続けるのだが、広告収入の減少や有力者からのクレームを恐れる上層部によって記事をボツにされ続けるのにうんざりして、自ら週刊紙を創刊する。何ものをも恐れず、タブーがない告発記事は読者の支持を集めるのだが、それを快く思わない地方都市のお偉方からさまざまな圧力を受ける。それでもマイクは報道の信義、ジャーナリストの使命だけを頼りに、正面から戦いを挑んで行く。
自分が信じる記者の使命に命をかけるマイクの生き方はハードボイルドそのもの。名声や利益は求めず、ひたすら信じる道を追求するパッションが共感を呼ぶ。80年以上前の作品だが、作者が伝えたかったことは今でも古びることなく、読者の感性にストレートに響いてくる。傑作だ。
ハードボイルドの古典的名作として一読をオススメする。
屍衣にポケットはない
ホレス・マッコイ屍衣にポケットはない についてのレビュー
No.1019: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

若々しい友情も35年のうちに腐敗してくるのは仕方がないことか

ドイツ警察ミステリーの大ヒット作「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第10作。出版業界の人間関係から生じた複雑で難解な殺人事件を追う、重厚長大な謎解きミステリーである。
ドイツ文壇で名を知られた編集者であるハイケと連絡が取れないとの通報を受けたピアがハイケ宅で発見したのは、室内に残された血痕と足首を鎖で繋がれた老人だった。老人は認知症になったハイケの父親で、血痕はハイケのものと判明。単なる失踪ではなく事件と判断した警察が捜査に乗り出すと、ハイケの周辺には様々なトラブルが発生していた。最初の容疑者は、最近ヒットしたばかりの作品が盗作であることを暴露された、ハイケが担当する作家だった。さらに、ハイケは所属する会社からの独立と作家・社員の引き抜きを画策したとして即時解雇され、会社と対立を深めていた。しかも、新会社の資金を確保するためにハイケが40年近くも付き合ってきた友人たちを巻き込んでいたこともわかった。容疑者は次々に増えていくにも関わらず、動機も証拠も見つけられないピアたちが迷路に迷ってるうちに、第二の殺人事件が発生した…。
出版業界という狭い世界でのドロドロした人間関係に、家族経営の企業ならではの対立と軋轢、数十年来の友人関係、親友という幻想から生じる愛憎が重なり、話の展開はなんとも表現し難い重苦しさがある。登場人物も多くて簡単には読み進められない作品だが、真相が分かった時にはなるほどと納得する。また、オリヴァーの結婚生活に起きた変化、エンゲル署長の意外な一面、ピアの元夫で法医学者であるヘニングの華麗なる変身など、シリーズ・ファンを喜ばせるエピソードが満載なのも楽しい。
シリーズ・ファンにはもちろん現代的な警察ミステリーのファンに、頑張って読み通すことをオススメする。
友情よここで終われ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス友情よここで終われ についてのレビュー
No.1018: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

全てが牧歌的な英国冒険スパイ小説の古典

1915年(大正4年)に刊行された、英国冒険スパイ小説の名作。第一次対戦前のイギリスで、ドイツのスパイを暴き出す若者の冒険サスペンスである。
自宅に帰宅したときに突然声をかけてきた男・スカッダーからイギリスの運命を左右する秘密を知らされたハネーは、その情報を政府高官に伝える決心をする。ところが翌日、自宅でスカッダーが殺されているのを発見し、さらに外を不審な男たちがうろついているのを見てハネーは即座に自宅を離れ、スコットランドに向かった。スカッダーを殺した犯人たちばかりか、殺人犯として警察にも追われる身となったハネーだったが、巧みな変装や親切な住民のおかげでスコットランドの荒野を逃げ切り、政府高官と接触することに成功した…。
スパイ、殺人、逃亡、アクション、暗号など冒険スパイ小説に必要なアイテムはもれなく盛り込まれ、話の展開もスピーディーでまさに古典、名作である。ただ、大正時代の作品だけに物語の転換点、キーポイントが、現在の読者から見るとご都合主義なのはご愛嬌。形容矛盾ではあるが、牧歌的なサスペンスと言える。
英国冒険スパイ小説の源流のひとつとして、読んで損はないとオススメする。
三十九階段 (創元推理文庫 121-1)
ジョン・バカン三十九階段 についてのレビュー
No.1017: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ひたすら前向きに歩き続ける、若き女性調査官(非ミステリー)

文芸誌に連載された7本を収録した連作短編集。少年事件を担当する家裁調査官の日常を描く、現代社会を反映した人情物語である。
事件を起こした少年少女たちはもちろん、背景となる家族が抱える問題に真剣に向き合い、可能な限り柔らかな解決策を模索する主人公の言動が爽やかで、読後感がいい作品である。
残酷で非情なサイコ・サスペンスなどを読んだ後のお口直し、清涼剤としてオススメする。
家裁調査官・庵原かのん
乃南アサ家裁調査官・庵原かのん についてのレビュー