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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1136件
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日本でも「破果」が大ヒットした韓国の女性作家の新作。「破果」のヒロインがいかにして作られたかをハードな文章で描いた、「破果」の外伝である。
わずか80ページほどの短編だが、二十歳前の少女が殺人マシーンになるための厳しい訓練がクールに濃密に描かれており、アメリカン・ハードボイルドの短編を読んでいるような味わいがある。さらに、女性の主人公ならではの脆さ、若い主人公ならではの未熟さもいいアクセントになっている。 「破果」を高評価した人はもちろん、未読の方も楽しめるエンターテイメント作品としてオススメする。 |
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「業火の市」、「陽炎の市」と続いた「ダニー・ライアン」三部作の完結編にして、ドン・ウィンズロウの最後の作品。ラスヴェガスでカジノホテル経営に成功したダニーが東海岸時代からの因縁に絡め取られ、再び地で血を洗う暴力抗争を繰り広げる壮大な物語である。
ラスヴェガスのホテル業界で覇権を争う実力者となったダニー。さらなる夢を求めて新たなホテルを構想した結果、最大のライヴァルであるワインガードと対立することになった。なんとか妥協点を見つけようとしたのだが、些細なことから両者の関係に亀裂が生じ、ダニーは争いに勝つために昔の恩人、イタリアン・マフィアの大物の力を借りた。当然、ワインガードが黙っているはずはなく、ビジネスと家庭だけに専念したいというダニーの願いも虚しく、古くからのアイルランド・マフィアの仲間とともに命をかけた戦いを余儀なくされた…。 後ろ暗いとことがあるビジネスの常として犯罪組織との関係が深く、個人の力ではどうしようもない状態になっているギャンブル業界の非常さ、冷酷さ、権謀術策が縦横に登場し、ビジネス小説でありなが濃密なノワールとなっている。また、家族の絆に対するダニーの熱い思いが迸るエピソードも多く、世代を超えた血の物語でもある。 三部作の完結編として壮大なロマンをまとめ上げようとしたためか、細部の描写、話の転換の機微がややおろそかな感を受けたのが、ちょっと残念。巨匠ウィンズロウも力を使い果たしたということか。 それでも、ウィンズロウ・ファンには必読の一冊であることは間違いない。 |
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黒澤明監督「天国と地獄」の原案として有名な古典的名作の堂場瞬一氏による新訳版。自分の息子と間違われて誘拐された運転手の息子の身代金を要求された富豪の苦悩を描いたヒューマン・サスペンスであり、警察小説でもある。
社内の権力闘争を勝ち抜く資金を準備してきた製靴会社幹部のダグラス・キングのもとに「息子を誘拐した。50万ドルを支払え」との脅迫電話があった。しかし、誘拐されたのは彼の息子に間違えられたお抱え運転手の息子だった。50万ドルは用意できるのだが、それを払うと、キングは社内闘争に敗北してしまう。人情としては運転手の息子を助けたいのだが、自分の生涯をかけた野望も捨てられない。87分署の警官たちのサポートを受けながら交渉するキングだったが、犯人探しは難航し、刻々と交渉期限が迫ってくる・・・。 人間としての情と人生が崩壊する恐怖の板挟みになったキングのジレンマがホットに、ヒリヒリと伝わってくる。事件発生から解決まで、わずか二日間の密度の濃いストーリー展開は実にスリリング。87分署シリーズではあるが本作の主役はキングで、警察捜査ミステリーというよりキングと周辺人物たちとの心理サスペンスに力点が置かれている。 映画「天国と地獄」とは異なる傑作ミステリーであり、時代を越えたテーマ性を持つ名作として多くの人にオススメしたい。 |
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「探偵・畝原シリーズ」の第5作。女子高校生の素行調査から殺人事件に巻き込まれていく畝原の冷静沈着な思考と熱い家族愛が融合したハードボイルド家族小説である。
高校生の娘の素行を案じる継母からの依頼を受けた畝原は、自分の思い込みを破壊する彼女たちの言動に驚愕した。あまりにも想像外のことに、大学生になった長女・真由に助けを求めて状況を理解しようとするのだが、その過程で地元不良グループが起こした事件に巻き込まれてしまった。さらに、地元名士から脅迫状について相談を受けて会いに行ったのだが、依頼者の駐車場に停めた自分の車のタイヤがパンクさせられ、しかも駐車場管理の老人二人が殺害された事件にも巻き込まれてしまった。事件は地元名士を狙ったものか、自分を狙ったのか。調査を進めると二つの事案に共通するものが見えてきた・・・。 いつも通りに事件を解決していく物語だが、今回は事件のスケールが小さく、背景となる社会病理もややあやふやでミステリー、サスペンスとしては小粒な印象。それよりは畝原家族を始め、事件関係者の家族関係の物語の方が数倍読み応えがある。特に、畝原との娘たちの関係性の変化、親としての心情の揺らぎが面白い。 安定した面白さが味わえる良作で、シリーズ愛読者はもちろんハートウォーミングなハードボイルドのファンにオススメしたい。 |
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コナリーの長編37作目、レネイ・バラード&ハリー・ボッシュ・シリーズの第4作。ロス市警に未解決事件班を復活させたバラードがボッシュを呼び戻し、二つの未解決事件に挑戦する警察ミステリーである。
班の責任者であるバラードは班の復活に尽力してくれた市会議員・パールマンが望んでいる30年前の事件(パールマンの妹が強姦殺害された)を最優先に取り組みたいのだが、ボッシュは自分が関与した一家殺害事件に取り憑かれており、相変わらずの独断専行で捜査を進めようとする。さらにボランティアで構成されたメンバーは統一感がなく、強すぎる癖でバラードを悩ませるのだった。それでも衝突と妥協を繰り返しながボッシュとバラードは新たな視点、証拠、科学捜査力を駆使して議員の妹殺害の容疑者を絞り込んでいく。さらにボッシュは独自の執拗な聞き取り調査で一家殺害の容疑者を特定し、犯人が潜伏するフロリダに単身で乗り込んで行く・・・。 初登場から30年以上が過ぎ、70代になった(はず)ボッシュだが正義を求める怒りの炎は消えることなく、というか肉体的衰えは隠せないものの精神的強靭さは一層高まってきている。よく言えば不滅の刑事魂だが、一歩間違えると独善的でゆとりがない老人が顔を見せている。作者、主人公が年相応に老いてきた証なのだろう。 なかなか意味深なエピローグもあり、ボッシュ・シリーズのファンには必読。正義感と銃で問題解決するアメリカン警察小説のファンにもオススメする。 |
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フランス人ミステリー作家の本邦初訳で、フランスの文学賞・ランデルノー賞ミステリー部門の受賞作。フランスの山岳地帯の村で殺害された女性の事件を巡り、関係者5人の独白を繋げて真相が明らかにされる凝った構成のミステリーである。
フランスの山岳地帯の小さな村で、家業(畜産業)を嫌って都会に出て成功し、豪邸を建てて帰郷した実業家の妻が行方不明になった。トレッキングにと言って家を出て、車がトレッキングコースの入り口あたりで発見されたため、当日に発生した猛吹雪に巻き込まれたのではないかと見なされた。だが実際は殺害され、死体が思わぬところに隠されたのだった。その謎を解いていくのが、畜産業者を訪ね歩く福祉委員の女性、その不倫相手の羊飼い、村に移ってきた若い女性、アフリカでなりすまし詐欺を働いている男性、最後に福祉委員の夫という5人の関係者の愛と欲望、孤独と執着の物語である。語り手が変わるたびに事件の真相が違った絵柄になり、最後に愛することの悲喜劇が読者を嘆息させる。 何と言っても、物語の構成が見事。犯罪ははっきりしているのだが、動機、様相が全く見えていない状態から思わぬ結末に導かれるまで有無を言わさず引っ張っていく力強さがある。5人の心理描写、愛と孤独の考察も読み応えあり。暴力やサイコが登場しなくても高レベルな心理サスペンスが書けることを証明する作品である。 単なる謎解きではない、心理サスペンスのファンにオススメする。 |
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デビュー作ながら圧倒的な人気を博した「自由研究には向かない殺人」の続編。友人・コナーの兄・ジェイミーが失踪し、またまたピップがSNSを駆使して真相を探り出す謎解きミステリーである。
全体的な印象は前作を受け継いでおり、謎解きと青春物語がミックスされたオーソドックスなミステリーである。正統派イギリス・ミステリーらしく凄惨な暴力シーンはないのだが、ピップの正義感が暴走気味なのはちょっといただけない。また犯罪の動機や背景、関係者の言動にもイマイチ納得がいかず、途中で中だるみになる。結論としては「二匹目のドジョウはいなかった」。 前作を高評価した方は肩の力を抜いて読むことをオススメする。 |
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探偵・畝原シリーズの第3作。浮気調査のはずが意味不明の事態に巻き込まれた畝原が、札幌を牛耳る行政と警察、業者の利権構造を暴いていく傑作ハードボイルドである。
浮気の現場写真を撮るために待機していた公園で畝原は奇妙な事態に巻き込まれ、調査を依頼してきた女の身元を調べ始めた。すると常軌を逸した嫌がらせが始まり、さらに札幌市内の数カ所に死体の一部が投げ込まれる事件が発生し、畝原の親友・横山の家にも死体の右足が投げ込まれた。危険を察知した横山は息子の貴を畝原のもとにやり、事件の情報集めを依頼して来た。誰が何のために死体をバラバラにして投棄しているのか、また奇妙な浮気調査を依頼して来た女の正体、狙いは何なのか? 浮気調査とバラバラ死体の投げ捨て、2つの事件を調査するペースはゆったりで、前半はややまどろっこしい。だが事件に関係しているらしいホームレスの捜索辺りから話のペースがぐんと加速し、どんどん盛り上がってくる。もちろん、事件解明の本筋が充実していることは確かだが、それ以上にキャラクターが際立つ人物たちの言動、エピソードが面白い。レギュラーメンバーはもちろん初登場の人物もなかなかの曲者揃いで、この辺りの筆者の筆の運びは素晴らしい。 シリーズ愛読者はもちろん、日本のハードボイルドのファンに自信を持ってオススメする。 |
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夕刊紙連載をベースにした6作品の連作長編。ホスピスに勤務する医師が苦痛を訴える患者とどう向き合うかを考え尽くす、医療ヒューマン・ドラマである。
ホスピスに勤務するベテラン医師が3件の安楽死で逮捕され、裁判に掛けられた。仕事熱心で患者思いの先生として慕われていたが、なぜ安楽死に関わってしまったのか。起訴された3件を含む6つのケースについて、そこに至る事情が医師の視点、終末期患者の視点、家族の視点から語られる。6作の通奏低音は安楽死の是非、医療と死の境界の曖昧さ、誰が決断するのか、決断の責任は誰にあるのかなど、極めて重く、明快な答えが得られていないテーマである。6つのケース、それぞれに事情がありドラマがあるが、解かれるべき謎はない。従って、ミステリーというよりヒューマンドラマとして読むのが正解だろう。 安楽死問題に関心がある方にオススメする。 |
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ベトナム戦後にオーストラリアに移住し、現在はL.A.在住のベトナム系女性作家のデビュー作。シドニーのベトナム人街から抜け出しジャーナリストとして活躍する女性が弟が殺されたために帰省し、事件の真相を探るうちに自分の過去やオーストラリア社会の人種差別に向き合っていく、文芸色の濃いエンターテイメント作品である。
メルボルンで記者として活躍するキーが久しぶりに帰郷したのは、5歳下の弟・デニーが殺されたからだった。生まれた時からオーストラリア育ちで家族の希望の星でもあった優等生のデニーが友人たちと高校卒業を祝っていたレストランで殴り殺されたという。大きなショックを受けた両親は茫然自失状態だし、警察は若者同士の違法薬物がらみのトラブルだとして軽視しているようだった。しかも、現場にいた同級生、他の客、店のスタッフたちは全員が「何も見ていない」と言っているという。納得できないキーは真相を探るために、現場に居合わせた人々を一人ひとり訪ね歩くことにした…。 誰も何も喋ってくれない。その背景には開かれた国・オーストラリアに潜在する人種差別のみならず、移民家族の世代間のギャップが広がっている。現在、世界中で起きているマイノリティ差別とそれに対する怒り、絶望的なまでに細い融和への道を著者は信念を持って歩んでいるように見えた。非常に重苦しいテーマだが、殺人事件の動機探しというミステリー仕立ての部分もよくできているのでエンターテイメント作品としても一級品である。 ミステリーというよりも、マイノリティ文学、シスターフッド文学として読むことをオススメする。 |
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ワイオミング州猟区管理官「ジョー・ピケット」シリーズの第17作。ジョーに復讐を誓うダラス・ケイツ(15作目「嵐の地平」の悪役)が出所し、ジョーの家族に危機が迫ったためジョーが激しく容赦ない反撃を加えるアクション・サスペンスである。
本シリーズはアメリカ社会が招いてしまった様々な社会悪と、大自然に自分の根拠を置く正義感の塊・ジョーが否応なく対立してしまう、社会派ミステリーだったのだが、前々作あたりから悪と認定したものには容赦無く実力行使する、正義暴走型のアクションものに変わってきたようで、ランボー・シリーズを見ているような薄っぺらさが目立ってきた。 もちろん、ストーリー構成は堅実で、人物のキャラ、エピソードもしっかりしているので、アクション・サスペンスとして一級品であることは間違いない。 シリーズのファン、シンプルな勧善懲悪サスペンスのファンにオススメする。 |
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2000年代の最初の十年間に邦訳された本格ミステリーの頂点に選ばれたという、英国女性作家の1987年の作品。無実の殺人事件で16年の刑に服した男が復讐を誓い、真犯人を暴き出すフーダニットの傑作である。
1970年、イギリスの大企業役員のホルトが不倫相手の女性と現場を目撃したらしい私立探偵の2人を殺害したとして逮捕された。身に覚えがないホルトは無実を主張するが、数々の状況証拠によって有罪とされ、16年後に仮釈放されたホルトは同じ会社の役員の誰かが自分を罠に嵌めたと確信し、真犯人を暴き出し殺すために執拗に関係者を訪ね歩き、仮説を立て、検証し、さらに推理を重ねていく。全てを犠牲にして謎解きに邁進する「復讐の鬼」ホルトはついに真相を突き止めたのだが…。 事件発生時と現在を行き来する展開がやや分かりづらいし、16年も前の出来事を執拗に聞き出すプロセスも同じようなシーンの繰り返しで冗舌である。まあ、それが英国本格派といえば、それまでなのだが。 名探偵による最後の謎解きシーンが楽しみで、伏線や気になるヒントを探して前のページを繰るような本格謎解きマニアにオススメする。 |
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技巧を凝らした語りで「どんでん返しの女王」と呼ばれるフィーニーの第6作(邦訳は4作目)。10代、30代、50代、80代の4人の女性の複雑に絡んだ関係をあざといミスリードで幻惑し、意表を突くクライマックスで読者を楽しませるエンタメ作である。
娘のクリオにケアホームに入れられた80歳のエディスは、ホームの職員である18歳のペイシェンスとは馬が合い、その助けを借りて脱出を計画していた。ペイシェンスは事情があって本名を名乗れず、低賃金の不安定な仕事を我慢せざるを得ない状況だった。テムズ川に浮かぶボートで暮らす38歳のフランキーは一年前に家出した娘を探すために、現在の全てを捨てる覚悟で行動を開始した…。 エディスのホームからの脱走、それと時を同じくして起きたホーム施設長殺害事件、この2つを軸に4人の女性たちの交互に絡み合った事情が徐々に解き明かされていく。ミステリーとしては殺人事件が起きるのだが、それより4人の関係性の方がミステリアスで比重が重い。登場人物が全員、嘘をついているようで読者は常にセリフの裏を読みながら関係を探って行くことを強いられる。そこが本作の肝であり、物語の始まる前の一文「世の母親と娘たちへ…」が示すように母と娘の物語である。 前半はちょっと混乱するが4人の関係がぼんやり分かってくる途中からはリーダビリティも良くなり、最後にはそれなりのクライマックスが待っている。 あざといまでの技巧を凝らしたストーリーが違和感なく楽しめる方にオススメする。 |
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ノルウェーのトナカイ警察(本当に存在するらしい)の警官コンビが不可解な殺人事件を解明する、警察ミステリー。主人公も舞台もノルウェーであり、間違いなく北欧ミステリーなのだが、作者は20年以上に渡って「ル・モンド」紙の北欧特派員を勤めたフランス人でフランス語で書かれた作品である。本作はデビュー作にも関わらずフランスで数々のミステリー賞を受賞し、ドラマ化、漫画化された他、19ヶ国語で翻訳され、「トナカイ警官シリーズ」として大成功をおさめている。
トナカイ飼育者間のトラブル解決を主任務とするトナカイ警察のベテラン警官・クレメットと新人のニーナが勤務するラップランドの警察署に、全く日が差さない四十日間の極夜が明ける祝い事の日に苦情電話がかかってきた。トナカイ放牧者・マッティスのトナカイが境界線を越えて来たという隣人からの苦情である。同じ日、地元の博物館から先住民族サーミ人の神聖な太鼓が盗まれているのが発見された。さらに、訪問したばかりのマッティスが殺害され、両耳が切り取られているのが見つかった。トナカイの放牧を続けるサーミ人と開発・自然破壊を進める開拓者である北欧人の対立が激化したのか、サーミ人同士の争いか。 世界中どこにも見られる先住民に対する人種差別に加え、国境など関係ない生活を続けてきた人々とルールを強制るる現代社会との軋轢、厳し過ぎる環境を生き延びるための合理的とは言えない習慣や信条などが複雑に影響し合い、単なる殺人の謎解きでは終わらない長編物語である。見たことも、聞いたことも、想像することもなかった極北の先住民族サーミ人の暮らしが印象深い。 いわゆる北欧ミステリーとはちょっと違うテイストだが、警察ミステリーの基本はしっかり守られているので、北欧ミステリーのファンには安心してオススメしたい。 |
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英国ミステリの女王が1995年に刊行した第2長編。猟奇的な殺人と醜悪な外貌が似合い過ぎる犯人に違和感を抱いた女性ライターが事件の真相を探り出す、サイコ・ミステリーである。
母と妹を殺害して切り刻み、なおかつそれを人間の形に並べ直すという異常な犯行で無期懲役に処せられ、刑務所内では「女彫刻家」と呼ばれているオリーブ。彼女の物語を書くことを命じられた女性ライターのロズは、最初の面会でオリーブに圧倒された。自供と犯罪現場の状況に矛盾はなく、本人が弁護士を拒否したこともあって誰もが異常者だと断定し、有罪を疑っていないのだが、複数の精神鑑定では正常と判断されていた。さらに、面会の場でロズはオリーブに理性の閃きを感じ取り、オリーブの犯行ではないのではと疑問を持つ。だとすると、なぜやってもいない犯行を自供し、唯々諾々と服役したのか? ロズは事件の関係者へのインタビューを続けて真相を探ろうとする…。 犯行はサイコ・サスペンスだが、隠された真相は古典的なミステリーで、そのアンバランスが面白い。MWA最優秀長編賞を受賞しただけのことはある傑作で、サイコもののファン、犯人探しもののファン、女性探偵もののファン、いずれにもオススメしたい。 |
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東京で暮らすアラフォー独身のフリーカメラマンの葉子。バツイチで子無し、まずまずの仕事と腐れ縁のような不倫関係を軸に、それなりに穏やかで平凡な日々を送っていたのだが、離れて暮らす兄の息子が東京の塾の集中講座に参加するためにしばらく居候させて欲しいとやってきた。ひとりでの気ままな暮らしを邪魔されることを危惧した葉子だったが、誰かの世話をすることの充実感も味わった。塾の講座が終わり甥が帰り、心に空虚感を覚えていた葉子だったが、それからすぐ、今度は中学3年生の姪が家を飛び出し葉子を頼ってきた。甥と姪、二人の父親はガンで入院し、葉子の同級生でもある母親は看病に追われており、姪は自分の不安定さを持て余しているようだった。同じ頃、不倫相手である杉浦の妻が殺害される事件が起き、杉浦は容疑者と目された。次々に起きる問題に葉子は翻弄され、自らの心の中を行ったり来たり、自分の立つ位置が分からなくなってきた…。
故郷を捨てて生活を築き上げ、恋愛も理性的にコントロールし、自立した人間として誇りを持って生きてきたはずなのに、それが脆くも崩れていく。アラフォーの不安がメインテーマ。殺人事件も警察の捜査もあるが、ミステリーではない。 生きることの苦さを知る人にオススメする。 |
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2022〜23年に雑誌連載された長編小説。著者の出世作「永遠の仔」から25年、時代と社会の意識変化を反映した社会派ミステリーである。
暴行殺害された中年男性の遺体には「目には目を」というメッセージが残されていた。しかも被害者は、3年前に集団レイプ事件を起こした少年の一人の父親だと判明。当然のこととしてレイプ被害者の家族、加害者仲間の少年たちが容疑者と目され警察は監視、証拠固めを進めるのだが、事件の筋を読みきれないうちに次の殺人が起きてしまった。 タイトルから想定できるように性犯罪の加害、被害の問題を追及するストーリーで、犯罪を犯したものの罪はもちろんだが、犯罪者を誕生させた社会が根源的に持ちながら一向に改善されようとしない無知、無自覚を鋭く突き、読者に深く考えさせる。実際に起きたあれやこれやの事件を想起させるエピソードが多く登場するのもリアリティを高めている。ジェンダーという言葉さえ使われていなかった25年前から社会はどれだけ進歩できたのか、ただ年月が流れただけなのか、著者の問題提起が強く印象に残る作品である。 「永遠の仔」が面白かった人はもちろん、天童荒太のファンには絶対のオススメだ。 |
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英国の歴史小説作家によるナチ時代のベルリンを舞台にした初の歴史ミステリー。連続女性殺人事件の捜査を中軸に虚実交えて、犯人探し、ナチ政権下の生きづらさを鮮明に描いた傑作エンターテイメントである。
1939年12月、戦時下のベルリン。元レーシングドライバーで切れ者の国家保安警察の警部補シェンケは突然、ゲシュタポの局長に呼び出され強姦殺人の捜査を命じられる。被害者は元女優でナチ党の古参党員の妻だが、生前の行状に問題があったという。事件が党内の勢力争いに利用されたり党の体面を汚すことを恐れる党幹部が、党員ではないシェンケを選んだらしい。政治に距離を置くシェンケは刑事の本分を全うすべく淡々と捜査を進めるのだが、まもなく同様の手口の事件が発生。さらに事故として処理されてきた過去の案件の中に関連性がある事案が見つかり、連続殺人の疑いが濃くなった…。 単なる連続殺人(この本筋もよくできている)だけでなく、ナチ党内の勢力争い、戦時下、ナチ政権下の閉塞感がリアリティ豊かに描かれた歴史ミステリー。警官として愚直に任務を果たしたいシェンケが否応なく権力闘争に巻き込まれ苦悩する姿は、今の時代の閉塞感にも通じるものがあり、多くの読者の共感を呼ぶだろう。 歴史ミステリーファン、警察小説ファンのどちらにもオススメする。 |
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タイトルからは一流ブランドに関するエッセイかショートストーリーかと思うが、中身は物質を契機とした人の心の動きを掬い上げるような文章群。エッセイ、小説、自伝などが入り混じっている。
吉田修一ファンならそれなりに楽しめるだろう。 |
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北アイルランドの刑事「ショーン・ダフィ」シリーズの第5弾で、エドガー賞最優秀ペーパーバック賞受賞作。完全な密室状態の古城の城塞から転落死した女性ジャーナリストの事件をきっかけに、熱血刑事が上流階級の傲慢を暴いていく、ハードボイルド警察小説である。
冬の早朝、夜には固く閉ざされる古城の中庭で女性の転落死体が発見された。完全な密室状態の城内に誰かが侵入した形跡はなく、当初は自殺と判断されたのだが、死体の状態に違和感を持ったショーンは他殺を疑った。そんな中、上司であるマクベイン警視正が車に仕掛けられた爆弾で殺害された。当時激化していたIRAによるテロと言われたのだが、これにもショーンは納得できなかった…。 古典的な密室殺人と思わせておきながら、北アイルランドの政治的混迷、さらには上流階級人種の腐敗まで、話はどんどん大きくなっていく。さらに、こじらせ警官であるショーンの私生活の激動まで加わり、話があっちこっちに飛び広がり過ぎるため、ハードボイルド、警察小説としてのまとまりが悪いのが残念。 シリーズ愛読者でなくても十分に楽しめる作品であり、ハードボイルド、警察小説のファンにオススメする。 |
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