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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1167

全1167件 1081~1100 55/59ページ

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No.87: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

バカの正義感ほど傍迷惑なものはない

最近の新大久保での人種差別デモもそうだが、常識ある人なら絶対に口にできないような罵詈雑言をまき散らす人々は、自らの言動が社会的敗者としての自分を慰撫することにすぎないことには無自覚で、むしろ社会を正す行為だと思っているところが救いがたく、また始末に悪い。歴史的に階級社会であり、また階層分化が激しくなっている英国社会でも、同様のことが起きているのだろう。
ミネット・ウォルターズの「遮断地区」は、経済格差、人種差別、人間関係の破たんなどの社会病理を背景に、ほんのささいな抗議行動が制御不可能な激しい暴動に変化していく様をダイナミックに描き、読者をぐいぐい引き込んでいく面白いパニック小説であり、きわめて読み応えのある社会派小説でもある。
社会的弱者を押し込めた袋小路のような公営団地で、思慮に欠ける巡回看護師がうかつに「小児性愛者が引っ越してきた」ことをもらしたことから、不安を覚えた母親たちが排斥デモを計画する。それに悪乗りしたのが、真夏の暑さに不満のエネルギーを溜め込んでいた不良少年グループで、酒やドラッグの力を借りて大騒動を巻き起こすことになる。興奮した群衆は警察を介入させないためのバリケードを築き、小児性愛者の家を焼き、リンチを実行しようとする。
物語の主役は「悪意ある社会的病理」だが、それに立ち向かって暴動からサバイブする主人公たちの言動に励まされるところが多いため、重苦しい結末にもかかわらず、読後感には救われるところがある。人は、社会は、簡単に狂ってしまうことを痛感すると同時に、「地獄への道は善意で敷き詰められている」ことを、あらためて考えさせられた。

遮断地区 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズ遮断地区 についてのレビュー
No.86:
(7pt)

ナポリタン・サイコ?(笑)

イタリア版「羊たちの沈黙」としてヨーロッパで大人気を呼んだサイコ・ミステリー。さすがにマカロニ・ウェスタンを生み出した文化背景の産物というべきか、被害者の少女たちは全員左腕を切断されるわ、捜査官は自傷傾向があって、捜査に行き詰まると自らを傷つけるわで、全編血まみれ、味の濃いスパゲッティ・ナポリタンのような(笑)作品だった。
森で発見された6本の左腕が、連続少女誘拐事件として捜査中の事件の被害者のものだと判明する。ところが、被害者として分かっているのは5人だけ。では、6人目の少女は誰なのか? 左腕をなくした被害者の死体が発見されるたびに、捜査が大きく動き、犯人と思われる人物に迫っていく。だが、犯人と思われた人物が実は真犯人ではなかったことが分かってくる。どんでん返しに次ぐどんでん返しでサスペンスが高まり、最後のクライマックスが待ち遠しくなってくる・・・。天才的な連続殺人鬼対美人捜査官という構図も本家「羊たちの沈黙」にそっくりで、犯罪の発覚から犯人の解明までのプロセス、捜査陣の人間関係の緊張感もスリリングで、非常に読み応えのあるストーリーだった、全体の3/4ぐらいまでは・・・。
連続殺人の全容がほぼ明らかにされ、犯罪心理面から殺人鬼に迫っていくという一番重要なところで描かれる、どんでん返しのための仕掛けがかなりチープ(捜査の一環として、死の床にある富豪から霊能力者が重要な証言を引き出したり、きわめて重要なシーンで捜査官が簡単に騙されたり)で、ちょっと白ける部分があったのが残念。これがなければ、8点か9点でも良かったのだが。
六人目の少女 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
ドナート・カッリージ六人目の少女 についてのレビュー
No.85: 6人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読ませる、サイコミステリー

初めて手に取ったオーストリアのサイコミステリーは、予想以上の面白さだった。近頃人気が高まっている北欧、ドイツのミステリーのテイストに近く、アメリカのサイコものとは少し違う読後感をもたらした。
オーストリアで小児科医がマンホールに落ちて死亡し、市会議員が運転中にエアバッグが作動して事故死した。ドイツの精神病院では若い女性患者が自殺した。どれも単純な事件・事故と思われたが、意外な事実が判明し、隠されていた忌まわしい過去が暴かれていく・・・。
ウィーンの事故を担当した女性弁護士と、ドイツのやもめの機動捜査官(刑事としては閑職の立場)が、それぞれの事情(と正義感)から真相究明に突っ走る。それぞれのストーリーが交互に、スピーディーに記述され、やがて一本の道に合流し、驚くべき結末を迎える。
事態が動き始めてからわずか一週間ほどで解決に至る物語の展開の速さがスリリングで、犯行動機、登場人物の背景描写も深みがあり、実に読み応え十分の作品だ。
夏を殺す少女 (創元推理文庫)
アンドレアス・グルーバー夏を殺す少女 についてのレビュー
No.84: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

禁酒法時代の成り上がり物語

デニス・ルヘインの新作は禁酒法時代の若きギャングの成り上がりの物語。「運命の日」からの三部作の2作目ということだが、訳者後書きを読むまで、「運命の日」の続編とは気づかなかった。もちろんこちらの注意力不足だが、主人公が前作に登場していたこと以外は、あまり関係無いように思った。本作は、独立した作品としても非常に完成度が高くて面白いと言える。
ボストン市警幹部の息子でありながら、禁酒法と大恐慌が作り出した混乱の時代の裏社会を腕一本でのし上がっていく主人公・ジョー。仲間と強盗に入った賭博場で出会った女に一目ぼれしてしまうが、彼女が敵対する組織のボスの情婦だったことから運命が大きく転換する。監獄でのサバイバル、出所して新しい土地でのギャング組織づくり、裏社会のボスとしての成功と組織を維持することの苛烈さなど波乱万丈のストーリーが、友情、愛、裏切りなどの人間臭いドラマと共に展開されていく。
最初から最後まで、まったく読者を飽きさせないストーリーの面白さに、デニス・ルヘインならではの鋭い人間観察、社会的批評性がバランスよく加えられており、ノワール小説ファンのみならず、多くの読者を満足させること間違いなし。
夜に生きる 〔ハヤカワ・ミステリ1869〕
デニス・ルヘイン夜に生きる についてのレビュー
No.83:
(7pt)

犯人の極悪ぶりが際立つ

ボストンの私立探偵、パトリック&アンジー・シリーズの第5作。今回は、アンジーと別れてひとりで営業していたパトリックにストーカー被害を受けている女性からの依頼があり、盟友ブッパの手助けを得て一件落着。簡単なケースだったと思っていたのだが、半年後、依頼人の女性が全裸で飛び降り自殺を図ってしまう。しかも、自殺の前に、パトリックに「連絡がほしい」と言う電話があったのに、パトリックは電話するのを忘れてしまっていた。自責の念に駆られたパトリックが、誰に頼まれたのでもなく自殺の背景を探り始ると、裕福な一家に隠された意外な事情が浮かび上がってきた・・・。
本作で目を引くのは、何と言っても犯人の残虐さ。シリーズ史上、最も悪辣な犯人と言えるだろう。さらに、真犯人が判明するまでのプロットが二転、三転、複雑に入れ替わるところはジェフリー・ディーヴァー並のジェットコースター展開で読者を引っ張っていく。
今回はアンジーと同等以上にブッパの登場部分や役割が大きく、シリーズに新味が加わったと言える。
作者は、本作を終えて「二人を少し休ませてやりたい」と言っているそうだが、最強の悪人を相手に心身ともに深く傷ついた二人には、しばらく休養が必要だろうと納得できる。
雨に祈りを (角川文庫)
デニス・ルヘイン雨に祈りを についてのレビュー
No.82: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

テーマの先見性を評価

1990年に「パソコン通信殺人事件」として刊行された作品に加筆修正して、1997年に文庫化された作品。ここで刊行年代を明記したのは、急速に変化してきたネット世界の大衆化の第一段階だったパソコン通信(今は死語、SNSというべきか)が舞台になっているためである。「パソコンで会話ができるらしい」、「知らない人と仲良くなれるんだって」という話が、パソコンの専門家や理系の学生以外の普通の人の会話に出始めたころの話であることに留意して読む必要があるだろう。
主人公の小田切薫は三浪中で、目下の一番の楽しみは深夜のパソコン通信の世界で遊ぶこと。そこでは「KAHORU姫」として仲間の中心になり(女性になっているのは、通信の仲間が勘違いしただけで、彼がネカマになろうとした訳ではない)、時間を忘れて会話を楽むことができる。受験勉強のプレッシャーとも、半ば引きこもり状態の孤独感とも無縁でいられる夢の世界だった。ところが、「KAHORU姫」に恋をして、現実に会うために上京した男性が次々に殺される事件が発生する。犯人は小田切薫なのか、それとも他の誰かなのか?
真犯人が判明するプロセスや犯行動機などに多少の物足りなさを感じるが、浪人という中途半端な状況とネットの仮想社会との間で揺れ動く若者の心理描写には、「さすが、乃南アサ」と思わせる力量が現れている。ミステリーとしてはいまいちだったが、テーマの先見性で評価したい。
ライン (講談社文庫)
乃南アサライン についてのレビュー
No.81: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

かなり苦い読後感

ボストンの私立探偵、パトリック&アンジー・シリーズの第4作。今回、二人が挑戦するのは幼児誘拐事件。麻薬がらみの比較的単純な事件で、問題は誘拐された4歳の女の子アマンダの命が助かるかどうかだけと思われたが、捜索を進めるうちに複雑な背景が浮かび上がってくる。
どうしようもないダメ母、ダメ母に育てられているアマンダの現状と未来に心を痛める、ダメ母の兄夫婦、幼児が被害者となる事件の撲滅に心血を注いでいるボストン市警の幼児犯罪被害防止班の警官たち、さらには不気味な小児性愛者たちまで登場して、ストーリーは希望と絶望の間をジェットコースターで走り抜けていく。中盤からは一気読みの面白さで最後まで飽きさせない。
そして迎える衝撃のラスト、あまりにも切なく、悲しくなり、「この社会に正義はあるのか?」と疑問に思わざるを得なくなる。さらに、パトリックとアンジーの今後まで予断を許さなくなり、シリーズ愛好者は荒野に放り出されたような気分にさせられる。
前作「穢れしものに祝福を」でちょっと評価を下げた本シリーズだが、本作で失地挽回したことは間違いない。
愛しき者はすべて去りゆく (角川文庫)
No.80:
(7pt)

焼きそばハードボイルド?(笑)

「禿鷹シリーズ」の最初の作品。久し振りに「人がいっぱい殺される日本の作品を読んだ」というのが最大の感想。船戸与一作品以来かな?
渋谷を縄張りとするやくざ組織が、南米マフィアから派遣されて親分を狙う凄腕の殺し屋と死闘を繰り返す。そこに、やくざ側の強力な助っ人として登場するのが、禿鷹こと、刑事・禿富鷹秋。しかし、この刑事は一筋縄ではとられられない、とんでもないハードボイルド刑事だった・・・。
主人公のキャラクターも、ストーリーも刑事物の枠を大きく外れており、そのテイストは「マカロニ・ウェスタン」に近いと言えば、分かりやすいだろうか? 渋谷が舞台とはいえ、和風なところは皆無で、ラテンや東南アジアのテイストといった方がよいだろう。
同じ刑事が主役の小説といっても「百舌シリーズ」とはまったく異なる、劇画風ハードボイルドで、これは好みが相当分かれる作品だと思う。
禿鷹の夜 (文春文庫)
逢坂剛禿鷹の夜 についてのレビュー
No.79: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人間は、社会は進歩しているのか?

ヴァランダー・シリーズで有名なヘニング・マンケルのシリーズ外作品。とはいえ、物語の構成、社会背景などはシリーズと共通するものがあり、シリーズの愛読者も十分に満足できるだろう。
舌癌と診断され、自分は「40歳を前に死ぬ」のだろうかと苦悩する刑事が、引退して隠匿生活を送っていた先輩刑事が惨殺されたという新聞記事を目にして、事件現場を訪ねることにする。最初はただ、どういう生活をしていたのかを知りたいというだけの気持ちだった刑事だが、謎に満ちた事件の様相を知るにつけ、自分は担当外(まったく別の警察の管轄である)であるにもかかわらず、捜査活動にのめりこんでいく。舌癌の本格的な治療が始まるのを前に絶望的な気持ちにかられたこともあり、主人公の刑事はかなり乱暴な手段で捜査を進め、やがては事件の真相をあばくことになる。
先輩刑事を殺害した犯人はストーリーの早い部分で登場するので、犯人探しの警察小説ではなく、事件の背景となる社会病理、人間の醜さに鋭く切り込んでいく社会派ミステリーといえる。物語の舞台は2000年前後のスウェーデンだが、まったく同じような病理が日本社会をむしばんでいることが顕在化してきた現在、読後にはきわめて重いものが残された。
タンゴステップ〈上〉 (創元推理文庫)
ヘニング・マンケルタンゴステップ についてのレビュー
No.78: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

大どんでん返し!

リンカーン・ライム・シリーズの9作目は、電気を武器にするテロという、これまでにはない犯人との知恵比べが展開される。目には見えないが、我々の周囲には必ずある電気を使ってニューヨークを人質にとろうとする犯人の狙いは何か? 地球環境破壊につながる化石燃料発電を止めさせようとする環境保護団体のテロなのか? 東日本大震災を経験した日本人には身につまされるような電力と人命や環境との対立というジレンマを背景に、意外な犯人像が浮かび上がってくる。だがしかし、最後の最後で、さらに驚愕の犯人が登場する・・・。
物語の冒頭から読者を引きつけ、ハラハラドキドキのジェットコースター展開で楽しませる巨匠の腕は、本作でも遺憾なく発揮されている。また、チーム・リンカーンともいうべき仲間たちが、それぞれの魅力を発揮して物語に味わい深さを加えて、シリーズ作品ならではの楽しみも用意されている。
ただ今回は、微細証拠物件から犯人を割り出して行く「科学的捜査」の側面より、心理や人間関係から犯人像を描いて行く「プロファイリング」的な側面が強くなり、通常の警察小説に近くなったような気がした。
犯人逮捕後のエピローグ部分で、シリーズの今後を予測不可能にするような展開があるのも、リンカーン・ライムファンには気になるところだろう。
バーニング・ワイヤー
No.77: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

中学生の課外授業で校内裁判???

3部作、それぞれが700ページを超える超大作で登場人物も多いが、人物関係が複雑ではないので、意外と楽に読むことができた。
クリスマスイブの深夜、校舎屋上から落ちて死んだ同級生の事故?、自殺?、事件?をめぐって、学校や親や警察を信じきれなかった中学三年生たちが、自分たちの手で真実を見極めるために法廷を開く・・・。まず、舞台設定で驚かせてくれる。しかも、主要な役割の人物はスーパー中学生というか、大人顔負けの論理的な論陣を張ってくる。「こんな中学生、いるわけないじゃん」と思った時点で、この作品はまったく面白くなくなるだろうが、そこはそれ、フィクションの面白さと思えれば、楽しめる青春小説を言えるだろう。
同級生は自殺したのか、だれかに殺されたのかという謎解きミステリーとして読むと、特別なトリックや驚くほどの動機や犯行形態があるわけではなく、さほど面白くはない。また、最後にどんでん返しがあるわけでもない(むしろ、勘のいい人なら途中で結末が予想できる?)。だれもが通ってきた道を振り返る、中学生の青春ドラマとして読むのが正解だろう。
ソロモンの偽証 第I部 事件
宮部みゆきソロモンの偽証 についてのレビュー

No.76:

冷血(上)

冷血

高村薫

No.76:
(7pt)

広漠とした高村ワールドへ

高村薫の最新作は、合田雄一郎シリーズの新作だけに、「晴子情歌」から前作まで続いてきた読みづらさが薄らぎ、エンターテイメントとして楽しめる作品だ。ただ、警察小説、ミステリーを期待していると裏切られる結果になるだろう。
物語は、実際の事件(いまだ未解決だが)を想起させる「歯科医一家4人殺し」の事件発生から裁判、死刑執行までを追うもので、犯人、被害者の背景描写から捜査の在り様、裁判過程における関係者の言動まで、いかにも高村薫らしい緻密な描写(ことに、犯人の歯痛、歯科治療の詳細さと言ったら・・・)で展開される。しかし、すべてが明らかにされたようでありながら、犯人の実像、心理、犯行動機などは、すべて霧の中での手探りの記録でしかなかったという茫漠さが最後に残り、きわめて微妙な読後感に悩まされることになる。作者は、合田雄一郎と読者を真実と虚偽が絡み合って延々と続く、広漠な精神世界に放り出すことを狙っているに違いない。
そこが高村ワールドであり、好悪が分かれるところだろう。
冷血(上)
高村薫冷血 についてのレビュー
No.75:
(7pt)

異色のヒロイン、異色のストーリー

引退した捜査官が断りきれない事情から再度、捜査現場に戻って活躍するというのはよくあるパターンだが、主人公が60歳近い女性と言うのは初めて読んだ気がする(すでにあるのかもしれないが)。しかも、本筋はサイコパスを追いかける異常心理ものなのに、犯人の心理や行動の描写は少なく、ヒロインの心理描写の部分が多いのも異色だ。
女性対象の性犯罪者を捕らえるための囮捜査のプロとして活躍していたFBI捜査官ブリジッドが、若い女性の囮の役目を果たせなくなり、後継者として育てたFBI捜査官が殺された「ルート66連続殺人事件」は、犯人を逮捕できないまま7年が経ち、ブリジッドは引退して新婚生活を送っていた。そこに、犯人逮捕の報が届くが、担当の女性捜査官コールマンは犯人の自白に疑問を持ち、真犯人かどうかの確認のためにブリジッドに協力を要請する・・・。
捜査権限がない立場での厳しい捜査に、果敢に立ち向かう中年女性。体力、気力とも現役に負けないのだが、いかんせん警察力を駆使できない弱みがあり、非常に苦しい戦いとなり、自分自身はもちろん、最愛の夫までも苦しめる展開になってゆく。
若い女性の役ができなくなった中年女性が、老嬢専門の連続殺人鬼に遭遇するところからスタートするストーリーは、異色と言えば相当に異色で、問題解決までの道のりにややご都合主義的なところもあるが、最後まで犯人が分からず面白く読めた。
主人公のキャラが独特過ぎて、シリーズにするのはちょっと難しいかなと思うが、次回作はあるかどうか? その点も興味深い。
消えゆくものへの怒り〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
No.74:
(8pt)

パトリックとアンジーの関係は?

ボストンの2人組私立探偵、パトリック&アンジーシリーズの第2弾。解説に「チャンドラーの嫡流」と書かれているように、正統派アメリカン・ハードボイルドの美点を完備した傑作で、シリーズ第1作以上にハラハラ(いろんな意味で)する、読み応えのあるハードボイルド作品だ。
マフィアとのトラブルに悩む精神科医からの依頼で問題解決に乗り出したパトリック&アンジーは、奇怪な連続殺人事件に巻き込まれ、マフィアとサイコキラーを相手に絶望的な戦いを繰り広げることになる…。そうしてたどり着いた真相には、自らのアイデンティティーにも関わってくる地域社会の暗部が隠されていた。
前作からの登場人物はもちろん、今回だけの登場人物も丁寧に造形されており、話は複雑だが非常に読みやすい。さらに、今回の悪役は、いかにも現代的な不気味さが強調されていて、ストーリー全体に緊張感が高くなっている。
また、アンジーがとうとうフィルとの離婚を決意したことで、パトリックとの関係に微妙な変化が現れるのだが、一方のパトリックには夢中になっているグレイスとその娘・メイがいるため、すんなりと結ばれるわけにはいかない。シリーズの重要なサイドストーリーである二人の関係は、果たしてどうなっていくのか? 次回作以降でも気になる点である。
闇よ、我が手を取りたまえ (角川文庫)
No.73:
(7pt)

ル・カレは枯れず!

1931年生まれのジョン・ル・カレが2010年に発表した最新作。御年79歳での作品とは思えない、みずみずしい作品だ。
ロシアの新興マフィアのマネーロンダリングの第一人者が、犯罪組織を裏切って英国への亡命を希望し、イギリス人の若いカップルに英国情報部との架け橋を依頼したことから物語がスタート。果たして亡命は成功するのか? 最後まで先が読めないスリリングなストーリーが展開される。
本作品の最大の特徴は、登場人物がきわめて緻密に描かれていて、まさに生きて動いていることだろう。大学講師と弁護士のカップル、亡命しようとするマフィアとその家族、情報部のスタッフなど、主要な人物はすべて個性的で、その心理や行動に読者はリアルな共感や反発を覚えずにはいられない。ル・カレのスパイ小説には欠かせない神経をすり減らす情報戦の要素はやや薄いといえるが、それを補って余りある人間ドラマとしての面白さが光る。
ル・カレの本領ともいえる冷戦時のスパイ小説とはやや趣が異なるものの、人間観察の鋭さと人物造形の上手さで、スパイ小説ファン以外の読者にとっても読みごたえがある作品と言えるだろう。
われらが背きし者
ジョン・ル・カレわれらが背きし者 についてのレビュー
No.72:
(8pt)

ハードボイルド探偵小説の王道

パトリック&アンジー・シリーズの第一作。「ミスティック・リバー」からルヘインを読み始めた者としては、こんなに単純明快な小説を書いていたのかというのが、一番の驚きだった。
ボストンのあまり品が良くない地域の教会の中に探偵事務所を構える、パトリックとアンジーの二人組。ある日、上院議員から「失踪した掃除婦が持ち去った重要書類を回収してもらいたい」という依頼を受ける。掃除婦の家を探し出してみると、すでに何者かに家捜しされたあとだった。重要書類を探しているのは、上院議員の他にも誰かいる・・・。
ボストンの暗黒街を駈け回って掃除婦と書類を探す二人の行く手を阻むのは、命知らずのメンバーを抱える二つのギャング団だった。二人を助ける、サイコパスの巨漢、時には助け、時には敵対する刑事達など、ハードボイルド探偵小説ではおなじみの登場人物が揃い、ウィットを競い合うような会話と激しいアクションとおびただしい死体が繰り広げられる、まさに典型的なストーリー展開といえる。
定石通りとも、王道とも言える作品だが、背景にあるものが深いため、けっして安っぽいハードボイルドで終っていないところが、さすがにルヘイン。しかも、本作が処女小説だというのだから驚きだ。
しばらくは、このシリーズを楽しみたい。
スコッチに涙を託して (角川文庫)
デニス・ルヘインスコッチに涙を託して についてのレビュー
No.71: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

栴檀は双葉より

宮部みゆきの長編デビュー作。プロローグでの伏線の張り方から主人公の設定、周辺のキャラクター、事件の背景まで、実に巧みな設定で、さすがに宮部みゆき、栴檀は双葉より芳ばしである。ただ、最後の詰めが後々の長編作に比べると多少甘く、評価を減点せざるを得なかった。
まず、主人公が元警察犬・マサで、犬の視点からの一人称語りというのが、なんとも人を食っていて面白い。また、マサの飼い主である探偵事務所のスタッフや、一緒に真相究明に当たる被害者の弟などのキャラクターが青春小説っぽいところも、殺人の様相や事件の背景が凄惨であるにもかかわらず読後の印象がどろどろしない要因となっている。
ミステリーとしては物足りない部分も多いが、宮部みゆきの才能の芽が随所に感じられる佳作といえる。
パーフェクト・ブルー【新装版】 (創元推理文庫)
宮部みゆきパーフェクト・ブルー についてのレビュー
No.70:
(7pt)

文句無く楽しめるスパイ活劇

それぞれの時代性が重要なスパイもので、しかも25年以上昔の作品なのに、文句無く楽しめるスパイアクション。アメリカがロシアからアラスカを買い取った時の協定には、実は買い戻し条項があった! という、史実と虚構を大胆に組み合わせた“ホラ話”で最後までハラハラドキドキが楽しめる、アーチャーの名人芸が堪能できる良質なエンターテイメント作品だ。
ロシア革命時、皇帝ニコライ二世が条約書をイコンの裏にかくして国外に持ち出したことを確信したソ連指導部は、1966年5月19日、イコンの発見と奪還をKGBに命じ、最も優秀で非情な情報部員ロマノフが調査を開始する。定められた期限は1966年6月20日。そのころ、イコンはナチス・ドイツの高官が偽名で預けたままスイスの銀行に眠っていた。
そのイコンを受け取る正当な権利(必要な書類)は、父親の遺産としてイギリスの退役軍人、アダム・スコットに引き継がれ、スコットは中身の詳細を知らないまま、遺産を受取に行く。そこに待っていたのは・・・。
知力、体力、行動力をぶつけ合い、逆転に継ぐ逆転で突っ走るというストーリー展開はまさにスパイ小説の王道だ。さらに主人公が、アメリカでもロシア(ソ連)でもなく、第三国のイギリス人の退役軍人ということから巧みなユーモアも加味されており、アクション一本槍ではない面白さがある。

ロシア皇帝の密約 (新潮文庫)
No.69: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

お約束を楽しむ作品

「百舌」が登場しない「百舌」シリーズの第5作。主人公の倉木美希と大杉良太が警察内部の陰謀を暴いていくという、まあ、お約束のストーリーだが、今回は悪役がよく書けている分、面白く読めた。
暴力団を襲ってコカインや拳銃を強奪するという犯罪が続き、しかも現役の警官が関与している疑いがもたれ、大杉が捜査を進めるうちに陰謀に直面することになる。警察の捜査より、私立調査員の大杉の調査が事件の解明に通じるとあって、やや強引なストーリー展開が無きにしも非ずだが、犯人探しの面白さは十分に用意されている。
今回の悪役は、美人で評判の独身刑事、その奔放な異性関係に注意を与えるため倉木が面接するところからスタートし、お互いに探り合い、張り合うところが、もうひとつの読みどころと言える。
現在までのところ、本作が「百舌」シリーズの完結編となっているが、エンディングを見ると次作もありそうな…。
のすりの巣
逢坂剛のすりの巣 についてのレビュー
No.68:
(7pt)

巨匠の挑戦

前作「秘密」から4年ぶり、御年91歳で発表したP.D.ジェイムズの新作は、1813年に書かれたジェーン・オースティンの「高慢と偏見」の後日譚! 名作の誉れ高い「高慢と偏見」を受けてミステリーを書く、という、ある種、無謀とも思える挑戦を果たしたP.D.ジェイムズの創作意欲に、称賛の拍手を送りたい。
物語は、18世紀初めのイギリスの田舎貴族の生活に飛び込んできた殺人事件が引き起こす、さまざまな人間模様。犯人探し、動機解明のミステリーとしても読ませるが、それ以上に封建制度下の人々の生き方、とりわけ女性の生き方にまつわる話が面白い。
本家「高慢と偏見」を読んでいるに越したことはないが、「高慢と偏見」の世界はプロローグで簡潔にまとめて紹介されているので、原作を未読の人にもオススメできる。
高慢と偏見、そして殺人〔ハヤカワ・ミステリ1865〕